身体検査。
学園都市においてそれは超能力の測定の日でもある。街の雰囲気は少し浮つき気味で人口の8割を占める学生たちがいかにこのイベントを楽しんでいるかがうかがい知れるだろう。少し耳を傾ければ自分たちの能力のレベルがどうこうという会話がいたるところで繰り返されている。そんな街の雑踏をあくびを隠すことなくしながら歩く少女がいた。
ショート気味な黒髪にラフなTシャツにデニム生地のハーフパンツ。そして袖から突き出る手足はタイトなスポーツインナーで真っ黒。足元は長いソックスに手にはレザーグローブという一風変わったファッションの少女は櫻井結。一人ぶらぶらと街を散策していたのだ。
一人暮らしである彼女は午前中に一つ「仕事」こなしてきて、その報酬を使って少しプチ贅沢でもしようかと考えていたところだった。
(どうせ学校行ったって、身体測定じゃ私の能力値は判定できないだろうから、行かなくてもいいよね?)
彼女は今日、自分の高校を仮病で休んでいる。理由は「仕事」と、彼女の能力が特異であるために学校設備では判定が不可能であるからだ。
(ま、どこの研究機関でも正確には分からないらしいけど、、、お?)
あてもなく歩いていた彼女だったが街を歩いていると、目的というのは自然と発生するのである。彼女の場合、それはチラシ配りの広告によってもたらされた。
(クレープか・・・しばらく食べてないな)
能力がいかに特異であったとしてもやはり、女の子。甘味が目的になることは難しいことではなかった。
(こっちで合ってるのよね・・・あ、あった、あれだ)
チラシに掲載された場所に行くと、確かに対向車線の広場に屋台のワゴン車が留まっていて、そこにささやかな人だかりができている。観光バスが止まっていて小さな子供たちがはしゃぎ、大人たちがその様子を横目におしゃべりに興じている。自分も、と横断歩道に向かって少し軽い足で歩み始めた彼女だったが。
腹に響く衝撃が、突然クレープ屋台に集まっていた人たちに響いた。
場に似つかない爆発音。続いて軽い金属のこすれる音も続いた。あたりを見回す。と、あるビルの一階部分がシャッター事吹き飛ばされていた。
「マジ・・・?」
あまりの非日常的な光景に結の思考が停止する。まさか
「なんだぁ、ねぇちゃん!?邪魔なんだよぉ!」
結はちょうど男たちの進路をふさぐ位置に立っていた。男たちが結を突き飛ばそうとしたその時。結に別の浮遊感が走った。気が付くと結は男たちと数メートル離れた位置、ピンクの髪をツインテールにまとめた女の子の後ろに立っていた。
「ジャッジメントですの!器物破損及び強盗の現行犯で拘束いたしますわ」
女の子は右腕に装着した腕章を見せつけるようにして男たちと対峙した。
ジャッジメント。それは学生によるこの学園都市における警察組織のことである。緑色の腕章に盾のマークをつけ、学園都市の風紀を維持する目的で創立された、いわば自警団の意味合いの強い組織で、もう一つの警察組織アンチスキルとともに逮捕、拘束の権限を持つ。
しかし、、、それがまだ幼いとも言えそうな外見の女の子とは、、、男たちは突然自分の前に現れた無力そうな女の子にあきれて笑い始めている。しかし、結はこの女の子の正体を、正確に言えば、この女の子の能力を見抜いた。そして、そっとレザーグローブを外して女の子の手を素手で握った。
「安心してください。もう大丈夫ですわ。あなたは少し遠くに逃げていてくださいませ」
女の子は結を落ち着かせるように振り返り優しく語りかけた。結はその言葉通りに少し離れる。
「安心してくださいだぁ!?なめてんじゃねぇぞ!」
突如、男の一人が大声を発した。そしてその男の右手の中に拳大の炎が燃え上がる。
「逃げてんじゃねぇよ!」
が、炎は女の子を追ってその軌道を変えた。女の子を追尾する火球はみるみるその距離を詰め、そして間もなく、着弾した。
「誰が逃げると?」
「な!?」
しかし、女の子はそこにはいなかった。男たちのど真ん中。その少し上空に瞬間移動したのである。ゴッ、という鈍い音とともに男に女の子の蹴りが入る。地面に倒れた男に、再び瞬間移動で移動した女の子が太ももに巻き付けてあったベルトに収納されていた釘を瞬間移動させ、男の衣服を地面に打ち付け身動きを取れなくしていく。
「く・・・
そう男は呟いた。それは女の子の所有する能力の名称。彼女は超能力として物体を瞬間移動させる能力を持っていたのだ。そして、それこそが結が感じ取ったものでもあった。
(あの浮遊感はそれ以外ありえないわよ)
結が一連の戦闘を傍観している間、彼女は気が付かなかった。自分のすぐ後ろの男の仲間が迫っていたことに。
「おいてめぇ。一緒にこい!」
「え?ちょっと」
抵抗する間もなく腕を掴まれた結はすぐそばに止まっていた男たちの車の車内に押し込まれる。
「くそっはなせ!」
もう一人の犯行グループの男が反対車線で女の子ともみ合いになっているのが結の視界の端で確認できた。
「きゃっ!」
「おい!何やってんだ!そんなガキほっとけ!人質ならとった!」
結を車に押し込んだ剃りこみ頭の男はその仲間に声を掛ける。茶髪のその仲間は小さな男の子を人質に取ろうとしていたところを制服を着た女子生徒に邪魔されていたようだ。仲間の声を聴いたその茶髪は、女子生徒を男の子ごと蹴り飛ばしてこちらに向かってきた。
「くそぉ!このままで終われるかよ!」
運転席に飛び乗った男はそういうと車を乱暴な運転で急発進させ、反転。先程まで自分たちがいた場所に向かって突っ込み始めた。道の真ん中には茶色の髪をした制服の女子中学生が立っている。その額にはくっきりと青筋が浮かんでいた。
「!あれは・・・」
「なんだぁ!?おめぇは人質なんだから黙ってろぉ!」
結はその女子中学生を知ってた。だから男の言葉など無視。何も自分の体に触れていないことを確認するとその場から
次の瞬間。強烈な衝撃とともに車は宙を舞った。
「すっご・・・」
人質に取られそうになった男の子を果敢にかばい、男に蹴り飛ばされた制服の女子生徒、佐天涙子は目の前の光景に唖然としていた。今日知り合ったばかりの、お嬢様学校の常盤台中学に通う、この学園都市の中に7人しかいないレベル5その第三位、御坂美琴の能力によって先程の強盗達の乗った車は空中を一回転し、御坂のすぐ後ろに大破した状態で着地した。強盗達はきっと車内で伸び切っていることだろう。先程、強盗の一人に蹴られた頬の痛みなど、どこかに飛んでしまった。肩まで伸びた茶髪で比較的さっぱりした口調で話す御坂は、佐天にとって少しお子様趣味で親しみやすい印象だった。それも一変、佐天は御坂のことを尊敬の目で見るようになった。「常盤台トップの電撃姫」と、御坂の親しい後輩が評するのはまさにその通りの実力だろう。
「佐天さん!大丈夫ですか!?」
「あ、初春!」
惚けていた佐天に頭に花飾りを付けた少女が駆け寄ってくる。初春飾利という彼女は佐天と同じ中学に通うクラスメートで親友だ。また、先程
「私は大丈夫・・・君は?」
「うん、だいじょうぶ。おねぇちゃんありがとう」
佐天の腕の中にいた男の子が元気そうな声で返事をしたことで二人は安心する。しかし、佐天はここで重要なことを思い出す。
「そうだ!あの車に!もう一人女の子が連れ込まれてた!」
佐天の言葉に白井と、車を吹き飛ばした張本人の御坂はいち早く反応して煙を吐き出している車に近づく。
「おねぇ様!」
「黒子っ!大丈夫、加減はしたから・・・」
御坂は自分の傍に寄って来た白井にそういうがその顔には緊張が走っている。二人は大破した車をのぞき込む。焦げ臭い車内には気絶した男が二人・・・
「え?いないわよ?」
「え!?でもあの時確かに・・・」
追いついてきた佐天と初春にも車内の様子を見せるため、二人はその場を譲った。佐天と初春は車内に女の子が乗っていないことを確認するが、それでも佐天は納得がいかない様子。
「おかしいな・・・あの時剃りこみの方に押し込まれる変な格好の女の子を見たんだけど」
「変な格好?」
「ええ、手足がなんか真っ黒だったんですよ」
「ああ、確かにいらっしゃいましたわね。確か男たちに突き飛ばされそうになってた・・・
「それは私のことですか?」
突然後ろから声を掛けられたことに四人は振り返る。そこには確かに佐天の言った通り、手足が服の中に着たアンダーのせいで真っ黒のショートヘアの少女が立っていた。
「あれ?え?」
「私は、確かにあの男突き飛ばされましたけど、
佐天は少女の説明に納得いかないようだったが、初春の手伝いもあって少女の言葉を信じた。
「ま、あの車の中にいなくてよかったですわ。私はジャッジメント第177支部所属の白井黒子ですの。あなたお名前は何とおっしゃるの?」
「あ、私は櫻井結って言います」
「櫻井結さん。念のため救急隊が到着したらけがをしていないか見てもらってくださいね。それと、後日ジャッジメントがお話を聞きに参るかもしれませんのでご了承くださいませ」
「あ、わかりました。あの、さっきはありがとうございました。最初に助けてくれたの。あなたですよね?」
「ジャッジメントの仕事を全うしたまでですわ」
結の言葉に白井は柔らかく優しく微笑んでそう答えた。遠くから緊急車両のサイレンが近づいてきた。事件解決は目前だった。
結は救急車の中で医者に診てもらうために脱いだアンダーを着なおしていた。上半身裸になった彼女は女性的な発達が見受けられた。が、それよりも目を見張るものがあった。それは全身に刻まれた手術の痕。結は幼いころに交通事故に遭い。この傷はその時にできた物だった。全身に渡るそれは整形手術をするのには莫大な費用を要するため、消し去ることは今の結の経済状況のでは不可能であった。結がアンダーを日常的に着用している理由の
(テレポーテーションか・・・初めてだったけど、結構使いやすかったな)
結は自分の手を眺める。先程、白井に
ゴンゴン、と車を叩く音がした。早く出ろ、という事だろう。結は素早く身支度を整えるといつも通り、両手にレザーグローブをはめ救急車から降りた。
(結局、クレープはたべ損ねちゃったなぁ・・・)
結は今はもう静かになった夕暮れ時の広場を見て少し寂しい気持ちになった。
(・・・あ、もうすぐ時間じゃん)
しかし、結はすぐに思考を切り替えた。もうすぐで
本日も、実験は予定通り行われるのである。