コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~ 作:チェリオ
第118話 「ニーナとオデュッセウス」
ニーナ・アインシュタインは緊張を表情に出しながら辺りを見渡す。
素人が見ただけでも高価な物だと分かる見事な装飾が施され、綺麗に磨き上げられた調度品の数々。
暗すぎず、落ち着いた雰囲気を醸し出している配色と雰囲気。
複数ある机に掛けられているテーブルクロスにはシミもシワもなく、ウェイターの姿勢は動こうと立ち止まっていようと乱れることはない。
運ばれる料理は芸術品のように飾られ、一つ一つの味わいが素晴らし過ぎて感嘆する。
録音ではなく生で演奏される穏やかで落ち着いた演奏に室内が満たされる。
こんな一流で溢れた空間に自分は場違いではと思うニーナであるが、彼女の食事マナーは様になっており、一つの動作においても無駄なものはなく、かちゃりと音を立てる事無く行っている。
約一か月前…。
ダモクレス決戦の翌日。
本国へと帰国したニーナを待っていたのは冷やかな瞳はそのままで、見た事の無い満面の笑みを浮かべたギネヴィア・ド・ブリタニア皇女殿下だった。
口ではやんわりと誘われていたけど、眼光は「私自らの誘いを断るなんて事ないわよね」と訴えており、断るつもりなど最初からなかったが逃げ道を潰された上で強制連行に近い形で車に乗せられ、付いたのは帝都ペンドラゴンの宮殿のひとつ。
一体何をさせられるのかと身構えていると、何処からか食事に行く話を聞いたらしく、この一か月間で食事マナーを叩き込むとの事だった。
理由を聞いたうえでさらにどうしてかと問うた所、マナーもなってない者と一緒に行ったとなれば兄上に恥をかかすことになると。
食事のマナーなどは用意された講師より受け、一週間に一度ギネヴィア様と食事をして採点された。
その度に辛辣な言葉で注意され、後には兄上は~と自慢話になるから本当にオデュッセウス陛下の事が好きなのだとよくわかる。
地獄のようで意外と楽しかった一か月間を過ごし、今のところ何のミスも無く上手くできていると思う。
ギネヴィア様にしたら及第点らしいので、完璧ではないのが悔しいところではある。
にしても非常に気まずい…。
すでに一時間ほど短い会話と沈黙を繰り返している。
自分から答えを聞くのも急かすようで失礼だろうから待つしかない状態だが、オデュッセウスは中々返事を口に出来ないでいる。
「あ、あのさ…」
「は、はい!」
口を開いたは良いがまた口ごもって目が泳ぎだす。
緊張をしているのだろうか?
殿下であろうが陛下になろうが戦場に跳び出すようなお人なのに、と思うと少しレアなものを見れたなと特別感を味わって笑みが零れる。
ニーナが笑みを浮かべている事にも気付かない程、オデュッセウスはテンパっていた。
前世も合わせたら一世紀以上彼女居ない歴のオデュッセウスにしては、意識してくれている女性と二人っきりなんて状況で緊張しない方が難しいだろう。
結果、何度も言おうとしては緊張で思考と口がストップがかけられ、最終的に違う話題を出すことになる。
「――――し、食事マナー詳しいね。前から習っていたのかな…なんて」
最後には弱々しく言葉が掠れて行った。
後悔してか表情が暗く沈み、ニーナは乾いた笑みを漏らす。
「えっと、帰国後にギネヴィア様に色々と…」
「うぇ、ギネヴィア!?その、えっと…大丈夫だったかい?」
「はい。最初は何をされるんだろうと驚きましたが、何もなく大丈夫でしたよ」
「というか何故…」
「兄上に恥をかかせないように――との事で」
「あー…すまない。私の配慮が足りなかったんだな。恰好を付けようと高い店を選んだせいか」
「お気になさらず。その…きつかったですけど楽しかったですし、ギネヴィア様と仲良くなれたような気もしますので」
「それは良かった。でも苦労させてしまったね」
「まぁ、それなりにしましたけど。こんな綺麗なドレスに繊細な料理を陛下と味わうなんて二度とない事でしょうから」
分かっている…。
自分と陛下では立場が違い過ぎる。
ただの平民と今は皇帝の座より降りたとはいえオデュッセウス先帝陛下では釣り合いが取れる筈がない。
それに私はフレイヤと言う兵器を作った事実がある以上、深く関われば迷惑をかけてしまうのは必定。
だから理解している―――筈なのにこうして場を設けられ、陛下自身よりちゃんとした返答を考えるよと言われればどんなに小さい可能性だとしても淡い期待はしてしまうというものだ。
ゆえにこそ私から切り出さなければならない。
これ以上陛下の優しさに甘えないように。
「陛下―――いえ、オデュッセウス先帝陛下」
ナイフとフォークを置き、姿勢を正して、真正面から見つめる。
きゅっと結んだ唇に、少しだけ震える肩に気付き、オデュッセウスも同様に手を止めて、真っ直ぐな視線を真正面から受け止める。
これから淡い期待を自分から払おうとしている事に恐怖を抱くがもう止める訳には行かず、口をそのまま言葉を吐き出した。
「私は陛下が好きです…あの日……ブラックリベリオンのあの時から惹かれていたんだと思います。
もしも陛下と一緒に居れたらどれだけ幸せなのかと考えた事もあります。
でも、私と陛下とは世界が――生きている世界が違い過ぎるんです。
陛下は本当にお優しい方です。
でも、だからこそはっきり仰ってください。このまま期待を抱かされ続けられる方が辛いんです」
薄っすらと溢れた涙で視界がぼやけ、泣き顔を見られないように顔を伏せる。
いや、顔を見られないようにと言うよりは見たくなかった。
これからどんな言葉が告げられるのか。
分かっているからこそ見たくないし、聞きたくない。
そんなニーナの想いに反してオデュッセウスは口を開いた。
「そうか。君は私が優しいだけの男と思っていたのかい」
少し怒っているような言葉にピクリと反応する。
何か気に障るような事を言ってしまったかと不安に陥る。
ちらりと伺うように表情を覗き見ると怒っているというよりは照れていた。
顔を微妙に赤らめて、そっぽを向いていた。
「私だって嫌な時は嫌って言うし、毛嫌いする人には嫌悪感を露わにするよ。
君とここに居るのだって私が嫌じゃなかったからだ。というか嫌いな理由がないんだよね」
「嫌いじゃない…」
「正直に言おう。す……す…すk――――好きだよ」
思いもしなかった―――違う。願っていたがあり得ないと思っていた言葉に心臓が大きく高鳴った。
逸らしたままだが耳が真っ赤になったオデュッセウスを伺っていたニーナも真っ赤になり顔を俯かせた。
「そのぉ…今まで恋愛感情がなかったのでこれがその恋愛感情の好きなのか分からないが、側に居て嫌な感じはしなかったし、何と言うか自然体で居れたし」
「こ、こここ…光栄です」
今にも頭から湯気を噴き出して倒れそうなほどのパニックを引き起こすが、最後まではと必死に気力を絞って耐え凌ぐ。
「ただ私は自身の我侭の為に多くの人間を死なせ殺させた。そんな私が一緒に居ても良いのかと考えるんだ」
「そんな―――」
「だから私は問いたい。こんな私でも良いのなら…つ、付き合って……貰えるかな…」
喜びの余りから言葉が出ず、頷いて答えたニーナは気力を使い切ったのか気絶するように意識を手放して倒れ、店内は騒然として騒ぎとなったのは当然であったろう。そして店外で待機していたミレイ達に質問攻めにされ、アーニャにブログで結果を晒される事になるのであった。
ジェレミア・ゴットバルトが運転している車に乗り、帰宅しているオデュッセウスは自分の言い回しに悶絶していた。
確かに嘘は言ってはいないが、嫌いではないとか嫌な感じはしなかったとかそういう事では無くて、良いところを口にすべきだったろうに…。
何度目か分からぬほど頭を抱えて転がり周る。
その様子をミラーで目撃するジェレミアは苦笑いを浮かべる。
「宜しかったですね陛下」
「本当にそう思うかい?」
変わらぬ苦笑いに余計に頭を抱えて縮こまる。
恋愛対象として好意を寄せられて嬉しかった。が、その分どう答えるかで頭を痛めた。
生半可な答えや適当にあしらうなど出来る筈もない。
ならまずは彼女の事を私が好きかどうかを判断する必要があった。
そもそも結婚願望はあっても恋愛感情を理解し得ていなかった私だ。まずはそこから考え始めないといけないとは情けなく感じる。
そこで今まで彼女と関わった時を思い出すが、嫌な感じと言うかなんだか落ち着く感覚があった。なんというか…そう!自宅に帰ったような安心感が…。
「あ!そういう事か…」
「なにか?」
「あー、いや何でもないよ。なんでも」
今更その安心感の理由に思い当たってしまい余計に頭を抱える。
自身に自信がなく、何処か危なっかしくて目が離せない。
あぁ、ユフィに似ていたんだな。
大人しそうに見えて危なっかしいし、私なんかと自身を卑下していた事もあった。だからなんか覚えのある安心感を得たのか。
これは失礼極まりないのではないか?
妹と似ていたので安心感を得てましたなんて言ったらどんな顔をするだろうか。
まぁ、絶対に言わないけど。
これは墓の中まで持って行こう。うん、そうしよう。
秘密を心の奥深くに仕舞い込み、次なる問題を脳裏に浮かべる。
一番の問題はこれからのことである。
今まで付き合ったことがない以上、恋人関係となった男女が何をするのかまったく思い浮かばないのだ。
デートをしたりするのは分かるが、実際どういうのが良いのか?またはどういうものがデートなのか分からない。
こういう事を弟妹に聞く訳にもいかないし、まず恋人のいる弟妹が―――ルルーシュしか居なかったか。
しかしながらルルーシュには聞けないし、聞いても事細かな計画が書かれた予定表みたいなのを渡されるのは目に見えている。なら相手のシャーリーに聞いた方が良いな。それか神楽耶の方が良いか…。
「すまないがシャーリー・フェネット。もしくは皇 神楽耶との場を用意してくれるかい」
「畏まりましたが、両者一同にですか?」
「いいや、別々に。あ!ルルーシュには知られずに」
「ルルーシュ殿下に?…畏まりました。手配いたしましょう」
秘書のような仕事を頼まれたジェレミア・ゴットバルトだが、オデュッセウスの秘書ではない。
現在オデュッセウスはサンフランシスコ機甲軍需工廠【ナウシカファクトリー】にほど近い土地を買い、一軒の屋敷を建てて暮らしている。その土地の一部をナイトメアフレームの博物館にし、大半をオレンジ畑にしている。というのも私が一人暮らしをすると聞いて、ジェレミアが護衛をかって出てくれたのだ。
しかし彼がルルーシュから貰った名にちなんでオレンジ畑を営もうとしていた事を知っていた。一度は断ろうと頑なに拒むジェレミアに根負けして、認めたけれども彼の望みをせめて叶えようとオレンジ畑を作り上げた。するとギアスキャンセラーで失っていた記憶を取り戻したアーニャ・アールストレイムが、ジェレミアのオレンジ畑で働く約束をしていたらしくやって来ることに。 話が多少逸れたがジェレミアは警護兼農園運営者で、オデュッセウスは護衛対象者で農園所有者と言う事になる。
そうだ。これからの事を考えていたのではないか。
ニーナとの事もそうだが周りも対策も練らねばならない。
彼女が言ったように平民と皇族。
皇帝の座を降りて、皇族の地位と特権を捨てた身ではあるが周りはそうは見てくれない。
貴族たちは反発するだろうし、何よりギネヴィアとコーネリアの反応が怖い。
………というかこれからによるが私はニーナ君の両親に挨拶しに行かなければならないんだよな。
もし「娘はやらん」なんて言われたらどう返せば良いんだ?
駄目だ。考えても考えても答えが出ない。
「ゆっくり考えるとするか…」
悩み抜いた末に未来の自分に投げ、独り言としてぽつりと漏らした。
「考え事ですか?」
「うん、まぁ、これからの事をちょっとね」
独り言はジェレミアの耳に届き、問いが投げかけられるが、良い返しが思いつかずにとりあえずで返答をしてしまった。
そんな事は気にせずにジェレミアは納得したように大きく頷いた。
「確かに陛下が悩むのも無理ないですね。フレイヤの制作者の彼女と関係を築くならそれなりに周りを気を付けないといけませんからね」
予想外の答えに目を見開き、自分の考えの浅さを呪った。
確かにトロモ機関では素性を隠していたとしても絶対ではない。私と言う目立つ存在と関わったがゆえに注目され、バレる可能性がないとは言い切れない。
ジェレミアのいう事は正しい。
早急に手を回した方が良いだろうな。
計画を頭の中で練り始めると車は停車し、運転席から降りたジェレミアがオデュッセウスが降り易いようにドアを開く。
ふと、降りる直前に自分がニーナの両親に挨拶するならニーナも挨拶することになるのかと、父上の前に立つニーナを想像したらなんとも胃が痛くなりそうだ。
今からそこの心配かと微笑み、降りて屋敷へと歩き出すと携帯が鳴り響く。
取り出して画面を確認すると“アールストレイム卿が更新したブログの件で話があるのですが byコーネリア”と書かれており、未来の不安より眼前の画面によって目の前が真っ暗になった。