作者の本編
⇒「吸血王と魔法と異世界」
時刻は午後8時を回ったところ。
仕事や学校帰りの人間も、そろそろまばらになってきただろう時間帯。
俺こと、シオン・ワタナベは豪邸と呼んで差し支えない我が家の廊下を、一人で歩いている。建築様式は、まるで中世のヨーロッパによくある貴族屋敷だ。
普段ならすでに湯浴みを終えて、自室にいるのだが、この家の主にして俺の実の父、大財閥グラントネール財団の総帥レオン・ワタナベに呼びだされたからには、そうはいかない。
(やれやれ。仕事の話か?)
夜更けにわざわざ一人で来いというのだから、おそらくそうなのだろうと見当をつける。
昔から、というよりも俺が仕事に関わり始めてから、俺の有能さに気付いた父は未成年である俺を積極的に財団へ組み込んだ。
確かに仕事をこなせば、多額の給金をもらえてうれしいはうれしいのだが……。
(またカナコが拗ねるなこれは。今日は夜の相手をしてやれんだろうからな)
仕事に時間を取られることが多くなった最近では、婚約者であるカナコとの夫婦(まだ結婚はしていないが)の時間が必然的に少なくなってきており、我が愛しの君の機嫌を元に戻すのにも労力がいるようになってきた。
未来の妻のことに思いを馳せていると、どうやら目的地についたようだ。
「父上、よろしいか?」
「シオンか。入れ」
少なくともこの家の中では親子なので声を掛けて入るぐらいでちょうどいい。相手が世界有数の財団総帥であろうとも。
「これを見ろ」
寡黙で無駄を嫌う父らしく、部屋に入るなり余計な言葉をはぶき単刀直入に一言。
いつものことなので、こちらも別に不快には思わない。それくらいの信頼関係は出来ている。
「……サイバディ、ですか」
父から渡されたのは、ある島に関する情報がミッシリと書かれた書類だった。写真付きの。
それらをすべて一通り読み終えた俺は、真剣な面持ちで書類の中でも特に重要要素として記されていた、人型の機械のようなものの名前をつぶやいた。
「お前にはその島にある南十字学園高等部に入学してもらう」
「なるほど。つまり潜入しろと?」
「そうだ。ただし、実際に表で動くのはお前じゃない。この意味わかるな?」
「……まさかカナコを?」
「あの女も有能だろう。二人で協力してことにあたれ。はっきり言って今回は未知な部分が多い。我が財団の力をもってしても、そのサイバディなる人型兵器の実態が掴めん」
そう言って父上は、普段の無表情な顔にわずかながらの苦々しさを含ませた。
俺は素直に驚いた。
あの天上天下唯我独尊を地で行く父上があんな表情をするとは。
「サイバディとはそこまでのものなのですか? 眉唾では?」
「いつもならその愚かな発言を一蹴してやるが、今回は許そう。お前が言いたいことも分かる。伝説のようなものだからな。しかし重要なのはその兵器が実際に稼働すると信じ、復活を成すべく動き出した一団がいるということだ」
大財閥グラントネール財団は裏から社会を操っているのでは、と言われるほど莫大な資金と強大な権力を保持しているが、そのトップたるレオン・ワタナベは、根は善人であり、『世界平和』などという夢物語を本気で目指しているような人間だ。
なので、今回のことについても最終的な目的がなんであるのか、彼が俺達に何を求めているのか俺にはよくわかった。
「俺を通して財団がサイバディを管理し、世界を破滅させかねない思想集団をコントロール、もしくは解体させる、ですね?」
「そうだ。第二の核兵器など世界に渡してなるものか」
すでに日本で言えば定年退職をするべき年齢を超えた老人であるにも関わらず、その眼光は人々を圧倒する力を秘めている。
その瞳と同じように、力強い言葉で父は続ける。
「奪えるならすべて奪え。お前のやり方でな。必要な人材も連れて行くがいい。ただし学園に入学できる年齢層の者に限るぞ。他ではあの閉塞した島では怪しまれる」
「わかりました」
本当にそんな危険な代物が存在するというのなら、俺も父上と同じ考えだ。
大きすぎる力は時に悲劇を生む。ならばそれを未然に防ぐためにも、俺達財団の手の内に入れてしまった方がいい。
独裁と言われてしまえばそれまでだが、善人の行う独裁とは果たして悪か?
俺や父の考えは逆だ。
これまで幾多の善人達がいたが、誰も世界を平和になど出来なかった。
なぜか?
世界の支配をイコール悪であると考えてしまったからだ。
確かに単一の支配下では、間違いも起こりやすい弱点がある。
他人につけ込まれる隙も多かろう。
だがそれはトップに立つべき善の側の人間が弱かった場合の話。
父が作り上げた財団の力は、そんなやわなものじゃない。
そして俺も。
傲慢だと蔑まれる覚悟はある。
それでも財団の最終目標は、夢物語の先にある。
「いつから島に渡れば?」
「3日後に船を用意した。学園では……」
「わかってます。俺とカナコは金持ちの道楽ついでに経験したことのない社会勉強に来た、とでも設定しておきます。言っておきますが婚約者であることは隠しませんよ?」
「……まぁいいだろう」
父としては、俺とカナコの表向きのつながりを偽装したかったのだろうが、そこは譲れない。たとえまだ結婚前でファミリーネームが異なろうとも、カナコは俺のモノなのだから。どのみち同じタイミングで島に入り、住む場所も同じになるのだから隠したところですぐにバレる。
カナコももし同じ内容を言い渡されたら、俺と同じように答えるだろう。断言できる。あいつはそう言う女だ。
「では後はまかせたぞシオン。厳しく言ったが全容がつかめるまでは消極的でかまわん。学生生活を楽しむがいい。どのみち最後は私達が決着をつけるのだから」
「了解、父上」
最後に滅多に見せない父らしい愛のこもった言葉とともに、親子の挨拶をし、俺は部屋を出た。
「さて、いそがしくなるな」
しかし学生生活とは。
『前世』以来久しく経験していないので若干不安だが。
「まぁ仕事をしっかりこなしながら、楽しめばいいか」
父も言っていたが、俺に出来るのは情報収集と組織内部への潜入くらいだ。
最終的な判断は父を含めた上層部に任せるしかない。
「カナコもきっと喜ぶだろうな」
俺は任された新たな仕事と、今手につけている仕事の引き継ぎに関して思考を割きつつも、学校など行ったことがないだろう婚約者の喜ぶ顔を浮かべて微笑しながら、彼女の待つ自室へ向かっていった。
◇◆◇◆
「あれが南十字島なのかしら。シオン?」
「ああ、そうだ」
父上との極秘会談からすでに3日。
予定通り俺は、日本列島の南に位置する南十字島に豪華客船「サンダーガール号」で向かっていた。
「学園生活が楽しみだわ。それにいい風」
もちろん俺の婚約者、カナコ・フジサキも一緒だ。キラキラと太陽光を反射しながら潮風になびく薄緑色の髪。整った顔。高校生とは思えないほどの女性としての妖艶さを醸し出すプロポーション。その辺りの男なら、流し目だけでイチコロだろう。
あれから部屋に戻った俺を待っていたのは、カナコからの過剰なスキンシップだった。
彼女曰く「シオン成分を吸収しているの」らしいが、よく分からない。
そのまま夜の営みに突入したいところだったが、あいにくカナコの力を借りなければならない仕事が出来たため断念。
事情を説明すると、カナコはむしろ自分を指名してくれなければ無理矢理着いていったと、彼女にしては珍しく熱弁した。
どうやら彼女の中で、今回の件は見過ごせない内容だったらしい。彼女もまた、俺や父上と同じく、世間一般から見れば陳腐に見えるだろう『世界平和』を本気で成そうとしている一人であるのだから当然と言えば当然か。
そんなところも愛おしい。
そんな思いを込めて俺はカナコの腰を自然に抱き寄せる。
「あら? うふふ」
それに一瞬驚いたような顔をするも、抗うことをせず、見惚れる笑顔でむしろ自分から俺に寄りかかってくるカナコ。
しばらく船の甲板で二人寄り添って近づいてくる南十字島を眺めていると―――――
「旦那様。カナコ様。そろそろ下船の御準備を」
―――――侍女として連れてきたパメラ・アラゴンが時間を知らせに来た。
彼女は父上、レオンとその秘書兼愛人のメリザンドとの間に生まれた姉妹の内の妹の方だ。
カナコとは違い、大人な雰囲気にはまだ至っていないものの、彼女も可愛らしい美少女の一人。
普段物静かで清楚な感じだが、ふとした時に見せる少女らしさがチャームポイントだと俺は思っている。
1年前くらいに大きな事故に会い、たまたま事故現場の近くに俺がいたため、すぐに財団の経営する最新鋭の設備が整った病院に搬送でき、一命を取り留めたという出来事があった。
その後から、愛人の娘と相手の息子という微妙な関係で距離感がつかめていなさそうだった彼女も、俺を徐々に信頼し始めてくれたようで、今回の同行も快く引き受けてくれた。
ちなみに父上とメリザンドの入籍は、俺の見立てだと時間の問題だと思っている。俺の実の母親は俺を生んだ後すぐに亡くなったため、時間がたっているし、なにより父上は有能な人間を好む。そういう観点から言えば、カナコも危なかったのだが。俺が先に見つけて良かったと思っている。こんな良い女はたとえ尊敬する父でも渡せない。
入籍が成ればこの娘も俺の妹になるわけだが、それは今は関係ないな。
「わかったわパメラ。行きましょうか、シオン?」
「ああ。タカシもまっているだろうしな」
「こちらです」
パメラには基本的にカナコの補佐的役割を果たしてもらう。
そして護衛の役目を担うのが、先ほど名前の出たダイ・タカシという少年だ。
俺もカナコも多少の体術の心得はあるが、やはり専門職の護衛は必要となる。一応重要な身分についている関係で。
タカシは少しお固い騎士みたいなやつで、仕えている相手に名前で呼ばれるのは怖れ多いと言っていて、仕方なく俺達はタカシと呼んでいる。なかなか面白い奴だ。
「さてさて。まずは綺羅星十字団に渡りをつけなければな」
「大丈夫よ。結構前からお義父様が支援なさっていたのだもの。私の加入に嫌とは言えないはずよ?」
「そうだな。あまり心配し過ぎるのもよくない、か……」
俺はカナコに腕を抱かれながら船の出入り口に向かう傍ら、今一度父上から渡された財団情報部がまとめた南十字島に関する書類の文面を思い出していた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【サイバディ】
世界を滅ぼしかねない力を秘めた、南十字島に古くから伝わる人型決戦兵器。
確認されているだけでも数体は現存すると思われる。
島の地下に封印されたそれを、『綺羅星十字団』を名乗る組織がその力を解き放つため、
封印を守る4人の巫女を狙っている。
その封印が破られれれば、サイバディは時間の止まった空間「ゼロ時間」内での
起動が可能となってしまう。ゼロ時間に関しては不明な点が多く、追加調査必要あり。
なお、現実世界に置いてサイバディの稼働が可能なのかは現時点で組織にも定かではない
様子。
また、巫女たちに関しては一般の女学生と変わらぬ生活をしている模様。護衛なども特に
いないようで、あれほど無防備なのはなぜか、疑問を残す。
サイバディと綺羅星十字団を、世界と財団の脅威と認む。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「まずは徹底的に情報を洗う。そして組織と適度な距離を保ち対策を検討、というのが基本方針だな」
「あらシオン。学園生活を楽しむのも重要よ? わかっているのかしら?」
「もちろんさ。俺もそれを楽しみにこの島へ来たのだからな」
「なら良かったわ。危険な兵器と言ってもすぐにどうなるものでもないですもの。それに……」
「それに?」
「なんとかなりそうな予感がするの♪」
「それはいつもの勘か? くくくっ」
「ええ。ふふふっ」
「……はぁ。お二人とも楽しそうで何よりです」
父から仕事を依頼された時と比べてかなり気楽なものだとパメラに呆れられてしまったが、正直サイバディや綺羅星十字団に関しては不明な点が多すぎる。組織の最終目的も分からない状態では、打てる対策というのもそんなにない。
そんな状態から気を張り詰めていては、体が持たない。こういう手探り状態の時は、流れに身を任せつつ
その場その場で有効な手を考えていくのが一番いいのだ。
それにいざとなれば……いや。そこまではしたくない。
俺はふと頭をよぎった最悪の手段、『関係者皆殺し』という言葉を頭から追い出した。
とりあえず現状想定しとくべきことはした。
あとは出たとこ勝負となる。
ならば後は、カナコと過ごす初めての南十字島生活初日を楽しめばいい。
「面白くなってきたな」