46番目の魔術使い   作:眞神零一郎

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EX.3 シロウの休日 -幕間-

 

 その頃、アジトでは。

 

「ドクター。そろそろお昼にいたしませんか?」

「ふむ? もうそんな時間かね?」

 

 ウーノに声をかけられて、スカリエッティは注視していたモニターから顔を上げた。

 

「そういえば、昼はカレーを作っておくと言ってたね。ウーノ、急いでカレーを取りに行ってくれないかね?」

「わかりました」

 

 ウーノは一つ頷くと、そのまま部屋を出て行こうとする。

 

「いいかね、ウーノ。急いでくれたまえ」

「分かっておりますわ、ドクター」

 

 子供のように急かすスカリエッティに、ウーノは、研究室の扉が閉まると同時に、呆れ混じりの溜息をついた。

 

(これではまるで餌付けされた子供かペットのようね。確かにシロウのごはんはおいしいけれど、ドクターがまさかあんなに食事に興味を持つなんて思いもしなかったわ。それよりも、今日のカレーの出来はどうかしら。カレーは、一晩寝かせた方が美味しいらしいけど、うちじゃあ寸胴で作っても一食で食べ尽くしてしまうから、未だに『一晩寝かせたカレー』を味わった事はないのよね。ただでさえ美味しいシロウのカレーだもの。一晩寝かせたらさぞかし……)

 

 今までのスカリエッティの食事模様との差に一度は溜息をつくものの、思考の内容は途中からカレー一色に染まっている。

 スカリエッティ云々以前に、彼女自身、スカリエッティと大差ないことに全く気づいていない。

 ある意味、スカリエッティ一味の中で、シロウの食事に特に執着が深いのは、この二人と言ってもいい。

 何しろ、シロウが来るまで固形やらゼリー状やらの栄養補助食品が主食だったのだ。

 それに比べればマトモな食事である弁当でさえ、三日に一回という頻度でしか食べていない。

 所が今は、時間は多少ずれようとも、三食キチンとシロウの手料理を食べている。

 というか食べさせられている。

 当然ながら、シロウが毎食ごとに作業を無理矢理にでも中断させて食べさせているのだが、その成果というか、今ではシロウがいなくとも、食事時ともなれば作業効率が落ちる有様である。

 自分の事は棚に上げながら、ウーノは通常歩行の三割り増しのスピードで食堂へと向かって行った。

 

 

 数分の後、戻って来たウーノが持つお盆の上には、大盛に盛られたカレーライスが二皿乗せられていた。

 

「遅かったね」

 

 遅いと言っても、研究室から食堂まで往復してくれば、まぁこのくらいは掛かるだろう時間しか経っていない。

 スカリエッティは、研究室の一角に備えられている食事用のテーブルに、既に準備万端の丁で座っていた。

 自身で用意したのだろう、座っているスカリエッティの前とその正面(ウーノが座る場所)には、既にランチョンマットが広げられている。

 ウーノはカレーライスの皿とスプーン、水をそれぞれマットの上に。

 二人の丁度真ん中に、福神漬けの盛られた小鉢と水の入ったデカンタを並べる。

 

「さて、では早速……」

「ドクター」

「なにかね、ウーノ。私は早くカレーが食べたいんだが……」

 

 今正にカレーにスプーンをつけようかというところで、ウーノから呼び止められた。

 不満げにウーノを見遣ると、ウーノはただただ笑っているだけで何も言わない。

 スカリエッティは訝しげに眉を顰めたが、やはり何も言わないウーノを見て、再びスプーンをつけようとする。

 

「ドクター」

「だから何かね? 何度も言うが、私は早くカレーが食べたいのだよ」

 

 またも食べる直前に声をかけられ、スカリエッティは軽くウーノを睨み付けた。

 ウーノはと言えば、そんなスカリエッティの視線などどこ吹く風。

 やはりにっこりと笑っている。

 

「用がないのなら呼ばないでくれたまえ」

 

 一刻も早くカレーが食べたいスカリエッティとしては、何度も呼び止めておきながら用件を言わないウーノを訝しく思いつつも、やっぱり早くカレーが食べたくて三度、スプーンを運ぶ。

 次の瞬間。

 ぺちん

 

「っ! ウーノ! 一体何をするのかね!」

 

 間抜けながらも小気味よい音を立てて、ウーノがスカリエッティのおでこを軽く叩いた。

 突然の凶行に、額を擦りながらウーノを睨みつけた。

 

「ドクター? 食事の前には何をするんでした?」

「なんだって?」

「食事の前には何かしなければならない事がありましたでしょう?」

 

 にっこり笑うウーノだが、何故だかにじみ出る空気が怖い。

 

「食事の前? 『いただきます』の事かね? シロウがいないのだから別にかまわないだろう。そもそも彼が来る前まではそんなことはしていなかったのだからね」

「ドクター。前にシロウが言ってたかと思いますが、私が代わって言わせていただきます。『いただきます』を言わない限り、ここに並んでる飯粒一つ、汁一滴食べさせませんよ?」

「ウーノ。私に口答えをするつもりかね?」

 

 やや苛立たしげにウーノを睨みつける。

 

「あら、ドクター。食事時に関しては、シロウの方が立場は上でしょう? それともドクター? 今のドクターの所業を、映像と私の解説つきで、シロウに見せた方がよろしいですか?」

 

 途端、スカリエッティはぴくりと頬を引きつらせた。

 

「シロウが見たら、きっとドクターはお仕置きですわね。食事抜きか。それとも野菜のフルコースディナーか。それとももっと酷いお仕置きかもしれませんね。なんにしても、ドクターにとっては楽しい時間になりそうな事間違いなしですわ」

 

 『ふふふっ』と満面の笑顔のウーノとは対照的に、スカリエッティは頬を引きつらせながらかすかに震えている。

 

「さあドクター? どうなさいます? 今ならまだ間に合いますよ?」

「いただきますっ!」

 

 スカリエッティは、どこにそんな力があったのかと言わんばかりの反射神経を駆使して両手を合わせ、間発入れずに叫んだ。

 そんな姿を、ウーノはどこか満足げに見つめていた。

 

 

 やっとの事で食事を許されたスカリエッティは、安堵しながらカレーライスを口に運んだ。

 

「ぐあっ! か、辛っ! み、水っ! 水っ!」

 

 一口含んだ瞬間、スカリエッティはスプーンを取り落とし、顔を真っ赤にしながら叫んだ。

 慌てて水をがぶ飲みする。

 一杯では足りなかったようで、デカンタから水を注ぎ、あっという間に飲み干した。

 

「う、ウーノ! なんだね、これはっ! 辛いじゃないかっ!」

「あら、そうですか? 私はなんともありませんが」

「君は辛党だからいいだろうがね、私は辛いのは苦手なんだっ! 私用の甘口は用意されていなかったのかねっ?」

 

 言葉の通り、ウーノは辛党で、カレーは辛口を通り越して激辛を好む。

 対してスカリエッティは、カレーならばお子様並の甘口しか食べられない。

 カレーはというか、基本スカリエッティは辛口料理は押し並べて苦手である。

 当然ながら、麻婆豆腐も甘口、寿司はサビぬき、薬味はネギもしょうがも全く使わないし、からし・わさび・とうがらしなどの調味料すら全く使わないという、正真正銘のお子様舌なのである。

 

「そういえばカレーが入っていたらしいお鍋がもう一つありましたけど、既にからっぽでした」

「な、なんだって?」

「妹たちかしら?」

「甘口カレーを食べるのは、私だけのはずだが……?」

 

 ウーノの言葉を呆然と聞くスカリエッティ。

 その言葉どおり、彼等の中で甘口のカレーを食べるのはスカリエッティただ一人。

 皆に合わせた味付けでは、文句を言う以前にスカリエッティは食べられないため、こういった食事の時は、シロウはあらかじめスカリエッティの分は別に用意している。

 すまして言うウーノだが、彼女が食堂に入ったとき、その鍋には確かにスカリエッティ用の甘口カレーが作られていた。

 勿論誰かに食べられないように、シロウは『ドクター用』と張り紙を張っておいた。

 というか、食べられでもしたら、後でスカリエッティが五月蝿いのである。

 それはともかく。

 結論から言おう。

 スカリエッティ用甘口カレーを食べたのは、ナンバーズ全員である。

 元々のきっかけは、セインとウェンディだった。

 いつも自分たちが食べているカレーとスカリエッティの甘口カレーが、どう違うのか盗み食いしたのだが、これはこれで美味しいという感想を述べた所、丁度そこに集まっていたいた全員が自分も食べたいとこぞって手を伸ばした結果、見事に完食してしまったのだった。

 シロウがいればこんな事は起きなかった、というか、そもそもシロウがいれば、盗み食いなど許されようはずもない。

 見つかれば食事抜きにされるのは、すでに実証済みなのである。

 元々そう量を食べないスカリエッティ用なので、それほど用意されていない。

 にもかかわらず、全員が手を伸ばしたら、なくなるのも当然であった。

 先にナンバーズ全員と述べたように、当然ながら、ウーノも犯人の一人である。

 躊躇っていたのは後発三人組だけだが、彼女らも結局は巻き込まれて、一口口にしていた。

 

「ないものは仕方ないでしょう。それ以外、もう残っていませんが?」

 

 『私は何も知りません』とばかりにすまして答えるウーノの言葉に、スカリエッティは絶句している。

 

 

 結局スカリエッティは、大量の水と共に、涙を流しながら一時間もの時間をかけて辛口カレーを食べきった。

 夕方になって帰ってきたシロウは、眼の周りを真っ赤に染めたスカリエッティに泣きつかれたとかいないとか……。

 

 

 




前に言っていたお子様舌スカリエッティの一端です。
基本、小学校低学年くらいの子供レベルです。
苦いもの・辛いもの・すっぱいもの・においの強いものは押し並べて苦手です。
逆にハンバーグとか、オムライスとか、エビフライとか、小さい子が好きなメニューが大好きです。

まぁ何がいいたいかというと、スカリエッティはお子様舌なんだよ。ということです。
あと無自覚調教(餌付け)済みウーノとか。

というとわけで、次回はフェイト編です。
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