コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~   作:チェリオ

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第146話 「新たな住人」

 ここは一体どこだろうか…。

 意識が覚醒してゆっくりと瞼を開ける。

 視界は酷くぼやけ、身体は重りでも乗っているかのように鈍い。

 気怠さも感じて本当に何が起こっているのか…。

 ぼやけた視野では辺りが暗い事しかわからず、肌より伝わって来る感触より上質なシーツのようなものが掛けられているのを察するばかり。

 嗅覚ではなにやら花の香りを感じる程度。

 耳に集中して聴覚を働かせると周囲に誰かいるらしく、物音が断続的に入って来る。

 口を開いて声を出そうとすると水気がないようで、ぺたりとくっ付いた唇が中々に開けない。

 僅かに空いた隙間よりヒュー、ヒューと吐息が漏れ、周囲に居た者が近づいてくる。

 ただ足音ではなくタイヤを転がすような音…。

 そう思ったら見えぬ者に対する不安は無かった。

 聞きなれた車椅子の音に安堵すら覚える。

 

 「姉さん。ようやく起きたんだね」

 

 あぁ、やはりと頬を緩ます。

 愛しい我が弟の声にこの状況下で安らぎすら覚える。

 どうやら寝すぎてしまったらしい。

 朝食を摂って、少し寝惚けた身体を起こすためにシャリオと湯あみでもしようかしら。その前に今日の予定を確認しなければ―――と、緩やかに思考を働かせ始めたシャムナの口元に細い筒が当てられる。

 

 「水だよ姉さん」

 

 丁度口がカラカラに乾いていたのでこれは有難い。

 細い筒…ストローを加えてチューと吸えば乾ききった荒野のようだった口が潤い、ゴクリと飲み込めば臓物に染み渡るような感覚が身体全体に伝わって来る。

 

 「ありがとうシャリオ…」

 

 ようやく言葉が出て、居るであろう方向に礼を言う。

 そろそろ起きなくては。私達にはやるべき事があるのだから………そこでようやく彼女――シャムナは焦りを覚えた。

 寝惚けた脳にフラッシュバックする記憶の数々。

 困窮するジルクスタン王国の為、飢えに喘ぐ民の為、そして何より愛すべきシャリオの為に実行に移した計画。

 オデュッセウスを捕縛し、V.V.を使ったCの世界との接続。

 動き始めた計画に対し、オデュッセウスは奪い返され、シェスタールは生死不明となり、首都への黒の騎士団の攻撃。

 何度も死に過去に戻り、幾度と翻弄してくる敵。

 最後に私は永久に眠れとのギアスを受けて………。

 

 「……私達は負けたのね」

 「そうだよ。ボクらは負けたんだ」

 

 全てを理解し、ようやく見れるようになった瞳には穏やかな表情のシャリオを映す。

 すとんと言葉だけの事実が胸に落ち、ぽっかりと風穴を空けられ喪失感だけが残る。

 私達の計画は潰えた…。

 あれもこれもどれもそれも全てが無と帰し、かけてきた資金に労力に時間を消費しただけで得るモノは無し。

 腕で目元を隠し、涙が薄っすらと頬を伝う。

 そんな中、コツコツコツと複数の足音が近づいてきた。

 もはや警戒する気さえ起きないシャムナは気怠そうにそちらに視線を向ける。

 

 「起きたようだね」

 「――ッ!?オデュッセウス…」

 「そのままで。一週間以上も寝たままだったんだ。身体も言う事を利かないだろう?」

 

 それほどに眠らされていたのか。

 いや、逆だ。

 一週間以上で起こされたというのが問題だ。

 現れたオデュッセウスにジェレミア、アーニャの三人を睨みつける。

 オデュッセウスはシャリオの横に立ち、ジェレミアはその護衛、アーニャは視界から出るように立ってこちらを伺っている。

 ナニカを警戒しているようだ。

 

 「あ、ギアスは無駄だよ。ジェレミアはギアスキャンセラーというギアスを無効化するギアスを有しているからね。代償が必要なら払うだけ払って不発で終わる」

 「あら?ゼロから私のギアスを聞いていないのかしら?」

 「聞いていようがいまいが関係ないからね。それに少し聞き辛いし…」

 

 頬を掻きながら困ったように呟く。

 その表情が何を意図しているかは察せれないが、彼らはギアスの詳細を知らない。

 思考が働きそう判断するも、すぐにだからどうする?と自問自答する。

 あれから一週間以上経っているというのが事実であるならば、たぶんジルクスタンは落ちているだろう。

 私自身の肉体能力で彼ら三人を打ちのめすのは不可能で、ギアスは死に戻りなので戻っても六時間前の睡眠状態では何も出来やしない。そもそも使おうとも死ななければならないのでその手段もないので使えないのだ。

 大きなため息を吐き出し、成す術もない事から必要ない警戒心を溶く。

 

 「で、私に何をさせる気なのかしら?」

 

 敗者の末路など解かり切っている。

 全ては勝者に絞り取られ、良いように使われる。

 半分以上自棄になっているのもあり、態度からどうにでもすれば良いと告げるシャムナにオデュッセウスはあるモノを差し出す。

 

 「では、これを渡しておこう」

 

 受け取ったソレを見て首を傾げる。

 正面から見てひっくり返し、捲り、握り、撫でる。

 困惑したシャムナはオデュッセウスに問いかける。

 「これはなに?」と…。

 その問いにジェレミアが肩を竦める。

 

 「それはエプロンと言って調理する際に飛び散る油などの汚れから衣類を護る調理者にとっての防具である」

 「いえ、そうではなく何故これを渡すのかと聞いているの」

 

 真っ直ぐに答えられたが、聞きたい事と違う事に目くじらを立てる。

 まぁ、立てたところでビビるどころか鼻で嗤われるだけなのだが…。

 威圧的にも取れるジェレミアの態度に腹を立てていると、オデュッセウスが宥めるように微笑を浮かべジェレミアの視線を遮るように立つ。

 シャリオは少し前に立ったオデュッセウスに警戒心を向けるどころか、普段通りの態度で別段敵意を抱いている様子を見せなかった。

 疑問に抱いているとコホンと咳払いして喋り出した。

 

 「日本の言葉には“働かざる者、食うべからず”という言葉がある」

 「私に給仕をしろとでも言いたそうね?」

 「ジルクスタンの予言の力かな?」

 「こんなことに予言は使わないわ」

 「そうかい。兎に角、君もシャリオ君もすでに公式上の死人だ。だが存在する死人は周囲を騒がす。特に君達は世界を揺るがしかねない」

 「なら―――」

 「始末するべき…かな。確かに後顧の憂いを断つのであればそれが最善策だろう―――けど、私は見てしまった。地面を這いつくばってでも爆弾に囲まれた君を助けようとしたシャリオ君の懸命な姿を」

 「私達を助けたのは同情とでも言いたげね」

 「半分正解で、もう半分は同じ弟妹を持つ身としては見捨てられなかった」

 「馬鹿馬鹿しい。それだけの理由で私達を拾うなんて非常識ね」

 「私は非常に我侭なのだよ」

 

 困ったように微笑んだオデュッセウスは自分でも理解しているようで肩を大きく竦めた。

 本当に馬鹿馬鹿しい。

 私達はとんでもない男に手を出してしまったらしい。

 パンドラの箱というのはこういうものなのだろうか…。

 一度開ければ災厄が撒き散らされ、箱の中には希望だけが残る。

 私達はこの男によって全てを失い、こうして生き長らえれる道が提示されているのだから。

 

 「あぁ、後々給仕の仕事はして貰うけど、当分は鈍った肉体の回復に励んで欲しい」

 「では、行こうか」

 「また来ます」

 

 去って行くオデュッセウスの後をジェレミアとシャリオが続いて退出していく。

 残ったのはアーニャのみで、私に給仕をしろと言った以上シャリオにも同様の事を言っていると判断し、それを問いかける。

 

 「シャリオはどうしたの?」

 「…改造した民間用のナイトメアフレームの作業機の操縦士」 

 

 それを聞いて何が何やら理解が及ばずに、頭痛に悩まされる。

 するとアーニャにポンと肩を叩かれ振り返ると「そのうち慣れる…」と一言。

 慣れると言うのはここでの生活の事なのか、無茶苦茶なオデュッセウスになのか…。

 もはや問いかける気力も失ってベットに力なく転がるのであった。

 

 

 

 

 

 

 “私は非常に我侭なのだよ”と偉そうに告げた私、オデュッセウスは一階にて床に両ひざをついて土下座をしていた。

 そりゃあそうだ。

 ジルクスタン王国の王族は今や超合集国が築いた平和に泥を塗った世界的な犯罪者という認識で、それが生存していたと罪状の下に罰が下されるのは当然だろう。

 なら誰にも気づかれずに死人のまま生きて行けば良い。

 …と、思っていた矢先にバレてしまったのだ。それも特にバレてはいけない相手に。

 

 「さて、どういう訳か話してくださいますか?」

 

 冷やかで怒気を含んだギネヴィアの視線が突き刺さる。

 アジア・ブリタニアを纏めている彼女であるが、無理やりにでも時間を作って無事な生還を祝いに来てくれたのだ。

 突然の訪問で何の準備も出来ず、オレンジ畑にいたシャリオ君が見つかってしまった…。

 シャリオ&シャムナ両名の生存を知っているのは私をジルクスタンより回収したマリーベルに、二人を内密に運んだオルフェウス君達のみ。

 ちなみにマリアンヌ様に父上様(シャルル)、ビスマルクも同様にステルス潜水艦にて運んでもらった。

 

 「えーと…た、他人の空似だよ…」

 

 自分でも苦しい言い訳だと理解している。

 けどこれぐらいしか出て来なかったのだ…。

 助けてとギネヴィアと一緒に訪れたカリーヌにクロヴィスとライラに向けるが、カリーヌは楽しそうに眺めるばかりで、ライラは助けようとしてはくれたもののクロヴィスが危ないからと制止した。

 

 「そうですか。名前も同じでしたが?」

 「ぐ、偶然にしては出来過ぎだよねぇ…」

 「同姓同名で容姿も同じなど、凄い確率ですね」

 

 そこまで言い終わると紅茶を飲み切ってカップを置き、冷や汗を滝のように掻いて、瞳が忙しなく動き回っているオデュッセウスに近づく。 

 土下座しているオデュッセウスに鋭すぎる視線が降り注ぐ。

 

 「なにか他に仰ることは?」

 「すみませんでした…」

 

 シャンティちゃんに続いて土下座を晒し、許しを請うも視線は突き刺さるばかり。

 状況にカリーヌがニーナの方へ振り向く。

 

 「っていうかさぁ、アンタは良い訳?」

 

 急に話題を振られてキョトンとするニーナ。

 意図を察し切れない様子に小さくため息を漏らす。

 

 「良いと言うのは?」

 「アンタとお兄様を危険に晒したあの姉弟を自分の家に入れる事よ」

 「あー、そんな(・・・)事ですか。確かに想うところはありますけど、なんだかこういう事に慣れちゃって別に良いかなって」

 「君も随分と逞しくなったね…」

 

 何かしらの話題に出たり、多少顔を合わせた事ある程度であるが、昔の弱々しい印象がガラリと変わっている事に苦笑いを浮かべる。

 そう言われればそうですねと軽く笑っているが、とても大変な状況であるのは変わりない。

 危険な馴れだと言う事にニーナもオデュも気付いていない…。

 

 「お兄様は許すのですか?」 

 「可笑しな事を聞くね。勿論許せないよ」

 

 笑顔だというのに言葉には怒気が含まれていた。

 一瞬の雰囲気の変化にライラがびくりと震え、その怯えた様子に気付いて怒気を押さえて大丈夫だよと頭を撫でる。

 

 「私は兎も角、ニーナや皆を危険に晒した事は怒っているよ」

 「ではどうして匿うのです!言ってくださればこちらで処理(・・)致します」

 「怒ってはいるけど情が湧いてしまったんだろうね」

 

 あんな姿を見てしまったのもあるけど、会話して倒さねばならないほどの敵には思えなかったのである。

 寧ろ会話していて楽しいと思った事も後押ししたのかも知れないな。

 困った笑みを浮かべてはいるも、考える気はないのだろうと察するクロヴィスは苦笑する。

 

 「姉上。こうなった兄上は頑固ですよ」

 「はぁ~…分かってます。解っているとも…」

 

 大きなため息を漏らしながら呟いたギネヴィアは、仕方が無いと諦めるしかないと判断した。

 事が事だけにシュナイゼルとも話をして対策をしておいた方が良いので、そちらの調整も考えなければと思ったギネヴィアは今頃ながらロロとレイラの苦労を痛感するのであった…。


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