アリスのおもちゃ箱   作:ノスタルジー

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日間ランキングに載ってる。

評価が高いと優先的に書いてしまう性。
だって人間だもの。




案内役暗躍

 ―9/4 19:00―

 

 停電。ラウンジが闇に包まれた。

 事前に目を瞑り、これに備えていたゴンとキルアは停電に動じることもなく、即座に行動を起こした。

 関節を外し、マチの拘束から逃れたキルアは自身を掴んでいたパクノダの腕を折り、自由の身に。ゴンはパクノダの顎を蹴り上げ、その衝撃にパクノダはゴンから手を放してしまう。キルアに脱出されたマチは、停電に乗じることが彼らの企みだったと気づく。その時、ふと、先ほど聞こえてきた言葉が頭の中で蘇った。

 『夜、女は自ら、男とのつながりを断ち切りました。』

同時にキルアがマチを蹴り飛ばす。吹き飛びながらもマチはゴンだけでも逃がすまい、と左手の念糸を手繰り寄せるが―――

 「何っ!?」

 糸は切れていた。ありえない、とマチの脳が叫ぶ。彼女の念糸はゴンやキルアに切ることができるほど軟ではない。念糸は長さと強度が反比例する。だが、目の前に立たせていた二人を拘束する目的のために、無駄に長い糸を作ったりももちろんしていない。

 「つながり…!!私の糸のことか!!」とマチは判断を下す。先ほどの声の仕業―能力だと。

 

 自身を縛る糸がなくなった感触を確かめたゴンとマチを蹴り飛ばした後華麗に着地したキルアは即座にその場を離れようと足を動かす。

 「ちぃっ!!」

 ノブナガが“円”を発動。周囲の状況を確認。自分たちから急速に離れていく影を認識。ホテルの入口へ駆けて行く二人を捕えようと足を動かし、手を伸ばすが――

 

「ぐっ!?」

 急に間に割り込んできた影によって攻撃を受けた。急な攻撃に対し“円”のおかげか、何とか反応し、両腕を使ってガードしたノブナガだったが、左腕を負傷。衝撃で後ろに下がってしまう。その瞬間。ノブナガの顔面に向かって飛んでゆく投げナイフ。

「っつ!!」

絶妙な攻撃。だが、“円”を使ったノブナガは何とか頭を右にずらすことで回避。ノブナガの頬にかすり傷を負わせたナイフは彼の背後にあった柱に突き刺さった。

 

 もうそこにはクロロの姿はもちろん、ゴンやキルアの姿もなく、ノブナガを強襲した影が残した笑い声の残滓だけがあった。

 「くすくす」

 

 

 

 

 

 ―9/4 19:03―

 

 「あれ?団長は?」

ゴロゴロ。雷。停電で暗闇に包まれたラウンジを照らす。

 そこにいたのは幻影旅団のメンバーたち。ノブナガ、マチ、シズク、パクノダ、コルトピの五人。団長クロロと捕えていた二人の子供の姿はない。一瞬の沈黙の後。真っ先に口を開いたのは、ノブナガだった。

 「くっそがぁぁぁぁ!!」

 ラウンジにいる人間全員に聞こえるほどの大声。彼の頭の中には、クロロが捕まり、子供二人を逃がしたことに対する怒りと悔しさ。そして耳にこびりついたあの笑い声が離れない。

 ―くすくす―

 ノブナガを蹴り飛ばした影の声。その可愛らしい笑い声が、まるでノブナガを愉快な馬鹿だとでも言っているかのように彼には聞こえた。

 「そうかよ…あいつがアリスか……絶対に殺す!!」

 ノブナガは怒りに声を震わせる。他の面々も同じような心情のようだが、取り乱したりする者はいない。彼らは、幻影旅団。トラブルが起こっていちいち取り乱すような者はいない。

 「おい!追うぞ!!」

 「待って」

 大きな声を上げるノブナガを静かに静止させたのはシズク。彼女はナイフに括り付けられていた手紙を手に持ち、他の四人に見えるように差し出した。

 「たぶんパクに」

 パクノダに手紙が渡る。その時、パクノダの能力が発動。彼女は対象に接触することで、その記憶を読み取る能力があるが、これは物に宿った記憶を読み取ることも可能とする。一種のサイコメトリーである。その能力がパクノダにクロロが連れ去られたシーンを見せつける。

 ホテルの受付に変装したクラピカ。彼が鎖でクロロを捕えている。

 

 『二人の記憶。話せば殺す。追ってきても殺す。』

 パクノダは考える。クラピカたちの計画。七時の停電に合わせて、クラピカたちがどうやってこれを立てたのか。一時間ほど前に決まった集合場所。綿密な計画をあらかじめ立てておくのは不可能に近い。未来予知ができる能力者の仲間でもいれば別だが、彼女にもはや能力はない。ゴンたち、そしてスクワラから読み取った記憶では、そんな仲間は他にいなかった。

 そして。以前、鎖野郎=クラピカという図式がゴンたちから読み取れなかったのは、クラピカが自身の能力を彼らに教えていなかったからに他ならない。

 このことからパクノダは、クラピカは理知的で頭の回転が速い冷徹な秘密主義者と推測。メッセージを無視すれば、クロロは殺されるだろう。そして、彼らにはそれを確かめる術もある。

 

 「記憶…見られてるか、聞かれてるか…パク、あんたはこれから一言も喋るな」

 マチの言葉にパクノダはコクリと首肯を返す。

 「どうする?」

 「…一度体制を立て直そう。他の班に連絡を」

 ノブナガとマチが電話をかける。相手はそれぞれシャルナークとフランクリン。

 「……シャルの奴は電話に出ねぇ」

 「あたしだ。すまない…団長が攫われた。子供にも逃げられた。…ああ、鎖野郎…それとたぶんアリスって奴だ…ああ、わかった」

 「フランクリンは何て?」

 電話を終えたマチにシズクが尋ねる。

 「三人はアジトに残るらしい」

 「え?何で?」

 「ヒソカの予言だ。『仮宿から離れるな』。ヒソカをアジトから出すわけにはいかないけど、どう人数を分けても単独行動になる」

 ネオンの能力を奪ったクロロが行った予言。ヒソカは本来の予言を自身の能力で改竄。『仮宿から離れるな』という部分は彼が自ら作ったもの。鎖野郎に狙われている旅団は現在、クロロの指示で絶対に単独行動はさけるように言われている。アジトから出れないヒソカだが、アジトにいる三人をどう分けても誰かが一人になってしまう。それを考慮した上での「アジトに残る」だ。

 加えて、向こうにアジトの場所を知られているということは離れた隙に罠を仕掛けられたり、アジトに残ったメンバーを襲ってくるという可能性もあるからという理由もある。

 「なるほど…で、シャルの班はどうする?」

 「…何かあったのかもね」

 心配を含んだようなマチのその呟きをかき消すように、携帯の着信音。

 

 発信源は、パクノダのポケットの中。彼女の携帯。携帯を取り出し、発信者をディスプレイで確認したパクノダ。

 「…団長の携帯からよ」

 クロロの携帯から。しかし、クロロは鎖野郎―クラピカに攫われた。彼を縛るのは旅団一の力自慢だったウボォーギンでも脱出不可能な鎖。こんな短時間で自力で脱出しているわけはない。ならば、この電話の相手、一番可能性が高いのはクラピカということになる。

五人は同じ結論を頭の中で出したのだろう、一瞬顔を見合わせた。そして、パクノダが通話ボタンを押した。

 「はい」

 

 

 

 

 

 ―9/4 19:04―

 

 「あらあら?間違えました」

 ヨークシンの路地裏。逃走経路としてあらかじめ準備しておいた経路。アリス、ゴン、キルアの三人がそこにいた。クラピカたちはクロロを連れて車で移動している。何故彼女たちも車で逃げなかったかと言えば、車を用意する暇がなかったという理由。そして、レオリオとクラピカ以外に運転できる人間がいなかったという理由からだ。

 逃走手段が「走る」以外になかったために、出来る限り入り組んだ路地裏を選択したことが、裏目に出た。

 

 「見つけたぜ」

 「運がいいね」

 「へーそいつがアリスか…って何であいつらがいるんだ?」

 集合場所からホテルに向かってきていた三人―フィンクス、フェイタン、シャルナークである。片方にとっては最高の、もう片方にとっては最悪のエンカウント。この状況下では、なおさらその意味も増すだろう。

 「お久しぶりですね。またお会いするとは…運命でしょうか?」

 「くくく…そうかもな」

 アリスはあくまでも笑顔を張り付けたポーカーフェイス。対するフィンクスも何故か笑顔だ。

 「おい!あんた、こいつらと知り合いかよ!」

 アリスの後ろにいたキルアが声を上げる。その声に反応したのはアリスではなく、フィンクスだった。

 「あ?何だ、お前ら。何でこんなとこにいる?」

 今気づいた、という風。というよりアリスしか見えていなかったのだろう。

 「団長たちに捕まったって聞いたけど?」

 まさか逃げてきたのか、というシャルナークの言葉と共に三人のプレッシャーが増大する。膨れ上がる殺気に恐れるゴンとキルア。その向こうでは、シャルナークの握りしめた携帯が着信を示している。

 アリスはこの状況下、戦闘は不可能と判断した。二人の足手まといを連れて、旅団を三人相手にするのはクラピカやクロロであっても土台無理な話だろう。

 

 アリスはちらと後ろの二人を見て、声を発することなく「逃げます」と口を動かした。小さな頷きで了解の意を示した二人。アリスはそれを確認すると、再び顔を三人の方に向け、にっこりとほほ笑む。

 「ええ、ええ。今、私たち逃げている最中なんです。だから、逃げますね」

 そう言って、本を取り出そうとする素振りを見せた。その瞬間。動き出す五人。ゴンとキルアは来た道を全速力で戻り、逃走。旅団の三人は彼女の能力を封じようと―本を読ませまいと迫ってくる。

 

 「ふふ」

 それを見て、笑みを深くしたアリス。本を取り出したと同時、その本を三人に向かって勢いよく投げた。

 「「なっ!?」」

 ご丁寧に念で強化された本を投げつけられ、言葉で驚きを表すフィンクスとシャルナーク。フェイタンも声にはしないが、同様の気持ちを抱いた。まさか自身の念能力の媒体を自ら捨てる奴がいるとは、と彼らにしても思いもしなかったからだ。

 「『猫の道案内。従っても従わなくても。どっちにしても違う道。』」

 口を開くと同時。踵を返し、撤退。ゴンとキルアを追い、駆けだすアリス。黒のドレスが闇と同化し、金の髪が複雑に入り組んだ路地裏に消えていく。

 「ま――」

 

 「こっちだよ。こっちだよ」

 

 

 

 

 ―9/4 19:05―

 

 車内。エンジンと窓の外から聞こえる幽かな喧噪。四人の人間を乗せ、向かうは空港。息の詰まる雰囲気の中で最初に口を開いたのはクラピカだった。

 「大丈夫だ。敵の何人かは痛手を負った。加勢が来るまで動くまい」

 ちらちらとバックミラーやサイドミラーで後ろを気にするレオリオを安心させるように。

 「何を見ている?」

 そして。クラピカが次に発した言葉は先ほどとは対照的。

 「いや…鎖野郎が女性だとは思わなかった」

 クロロは鎖で囚われ、自身の命の危機であるにも関わらず、落ち着いた様子。

 「……私がそう言ったか?見た目に惑わされぬことだ。それより発言に気をつけろ。何がお前の最後の言葉になるかわからんぞ?」

 「ふ…俺を殺すならもう殺している。俺には何かしらの利用価値があるんだろう?」

 「……」

 クロロの利用価値。餌。団長であるクロロを殺すことは旅団に多大なるダメージを与えることは間違いない。もしかすると旅団を解散させることすらできるかもしれない。

 だが、今回のクラピカのターゲットは自身の弱点を含むあらゆる情報を有するパクノダ。彼女をどうにかしておかないと、自身の危険度は増す。パクノダ、そしてその後のクロロ。

パクノダをおびき寄せるための餌として、クロロは生かしている。クロロとしても自身が他のメンバーをおびき寄せるための餌として生かされていることは、可能性の一つとして気づいているのだろう。

 「…何なら今この場で殺してやっても構わないが?」

 「それはないな。あの娘の占いでは、俺は少なくとも今月中は死なない」

 「あの占いはあくまで予言だ。行動によってはどう転ぶかはわからないぞ」

 ネオンから能力の詳細を聞いたクロロはそんなことは知っている。そうでなければ、彼女の能力を奪えなかったのだから。

 「そういえば、この状態はあの予言には書いていなかったな」

 「……何が言いたい?」

 「この状態は予言するほどのこともない、とるに足らない出来事というわけだ」

 「――貴様!!」

 「落ち着け!クラピカ!!」

 「くっ」

 レオリオに窘められ、何とか気を落ち着かせようと努力するクラピカ。

 クロロの挑発。クラピカを揺さぶり、何かしらの情報を得るつもりなのか。そもそも死んでもいいと思っているのか。動揺を全く見せないクロロの心中はクラピカには予想もつかなかった。

 

 クロロから奪い取った携帯を手にし、クラピカは電話帳からパクノダの名前を捜索し、電話をかけた。

 「――はい」

 通話口から聞こえるパクノダらしき女の声。

 「いまから指示を出す」

 冷徹な声で、クラピカはそう告げた。

 

 

 

 ―9/4 19:11―

 

 「あ、もしもし?俺だけど…うん…それがちょっと困ったことになっちゃってさ、合流するのに少し時間がかかりそう……え?鎖野郎からの指示?今?…わかった。出来るだけ早く行くようにする」

 「ノブナガは何だって?」

 「今、パクノダが鎖野郎と会話中。何か指示出してるみたいだってさ」

 「っち…調子乗りやがって…どいつもこいつも鬱陶しい」

 イライラを隠せない様子のフィンクス。それも仕方のないことだろう、アリスに一度コケにされ、団長クロロは拉致され、そして先ほど再びアリスを取り逃がした。原因の三分の二を担っているアリスに彼の怒りの矛先のほぼ全てが向かっていることは、仕方ないことではないだろうが。

 

 「さてと…どうやってここから脱出するかだね」

 うんざりした風にも楽しげな風にも聞こえる声。シャルナークは十字路の真ん中からすべての道を一通り一瞥した後、自身の目の前に浮かぶシャム猫に視線を固定した。

 「どっちの道だい?」

 「こっちこっち」

 そう言ってシャム猫はシャルナークの右手の方の道を前足で指し示した。

 「あっちか」

 「…どうせまた嘘だろ?」

 「無視しても無駄だけどね」

 猫の指示に従っても従わなくても、彼らは路地裏から脱出できない。

 

 『猫の道案内。従っても従わなくても。どっちにしても違う道。』

 アリスの言葉が彼らの頭の中でリフレインする。

 「本を読む必要はなかったみたいだね。ダミーか」

 「……それは…すまん」

 「いや、多分俺も初見なら騙されていただろうし、気にしないで」

朗読。アリスの能力の発動条件だと思っていたが、違ったようだ。本を投げ捨てても、彼女の能力は発動している。

 「何の変哲もない、ただの本だね」

 アリスが持っていた本をパラパラと捲って中を確かめる。だが、本当に「ただの本」だ。

 「具現化系…言霊?いや…強力すぎるな…」

 「何だ?その言霊ってよ」

 考え込むシャルナークにフィンクスが尋ねる。

 「言霊っていうのは、ジャポンっていう極東の国にある信仰みたいなもの。簡単に言えば…発した言葉が現実になるっていう考え方かな」

 「おいおい…朗読より何でもありだぜ?それ」

 「うん…そうなんだけど、可能性は捨てきれないね」

 言霊。念能力としては強力すぎる。それを使うためにどれだけ強い制約をかけなければいけないか、想像もつかない。

 

 

 「う~ん……」

 悩みに悩むシャルナーク。

 そんな彼をよそに他の二人は猫を見ながら

 「こいつ殺したらいいんじゃねぇのか?」

 「無駄だろうね。そんな簡単にいくとは思えないよ」

 「だろうけどよ…一応やってみっか――おら」

 「……生き返ったね」

 「……生き返ったな」

 

 「う~ん……」

 シャルナークはどうもアリスの能力が気になるようだ。最初にフィンクスとフェイタンから聞いた情報では、「本を読むことで、読んだ内容が具現化した」という旨を理解した。しかし、今回は「本を読むことなく、口にした内容が具現化」している。

 このことから先ほどシャルナークが言った「言霊」がアリスの能力である可能性がかなり高い。もしそうなら問題はその発動条件や制約だ。何の制限もなく発動できるなら「死ね」と言えばよかった。だが、アリスが口にしたのはまどっろっこしい文言。

 「言葉の選択に制限があるのか…?」

 アリスの本を読み始めるシャルナーク。タイトルは「美少女と怪物」。活字で印刷された文字に目を通していく。

 本の内容は美しい少女に恋をした醜い怪物の話。怪物の正体は悪い魔女によって姿を変えられたとある国の王子で、その外見に囚われず少女と怪物は愛し合う。最後、二人は少女の美しさに嫉妬した魔女に襲われ、怪物は少女を守って魔女ともども死ぬ。

 「猫は出てこないみたいだな」

 全てを読んだわけではないが、どうにも猫は登場していないようだ。本に書かれていれば、読まなくてもいいのかもしれないとシャルナークは考えた。とすれば、他に本があったのかもしれないとも。

 「…あーわかんねー!とりあえず脱出方法を考えるか!」

大声を上げて、降参の意を示したシャルナーク。残りの二人はもはや考えることすらせず、地べたに座り込んで休憩している。

 

 「どっちの道だい?」

 「こっちこっち」

 シャルナークの質問に先ほどと全く同じ道を前足で指し示すシャム猫。じっとシャム猫を観察してみるシャルナークだが、何の変哲もないただのシャム猫だ。

 「殺しても復活したんだよな?」

 「ああ」

 シャルナークが気になっているのは、シャム猫から念が感じられないということ。だが、普通の猫は喋ったり、宙に浮く能力など備えていないし、復活もしない。

 「…フィンクス、フェイタン、前にアリスが出した怪物に念は感じられた?」

 「あん?そういえば……念は感じなかった気がするな」

 「…ワタシもね」

 念が感じられない。つまり、怪物も猫も念獣ではないということ。だが、それは――

 「どういうことだ?」

 わからない。怪物と猫が念獣でないということは、彼らは実際に存在する生き物ということになる。シャルナークは怪物のほうは見ていないから何とも言えないが、猫のほうはこんな生き物いるのか、と疑問を持ちたくなってしまう。だが、もしいるとするなら…

 「転送系の能力?」

 それでこの状況が説明できるか、と問われれば否。

 「はぁ…どうするかなー」

 溜息を吐きたくなってしまうのも仕様がない。緊急事態なのに薄暗い路地裏をウロウロしているだけでは、気も滅入るだろう。

 「いっそのこと壁やら建物やらぶち壊して行くか?」

 我慢の限界だったフィンクス。どこかの少年のようなことを言い出した。それもいいかも、と思ってしまった頭脳班の青年。だが、フィンクスの次に発した言葉で状況が変わった。

 「もうこのニヤニヤしたクソ猫の顔を見るのも鬱陶しいぜ」

 「え?」

 ニヤニヤした猫?そんなものはシャルナークには見えない。彼の目に映るのは至って普通のシャム猫だ。

 「……フィンクス、どんな猫だ?」

 「あん?」

 「案内役の猫はどんな猫だ?」

 「…何て言うんだ?雑種?そこいらにいる普通の猫だ。ニヤニヤ笑ってやがるのを除けばな」

 「フェイタンは?」

 「普通の黒猫ね。笑てはいない」

 「……なるほど…なるほど!そういうことか!!」

 アハハハ、と突如笑い出すシャルナーク。あまりに突然で他の二人は何が起こったかわからず、呆けてしまう。シャルナークは「いや!面白い能力だ!」やら「これは気づかない!」やら言って一人ではしゃいでいる。

 「お、おい!どういうことだ!?」

 しびれを切らしたフィンクスがシャルナークに声をかけるが、何がそこまで愉快なのか、シャルナークは涙を流し、笑っている。

 「あ、ああ、ごめんごめん…とりあえずここから脱出しよう。話はあとで」

 そう言って、シャルナークは携帯とアンテナを取り出した。

 


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