01
爽やかな冬風が吹く夕暮れ。
日は斜めに傾き、俺達を鮮やかな黄色に染め上げる。
雄大に流れる雲。
伸びる影。
そして、オレンジ色に暮れる空。
そんな美しい冬景色の中で俺はーー。
「なんで俺…こんなところに…?」
記憶を、失っていた。
「…………。」
「…………。」
二人は口を開けてポカンとしている。
そんな二人を見て、女の子は得意そうに笑う。
「ふっふっふ……見たか……!」
「これが私の『異能』!」
腕を組んで仁王立ち。
勝ち誇る彼女の表情からは最早、自信以外の感情は読み取れなかった。
「っ……!」
「異能…だって…!」
彼女の台詞を聞いた和真は深刻そうな声を上げる。
「へぇ?」
「異能と能力って別物なんだ。」
「羽月君、何か知ってるの?異能のこと。」
「……いいえ…全然知りませんっ…!」
「じゃあなんでそんなに深刻そうな声なの…?」
「いや…なんだか使命感に駆られて…。」
「案外ノリいいんだね…。」
そんな三文芝居を、黙って眺めていた女の子は、とうとう痺れを切らしたのか、
「いやだからうるせぇって。」
「二度も言ったのに聞こえてねぇのか。」
と、鋭く言い放ち、二人を睨み付ける。
女の子の高圧的な態度を見て、何をどう刺激されたかは定かではないが、碧海は、かつて無い程に冷静かつ冷たい表情で、女の子を見やる。
「……一年四組。」
と、静かに碧海が呟くと、女の子はハッとして、あからさまに動揺した。
「
「…………。」
「何で知ってんだ。」
切り裂いた様な瞳を一層鋭くして、碧海に凄む女の子。
いや、「引杜 陽」…と言った方がいいのか。
兎に角二人は、バチバチと弾け出してしまいそうな程に視線を飛ばし合う。
身長が頭一つ分程度高い碧海が、引杜を見下ろす形で睨み合っている為、心做しか引杜の機嫌が悪そうだ。
碧海の表情から滲み出る、先輩の、また引杜の名前を言い当てたことによる余裕が、引杜の機嫌をより一層波打たせているのかもしれない。
「…これでも私、一応『天才児』…なんだよね。」
「一度見たものは、大体忘れないんだ。」
「ああ、だから僕の名前も知ってたんですね。」
……そう言えば、碧海と和真の二人は、ろくな自己紹介をしていないと聞いていた。
しなくても人間関係が成立するのは、碧海が、学校で知らない者はいないと言われる程の知名度を誇っているからであり、また、
まあ…碧海の凄さは、何年もの間ずっと一緒にいた俺が一番良く知っていることなので、今更驚く事でもないが。
「なぁ碧海…それは良いけどさ…。」
「……?」
「何?」
「いい加減、話が飲み込めないんだが…。」
「不自然に何か思い出せなくて気分悪いんだよ…。」
頭に
見ていた
痒い所に手が届かないとか。
漠然と痒いんだけど、何処が痒いか分かんないとか。
言葉にすれば、そんな感じ。
言ってみれば、
端的に言うと気分が悪い。
その一言に尽きる。
「え?」
「あ、ああ…ごめん。」
「すっかり忘れてた…。」
「いや忘れんなよ…。」
お前ホント俺のこと好きなのかよ。
「はぁ?」
「何下らねぇこと言ってんだ。」
「俺の異能で消したんだ。」
「もう戻って来るこたァねぇーぜ?」
引杜は、俺達を小馬鹿にしたように、ハンっ…!と吐き捨てる。
そんな嘲笑お構い無しに、あくまでマイペースに、碧海は言う。
「
「さぁ」
「いち、にぃ、さんっ!」
パチンッ――!
碧海の、指を鳴らすその音が聞こえる。
――途端、見たこともない映像が頭に飛び込んでくる。
不思議に冷たいその絵は、頭にしっかりしがみつき、離れようとはしない。
次第にその絵は暖かくなっていく。
色が溶けて、頭の隅々まで行き渡って染み渡って、そして、滲み込んでいく。
暖かい…絵。
暖かい…記憶。
自分の――。
知らない筈の映像が目玉の裏に焼き付いていく。
元々初めから、そこにあったかのように。
「……っうらっしゃぁぁあ!!」
「っもいだしたぁ!」
「……先輩、ちょっと…五月蝿いです……。」
「ああ…すまん。」
「スッキリして…つい…。」
やっと全部、思い出した。
引杜の登場から、触れられた所までの記憶。
「…それにしても、これは
「栄吉の気持ちが分かった…。」
栄吉はこんな違和感を、ずっと抱えていたのか。
思い出そうとすると、ひたすらに鬱陶しい思いが付きまとってくる。
経験した俺だから言えることだが、本来なら、もっと焦っていいと思う。
…まぁ、アイツは楽天家だから、考えないように、思い出そうとしないようにしていただけかも知れないが。
「お前…ホントに思い出したのか…?」
震える声で、引杜が問う。
「ああ。」
「全部思い出したぜ?」
「――お前が仕切り直したこともな。」
「…っ!」
「っだぁぁぁあ!」
すると突然、引杜は大きく仰け反り、獣の様に激しい雄叫び――なのかな?引杜の場合――を、上げる。
「…………。」
「おい、
今にも飛び掛らんばかりの表情で、碧海を見やる。
一方、当の碧海は全くたじろく様子も無く、引杜と視線を合わせてこう言った。
「天医 碧海。」
「二年生だよ?」
「あ?天医?」
「ああ…あの天医か…。」
「なんだよ。優等生様はこんな所に来るくらい暇なのかよ。」
と、挑発する。
「優等生じゃなくて『天才』ね。」
「随分傲慢なんだなお前。」
「自分で天才とか、恥ずかし過ぎるぜ?」
「客観でそうなんだから、仕方ないね。」
碧海の余裕ぶった様子に、引杜の顔に怒りの色が滲み出る。
「……馬鹿にしてんのか…。」
「馬鹿になったんじゃなくて?」
途端、歯をギリッ、と軋ませると、大声で怒鳴り出す。
「…っるせぇ!」
「いいからさっさと答えやがれ!
「自分で考えて見なよ。」
「だだしあなたじゃ――」
「…っちょっと待て!」
「ステイッ!」
いい加減ガチ喧嘩が発生しそうだ。
そう思った俺は、取り敢えず二人の間に割り込んだ。
「碧海…一体何でそんなにイライラしてんだよ…。」
そう、碧海は基本的に、こんなにも攻撃的な性格ではないのだ。
「いやだって…。」
「だってなんだよ。」
「……なんでもない。」
それから碧海は、いじけたようにごめんと言うと、ケジメと言うように、また、もう戦意は無いと示すためか、後ろに一歩下がる。
…なんだからしくないな。
「…えっと、そして引杜。」
「俺らは別にお前をどうかしようとしてここにいるんじゃないんだ。」
「だから取り敢えず……一時休戦しよう。」
「いや、して下さい…。」
それはもう低い低い中腰の状態で、引杜に提案する。
しかし、そんなに簡単に、言葉だけでは納得出来ないようで、一向に臨戦態勢を解く様子はない。
「俺は『何をした』って聞いてんだ。」
引杜は相も変わらず、強気に言う。
しかしその台詞は、「言えば解く」という意思の裏返しでもあるのではないかと思った。
そのことを碧海も感じ取ったようで、渋々と言ったように話し始める。
「…………。」
「私の異能…だよ。」
「『私の発言は、全て真実になる』んだ。」
「……やっぱりいたのかよ、俺以外の異能者……。」
「俺達は『能力』…って読んでるけどな。」
特に言わなくてもいいかなとは思ったが、一応言っとく。
だからといってどうということはないが。
「……で…。」
「俺に何の用だ?」
そして、ここに来てやっと本題。
俺は引杜に向かい合い、少し間を置いて、彼女にこう言った。
「友達になりに来た。」
「……は?」
引杜は拍子抜けしたのか、目を丸くしている。
それもそうだ。
いきなり自分のことに来て、こんな真面目な顔でそんなことを言われたら、誰だって度肝を抜かれる。
「……お前、本気で言ってんのかよ、それ。」
「当たり前だ。」
「……だったら――」
「お断りだな。」
キッ…!
っとこちらを睨み、圧を掛ける引杜。
「…嫌いな人間に近づかにゃならんことになるだろーが。」
「考えろ。」
「嫌いな人間…つうのは…。」
「……私…だよね…。」
碧海は顔を若干引き攣らせている。
「大体、俺と友達になって、お前らに何のメリットがある?」
「信用ならねぇんだよなぁ。」
「どうせ影で悪口とか、言うんだろ?」
「……それに、俺に友達は要らねぇし。」
……まぁ、だよな。
今まで一人でいた奴が……いや、そうとも限らんのだけど、兎に角、突然「友達になってくれ」と言われたって、断るのは当然…かな。
今まで一人で居れた訳だし――。
友達の必要性を、感じてないのかもしれないし――。
「っていうか――友達って、何だ?」
「俺がこの誘いに乗ったらそれで友人か?」
「『友情は作るもんじゃない』っつー言葉があるけどさ、そんなもんじゃねーの?」
「…………。」
「ま、俺には友人なんていた覚えは無いから、しらんけどな。」
と、俺達を嘲笑うように捨て台詞を吐くと、引杜は突然明後日の方向を向く。
「あっ…!」
「ちょっ…待てっ――」
俺達に背を向けて立ち去ろうとする引杜。
俺は咄嗟に声を上げ、引杜を追おうとする。
しかし、その途端、左肩を抑え込まれてしまい、俺は急ブレーキを掛けた車のように、カクンと揺れ、膝を少し痛める。
俺の肩に手を置いた
和真には――。
一体彼女の何が見えていたのだろうか―…。
02
『ああぁぁぁぁ……。』
先輩達の教室。
二人は自らの席に腰を下ろし顔を伏せ、頭を抱えながら、まるで死に損ないの犬のような重低音を響かせる。
『ごめん二人共…
「俺なんであんなストレートに言っちゃったんだろう…。」
「私なんであんなにつっけんどんにしちゃったんだろう…。」
『ああぁぁぁぁ……。』
「……力抜けちゃうんでやめて下さい…。」
二人の溜め息を聞いていると、自分までだらりんと脱力してしまいそうで気分が悪い。
それに…こんなに元気が無い二人を見るのは初めてで、なんだか調子が狂う。
「そりゃあ…突然『友達』…って言われたら……。」
「ああなりますよ…。」
「…うぅ…すまん…。」
「天医先輩は……まぁ、仕方ないっちゃ仕方ないですけど…。」
「そーいえば碧海、なんであんなにキレてたんだ?」
相賀先輩が不思議そうに、天医先輩の顔を覗き込むように問うと、天医先輩は顔を机に伏せたまま、ギクリ、と肩を震わせる。
「……別に……なんでも…ない…。」
天医先輩は尻すぼみにもごもごと、そんなことを言う。
「いや、『何でもない』であんなんになるかよ。」
ハッキリしない天医先輩に、相賀先輩は納得してはくれなかったようで、尚も追求は続く。
――が、天医先輩も譲る気は無いらしい。
相賀先輩が何を言おうと、それから口を開くことも、顔を上げることも無かった。
「…くっ…!」
「強情な奴め…!」
「…………。」
「…………。」
「…んじゃ、仕方ねぇか…。」
「俺にですら話せないってことは、相当のことなんだろうからな、聞かないでおいてやろう。」
割と穏やかな表情になった相賀先輩は、そんなことを高らかに言い放つと、徐ろに自分の鞄を手に取った。
――と、その時。
何か小さな音が聞こえた。
僕には、何が何だか分からなかったけれど、気の所為かとも思ったのだけど、相賀先輩にも聞こえていたらしく、先輩はこう言った。
「何か言ったか?碧海。」
「……いや…何も…。」
相賀先輩にはその音が、天医先輩の物だと思ったのだろう。
天医先輩は、その単純な質問に恥ずかしそうに、伏せていた頭をゴロンと相賀先輩から背ける。
「……そうか…。」
「そんじゃあ早く荷物持て。」
「もう帰るぞ。」
天医先輩の呟きは幸いなことに、誰の耳にも、ハッキリとは触れなかったようだ。
あくまで、
『直人だから言えないんじゃん。』
……ま、そりゃそうだな…。
そんなことでイライラしていただなんて、相賀先輩に知られれば、絶対に「そんなことで?」と言われてしまうからな。
それに、とっても恥ずかしいみたいだし。
――仕方無い。
僕は自分の身の安全…もとい、天医先輩の名誉の為、今見たことは、絶対に相賀先輩には伝えまいと、心に誓ったのだった。
こんな僕でも、案外口が固いのが、自慢だったりするのだから。
さて、皆様お久しぶりです。
私の端末の予測変換に「お久しブリーフ」と出たのはさておき――新キャラです。
八人目…ですかね。
直人…碧海…和真…栄吉…盛隆…と、直人母…。
え?七人目…ですって?
嫌だなぁ…。
ほら、居たじゃないですか。
『石っち』(今後出番は多分無い)。
まぁ、
個人的に登場人物が多い小説は覚えづらくて嫌いです。
ので、まあベタに『登場人物紹介』なるものをした方がいいのかなと思ったりもします。
読まれなければそれまでですが。
まぁ、何にせよ、何万文字もこんな駄作に付き合ってくれた方々に、感謝の念は尽きませんが。
――折角ここまで読んだんだから、最終回までやめるんじゃないぞ!
というね。
ではでは。
ご清聴、ありがとうございました。