コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~   作:チェリオ

146 / 150
第145話 「ジルクスタンでの後始末」

 しっとりと纏わりつく湿気で肌が濡れ、それに伴う熱気が身体をポカポカと温め、毛穴から汗が浮き出ては肌を撫でるように伝っていく。

 服を着ていればびしょ濡れになる程度には掻いているが、現状はタオル一枚しか纏っていないので気にせずに掻き続ける。

 日常でこれだけの暑さと湿度、多量の汗を掻く様な状況は不快だろう。

 しかし、この場に居る誰もが不快な感情は抱いておらず、寧ろ楽し気で気持ちよさそうに笑っていた。

 

 ニーナ・アインシュタインはジルクスタン王国にて“ハマム”を体験し、帰国するまで存分に満喫しようと訪れているのだ。

 “ハマム”というのはジルクスタン周辺国家ではメジャーな公衆浴場で、湿度の高いサウナで身体を温めて汗を流し、その後にマッサージなどの施術を受けるものである。

 身体が火照って柔らかくなり、マッサージの効率も上がって非常に気持ち良いのだ。

 

 だけど今は前段階。

 かけ湯をしてドーム状の室内の真ん中にてうつ伏せになり、専属の施術士による垢すりマッサージを行って貰っている。

 力強くされて初日は痛く感じたが、何度かしている内にそれが中々気持ちよく感じてきた。

 マッサージというと手もみや指圧などを想像するかも知れないが、垢すりは垢を落とすために身体を洗う専用の道具を使って大量の泡で洗われるのが正しい。

 巻いたタオルの所以外はほぼ泡塗れになりながら、気持ちよさから「ほぅ…」と小さく吐息を漏らす。

 

 「本当にハマるわねぇ」

 「そうですねぇ」

 

 黒の騎士団のエースとしての職務を熟しながら、学生としての生活を両立させている紅月 カレン。

 色んな土地を渡り歩きながら、元がお嬢様だけに家事などが壊滅的に出来ないが、空回りながらも必死に頑張りを見せているレイラ・マルカル。

 互いに疲労が溜まっていたのかふやけるような表情を晒してだらりと身体中の力を抜き切っていた。

 言葉にも力は無く、最後の方になると伸びていた。

 それに対して微笑は浮かべるも誰も何かを言う事は無い。

 自分達とて差異があるだけでそう変わらないのだから。

 

 「はぁ…ずっとここに居たい…」

 「駄目ですよ。お婆様達が待っているんですから」

 「ま、ここでゆっくりできるのもオデュッセウスが居るまでの間だからな」

 

 C.C.の言う通り、彼女達がジルクスタンに残っているのはオデュッセウスが未だに離れない為にあった。

 ジルクスタン王国は超合集国の決定で動いた黒の騎士団により制圧され、現在は超合集国の支配の下にある。

 これが一昔前の神聖ブリタニア帝国であれば植民地待った無しであったが、超合集国はそのような事は頭にない。

 今回の事件の謝罪をさせ相当の罰は負わすが、今後の統治を安定させるまで関与する程度。

 第一条件としては超合集国に加入するという話が大前提であるが…。

 

 ここまでで民間人となっているオデュッセウスが残る理由がない―――のだが、今回の事件でギネヴィアが完全にぶち切れ、何を罰として言い付けるかが分からない。

 元凶である王族を失ったジルクスタン王国にこれ以上追い打ちをかければ、恨み辛みを抱いた民が余計に難民として世界に広がる。いらぬ争いごとの種を増やさぬためにも、ギネヴィアが暴走しない為にもクッション材的な役割をかって出たのだ。

 オデュッセウスが居る間はカレンは護衛という名目で残れ、ニーナもオデュッセウスが居るならと一緒に居る。

 正直レイラ達やC.C.は自由なので旅立っても良いのだが、久々な贅沢を楽しむべくオデュッセウスの近くにしていたりする。

 

 「そう言えばこの後どうなるのよ?」

 

 アヤノの一言に施術士はピタッと手を止めた。

 何しろ黒の騎士団によって制圧させたジルクスタンを捨てて難民にならず、これからもここで生きて行く。

 彼女達(施術士)からすればこれからの生活に大きく関わる話題であり、自国が仕掛けた争いごとであることから身構えるのも当然であろう。

 

 「超合集国から暫定統治する人が選ばれて、着任してあとは上手くやるでしょ」

 「相変わらず雑だなお前は」

 「なによ。だったらアンタが暫定統治者として推薦してあげようか?元嚮主様(・・・・)

 「断わるに決まっているだろう」

 

 揶揄う様なカレンの言葉をC.C.がピシャリと斬り捨てた。

 予想通りの反応にクスリと笑っていると、垢すりマッサージは終わり、洗髪に移って目も口も開けられないのでシャカシャカと髪が泡立てられる音が小気味よく耳に響く。

 それが終われば泡を綺麗に流され、ここで専用の施術士は離れて行く。

 ニーナにカレン、アヤノにレイラ、C.C.にアーニャは立ち上がって、少し離れた腰掛がある場所まで移動し、ゆっくりとこの湿気の多いサウナを楽しむ。

 ポカポカと体温が上がっていく中、誰かが近づいてくる気配を感じた。

 

 「こちらにいらしていると聞いて来ましたわ!」

 

 視線を向けるよりも先に声で相手が解り、キョトンと目を丸くする。

 そこに居たのは自分達と同じくタオル一枚巻いた皇 神楽耶だった。

 何故と疑問を抱いて口に出す前に皆が表情で語っていた為に先に答えられた。

 

 「私が暫定統治者になりました」

 「神楽耶様が?」

 「うむ、本当はギネヴィアが立候補していたのだが―――」

 「先が見えますね。ジルクスタン王国が確実に崩壊する」

 「っていうかアジア・ブリタニアの女帝の立場どうする気よ…」

 

 それほどに怒っている事からどれほどオデュッセウスを大事に思っているかを再確認し、だからこそ呆れ顔を浮かべる。

 ふふふと含みのある笑みを浮かべて隣に腰かけた神楽耶はニーナの方を見つめる。

 

 「会った時に聞こうと思っていたのだが、お髭のおじさまとはどんな感じなのか?」

 「どんな感じと言われましても………普通…でしょうか?」

 

 唐突な問いにニーナは少し悩みながら答え、アーニャはその答えに眉を潜めた。

 普段を知らないカレンやレイラ達は「ふ~ん」と聞き、神楽耶はライとの惚気から不満、アヤノとレイラはアキトの良い所や悪い所を語ったりと話がコイバナへと傾く。

 変わっていく中でアーニャはオデュとニーナの普段を思い返す。

 片方がソファで座っていれば背中合わせでお互いパソコンを弄ったり本を読んだりと個々人で過ごし、食事の時には「あーん」と食べあいっこしたり、オデュッセウスがゲームをしていれば大概胡坐の上に座って眺めていたりするニーナ。

 

 「…で、実際はどうなのよ」

 

 話を聞く側に回っていたカレンはそんな思い返していたアーニャに近づき問いかける。

 別段隠す事でも詳しく話す気もなかったのでアーニャはただ一言―――「暑苦しいほどべったりしている」とだけ答えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 バルボナ・フォーグナー大将軍は手に資料を持ち、歩きなれた廊下を進む。

 役職上幾度となく歩いた事のあるジルクスタン王国の王城の廊下。

 変わらぬ光景に変わらぬ道のり。

 しかし向かっている先にある王の執務室には自分の主は居ない。

 国王シャリオ様と姉で神官のシャムナ様が神殿の爆破に巻き込まれて行方不明となっている。

 もしかしたら生きているかも知れないと一部の期待を抱くも、その淡い期待を噛み潰して己の今の立場とやるべき事を再認識に手執務室員向かう。

 

 シャムナ様の計画が上手く進めば何という事は無かったが、失敗してしまった時点でこの国の運命は奴に握られっぱなし。

 いや、奴に手を出してしまった瞬間から決まっていたのかも知れない。

 人数にして50人にも満たない人員と微々たる戦力で首都にいる部隊と渡り合い、人質救出から王族の殺害、さらに主戦力の短期での回復も見込めない程の甚大な被害。

 これほどの被害をかつて受けた事があったのだろうか。

 国王どころか王族を失い、主戦力は半壊状態で大将軍たる私が捕虜となっては国どころか軍も機能しない。

 そこに外に漏れた情報から採決を取った超合集国による黒の騎士団の派兵。

 海からはシュナイゼル・エル・ブリタニアが指揮を執る第五艦隊が、制空権は民間からの協力であるがユーロピア圏内で猛威を振るったマリーベル・メル・ブリタニア率いる浮遊航空艦隊が、陸路からはナイトメア隊に洪古の部隊や神虎などが含まれた大部隊を周香凛指揮の下で中華連邦よりジルクスタン王国に攻め込んで来た。

 指揮系統が死滅していたとは言え、この人員に勢力では万に一つも勝ち目は無かっただろう。

 噂では今回の派兵にはラウンズ達も多く含まれている上に、以前はオデュッセウス専属騎士団であったが現在は黒の騎士団参謀本部直属となったトロイ騎士団、テーレマコス騎士団、ユリシーズ騎士団などの精鋭部隊で編成されていたらしい。

 

 全てはオデュッセウスを救出する為と多くの国家代表が尽力した結果だ。

 それだけ奴には人を動かす人望があり、それをしっかりと理解せずに我々は手を出してしまった。

 通信モニター越しであるが、言葉を交わしたギネヴィアの事を思い出してブルリと震える。

 あの視線だけでも人を殺せそうな絶対零度の瞳…。

 もし奴が間に入っていなければ我が国は崩壊していただろう。

 

 その点は奴―――オデュッセウス・ウ・ブリタニアには感謝している。

 おかげで主は護れなかったが、主が想っていた民は護る事が出来るのだから…。

 

 「フォーグナーです。資料が出来たのでお持ち致しました」

 

 執務室前に控えているグラストンナイツに声を掛け、中のオデュッセウスに確認をとった彼らは扉を開ける。

 その様子にこの王宮はジルクスタンの王族のものであったが、もはや我が国のものではないのだなと実感する。

 王宮と言ってももはや王族は居らず、上手く行けば数十年後には民衆より選ばれた者が国の舵取りをするようになるだろう。

 その際に王宮は必要なく、国家元首用の建物は建設されるだろうが国の状況からそれほど豪華でなく良い。

 となれば維持費だけでも膨大な王宮は使われる事は無く、歴史遺産として残されるか破壊して土地などを有効に扱うか。

 兎も角そんな先しかないのと、謝罪も兼ねてジルクスタン内で最も豪華な施設としてオデュッセウス達にここを自ら明け渡した。

 扉が開き、主が居た場所にオデュッセウスが居るのを見て、悲しみが押し寄せるが噛み殺してゆっくりと歩み寄る。

 

 「それが資料かい?すまないね。大将軍に雑用みたいな事をさせて」

 「いえ、今の我が国でギアスを知る者はほんの少数。ならばこれ以上知られないようにするために私などが行うのが一番でしょう」

 

 昨日までならシャリオ様にシャナム様、それに息子のシェスタールにクジャパッド、ブラッドリーなども居たのだが、捕虜になったままのシェスタールとクジャパッドを残して亡くなってしまい、今ジルクスタンに居るのは神官達を除けば私のみ。

 ギアス関係の事なら私以外に担当出来るものがいないのだ。

 資料にはそれ以外のものもあるにはあるが…。

 

 受け取った資料に目を通すオデュッセウスの傍らにはギルフォードにジェレミアが控えており、いつ可笑しな動きをしても対応できるように身構えている。

 二人が気を張るのは当然だろう。

 なにせ私はオデュッセウスを襲ったものの一人で、シャリオ様の仇討ちという襲うには充分過ぎる理由を持っている。

 さらにオデュッセウスは油断し切っており、襲いかけられた際には動くことも出来ないからだ。

 

 腰かけているソファにはオデュッセウスだけでなく、膝枕して貰って満面の笑み…いや、だらしない笑みを浮かべたブリタニアの魔女(コーネリア)が転がっているのだ。

 なんでも私を捕らえて手柄として要求したとか話を聞いたのだが、思っていたブリタニア皇族のイメージががらりと変わった。

 

 威厳的には悪い意味で、兄妹仲は良い意味でだ。

 シャムナ様も負けず劣らずシャリオ様との仲が大変宜しかった。

 こうして敵対でもしなければ肩を並べて家族の自慢話でもしていたかも知れないな。

 まぁ、今更思ったところで詮無きところであるが…。

 

 「了解した。勿論こちらでも調べるけどギアス関係の遺跡はすべて破壊するからそのつもりで」

 「シャムナ様が亡くなった今となっては無用の長物。超合集国がそう判断したのであればそう致しましょう」

 「亡く―――…あぁ、そうだったね(・・・・)

 

 何処か含みのある言い方に首を傾げるも、気にすることなくコーネリアの髪を梳きながら撫でながら資料を読み続ける。

 すらすらと速い速度で動く目線に、さすがに慣れている様子。

 通し終えた瞳はそのまま私の目をしっかりと見つめる

 姿勢は正していたが、より一層注意を払って正す。

 

 「うん、問題ないね。それと助かったよ。これらが無ければどうしようかと思っていたからね」

 

 そういうオデュッセウスは酷く疲れた表情を晒した。

 バルボナは知っている…。

 数日前、ブリタニア皇帝を務めたオデュッセウスを始めとした数人のモニター越しに向けた必死な土下座姿を…。

 

 実戦に使用されたフレームコートが見る影もなく破壊された事を、製作者であるシャンティに包み隠すことなく伝えたオデュッセウス。

 詳細な説明と真摯な謝罪を受けたシャンティは、執務室から王宮内に響くほどの泣き声が轟いた。

 幼い身体の水分を出し切るのではないかと思う程の涙の量に、喉を潰しかねない大音量の鳴き声。

 同じく壊してしまった黒の騎士団エースの枢木 スザクに紅月 カレンも土下座をしており、彼女が泣いた際には大慌てで泣き止むように必死に宥めようとしていた。

 その宥める際にオデュッセウスは多額の研究費の増額にジルクスタン製ナイトメアフレームの技術検証を任せると言う事で手を打って貰ったのだ。

 子供相手にそこまでしている様子は本当にどうなのだと思った。

 そして私はその子供をあやす為にナギド・シュ・メインにジャジャ・バッカ、ガン・ドゥ・グーンを新造する命令を出す事になったのだ。

 ちなみに三機はナウシカファクトリーでパール・パーティに調べ尽くされた後、ロイドやミルビルの下を渡って、最終的にはオデュッセウスの博物館に贈られる事になっている。

 無論武装面はロックしてだ。

 

 「不本意ではあるだろうけどこれからも頼むよ」

 

 確かに不本意ではあるが、超合集国に加入する事によって今までは選べなかった道を選べ、シャリオ様が憂いていた困窮しているジルクスタンの立て直し、ひいては苦しむ民を救う事に繋がる。

 彼らの為ではなく、今は無き王の為と思えば本意だろうが不本意だろうが関係はない。

 だからバルボナ・フォーグナーはこれからもジルクスタンでその能力を存分に振るうのであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。