46番目の魔術使い   作:眞神零一郎

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フェイト編です。


EX.3 シロウの休日 -剣と雷-

 

 なのはと別れたシロウは、手近にあった公衆トイレにいた。

 アイスがべったりついてしまった部分を、軽く濯いで固く絞ってからトイレを出る。

 パーカーを片手に広場を歩いていたシロウは、子供の泣き声らしき声を聞いて立ち止まった。

 

「ん?」

 

 辺りを見回してみると、やや離れたところにある大きな木下に、それらしい子供とそのすぐそばにしゃがみこんでいる一人の女性が目に付いた。

 気になってそちらのほうへ歩を進めると、五歳くらいの男の子が大泣きしていた。

 そのすぐ横には、子供とすぐ横の木の上の方を交互に見やりながらおろおろとする金髪の女性。

 木の上の方を見てみれば、五メートルほど先の木の枝に赤い風船が引っかかっている。

 どうやら風船を持っていた子供が、女性にぶつかるかなにかして、持っていた風船から手を離してしまったのだろう。

 女性は子供に視線を合わせるようにしゃがみこみ、どうにか宥めようとしているようだった。

 

「どうしました?」

「え?」

 

 シロウが近づいて声をかけると、女性は驚いた顔でシロウに視線を向けた。

 

「あ。えっと、ぶつかった拍子に手を離しちゃったみたいで、それで……」

 

 言葉を切って木の上を見やる。

 釣られてシロウもそちらに視線を向けると、風船が木の枝に引っかかっていた。

 

「あぁ、風船飛ばされちゃったのか」

 

 シロウが言うと同時に、男の子がさらに激しく泣き出した。

 

「ご、ごめんね。お姉ちゃん、ぼうっとしてたから……」

 

 女性は慌てて宥めるが、一向に泣き止む気配はない。

 それを見たシロウは、自身も女性と同じようにしゃがみこむと、泣いている子供の頭に手を乗せた。

 

「ほらほら。男の子が泣いてちゃだめだろ? 名前は?」

 

 優しく頭をなでると、落ち着いてきたのか、子供は次第に声を小さくしていった。

 

「うっく。ひっく。けいん。ぐすっ」

 

 暫くしたところで、ようやく子供が嗚咽交じりにつぶやいた。

 

「そっか、ケインか。どうしてお姉ちゃんとぶつかっちゃったんだ?」

「ひっく。ふうせん、みてたら、ぐすっ。おねえちゃんに、ひっく、きづかなかった。ぐすっ」

「そっか。ずっと風船見てたんだな。だめだぞ、ちゃんと前見てないと。人いっぱいいるんだからな」

 

 そういってシロウは、頭をなで続けながら、ジーンズのポケットからハンカチを取り出すと、涙と鼻水でぐしょぐしょになっているケインの顔を拭う。

 

「うん。ぐすっ」

「よしっ」

 

 素直に頷くケインに笑いかけて立ち上がる。

 

「じゃあお兄ちゃんが風船とってあげよう」

「ほんとっ?」

 

 シロウの言葉に、ケインがぱっと顔を上げる。

 その顔は、先ほど大泣きしていたとは思えないくらい、驚きに目を見開いている。

 しかし、風船に目をやると、途端消沈してしまった。

 

「でも……。あんなに高いところに行っちゃったのに……」

 

 流石に、五メートルもの高さにある風船をとるのが難しいということは、五歳児でもわかる。

 飛行魔法でも使えば可能だろうが、市街での魔法の使用はかなり制限されているし、使用にはそれなりの理由と許可が必要だ。

 この程度のことで許可が出るとは思えないし、第一、いつまでも風船がそこにあるわけではない。

 今は風も微風程度しか吹いていないが、一陣でも強い風が吹けば、風船などあっという間に飛んでいってしまうだろう。

 五歳児にそこまでの知識や見識はなくとも、それが難しいということくらいはなんとなくわかるのだろう。

 するとシロウは、再びケインの頭に手を乗せると、今度はわしわしと強めに頭をなでる。

 

「大丈夫。ちょっと待ってて」

 

 笑っていうと、シロウはケインから少し離れる。

 

(このくらいなら強化しなくてもいけそうだ。斜め下に張り出した枝があるから、あそこまで行けば手が届く。よし)

 

 助走をつけてつけてジャンプすると、三メートルほどの高さにある枝に手をかけ、懸垂の要領で枝に登る。

 登った先には、丁度いいところに風船の紐が垂れている。

 シロウはそれを掴むと、そのまま枝から飛び降りた。

 三メートルの高さから飛び降りたとは思えないほど軽い音を立てて着地すると、何でもないようにケインに風船を差し出す。

 

「ほら」

 

 突然目の前で起こった出来事に目を白黒させていたが、差し出された風船とシロウを交互に見つめ、満面の笑顔で受け取った。

 

「ありがとう、お兄ちゃん!」

「これからはちゃんと前見て歩くんだぞ?」

 

 わしわしとケインの頭を撫でながら注意を促すと、ケインもうれしそうに頷いた。

 

「うんっ!」

「じゃあお姉ちゃんにぶつかってごめんなさいしないとな」

 

 シロウがそういうと、ケインは横で呆然と事の成り行きを見守っていた女性に向き直ると、ぺこりと頭を下げた。

 

「お姉ちゃん。ぶつかて、ごめんなさい」

「え、あ。私こそ、ぼーっとしててごめんね」

 

 慌てて女性も頭を下げた。

 

「よくできました」

 

 シロウがにっこりと笑って褒めると、ケインも嬉しそうに笑った。

 と、視界の端に、慌てたようにこちらに向かって走ってくる女性の姿が映った。

 おそらくはケインの母親だろう。

 

「ケイン!」

 

 予想通りケインの名を呼びながら駆け寄ると、声に気づいたケインがぱっとそちらに顔を向けた。

 

「ママ!」

 

 母親を発見し、ケインは嬉しそうにそちらに駆けていった。

 

「お。お迎えだな。じゃあなケイン。もう風船飛ばすんじゃないぞ」

 

 母親に駆け寄るケインに別れの声をかけて手を振る。

 

「うん! ありがとう、お兄ちゃん! バイバイ!」

 

 母親と手をつなぎながら、ケインもシロウに向けて手を振る。

 その横でケインの母親がシロウに向けて軽くお辞儀をし、そのまま連れ立って去っていった。

 

「あの。ありがとうございました」

 

 二人を見送っていたシロウは、不意に横から声をかけられた。

 見れば、先ほどの女性がシロウに向かって軽く頭を下げている。

 

「私が悪いのに、なんか、全部やってもらっちゃって……」

「え、いや、頭上げてください。別にたいしたことじゃないですからっ」

 

 頭を下げられて、シロウは慌てて否定する。

 

「そんなことないですよ。私なんか、おろおろしてるばっかりで……。本当にありがとうございます」

 

 シロウに言われて頭を上げるものの、再び、今度はきっちりと腰を折って頭を下げた。

 

「いや。別にいいですって」

「でも、私がぼうっと突っ立ってたのがいけないんですから」

 

(ほんとに何でもないんだけどなぁ。って言っても納得しそうにないか)

 

 なおも食い下がるその様子に、シロウは苦笑交じりに小さくため息をついた。

 

「気にしないでください。それよりダメですよ。女の人がぼうっと立ってたら」

「え?」

 

 突然話題転換されて、女性はついてこれないようだ。

 それもお構いなしに、シロウは苦笑しながらさらに続ける。

 

「あなたみたいな綺麗な人がぼうっとしてたら、変なのが寄ってきちゃいますよ? 昼間とはいえ、そういう人もいるんですから」

「え? え?」

 

 にっこりと笑いかけながら言われた言葉に、女性は見る見る顔を赤くした。

 そもそもこういった経験が彼女にはあまりない。

 というか、小さい頃から組織に所属して、周りにいる男性といえば上司・部下・同僚くらい。

 親しく友人付き合いしている異性もいるにはいるが、そう多くはない。

 それとて、小さい頃から親しくしているせいで、異性という認識はあまりしていなかった。

 彼女の容姿は誰が見ても美人に分類されるそれだが、職場では容姿よりも功績とか武勇とかの方が有名なのも相まって高嶺の花扱い。

 ついでにいうと、彼女自身そちら方面には鈍い。

 というか忙しくてそういったことにかまっている暇もない。

 そういうわけで、面と向かって『綺麗』などと言われたことがなかったのである。

 

「? どうかしました? 何か顔、赤いですけど」

 

 顔を覗き込まれて、女性はさらに顔を赤くする。

 

「な、なんでもないデスよッ!?」

「そう、ですか? ならいいですけど……」

 

 慌てている上に挙動不審なその態度に訝しがるものの、当然ながらシロウは自分が原因だとは露ほどにも考えていない。

 

(? なんかさっきもこんなことがあったような……)

 

 と、思い至るも、やっぱり気づかない。

 

「それじゃ、気をつけてくださいね」

 

 心の中で首を傾げながら、シロウは女性に向かって笑いかけると、そのまま去っていった。

 

 

 

 シロウが去っていった方を見やりながら、顔を赤らめぼーっとしていると、背後から女性を呼ぶ声が聞こえた。

 

「フェイトちゃ~ん」

 

 突然名前を呼ばれて慌てて振り向くと、トイレに行っていた親友が手を振りながら近づいてくる。

 

「お、遅かったね、なのは」

「にゃはは。ちょっとトイレが混んでたんだ。あれ? フェイトちゃん、何か顔赤いよ?」

「え? そ、そうかな? べ、別に何にもないよ!?」

 

 顔を覗き込まれて、慌てて否定するも、自分の顔が赤くなっているだろうことは理解していた。

 

「ふぅん? ならいいけど……」

 

 納得できかねるのかやや胡乱な顔をするものの、それ以上追求はせずに言葉を引っ込めた。

 

 

 

 

 その頃シロウは、歩きながら先ほど会った女性を思い出していた。

 

「うーん? なんかあの人も見覚えがあるようなないような? さっきの人といい、なんだろ?」

 

 今会った彼女とは、前に会った女性よりも近くで遭遇しているのだが、戦闘中だったこともあり、あまりしっかりと顔は確認していなかった。

 ついでに言えば、あの事件の後にスカリエッティから聞かされた話も今は頭にない。

 というか、それとこれが繋がらない。

 あのときの画像はバリアジャケット姿だったし、それ以外の画像も管理局の制服姿。

 会った状況も悪かったのだろう。

 事件の時に会った彼女は強く、凛々しく、手強い相手だった。

 スカリエッティからも、『エース』で『実力者』だと聞いていたから余計だ。

 対して先ほど会った時の彼女は、おろおろと取り乱し、あれだけを見たらとても管理局が誇る凄腕執務官には見えない。

 シロウが分からないのも無理からぬことであろう。

 

「ま、いっか」

 

 肩を竦めて、シロウは当てもなく歩き出した。

 

 

 

 

 ひとしきり辺りを見て歩き、ふとシロウは立ち止まる。

 

「流石にちょっと疲れたな。どこかで少し休むか」

 

 昼食は出てくる前にカレーを食べてきているので空腹ではないが、いかんせん何時間も歩き回っているとのどが渇いてきていた。

 辺りを見回し、目に付いた喫茶店に入る。

 案内された席は、窓際の一番奥まったボックス席だった。

 隣の席には二人の女性が仲良さげに座っている。

 

「あれ?」

 

 そこにいた二人の女性に、シロウは見覚えがあった。

 声を聞きつけたのか、二人の女性も振り向いてシロウを見ると、目を見開いた。

 

「あ。さっきのアイスの人」

「風船の人」

 

 二人が同時に声を上げる。

 

「「え?」」

 

 揃って顔を見合わせた。

 

 

 

 見知った二人に進められ、シロウはそのまま彼女たちのボックス席に一緒に座ることになった。

 

「フェイトちゃんも似たような事があったんだ」

「うん。なのはも」

 

 それぞれが知り合った経緯を説明し合う。

 それを眺めながらシロウは、『まさか二人が知り合いだったとはなぁ』などとのんきにコーヒーをすすっていた。

 ちなみに席は女性二人が並んで座り、その対面にシロウが一人で座っている。

 

「にゃはは。それにしてもすごい偶然だよね」

「ホント。すごい偶然ですよね」

 

 笑いながらの言葉に、シロウもしみじみと言葉を返した。

 

「だよね? ていうか、敬語じゃなくていいよ? たぶん、年もあんまり変わらないと思うし」

「そうか? じゃあそうさせてもらう」

 

 正確には、女性二人は19歳。

 シロウは外見年齢的には17歳である。

 とはいえ、シロウは実年齢は生まれたばかり。

 一応礼儀として敬語を使っていただけであるし、本人が言いといっているのだからその言葉に甘えることにした。

 

「うん。あ、そうだ。私なのは。こっちが友達のフェイトちゃん」

「なのはにフェイトか。うん。可愛いな名前だね」

 

 今更ながら名乗った女性―なのはとフェイトを交互に見遣ると、小さく頷きながら微笑んだ。

 

「ふえ?」

「へ?」

 

 突然のシロウからの言葉に、二人揃って顔を赤らめた。

 名前を聞いて『可愛い名前だ』などと褒められた事は二人には初めてだった。

 たいていの人は彼女たちの名前を聞けば『あぁ、あの』などと、それぞれの名前や経歴、役職なり武勇なり功績なりを知っている者ばかりだった。

 まぁ二人の名前が売れているのと仕事人間だったせいで、仕事関係以外で親しくしているのは子供の頃からの知り合いが大半だったから、自分たちの名前を知らない一般人に名乗ることなどあまりなかったせいなのだが。

 それを、自分と年の変わらなそうな初対面の異性に言われれば、赤面するのも当然だった。

 尤も、こう面と向かって本心から言われて照れないのは、よほど言われ慣れているか水商売の女性位のものだろう。

 ふとしてそれぞれ隣を見れば、やはりというかなんというか、やはりそれぞれ顔を赤く染めている。

 

(フェ、フェイトちゃん。顔、赤いよ?)

(そ、そういうなのはこそ……)

 

 シロウに聞かれないように、念話でそれぞれ指摘する。

 

(うぅ分かってるよぅ。でも、だって、あんな事言われたの初めてだったし)

(うん。私も。顔赤くなるくらい、仕方ない、よね?)

 

「どうかしたか?」

 

 当然ながら二人が念話で会話をしていることなど知らないシロウは、顔を赤らめて黙ってしまった二人を訝しげに見遣る。

 

「え? あ、うぅん? なんでもないよ? ね、フェイトちゃん?」

「う、うん。そうだよね、なのは?」

 

 慌てた様子で、二人して否定する。

 

「ならいいけど。あ、俺はシロウ」

 

 改めてシロウも名乗る。

 

「シロウ、くん?」

 

 それを聞いて、なのはは驚いたような複雑そうな顔で反復して呼んだ。

 

「? どうかしたか?」

 

 なのはの様子に首を傾げると、横ではフェイトも似たような顔をしていた。

 

「え? あ、私のお父さんと同じ名前だったからびっくりしちゃった」

「へぇ? そうなのか。そりゃ偶然だな」

 

 そう言って笑うシロウを見ながら、なのはは最近会っていなかった家族のことを思い出す。

 そしてふと、シロウの笑顔を見ると何故か父を思わせる所があることに気づく。

 顔や雰囲気が似ているというわけではない。

 確かに名前は同じだが、同じ名前の人間なんて、ここでは少ないだろうが日本にならば沢山いるだろう。

 それでもなぜだろう?

 自分より年下であるはずの目の前の少年が、何故だか自分よりもすごく年上のように見えた。

 

(きっと気のせい、だよね?)

 

 そう納得させ、なのははジュースを啜った。

 

「でもここじゃ珍しい名前だよね。もしかしてシロウも第97管理外世界の関係者だったりするの?」

 

 明らかに日本人風な名前に、フェイトがたずねた。

 ミッドチルダや他の次元世界を見ても、日本人風な名前の表記をする所はない。

 例外として、機動六課にいるスバルのように先祖が地球出身者というのはいるが、それとて広義で見れば関係者には違いない。

 

「第97って、地球だっけ? えっと、確か元はそっちだったって聞いたことがあるような……」

 

 シロウの元となった人物は、地球の出身であったとスカリエッティに聞いたことがあった。

 ような気がする。

 

「そうなんだ。じゃあ同郷だね」

 

 シロウの方は直接ではないとはいえ、同じ世界の出身者に嬉しくなって、なのはは微笑んだ。

 

 

 

「へぇ、シロウくんて姉妹いっぱいいるんだ」

 

 なんだかんだでいろいろと語り合い、それぞれの家族の話となっていた。

 

「まぁ、俺以外は女ばっかりだけどな。色々大変なんだぞ? 俺より年上なのに家事とかぜんぜん出来ないから、全部俺がやってるし」

 

 普段の生活を思い出し、シロウは愚痴るように語る。

 とはいえ、シロウ自身、家事をするのは吝かではない。

 特に料理をするのは趣味といってもいいくらいだが、それとこれとは話が違うのだ。

 

「え? シロウくんが家事やってるの?」

 

 兄弟が多いならそれだけ家事も大変だというのに、一人で全てこなしているというシロウに驚きの声を上げる。

 

「あぁ。うち、両親いないし。他に出来るやつもいなくてさ」

 

 出来る出来ない以前に、誰もやろうとしないが正しいのだが。

 まぁ出来ないというのも間違いではない。

 

(そういえばそろそろ皆にも家事やってもらおうかな。女の子なんだし、出来ないと後々困るよな)

 

 戦闘機人であろうと、出来るに越したことはない。

 ないが、スカリエッティの計画が成功すれば、困るような後々もなくなる事を失念しているシロウだった。

 

「そうなんだ。すごいね」

「まぁ料理とか好きだからいいんだけどさ」

 

 感心したようなフェイトの言葉に、シロウは苦笑を返す。

 

「それに最近は食後の後片付けとかしてくれるようになったし」

「え? それまでしてくれなかったの?」

 

 驚いたようななのはの言葉に、シロウは一瞬停止する。

 

「あ、いや、えっと、あ、そうだ! 俺、少し前まで離れて暮らしててさ。姉たちは食事とか弁当ばかりだったんだ。掃除とか洗濯とかは機械任せで! だから、そういうのって俺がするまで誰もやってなかったんだ!」

 

 慌てながら手と首を何度も振ると、なんとか考え付いたでまかせを、無駄に勢いよく語る。

 『あ、そうだ!』とか言っている時点ですでに今思いついたと言っているようなものだが、幸いなことに、シロウの勢いに押されて聞き逃してくれたらしい。

 

「なんか大変そうだね」

 

(よかったっ!)

 

 どうにか誤魔化せたようで、シロウは内心安堵の溜息を吐いた。

 

「ま、まぁね。でも毎日楽しいよ。親はいないけど、さびしいとか感じた事ないし。まぁ多いだけあって騒がしかったりもするけどね」

 

 アジトにいる姉妹たちを思い浮かべ、シロウは柔らかな笑みを浮かべた。

 

「どうした?」

「えっと、何かシロウくん。幸せそうだなぁーって」

 

 訊ねられて、なのはは漠然と思いついたことを言ってみる。

 言われたシロウは、思っても見ない答えにしばし考え込む。

 

「幸せそう?」

 

 境遇を鑑みれば、とても幸せなそれではない。

 人造魔術師という出自もそうだし、現在犯罪に加担している身の上だ。

 さらに言えば、これから、歴史に残るような大犯罪の片棒を担ごうとすらしている。

 それでもシロウは一人ではない。

 互いに人ではないし、本当の姉妹ではない。

 でもだからこそ、シロウにとってはそれと同じくらい、否それ以上の存在である者たちがいる。

 スカリエッティとて、創造主だが、生み出したという点で言えば親といえる。

 まぁ尤も、育ててもらった事もなければ、逆に生活面では世話してやっている方なのだが。

 創造主であるスカリエッティも、戦闘機人である姉妹たちも、シロウにとっては既に『家族』と呼べる存在となっていた。

 そんな『家族』を思って笑えるのなら、それは確かに幸せであるのかもしれない。

 

「幸せ、か。そうかもしれないな。いや、そうだな。うん、俺は今、幸せだよ」

 

 認め、満面の笑みを浮かべる。

 『家族』を思いながら浮かべられたその笑みは、誰が見ても『幸せそう』な笑顔だった。

 そんな笑顔を目の当たりにして、なのはとフェイトは顔が赤くなるのもかまわずに、ぼうっと見惚れていた。

 

「? どうした? 二人とも」

「「はっ!?」」

 

 声をかけられて、慌てて正気に戻った。

 それを隠すように二人揃って両手を振ったり首を振ったりしている。

 

「な、なんでもにゃいに゛ょ!?」

 

 噛んだ。

 

「い、いひゃい。じゃなくて、なんでもないからねっ? ねっ? フェイトちゃんっ!」

「そ、そうだねっ。なんでもないよっ!? シロウ!」

「そ、そうか?」

「「そうだよ!」」

 

 二人の剣幕に、シロウとしてはそう返すしかないようだ。

 そしてフェイトは、わざとらしく壁にかけてあった時計を確認すると、伝票を掴んで立ち上がった。

 

「なのはっ! そ、そろそろ行かないと!」

「そうだね、フェイトちゃん! じゃ、またね、シロウくんっ!」

 

 続いて立ち上がるなのはに、シロウはついていけずに頷くにとどめる。

 

「え? あ、あぁ」

「じゃあね、シロウ!」

「あぁ、またな」

 

 シロウが別れの言葉を口にするや否や、二人は手を振りながら会計を済ませて店を出て行った。

 

「ってあぁ!! 女の人に奢られたッ!」

 

 呆然とするシロウがそのことに気づいて声を上げたが、既に二人の姿は消えている。

 というか、問題はそこか?

 結局最後まで、挙動不審の理由に気がつかなかったシロウであった。

 

 

 

 

 その頃なのはとフェイトは、真っ赤になりながら喫茶店から少し離れた場所を歩いていた。

 

「うぅぅぅ。あんなの反則だよぅ」

 

 なのはがシロウの最後の笑みを思い浮かべて唸りだす。

 

「た、確かに。でも、シロウ。ホントに幸せそうだったね」

「うん」

 

 あんな顔で笑う異性など、今まで見た事がなかった。

 苦笑とか、呆れ笑いとか、楽しそうな笑顔とか。

 二人が知っている異性の笑顔など、それくらいだ。

 幸せそうな笑顔なら見たことはある。

 恋人と一緒にいる時の兄とか、結婚した友人たちとか。

 だがそれは、家族であったり、小さい頃からの友人たちであったり、異性というにはどこか違う。

 そもそも相手は、会って間もない人なのだ。

 普通、そんな人の幸せそうな笑顔など見れるものではない。

 

「また、会えるかな?」

 

 ふと後ろを振り返り、なのはが呟く。

 

「会えるよ。きっと」

 

 その横で振り返りながら、フェイトも呟いた。

 『願い』のように。

 『祈り』のように。

 

 

 

 

 女性二人に奢られて悔しがりながら、シロウは喫茶店から出た。

 

「楽しかったせいか、あっという間だったな」

 

 気がつけば、帰らなければならない時間までもう残りわずかとなっていた。

 

「それにしても、なのはもフェイトも、なんか顔赤かったけど、大丈夫かな?」

 

 挙動不審に去っていった二人を思い出し、首を傾げる。

 

『シロウ』

「うわっ! ってびっくりした。なんだよ、ウーノ姉」

 

 突然入ったウーノからの通信に驚く。

 

『何だはないでしょう? そろそろ帰ってらっしゃい。晩御飯の支度の時間よ』

「分かってるよ。今から帰る」

『そう。そういえば、管理局員なんかには遭遇したりしてないでしょうね?』

「いや別に? ぶらぶら歩いてただけだし、それらしいのも見てないよ」

『ならいいわ。じゃあ早く帰ってきなさいね』

 

 それだけ言うと、あっさりと通信は切れてしまった。

 

「心配性だな、ウーノ姉は。いや、ウーノ姉の場合心配なのは夕飯の方か」

 

 食事の時間は守らないくせに、あれでいてなかなかに食事にはうるさいのだ。

 

「それにしたって、何か事件があったわけでもないのにそうそう管理局員なんて会うわけないだろう、に……? あれ?」

 

 管理局員。

 どこかで見た事があるような気がしていたなのはとフェイト。

 

「なのは? フェイト? あれ?」

 

 いやな予感を感じつつ、空間モニターを展開させると、機動六課メンバーを表示させる。

 そこに現れた画像と名前を何度も確認し、諦めたかのように呟いた。

 

「ッ!! 機動六課、スターズ分隊隊長、高町なのは……。ライトニング分隊隊長、フェイト・T・ハラオウン……。あの二人が、俺の、敵……?」

 

 突きつけられた現実に、呆然と立ち竦む。

 帰らなければならない時間だという事も忘れて、シロウは、ただその場に立ち尽くすことしか出来なかった。

 




なのはとフェイトは恋愛に晩生というか、仕事人間なのでそんな余裕はなかったのではないかと思っています。
原作でスバルがなのはの雑誌の切抜きを持っていたことから、それなりに有名人でしょうし。
局員ならば尚更、その武勇は多少なりとも知っているはずですから、軽々しく声をかけるのも躊躇われる存在ではないかと。
さらに年齢に対して局員歴も長いので、同年代でも新人に毛の生えた程度でしょうから、余計でしょう。
二人とも真面目でやや潔癖な部分もあるので、軽々しく声をかけてくるような人は相手にしないようなイメージがあります。
まぁそれが仕事の話なら別かもしれませんが。

そんなわけでこうなりました。


ちなみにシロウは相手を認識しましたが、なのはとフェイトは当然ながらシロウが敵だと認識していません。
二人の中で人物が一致するとしたら、すべてが終わった後になると思います。
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