僕らの徒然なるままに   作:Zanzibar

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互いの事

「茨城童子って、あの酒呑童子とかの話に出てくるやつ?」

 

「ああ、どうだ。驚いたか?驚いたろう。私ほどの大物はそうそう拝めるものではないぞ。」

星子は楽しそうに言った。

 

「驚いた。僕があってきた中では2番目の大物だ。」

 

「なぬっ、私よりも大物の妖にあった事があるというのか。」

 

「一度だけだけどね。」

 

「どこまで生意気なのだ。人の子よ!」

 

「はいはい、分かったから取り敢えず服を脱いで。」

 

星子は自らの身を抱きしめ後ずさった。

「貴様、まさか私の身体目当てで名前を?なんと恐ろしい男だ!」

 

「何勘違いしてるんだよ。封印がどこまで侵食しているか確かめないといけないだろ。」

 

しかしそう言われて脱げるほどに星子はすれていない。

「しかし、、だな、乙女の柔肌をそう易々と晒す訳には。」

 

「何が乙女だよ。1000歳超えてるくせに。それに妖ってのは男女の差にあまり頓着しないものなんでしょ。」

 

「無礼な!見た目は完全に10代後半であろう。それに男女の差を気にするか気にしないかなど個人差だぞ。」

 

「ふーん。そうなんだ。まぁいいや。じゃあ背中を見せてくれればいいから。」

 

菊がそう言うと、渋々といった感じで星子は着物をはだけた。

そこには禍々しい模様がびっしりと星子の体を締め付けていた。

「これは結構なものだね。痛むだろう。」

 

「いや、とうの昔に慣れた。それよりもどうだ。解けそうか?」

 

「うーん、ここまで来てるとなると完全に解くのは二年ぐらいかかるかなぁ。」

 

「何!たったそれだけの期間で解けるのか。」

人の身ならばまあまあ長いのだが、妖からしてみればほんの一瞬の事なのだろう。

「ならば、人の子よ、早く封印を解く儀式を。」

 

「ああ、わかった。」

菊は着ていたシャツを脱ぎ、星子の背後から抱き付いた。

菊は平然としているのだが、問題は星子である。

「き、きさま!やはり私の体が欲しいのか!?」

 

「違うって、肌が触れている所が多い方が力を流しやすいんだ。」

 

「力を流す?」

 

「そう、力を流して侵食を追い返すのさ。」

 

「そんな事が可能なのか。」

 

「まあ見といてよ。」

 

 

星子は菊の方から暖かい物が流れてくるのを感じた。すると星子の肌を覆っていた模様はみるみると引いていき、全身に巻き付いていた模様は、左腕の肘から指先までになった。

「おおっ、凄いではないか。あの忌々しい封印が一瞬でここまでになるとは。」

 

「ここからが大変だよ。今のは外縁をなぞった程度だから。これから核を処理していくんだ。でも今なら一時的になら8割ぐらいの力は発揮できると思うよ。」

 

星子ははだけていた着物を直し、綺麗な笑顔でお礼を言った。

「ありがとう、人の子よ。」

菊もシャツをを着なおしながら言った。

「僕の式になるんだからさ、その人の子とか、人間とか言うのは止めようよ。」

 

星子は驚いたように菊の顔を見た。

「私はお前の式になるのか?」

これに驚いたのは菊である。

「えっ、だって名前を渡したじゃん。」

「えっ、お主も渡したではないか。」

 

遠くで鹿おどしの音が聞こえた。

 

「じゃあこうしよう、力比べをして負けた者は相手の子分ということで。」

「異議なし!」

 

 

菊が勝った。

 

「お主おかしいぞ、全力ではないとはいえ素手で大妖に勝てるなんて。」

 

「これで君は僕の式だね。それで君の事をなんて呼べばいいの?」

 

星子は人間に負けたというのに楽しそうな声で

「朱隈星子と呼んでくれ、偽名だか私の大切な者たちから取った名前だ。」

と言った。

「わかった。じゃあ星子、僕の事は菊と呼んでくれ。」

 

「いや、一応私はお前の式になったのだ。主様と呼ばさせてもらうよ。」

星子はその時、菊が一瞬寂しそうに見えた。しかし、なぜそんな風に見えたのか星子はわからなかった。

 

空には星が綺麗にまたたいていた。

「綺麗だね。星子。」

星子と菊は契約が終わった後、空を見渡せる丘で寝転がっていた。

「ああ、いいものだ。しかしあれが金平糖ならさらにゆかいなのだがなぁ。」

言いながら星子はだらしなくヨダレを垂らしていた。

「ははっ、星子は腹ペコキャラなのか。」

「むっ、腹ペコキャラとやらがなんなのかは分からぬが、馬鹿にしてるのは何となく分かるぞ。」

菊は星を見ることが好きだった。

こうして綺麗な夜空を見上げていると自分の周りにある煩わしい物事が消えていくような気がするから。

星子は黙って空を見上げている菊の横顔を見ながら、この不思議な少年について考えていた。異様なほどに巨大な妖気、それはともすれば全盛期の自分でさえ歯が立たないかも知れない。そして、、、

「主様よ、気付いているか?別の何かが主様に混ざっている事に。」

「へぇすごいね、いつ気付いたの?」

菊は草笛をするのに手頃な草を探しながら平然と答えた。

「力を流された時だ。主様の物とは別の何か良くない物を感じた。」

星子には草を探している菊の背中しか見えないが、多分つまらなそうな顔をしているのだろうな、と思った。

菊は星子に背中を向けながら、人差し指で空を指差した。

すると菊の指が細長い蛇に変わり、ゆらゆらと体を揺らしていた。

「呪いだよ、さっき言っただろ。星子よりも大物の妖に会ったって。そいつと殺し合いした時に貰っちゃったんだ。でも中々便利なもんだよ。」

菊は笑った。

「しかし便利なだけではないのだろう。だからこその呪いだ。」

菊は言おうか言うまいか少しの間悩んだが、口を開いた。

「実はそいつに止めを刺すことは出来たんだけど、その時にこの呪いを貰っちゃって、どうやら依り代にされたらしい。」

 

「どういう事だ?」

 

「僕が死ぬまではどうという事はないんだけど、僕が死ぬと、僕の妖力をまるごと吸い取って、その妖怪が復活するらしいんだ。」

 

「その妖物は悪しき物なのか?」

 

「まあね、多分相当の被害があるだろうね。人にも、妖怪にも。」

菊は草探しを諦めたのか、再び星子の横に寝転がった。

「まぁ、正直僕の死んだ後の世界がどうなろうと知った事では無いんだけどね、ヒーローなら大切な者達を守る為に呪いを解こうとするんだろうけど、僕には別に大切な物はないからさ。」

菊は笑っていたが、星子はその笑い声がどこか悲しげなのに気づいていた。

 

「まあそんな事よりも、僕は星子が僕の式になってくれたのが、意外だったよ。

星子、人間の事が嫌いでしょ。」

 

 

星子は先程の菊の笑い声が少し引っかかっていたが、自分の事をしゃべりだした。

「酒呑童子の話は知っているか?」

 

「少しね、確か悪さをする鬼達がいてそれを源頼光って人が酒に毒を混ぜて酒呑童子と鬼の四天王が泥酔した所を倒したんだっけ。だけど茨城童子だけはそこから逃げ出す事に成功した。」

星子は懐かしいのだろう。どこか遠くを見ている。

「まあ、そんな所だな。」

 

「星子は人に仲間を討たれた事で人嫌いになったの?」

 

「いや、私達は自分達のやっている事に報復は来ないだろうと思えるほど子供ではなかったよ。だからもし人間共が、我々を討ち取りにきて、うちとられたとしても、しょうがないとしか思わなかっただろう。

しかし源氏共のやりくちは私達、鬼の矜持を侮辱していた。

さらに私は酒呑童子や四天王、他の鬼達の意志を生き残らせる為に逃げなければ行けなかったのだが、その時の頼光の言った言葉が耳を離れないんだ。」

 

「頼光は何て言ったんだい?」

星子の語気は荒くなってきていた。

「なんだ鬼と言ってもこの程度か、期待はずれだな。と言っていた。私は怒ったよ。罠にハマり体を動かす事のできない仲間達を置いて逃げる私をあざ笑う源氏の顔に、そしてそれ以上にその光景を前にして逃げ出す事しか出来ない自分にも。」

 

星子ははため息をついた。

 

「人を見ると、時たまその事を思い出してしまうんだ。」

 

「だが、今考えると、源氏のやりくちも非力な人間が強き者に勝つための、れっきとした人の技だったのかもな。」

喋り終わって暫くしても菊の方から物音がしなかったので、星子は話が少し重すぎたか?と思い罰の悪そうな顔をしていた。

 

すると菊の方からとても綺麗な音が響いてきた。草笛だった。

その静かな音色を聴いていると不思議と心の中にあったドロドロした物が消えていくのに気付いた。もしかすると菊は私の事を慰めているのかもしれないな。

星子は、うまい物だと思いながら目を閉じ、夜の暗闇の中を通る風の音と草笛の音を聴いていた。

 


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