学園都市での生活には何かと費用がかかる。
毎日の食費、寮の家賃、水道光熱費、そのほか雑貨、服、娯楽、エトセトラ・・・
大半の学生が学園都市外の両親から仕送りをしてもらい生活をしているし、学園都市の内部の物価もそれを前提として設定されている。そんな状況の中、自力でそのお金をすべて捻出しなければならないレアケースの結は、新たな稼ぎ口を開拓するために今の自分の雇い主に電話をかけているのであった。
「ってことで、新しい仕事とか紹介してくれると助かるんですけど。なんかないですか?」
《何かってお前なぁ、俺はハローワークじゃないんだが》
「そこをなんとか!あなたの知り合いなら、結構な報酬を出してくれるでしょう!?」
《まぁ、君の能力は確かに珍しいが・・・ん?ああ、テレスティーナ先生!ちょうど良かった。先生、この前人手が欲しいって言ってましたよね?・・・はい、大丈夫です。金さえ出せばちゃんとやるヤツです。・・・ええ、そっちの仕事がメインですけど。まぁ、話してみてくださいよ!》
どうやら、結の雇い主の知り合いにちょうど人手を要する人物がいたようだ。
《もしもし、お電話かわりました。テレスティーナと言います》
「あ!、えっと櫻井結です。私、今、仕事を探してて」
《『櫻井結』?もしかして、
「は、はい。そうです」
《ふうぅん。そうねぇ。・・・いいわ、後で連絡するから待ってなさい》
「え?あ、はい!わかりました」
テレスティーナと名乗ったその人は結の言葉に耳貸した様子なく、電話を切った。
(今の人、大丈夫かなぁ・・・連絡するって言ってたけど、こっちの番号教えてないよ?)
と、ふと結は時計に目をやる。現在、午前11時、昼食にはまだ早い時間だ。さて、今日の昼は何にしようかな、と結が腰を上げたとき、思い出した。
「ってぇ!今日の実験はお昼からじゃん!」
慌てて部屋着を着替えると惣菜パンを一つ携え、結は部屋を飛び出した。
昼だというのに薄暗い路地を抜け、携帯電話のナビに従って目的地に急ぐ。電車に駆け込み、信号無視を無視して何とか遅刻せずに目的のビルの屋上までたどりつくことができた。
「ハッ!ハッ!っと、合図、合図・・・」
結はポケットから赤色のおもちゃのコインを取り出すとビルの下の路地に投げ捨てた。結がしばらく待っていると、先程の路地から、
タタタン!
と、銃声が響いた。実験の開始だ。
「さてと、今日はどんな風に壊しちゃってくれるのですかぁ?」
結は屋上から路地をのぞき込み、そこで実験と称して行われる戦闘を観察して、なにが破損していくのをかを把握し、特殊な電気周波数を通じて伝達し始めた。これはある能力者間でのみ感じ散れる、いわば疑似テレパスのようなものだ。戦闘は一方的、茶髪の少女が手にした改造ライフルを連射するが、その狙いの先にいる白髪の少年は楽しむように笑いを浮かべていた。銃弾が少年に当たる。が、少年は無傷。一方で銃弾を撃ったはずの少女が被弾して地面に転がる。その様子を見た少年が地面を軽く足で踏み鳴らした。すると少年を中心とした衝撃波が巻き起こる。地面に倒れていた少女はそれを直撃し、地面から跳ね飛ばされた。
(監視カメラ一個大破、交換の奴持ってきて・・・あ、出血を確認。量が多いから掃除用具を多めによろしく・・・、対象の右腕が吹き飛んだ。北東の方向に飛んだと思うから回収を始めておいて)
戦況を見て次々に指示を出す結、コピーした電磁能力によって形成される電磁ネットワークによって指示を出された者たちが着実に実験の後処理の準備を進めているだろう。
結の仕事の一つは、この実験という名の殺戮の後処理の総指揮である。特殊な電気操作系の能力をコピーすることによって組み込まれる電気ネットワークにアクセスしそれを通じて他の作業員たちに指示を出すのである。
いよいよ実験も終盤のようだ。白髪の少年が茶髪の少女の前に立つ。茶髪の少女はすでにボロボロで、衣服は破け、体中に多種多様な傷ができ、その少女の右腕はすでに彼方へと消滅していた。今頃、先程結が指示を出した作業員たちがそれを回収しているころだろう。
その少女の傷のすべてを作ったのが、目の前に立つ白髪赤目でやせ気味の少年だった。
彼の本名を結は知らない。ただ、この実験に置いて重要な人物であるとともに結が監視しなくてはならない対象でもあった。彼が茶髪の少女と戦闘し、勝利する。その積み重ねによって彼が能力者としての頂点、レベル6に到達する。これがこの実験のすべてだ。
白髪の少年は何かを探すようにあたりを見渡す。茶髪の少女はそんな彼の様子に混乱しているようだった。なぜ、瀕死の自分にとどめを刺さないのか。白髪の少年の能力を以ってすれば秒もかかれずに自分の命は消え去るというのに。やがて、白髪の少年は何かをその視界にとらえた。そして、少女を蹴飛ばす。うめき声を発した少女は本来ありえないほどの速度をで一直線に飛んだ。やがて、少女が再び地面に転がったとき、そこはあるビルの建設現場のようだった。昼休憩なのだろうか、あたりには誰の気配もない。あおむけに転がった少女の視界には作りかけの鉄骨。中ほどまで組まれた足場。そして遥か高くにクレーンにつるされている鉄柱の束・・・
ガン!
何か重いものが勢いよく衝突する音がした。それは少女の頭上。クレーンに何かがぶつかったのだ。衝撃を受けたクレーンは軋み、つるされた鉄柱は振り子のようにゆらゆらと揺れ始め、そして、バランスが限界に達したとき・・・
茶髪の少女は目を閉じた。これから彼女の身に起こるおぞましい瞬間に対して、少女はこうつぶやいた。
「実験、終了です」と、
結は建設中のビルの隣にあるビルからその様子を見ていた。土煙が舞い上がり、路地の様子がよくわからない。けれど、少女があれを避け、生き延びることは不可能だと。結は判断した。
(実験終了、各自作業に当たって。最後のが一番激しいから。それぞれのところが終わり次第そこの手伝いに回って頂戴)
結衣は作業員たちに指示を出してからビルから飛び降りた。勢いよく地面と激突すると思われたが、結に怪我はない。着地の瞬間、結の体は急激に減速したからだ。結はそのまま白髪の少年の下に向かう。
「今回も派手ねって言うか、わざとやってるでしょ」
「あぁ?能力を使えっつってんのはそっちだろーが」
白髪の少年は結を睨みつけると、「ケッ」と唾を吐いた。
「まぁ、そのとおりなんだけどねぇ、はい」
少年の態度を気にした様子もなく、結は素手を少年のまえ突き出す。少年は無言でその手に握手を返した。瞬間、結は彼の能力をコピーした。そして、先ほどの電気ネットワークとは別の、作業員達がアクセスできないネットワークを通してその能力のデータを一気にある場所に転送する。
「はい、実験終了」
転送が終わった結はそう言って彼の手を離した。
「はいはい、後片付けよろしくお願いしますよー」
少年は片手をひらひらと振って結の元から立ち去っていく。結の残りの仕事は実験の痕跡を作業員達が片付けるのを確認すること。結はなんとなく、落下した鉄柱に向かった。そこには足田に何本もの鉄骨が突き刺さった少女の死体があった。
死亡した少女は、御坂美琴、その人と全く同じ姿をしていた。
実験の後、結は真っすぐに帰宅した。自分のベッドの上に寝転がり、薄い自分の財布を眺めてため息をついた。先日の、初春に勧められた店での買い物が想像以上の痛手となっていたのだ。結は過去の自分を殴ってやりたい気分になった。その時だった。突如、結の携帯に着信が入る。大慌てで画面を確認すると結の知らない番号だった。警戒しながらも結は電話に出る。
「もしもし」
《やっと出た。あとで連絡するって言ったでしょう?》
「あ、えっと・・・テレスティーナ先生ですか?」
《そうそう、覚えていてくれてうれしいわ。今から会えないかしら?》
「今から、ですか」
《そう、都合が悪いかしら?》
「い、いえ!全く!すぐに行きます!えーっと」
《そうね、先進状況救助隊の本部まで来てくれない?》
「へ?それってアンチスキルのMAR・・・」
《そう、そこよ》
「わ、わかりました。今から向かいます。えっと、今からだから一時間くらいかかるかもしれませんが・・・」
《分かった。待ってるわ》
テレスティーナはそう告げると電話を切った。
(なんだろう・・・今回のバイトはアンチスキルが絡んでる?厄介ごとにならなきゃいいけど・・・)
結はかすかな胸のざわつきを感じながら部屋を後にした。
先進状況救助隊は学園都市内で発生した能力に関する現象を追跡、被害を防ぐことを目的にアンチスキル内に設けられた特別部署だった。研究者、実働隊員、救助用ロボット、豊富な物資はこのMARと略される部署がとても大きな力を持った組織、という事をよく表していた。結は、訪れる人も少ないため簡易的に作られた受付を通り、伝えられた部屋に向う。エレベータを降りてその部屋にたどり着く。2回ノックすると中から、返事があった。
「失礼します」
入った瞬間、結は自分が入る部屋を間違えたかと思った。部屋には可愛らしいぬいぐるみや置物。とてもじゃないがあの武装集団、アンチスキルの施設の一室とは思えない。どっちかっていうと幼稚園のような・・・
「驚いたでしょう?」
部屋の中にいた女性が結を見てそういった。30代前後だろうか。白衣を着たその女性は栗色の髪の長いポニーテールを揺らす。手入れを欠かしていないのだろう白い肌に細身の眼鏡から覗く目はやや細目で鋭い、が悪印象は受けない。所謂、できる女性というのがぴったりの格好と雰囲気だ。
「こんなところだと、せめてこういうところでしか女らしさを保てないの」
そう言ってその女性は部屋のインテリアに目を向ける。つまり、このあれらは彼女のセンス、という事なのか。30代前後の趣味としては少々幼稚過ぎはしないだろうか・・・
「仕事の話、でしょ?」
女性は結に応接用のソファに座るよう手で促して自分は奥に設置されたコーヒーサーバーに向かった。結が腰かけると低反発のソファはズムと沈む。すると結の前にカップに入ったいっぱいのコーヒーが差し出された。向かいの席に女性が座る。
「まずは自己紹介ね、私が今回あなたを雇うテレスティーナよ」
「あ、櫻井結です」
さきに名乗ったテレスティーナに遅れて取ってつけたように結は自分の名前を言った。
「ふふ、知ってるわ。あなた結構有名人なのよ?どんな能力にも変化する能力、
「動作環境の制限はありますけどね」
「そんなことは些細な事よ。使い方次第では無限の可能性を秘めてるんだもの
「そんなもの、私は興味ないですけどね。それで、仕事の本題は?」
「せっかちな子ね。もう少しゆっくりした方が健康のためよ?」
首を傾げながら余裕の表情でテレスティーナは結に告げるが、結は無視する。
「・・・今回の仕事は簡単よ。私の、ちょっとした護衛部隊に加わってほしいの」
「護衛・・・私よりも適した人はたくさんいると思いますが?それこそ、アンチスキルの中にでも」
「そうじゃないの。私が懸念しているのは能力者を相手どったケース。それも高レベルのね。そうなってしまったらいくつかの不安要素は残るもの。能力をもたないアンチスキルが能力者相手にどの程度戦えると思う?そのためのあなたなのよ」
「・・・つまり、私はあなたの敵対する勢力の能力者をつぶせばいい?という事ですか」
ざっくりとまとめた結に顎に手を当てて少し考えるようなしぐさでテレスティーナは答える。
「うーん、ま。そんなところかしら。安心して、能力者が出てこなかったときもちゃんと報酬は支払うから」
「・・・わかりました。それでは必要になったときにいつでも連絡ください」
「こちらとしても不安要素の一つを解消できたと思うとすっきりするわ。それじゃあ、手を出して?」
テレスティーナは結の返答を聞く前にレザーグローブで覆った彼女の手を取った。
「今日のラッキーカラーはピンク」
シャカシャカとテレスティーナはチョコレートの入った筒を振るそしてそれを結の手に軽く振り下ろす。中からコロリと表面を色つきの殻で覆ったタイプのチョコレートが一粒転がり落ちる。
「あら、幸先いいわね」
チョコレートの色はピンク色だった。
先進状況救助隊の本部からの帰り道、結はぶらぶらと視線をさまよわせながらテレスティーナのことを考えていた。彼女は今後確実に能力者と闘争状態になるような大きなことを先進状況救助隊を隠れ蓑に行おうとしている。アンチスキルを動かすほどの大型プロジェクト。報酬は高いが伴うリスクも高い仕事だ。現状、テレスティーナの呼び出しにいつでも応じれる体制を取るだけでよいのは楽だが、呼び出しがかかった際は恐らく重症を負うリスクの高い戦場に放りだされるだろう。今のうちに敵となりうる相手の情報を探るべきか・・・
珍しくまじめな思考回路を働かしていた結だったが突如、頭を切り裂くような頭痛に襲われる。
「!?なに!これ!」
あまりの痛さに膝を付く。両手を頭で抑えるのは、頭痛で頭が爆発してしまうのではと思われるほどの痛みだったから。
「ギィ!がぁ!ああ!」
言葉にならない叫びをあげてうずくまる結。道行く人がようやくその異常な状態に気づき声を掛け始めたその時、結は痛みのあまり意識を失った。
本日の実験が既に完遂されていたことが救いだった。