ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第百十九話

 短期集中でアルバイトをした成果として私のお財布事情は大部改善された。

 打って変わってAqoursはと言えばラブライブ予備予選を無事に通過したという事で、未来に金欠問題が再発することが確定となったが、今は予備予選を通過出来たことを喜ぶ時だ。

 更に予備予選通過と学校説明会の効果があったからなのか入学希望者の数も徐々に増えているという。現時点でまだ増えるのも驚きだが、これからはまだ第一志望校が固まっていない、或いは学力が届いていない生徒をターゲットに絞るのも悪くないのかもしれない。もっとも、方針としてはありかもしれないが、現実的には難しいため広域な宣伝をするしかないのが実情だが。

 

「星ちゃん、ストレッチ終わった?」

 

「はい。もう十分です」

 

 ダンス練習で負担を掛けた筋肉を解しながらどうやら考え込んでいたようで、すっかり汗の引いたルビィちゃんから声を掛けられてしまった。

 

「それにしても星が自分から練習に参加したいって言い出すなんて珍しいわね」

 

「というより初めてずら」

 

「最近鈍ってたし、新しい曲のアイデアも浮かばなくて。ちょっと気分転換にね」

 

 そう。私は今日、プラザヴェルデにある貸しスタジオでのAqoursの練習に混ぜてもらったのだ。

 言った通り、我ながらちょっと情けない事情だ。

 

「曲作り進まない?」

 

「はい。煮詰まってしまうと言うか、なんというか」

 

 忙しかったこともあり本格的にアイデアをノートを取れるくらいになったのは本当に最近。それこそ学校説明会が終わってからくらいだが、音階やフレーズが浮かんだものを書き出したりはしている。けれど、それがハマらない。連ならない。音楽にならないのだ。

 

「それで気分転換?」

 

「はい。偶には頼りなさいって、誰かさんに言われましたから」

 

 チラリと鞠莉さんを覗き見ると、アヒル口を作って笑っていた。このパツ金、あざといったらありゃしない。

 

「それにしても最初の頃に比べてみんな体力付いたね」

 

 私なんて息も絶え絶え、着いていくのに精一杯だった。初めの頃はすぐに息切れし、動きが鈍くなっていた花丸ちゃんですらキレのある動きを維持していられるようになっているというのに。

 

「何だかんだ成長してるんだよ」

 

「怠けているなんてブッブーですわっ!星さんももっと精進しませんと」

 

「日々精進だよ」

 

 耳に痛い事をすばりと言う。けれど一理あるため、ちょっと自己練を増やそうとも思う。

 

「今度から練習に加わる?」

 

「いえ、私は部外者ですから。九人には九人のフォーメーションがあるでしょうし、毎回は遠慮します。基礎トレの時は教えてください」

 

「そっか。うん。分かった」

 

 私の我が儘とも取れる物言いに千歌先輩はすんなりと納得した。千歌先輩ももう私のことをAqoursに誘うことはしない。千歌先輩は分かっているのだ。私のケジメが付くまで私が誰かと正式にチームを組むことはないと。

 それだけではない。Aqoursは今の九人でこそAqoursなのだと分かっているのだ。

 私への理解、そして今のメンバーへの信頼。その二つが千歌先輩に私を誘う文句を言わせない。

 その空気感がとても心地良いと、そう思った。

 

「偶には違うフォーメーションも良いと思うけどね」

 

「個人的には奇数で汎用性が確保できる九人を推しますけどね」

 

 曜先輩の呟いたことに反論する訳では無いけれど、九人とはこれでいて中々バランスが良い。

 まずこう言ったグループ活動はセンターが居て左右に開くフォーメーションが多い。変な言い方をするけれど、センターを置ける奇数でこそ割り切れるのだ。

 例えダブルセンターという手法を取っても、裏センターを置くことでバランスがとれ、九人という人数で立体感を維持しつつ大きさも取れる。

 どんなステージに行っても大体収まる人数で奇数である九人はパーフェクトだというのが持論だ。

 

「強いて言うなら十人よりは十一人の方がまだいい気がしますね」

 

 九人では出来ないけれど十一人なら出来るフォーメーションがある。

 私と穹が居たら、なんて妄想が膨らみそうになるが、それは夢のまた夢、早計だと自制する。私はまだ穹を納得させるだけの武器がないのだ。

 

「体作りならそれでいいとして作曲は?私も手伝おうか?」

 

「どうしても浮かばない時はヘルプを出します。でも、どちらかと言えば編曲を頼むかもしれませんね」

 

「これは大仕事になりそうね」

 

 一時は自分の音を見失っていた梨子先輩が今では心から音楽を楽しめていると、傍から見ていても分かる。梨子先輩はある意味で私の目指す場所を知っているのだ。

 

「でも次の予選大会の曲。先ずはそっちからですね」

 

「分かってる」

 

 最近の梨子先輩は絶好調の様で、作曲もかなり捗っているのだという。何でも今回は応援歌のような皆で声を出せるような曲にしたいらしい。

 

「気分転換ついでに、星さん。一つ仕事をお願いしても?」

 

「何処の組を潰しに?」

 

「家はカタギです。あ、み、も、とですわ!」

 

「そうでした。でも、海無し県出身の私にはマグロの一本釣りは荷が重いです」

 

「まだ一言も内容を言っていないのですが」

 

「ええ。知ってまーーー嘘です、ごめんなさい、ごめんなさい!?」

 

 余りにも巫山戯すぎたせいかダイヤさんはこめかみに青筋を浮かべだしたので、慌てて全力謝罪してしまった。ルビィちゃんが鞠莉さんと果南さんを盾に身を隠す程だったから本当に危なかった。

 

「人の話を聴かないのはブッブーですわよ」

 

「すみませんでした。それで仕事とは?」

 

「ええ。老人会の催しがありまして、浦女生として出席して頂けないかと」

 

「老人会ですか」

 

 ふむ、とちょっと考えてしまう。

 こういった地方では老人が地元で権力を握っていることもある。だから変に関わって反感を買うと痛い目をみたりもするのだが、逆に味方になって貰うと心強かったりもする。

 そう考えると地元の網元であった黒澤家や地元での富豪である小原家が出席しなければならないような気がしなくも無い。けれど、私にお鉢が回るというのはどういうことだろう?

 

「スケープゴート?」

 

「イエース、生け贄でーす」

 

「違いますわ。ただ、落としどころとしては丁度いいっていうのは事実ですけど」

 

「難しい事情は考えないようにしますよ。それより催しってのは大凡鑑賞会的なものってイメージであってます?」

 

「ええ。そうです。例年は特に縛りもなかったのですが、学校説明会で漁業組合に手伝って貰ったこともあり、繋がりのある筋から要請が来てまして」

 

「なるほど。で、学校の行事の貸しでの要請には学校として返す、という名目なんですね」

 

 一々建前がなければいけないのは面倒くさい。しかし、ここで生活するのならばそういったことも大切にしなければならないのだろう。この広いけど狭い人間関係の中、知らない間に助けられていることもあるだろうし、老人は大切にしなければならない。

 確かに年老いて肉体も頭脳も衰える所は必ずある。けれど、それが即ち蔑ろにして良い理由にはならないし、そんな人を大切にしてきたからこそ人は繁栄してきたのだ。

 更に言えば先にも言ったようにこう言った地方では老人の持つ力は馬鹿にならない。

 

「分かりました。なら後で詳細をメールで送ってください」

 

「助かります。ではそろそろ今日はお開きとしましょう」

 

「雨も降ってきたしね」

 

 窓の外を見れば暗雲立ちこめるというやつで、既に土砂降りだった。

 

「善子ちゃん」

 

「何よ!?私のせいじゃないわよ・・・っていうかヨハネ!」

 

 なんて冗談を交わしつつ私達は帰り支度をする。どのみち帰りは車で迎えに来て貰うことになっているらしい。

 

「星ちゃんも乗るでしょ?」

 

「今日は走って帰ろうかと思います。大した荷物も無いですし、丁度水を弾くパーカーも着てますから」

 

「風邪引かない?」

 

「案外体強いんで大丈夫」

 

 雨に打たれて風邪を引くというのは、濡れたことで体温が下がった状態が長時間続くような条件が揃わなければなりにくいのだ。濡れた後の処置を間違わなければ問題ない。

 ただ、失敗したのは靴ばっかりはびちゃびちゃになることは避けられないということだ。雨の予報は出ていたしレインブーツなりを履くべきだった。

 私はバッグにビニール袋を被せて背負うとみんなと一緒に外に出た。

 外には既に迎えが来ていて、みんなはプラザヴェルデの入り口からダッシュして慌てて車に乗り込む。

 

「じゃ、怪我しないようにね」

 

「海とか川とか見に行ったらだめだからね」

 

「分かってますって」

 

 それじゃ、と発進する車を見送ると、私も最後に残った善子ちゃんに別れを告げる。善子ちゃんはこの近所のマンションに住んでいるため徒歩なのだ。

 

「じゃ、ヨハ子ちゃん」

 

「ぁあ、傘が!?待ちなさい」

 

 自分でしたボケが聞き届けられる間もなく善子ちゃんの持っていた傘が風に煽られ飛ばされる。早速かーい、と思わずツッコみたくなるほどの発生スピードは流石は不運が代名詞となっている善子ちゃんだ。

 

「前方、足下気を付けてよ」

 

「分かっている。足下がお留守になっていますよなどとは言わせない!」

 

 そんな神様みたいなことを私も言うつもりはないのだが、と思いつつ危なっかしいため善子ちゃんの後を追うと、程なくして運良く傘は背の低いブロック塀に引っ掛かった。

 

「運良く?いや、飛ばされた時点で運は良くない?うーん」

 

「取った!」

 

 流石に不運慣れしているというか、私がふと思った懸念など想定済みの様子で、警戒しつつも傘を掴むことに成功した。が、善子ちゃんは何かに気付いた様子で下を向いたまま動かなくなった。

 

「どうしたの?」

 

「ふっ」

 

「いや、鼻で笑われても分からないんだけど」

 

 何か珍しいものでも見付けたのかな、と近づいてみると、丁度傘の引っ掛かったブロック塀の影に犬が居たのだ。

 

「捨て犬、じゃなさそうだね。首輪付いてるし」

 

「そう、導かれたのよ。この私の闇の波動に」

 

「確かに結構汗だらだらだったしね」

 

「臭いって言うの!?ちゃんとボディーシートで拭いたわよ」

 

 なんて、言いつつ善子ちゃんは小型犬を抱きかかえる。

 

「善子ちゃん?」

 

「ヨハネよ。心配は無用。我が眷属はしっかり私が面倒を見る故」

 

 すっかりスイッチが入ってしまった善子ちゃんはそのまま自宅マンションへと歩みを進める。

 どうしたものかとも思ったけど、あれでいて善子ちゃんは案外しっかりしている。私はちょっと不安に思いつつもこれ以上は何も言わず、私も帰路へ付いた。

 

 


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