Don't be saying   作:ショート

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二話

01

俺の幼馴染みである碧海の朝は早い。

 

女は身嗜(みだしな)みを整えたりするから、そりゃ時間は要るよなと独りごちたが、どうやらそう言う訳ではないらしい。

彼女曰く、身嗜みは常に整えておくもので、朝が特別時間が掛かるなんてことは無いそう。

 

優等生だねぇ。

と、感心してみたはいいものの、身嗜み以外の理由なんて浅学の俺には全くもって検討がつかない。

 

ただ、気になるは気になるけれど、そこまで猛烈にということではないので、知りたいとは思わない

それに知ろうにも、朝が早い彼女に寝坊助の俺が勝てる訳がないので、真実は永久に謎の中であろう。

(本人に聞くのは癪だ。)

 

ただ、確かなのは、朝登校にまたまだ余裕がある時間に、きっちり身嗜みを整えて、起こしに来てくれるということだけ。

 

家が隣同士ということもあって、俺は安心して寝付けるという訳だ。

 

家が隣同士な上に幼馴染みというのだから、当然親とも見知った仲。

他人だというのに無条件顔パスで、俺の部屋まで通される。

 

俺は寝相も(いびき)も酷くはないし、見られて困るものなんかは見える所には無いので、心配する必要は無い。

 

朝の生理現象を除けば、俺はいたってクリーンなのだ。

このことも、朝を心配しなくてもいい理由の一つであると言える。

まあだからと言って、勝手に自分の部屋に他人が入ってくるのには良い気はしないし、自分の寝顔がアイツに見られているかと思うと、無性に頬が高揚してくる。

恥ずかしいったらありゃしない。

 

それでも俺が抵抗、引いては抗議をしないのはその行為が全く意味の無いものだからである。

 

さっきも言った通り、この部屋までは顔パスで入ってくる。

誰が通すのかと言えば当然、俺の母親である。

 

母さんは、碧海のことをとても可愛がっていて、まるで実の娘のように甘やかしている。

(家族ぐるみの付き合いで、お泊まりなんかもしょっちゅうしていたのだから、当然と言えば当然だが。)

万が一にも母さんに『碧海を入れないでくれ』なんて言った日には、『貴方の為に碧海ちゃんは来てくれてるのよ!』と、実の息子の筈の俺が鬼のように怒られる。

 

――泣く。

とまでは流石にいかないけれど、メンタルへのダメージが計り知れない。

 

よって抗議は出来ない。

力尽くは言わずもがな、能力のお蔭であっさり入って来るだろう。

発動条件はまだ幾らかあるが、見返りは皆無というチート能力である。

アイツもあまり乱発しないように気を付けているようだが、扉開けることくらいには使ってくることだろう筈。

 

以上のことから、私の抵抗は無意味と主張します。

 

つまり俺は寝顔を覗かれるという羞恥から、碧海が飽きるまで一生逃れられないということに他ならない。

――ああ恥ずかしい。

 

02

「御早う♡」

 

目を開けると、屈んで視線を俺に合わせた制服姿の碧海が居た。

 

まあ分かっていたけどね!

毎日の日課であるモーニングコールが突然途切れたら、逆に何かあったのではと不安になる。

だからといって入って来て欲しい訳じゃないが。

 

我が物顔で佇む碧海はツンツンと俺の頬を突き、幸せそうに顔を緩ませる。

 

「……………」

 

俺は布団の中でごそりと寝返りをうち、碧海に背を向け、無機質な壁を、寝ぼけ眼で見続ける。

 

「ちょっと!」

「折角可愛い幼馴染みがモーニングコールしてるのに!」

 

「うん100点。」

 

「本当!?」

 

「1000点満点中。」

 

「酷い!」

 

俺は寝起きの回らない頭で精一杯、碧海をあしらう方法を考える。

碧海はぐいぐいと腕を引っ張って、顔と身体を自分の方に向けようとするが、俺は冷めた表情で抵抗する。

 

「ん"っ……。」

「んんーー!」

 

両腕で力一杯引っ張るも、流石に力では敵わないようで、抵抗力は少しで済んでいる。

 

「こっち向いてよぉ……。」

 

「嫌。」

 

能力発動の条件其の一。

「して」とか「だったら、きっと、たぶん、かも、思う」といった『要求』や『確実じゃない』物言いでは、能力は発動しない。

あくまで能力は、例えるなら英文の基本文のような言い方でなければ意味がない。

ついでに言うと『命令形』も駄目。

 

碧海はそれをちゃんと弁えている。

 

(しばら)く、引っ張り続けた碧海だったが、なんの拍子かに諦めたのか、巻き付けるようにして握っていた腕を離し、怒った様子で、

 

「もういい!」

 

と言って何処(どこ)かへ行ってしまった。

俺は碧海に背を向けている為、何処に行ったかは分からない。

ただ、扉を開ける音はまだ聞こえないので、部屋の外に出た様子は無い。

 

部屋で何かをしているのか?

 

いや分かる。

このタイミングでアイツがやりそうなことは一つ。

嫌がらせだ。

この部屋で何か、『恥ずかしーい何か』を探しているのだろう。

 

だが甘い。

こうなることは予想して、そういう類いの物は、本棚の裏に隠してある。

見付かる筈がない。

 

「おっとぉ……?」

「こんな所にエッチな本があるぞぉ……?」

 

と、わざわざ俺に聞こえるようにわざとらしく言う。

 

――こいつ…能力使いやがった!

 

俺はベッドから跳ね起き、碧海目掛けて突撃する。

案の定、手には見覚えのある薄い本。

 

俺は本に向かって猫まっしぐら!

一直線に突っ込んで行く。

 

が、碧海は反射神経ですら一級品。

俺の身体を優雅にひらりと(かわ)し、俺は本棚に激突する。

 

反動で、詰まっていた漫画や小説が滝のように(なだれ)落ちて、俺の上に覆い被さってしまった。

全身が痛い…。

 

本の力はこんなに素晴らしいものだったのか……。

 

光を遮られ、真っ暗な視界で、そんなことを考えた。

 

03

「直人は…やっぱり大きい方が……。」

 

絶望的に虚ろな瞳で、自分の胸を凝視する碧海。

手で触れて確認してみるも、残念ながら彼女は、着痩せするタイプじゃなかったようだ。

 

「お前のは小さい訳じゃないだろ。」

 

小さい訳ではない。

 

ただ特別大きくはないというだけである。

というか、一般平均よりは絶対に大きい。

 

…何を力説してるんだろう。

 

「なんで少しも恥じ入らないの……?」

 

「恥ずかしがったら余計恥ずかしいだろ。」

 

「あぁ……。」

 

自分の胸から少しも視線を外さない碧海は、今にも消えそうな濁った声で返す。

あぁ……と言ったが、本当に納得したのかは定かではない。

 

「まあ俺は、特別大きいのが好きって訳でもないんだけどな?」

 

あの薄い本は、ウチのクラスのエロ大臣からの貰い物である。

大きかったら嬉しいとは思うが、特に参考基準じゃない。

 

まあ兎に角、能力で運良くそれを引き当ててくれて、感謝感激雨霰(あめあられ)だ。

ここまでしおらしくなるのは初めてのことかもしれない。

これで少しは懲りるだろう。

 

「本当!?」

 

目をキラキラと輝かせながら、期待の込もった眼差しを向けられてしまった。

――ああ……こいつが懲りるなんて、以ての外だった。

 

有り得ないことを期待してしまった。

期待は裏切られればより傷付くから。

俺はショックでショックで堪らなかった。

 

04

その日の学校でのこと。

相変わらず碧海は、その文武両道っぷりを発揮し、クラスメイトに限らず、学校中から注目を集めていた。

 

一限目は英語。

この教室には「誰か分かる人」と言われて挙手をする人間は一人しかいない。

それは今日も同じこと。

「この英文、だれか朗読しなさい」と言われて手を挙げたのはただ一人、やはり碧海だけだった。

碧海は静かに椅子を引き、律儀に机に仕舞うと、自然に背筋を伸ばして綺麗な姿勢になる。

すると、「お前はネイティブか」と突っ込みたくなる程に流暢な英語で、朗読し始めた。

お経か催眠か、聞いているとなんだか眠くなるのは碧海の所為ではない。

俺は半覚醒状態の冴えない頭で、歯を食いしばり必死に板書をノートに写した。

 

二限目は現代国語。

もう朗読は良いよ。

なんて冗談半分に思っていたら、今度も変わらず碧海が読むことになった。

勉強熱心なことだ。

今度も碧海は、アナウンサーかと突っ込みたくなる程に流暢なな日本語で、朗読し始めた。

理解が出来るからなのか、眠くはならなかった。

お経を聞くと眠くなる訳が分かった気がした。

俺は何かを閃きかけた中途半端な頭で、首を捻りながら必死に板書をノートに写した。

 

三限目は社会地理。

碧海はまた今回も当たるかも。

なんて冗談半分に思っていたら、碧海どころか誰一人として当たらなかった。

先生はただひたすら黒板に向かい、白と赤のチョークで板書し続けた。

風に(なび)く髪が哀愁深く感じられた。

儚い……。

俺はしんみりと、そう思った。

 

四限目は体育。

少ない休み時間で、男子は教室で、女子は更衣室で着替える。

なんで男子には更衣室はないんだと言いたくなるが、それは男子全員の総意である。

体育の授業は男女別である。

アイツの活躍を見なくていいのだから、僥倖と言ったところか。

ただしそれは男子の総意ではないらしい。

いつか「なんで男女合同ではないんだ」と抗議した男子がいたようだし。

ただ、その抗議は「お前はオリンピックは合同でやるのか」という神対応で收まったらしいが。

諸行無常だ。

まあとにかく、碧海がいないということは俺が遺憾無く活躍出来るということだ。

体格や力はさておいて、巧緻性において俺に勝機は皆無だ。

些か三日天下感は否めないが、存分に暴れてやるとしよう。

 

05

そして無事(周りは無事ではないが)四限目を終え、昼休みになる。

俺は察しの通り、碧海と机を向かい合わせて昼食を摂っている。

 

「美味しい?」

 

両肘をついて手を頬に当て、にこにこしながら聞いてくる。

 

「んー…ん、ほいひい(美味しい)。」

 

ここで嘘を吐く理由はないので素直に答えておく。

口にまだ入っている状態だったので、ちゃんと言えなかったけれど、碧海には伝わっているだろう。

 

幸せそうに顔を緩める碧海が、その証拠だ。

 

「うふふ……。」

 

俺は顎を三、四回動かし、歯を噛み合せると、流動食のようにごっくりと飲み込む。

余計な空気が入って来そうな勢いだった。

 

「俺を見るのはそんなに楽しいか。」

 

「うん。幸せ。」

 

強く責めるように言ったつもりだったのだが、碧海は全く動じない。

どころか幸せまで言いやがった。

 

能力発動しちゃってんじゃねぇか。

(まあ効果は無いけど。)

 

「まあ?」

「私の作った料理だから?」

「そこらへんの高級レストランより美味しいけど?」

 

「美味しさが増した……だと……?」

 

能力が発動したお蔭で本当に美味しい。

 

「ええ?!」

「そんなっ?!」

 

美味しくなったってことは「高級レストランの味」に劣ってたってことだからなぁ…。

完璧主義のコイツが衝撃を受けるのも無理はない。

 

()()()()は……美味しくないんだね……。」

 

「う"っ……!」

「お"え"え"ぇ…!」

 

口に含んでいた弁当達が突然、生ゴミのような腐っているような絶望的な味に変わり、思わず口から吐き出した。

胃袋からもろもろせり上がって来そうな感じになった。

喉が若干ひりひり痛んだ。

 

「お前ふざけんな!」

 

「あ、ごめん…。」

 

「言え!今すぐ言え!『自分の料理は美味しい』と!」

 

「あ、うん。美味しいよね、私の料理。」

 

「はぁ……。」

 

折角「高級レストランの味」だったのに…。

それでなくとも美味しかったのに…。

生ゴミ味の飯を口に入れた余韻が未だに残っていて、テンションは余計に急降下した。

俺が粗食したドロドロのお(かず)と米だったものが、弁当の中の、まだ形を成しているお菜にぶちまけられている。

 

そのことも、テンションを下げる一因である。

食べる気がしねぇ…。

 

「ううぅ……。」

 

碧海は申し訳なさそうに小さく唸る。

すると碧海は、机の隣に置いてあった鞄を探ると、可愛らしいピンクの風呂敷に包まれた、おそらく弁当であろうそれを、おずおずと差し出す。

食べてくれと、そういうことだろう。

 

「それは私が食べるから…。」

 

「食べるのか?!」

 

これを?!

 

「うん。寧ろお願いします。」

 

「あっそ……。」

 

俺がいくら言ってももう能力使っちゃってるし、どうしようもない。

抵抗するような台詞は言えないしな。

俺は露骨に頬を弛ませている碧海を見なかったことにして弁当を受け取る。

 

「もうお前は何も言うな。」

 

半分ゲロのような(と言っても、俺の唾液が混ざっているだけだが)ドロドロがもろに付いた卵焼きを口に入れ、コロコロと味わうように転がしている碧海。

俺はその行動について考えることを止め、取り敢えずそれだけを言った。

 

「直人とベロチューしてると思えば。」

 

「考えないようにしてたのに!」

 

人の言うこと聞かずにカミングアウトしてんじゃねぇ!

聞いているこちらが恥ずかしいとんでもない台詞を、冗談めいた口調で碧海は言う。

真顔で言っていたなら、俺は縁を切っていた。

 

「うん!美味しい!」

 

「はいはいステマステマ。」

 

碧海の料理が美味しいのは事実だけど、自分で言うのは癪に障る。

 

てか、能力で散々味を(いじ)ったのだ、原型は留めていないように思う。

さっき碧海から手渡された弁当の包みを(ほど)き、中身を食べてみるも、やはり元の味とは違う。

断言出来る程違う。

 

段違いな訳じゃない。

 

味付けの仕方が違う。

 

多分コイツの「美味しい」は自分の料理じゃないのだ。

だからこそ、碧海の弁当(俺の美味しい)能力の影響(碧海の美味しい)が食い違っているからこそ、味の違いが出てくるのだ。

 

コイツの主観が反映されるとは、ますます「碧海の能力」感が出ていて、なんだか嫉妬してしまう。

 

男子なら誰でも憧れるだろう?

超能力とか、気とか念とか異能とか魔法とか――。

 

ただ、身近で能力を体感している俺としてはやっぱり、そんな物無かった方が生き易いのではないかと、最近、考えたりもする。

 

超能力とか、気とか念とか異能とか魔法とかそんな物、現実世界で使うタイミングなんて、そんなにゴロゴロとは転がっていない。

 

使わなくたって、人力でなんとかなる。

 

だからこそコイツは下らないこと(エロ本探し)に能力を使っている訳で、能力を隠し通す為に今まで(子供ながらに)やってきた隠蔽工作(大概が口八丁の言い訳)の労力を考えれば、デメリットしかない。

 

よくよく考えれば、超能力とか、気とか念とか異能とか魔法とか、そういう科学で証明できない類いのイレギュラーは、憧れだけに留めておくに限る。

 

ある意味コイツは、俺の幻想への思い(厨二病)を断ち切ってくれた恩人なのかもしれない。

(だからと言って俺が厨二病だった訳じゃない。)

 

「そう考えれば…コイツは俺の役に、少なからず立っているって…ことか…。」

 

「え?何?」

「何が役に立ってるって?」

「何が私のお蔭だって?」

「何が私が居ないと駄目だったって?」

「いやだなぁもう。」

「大丈夫だよぉ。」

「これからもずっと一緒に居てあげるからぁ。」

 

俺の独り言を聞いて舞い上がっている碧海。

俺の言ったことがどんどん改変されて、最終的に碧海が俺のとこに永久就職するところまで話が進んだ。

終始嬉しそうに語る碧海の顔を見ていると、

 

――綺麗だな。

――可愛いな。

 

と、思った。

 

しかし、そう思った以上に、なんで?という疑問も湧いた。

 

良いところなんてない俺のことをどうしてここまで想ってくれているのか、ということもそうだが、もっと大事なことだ。

 

俺は碧海のことを綺麗だと、可愛いと思っている。

碧海の俺に対する気持ちが嘘だとも思っていない。

 

運動も勉強も出来る完璧人間。

 

こんなに積極的にアプローチもしてくれる。

 

劣等感は無いとは言えないがそれだけである。

それなのになんで……。

なんで俺は

――碧海に恋を出来ない?

どうしてコイツを好きになれない?

 

……いくら考えても、答えは出ない。

 

どうして俺は、こんなに冷めているのだろう?

 

06

「あーあ。」

「今日は誰かさんの所為で酷い目にあった。」

 

「うぅ……だからごめんて…。」

 

拗ねているのか口を尖らせ、俯き加減で謝罪する。

 

「お詫びに直人のとこに永久就職するから許して。」

 

「本気で許してもらえると思うのか。」

 

「……………」

 

碧海は俯きながら、黙ってしまった。

コイツが真剣に落ち込むのは珍しいなと思いつつ、碧海の後頭部を眺めていると、暫くして囁くような声で、

 

「思ってないよ……。」

 

と聞こえた。

その声は普段の碧海とは比べ物にならない位弱々しかった。

 

「何してるの……。」

 

「さぁな。」

 

いつの間にか、手が碧海の頭に乗せられていた。

弱っている碧海なんて初めて見た。

だから、なんだか心配だった。

 

「俺は…お前が嫌いな訳じゃないぞ。」

「寧ろ好きだ。」

「勿論、恋愛感情じゃないが。」

「……………」

「あー…つまり何が言いたいかと言うとだな…。」

 

俺が口をぱくぱくさせながら、どう言うべきか悩んでいると、碧海はゆっくり顔を上げて、微笑む。

 

「うん。――分かってる。」

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