俺の彼女を紹介します 作:久生
※彼女が良く喋る
※オリジナルの猫が出る
※ややシリアスにいちゃつくだけ
俺の彼女は、どうやら猫が好きなようだ。
しかも……超と、馬鹿……の付く程に。
そう、例えば……。
彼女は再会してから毎晩、その日あったことをLINEで送って来る。
新しいお店を見つけたんだとか、今日のランチが美味しかったんだとか。
そんな、世間話を小さな欠片に砕いたような、些細なこと。
聞けば、二年くらい前、俺と毎日そんなメッセージのやり取りをしていたせいで、すっかり癖になっているらしい。
本人は、「迷惑なら、もう少し減らすよ?」と言うけれど。
俺の方も、毎朝と昼休憩の時にそれを確認するのが、もう習慣になっているからそのままでいて貰っている。
だけど――……。
『ハルくん聞いて! 今日、ついにお腹を撫でさせてくれたの!!』
「あ……まただ……。また……あの、猫」
最近、ちょっと気になることがある。
「えぇと……、『それって、いつもの猫?』……っと」
打ち込んだ途端、すかさず返って来る返事は、見なくても分かる。
まぁ……一応、見るけど……。
「『そうなの! もう二年も話しかけてやっとだよー』か。……あ、写真だ。
……。『かわいいでしょ?』って……」
それがこの写真の、人相? 猫だから、猫相かな……?
とかく、彼女の手にタプタプした頬を撫でられている、むっつりして態度が悪くて、太って細目のぶち猫の存在だ。
「……手の所だけ、切り取ってやろうかな……」
……じっと見つめると、写真の中の猫が「どうだ、いいいだろう?」と俺のことを笑ったような気がして。
その顔に軽くデコピンをして……一緒に指の当たった、彼女の手を何となく撫でてみたりして。
※
このムカつく顔の太っちょは、二年くらい前から、彼女の家の近所にやって来た野良猫なんだっていう。
最初はちょっと遠くから彼女のことを見ていて、話しかけたら逃げて行ったらしい。
そうしてそれから、目が合うと逃げるくせに、毎日同じ路地から飛び出して来ては、二メートルくらい離れた彼女を見て。
その二メートルの距離がちょっとでも縮まると、大慌てで道路を渡って、向かいの公園に飛び込む。
それを暫く繰り返すうち、気づけば二メートルが一メートルと少しになり、一メートルと少しが五十センチになり……。
去年くらいから、彼女の帰りに合わせて足下に座り込み、弁当の残りを貰うのが日課になり。
俺と再会した頃、背中なら撫でさせてくれるようになったらしい。
……かわいそうに、気に入らない撫でられ方をすると噛みつくそいつのせいで。
一時期、彼女の手は、軽いとはいえ噛み傷やミミズ腫れだらけだった。
「変なの。ハルくんの方が、痛そうな顔してる」
そう、言って。
困ったように眉を下げる彼女と手を繋ぐ度に。
逆に俺を慰めるように、彼女がその手を握り返す始末だった。
そうして、そんな彼女の献身が実って、今日ついに、猫にとって一番苦手な場所である、お腹を撫でさせて貰って。
その喜びを、どうやら夜を待たず、真っ先に俺に教えてくれたらしい。
彼女の努力が実ったこと。
真っ先に俺に報告してくれたこと。
それ自体は素直に嬉しい……嬉しいんだけれど……。
「……どうしてだろう? 面白く、ない」
理由の分からない苛立ちに、再び画面の彼女と猫を見つめて、机の上に突っ伏す。
天板に頬を乗せたまま、携帯を握っていない方の手を左胸に当てる。
「胸の奥が……すごく、モヤモヤ……する」
俺も猫は好きだ。自由で、柔らかくて、ふわふわしていて。
何処か彼女に似ていて、見ていると自分まで自由な気持ちになれる生き物だから。
勿論、猫が好きな彼女も好きだ。
何かと言うと、猫がいたとか、猫が撫でさせてくれたとか言って喜ぶ姿も好きだ。
散歩の途中に猫を見つけて。
小さな子供のように目をキラキラさせてその背を目で追うのも可愛いと思う。
その辺で見かけた猫に気安く話しかけるのは……正直、恥ずかしいけれど。
「ハルくん、見た? 見た?? 凄い美人さんだったね!」
なんて言って、写真に撮った猫を自慢げに見せて来る姿なんて、普段が大人しいものだから。
正直……それこそ猫をそうするみたいに、懐に抱き込んで撫で回したくなる。
そんな彼女が見れるなら……。
まぁ、いきなり往来で猫と会話し始めたり、猫を見つける度に上の空になるのは困るけれど……でも。
俺は彼女に、ずっと猫好きでいて貰っても別に構わない。
「あっ……」
その時、ふと、二年前に彼女とした、些細な約束を思い出した。
いつものメッセージのやり取りで、また猫の話題を出した時に。
それを思い出して、俺は机から起き上がり、彼女に返信を打った。
『確かに可愛いな……』
『今度、その猫俺に紹介してくれる?』
『うんっ! 勿論いいよ!』
『じゃあ、今度の週末。いい?』
『うんっ!』
『じゃあ、またね』
『うんっ、ハルくんもお仕事、がんばってね?』
「……そうだな、約束したもんな……」
そうやってメッセージを終わらせて、顎の下にスマホを置いて。
思い出すのは、さっき思い出したメッセージ。
俺が彼女と離れたくなくて……多分、無意識にした、沢山の約束のうちの一つ。
――ここを出たら、一緒に猫を探しに行こう。
そのうちの一つであるソレを、思い出せなくて、叶えられなくて。
……きっと、だから俺は、モヤモヤしていたんだ。
うん……きっとそう。
今もまだ、モヤモヤが続いている気がするのは、きっと気のせい。
「……これくらい、なんてことない。君はいつも、俺の約束を……叶えてくれたんだから」
なんて。
そんな俺の殊勝な気持ちは、"あいつ"に会った瞬間に全て消えてしまった訳なんだけど。
※
週末、俺と彼女は、最寄り駅で待ち合わせし、例の公園にやって来た。
朝食代わりに、途中のコンビニで温かい飲み物、それとクリームパンと、あんパンをもって。
懐かしいと言い合いながら選んだソレに、ツナマヨおにぎりも加えたかったけれど……食べ合わせが悪い気がして、今回は見送った。
「あっ! いたいたっ!」
その代わりに買った、おつまみ用の薫製チーズだけを取り出して。
公園の真ん中にある沼の、その縁の植え込みに小走りで向かって行く彼女を。
残りのコンビニ袋を持ったまま、俺は微笑ましく見送った。
「ハルちゃーん、元気? おねえちゃんだよー?」
「は、ハルちゃん……!?」
「ほらハルちゃん? ハルくんにご挨拶はー?」
「あっ!」
そう言いながら、呼び止める間もなく、植え込みの中に半ば頭を突っ込むようにした彼女が。
その直ぐ後に、植え込みの中から、例の太って目つきの悪いぶち猫を引っ張り出して、「よっこいしょ」と、重たそうに抱き上げた。
「ほら、ハルくん。ハルちゃんだよー?」
「あ……、ハルちゃんって、やっぱりそれ……?」
「そうだよー? ねー、ハルちゃん」
そう言って、コテン、と首を傾げ、「ねーっ」と向かい合うように抱き上げてデブ猫に視線を合わせる彼女。
猫の方はというと、心底面倒そうに、ブンブンと尻尾を振って答えている。
「ね、可愛いでしょ? やっとここまで懐いてくれたんだよ」
「あぁ……」
そんな生返事を返しながらも、そのデカい頭をこちらに差し出すようにされたので、恐る恐る撫でてみる。
なるほど、手触りはいいな……と、そう彼女に返そうとした所で、その猫と目が合った。
……俺に撫でられながらも、彼女に首の後ろを掻かれて、涎を垂らしそうなだらしない顔でゴロゴロ言う、不細工な猫。
……不細工で、中々懐かない猫だったのに、今は俺の彼女にデレデレに甘える、"ハルちゃん"。
「あっ……!」
「わっ」
俺が、猫を抱える彼女の腕に手を伸ばしたのと殆ど同時に、でぶ猫は、彼女の腕の中で暴れて。
そのふとっちょの身体からは想像も付かない俊敏さで、遠くに逃げて行った。
……ちゃっかりと、彼女の取り落としたチーズを啣えて。
「あーあ……逃げちゃった」
「どうしたん……だろな……」
「何か、驚くようなことがあったのかもね……」
「犬が来たとか……何処かで物音がしたとか」
「そうそう。猫って、そういうの敏感だから……」
そう言って、服に付いた毛をパタパタと払いながら。
彼女は猫が走り去って行った方向を名残惜しそうに眺める。
俺が……横にいるのに。
彼女の、一応は彼氏で、君が好きな"ハルト"が横にいるのに。
君を置いてあっさりと何処かに行く、薄情な野良猫の"ハル"を気にしている。
「あのさ……」
「えっ?」
「あの、猫の名前……」
「あぁ、ハルちゃん?」
「そう」
そんな彼女に苛立って、思わず口にしそうになる。
あの猫の話を聞く度に、その猫に君が傷つけられる度に。
……ずっと心に溜まっていて。
君が、あの猫の名前を呼んだ瞬間に。
やっと自覚して、ドロドロとした形になろうとしているもの。
それが、言葉の形になって、喉の奥から、唇の、すぐ先にまでせり上がってくる。
「それってさ……もしかして、俺の名前?」
「はっ……! ハル、くん?」
「ねぇ……君は、本当は……、」
優しくて、馬鹿みたいに猫が好きで、お人好しの君は。
本当は、"キサラギ ハルト"が好きなんじゃなくて、"自分に懐かない猫"が好きなんじゃないかって。
「……淋しかったんだ」
「え……、さみ、しい?」
けれど、スッと息を吸い込んで言おうとしたソレは。
彼女が沼のさざ波を見つめるように、遠くに目を向けながら言ったその一言で、簡単に打ち消された。
「うん……。ハルくんがいなくなって、シーハイブのこと、ニュースでもやらなくなって……それで」
まるで、あの春の、三ヶ月余りの出来事が嘘だったかのように日々が進んで。
どんな手回しがされていたのか、数ヶ月も休んだ筈なのに元の職場に戻ることも出来て。
何もかもが……元通りになり、順調に進んで行く様が、彼女にはとても恐ろしかったのだという。
「それで、忘れないよう……忘れないように……。って考えてる時に、ハルく……、ううん、あの猫に会ったの」
あの太った猫は、最初に見た時はガリガリに痩せた若い猫で。
自分に助けを求めるようでいて、全てを諦めているような……。
「そんな顔をしていて……何だか、初めて会った時のハルくんみたいで、放っておけなかった……。
ほんとは、捕まえて飼い猫にするべきだったんだろうけど……嫌だったの」
「イヤ……って?」
「せっかく自由な"ハルちゃん"を……、"ハルト"を、もう一度不自由にするのが」
「それで……野良猫のまま、あんな風に世話をしたの?」
「うん……」
その瞬間、沼の方を向いていた彼女が不意に俺の方に向き直り、俺の頬に手を伸ばそうとして、その手を下ろした。
すかさず、その手を取って強く握ると、彼女はびくりと震えながら。
「上手く言えないかも知れない……」
と、困ったような、照れたような顔で、握る手の力を強めながら、俺を見上げて来た。
「うん……いいよ、上手く言えなくて」
「途中で、意味の分からないことを言うかも」
「いいよ、俺も一緒に、その意味を考えてあげる」
「本当に、本当?」
「うん、だから……」
その手を更に強く握り返しながら、彼女が下ろした手の代わりに、自分の手を彼女の頬に付ける。
「言って? ……俺には、何でも、全部」
猫のように擦り付く彼女の頬を、包むように指を曲げ、指先で耳の辺りを撫でながら促せば、漸く、ポツポツとだけど、口を開いた。
「……私ね、自由なハルくんが好きなの」
「うん。俺も……自由な君が好き」
「なのに私……ハルくんがいないと、だめみたい」
「うん、それは俺も……」
「だからって……変、だよね? 猫に、好きな人の名前なんて付けて……」
「変でいいんだよ……多分、それが正しい」
「ただ……しい?」
「そう。我を忘れて恋をする人は……みんなきっと、変なんだ……」
「ハルくんも……?」
「うん……きっと、俺もおかしい」
話しながら、どんどん真っ赤になって。
「だから」
「っ……」
どんどん俺から逃げて行く視線を追いかけて、ついに両頬を両手で押さえる。
それでも尚逃げようとする頭を押さえつけて。
ついに、いつか熱を計った時のように、おでこを合わせて、じっと彼女の目をのぞき込む。
「もっと一杯……俺と同じくらい、おかしくなって?」
「……!」
……ただの猫に嫉妬して、おかしくなるような俺と同じくらい。
君も、もっと、もっと。俺を好きになって、おかしくなって欲しい。
「返事は……したく、ない?」
「あ……うん」
「それは……返事しない、ってこと?」
「……ハルくんのいじわる」
「そっちこそ……いじわる」
「っ!?」
最後に一言そう、耳元で囁いて離れると。
彼女は訳の分からない、猫の鳴き声のような奇声を発して、その場に座り込んだ。
※
「ハルくん、クリームパン、猫にあげちゃうの?」
「うん。……その、お詫びとお礼に……?」
「?」
俺の彼女は、どうやら猫が好きなようだ。
しかも……超と、馬鹿……の付く程に。
「……もう、呼ばないの?」
「え?」
「この猫……、"ハルちゃん"って」
「あぁ!」
そして……多分これは、自惚れとか……思いこみじゃないと思うんだけれど。
「もう、いいよ。だって……」
「だっ、て?」
「ちゃんと、本物のハルくんが居るんだからさ」
彼女はどうやら、俺のことも好きだ。
きっと、超とか……までは行かなくても、馬鹿、くらいは付く程には。
「っ……。そういうの……ずるい……」
「え?」
「……何でもない」
でも、これだけは確信して言えること。
それが一つだけある。
「あ、いや……何でもあった、かも……」
「あったって……何が?」
「君を……凄く好き、っていう気持ちが」
「……そういうの、反則だと思う……」
超と馬鹿が付く程、猫と俺のことが好きらしい彼女を。
超が付いて、時々馬鹿みたいだと自分であきれる程。
「……じゃあ、おあいこってこと、で……」
「うん……」
俺はとても、おかしくなりそうなくらいに好きだっていうこと。