ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
早いもので沼津に帰るには夕方には東京を出ないと深夜になってしまう。それだけ東京と、ついでに言えば埼玉からは距離があるのだ。場所が離れれば心も離れるとはある種の真理なのかもしれない。けれど、繋がりは消えないのだ。その可能性を私は今日感じた。
「みんなは何か得られましたか?」
「なんとなく、かな」
私の問い掛けに答えたのは曜先輩だった。曜先輩はどちらかと言えば感覚派な人だから細かいことを言葉にするのは苦手な部類に入る。だが、だからこそ彼女の感じたことは間違いないものであると思える。
「今日ね、音ノ木坂学院の生徒に教えて貰ったんだ。μ’sが何を言っていたのか」
「何て言っていたの?」
「気持ちは繫がっているからいいんだよって、言っていたんだって」
嬉しそうに語るのはルビィちゃんだ。ルビィちゃんとダイヤさんはドルオタだけあり音ノ木坂にはずっと来たそうにしていた。だからμ’sが何も物を残していなくても、その言葉だけで千金の価値がある。
μ’sが残したその言葉、そして楽曲や、語り継がれる彼女達の軌跡。活動指針「みんなで叶える物語」。Saint Snowから問われた時には答えられなかったが、それらのピースを思い起こすと彼女達は別にラブライブで勝ちたいから活動していた訳では無いことがよく分かる。
μ’sの活動は、もちろん自分達が楽しいのは確かにあっただろうが、その裏には常に誰かのためという側面があった。学校のため、仲間のため、応援してくれるみんなのためだ。
それが原動力になり、彼女達の物語となった。
μ’sが結成された当初からある種王者として君臨していたA-RISEとの最大の違いはそこだ。μ’sには共に歩んだという共感があったのだ。だから喜びを、笑顔を分かち合えるからこそ、みんなが好きになった。だからラブライブでも優勝できたのだと、私はそう思う。
みんなはどう思ったのだろう?そして統廃合の危機にある浦の星女学院を今後どのようにしていくのだろう?
「浦女の統廃合って話しは進んでるんですか?それに来年の入学希望者って今のところどうなんですか?」
私の問いに鞠莉さんは僅かに表情を曇らせたが、飄々と溜息交じりに答えた。
「入学希望者はまだ分からないけど、入学説明会の参加希望者は0」
「0、ですか」
学園長という立場である彼女の言葉なのだから間違いの無い事実なのだろう。
しかし、Aqoursが花火大会でパフォーマンスしたりラブライブ予備予選を突破したことは、厳密には断言できないが入希望者を増やすことには繫がっていないようだ。
その事実は思った以上に堪えた。学校を大切であると自覚した今、それがより顕著に感じられた。
沼津の人口は東京のそれとは比べようのないほど少ない。その中でも更に端にある浦の星女学院は条件がそもそも悪いのだ。それを覆せるほどの魅力をどのように発信すれば良いのだろうか?
みんなも今日のことや今後のことを纏めているのか、電車の車窓から海の景色を眺めていた。
私もまた、同じようにぼんやりと茜色に染まる海を眺めた。東に沈む太陽が染める色は空と海の境界を曖昧にし、沈んでいる最中にも関わらす沈むことはないと主張しているかのようだ。
「海見に行かない?」
そんな幻想的な景色に惹かれたのか千歌先輩が根府川駅に停車中、急に立ち上がると電車から駆け下りてしまった。
放っておく訳にもいかないので私達は急いで荷物を持って千歌先輩を追い掛ける。
千歌先輩は何かに取り憑かれたように真っ直ぐに改札を出ると、高架線下をくぐり抜け、砂浜へと出た。
そこには先程電車で見たよりも大きく広がる景色があった。
「綺麗」
内浦の海から見る夕暮れも勿論魅力的だが、この景色はきっとそこでは見ることの出来ない何か惹かれるものがあった。まるで夢を見ているようなふわりとした感覚だ。けれど断言できるのはこの景色を私は忘れることはないだろうということだ。
千歌先輩は考えが纏まったのか、みんなに語り出した。μ’sのことを。
「多分比べたら駄目なんだよ。追い掛けちゃ駄目なんだよ。μ’sも、ラブライブも、輝きも」
それは何かを目標に始めた人にとっての壁だ。
目標にはどうやってもなることはできないのだ。できるのは目標に似た何かであって、目標そのものでは無い。当然だ。土台が違うし、積み重ねたものが違うし、何より人が違うのだから。だからただ真似るだけでは、目指すだけでは駄目なのだ。
それはきっとμ’sにとってμ’sに憧れたスクールアイドルに気付いて欲しい事実なのだと思う。
「一番になりたいとか、誰かに勝ちたいとかμ’sってそうじゃなかったんじゃないかな?」
「うん。μ’sの凄いところってきっと何も無いところを何もない場所を思いっきり走ったことだと思う。みんなの夢を叶えるために。自由に、真っ直ぐに。だから飛べたんだ」
それこそがμ’sの物語を作った。だからこそみんなが応援したのだ。
「μ’sみたいに輝くって事はμ’sの背中を追い掛けることじゃない。自由に走るってことなんじゃないかな?全身全霊、何にも囚われずに、自分達の気持ちに従って」
それに気付くことの出来た千歌先輩は憑きものが取れたように晴れやかな顔をしていた。
きっと千歌先輩はμ’sを目指してからずっと考え続けていたのだろう。だからこそ成長出来たし、壁にもぶち当たった。けれど、それは確かに千歌先輩の、いや、Aqoursの物語になる切っ掛けになった。
昨日までの自分を否定はしない。けれど、それを糧にAqoursはきっと走り出す。
「何処に向かって走るの?」
「私は0を1にしたい。あの時のままで終わりたくない。それが今向かいたいところ」
故に、その宣言に迷いも涙も無かった。
あり得ないほど綺麗な夕暮れの中、私は円陣を組み始めた彼女達を静かに見ていた。その中にも一つの変化があった。
手を合わせるのでは無く、みんなの指で一つの0を作ってからそれぞれ1を作るというものだ。
step 0 to 1、走り始めた彼女達の合い言葉だ。
私はそれを見て感じたことを素直に表現しようと思う。懐からハーモニカを取り出し演奏を始めた。曲はμ’sの二年生ユニット曲、“ススメ→トゥモロウ”。明日を夢見る私達の応援歌だ。