Don't be saying   作:ショート

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十三話

01

「ちょっと…話しませんか…?」

 

和真は、柔らかく彼女に話しかけた。

爽やかで、心が抜けるような優しい笑顔と共に。

 

「…………。」

「飲まなきゃ…返さないってか?」

 

そう返した陽は、手に持っていたピンク色の可愛い封筒を放りながら、不敵な笑みを浮かべる。

 

陽に握り潰され、クシャクシャになったそれは、風に吹かれて青い空に消えていく。

 

――ここは校舎の屋上。

周りは鉄のフェンスで囲まれており、下までは約七m。

唯一の出入口である扉も、和真が立ち塞がって通れる気配が無い。

 

柱に抱き着きながら、虫の様に降りれないこともないが、下の教室は、現在進行形で授業中。

それに、和真に邪魔されないとも限らない。

 

つまり、ここは完全なる密室。

 

本来ならば立ち入り禁止のこの場所に、人が来る筈も無く、現在の陽には、和真の話を聞く以外取れる行動は無い。

 

「いえ…本気で帰して欲しいと言うなら…帰しますよ。」

 

「帰してくれ。」

 

「駄目です。」

 

「…………。」

 

何なんだこいつ、と若干腹を立たせながら、陽は考える。

 

帰りたいなら帰れっつってんのに、帰りたいっつったら駄目って言いやがった。

なんて子供みたいな奴なんだ。

 

「子供みてーなこと言ってんじゃねーよ。」

「お前が帰っていーっつーから帰るっつってんだろーが。」

 

「僕は『本(・)気(・)で(・)帰りたいなら』、と言いました」

 

「んだそれ。」

 

何か知らんが、こいつは俺の気持ちを知った気になってやがる。

 

和真の態度に「分かった気になってんじゃねーよ」と、一層腹立たしく感じた陽。

もういっそ、こいつを殴り倒してでも帰ってやろうかと、いかにも非力そうで、華奢な和真の身体を見る。

 

陽の身体も、和真と同じくらい貧弱でヒョロっこいけれど。

 

しかし陽には、人に暴力を振るうことに対しての抵抗は、大してない。

 

だからここで、このタイミングで、和真に殴り掛かったとしたら。

 

――先手を取れるのは陽で。

――勝利を収めるのも陽である。

 

異能によるアドバンテージも大きい。

と、彼女は考える。

和真を睨みながら。

 

こんな内気でナイーブそうな奴に負(・)け(・)る(・)筈(・)が(・)な(・)い(・)。

 

陽は拳を握り込む。

意思を固めるように、拳を固くする。

 

和真の柔らかな瞳から目を逸らさぬようにしながら、一歩一歩、近づいていく。

 

「友達……いたんですよね…?」

 

陽はハッとし、その歩みを止める。

陽の固い固い意思は、その一言で、波紋を描く水面の様に、ぐらりと揺らいだ。

 

02

場所は変わって、二時限目終了後の休み時間。

直人と碧海は、二人いつもの様に向かい合う。

 

ただ、二人の視線はお互いには無く、一年生の生徒名簿を険しい表情で見つめていた。

 

「…無いな…。」

 

「…うん…無いね…。」

「引(・)杜(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)…。」

 

「引杜 陽」。

この学校の一年生である筈の彼女の名前は、その名簿には、当然の様に載ってはいなかった。

 

どのクラスを探しても。

 

これは学校の正式な資料であるから、間違いはあってはならない筈である。

 

似たような名前の人物も存在しない。

 

…どういうことか。

 

この状況に、直人は一人で首を捻るばかりだった。

が、碧海の纏う同情心に満ちた雰囲気から、ただごとでは無いのだな、と悟った。

 

「…おかしいね。」

 

「おかしいな。」

 

陽の件で、生徒名簿を拝借してきた時も、碧海に同じような感想を抱いたが、今はもうその思いはない。

 

彼女の名前が無い。

 

それは、彼女がここの生徒ではないということか。

それとも、もっと複雑なことなのか。

 

……碧海の表情を見る限り、後者なのだろう。

それも、とても哀しいことであることは、想像に難くない。

 

「確か…。」

 

と、静かに碧海は呟く。

寂しそうなその表情の理由を、直人は分かる訳もなく。

しかし、同情するような碧海を見ると、率直に聞くのは躊躇われた。

 

碧海がそんな表情するなんて、よっぽどのことだ。

と、直人は息を呑む。

 

「直人君のクラスにあったんだよ…。」

 

「何が。」

 

「机が…。」

 

「そりゃあるだろ。」

「ってことじゃ……無いよな。」

 

「うん。」

 

他のところはどうかは知らないけれど、彼らの高校は、教室に生徒以上の数の席は置かない。

どんなに歪な並びになろうと、そんな無駄を作らないのだ。

 

だからつまり

入学の時点ではそこに生徒が居て。

今はいない。

 

そういうことになる。

 

「転校したんじゃ。」

 

「そんなこと、聞いたことないよ。」

 

直人の言葉を、碧海は無慈悲に一刀両断。

若干がっかりした直人だったが、碧海が言うなら間違いは無いのだろうと納得する。

 

「それじゃあ、不登校か。」

 

「まぁ…そうだね。」

 

…………。

議論は終わり、結論が出る。

沈黙が蔓延り、二人は俯いたままだ。

 

しかし二人は、今更「沈黙が気まずい」なんていう間柄ではない。

 

碧海は気付いていた。

直人は気付いた。

 

なんの根拠も無いけれど。

なんの証拠も無いけれど。

 

その空席は、転校でも不登校でもないことに。

 

だから二人は俯く。

 

他人と自分を切り離す為に、引杜陽が他(・)人(・)か(・)ら(・)自(・)分(・)を(・)消(・)す(・)ことを選んだのだと。

 

そのことに気付いて。

二人にはヘラヘラ笑っていることなど、出来はしなかったのだった。

 

03

引杜陽にはその昔、とてもとても仲の良い大親友がいた。

 

二人は何をするにも一緒で、離れている時間の方が少ない程に、お互いがお互いを好いていた。

 

一方が馬鹿にされたらもう一方は、庇い言い返し。

一方が風邪をひいたり怪我をしたりしたならば、もう一方は真っ先に駆けつけ看病し。

 

一方が笑えばもう一方も笑い。

一方が泣けばもう一方は慰め。

一方が怒ればもう一方は諫めた。

 

二人はそんな、理想的な関係だ(・)っ(・)た(・)。

 

そう、だった。

――そんな素敵な関係は、案外簡単に崩れることになるのだ。

 

あるとき。

一方が交通事故にあった。

 

信号無視の車が、一方に突っ込んで来た。

当然もう一方は側にいて、その様子を、何も出来ぬまま見守っていた。

 

魂の抜けたように、焦点が合わないまま。

ボヤける真っ黒な車を見ていた。

 

一方はくの字に折れ曲がり、ブーメランの様に飛んでいく。

鮮血に彩られた車体、横断歩道。

そして――自分。

 

冷たい感覚がもう一方を襲った。

取り乱す余裕も、無かったという。

 

ただ、その数日後。

一方の意識は回復し、なんの問題もなく日々を生活出来ると診断を受ける程に体調は戻っていく。

 

まさにブーメラン。

数日ぶりに戻って来たのだ。

 

しかし残念ながら、二人が一緒に登校することは、二度と無かった。

 

事故に遭ったショックで、車や電車、自転車にでさえも、恐怖を感じてしまい、まともに外を出歩くことが出来なくなってしまったのだった。

 

 

 

 

 

――不便だろ?それじゃあ。

そう言って手を触れる。

 

不安そうに自分を見る、その可愛らしい顔を見ていると、尚更自分が守らなければという思いが滾る。

 

優しく微笑みかけると、彼女は白い頬を恥ずかしそうに赤く染めて、微笑み返してくれた。

 

引かれてよく無事だったなと思う程、貧弱で細っこい彼女の手首を掴みながら、彼女に意識を傾ける。

 

――後悔しか生まれない、選択だった。

 

「あなた――誰?」

 

……そう来るとは思わなかったと、俺は俺を呪った。

 

04

「僕は…貴女とは初対面です。」

「…そう、思っていました。」

「でも…違った…。」

 

目を見開いて、固まっている引杜さんに、僕はここぞとばかりに捲し立てる。

 

「貴女は、僕達から奪ったんです。」

「『僕達のクラスメイトである、貴女』を。」

 

彼女は、他人を拒絶する為に、自分が忘れられることを選んだ。

 

クラスメイトから。

教師から。

 

天医先輩が、彼女の名前を言い当てたとき、あんなに驚いていたのはそのためだろう。

同級生以外に自分のことを知っている人間などいないと、タカをくくっていたに違いない。

 

「…それが分かってんなら…。」

「普通そっとしとくもんじゃねぇの?」

 

相変わらず鋭い視線で、僕を睨みつける。

顔の上半分に影ができ、迫力は充分。

僕を恐怖させるのには、その半分でもいいくらいだ。

 

でも、ここで逃げ出す訳にもいかない。

……という訳ではないんだけど。

別に逃げても構わないんだけど。

 

だって、命が関わってる訳でもないし、僕の人生が関わっている訳でもないし。

 

だから今、彼女に怯えて、負け犬のように逃げ出してしまっても構わないのだけど。

 

でも、僕の足は、釘に打たれたように動かない。

 

変な意地が、僕をその場に留まらせたのだ。

 

「……貴女も僕も、普通じゃあないんですよ。」

 

「一緒にすんなよ。」

 

「一緒ですよ。」

「僕達は一緒――人から逃げた、臆病者だ。」

 

肩をピクリと震わせ、あからさまに動揺して見せる引杜さん。

 

――ああ、成る程。

この人にも自覚はあったのか。

 

と、同情じみた、自分でも訳の分からないような、もやもやとした感情を抱き、彼女を見ていた。

 

すると引杜さんは何を思ったのか、ポツリポツリと、こんなことを話し始めた。

 

「私は……。」

「過去だけは…なんにも変わらず…ずっと無くならない……。」

「この世で一番確(・)か(・)な(・)物(・)だと思ってんだよ…。」

 

引杜さんは、自分のマイナスを吐き出すように、伏し目がちに声を絞り出す。

 

今までに無い――まぁ、今回で会うのたった二回目なんだけど――位にしおらしい態度だった。

例えるなら、崖に追い詰められて殺人の一部始終を白状してる犯人みたいな。

そんな感じ。

 

「俺等に未来があるかどうかなんて分からねぇ。」

「友情とか愛情とか形ある物とか…いつか風化して無くなっちまうだろ。」

「でも…『昔』は違う。」

「無かったことには…ならないんだよ…。」

 

 

多分、今読(・)ん(・)で(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)ら(・)、酔ってしまうだろう。

 

能力を使わなくたって分かる。

伝わってくる。

 

後悔とか。

後ろめたさとか。

哀しさとか。

寂しさとか。

 

そういう負の感情全てが。

 

僕が味わったことの無い、向(・)き(・)合(・)っ(・)た(・)証拠が。

 

「一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に怒って、一緒に楽しんで……!」

「そ(・)れ(・)は!絶対無くならねーと思ってた…!」

「例え片方が死んで離れ離れ(はなればなれ)になったって…!」

「一生残るって!思ってた!」

 

なんだよちきしょう…涙(・)声(・)じ(・)ゃ(・)ね(・)ぇ(・)か(・)よ(・)……!

 

彼女が何を考えているか、誰を思っているかなんて、知ろうとは思わない。

 

でも、歯を食いしばって泣くのを堪えている彼女を。

それでも流れて来る熱い涙を必死に拭っている彼女を。

自分を責め立てるように声が枯れる程に絞り出す彼女を見て……。

 

――僕は…とても腹が立った。

 

なんで貴女は、そんなに泣けるんだ。

なんで貴女は、そんなに責めるんだ。

 

僕の前でそんなことしないでくれ。

僕の前で美しい友情を謳うのは勘弁してくれ。

 

「でも…!でもアイツ忘れやがったんだぜ…?」

「あんだけ楽しかった過(・)去(・)を…。」

 

彼女の言葉が、まるで今まで逃げてきた自分を責めているかのように聞こえる。

 

自然と、顎と眉間に力が入る。

握り拳は黄色くなり、爪が手の平に喰い込んでいる。

 

「忘れてんなら…分からないなら無かったことと一緒なんだ…。」

「信じてたもんが全部…その時無くなった…。」

「友達も…持論も…。」

 

彼女に対する劣等感。

同じ弱虫だってこんなに違うぞと、僕が見下されているようで。

そう考えると、また更に怒りが込み上げてくる。

 

一方は壁から落ちて。

もう一方は、壁の前で立ち竦んでいる。

 

「だからさ…もう無くすぐらいだったら初めから無かった方が楽だと思ったんだ…。」

 

立ち位置は同じだっていうのに、どうしてこうも悔しいんだ。

どうしてこうも離れてるんだ。

 

どうしてこうも――

 

「だから俺は間違ってない…!」

「俺に友達は要らない…!」

 

「…………。」

 

歯と歯が擦り合わさる音が聞こえる。

音の出処は、どうやら僕のようだ。

 

 

相賀先輩なら、こんな時なんて言うだろう。

こんなどうしようもない僕に「助けてくれ」、なんてのたまったあの馬鹿な先輩は。

 

なんて言って懐柔するのだろうか。

 

こんな時、先輩はなんて言うのだろう。

僕は…何て言えば良いのだろう。

 

「要らない。」

と、自分を絞り出した彼女に。

本心をぶちまける勇気すらない僕が、一体どんな言葉を掛けてあげられるのだろうか。

 

こんな臆病者の僕なんかよりずっと強い彼女に、僕は何て言えば正解なのだろう。

 

先輩のように、純粋に。

何かものを言えるのだろうか。

 

「嘘は…吐かないで下さい…。」

「僕には分かるんです…。」

「貴女が…寂しがってること…。」

「ずっと後悔してること…。」

「誰かと接したいって、思ってること…。」

「天医先輩と居れば…いくらでも取り返しがつくんです…。」

「きっともう…後悔は…させません…。」

 

そこまで言って、僕は気付いた。

彼女が、目から鱗、と言うように、真っ赤な瞳を見開いていたこと。

 

そして、やっぱり僕は偽善的なことしか言えないのだということ。

結局善行を、彼女に押し付けただけなのだということ。

僕なんかが先輩のようになんて、なれる訳がないということ。

 

やっぱり僕の人間性は、どうしようもなく最底辺だということ。

 

――そりゃ友達ができない訳だ。

 

引杜さんと僕との違いは、根本的にそこだった。

 

人間性の優劣。

 

彼女の方が人間らしくって、相変わらず僕の方はクズだったというだけのこと。

 

彼女の方が人間として正しくて、僕が間違い。

 

そんな簡単なことだった。

 

僕が、彼女に対して理不尽な怒りを感じたのも、単なる嫉妬。

僕の心が醜かったのだ。

 

思えば、どれだけ他人に腹が立とうと手を出さなかったのは、例えそんなことをしても、返り討ちに遭うだけだからという、自分本位な理由だった。

 

……なんだ、そんな単純なことだったのか。

 

 

まだ、風はビュンビュン吹いて、僕らの髪を水平に流す。

顔は、長時間の思案で、触らなくともかなり冷たいことが分かる。

 

しかし、僕のこの醜悪さは、風にも水にも流れないし、この黒々とした嫉妬と苛立ちは、冷凍されて永久保存されているようだ。

 

本当――救えない人間っているんだなぁ。

と、まともに焦点の合わない視界のまま、頭が真っ白になっていくのを感じながら、考えた。

 

僕は……こんな僕は……。

 

一体どんな顔で、先輩達と会えばいいのだろうか。




さて、皆さん。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。

今回の話は、章ごとにころころ視点が変わります。
読みづれぇよクズが。
と思われたかも知れませんが、堪忍してください。


……やってみたかったんです。

それと、深夜のテンションで書きまくったので、和真の自傷が酷いことになってました。

まあ、いいか。

まあ何にせよ、ここまで読んでくれたことに本当に感謝しています。

次回もなるべく早く投稿しようと思うので、宜しくお願いします。

ではでは。
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