01
……よし、左に行こう。
いやまあ、左だろうが右だろうが、慣れ親しんだ道なのだから、よっぽどのことがない限り迷いはしないので、どちらに進んでも構わないのだが。
だが、何だか右に行くのは精神的に躊躇ってしまったのだ。
ただ何となく。
特に深い意味も思考も理由付けも無い。
あるのはただの直感と感覚と。
嫌な予感…とでも言うのだろうか。
要するに、ただの勘なのだが。
直情型の俺にとっては、その勘であっても充分な判断材料ではあるし、何度も何度も繰り返し繰り返しうんうん唸るような重要な選択肢でもあるまい。
しかも、俺の嫌な予感、と言うのは幼い頃からよく当たる……。
俺は本能に従い、素直に
02
俺はY字路を本能、つまり勘に従って、左に進んだ。
左側の道沿いには、前述の通り公園がある。
俺にとっては、特別思い出深いものではないけれど、よく碧海と二人で砂遊びをしたことを憶えている。
碧海は、今もそうだがあまり小学生男子のように暴れ回ることは好きではなかった。
言わば典型的な女子。
家に呼ばれればおままごと。
外に呼ばれれば砂遊びと、まあ見事に周りの級友達を避けるような遊びばかりをしていた。
幼い頃から今まで実の家族より長い時間を一緒に過ごしている俺は、当然、友達のいない碧海の遊び相手にならざるを得なかった。
しかし、こんな『おままごとなんて不本意だ。本当はサッカーや野球や鬼ごっこや、それこそ身体を目いっぱいに使ってしまうような遊びをしたかった。』みたいな、些か言い訳じみたような言い回しだけれど、案外、碧海と一緒に細々とした遊びをするのは、悪くはなかった。
もっと言えば、寧ろ楽しかった。
それは、俺が女々しかった訳でも、ままごとが好きだった訳でもなく、ただ気心知れた親友以上の間柄である碧海とだったからであろうことは、幼稚だった俺にですら理解出来た。
それこそ初めは、幼馴染みとして、男として、そして、人付き合いが苦手な碧海に対しての同情心から、碧海の相手をしてやろう、と思っていただけだったのだが。
思えばあの時の碧海には、今の碧海の傍若無人っぷりの片鱗すらも見えなかった。
基本的に人見知りで恥ずかしがり屋で、俺以外の友達と遊んでいるところなんて見たこともなかった。
思慮深き淑やかな人間だった筈だ。
まあ、今も俺以外の人といるところは、あまり見ないけど。
…兎に角、昔の碧海は、今の碧海からは想像出来ない位に大人しかったってことだ。
俺をからかうことは、昔からしばしばあったけれど。
昔と変わっていないのは、友人の数と、悪戯っ子ってとこぐらいだろう。
…一体何の所為であんな、ある意味天災のような性格になってしまったのだろうか。
…でも、碧海が昔のように人見知りだったならば、学年が上がる度に、碧海との距離がだんだんと離れていたかもしれない。
俺にも、栄吉や盛貴をはじめとする男友達が沢山出来た。
きっと碧海より彼らとの友情を優先してしまって、碧海とは疎遠になってしまっていただろう。
それを思えば、碧海があんな性格になってくれたのは、ある意味喜ばしいことだとは思う。
碧海を悲しませずに済むと言うことは、何より嬉しいことだ。
……これってなんだかカップルの思考みたいだな。
俺はこんなに碧海のことを思っているのに、俺はどうして碧海を拒むんだろう?
増々分からなくなってきた。
――増々知りたくなってきた。
……でもなぁ。
スカート捲りはなぁ…。
確かに俺も男ではあるから、そういうことはやはり気になるし、下心もあるけれど。
でも、俺がそれをやろうとすれば、結婚がどうのは置いておくとして、きっと碧海は許してくれるのだろう。
もしかしたら快諾してくれるかも知れない。
でもそれは、碧海の好意に付込む卑劣な行為だ。
絶対にやってはいけない。
断固としてそう思う。
俺に、碧海と誠実に向き合う覚悟があるのなら。
絶対に…やってはいけないことだ。
――だからこの答えは、自分で見付けるしかない。
03
「え?何能力?」
「そうそう能力。確か…この前そんな話をしたんじゃなかっただっけ?」
日は斜めに傾き、冬場には似つかわしくない程に暖かいオレンジの日差しが差し込む教室にて。
俺と碧海と和真。
その三人が、前回、結局有耶無耶になってしまった話し合い、もとい雑談の本題を、今日の昼、やっと思い出したので、仕切り直しと言わんばかりに、前回と同じように切り出し、同じような説明をして見せた、して聞かせたといったところである。
「うーん…でも石塚先生がねぇ……。」
「全然イメージつかないよ。」
「いやイメージの問題じゃねぇだろ。」
「それに、それはお前だって…イメージつかないどころか考えもつかないだろうよ。」
「それもそうだけどさ…。」
「……まあそれは兎も角として、まず根拠が薄いよ。」
「根拠?」
「直人は、『記憶を不自然に失った榎本君。その失った記憶に一番近い、ないしはそんな状況を作った石塚先生が怪しい』ってことだろうけど。」
「ああ、正にそうだ。」
「でも、あくまでそれは状況証拠だけだし、それに動機もはっきりしない。」
「動機…?見られちゃいけないものでも見たとか?」
「自分が呼んだのにそんな失敗しないでしょ…」
「能力による油断とも解釈できるけど、その能力にも
欠陥…。
多分、碧海が言っている欠陥とは、栄吉の「不自然に忘れた記憶」のことだろう。
そんな重大な、言わば
「でも」
「何らかの『能力』ってことは合ってると思う。」
「だよね?羽月君。」
「ふぇっ?!」
「…どうして僕に振ったんですか……?」
「だって羽月君、一言も喋ってないんだもん。」
「そうだぞ和真、協力してくれ。」
さっきから椅子に座って縮こまって……。
確かにまだ知り合って日も浅いし、唯でさえ人見知りらしいから、そう簡単には心は開いてはくれないかもしれないけれど、そうあからさまに壁を張られちゃあ、流石の俺でも傷付いてしまう。
「協力……って言われても、僕には何には分かりませんよ……。」
「
「…………言っとくがな、俺らはまだなんにも分かってねぇんだよ!」
「清々しい程言い切った!」
「だからこそ、どんなことでもいいから意見言ってくれって言ってんだよ!」
「こちとらなぁ!お前も頼りにしてんだよ!」
「数少ない
「俺達二人の
「その大事な『仲間』を!『友達』を!」
「俺らは蔑まない!」
「見下さない!」
「貶さない!」
「嘲ない!」
「下らない!」
「そんな下らないこと…俺らはしない……!」
「分かったか馬鹿!」
「だから…黙って喋れ!」
「コノ野郎!」
「…………。」
和真は俯いたままだ。
……言い過ぎてしまったか…。
……何が言いたかったんだろう…俺。
こんなの…一方的に俺の考え押し付けてるだけじゃないか…。
会ってまだたかだか一週間の奴に心開けとか、意見言えとか、俺はただ自分勝手なだけじゃないか。
「友達」とか「仲間」とか言っておいて、結局俺は和真のことをちゃんと考えていたのか…?
和真のことを想っている
そんな綺麗事を盾に、俺は―――
「違うんです…。」
「…………?」
「そうじゃあ、ないんです。」
「僕は、先輩達に遠慮してる訳でも、」
「先輩達を恐れている訳でも、」
「先輩達といたくない訳でもないんです。」
「大体、僕が先輩達を嫌う訳…ないじゃないですか。」
「僕の能力…忘れたんですか……?」
そういうと和真はゆっくりと、口角の上がった顔を上げた。
「……?」
「覚えてるけど…。」
「……僕の能力は『思考を読む事』。」
「そんな僕が、先輩達のこと、分からないとでも思うんですか……?」
「先輩達は…優しくて、強くて、格好よくて、それでいて……仲間思いの良い人だ。」
「先輩の心は言ってます。――『遠慮は要らない』って……。」
「分かってます。そんなこと。」
「先輩達は、僕のことを想ってくれてるって。」
「でも、違うんです。」
「そうじゃなくて、もっと根本的で根源的な…性格の部分のことで……。」
「…………。」
「……もちろん!分かったことがあれば言います。」
「反論もします。」
「どうでもいいことでも、話します。」
「悩んでいたら、相談します。」
「だから……うーん…なんて言うんでしょうか……。」
「…………つまり、羽月君は遠慮してるんじゃなくて、
「ね?直人。」
「…………。」
「本当か?」
「ほ、本当ですから睨まないで下さい…!」
「……なら…良いんだ。」
「…………。」
「……その代わり!何かあったらすぐ言えよ!」
「……俺も…何かあったら、二人に言うからさ。」
「碧海!お前もだからな。」
「はいはい。」
「仕方ないなぁ直人は。」
「なっ……!」
「本当に、仕方ないですね。先輩。」
「和真まで!?」
夕焼け滾る教室で。
俺達はどうやら、一つ大事なものを手に入れたようだった。
陽よりも眩しく。
陽よりも暖かく。
そして、陽よりも輝かしい、俺達の光。
俺の手に余るこの宝物は、全身で背負っていかなければならないようだ。
目を細く、口を大きく開けている和真を見ていると、なんだ俺達はちゃんと「友達」じゃないかと、実感できた。
「で?ところで本題は?」
『あ』
04
「危ない危ない。」
「危うくただの良い話で終わるところだった。」
「危うく栄吉の存在を忘れてしまうところだった。」
「そこまで深刻な痴呆!?」
「……って言うか、忘れてるのは榎本君でしょ…。」
「その榎本さん…が、不自然に記憶を失っている…ってことでしたよね。」
「ああ。」
「まあ、で。」
「その記憶喪失に、能力が関わっている筈だ…と。」
「で、その容疑者が、石塚先生って訳。」
「……ところで、その石塚先生ってどんな人なんですか…?」
「ん?なんだ知らないのか?」
「ほら直人、教員は学年ごとに違うんだよ。」
「ああ、そうか。」
そう言えば、単に体育の担当教師といっても、一、二、三学年それぞれに一人ずついる為、違う学年の教師とは、部活でもしていない限りあまり接点が無かったりするんだった。
俺も碧海も和真も、三人とも部活には入っていない。
「石塚先生は…ガタイが良くて大きい先生。」
「なんだそのふわっとした説明は。」
「うぅん…。」
「なんだか記憶の中の先生も、ふわっとしてて説明し辛い。」
「なんだよそれ……。」
「能力じゃねぇだろうな。」
「そう考えると、先生の疑いがより濃厚になってくるね。」
「そうですね……。」
「本当にその先生が犯人なんでしょうか…。」
「…………。」
本当にそうなのか……?
…本当にあの石っちが……?
確かに図体はデカくて、威圧的で、声低くて、毛深くて、鬼の様に恐ろしい人だけれど…。
でも、面白いし、優しいし、何より生徒思いの良い先生の筈だ……。
少なくとも俺はそう思う。
「まぁでも、やったことは別に犯罪じゃないし、榎本君に特に害があった訳でもないからねぇ。」
「言われてみれば…そうですね。」
「悪意は無かったのかも知れませんし、それに榎本さん以外被害がまだないんですから、愉快犯という訳でもないみたいですし。」
「結構饒舌だね、羽月君。」
「先輩が悩んでたみたいですから。」
「えぇ!?」
「本当に!?」
「酷いよ直人!なんで言ってくれないの!?」
「ちょっ…!」
「分かった悪かったから揺するな!」
吐きそうなくらい揺らしてくれやがって。
「……あ、そうだった。」
「そもそも私達は、私達の目的を、忘れてたね。」
やっと、俺の襟から両腕を離した碧海は、何か思いついたかのように、静かに微笑んだ…。
「……………!」
「…ああ、言われてみれば、そうでした。」
「今能力使ったろ和真。」
どうやら和真は、碧海の思考を読んだようである。
……目的…か…。
なんだか俺だけ仲間外れみたいな気分になるな。
「私達の目的は、悪い人を咎めるんじゃなくて、
「能力者のことは、能力者が一番良く分かるからって。」
「…………!」
「…………。」
「……確かに…そうだったな…。」
「ああ、いわれてみれば、そうだった…」
「『同じ境遇の人間なら、悩みも辛みも打ち明けられる』って、だから友達になってくれって、和真に言ったんだったな。」
「あーー……。そうだった…。」
「忘れてた…。」
「俺には正義だ悪だって、考えられるような頭も、どうにかできるような力もないんだったな……。」
「だからせめて、近くにいる人位は助けたいって、思ったんだった…。」
そうだった。
俺は別に悪を罰したい訳でも、正義のヒーローになりたい訳でもなかった。
ただ仲良く平和に暮らしたいだけだった。
俺の近くで、泣いている人を――無くしたいだけだった。
思い出した。
忘れてた。
「……そうだった。」
「ありがとう。」
きっと、世の中には、碧海や和真のように、認められなくて、見てもらえないような「ものを持っている」人間がいる。
そう、和真に会って知ったのだ。
碧海以外にも、人には言えない秘密を持つ人がいると。
…………。
だから俺は、この「記憶喪失の能力者」を、俺は追っていたのだった。
――その人の、力になりたかったから。
はいっ!
最後まで読んで頂いてありがとうございます!
さて、今回の題名は「十一話:左」。
前回も言ったように、番外編にて「十一話:右」も書く予定です。
書く…と言っても、補足的な意味合いが強いので、分量的には短いです。とても。
しかも、読んでも読まなくても本編は理解できる(筈…私の技術があるのなら……!)ので、完全に要らない子。
気がむいたら出しますので、気がむいたら読んで下さい。
では、また次回に。
ありがとうございました。