ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
8/5の更新予定については活動報告を参照ください
だだっ広い会場にはまだみんなが立つであろうステージは設置されていない。平坦な空間がぽっかりと空いているだけだ。
客席はその空間を取り囲む壁にしか見えない。いや、例えるならば蟻地獄と言う方か適当かもしれない。空調も停まり、停滞した乾いた空気の漂う今、私にはここがそう感じられた。
「ラブライブの予選が始まってからずっとこの会場を使ってるみたいですけど、毎回ほぼ満席になるそうです。出場するスクールアイドルの所属する学校の生徒や保護者、それに入学希望の中学生とかも来るみたいですよ」
「この会場か満席に」
今日、私は鞠莉さんと千歌先輩と一緒にラブライブ予選会場の下見をしに名古屋にある日本ガイシホールにやってきた。
こういった施設はイベントの予定が組まれていない日であれば中の見学は意外と簡単にできる。それどころか貸し切ることすら可能だ。
コンサート会場として見たとき、愛知県内でも最大規模の会場なだけあり、その大きさはAqoursのこれまでライブを行ったどの会場よりも大きい。もっとも、数千人規模のお客様がいるという条件だけ見れば花火大会のステージがあったが。
「どうしたの千歌っち?惚けちゃって」
満席になった様子が想像できないのか口を開いてぼんやりとする千歌先輩に鞠莉さんが声を掛けた。
「この中で私達が歌って、躍ってさ。あの客席にいる人達はどう思うのかなって」
千歌先輩は薄明かりの中、会場の中心から客席に向かって、そこに何かを探すかのように手を彷徨わせる。
私も自分達を取り囲む客席を見渡すと、今はまだ誰も居ない客席が私には遠く感じられた。きっと千歌先輩も、もしかしたら鞠莉さんもまた同じ様に感じているのかもしれない。
「歌が上手い、とかダンスが素敵、とか?」
「うん。そう思われたいとは思うよ。けどーーー」
「分かった。それじゃ物足りないんだね」
「うん。私達は内浦の、浦の星女学院のスクールアイドルだって知って貰いたい。興味を持って貰いたいって思ってる」
0を1にする。その0とはAqoursの支持者であり、学校の入学希望者である。そして0はスタート地点であり、そこから一歩踏み出すことを命題としてAqoursは再始動したのだ。
「そうね。少しでも入学希望者が増えてくれればってのはあるわね。でも、千歌っち。私はね、廃校とかそういう問題がなくてもきっと同じように思ってたんじゃないかなって思うんだ。」
「私達を見て心を動かして欲しいって?」
「そう」
けれど、それだけが全てでは無いと鞠莉さん は諭すように言った。
「初めてスクールアイドルを見たときどう思った?」
「きらきらしてた。素敵だなって。そうなりたいなって思った!」
「Shinyって感じたでしょ。一瞬だけ思ったんじゃなくて、その思いがHeartに火を付けたんでしょ?」
「輝きをそうやって人に伝えていく。そんな風になりたい」
禅問答では無いけれど、鞠莉さんと千歌先輩の二人のやりとりを見ていると、そこはある意味で一つのステージが出来ていた。この広い会場の中心で、私というたった一人の観客の中、二人は話しを続ける。私は二人から離れ、アリーナ席に座ってその様子を眺めた。
「私達がなんでそう思ったのか、それをオーディエンスのみんなに教えてあげようよ」
「上手く伝えられるかな・・・私はまだどうすれば良いのか思い付かないんだ」
千歌先輩は少し自信がなさそうに顔を伏せた。普段余り見ない姿だ。けれど私はそれで良いと思う。一人で抱え込まないで悩みも共有して進んで行くこと。それがきっと彼女達には向いているのだ。
しかも今日は千歌先輩よりも更に先輩、それも年齢だけでなくスクールアイドルとしても先輩の鞠莉さんがいるのだ。少しくらい肩を借りても罰は当たらない。
「どんな言葉でもちゃんと聞こえますよ、先輩」
私はアリーナ席の最上部に移動して会場の中心にいる千歌先輩たちに大きく声を掛けた。
中心にいるときは遠く感じたけれど、アリーナ席から見る二人の姿は予想以上に大きく感じた。だから、きっと9人揃えばもっと存在感があると思うし、言葉も気持ちもきっと届く。
「ありがとう、星ちゃん」
「声だけじゃないです。ちゃんと見えてますから」
「私からもちゃんと見えてるよ」
「Shinyーーーーっ!ほらっ、千歌っちもShinyーーーー」
「しゃ、Shinyーーーー」
「もう一回、Shinyーーーー」
「Shinyーーーーっ!」
「よく聞こえまーす。どんときてください」
「みんなー、輝いてる-?」
「輝きたーい」
「1+1はー?」
「2」
「明日来てくれるかなー?」
「いいともー」
なんてことないコール&レスポンス。たった三人でやる悪ふざけ。私達は一頻り腹を抱えて笑うと、妙にスッキリした感覚があった。
私達は小難しいことを考えすぎていたのかもしれない。
「これでいいんだっ!」
「シンプルで良いんですねー?」
「いいんだよー」
なんとなくだが、掴めたものが形になったのだろう。千歌先輩は凄くいい表情でいい声を出していた。
何か劇的なことがあった訳では無い。答えが出た訳でも無い。けど、歌って躍るだけがスクールアイドルではない。その真骨頂をきっと発揮してくれるという予感は得た。
私達はその整然とした気持ちを抱えてガイシホールを後にした。