作者の本編。
⇒「吸血王と魔法と異世界」
「進め。ただ進むのだ。今こそ奴らが南蛮と蔑む我等の力を見せつけよ」
その男は紅かった。
それは燃えるような赤髪を指しているのかもしれないし、褐色の肌がそう見せているのかも知れない。
あるいは身体全体から立ち上る炎のような烈気のせいか。
とにかく、立派な大きさの黒馬に跨りその巨躯を堂々と天下に晒す男は紅かった。
「だが忘れるな我が兵達よ。我らが奪うは漢人の矜持。その思い上がりだ」
その眼光は虎。狙った獲物は逃さない獰猛な獣そのもの。
身体を覆う筋肉は並みの鍛え方では付かないほどに隆々と盛り上がっている。
その体躯にふさわしい武器は、これまた巨大な極太の槍。
頑丈さを追求したそれは、男の類稀なる筋力で振るおうともびくともしない特注品。
威風堂々。
その言葉を体現するかのように、男は言葉を続ける。
「凌辱、略奪など言語道断。我らが受けた苦しみは我らが最もよくわかっている。奴らにそれを味あわせるのも一興。だがしかし」
男の背後に従うは数万からなる軍団。各々武装をした屈強な兵達が男の背を眩しそうに見つめる。
馬に跨る者。象に乗る者。己が足で地面に立つ者。兵達の姿は様々だが、皆一様に紅い男をただ見つめる。
それは確かに、自らの『王』へと向ける絶対の信頼が宿った眼差しだった。
「我等は粗暴な『漢』とは違うのだ。強きをくじき。弱きを助けろ戦士達」
そして王は告げる。
「我等は誇り高き『侠』となるのだ」
―――――新たな時代の始まりを。
◇◆◇◆
始まりは唐突だった。
目覚めた時にはすでに自分は赤ん坊。
抱き上げられる浮遊感に身を包まれて、目の前には満面の笑みの若い男女。
すぐに悟った。
俺は生まれ変わった。転生したのだと。
俺のいわゆる前世と呼ばれる世界では、すでに物語などで使い古された現象だ。特にそういったものが発達していた日本人である俺の理解は早かった。
しかし、混乱しなかったと言えば嘘になる。
なぜなら俺は、自分が転生する理由が分からなかったからだ。
死んだという記憶もないし、いるかどうかも分からないが神とやらに会った覚えもない。
だが次の瞬間には、そんな思考自体が無駄であると思った。
死んだから転生するのか?
神にあったら転生するのか?
そんなことは確かめようがなく、そもそもそれは俺達人間の勝手な思い込みから始まったものだ。
転生したことに理由を求めること事態が愚かな行為だ。
事実は事実。起こってしまったことに理由を求めても時間の無駄だ。
俺は転生したのだ。
そのことさえ分かっていればそれでいいような気がした。
それに、こうして記憶が保たれたまま転生したおかげで、今の思考能力もあるのだから、ただ今は現実を受け入れて、自分の新しい命のために時間を費やすべきだろう。
そう結論付けて、俺は両親の愛情に精一杯答えることから始めることにした。
俺を生んでくれてありがとう、という気持ちを赤ん坊のころから持てる幸せを噛みしめながら。
◇◆◇◆
俺は生まれてから数年の間は、この世界がどういう場所なのか確かめるための情報収集と、俺の現状把握に努めた。
赤ん坊のころは、あまり外にも出してもらえず、というかほとんど眠っていたのであまり情報が入ってこなかったが、年を重ねるごとに増える接触者(両親を含む)の様子や話などからある程度、この世界について察した。
まず、両親の肌は日本人とはかけ離れた褐色肌だ。もちろん俺も。分かりやすく言えば濃く日焼けした日本人の肌色に近い。しかし、なぜか使っている言葉は日本語ぽかった。口の動きとか見てても。なぜ?
まぁそれは置いておくとして、そのことから日本ではないことはすぐに分かる。というか肌着が布一枚とかザラだったので、文明レベル的にまずありえないとは思ったが。
そして、彼らの話の端々に出てくる「漢」という国の名前。歴史の勉強をちゃんと日本で終えていた俺は感付いた。
俺がいるのは過去の中国大陸なのでは?
しかもこの肌の色。文明の未発達具合。
(これはもしや……南蛮か?)
思い込みはよくないが、身体が大きくなっていくごとにそれは確信へと変わっていった。
(結構厄介な所に生まれたな)
俺の正直な感想はこれだった。
南蛮と言えば、大陸中央部の朝廷国家からかなり忌み嫌われていたはずだ。
差別、迫害ということが頻繁に起こっていただろう場所。
つまりかなりの危険が伴う地に、俺は新たな命を得たのだ。
(鍛えねば)
俺はすぐにそう思った。
何をやるにしても、生きなければならない。
人間の原初の本能、生きるという願いをかなえるには、この過酷な地でも生き抜く力を手に入れなければならない。
だから俺は、十歳の誕生日を迎えると同時に許されるという「実戦」に向けて、幼少期の頃から心と体を鍛えることを始めた。
◇◆◇◆
「勇、これを頼む」
「ああ、わかったよトト」
俺は現在18歳。あらゆることに備えるために鍛え始めてから数年の時が経った。
俺はどうやら体格に恵まれたようで、集落の他の同年代の男連中と比べても、かなりの巨漢になった。
鏡などないので水たまりなどで顔も見てみたが、(俺視点で)結構イケメン部類なのではないだろうか。
これは運が良かったと思う。
鍛えればそれだけ答えてくれる体。
サバイバルのような生活の中で覚えたことを素直に吸収してくれる頭。
動物や侵入者(主に漢人)の命を奪うという重圧に耐えられる心。
女の関心を得られる顔。
恵まれた環境とは言い難いけれども。
俺は俺のことを愛してくれる両親と、すぐれた肉体を授かった。
これ以上は望み過ぎだろう。
「あ。お帰り勇ちゃん」
「ただいま、カカ。これトトから今晩の夕食にって」
「あらあら。ありがとうね」
さて、俺が今何をしているかというと、日々の鍛錬を終えた後、トト(父親のこと)の狩りの手伝いをしていた。
それにも一段落着いたので、カカ(母親のこと)に、今日の成果を届けに来たところだ。
ちなみに『勇』とは俺の真名だ。
この世界の住人は、名前を二つ持っている。
俺は名を孟皇(もうこう)、真名を勇(ゆう)と言う。親しい人間には真名を、そうでない人間には名を呼ばせることになっているようだ。真名に関しては許可なしに呼んだりすると、殺されていも文句は言えないらしい。考え方が少し過敏すぎる気がしないでもないが、そういうものだと納得している。
うろ覚え知識では、漢人というものは『字』を持っていた気がするが、まぁ単純に俺にはないというだけの話だろう。
「帰ったぞ」
「お帰りなさいトトさん。少し待っていてね?もう少しで肉も焼けるから」
「ああ。カカの料理は上手いからな。いくらでも待てる」
「あらあら。うれしいわトトさん」
「……」
仲がよろしいことで。
俺達が住む集落は、鬱蒼と生い茂る木々の隙間に作られている。
本来ならば、人が住む場所ではないのだろうが、それでも自然と一体となってひっそりと暮らしている。
日々の糧は森や川から得て、金銭によるやり取りなどない。
すべてがこの集落の中で自己完結している小さな世界だが、俺はそれでも幸せなので良しとする。
貧しい、のかもしれないが。それをつらいと思ったことはない。
というか、トトはそんないかにも自然と生きてます的な風貌の持ち主(熊みたいな)なので納得もできるが、カカは何人?と言いたくなるぐらいの美人だ。
すでに30後半の年代にも関わらず、俺から見てもまだ20代前半に見える。
いったいどこから連れてきたトト。
「カカ。俺は汗を流しに川へ行ってくるよ」
「ええ。そうしなさいな」
「料理が冷める前に帰ってこいよ勇」
「うん、いってきます」
「「いってらっしゃい」」
そんな生まれた時からの疑問に今日も頭を悩ませながら、俺は元日本人として譲れない日課の風呂(と言ってもただの水浴びだが)に向かう。
これが、両親との最後の会話になると知らぬまま―――――