01
俺は、時たまにふと、「自分はやっぱりツッコミ属性なのだな」と実感することがある。
周りの人間の会話を聞いていると、無性に口を挟みたくなるし。
殆ど条件反射的に声を荒らげているときだってある。
ボケに対して、ただケラケラ笑っているだけなんて、俺の性に合わないとさえ言える。
何でそんな面倒くさい奴になってしまったんだと問われれば、ただ
敢えてこれ以上、このことに関して言うことはしないが、賢明な人間なら確実に納得してくれるだろう。
まぁ、要するに何が言いたいのかと言えば。
俺は無意識に、自分の意志とは反してツッコんでしまうということである。
だから、「結局来るんかい!」。
引杜を目撃したタイミングで、そんな風にツッコんでしまうのは、全部が全部、自分の所為ではないということだ。
「…………。」
放課後の教室で。
しまった!
そう思った時には、もう既に遅かった。
引杜は、顔を真っ赤にして、目尻に涙を溜める。
そして、凄い勢いで身体を反転させ、脱兎の如く教室から飛び出して行った。
「ちょ…!」
「待ってぇぇぇ!?」
俺は咄嗟にそう叫んだ。
かなり裏返った声は、我ながら気持ちが悪かったが、そんなことを気に出来ないくらいに、俺は焦っていた。
このセリフで、引杜が不登校に逆戻りになるなんて最悪な結末は勘弁して欲しい。
後ろを振り返ることもせず、遮二無二逃げる引杜を、俺は必死で追いかけた。
しかし、引杜との差が縮まることは無かった。
寧ろ、差は段々と開くばかりだ。
太股が熱くなるほどのスパートをかけるも、不思議なくらいに、引杜は遠かった。
遂に、引杜に追い付けぬまま体力の限界が来て、俺は足を止めた。
「っはぁ…はぁ……。」
久しぶりに走ったからか、体力の消耗が激しく、身体中から汗が止まらない。
俺は、制服の袖で額の汗を拭い、引杜が下って行った階段を睨みつける。
「しまった…。」
俺は、自分を責めるためか、静かにそう呟いた。
02
「あーあ。」
「直人、やっちゃったねー。」
俺が、教室の扉を開くが先かという時に、そんな碧海の呆れた声が聞こえた。
正確に言えば、「呆れる」と言うより、「つまらなさそうに」と言った方が正しいが。
「うるせぇな…。」
「んなこと分かってるよ…。」
「あ、ごめん。」
「そんなに落ち込まないでよ。」
「責めてる訳じゃあないんだから。」
「普通責めるだろ…。」
何せ引杜に、あんな無神経なことを言ってしまったのだから。
幾ら俺の所為ではないと言い訳しても、「自分が悪い」のは分かっている。
「『直人なら言いかねないなぁ』って冗談半分に思ってたから、大丈夫。」
「大丈夫な要素が一つもねぇ…。」
自分に非がある手前、台詞にも力が無くなってきている。
「そうでもないよ。」
「…………。」
「ねぇ、羽月君。」
「フォローに困ったら僕に振るの止めてもらえませんか…。」
「困ってんじゃねぇよ碧海この野郎。」
困ってんじゃねぇよ碧海この野郎。
見切り発車で慰めようなんて、俺をどれだけ単純なやつだと思っているんだ。
「いやあ。」
「ごめんごめん。」
そう言うと碧海は、手を頭の後ろにまわし、照れたように微笑む。
「確かに引杜ちゃんは、打たれ弱くて」
「あんな事言われたら相当傷つくだろうけどね?」
「あ、やっぱり俺重罪か。」
「あ、いや」
「そんなことないよ。」
「だって、そんな浅い傷より」
「『皆と過ごしたい』っていう思いの方が強いと思うから。」
碧海は、諭すように優しく、そして静かにそう言った。
「…………。」
「なんで…そう思うんだよ。」
「なんとなく。」
「適当か!」
「適当だよ!」
「なんでお前がキレるんだよ!」
理不尽だ。
この点において、俺に悪い要素は一つもないのだから声を荒げて怒られる言われは皆目ない。
「落ち着いてください二人共…。」
そう言って、薄く嫌悪感が滲んでいるような顔をして、和真が間に入り込む。
元よりお互い本気で怒っていたわけではないが、和真の言葉によって、俺だけでなく碧海も瞬間口を閉ざす。
多分和真は俺達の寸劇に嫌気がさしていたのだろう。
でなければ、このタイミングで仲裁に入るなどしない。
「引杜さんのことは…もう成り行きに任せるしかないと思います…。」
「だから取り敢えず今は…。」
「そうだね。」
「何か別のことをしようか。」
「別のこと?」
「うん、別のこと。」
勿体ぶった口調の碧海。
その得意げな微笑みを見ていると、「ああ、またろくなことを考えてないな」と、気分が落ちていくのが分かる。
「別のこと…ってなんです?」
和真が心底不思議そうに問う。
すると碧海はその疑問に答えることはなく。
固まったまま、首を捻って思案顔である。
「…………。」
「碧海、どうしたんだ?」
「…………。」
「ああ、いや。」
「なんでもない。」
そう答えると、碧海は釈然としていないのか、何とも言えない微妙な表情を作った。
何かひっかかるのか――。
今までのどこにそんなに悩む原因があったのかは全然俺には分からない。
けれど、碧海には何か、コイツでも不思議に思うようなことがあったのだろう。
そして多分それは、説明されても分からないかもしれない。
そう思うと、その話題を敢えて碧海に突っ込んで聞こうとする勇気は、全くもって湧いてこなかった。
「…………。」
「んで?」
「別のことってのは?」
「ん、あー。」
「うん。別のことってのは――。」
「もっと、『
「――って、こと。」
03
「『僕達の…こと』…?」
「そう、『私達のこと』。」
「私達の
「どういうことだ?」
能力のこと…と言われても、抽象的で訳が分からん。
それは恐らく和真も同じの様で、首を小さく傾けて分かりませんのポーズ。
「だから…私達の能力の謎について、皆で語らおうぞ!」
「ってぇこと。」
「はぁ…?」
「じゃあまず一つ目!」
俺達の疑問を置き去りにしたままに、碧海はマッハで走り去り、「語り合う」筈のこの催しも、自分一人で進めていく。
「5W1H!」
「ごーだぶりゅういちえいち?」
「『何が』『いつ』『何処で』『何故』『誰が』『どうやって』のことです。」
「うん、そうだね。」
「でも今回の場合は『何が』と『誰が』はハッキリしてるから触れなくてもいいよね。」
「…………。」
「…俺、眺めてるわ。」
「あ。…うん。」
碧海は何だか困ったような微笑を浮かべる。
難しいことを言い過ぎたと反省しているのだろうか。
「…それじゃあ仕方無い。」
「直人抜きでやろう。」
「不本意だけど。」
そう言うと碧海は、ぶすくれた顔を当てつけのように俺に向けてくる。
そんな顔をされたって、話についていけないのだから仕方が無い。
暫くは俺は、何も考えずに過ごすしかないのだ。
「…まずは、『いつ』からですか。」
「うん。」
「まぁ、これは前に聞いたんだけどね…。」
「『いつからか分からない』んだっけ?」
「はい…。」
「『考えてること分かったら楽だろうな』って考えたら、突然…。」
「それはいつのこと?」
「確か…幼稚園の年中ですかね…。」
「そうなんだ。」
「因みに私が能力を自覚したのは小2のとき。」
「それ以前も、知らない間に使ってたと思うけど…。」
確か、「宿題やって来たけど家に忘れてきました」だっけか。
その自覚とやらは。
当時の碧海は、というか碧海
運動も勉強も芸術も、碧海の右に出るものはいなかった。
とはいえ、小学生時代の「天才」など当てにはならないと、大して目立ちはしなかったが。
しかし、そんな天才の碧海は、宿題が大大大嫌いだったのだ。
それまでは、やらなければ仕方が無いと、嫌々ながらやっていた様だが、あるとき一度だけ、その緊張の糸がぷっつり切れてしまったときがあった。
弱い自分に負け、宿題をサボってしまったことがあったという。
そしてその時に、先生への言い訳として言った台詞がさっきの文言。
家に帰って、吐いた嘘を真実にすべく、宿題に取り掛かろうとすると、そこには案の定、丸付け済みの物が白紙の時と変わらない佇まいでそこにあった。
その時碧海は、自分の能力について、自覚したのだ。
初めは半信半疑だったが、それまでも能力の片鱗を体感して来ていた。
二度目、三度目と試していくうち、半分の疑惑は遂になくなった。
そのときは、「宿題しなくてよい」という事実が、碧海を幸せにしていた。
しかし、そんなズルを続けていくうちに、碧海の中にある危機感が生まれ始めた。
それは、堕落に対しての危機感。
自分がどうしようもない人間に落ちていくことに、とてつもない恐怖を感じたらしいのだ。
そんな思いをしたことで、碧海は自らに自らで能力に規制をかけて、他人と対等であろうとしているのであった。
「…………。」
「大した収穫は無かったですね。」
「いやいや!」
「まだこれからだって!」
「次は『何処で』!」
「…何処で…と言われても、いつ発現したか分からないんですから判断しようがないですよ?」
「あー……。」
「『何故』『どうやって』に到っては、手掛かりすらないじゃないですか。」
「うー…。」
「で、でも…謎はハッキリ明確にしておくべきだと思ったんだよー…。」
「まぁ…別にいいんですけど…。」
困ったように、和真はそう言った。
珍しく申し訳なさそうにしている碧海に、戸惑ってしまったのだろう。
「あんだけ得意気に話切り出したから、『何かあるのか』って期待したんだけどな。」
「ごめんって。」
「悪かったから追い討ちかけないでよ。」
「そーゆーつもりはないんだ本心を言ったまでで。」
「もー…分かったからさぁ…。」
肩をすぼめながら碧海は言う。
そんな碧海を見て同情したのか、和真がこう切り出した。
「まぁもういいじゃないですか。」
「どうせやることもないんですし…。」
「何か悲しいものがあるな…。」
「暇人め。」
「お前もだろーが。」
数秒前まであれだけしおらしくしていたのに、俺をおちょくることには余念が無い。
そんな碧海に、俺は半ば呆れながら小さく溜め息をついた。
その様子を見てか、突然和真がクスリと笑う。
「何だよ突然。」
「あぁいえ…。」
「仲が良いなぁ、と思って。」
「…はぁ…?」
「そりゃ勿論!」
「十七年来の付き合いだからね!」
「切り替え早えーよ。」
……とは言え、十七年の付き合いというのは真実である。
幼馴染み幼馴染みと触れ回っているだけあって、俺達の親交と言うのは紛れもなく深く強いものだろう。
「私達はねぇ?」
「産まれた時からずうっと一緒だったんだよ?」
「何するにも二人でいたね。」
「『いた』って言うか『いる』んだけど。」
「産まれたのは碧海のが先だけどな。」
「お姉さんだね。」
「やかましいわ。」
先…とは言うが、その実は本の数日の違いしか、俺達に差は無い。
だから、その程度の差で今の碧海のような得意気な表情をされると、微妙に癪に障る。
「ま、でも誕生日が近いお陰で、二人一緒にお祝いなんてのもあったよね。」
「『あった』っつーか『ある』だけどな。」
現在進行形だ。
「二人は、家は近いんですか?」
「近いな。」
「近いって言うか、隣だからね。」
幼いガキの行動範囲なんて、たかが知れている。
家が近いからこそ、こうして今まで幼馴染みしてこれたのだとも言えるのかもしれない。
「そうなんですね。」
「そうなんだよ。」
と、碧海は嬉しそうに頷く。
「ずっと一緒にいるから…私は直人が好きなんだね。」
「赤裸々ですね。」
「悪いかっ!」
間髪入れず、真っ赤になりながらそう叫ぶ。
「恥ずかしいなら言わなけりゃいいのに。」
「私の愛は冷めないと伝えたくて。」
「ハイハイ愛々。」
「適当!」
「いつものことだろ。」
「偶には優しくしてくれてもいいと。」
「何を言うか。」
「常に優しいだろーが。」
「本当に優しいなら婚約して下さい。」
「重い方向に流れて行ってる。」
付き合ってなら分かるけど、結婚とは痛々しい。
高校生で何が結婚か、と思ってしまう。
いや…「付き合って」でも受け入れはしないけどさ。
「いや軽くお試しでいいんで。」
「お前はそれでいいのか。」
軽過ぎだろ。
「いや、良くないっちゃあ良くないけど。」
「良くないんかい。」
「良くないよ。」
「永久就職しないと意味無い。」
「真顔で何言ってんだ。」
よく恥ずかしげもなくそんなことが言えるなと、不思議な感心すら覚える。
「か、和真はどうなんだよ。」
「小さい頃の思い出とか。」
何の脈絡もなく、俺は強引にそんな話を切り出した。
場があまりにもいたたまれない雰囲気に包まれ、落ち着かなくなってしまったし、何より毛恥ずかしい。
人に愛を語られることが、こんなにも羞恥心を煽るとは思いもよらなかった。
「僕ですか…?」
「うーん…。」
「思い出…とは違いますけど…。」
「僕にもいたんですよ、幼馴染み。」
「そうなのか?」
「えぇ。」
「家が隣同士で…。」
「でも小学校の時転校しちゃって、それ以来会ってないですけどね。」
そう言うと、静かに和真は微笑んだ。
「あの時位はしゃいだことは、まだありませんね。」
「懐かしい」。
そう言うように、和真は目を細める。
今の彼の頭の中では、幼馴染みとはしゃぎ回った当時の思い出が想起されているのであろう。
「お約束ですけど、結婚の約束もしてました。」
「本気には、流石にしてないですけど。」
と、和真は照れたように笑いだす。
「女の子なんだね。」
若干意外そうに、碧海がそう返した。
「はい。」
「当時はツインテールにワンピース姿でした。」
「どんな娘だったの?」
「えっと…。」
「…すっごく、ドジなんですよ。」
「服汚したり、皿割ったり
「うんうん。」
「でも、そのクセ。」
「僕と一緒にいて引っ張ってくれて。」
「そーなんだ。」
「恥ずかしがり屋なのに、僕の為に声を上げてくれて怒ってくれて守ってくれて。」
和真は、そこまで一息で言うと、無念を吐き出すように。
「――大好きでした。」
「その娘のことが。」
そう、力が込もったその声で、静かに呟いた。
その時の和真の表情は、あまりにも清々しく、また、幸せそうな笑顔だった。
み、皆さんお久しぶりです。
私です…。
実に五週間ぶりの投稿になってしまいました…。
最新話まで見てくださっている数少ない読者の方々には、大変申し訳なく思っております。
本当にすいませんでした…。
原因は一つ。
言い訳がましいですが、リアルが忙しかったのです。
その癖シリーズ二つ同時進行なんざふざけた話なんですが。
そこは大目に見て…?
次の話は、多分今回程間は空けないのでこれ位で勘弁して下さい。
それでは、また次回。
ありがとうございました。