ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第百六十八話

 飛行機とは人が人でありながら不可能を可能にするという夢で編まれた構造物だ。そして紙飛行機とはその夢の始まる切っ掛けだ。飛ばせども落ちるしかない運命を持つからこそ次はもっと長く、もっと遠くへと願うのだ。

 であるならば千歌先輩は今、何を思い紙飛行機を飛ばしているのだろう?

 飛ばしては落ち、また飛ばしては落ちを繰り返し、やがて千歌先輩は紙飛行機を拾うことを止め優勝旗の横でしゃがみこんでしまった。

 私達はその姿を見ていられなくて浜辺まで駆け寄ると千歌先輩に声を掛けた。

 

「千歌先輩?」

 

「星ちゃん、それに穹ちゃん!?」

 

「こんにちは」

 

 千歌先輩はこちらに顔を向けると驚いたように立ち上がった。

 

「そっか・・・・・・・沼津に来たんだ」

 

 それは心底良かったと胸を撫で下ろしているようで、どこか羨望に似たものもあった。

 何でだろう。目の前に居るのは千歌先輩なのに、何でーーーー

 

「あなた、本当にAqoursの千歌さん?」

 

 それは穹も同意だったのか、穹は思わずそう呟いていた。

 

「何て言うか・・・オーラが、無い?」

 

 穹が知っている千歌先輩の姿は限られる。たぶん特に印象に残っているのはラブライブ決勝の時の姿だろう。だからこそあの時の千歌先輩と今の千歌先輩の姿がどうしても一致しないのかもしれない。それくらい今の千歌先輩には覇気か無い。

 ある意味で私の知らない千歌先輩の姿だ。

 スクールアイドル活動に全力を注いでいた時のキラメキ、熱さ、それがまるでない。もしかしたらスクールアイドルになる前の千歌先輩とはこんな感じだったのかもしれない。

 

「そうかもね」

 

 穹の言葉を千歌先輩はどこか寂しそうに受け入れた。

 

「アキバでスクールアイドルを、μ’sを知って私もあんな風に輝きたいって思った。とにかく前に進もうって、そうやってラブライブに優勝した。あの時の私達はきっと輝いてたってそう思う。けどーーーー」

 

「手に入れた筈の輝きを今は感じない、ですか?」

 

「うん」

 

 なんとなく私にも分かる気がした。

 普通の毎日を特別なものに変えようと、無かったものを手に入れようとした千歌先輩。失ったものを取り戻そうとした私。

 違うものを追いかけて、けれど一緒に駆け抜けた今、求めるものは同じな気がする。

 

「私も分かる気がします」

 

「星ちゃん?」

 

「穹ともう一度って、そう願ってたのにいざその時が来るとどうしたら良いのかなって、これから私はどうしたいのかなって」

 

「未来をどうしようかなって?」

 

 今、そしてそこから繋がる未来。私達はそれを見失ってしまったのだろうか?

 

「なら、もう一度見付けましょうよ」

 

 穹は背負っていたギターケースを下ろしてアコースティックギターを取り出すと、聞き覚えのある旋律を奏でた。それはラブライブに優勝したAqoursが披露したアンコール曲“青空Jumping Heart”だ。

 

「見たことない夢の軌道 追いかけて」

 

 弦の弾ける音が静まっていた心をざわつかせる。穹の歌声が私達の音楽を引き出す呼び水になる。

 私はポケットからハーモニカを取り出すと千歌先輩と目を合わせた。

 

「千歌先輩。私達が惹かれたものはたぶん、こうやって揺さぶられた先にあったのかもしれませんね」

 

“ちょっと待ってなんてムリ 飛びだそう 僕たちのなかの 勇気がさわいでる”

 

 いつでもおいで、と手を差し伸べるように穹はギターを掻き鳴らしながら歌い、踊り、笑っていた。人とはこんなに純粋に笑えるのかと思うような、そんな真っ直ぐな笑顔だった。

 

「歌おうか、星ちゃん」

 

「奏でましょうか、千歌先輩」

 

“どんなことがおこるのか わからないのも楽しみさ”

 

 私が一番最初に夢中になった音楽がなんだったのか、それはもう忘れてしまったけれど何時だって音楽と共にあった。楽しさを求める時も、悩んでる時も。

 千歌先輩だってスクールアイドルになった切っ掛けは9人の女神の音楽からだ。なら答えはもしかしたらこの中にあるのかもしれない。

 

“Open Mind 伝えなきゃ伝わらない”

 

 そうだ。誰かに元気になって欲しい時、私はいつだってこうやって音楽を奏でていた筈だ。今、穹がしてくれたように。

 閉じていてはいけないのだ。最高だった時の思い出を、駆け抜けた日々の名残を、閉じ込めようと閉ざしてはいけないのかもしれない。

 

“光の向こうへ ほら、いっしょにね!”

 

 段々と分かってきた気がする。そして沸々と心が叫び出したくなる。もっと奏でていたいと。もっと踊りたいとーーーー

 

“みんなとなら 説明はできないけどだいじょうぶさ まっしぐら”

 

 みんなと、もう一度歌いたいと。

 それは単純にして明快な衝動。けれど、最近沸いてこなかった衝動だった。

 私達は顔を見合わせるとなんだか自然に笑いあった。やっぱり単純に楽しい。好きなことをして時間を過ごすと。

 曲が終わってそうやって声を出して笑っていたら、気付けば千歌先輩のご家族が浜辺に様子を見に来ていた。些か騒ぎすぎたのかもしれない。

 

「おーい千歌ー、来たよー」

 

「新しい制服ー」

 

 でも叱られるでもなくただ知らせにきただけのようだった。二人のお姉さんとお母さんまで揃い踏みなあたり、千歌先輩が元気が無かったことを気にして出てきたのかもしれない。

 

「こんにちは星ちゃん。そちらの子は初めましてよね?」

 

 とても小柄な、ともすれば妹にすら見える千歌先輩の母親がフランクに声を掛けてきた。

 

「初めまして。明里穹です。星の繋がりで千歌さんとも仲良くして頂いてます」

 

「あらあら、ご丁寧にどうもね。最近千歌の様子も少し変だったからありがとうね」

 

「お母さん!」

 

 千歌先輩が恥ずかしそうに抗議の声を上げるのはなかなか新鮮だ。

 

「千歌ったら昔から人の目をすぐ気にしてね。上手くいかないことがあって悔しくても誤魔化して、諦めたふりをしてた。今日みたいに紙飛行機を飛ばそうとしてたことがあってね。でも上手くいかなくて、二人がここに来る前の千歌みたいな顔してた」

 

 そう言って千歌先輩のお母さんは砂浜に落ちている紙飛行機を拾うと千歌先輩に向けて投げた。

 それはほんの僅かな時間ゆっくり空を揺蕩って千歌先輩の胸にぶつかって落ちた。

 

「ねぇ・・・私、見付けたんだよね。私達だけの耀き、あそこにあったんだよね?」

 

 図星を付かれ千歌先輩は思わずそう問い掛けた。それはきっとラブライブを優勝し、三年生が卒業してから千歌先輩に付きまとっていた疑問。けれど答えは出なくて、ぐるぐると自分の心の内で煮詰まっていた疑問。それがようやく、吐露されたのだ。

 それは口に出してしまえばあの時の耀きを否定してしまうのではないかと閉ざしていた疑問だったのだろう。けれど、千歌先輩は見付けかけているのだ。耀きとは決して特定の時間、場所を指すことではないことに。

 

「本当にそう思ってる?」

 

「相変わらずバカ千歌だね」

 

「なんどでも飛ばせばいいのよ、千歌ちゃん」

 

「本気でぶつかって感じた気持ちの先に、答えはあった筈だよ。諦めなかった千歌には、きっと何かが待ってるよ」

 

 千歌先輩の母親が、二人の姉がしたそれに対する答えは明確なものではない。けれど、ほんの少しのヒントは貰ったような気がする。

 そう。いつか学校のみんなで歌ったではないか。何度だって追いかけようと。

 函館で見付けたではないか。夢の終わった後には次の夢が生まれると。

 千歌先輩は心の中に灯ったのもを確かめるように紙飛行機を拾い上げると海に向かってそれを飛ばした。

 ふらふらと、けれど少しでも前へと飛ぶそれはけれど少しすると鎌首をもたげ地面を向こうとした。

 

「行けっ!」

 

「「「飛べーーーーーっ!」」」

 

 それを私達は否定する。

 例えいつか地面に着く時が来るとしても、私は、私達はもっと先を見てみたい。

 私達の声に誘われるように舞い込んだ風は私達の背中を押し、紙飛行機を遥か空に舞い上げた。

 それを見守るようにラブライブ優勝旗が誇り高く私達の側で舞い広がっていた。

 

 


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