コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~ 作:チェリオ
温かい日差しが降り注ぎ、当たっているだけで眠気が誘われる。
日が昇っている時刻に中庭に設置した長椅子で何をするでもなく、のんびりと過ごせる幸せを噛み締め、大きく息をつく。
ボーとしながら目の前のテーブルに置かれたお茶菓子のクッキーを一口齧り、飲み込んだ後で紅茶を含む。
甘さが広がった口内に独特の苦みを持った紅茶が混じり、程よい余韻を残して消えて行く。
「はぁ…幸せだなぁ」
「ですねぇ」
オデュッセウスの言葉にユーフェミアが同意しながら紅茶に口を付ける。
ここは皇帝の座を譲ったオデュッセウスの住まう屋敷の中庭であり、周りにはアリエスの離宮を模した庭園が広がっている。最近は一人でお茶をしている事が多いのだが、本日はお客が訪れていた。
第100代神聖ブリタニア帝国皇帝のユーフェミア・リ・ブリタニア。
ユフィの婚約者であり皇帝を護る騎士である枢木 スザク。
アジア・ブリタニアを治めている女帝ギネヴィア・ド・ブリタニア。
合集国と契約している武装集団黒の騎士団の将の一人であるコーネリア・リ・ブリタニア。
大国を動かす力を有する者たちがただお茶をしている光景など他の者からしたら想像もつかないだろう。
現に護衛として同行しているギルフォードが目の前の現実に驚き、仕事を代行している方々に憐れみを贈る。特に仕事を押し付けられたダールトン将軍に。
「呑気ですね兄上」
「こんな陽気なんだ。仕方がないよ」
「……私は陽気だろうと梅雨だろうとこの不満を隠しきれそうにありませんが」
―――これである。
おもむろに口を開いたかと思えば苛立ちを露わにする。
アーニャのブログでニーナと付き合うとの話を知って訪れてずっとコーネリアは不満を向けている。
別段ニーナだからという訳ではなく、オデュッセウスに恋人が出来れば自然と愛情がそちらに向けられるという危機感からの不満と恐れ。
自身でも駄々を捏ねていると分かっていても抑えきれなかった感情である。
こればかりはオデュッセウスも早々に緩和できるとは思えない。自分だって妹たちに彼氏が出来たと聞けば冷静さを保てない自信があるゆえに。
が、唯一この場でギネヴィアだけはそんなコーネリアに不快感を向ける。
「いい加減になさいコーネリア。兄上を困らせるものではないわ」
「しかし姉上!」
「これは兄上が決められた事。私達が口出しするべき事ではない」
斬り捨てるように冷たく放たれた言葉にコーネリアは怯み、予想外と言わんばかりにオデュッセウスやユーフェミアが小首を傾げる。
それも当然の反応だろう。
コーネリアとギネヴィアは弟妹の仲でもオデュッセウスにべったりな方で、殿下時代には婚約話を勝手に断っていた前科持ち。そんな彼女がニーナとオデュッセウスが付き合うという事実を認めると言うのだから驚きもするだろう。
視線でその思想を理解したギネヴィアはつまらなそうにそっぽを向いた。
「確かに兄上に相応しい人物だとは私は思いません。思いませんが兄上が認め、決められた相手を無理に引き離そうとするのは兄上を否定すると同義。なので私は口出しする気有りません」
「ギネヴィア…そこまで想って…」
「ただし!兄上と付き合うのであれば最低限マナーは会得して貰う必要はあります。兄上に相応しいか云々は置いて置いてそこの教育はしっかりとさせて頂きます」
「あぁ、そういう事か…」と納得した三人はクスリと笑みを零した。
零しながらもオデュッセウスはこれから忙しくなるだろうニーナをフォローしようと思いつつ心の中で合掌した。
難しそうに顔を顰めながらコーネリアは諦めたようにがっくりと肩を落とし視線をオデュッセウスに向ける。
「これでは私だけ我侭を言っているようではないですか」
「あら?お姉さまは今までもお兄様にだけは我侭言って甘えていたではありませんか」
「わ、私が何時甘えて―――」
顔を真っ赤に染めながら批判しても説得力はないなと過去を振り返りながらオデュッセウスは笑みを零し、優しく頭をふわりと撫でてやる。
「ああああ、兄上!?」
「まったく幾つになっても可愛いね。私としても甘やかし甲斐があるよ」
「―――ッ!!」
「コーネリアばかりでは不公平です」
「分かってるよ。ギネヴィアもおいで」
オデュッセウスの左右を挟むようにコーネリアとギネヴィアが腰かけ、頭をゆっくりと何度も撫でられる様を見てスザクはニーナには見せられないなと考える。
いや、それより仲が良すぎると思うのは自分だけなのかと疑問を抱く。
「どうしたのかね枢木 スザク」
「ジェレミア卿」
不思議そうな顔をしていたスザクに声を掛けたのはオレンジ畑で農作業用の服装をしていたジェレミア・ゴットバルトであった。ただ服装は正装に着替えていたが。
横にはどうように正装に着替えているアーニャが並んで立っており、いつも通り携帯を向けて一枚撮った。
「とても不思議そうな顔をしていたようだが?」
「いえ、兄妹とはあんなに仲が良いものなのかと思いまして」
「―――前からあんな風」
宮殿で幼き頃から働いていたアーニャにとっては兄妹の手本と言えば皇族の方々であったので、これが普通だと考えているらしい。対してジェレミアは即答せずに少し悩んで口を開く。
「ふむ…私には妹がいるがオデュッセウス様ほど仲は良くなかったがそれが一般的かと問われれば何とも言えないな。キューエルはそんな風ではなかったように記憶している。今度聞いてみるか」
「そこまでして頂かなくとも単なる疑問なので――」
「こらスザク君!」
突然オデュッセウスに大声を投げられて肩をびくりと振るわし振り返るとムッとした表情で睨まれている。
いきなりどうしたのかと理解出来ずにわたわたと慌てる。
「君はユフィの彼氏なのだからちゃんとユフィの相手をしてあげないと」
小さく声を漏らしてユーフェミアに視線を向けると少し寂しげな視線とぶつかり合う。
「もうスザクったら私抜きで話に盛り上がって…」
「ごめんユフィ」
「お兄様みたいに撫でてくれたら許してあげます」
「え、それは…」
撫でてと
そこでトンと背中を軽くジェレミアが押し、後押ししてくれたことに感謝しつつユーフェミアの隣に腰を下ろす。
差し出された頭をふるふると緊張しながらひと撫ですると、女の子の髪とはこんなに気持ちいい感触がするんだと思いながら、無心で優しく手を動かし続ける。
「―――私も」
「「なぁ!?」」
呟くと自然にオデュッセウスの前まで進んで膝の上に腰を下ろす。
その行為にギネヴィアとコーネリアが目を見開いて言葉を漏らすが、ジェレミアとオデュッセウスからすれば見慣れた光景で気にする素振りすらない。
が、見慣れない者には大きな驚きを与え、あまり接点の無かったギルフォードでさえニーナに同情するのであった。
「―――そう言えばヴィーは?」
「あぁ、おじぅ……コホン、
「―――そうだった」
携帯を弄りながら割と素で忘れていたアーニャに苦笑いを浮かべ、携帯に映し出された画像に目が留まる。
それは変装をして街を散策しているであろうスザクとユーフェミアの姿が映し出されてあった。
「それはなんだい?」
「―――この前のスザクとユーフェミア陛下のデートしてた様子」
「デート?」
私聞いてないとコーネリアの視線がスザクに突き刺さる。
冷や汗を垂らしながらどう弁論しようかと悩むスザクより先にユーフェミアが嬉しそうに口を開いた。
「はい。スザクと一緒にいろんな所を歩いて回ったのですけれどどこも新鮮で楽しかったですよ」
「ユーフェミア。貴方は今や皇帝なのですからもう少し立場を弁えなさい」
「万が一にも危険が迫る場合があるんだぞ」
「………あのぉ、ユフィに言いながら私をちらちら見るの止めて。意外に心に来るものがあるから」
ユーフェミアに向けられた言葉が流れ弾としてオデュッセウスにも直撃する。
これをロロ、もしくはレイラが聞いていれば追撃と言わんばかりに参加していただろうに。
ごめんなさいと謝りつつ、ユーフェミアは笑みを崩さない。
「にしても色々行ったようだね―――――ホワッ!?」
アーニャが
それが
素っ頓狂な声を漏らしたことでギネヴィアとコーネリアも覗き込み、同じくコーネリアが声を漏らす。
何の画像を見られたか理解したスザクは顔を青くする。
「ユフィ…これは?」
「あぁ、それですか。面白い宿泊所ですよね。外見がお城みたいだなと入ったらホテルで、とても大きなベッドがありましたの。しかもそれがくるくると回るんです。他にもキラキラ光るカラーボールと言うのがあったり―――」
無邪気に話すユーフェミアに耳を傾けながらスザクへと視線を向ける。
口パクで「どゆこと?」と問うと同じく口パクで「入っただけで何もしてませんから!」と必死の弁明がされた。この無邪気な反応から多分どういうところなのか理解していないし、行為には及んでないとは分かる。
分かるがコーネリアを止めることは出来なさそうだ。
「枢木卿。少し話があるのだが良いか?」
「いえ、これはですね――」
「良いな?」
「………はい」
ハイライトの消えた瞳で笑みを浮かべたコーネリアに気圧されたスザクは連行されるように連れていかれる。
首を傾げるユーフェミアを残して。
「あぁ…今日も平和だなぁ…」
目にした事を無かったことにするかのようにオデュッセウスは呟くのであった。
ニーナ・アインシュタインは顔を真っ赤に染めながら俯き続けていた。
未だに自分がオデュッセウスと付き合う事実に頭が追い付いておらず、あれから三日間そわそわして仕方がないのだ。
研究知識に必要な知識は豊富な彼女であるが、恋人関連の情報と言うのは無知に等しく、彼女としてどうして良いか分からずにいた。
このままだと駄目だと理解しつつもネットの情報だけだとどうも頼りない。
ならばと交友関係でそういう事に詳しい人物に連絡し、話を聞こうと連絡してとある喫茶店で待ち合わせをしたのだ。
思わぬ人物を連れてだが…。
「ほぅ、兄上と付き合うのでアドバイスが欲しいと」
奥の人目に付きにくい席を陣取った彼・彼女らはニーナに興味津々といった視線を向ける。
その事にニーナはどうしてこうなったと後悔を重ねる。
恋愛に詳しいであろうシャーリーに声を掛けただけだったはずが、ルルーシュにナナリー、それにロロが引っ付いてきたのだ。
しかもナナリーの護衛という名目で近くの席ではアリス達が待機しており、ニーナにとって相談し辛い環境が整ってしまった。
そんなニーナの感情など介さずにルルーシュが言葉を投げかける。
アリス達の視線も気にしつつ頷いたニーナに食い気味のシャーリーがぐっと握り拳を作る。
「もうそれは押しに押しまくるしかないよ」
それが出来るなら出来るんだけどと勢い任せのアドバイスに不安を募らせる。
しかもその不安をルルーシュが煽って行く。
「兄上はしっかりしているようで抜けているところがあるからな。しっかりと引いて行くしかないだろうな」
シャーリーと違って合理的な回答が来ると期待したのにまさかの同解答。
元々“ガンガン行こうぜ”なんてコマンドを持ち合わせないニーナは聞く相手を間違えたかなと後悔する。
「シャーリーさん。お兄様。それではニーナさんが困ってしまいますよ」
唯一の救いに期待の眼差しを向ける。
「別に変に気負う必要は無いと思いますよ。お兄様って誰かと過ごす時間を好んでいる節がありますので、家族と一緒に居るような感じで問題ないかと」
「家族と…」
そうは言われてもどうもイメージが湧かない。
ドラマで描かれるような感じで良いのかと曖昧なイメージを浮かべるが自分がその通りに動けるとは思えない。けれどまだシャーリーとルルーシュの言葉より出来そうな気はする。
「そう言えばデートはしたの?」
「で、ででで、デート!?いえ、それは……まだ…」
ふいに放たれた言葉にさらに真っ赤に染まるニーナは今にも頭から湯気を吹き出しそうなほどになっていた。
しかし恋人になってデートをしていないと聞いたシャーリーは興奮のあまりに立ち上がる。
「駄目よ。恋人になったんだからちゃんとデートしないと」
「で、でも、デートって何処に行ったら良いのか分からないし…」
「自分の好きな所、または兄上の好きな所がいいだろうな」
「ニーナさんの好きな所って何処ですか?」
「えーと……オデュッセウスさんの好きな所って何処でしょうか」
パッと自分の好きな場所が思いつかなかったので向こうに合わせようと聞き返してみると、何故か三人とも困った顔をしてしまう。
そこでニーナは気が付いた。
ルルーシュとナナリーはオデュッセウスとは兄弟・兄妹ではあるが、ずっと一緒に居た訳ではない。
二人共幼少期に日本に送られて以来接触する機会は減り、最近になるまでは身を隠していたとルルーシュがブリタニア皇族であると発表された時の特番で知り、そこまで詳しくない可能性に至った。
ニーナの表情から察したルルーシュにナナリー、それからシャーリーも苦笑いを浮かべる。
こうなると連絡の取れる相手で詳しい人物となると一人しか思い当たらないのだが、その相手に連絡をしたら別の問題が発生しそうで怖いので止めておく。
「
しれっとロロが何気なしに呟いた。
ロロは幼き頃からオデュッセウスに付いて行動していたのでだいたいの事は把握している。それで何度胃を痛めた事か。
この場でロロが白騎士だと知っているのはルルーシュだけで、他の面子はどうしてロロが詳しいのかと疑問を抱くべきであるが、ギネヴィアに連絡しなくても大丈夫だと安堵したニーナにはそんな疑問を抱くだけの余裕はなかった。
「詳しくお願いします!」
「え?…まぁ、構いませんが思い立ったように行動するので見失わぬように気を付けて下さいね」
思いのほか大きな声を出してしまい驚き、恥ずかしそうに縮こまる。
それでも協力してくれるとらしいロロに感謝の視線を向けると、そういう視線に慣れていないロロが目を逸らす。その様子をシャーリーが揶揄い、ニーナと同じぐらい恥ずかしがるロロをナナリーがオデュッセウスがするように頭を撫でて宥める。
余計に恥ずかしそうだが満更でもないといった表情を浮かべるロロに対してルルーシュが面白くなさそうに見つめる。
なんにしてもニーナとオデュッセウスのデート計画が練られるのであった。