ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第百六十三話

 先までの喧騒が嘘のように卵のように真ん丸な会場の中は閑散としていた。宇宙のような暗さと輝きが同居していた空間は、今では味気ない照明により現実を浮き彫りにしていた。

 数多のスクールアイドルが一瞬に夢を乗せて歌い踊っていたステージの上から私はそんな景色を眺めていた。

 客席は撤収が進められ、ステージを解体する重機を搬入する準備が進められている。その僅かな時間の間だけ、こうしてステージに上がることを許可して貰えたのは本当に運が良かったとしか言えない。

 会場の特性からステージの解体が始まるのには少し時間が掛かると判断したからこそ運営に交渉しに行ったのだが、そこで思わぬ再会があったのだ。

 Aqoursが惨敗したスクールアイドルイベントの時にステージで話をしたナミキさんが居たのだ。

 ナミキさんはこちらのことを覚えていたらしく、私の話を聞くと二つ返事で許可をくれた。というのも、どうにもナミキさんは舞台監督とのことでそれくらいの融通は利かせられるらしい。

 

「それにしてもこんなこと頼みに来る子はあんまりいないよ?それも撤収の工程を考えた上で来るのは多分君くらいだ」

 

 なんて言ってナミキさんは呆れながらも笑っていた。尚、私がスクールアイドルではないからこそ許可した、とも言っていた。

 曰く、スクールアイドルにとって一つの到達点であるこのステージに上げてしまうと、そのスクールアイドルの夢をここに縛ってしまいかねないとの懸念があるのだと。優勝してハイおしまいでは困るのだと。

 思えばμ’sもラブライブ優勝をしてから、今のスクールアイドルに繋がるその後を切り開いたのだ。ナミキさんの言っていることもそれを踏まえての期待なのだろう。

 

「無観客試合なんてレギュレーション違反でもした?」

 

 さっきまでは夢で輝いていた場所、そして今は無遠慮な照明でただ明るいだけの場所に、穹は皮肉を口にしながら来てくれた。

 

「したよ。他の誰でもない、一番してはいけない人に」

 

「・・・・・・Aqours凄かったね。輝いてた。ホント、魂が宿ってた」

 

 穹は私の言葉に対する返答はしなかった。それはこれから聞かせてもらうとでも言うように。その代わりに私達を繋ぐ切っ掛けになったAqoursを称賛した。穹にそう言って貰えると自分のことのように嬉しかった。

 

「気のせいなんだけど、羽を受け取った。そんな気分になったんだ」

 

 語彙力を失わせるほどのパフォーマンスだったというのがこれでもかと伝わるほどのべた褒め。しかし、それ以上に羽を受け取ったというワードに私は凄く共感出来た。

 

「そっか。穹にも見えたんだね」

 

「うん。青い羽が」

 

 それはAqoursの魅せた輝き。そして、輝きたいと願う全ての人に贈られたメッセージだ。

 そして受け取った私にはしなければならないことがある。

 

「でも、青いままじゃだめなんだ。それはAqoursの色だから。自分の色にしないとダメなんだ」

 

「これ以上ない舞台なんだ。全力で来な」

 

 私はタップシューズの感触を整えると共にポケットからハーモニカを取り出して口元に構えた。

 穹を騙していた時を、穹の居なかった時を、沼津での日々を想い、それを今、語ろう。

 

「“Brand New My World”ーーーーミュージックスタート」

 

 仮歌の再生タイミングはナミキさんがやってくれるため、私は打ち合わせていた合図と共に演奏を開始した。

 ハーモニカの単音のシンプルなソロパート。心電図がフラットラインになったような、虚しさ。そこに徐々にビブラートを効かせて息を吹き返す前奏。穹と離れてからの私のプロローグだ。

 

“流れ着いた海の底 深くて暗いその場所は 日が昇ったら色付いた”

 

 私の綴った歌詞に最初に歌を乗せるのは三年生の三人だ。

 癖のあるダイヤさんと果南さんの声を鞠莉さんが中和し、力強いハーモニーを奏でる。

 きっと沼津に来なければ海無し県出身の私には海のモチーフなど想像できなかっただろう。それだけ海の存在は私には異質で、無感動で無気力になりかけていた私の心にすらスッと入り込む存在感があった。その存在感を背負えるのは頼りになる三年生が適任だと思ったから出だしを任せられた。

 低音域の演奏が続く中、弱いながらもタップを刻み、俄に世界が揺らぎだす。

 

“色とりどりの隣の誰かが仲間になろうと踊りに誘う けれど僕は臆病で 閉じた殻を開けない”

 

 賑わいを感じさせる部分は何時だって一年生の担当だ。けれど、Aqours楽曲のように分かりやすい賑わいではない、賑わいの気配のみを匂わす歌詞はやっぱり私は彼女達みたいには前向きではないのだなと思う。けれど確かに近付く賑わいの気配は私がタップを段々と強くして引き継いでいく。

 

“黒い真珠を抱え込んで 明日を見ない僕にみんなは

今にしかない虹を見せた”

 

 同じ様に悩みを抱えて内浦に来た梨子先輩、少年のように素敵な“僕”を謡える曜先輩、そして突き刺さる声がサビへの牽引力となる千歌先輩ら二年生が楽曲をピークへと誘う。それに誘われるままハーモニカの演奏は高音へ、そしてタップは早く刻まれていく。

 

“泣いてるばかりじゃない 前のめりなだけでもない

しっかり心に問い掛けて 跳ねる音に耳を澄ませば

きっと見えるよBrand New My World”

 

 みんなの声が私を支えてくれる。目を閉じれば音に舞う私の横に彼女達が一緒に歌って踊る息遣いを感じられる。

 Aqoursが“WATER BLUE NEW WORLD”を見付けたように、私も私の見るべき所を再認した。だからこその“Brand New My World”。真新しい私の見る世界であり、私の辿り着いた真新しい世界だ。

 これが一年弱掛けて漸く描けた新曲。穹への言葉の代弁する歌だ。悩んで悩んで、色んなものを見て、聞いて、感じて作った楽曲だ。

 これが穹に何一つ届かなかったら私と穹に交わる道は無いのだろう。決して失敗出来ない最後のチャンス。けれど、不謹慎かもしれないけれど、私はこの時が凄く楽しかった。自分の全部を掛けてパフォーマンスをすることが、そう、生きていると思える瞬間が堪らなく心を躍らせた。

 Aqoursの未発表の楽曲“未来の僕らは知ってるよ”で綴られた「I live,I live Love Live days」という詩は正しくこの一年弱を、そしてこの時を物語っていた。

 何様かと思われるかもしれないけれど、そんな日々に感謝気持ちを込めて私は曲の終りに手に“L”を作って天に掲げた。

 終わった。一曲が終わるのは本当にあっという間だった。

 暑い。止まるとどっと汗が出ているのに気付く。見ればステージの上にはよく転ばなかったなと思うほどの汗が飛び散っている。

 体が思い出したように酸素を求めて肩から息をする。

 膝に手をついて下を向きそうになる上体をぐっと両腕で支えて顔だけは穹へと向けて見詰める。これが私の全力だ、全部出したぞ、と視線に乗せて。

 穹はパフォーマンスの始めから終わりまで黙って腕組みして見ていた。きっと瞬き一つしていないんじゃないかと目に力を入れて。

 穹は私の視線を受けて、組んでいた腕を解くと、私に近寄るでもなく、背を向けるでまもなくその場に佇んだまま私のことを見つめていた。

 数秒か、数分か、時間の感覚がなくなるような沈黙の後、穹はゆっくりと手を開いて両腕を力なく天に掲げた。まるで降参だとでもいうように。

 私はそれを見て緊張の糸が切れたからか体から力が抜け、へなへなと腰を下ろしてステージに寝転んだ。帆を幾つも繋げたような白い天井を見上げて目を細めると、無性に溢れてくる涙で滲む視界が白い照明でぼやけて見える。だからだろうか?私の元に真っ白な羽が、降ってきたように見えたのは。

 

「まだまだだなぁ」

 

 受け取った羽を自分の色に染めるには至っていない。けれど、スタートラインにはきっと立てたと、そう思った。

 

 

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