アリスの能力は次回、正体は今回でわかるかなと。多分。
まだストレートには書いていませんが、察しのいい方なら。多分。
9/4 19:09
「はい」
「いまから指示をだす」
ホテルのラウンジ。そこにいる数人の男女。その中の一人、すらりとした容姿の女性が携帯を手にし、連絡をとっている。他の者はその内容を聞き取ろうと聞き耳を立て、静かに立ち、女性を凝視している。
女性―パクノダの通話の相手は冷徹さが滲み出る声で会話を進めていく。
「お前らのリーダーの命はこちらが握っていることを肝に銘じて聞け。まずは離れた場所に移動しろ」
そう命じられたパクノダは、仲間とアイコンタクトをした後、ラウンジの二階に一人足を進めた。
「移動したわ」
「スクワラという男と接触したか?」
「ええ」
「では、こちらにセンリツという能力者がいる記憶は引き出したな」
「……ええ」
「ならば話は早い。偽証は不可能だ、よく聞け――」
9/4 19:14
「あんのクソアマァ……マジで殺す!!」
路地裏から大通りに足を踏み入れることができた三人。シャルナークの「操作」から解放されたフィンクスが自身の居場所を確認し、大声を上げる。その声に周りにいた人々は驚いたようだが、その発信源が変わった男たちだということに気付くと足早に過ぎ去っていった。
「とりあえず、ホテルに向かおう。皆と合流してからアリスの能力について説明する」
周りの目など気にしていないのか、シャルナークが普段通りの雰囲気、いや少し嬉しそうに言った。おそらくアリスの能力の謎が解けたのが彼の心を弾ませているのだろう。心なしか満足げ。
フィンクスとフェイタンもその提案に合意し、ホテルへのあと少しの距離を埋めようと歩き出そうとした。そのとき。
「あれ見るね」
そう言ってフェイタンが、ついと指を人ごみの中に向けた。その先には一人の女性。
「あれ……パクノダ?」
「だろうな」
自分たちの仲間。他のメンバーと一緒にいるはずのパクノダが一人で歩いている。
おかしい――三人の心は一致した。
「ノブナガに連絡してみる」
「おう。フェイタン」
「わかたね」
シャルナークが愛機を取り出し、ノブナガを呼び出す。残りの二人はパクノダを見失わないように、人ごみに鋭い目を向けた。
「あ、俺。うん、今さ、パクノダが一人で歩いてるんだけど、どういうこと?え?鎖野郎からの指示?うん、うん……アジトに?うん……ちょっと待って。フィンクス、フェイタン」
電話から一度、耳を話したシャルナークが二人に話しかける。
「あん?」
「何か鎖野郎からの指示らしいよ。パクノダと会うんだって、他の奴らは全員アジトに戻ってるらしい」
「何だそりゃ?」
「ありえないね」
シャルナークがそう言うとフィンクスとフェイタンは不機嫌さを隠しもせず表に出して、答えた。彼らにとって信じられないのは仲間のうち、誰もパクノダを追いかけていないということ。鎖野郎にパクノダが会うなら、彼女を追えば鎖野郎にも攫われた団長にも会える可能性が高いのにも関わらず。
「……どうする?」
シャルナークも同意見なのだろう。相手の指示に従うことは得策ではない、と思っているようだ。この疑問の答えの予想もついているのだろう。
「そんなもん決まってんだろ――パクノダを追う」
9/4 19:15
「追ってこないね……」
「どうにか逃げ切ったか」
雨の音でその激しくなった呼吸音が消える。肩で息をしながら、ゴンとキルアは自分たちが走ってきた道をじっと見つめるアリスを見た。。
「……あんた、結局何者なんだ?」
キルアが疑問を口にした。実は一度、ホテルから逃走する時に同じ質問を投げかけてはいるのだが、適当にはぐらかされた。その後。何とか情報を得ようと会話をしている最中に旅団の三人に遭遇したのだ。
「くすくす、アリスと自己紹介したと思いますが?」
キルアにはその答えがどうにも自身を馬鹿にしているようにしか聞こえなかった。整った顔に張り付いた笑顔のせいか。上品な笑い声のせいか。
彼には「まさかこの短時間で忘れたと?一体どんな愉快な頭をしているのか、非常に気になります」というセリフが追加で聞こえた気がしたらしい。
「何で俺を探していたの?」
キルアとは違い、アリスの態度に全くの怒りを抱いていないゴン。アリスの目をしっかりと見て、質問。
「そうですね……あなたに私のおもちゃ箱に来て頂きたかったから、とでも言いましょうか」
「おもちゃ箱?」
「何だそりゃ?」
アリスの含みのある答えにますます混乱する二人。「アリスのおもちゃ箱」と言われても二人にはピンと来ない。
「招待状はお渡しませんが」
「はぁ?何だそれ?」
じゃあどうやって行けばいいのか。どこにあるのかも、どんな場所なのかも全くわからないのに。
「くすくす」
二人が首をかしげて悩んでいる姿を見て、アリスは愉快そうに笑う。
その時、アリスの携帯が震えた。アリスがメールを開く。白く細い指が忙しなく動く。どうにもメールを打っているようだ。
「――では、行きましょうか。あなた方をクラピカさんにお渡ししないと」
指を止めるとアリスはパタンと携帯を閉じ、そう二人に言った。
さきほどの話。情報が少なすぎて彼らには答えなど出せるはずもない。それはアリスも承知の上。いくら解答時間を設けても無駄。だが。アリスはそんなことは言わない。ただ少年たちに声をかけ、約束通りクラピカの元に送り届けるため、彼の待つリンゴーン空港へ向かった。
9/4 19:16
「四人が戻るそうだ。フィンクスたちは連絡が取れないらしい」
「大丈夫なのか?」
「……嫌な予感がするな」
幻影旅団のアジト。三人の男が冷たい瓦礫の山に腰を下ろしている。
携帯でノブナガからの報告を受けたフランクリンは他の二人―ボノレノフとヒソカにそれを伝え、すぐに黙った。無口な彼らが集まっても会話が弾むこともなく、雨音と雷鳴が暗いアジトに響くだけ。
そんな中。ヒソカは一人悩んでいた。自身が予言を改竄したことで動きを縛ってしまった彼。加えて、彼がアジトを離れればクロロが死ぬ可能性が高い。クラピカの情報収集能力はそこまで高くはないが、万一バレればクロロは死ぬ。ヒソカの目的であるクロロとの殺し合いが達成できそうな好機ではあるが、うまく動けないジレンマ。
それを解決するための策が彼にはあった。携帯でメールを打つ。二通。一人は友人の暗殺者に。そして、もう一通はゴン・フリークスの情報を求めていた少女に。
9/4 19:21
「あいつら……まだ連絡が取れねぇ!」
苛立った様子。ノブナガの声。通りを歩く四人。本来は七人でないといけないのだが、三人に連絡がつかない。三人のうちの二人は携帯を切っているようだ。
「シャルは無視だね」
能力の発動に携帯が必要なシャルナークが電源を切るはずはない。電話をしてみても呼び出し音は鳴る。無視しているのだ。
「まずいね……あいつらのことだからパクを追ってる可能性が」
高い。いや、かなり、高い。アジトにはパクノダを除く全員が帰るようにと指示を受けた彼ら。団長クロロの命を考え、彼らは鎖野郎からの指示に従うことにした。だが、残る三人はどうか。苛烈な二人はクロロの命を二の次にしてもおかしくはない。シャルナークはどう判断するかはわからないが、連絡がつかないということは二人の案に乗ったのだろう。
「どうするの?」
シズクが静かに尋ねる。全員でアジトに戻る必要がある。だが、それは難しい。このままでは団長クロロが死ぬ。だが、どうすればいいのか。
「……アジトに戻る。どちらにしろ俺たちにはパクの行先がわからねぇ…三人には電話し続けよう」
パクノダを見送った彼らは彼女が何処に向かったか知らない。行先に関しては鎖野郎がパクノダのみに指示をしたからだ。そして、すでに別れたあとでは追うこともできない。彼らは三人の行動が悪い方向に向かわないように祈った。
9/4 19:49
「クラピカ!!」
「ゴン!キルア!無事だったか!!」
リンゴーン空港に停まっている飛行船。その中でゴンたちとクラピカは再会した。嬉しげに笑う少年二人。そしてアリスの知る限りはクールな一面しか見せなかったクラピカも顔を綻ばせている。彼は仲間が関わると普段の冷静さが失われるようだ。とアリスは感じた。彼女は三人から一歩下がったところでその様子を眺めている。その顔にいつもの笑顔はない。
「ご苦労だったな、アリス」
クラピカがアリスに声をかけた。アリスとしては「ゴンに死なれては困る」という単純な理由で救出作戦に参加したに過ぎない。
「いえいえ、お二人が無事で良かったですね」
アリスにとってはキルアはどうでもいい存在だ。ゴンを救うためにキルアを生贄にする必要があるなら、間違いなくそうしていた。
無論。そんなことを口にする必要は全くないし、ただでさえ不審に思われているイメージを悪い方向に加速させるのはあまりよくない、と判断したアリスは優しげな微笑みを携えてイメージアップを図る。
「あぁ、お前がいなければ二人の救出かリーダーの確保かどちらかしかうまくいかなかっただろう」
クラピカの発言を聞いたアリス。彼の背後で佇む影に目を向けた。鎖に縛られ、顔を腫らした青年が自身を見ている。自身の何が彼の興味をそそるのかはわからないが、とりあえずその視線にニコッと笑みを返すアリス。青年―クロロは彼女をじっと見たまま。
「……もうすぐ旅団の一人が来るが、お前はどうする?」
ゴンの救出に成功したアリスはパクノダと会う必要性はないだろう。そんな考えを抱きながらもクラピカはアリスに尋ねた。
「そうですね……事が落ち着くまで私もここにいます」
アリスは雨の降る外を窓から眺めて、そう答えた。
9/4 19:51
「来たぞ!!」
窓の外にパクノダらしき影を見つけたキルアが声を上げる。ゴンとクラピカは外に目を遣り、その姿を確認。
「待って!!」
飛行船に向かってくる人物がパクノダだと認識した三人の背後から声がかかった。センリツが焦った様子で耳に手を当てている。三人は彼女の方に目を向ける。
「……足音が多いわ」
外を見れば、パクノダの背後から三つの人影が迫っていた。
「待てよ、パクノダ」
仲間に声をかける。そのこと自体は何ら不思議でも悪でもない。しかし。この状況下において、パクノダにはそのことをした仲間が酷く憎く思える。
「何で……何で来たのよ!?」
「そりゃお前、鎖野郎をぶち殺すためだろうが」
ヒステリックに声を荒げるパクノダ。対して、彼女を追跡してきた三人はその姿に動じることもなく、普段と変わらない様子に見える。
パクノダは歯を食いしばり、どうやってこの状況をうまく纏めればいいか悩む。飛行船からこの場所は丸見えだ。となると鎖野郎に三人が自分を追ってきたことはバレている。
――指示に従わなければ殺す
今。命令に背いた。ならばクロロが殺される。
パクノダは振り返り、飛行船に目を向ける。
何のアクションもない。鎖野郎からの連絡もなければ、飛行船が飛び立つということもない。何故、とパクノダは不思議に思った。
「鎖野郎はあん中だろ?」
「殺すね」
「――待って!!」
フィンクスとフェイタンが飛行船に向かって歩く。どうするべきかの答えは出ていなかった。だが、状況がわからないのに勝手に動かれるのは困る、とパクノダが静止の声をかけても二人は止まらない。
「シャルナーク!!」
「二人ともちょっと待って」
「あん?」
パクノダが二人の後ろをゆっくりと歩いていたシャルナークの名を呼ぶと、シャルナークは二人の足を停止させた。だが、これはパクノダの願いを聞いたわけではない。
「あれ」
真っ直ぐに。飛行船の向こうを指さす。飛行船を挟み、対称の位置。
「あ?……ヒソカ?」
携帯を耳に当てたまま佇むヒソカがいた。
着信。携帯。クラピカがパクノダに電話をしようとそれを取り出した瞬間。まるで狙ったかのように震えた。発信者は、ヒソカ。
「……はい」
少しの逡巡を見せたが、クラピカは通話ボタンを押した。ゴンたちは何故フィンクスたちがいるのか、何故ヒソカが今電話をかけてきたのかを考えている。アリスは窓に近づくとガラスの向こうにいるフィンクスらの姿を見て、少し微笑んだ。
「やあ」
気さく。ヒソカの第一声。
「何か用か?」
「つれないな、僕も混ぜてくれよ」
「何?」
要点を得ないヒソカの言葉。一体こいつは何を言っているのか、とクラピカは怒り半分不思議半分に会話する。
「クラピカ……あれ」
通話中のクラピカを呼んだのはセンリツだった。焦ったような表情でフィンクスたちの姿が見えるものとは反対側の窓を指さす。窓の奥、指の先。クラピカ、そしてゴンたちが目を向けると、ヒソカと目が合った。
「……何故お前がここにいる?」
クラピカの疑問。彼の声には隠しきれない動揺がある。パクノダをおびき寄せ、彼女とクロロを始末すれば、彼の悲願の半分は叶う。その後、世界各地に散った仲間たちの目を集めれば全てが叶う。ゴンたちを救出し、クロロを捕縛し、パクノダを呼び出したところまではよかった。だが、イレギュラーが二つ。
「安心しなよ。影武者を置いて来たから。そんなことより、僕も飛行船に乗せてくれ」
一つはヒソカ。いや、彼に関してはまだ予想できるものだったのかもしれない。彼がクロロとの決闘を望んでいたのはクラピカも知っていたのだから。
「おい!ヒソカ!!テメェ何でここにいやがる!!」
問題はもう一つのイレギュラーだ。電話口の向こうからでも聞こえてくる大声。いつの間にかヒソカの元へ足を進めていた三人組。
「くっ」
どうすればいい――クラピカは悩む。クロロを始末することは容易い。今ここで殺せばいい。だが、このままでは今回のメインターゲットであるパクノダを殺せない。もし万が一戦闘になっても勝てない。クロロを人質とする意味もないだろう。意味があったならそもそもあの三人組は現れていないのだから。
「クラピカ……」
心配そうにゴンがクラピカの名を呼ぶ。クラピカは並ぶゴンとキルアに目を向け、すぐに逸らした。全滅。漠然とイメージが浮かぶ。
「とりあえず、全員中に入ってきてもらいましょう」
そんなクラピカをよそに、自宅に友人を招待するようにアリスは言った。