「危なかったですね」
一人。アリスは街の中を歩いていた。フィンクスとフェイタンはどうしたのかと言えば、どうもしていない。彼らは生きている。
「二対一は厳しいです」
あの後。莫大なオーラを腕に秘め、接近してくるフィンクスに対し、アリスはこう言ったのだ。
『怪物は少女を守るため、その命を炎に変えました。』
フィンクスはその言葉の意味を瞬時に理解し、怪物と距離を取った。今頃は炎に包まれた森を見ながら、怒りに打ち震えているのだろう。
「そろそろ私も動くことにしましょう」
そう呟き、アリスはその足をサザンピースに向かわせた。同時に携帯を弄り、キルア・ゾルディックにメッセージを送る。
『ゴン・フリークスの詳しい居場所をさらに5億で買います。』
「ふふ」
幻影旅団というイレギュラー。自身の目的には邪魔だが、これはこれで楽しいなどと不謹慎なことを考え、アリスは再び闇の中へ消えた。
次の日。
「クラピカ!クラピカってば!」
「あ、ああ。すまない、考え事をしていた」
ヨークシンにあるとあるホテルのラウンジ。そこにいたのはゴン、キルア、レオリオ、クラピカの四人。彼らはハンター試験を共に戦い抜いた仲間。友。
「考え事?」
「……皆の安全のために、助っ人を頼むべきかとな」
「助っ人?おいおい、そんなのがいるんだったら頼んどこうぜ?」
「何か問題でもあるの?」
幻影旅団の捕縛。それが彼らの目的だった。本来。ゴンとキルアはグリード・アイランドを手に入れるための資金、それを旅団を捕まえた際の褒賞で賄うつもりだった。しかし、現在は旅団にかけられた褒賞は取り消しとなり、その金策は失敗。二日後に行われるサザンピースオークションのために目標資金60億ジェニーを貯めなければいけないのだが、ゴンが「策はある。クラピカを手伝う」と言って聞かない。
そうして、キルアとレオリオはゴンの我が儘に振り回され、旅団との戦いに身を投じることとなった。
四人。旅団と戦うには十分な戦力とは言えない。クラピカが恐れるのは自分以外の三人、友が自分の復讐のために傷つくこと。なのだが。
「……どうにも信用できない」
「そりゃ命を預けらんねぇ理由としては十分だな…」
「どんな人なの?」
ゴンが興味を持ったのか、クラピカに尋ねる。クラピカは一瞬考える素振りを見せたあと、答えた。
「人間を性格によってグループ分けするとすれば、ヒソカと同じグループになるだろう奴だ」
「うわぁ…」
キルアが何とも言えない顔で変な声を出す。関わりたくねーと彼の全身が語っている。
「でも、強いんでしょ?」
ゴンだけはめげずにその人物について、質問を続けた。
「強い…とは思うが、どれくらい強いかはわからない。だが、私より強いのは確実だ」
「クラピカより!?それって凄く強いよね!?」
クラピカは旅団の一人を一対一で倒している。そのクラピカより強いということは、その人物は旅団に対抗できる人物ということになる。そうクラピカ以外の三人は考えた。キルアとレオリオも「それだったら、我慢しようか…」と気持ちを変更したようだ。
「皆は何か勘違いしているが、私は強くはない。旅団に対して相性のいい能力を持っているだけだ」
「そいつの能力は知らないのか?」
「知らない。戦っているところを見たこともない」
「…ほんとにつえーのか?そいつ」
「レオリオはヒソカを見たとき、勝てると思ったか?」
「あん?やべー奴だと思ったな…勝てねえかもとも」
「そういうことだ。とは言っても、彼女はヒソカほど恐ろしくはない。普段は特に何の害もないんだが、ただ信用できないんだ」
信用できない奴というのはハンターや裏の世界では最もダメな奴を指す言葉だろう。クラピカの中ではアリスの評価は最低のようだ。組織を勝手に抜け出し、行方をくらました時点で当然かもしれないが。
「やめとこうぜ。信用できないってクラピカがそこまで言うんだったら相当だろ」
暗殺一家ゾルディック家の子、キルアが静止の声を上げる。生まれたころから裏の世界で生きてきた彼には信用できない奴というのがどれほど危険かわかっているのだ。
「そうだな…すまない。どうも少し焦っているようだ」
「ねぇねぇ、その人の名前ってなんて言うの?」
「彼女か?彼女の名は―――」
「へっくち」
可愛らしいくしゃみ。サザンピースのオークション会場近くのホテルの一室。そこにアリスはいた。
「誰かが噂をしていますね…」
ぶつぶつ言いながら携帯を触るアリス。見ているのはキルア・ゾルディックからのメールだ。『ヨークシンのデイロード公園』という文にそこでピースサインをしているゴン・フリークスの写真も添付してある。
「オークションも普通に再開されるようですし…結局、何もすることがなかったですね…」
本当はグリード・アイランドを一本奪おう、と人には言えないことを考えていたアリス。だが、旅団が全員殺され、オークションは引き続き行われることになっていたために急いで手に入れる必要もなくなった。とは言っても、旅団は死んだと思われているだけで死んではいない。そうでなければ、クラピカたちも動いてはいないのだから。
「はぁ……明後日か」
明後日。アリスの目的はきっと達成される。ゴン・フリークスとグリード・アイランドがサザンピースに集まる。そうすれば、アリスの目的の八割以上は達成されたも同然。
「約束は守ります」
アリスの呟きは部屋にこだまして、消えた。
「―――アリスという」
「え?」
「アリスだって!?」
その名に反応を示したのはゴンとキルア。
「なっ!?お前たちアリスを知っているのか!?」
クラピカの驚きのも当然。アリスの名を二人が知っているなどとは思うまい。同時にゴンとキルアも驚きを隠せない様子だが。
「何だ?そのアリスって奴はお前らの共通の知人ってことか?」
一人冷静だったレオリオの疑問。アリスの名に全く聞き覚えがない彼にとってはそうとしか考えられない。
「いや、知人っつーか…最近、ゴンの情報を5億で買いますっていうのがあったろ?」
「俺の情報を募集してた人の名前がアリスだったんだよ」
「ああ!あの怪しい奴か!!…あいつがアリス」
ゴン、キルア、レオリオはグリード・アイランドを買うための資金集めとして、アリスに情報を売った。怪しくはあっても短期間で莫大な金を稼がないといけない彼らには、自分たちの居場所を知らせるだけで5億が手に入るという誘惑に勝てなかったのだ。
「お前たち…アリスが旅団かもしれないとは考えなかったのか?」
「いや、それはない」
クラピカの疑問に対し、キルアがそう言い切った。
「募集が始まったのは、俺たちが旅団を追う前。旅団が俺たちのことを知らなかったときだし、俺たちの情報じゃなくて、ゴンの居場所に関する情報だけを集めてるんだよ、そいつ」
「なるほど…だが、さらに謎が深まったな」
神妙な面持ちのクラピカ。アリスにゴンが目をつけられているかもしれない、というのが気が気でないのだろう。ヒソカにしろ、アリスにしろ、ゴンはそういう星の下に生まれてきたのかもしれない。
「…どうすんだ?」
「クラピカがそれとなーく聞いてみるっていうのは?」
「難しいことを要求するな、ゴンは」
「だけど、何でそいつがゴンを探してんのかは聞いてみないとわかんねーぜ?」
「何故ゴンを探している……ん?」
会話の途中で動きを止めるクラピカ。何かに気付いた様子。記憶を遡っているようにも見える。
「そういえば…アリスにお前の目的は何だと聞いたことがあった」
「なんて答えたんだ?そいつ」
「探し物を探している、と」
「その探し物っつーのがゴンってことか?」
「可能性は高いな」
「だがゴンを探してる理由はわかんねーんだろ?」
「…ああ」
沈黙が場を支配する。その沈黙の中、まさか別れてまで頭を悩まされるとは、とクラピカはアリスを恨んでいたのだった。
「ま!そいつのことは今は置いておいてさ!旅団を捕まえるために作戦立てよーぜ!!」
場の空気を入れ替えるようにキルアが言った。
「そうだな…アリスのことは私のほうで調べておこう」
「うし!じゃあ打ち合わせの続きだな!!」
「うん!」
四人は旅団を捕らえるために、動き出した。
「女?」
廃墟。ボロボロのビルが乱立している。その中の一つ。部屋と言っていいのかもわからない場所にいたのは幻影旅団と呼ばれる盗賊集団。
「ああ。昨日バトったんだが…取り逃がした」
「次は殺すね」
フィンクスとフェイタンが怒りに声を震わせる。
「お前ら…二人がかりで何してんだよ…」
着物に丁髷を結った男―ノブナガが溜息と共に声を漏らした。そう言われた二人はノブナガを睨む。だが、それだけで何も言わない。真実は少し違う、二人がかりで戦ったと言えるのかは微妙、なのだが彼らの失態であることに違いはない。
「どんな奴だった?」
興味を持ったらしい優男―シャルナークが尋ねた。旅団の頭脳労働担当の彼は出来る限り情報を持っておきたいのだろう。彼らの目的は鎖野郎と呼ぶウボォーギンの敵だが、その女が鎖野郎か、それに通じる者かもしれないためだ。
「金髪、碧眼、ゴスロリ、うざい。能力はおそらく『自分で書いた本を読み上げることで、その読んだ部分を具現化する』能力だ」
「なるほど…鎖野郎ではない、とは言い切れないか」
「あ?鎖なんて使ってなかったぜ?」
「その本の中に鎖が登場するかもしれないだろ?」
「言うなれば、何でもありなんだよ。その能力は」
旅団内でも頭が回る部類に入るシャルナークとマチ。フィンクスはアリスの能力と言葉から鎖野郎ではないと早々に判断したのだが、その判断は間違いだったと暗に言われた。事実だけを見れば、アリスは鎖野郎ではないのでフィンクスの判断は正しかったのだが、そんなことは今の彼らにはわからないことだった。
「なかなか強力な能力のようだし、何かしらの制約はあるだろうね。たとえば『最初から順に読んでいかないといけない』とか」
「そういや片手で本を開いたままだったな、あいつ」
「多分『本を開くこと』は発動条件だろう。他に気付いたことは?」
「そうだな……能力を使う前に自分が書いたっつー本を俺たちに見せて、名乗ったな。アリスってよ」
「名前はアリスか…偽名である可能性もあるし、何とも言えないな」
「それはねーと思うぜ?本の作者名もアリスだったしよ」
「自己紹介も発動条件の一つってこと?」
「う~ん…そうなのかも」
「具現化系の能力者として『虚構の内容を具現化する』っていうのは可能なのか?」
黙っていたフランクリンが疑問を投げかけた。
「結論から言えば可能だね。そのアリスって奴はどうも制約や発動条件をいろいろつけて能力の質を上げているようだし、虚構と言っても具現化系の絶対的なルールを破っていたわけじゃないんだろ?」
「出してきたのは怪物だけね」
「念獣か」
「…シャル、そいつは『怪物は固く、どんな攻撃も効きません』って言ったんだが、それは具現化不可能だよな?」
「固いの部分は可能だけど、どんな攻撃も効かないっていうのは不可能だね」
「わざわざそう言ったのか?」
団員の話を聞いていた団長―クロロが口を開いた。
「ああ」
「……本としての表現の問題か」
クロロは一瞬考える素振りを見せた後、結論を出した。
「確かに『怪物は固い』だけじゃあつまらなさそうな本ですよね」
「小説としてある程度の出来である必要があるのか」
旅団のビブリオマニア二人、クロロとシズクがアリスの書いた本について考察する。
「どうも便利なようでいて、いろいろ制限があるみたいだね」
「…俺にはどう足掻いてもつかえねー能力だな」
「使えそうなのは団長とシズクだけじゃないか?」
「う~ん…私にも無理ですね」
「俺もだ」
「え?何でだ?」
「俺たちは読み手であっても書き手ではないからな」
「読むと書くはイコールじゃないから」
「ふん。なるほどな」
「ノブナガ…お前ぜってー意味わかってねーだろ」
「それでどうすんだ?」
ノブナガが皆に尋ねる。その問いはもちろん、そのアリスとかいう女をどうするか、という意味だ。
「先ほど言った班、フィンクスの班で捜索しろ」
フィンクスの班員はフィンクス、フェイタン、コルトピの三名。フィンクスは激しく、フェイタンは静かに、チャンスが来たと喜びを露わにしている。
「よしきた!あの女、次は殺す!!」
「できれば生け捕りにしろよー」
「わかってるよ!!」
「では、最終的な確認をしておこう」
団長クロロの一言で、幻影旅団は動き出した。
「へっくち…また誰かが噂を…」
あっちでもこっちでも話題に上るアリス。とは言ってもどちらのグループでも好意的な感情を抱いている者はいない。不信感や殺意など、ろくでもない感情ばかりだ。
「まぁいいでしょう。さてさて。ゴン君を見に行きましょうか」
そんなことを露とも知らず、アリスは楽しげに笑いながら部屋を後にした。