ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
「これお願いしますね」
「はい。あと追加でほうじ茶を」
中学生のころに飲食店でバイ・・・お手伝いをした経験もあるため、喫茶菊泉での作業はそれなりにできるようになった。けれど、やはり一朝一夕で常連さんの顔や好みを覚えるには至らず、そこは聖良さんがフォローしてくれているので大きなミスはなく過ごせている。
「新しい看板娘が入ったんだって?あら、可愛らしい子じゃない」
「ピンチヒッターですけどね」
なんて常連さんとのやり取りも数回。流石に家族経営していると新入りが入ることも稀というか無かったのだろう。このおばさんみたいにわざわざ見に来る人もいたほどだ。
「でも、あなた誤魔化してるわね?」
「メイクにはそれなりに自信ありますから。素材は理亞ちゃんの方が別嬪さんですよ」
「当たり前じゃない。小さい頃から知ってるんだから」
なんて言葉に聖良さんは苦笑いするばかりだ。
誰にとっても自分が小さかった頃には迂闊なことが沢山ある。人それを黒歴史と言うけれど、聖良さんや理亞ちゃんにとっての黒歴史の生き証人が数多くいるのはもう笑うしかないのだろう。
「聖良さんの小さい頃ってどんな感じだったんですか?」
だから私もまた面白がってそう切り返す。
「この子ったらお転婆でーーーーーー」
楽しい思い出はいつになったって自分が変わらなければ楽しいままなのだ。
嬉々として語るおばさんに聖良さんは苦笑いをひきつらせているのがとても面白い。が、後で何を言われるのか怖い。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「あら理亞ちゃん、お帰りなさい。ちょうどよかった、理亞ちゃんの話もしようかしらね」
「ちょっとおばさま。よしてったら」
今日はエントリーしたイベントの参加審査のため、理亞ちゃんとルビィちゃんはすぐ側にある旧函館区公会堂まで面接に行っていた。
前日に面接の練習として意地悪な質問を散々浴びせたり、圧迫面接形式でやってみたりと試したので、ちょっとやそっとのことならあしらえると思ったけれど、私の予想以上に二人とも緊張していたため、善子ちゃんと花丸ちゃんに付き添いに行って貰っていたのだ。
理亞ちゃんもルビィちゃんも人見知りで、面接とかでは力が出せないタイプだ。こればっかりは場馴れと事前練習しか対処方法が無い。
けれど常連のおばさんと戯れる理亞ちゃんには凹んだ様子は無いため、どうやら上手く行ったようだった。ルビィちゃんを見ると、聖良さんに見えないように小さくピースを返してくれたし、善子ちゃんと花丸ちゃんも頷いていたので間違いない。
私はホッと胸を撫で下ろし、おばさんの語る聖良さんと理亞ちゃんの黒歴史に耳を傾けつつ次の手を考えていた。
「レディオずら?」
「なんで徳永英明みたいな言い方なのよ」
理亞ちゃんの部屋に集まったみんなで、もはや恒例となった作戦会議だ。とは言え、あったことの報告、進捗の状況については、私達は自然とそれを把握するようにしていたため会議というほど畏まったものではなく、日常会話の中で話し合いがされているのが常だ。
「無事にイベント参加もかなった事だし、宣伝は必要だと思うの」
「それでラジオなのね。でもそんな簡単に出られるの?」
「出られるかもしれない。今回のイベントの協賛でFMいるかが入ってるし、調べたらイベント情報もラジオCMで流してるみたいだから、イベントの運営と交渉してもらえればなんとかなるかもしれない」
ここで有利に働くのが、Saint Snowの名だ。北海道全体で見ればどうか知らないが、この函館という地域限定であればかなりの知名度だ。特に中高生の間では知らぬものはいないだろう。
「Saint Snowは終わってない。それを自分達だけじゃなく多くの人に知ってもらおうよ」
世間的にはもう破れ去ったグループと、そう見なされているだろう。そのことに意気消沈してしまったのは理亞ちゃんや聖良さんだけでなく、もしかしたら他にもいるかもしれない。もうSaint Snowのパフォーマンスは見られないのだと。
なら多くの人に知ってもらうことには意味があると思うのだ。
「でも、そんな放送したら姉様に気付かれてしまうんじゃ・・・」
「聖良さんってFMいるか聴く?」
「聴かない」
「なら平気でしょ。それに、イベント開催が近づいたらいずれにしても隠しきれないでしょ」
まあバレたとして聖良さんなら知らないふりをするだろうけど。
「待って、FMいるか聴く人ってそもそも中高生にどれくらいいるの?」
「日常的に聞いてなくても、耳に入ればいいの」
それに駄目元だ。やれるだけやるに越したことはない。
「どうする?」
「私は良いと思うよ。理亞ちゃんは?」
「やってやろうじゃない。ならちょっと運営に聴いてみるね」
待ってて、と理亞ちゃんはスマホ片手に部屋から出ていった。たぶん運営に連絡するのだろう。
けれど、人見知りをする理亞ちゃんが慣れない人と話すことに躊躇う様子がないのに私は少なからず驚いた。
「なんか、随分と威勢がよくなったというか、なんというか」
「理亞ちゃんね、いや、私もなんだけど、参加審査の面接の時に凄く緊張してたんだ」
今日、出掛ける前までの理亞ちゃんとルビィちゃんは確かにそうだった。それはきっと今まで頼れる誰かが助けてくれる場面が多かったから。そして、それに慣れていた自分が居たからなのだろう。優秀な姉がいるということがどんな気持ちなのかは分からないけれど、そう推測できる程には二人の姉は優秀なのだ。
「私も理亞ちゃんも今までの人前で話すことなんかなかったし、お姉ちゃんがいないのがこんなに心細いんだなんて思ってなかったの」
一時期、ダイヤさんがスクールアイドルを避けていた時ですらきっと姉妹仲は良かったのだろう。姉の卒業した後の中学時代だってこの狭いコミュニティの中であれば皆既知の存在だ。それなりに上手い距離感でやれていたのだろう。
「だから面接官の前に来て頭真っ白になっちゃったんだけど、その時にね。やっぱり思い出したのはお姉ちゃんのことなの。すぐに泣いちゃう私にお姉ちゃんはいつも言ってくれてたんだ。ルビィは強い子でしょ、って」
泣くな、でも強くなれ、でもなく、既に貴方は強さを持っているのだと、そう諭す言葉にルビィちゃんは今日、その意味を初めて理解したのだ。
本当は秘められた力があるのにそれに気づいていないのだと。困難を乗り越える力は既にあるのだと、他でもないダイヤさんの数重なる言葉で保証されているのだと。
「そしたら勇気が出てきて、思ってることを自然に言えるようになったんだ」
きっと理亞ちゃんも何かしら心に積み重なったものが力を貸してくれたのだろう。
「きっと一人であの場所にいたらそんな風に思う事もなかったんじゃないかな」
隣にいる誰かのため、力を貸してくれる誰かのために、その場所に望んだからこそ至った気付きだとルビィちゃんは言う。
ルビィちゃんも理亞ちゃんも、今度発表する楽曲を正しく体現していることが凄いと素直に思った。本当の本当に、離れた場所で活動するグループが手をとって一つのことをなし得るのだと。