ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
東京入り初日。神田明神の不意打ちな出会いがあってからそのまま旅館に行ってその日は終わった。
夕飯を食べ、お風呂に入り、花丸ちゃんが買った『バック・トゥ・ザ・ひよこ饅頭』をみんなが誤って食べたり、千歌先輩から音ノ木坂に行こうと提案があったが、梨子先輩が辞退したためその日はそのまま就寝となったのだ。
梨子先輩は転校してくる前は音ノ木坂にいたと聞いたことがあるが、よくよく考えたら私はその頃の話しを聴いたことがない。千歌先輩が音ノ木坂に行こうと提案したときの梨子先輩の曇った表情からすると梨子先輩にも何かしら事情があるのだろう。私は自分の事を棚に上げてそんな事を考えながら見慣れない天井のシミを数えていた。
当の梨子先輩は梨子先輩で窓枠に腰を下ろして空を見上げている。
何を考えているのか?それを今の私が問う資格はない。自分を語れない私が一方的に相手を知ろうなんて虫が良すぎる。
私は私の事をみんなに語らなかった以上にみんなのことを聴いていない。過去のことを知っていることが即ち深い関係であるとは言わないが、それでも私は自分から彼女達の今を形作った過去を知ろうとしなかった。それは自分に虫が良いとか悪いとか以前の問題だ。
だが、私は明日みんなに語らなければならない、私の過去を。全く予想していなかった形であったが、私の過去の片鱗が知られてしまったのだ。ここまで来たらもう詰みだ。調べればある程度の情報が得られるしそうなれば当然の流れとして私に追求が来るだろうから。
「眠れないの?」
千歌先輩の声に私は身を固くした。千歌先輩は確かに強引な部分もあるが、人の心に土足で踏み込むような分別の無い人ではない。だから今語れとか言わないだろうが、それでも不意打ちだ。
「千歌ちゃんも?」
「うん。なんとなく」
「ごめんね。なんか、空気悪くしちゃって」
「ううん。こっちこそごめん」
私は内心でほっとした。どうやら千歌先輩は梨子先輩に話し掛けたようで、私が起きていることには多分気付いていない。
当たり前だ。窓枠に腰を下ろして黄昏れていたらそちらがまず気になるに決まっているし、私は布団に横になり身動きをとっていないのだから気付かれなくて当然だ。
「音ノ木坂って伝統的に音楽で有名な高校なの。私、中学の頃ピアノの全国大会に行ったせいか、高校では結構期待されてて」
「そうだったんだ」
ぽつぽつと語られた言葉を私は卑怯と思いながらも耳を塞がなかった。梨子先輩が勇気を出して自分の失敗を語っているのだ。相手が千歌先輩だからこそなのかもしれないし、本当は盗み聞きなんて良くないと分かつていたが聴かないなんてできなかった。
「音ノ木坂が嫌いな訳じゃ無いの。ただ期待に応えなきゃって、いつも練習ばかりしてて。でも結局、大会では上手くいかなくて」
才能と実績があるだけに期待されて、その期待に答えようとして頑張って、それでも上手くいかなくて挫折して。そんな梨子先輩の歩みがとても重かった。重いし、きっと梨子先輩は傷付いたはずだ。目を背けようとした筈だ。内浦に来たのだってもしかしたらそれが原因の一端なのかもしれない。でも梨子先輩はその事実からは逃げようとはしなかった。ピアノは今も続けているし、失敗を失敗として飲み込んで次に繋げようとする勇気を持ち合わせている。
そうできることが私にはひたすらに尊かった。私にはできなかったこと。それを梨子先輩は現在進行形で行っているのだ。
ただ、音ノ木坂に対しての感情の整理がまだついていないようであるが、私なんかよりも遙か先を歩いているのは間違いない。
「期待されるってどういう気持ちなんだろうね」
「え?」
「沼津出るときみんな見送りに来てくれたでしょ?みんなが来てくれて凄い嬉しかったけど、実はちょっぴり怖かった。期待に応えなくちゃつて。失敗できないぞって」
それは千歌先輩なりの励ましなのだろう。きっと感じるプレッシャーも悩みも経験した当人しか理解できない。それでも分かってあげたいし、力になりたい。そう思ったから千歌先輩は彼女なりに分かることを伝えたかったのだろう。みんなで東京に出る時の出来事を例に挙げて。
誰かを思いやる気持ち、それが千歌先輩の良さである。筋違いであるが嫉妬を禁じえないくらいの美点だ。だってそれは私に欠けていることだから。私が本当に相手を思いやれる人だったなら今頃はもしかしたらみんなで、Aqoursとして明日のライブに心を躍らせていたかもしれない。
そんなあり得たかも知れないifを思い浮かべると、心がときめくと同時に悲しくなった。その可能性を潰したのは他でもない私自身だからだ。
「ごめんね、全然関係ない話して」
「ううん。ありがとう」
「え?」
「寝よ。明日のために」
「うん」
私は盗み聴きしていたことを謝罪することも、起きていたことも言い出すことが出来ず二人は床についた。
明日は私の番だ。そう思うと益々眠れなかった。