コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~   作:チェリオ

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第12話 「髭がやって来た」

 side:スザク

 

 俺は父、枢木 ゲンブや桐原の爺ちゃん、親戚の皇 神楽耶など政府や名家の連中と一緒に空港に来ていた。今日はブリタニアから第一皇子が来るらしい。

 

 “強盗の国”

 

 前に父さんが夕食時にブリタニアの事をそう言っていたのを聞いた。枢木家の夕食にはいつものように偉い人が来る。夕食中の会話は政治的な事を話しているからどうしても難しい話が多い。これも勉強だからと言われて理解しようとはしているのだけれど話の半分も理解できないのは仕方ないだろう。だけど解る事もある。父さん達はブリタニアに対して良い感情を持っていないことだ。それだけは話の内容だけでなく、話している時の雰囲気で分かる。

 

 だから俺は気に入らなかった。なんでそんな奴を皆で出迎えなくちゃいけないのかと。出迎えに来るぐらいなら倉で遊んでいたほうが何倍も楽しいのに…。

 

 まだ見ぬ相手に苛立ちを募らせていた枢木 スザクはやっとブリタニアの専用機で日本に降り立った人物を睨みつけた。灰色のコートを着た間抜けそうな七三分けのおっさん。顎の長すぎないように揃えられた髭に視線が向かった。笑顔で手を振りながらタラップを降りてきた髭のおっさんは護衛と思わしき連中を連れていたが、髪の毛が緑色のお姉さん以外には距離を離させていた。

 

 「これはよく来られた。長旅お疲れだっただろう」

 「枢木首相自らの出迎え。痛み入ります」

 

 作り笑顔で握手する父さんに対して髭のおっさんは満面の笑顔で返すが、後ろのお姉さんは険しい表情で見つめていた。まるで鷹のようにするどい視線で背筋が震えた。まるで藤堂さんと立会いをした時のようなピリピリとした雰囲気に足が竦みそうになる。その視線を遮るように髭のおっさんが俺の前に立っていた。いつの間にか父さんとの挨拶を済ませていたらしい。

 

 「これは私の息子で枢木 スザクと言います。スザク、挨拶しなさい」

 「…枢木 スザクです」

 「はじめましてスザク君」

 

 したくはないけど仕方なく挨拶する。微笑みながら挨拶を返してくる髭のおっさんは本当に嬉しそうに挨拶してくる。なにがそんなに嬉しいのかまったく解らない。顔を顰めて見つめていた為、気になったのだろうか困った顔をしてしゃがんで来た。

 

 「私の顔に何かついているかい?」

 「…髭」

 「髭?ああ、これかい」

 「それ似合ってると思ってんの?おしゃれのつもり?」

 「これスザク!」

 

 思った事をそのまま口に出したら躊躇なく拳骨が頭に落とされた。あまりの痛みに喚きそうになるのを頭を押さえて我慢する。視界の隅で神楽耶がクスクスと馬鹿にしたように笑っているのが見えた。くそぉ……。

 

 「すまんな。まだ幼いところがあってな」

 「いえ…子供は純粋ですからね…」

 

 ナナリーやキャスタールから「ふさふさで気持ちいい」と気に入られていた自慢の髭を遠回しに似合ってないと言われて、拳骨を喰らわされたスザクよりも泣きそうなオデュッセウスを先程まで険しい表情をしていたノネットが噴出すほど笑っていた。

 

 順番に挨拶していると神楽耶の番になった。さっきは笑いやがったからあいつが何かやらかしたら思いっきり笑ってやろうと注視していたのだが、あいつは澄ました顔でスカートの端を持ち上げてぺこりと頭を下げた。あまりに上手にやるもんだから笑うどころか少し見惚れてしまって悔しい。それで終わりかと思ったら髭のおっさんが挨拶代わりに膝をついて手をとり、慣れたように手の甲にキスをした。突然の出来事に茹蛸のように真っ赤になって慌てるあいつが可笑しくてその場で笑い転げてしまった。これで当分からかうネタが出来た。

 

 空港での挨拶を済ませた後は少し街を回るようだ。日本の伝統どころか知識もなしに来たんだろうし、解らないところがあったら教えてあげなきゃと何故か神楽耶がヤル気十分で言っていたが、俺はどうするか決めかねていた。想像していたブリタニア人と違って常識的で優しそうに見える。でも、すぐに信用していいものか。

 

 綺麗に敷かれた砂利に大きく枝を伸ばす木、小さな橋の下には鯉が泳ぐ池がある庭を眺めながら一同は赤い毛氈の上に腰掛けていた。この日本ならではの風景の中で一服しようというのだ。髭のおっさんは何の説明も受けずに背筋を伸ばしたまま左膝をついて次に右膝と順番についてお尻の辺りに足が来るように座った。よく見ると親指と親指を重ねて足が痺れないようにしていたりと慣れているように見える。最初から最後まで姿勢を崩す事がなかった髭のおっさんに感心して見入ってしまうほどだった。

 

 「正座お上手ですね。ブリタニアで習われたのですか?」

 「ん?…あ、ああ、そうだよ。日本に行くのだから知っておかないとね」

 「殿下は勉強家なのですね」

 

 神楽耶や周りの大人たちが持て囃すがどこか違和感がある。大人たちではなく髭のおっさんの反応がどこか嘘っぽい。ブリタニアでは正座はしないのは見よう見真似でしようとしているお姉さんを見てれば分かる。すごく苦戦しているし、周りから胡坐をかくように勧められている。しかしさっきの動作はどう見ても知っているどころか慣れているものだった。だったら誰かに教えてもらったのが普通なのだが、それを誤魔化すような反応はどういったことなのだろう?ふと抱いた疑問であったがさほど悩むべきことでもなくすぐに気にならなくなった。

 

 その後も出された小さなお菓子を一口で口に含み、抹茶の入った茶碗を二度ほど回して飲んだ。髭のおっさんは穏かな表情のまま美味しそうに飲むもんだから試しに飲んでみたらやっぱり苦かった。

 

 「苦かったのかい?」

 「―っ!?そ、そんな事ない」

 「すみませんが何か甘い物はありませんか?」

 「だから俺は大丈夫だって!」

 

 渋い顔をしていたのが目に止まったのか声をかけてきた。そのまま俺の為か口直しに何かを頼む事に対して“強盗のブリキ野郎”に世話を焼かれるなんて真っ平と思って立ち上がりながら声を荒げてしまった。周りは困った顔をするが父さんからは険しい睨みが向けられた。ヤバイと感じた時には髭のおっさんは朗らかに笑っていた。

 

 「そうかそうか、それは失礼したね。だったら私と彼女の分を頼もうかな」

 

 指差した方向では同じく渋い顔をしていたお姉さんが…。多分あのお姉さんが最も信頼された護衛だと思うんだけど大丈夫なのかな。まぁ、握手のときの眼光を思い出すと問題なさそうなのだが。

 

 「いやぁ、あまりに美味しそうに飲んでいらっしゃったので…。でも苦いですけど風味は良いですね」

 「苦いのがまた良いんだよ。それで君達も頼むかい?」

 

 君達と言うのは俺や神楽耶に向けられていた。折角ですからと神楽耶は貰う事にしたようで俺のほうに笑みを浮かべる。そっぽを向いてぼそっと「食う」とだけ伝えると髭のおっさんは早速注文しに行きやがった。そんなの護衛か誰かにさせれば良いのに。

 

 ふとその護衛の中に同い年ぐらいの少年を見つけた。他の護衛と同じく離れて待機しているが何か違った。護衛対象に危険が迫らないように辺りに目を光らせているというよりは、その護衛対象に対して目を光らせているような感じだ。おかしいなと首を捻りつつ見つめていると注文したお菓子が届いたようだ。お菓子は手の平サイズほどの大福だった。

 

 小皿に乗せられて渡されるとすぐに髭のおっさんは手拭で手を拭いて、粉が付く事も気にせず鷲掴みにして一口頬張った。さっきから本当に美味しそうに食べるなぁと見つめていると俺は大声で笑ってしまった。髭のおっさんが何かあったかなと辺りを振り返るとさらに周りの大人も大声ではないにしても笑っていた事に気づいたようだ。なにがなんだか分からずに顔を顰めているので教えてやる事にした。

 

 「髭、髭」

 「髭?…おっと」

 

 大福を食べた時についていた白い粉で口の周りではなく顎鬚が真っ白になっていたのだ。慌ててハンカチで落としてこちらに向かってどうかな?どうかな?とまるで子供のように訊いてくるのでまた可笑しくて笑ってしまった。いつの間にか周りの全員が口を大にして笑っていた。勿論髭のおっさんもだ。

 

 どうも思い描いていた印象と違いすぎて少しほっとする。

 

 「なぁ、髭のおっさん」

 「髭のおっさんか。せめてお兄さんにしてくれないかな?」

 「さっきは悪かったな。その髭似合ってるよ」

 「そうだろう。妹や弟にも好評なんだ」

 

 隣で冷や冷やとイライラを募らせている父さんを気にしながら、髭のおっさんに対する認識を改める。まだ少しだがこの人は悪い感じがしない。

 

 スザクと神楽耶はその自慢の髭に触れてお互いに感想を言うという出来事が起こり、すぐさまその微笑ましい出来事は同行していたテレビ報道局の手により日本中に流され、深夜には世界中にダイジェストのように纏められ流された。

 

 スザクからは髭のおっさん、神楽耶からは髭のおじ様と呼ばれたオデュッセウス本人がその事を知ったときはある事を思い出し冷や汗を掻いたという。

 

 

 

 side:シュナイゼル

 

 オデュッセウス・ウ・ブリタニアが外交という名目で日本に向かってから一日が経った昼頃。約束した時間に遅れてしまったシュナイゼル・エル・ブリタニアは少し早足で目的地に向かう。目的の部屋に到着するとドアの前に居たSPがノックをして来た事を内部の人間に知らせる。了承を得てドアを開けられると中は大型モニターが壁にかけられ、ソファが並べられ小さな映画館のようになっていた。

 

 すでにそのソファには先客が居た。ギネヴィア、コーネリア、ユーフェミア、クロヴィス、ルルーシュ、ナナリー、マリーベル、キャスタール、パラックス、カリーヌとオデュッセウスと特に仲の良い皇族の兄弟・姉妹が集まっていた。昨日の兄上の出来事をダイジェストにした番組が放送されると連絡が入ったので、皆で見ようとユフィの提案で集まったのだ。

 

 「少し遅れてしまったね」

 「大丈夫ですよ。まだ放送は始まっていませんから」

 

 微笑みながらソファに腰掛けてモニターを見つめる。給仕係の者が近づき「何に致しましょう?」と聞かれて紅茶を頼む。流れていたニュース番組が終了して内容がガラリと変わった。日本のテレビ会社から買い取った映像をブリタニアのテレビ会社が編集したのだが、兄上をアップしすぎではないだろうか。

 

 番組が始まると楽しみにしていたキャスタールに呆れ顔を向けていたパラックスも食い入る様に見つめていた。日本の美術館や動物園を行く様はまさに観光を楽しんでいるようだった。

 

 「兄上とは私が一緒に美術館に行きたかった」

 「私は動物園に行きたかったです」

 「ライオンの子供と戯れる兄様可愛かったです」

 「…ナナリー。それはライオンの子供が可愛かったのか?それとも戯れる兄上が可愛かったのか?」

 「「両方です♪」」

 

 ルルーシュの問いに食い付き気味にナナリーだけでなくユフィまで目をキラキラと輝かせて答える。いつもなら冷めた感じで一言二言呟くはずなのだがカリーヌも静かに見入っている。あそこまで心の底から楽しそうにしている姿を自分はする事は出来ないだろう。ゆえに少し羨ましくも思う。

 

 逆にコーネリアはナナリー達のようにのほほんとした心情ではなかった。確かに兄上を主に見ているのだが後ろを気にしているのがわかる。コーネリアの先輩で兄上の騎士になったエニアグラム卿だ。警護をしているのだが所々で何かを仕出かしている。大福というお菓子を食している時には足が痺れて悶えていたり、動物園では視線を外していたりと騎士として不安な要素が出ている。しかし、それは兄上も分かっているようでそんなタイミングでは付近に気を配っているようにも窺える。様子見を兼ねて二人で決めた方法なのだろうが気付いた者はひやひやものである。コーネリアは分かっているがそんな危険な事をする兄上にも、それに加担するエニアグラム卿にもイライラしているようだ。

 

 にしてもだ。どうやら兄上はあの子供を気に入ったらしい。日本の首相である枢木 ゲンブの息子、枢木 スザクという少年。見た目的にルルーシュと同い年ぐらいだろうか。気が強く我侭な子供というのが見ていた印象で兄弟・姉妹には見られない性格の子。だからこそ気に入られたのかも知れないが。

 

 「あの子にも何かあるのかな?」

 

 つい思った事を口に出してしまった。兄上が関わる事案、関わる人物は何かしらに繋がる可能性が高い。それは自身が体験した事でもあり近くで見て来たことである。だからまさかと期待してしまう。手を出したい気持ちもあるが兄上のお気に入りならわざわざ手を出すわけにもいかない。ただしこちらからは手は出さないが向こうからならいくらでも手はある。

 

 どうするかを簡単に思案しながら眺めていると到着した頃の映像に戻り、片膝をついて小さな女の子の手の甲にキスをした。挨拶の一種と言う事は理解したし、別に何の問題もないと私は思う。が、姉妹は違った。文字通り目を点にして硬直した姉妹に対して不安を覚える。

 

 「ずるいです!私だってしてもらったこと無いのに」

 「なんかああいうのって憧れますよね」

 「カリーヌは何かないのかしら?」

 「ふ、ふーん。別に羨ましい事ないわよ」

 「羨ましいんだ」

 「う、うるさい!」

 

 妹達の反応は羨ましがったり、憧れたりと微笑ましいものだった。ここで気になるのは年長組だ。目を見開いて硬直したまま微動だにしないコーネリアに、手にしたカップをカタカタと震わせながら平然を装うギネヴィアとこれは帰ってきたらいろいろと大変そうだ。

 

 その様子を想像しながらテーブルに置かれた紅茶に口をつけるのであった。


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