コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~ 作:チェリオ
「このッ!!」
「え~い」
「ちょ、待っ――わぷ!?」
楽しそうな掛け声の後にくぐもった衝撃音と慌てた声が耳に入った。その光景を見ることは出来ないけど容易に想像でき、微笑ましくて頬が弛んでしまう。すると車椅子の持ち手に誰かが触れたのが伝わって来た。持ち手を持っている手を触れて相手を感じ取る。
「どうされたのですかお兄様?」
「いや、なんでもないよ…」
そう言ったお兄様の手が震えていた。あのことで不安に思っているのだろう。だから私は優しく包むように手を添えて、答える。
「大丈夫ですよ。皆さんが来てくれたのですから」
「…そう……だな。あぁ、そうだ」
「それにオデュッセウスお兄様まで駆けつけてくれたのですから」
「うん。兄上は別の意味で不安が残っているのだけど」
お兄様がどんな意図を持って言ったのかは解らないけれど心の底から安心していた。確かに数日前までは怖かったけれど今は昔からの友人のようにお兄様と接する枢木 スザクさん、日本に来てから初めてのお友達となってくださった皇 神楽耶さん、そしてブリタニア本国から来てくれたオデュッセウスお兄様が大きな支えになってくれている。勿論ルルーシュお兄様には一番感謝している。感謝してもしきれないほど。
事の始まりは四日前に枢木家の屋敷の人が立ち話をしていたのを耳にした事が発端だった。話の内容は私とスザクさんのお父様との政略結婚であった。ブリタニアに居た頃にもお姉様やお兄様達がこのままだとブリタニアはいつか日本と戦争をする事になるだろうと話していた事を思い出した。戦争回避や同盟をし易くなるように政略結婚をする事の理解はしている。しているのだがそれが納得出来るのかは別である。
だから私は逃げ出したんだ。
納得するのも理解するのも何もかもが嫌で逃げ出したのだ。
何も見ることの出来ない目で音だけで辺りが何処なのかを察し、自分の足代わりの車椅子を必死に進ませた。
突然の浮遊感の後に車椅子から強い衝撃を受けた。車椅子から転げ落ちて何が起こったか理解できず、辺りを触って現状を確認する。手からはひんやりとした土の感触が自分の背丈以上に続いている。土の壁は辺りを覆っておりなにかの窪みか穴だと理解するまでに時間はかからなかった。しかし下にはシートや本が置いてあったりと人が居た痕跡があることは不思議でならなかった。
兎も角、人が居た痕跡があるという事はいつかは見付かるという事。ずっとここから出られないという不安は消えたがいずれ連れ戻されると不安が強くなった。
誰かに助けを求めたいがルルーシュお兄様には相談するわけにはいかなかった。買い物などで出かけた際によく怪我をなされる。何があったかなどを話す事無く私に隠すようにしておられたが、消毒液の匂いや僅かにいつもと違う歩調で気付いて何があったかは想像出来た。そんなお兄様に相談しては私に黙って危ない事をしそう。それでお兄様に何かあったらと思うとそのほうが怖い…。
ルルーシュお兄様以外に私には皇 神楽耶さんに相談するという選択肢があった。
神楽耶さんは日本に来てから出来た初めてのお友達だ。出会いはお兄様がお出かけをなさっていた時に挨拶に来られた事がきっかけだった。自分はブリタニア皇族で相手は日本の名家という事もあり、何を言われるか内心恐々だったが…
「お髭のおじ様の妹さんですのよね?」
その一言で身構えていた不安要素が一蹴された。お母様が亡くなる数日前にオデュッセウスお兄様は日本に外交に来ていたのをテレビ放送で見て知っていた。話を聞いてみれば彼女がオデュッセウスお兄様と戯れていたのを見た覚えが有って、そこからは日本でどうだったか、ブリタニアでの普段はなどお兄様の話で盛り上がった。
久々に長く話してしまった。日本に来てからは心が休まる時間などほとんど存在しなかったし、ルルーシュお兄様は周りの大人を警戒して気を張っていたからだ。買い物から帰ってきたお兄様が困惑して声を漏らしていたのを思い出す。知らない人物が帰ったら居る時点で困惑しているのにすぐに相手が名家である皇家の人間と知ったら尚更困惑していた。困惑と警戒の色を漂わすお兄様を余所に二人で話し続けていると『ここでも話題は一緒なのだな』と呆れながら呟いていた。そこからはお兄様に対しての質問攻めだった。あんなに慌てながら無防備なお兄様は久しぶりでこの目が見えたらどれだけ良かったと思ったことか…。
話が逸れてしまったがそんな事があって以来神楽耶さんとは仲良くさせてもらっている。日本ではかなりの力を持っていることからいろいろと力になってくださるだろう。けれど初めてのお友達を巻き込んでしまって良いのかという考えが頭を過ぎる。しかもこれはブリタニア皇族と枢木家の話でお父様と話がついていればもはや拒否は出来ない。そもそも家同士の話に皇家を巻き込んで良い筈もなかった。
落ちた穴の中でいろんな事に悩み、一人で苦しんでいると近くに何かが降って来た。鈍い衝撃音と痛みを堪えるような呻き声が聞こえ声をかける。
「大丈夫ですか?」
「痛たた…ってナナリー!?」
「その声はスザクさんですね…」
「あ…うん」
この時の私はスザクさんに良い感情を持っていなかった。言葉使いも態度も乱暴で初日にルルーシュお兄様と大喧嘩をした相手。怖い人以上の感情を持っておらず、それを言葉から察したスザクさんは黙ってしまった。気まずい中での沈黙を破ったのはスザクさんの方だった。
「なんでこんな所まで来たんだ?」
たった一言だったが声色からいろんなものが読み取れた。酷い不安に少しの安堵、そして私を気遣っている事から私が逃げ出した理由を知っていると判断して話した。予想通り知っていたらしく本当に真剣に聞いてくれた。そして二人が落ちた落とし穴の話になってからここがスザクさんの秘密基地だった事を教えてもらって置いてあった本などの謎が解けた。が、出る手段がない事はどうにも出来なかったが。助けが来るまでの間は「ブリタニアでの暮らしを教えてくれよ」との事で私達が経験してきたものを教えた。時に笑い、時に怒り、時に悲しんだり感情を露にして聞いてくれたスザクさんに話の終わる頃には怖いという感情は無くなっていた。
徐々に日が暮れて夕方になる頃にルルーシュお兄様が助けに来るまで話は続き、出た後ではスザクさんはお兄様に初日の事や事情を知らずに悪口を言ってしまった事を謝り、お兄様も思うところがあったのか少し照れながら謝っていた。二人が仲良くなってくれたことは本当に嬉しかった。そして事態は大きく動いた。お兄様が知らないうちにスザクさんがオデュッセウスお兄様に連絡したのだ。話を聞いたオデュッセウスお兄様に神楽耶さんも力になると強く約束して頂き、もうナナリーの心には不安の文字は存在しなかった。
そして今、日本国にある神聖ブリタニア帝国の大使館で枕投げなる日本の遊びをしているらしい。
「ナナリーもおいで」
「え?お、オデュッセウスお兄様!?」
腰と足を支えるようにオデュセウスお兄様に抱き抱えられる。急に持ち上げられるものだから驚いて声が上擦ってしまった。そのままお姫様抱っこの形で運ばれるとふんわりとした感触が伝わる布団の上にそっと降ろされた。
「ナナリーも一緒に遊ぼう」
「それが良いですわ」
「オデュッセウスお兄様…神楽耶さん…でも私は目が」
「なら私がナナリーの目になろう。だから、ね」
「お兄様。はい、私も参加します」
「チーム分けは私とナナリー、お髭のおじ様でスザクとルルーシュで分かれましょう」
「おいちょっと待てよ!」
「そうだ。ボクはナナリーとあぷ!?」
勝手に決められたチーム別けに抗議の声を上げたスザクとルルーシュだったがナナリーがオデュッセウスの指示で投げた枕が直撃して最後まで言えずに終わった。
「良いよナナリー。次はこの方向で仰角15度」
「ここですね」
「凄いですわ。スザクに命中です」
指示通りに投げられた枕はスザクの顔面に直撃した。相手にナナリーが居る為に手出し出来ないルルーシュと、女の子に思いっきり投げる事の出来ないスザクはお互いに悩み口を開いた。
「どうするんだよルルーシュ」
「ボクはナナリーに投げたくない。君は?」
「女の子に枕といえど思いっきり投げれないだろ」
「だったら簡単だ。昔の戦場では砲弾の命中精度を上げる為に必要なものを排除するんだ」
「つまりどういう事だよ!?」
「敵観測手の排除。つまりは…」
話し合った二人は同時にオデュッセウスに枕を投げる。位置がわからないナナリーに神楽耶が位置を教えてオデュッセウスは身体の大きさから良い的になった。このときのナナリーは久しぶりに心の底から楽しんだ。それはルルーシュもスザクも神楽耶も同じであった。赤く輝く右目をばれないように隠しているオデュッセウスもだ。
日本から本国に戻ったオデュッセウス・ウ・ブリタニアは堂々とした態度で微笑を浮かべたまま硬直していた。
久しぶりに父上様から夕食を一緒に摂らぬかと伝言を受け取っていざ来てみれば、長すぎる長机の上座に父上様が手を組んで座っており、すぐ近くには長机に腰掛けているアーニャの姿があるが、状況から考えてマリアンヌ様なのだろう。いつもなら待機しているはずの執事やメイド、近衛は退席しており三人のみの空間である。監視役のロロは勿論、専属騎士であるノネットですら入室させてもらえなかった。
不味い…。
何が不味いか解らないが兎に角不味い。今すぐ踵を返したいほど嫌な予感しかしない空間に胃が痛むが、無理をしてでも空いている席に腰を降ろす。鋭い眼差しと悪戯っぽく微笑んでいる両者の視線がこちらに向けられ冷や汗が吹き出そうになる。
「貴様は知っておるらしいな」
「はい?何のことでしょう?」
「惚けなくて良いのよ。貴方の事だから察しているでしょうに」
すみませんが何の話かさっぱりなのですが…。時期的に起こる事と言えば日本との戦争だろうがまだ私は何もしていない。というか帝国議会で戦争の話は議題にもあがってなかった筈であるからする事など原作知識を使っての準備ぐらいだが。
「マリアンヌを我が兄、V.V.が殺害した事だ」
「その事でしたら知っております」
「あぁ、心配しなくてもシャルルが貴方を疑っているわけじゃないわ。どちらかと言えば何かされるのではと危惧しているぐらいなんだから」
「危惧ですか?」
「うむ。今回貴様を呼んだのはその事に他ならない」
伯父上様との関係は良好だと思っていたのは私だけなのでしょうか。初めて会った時はあまり会話しませんでしたが、ルルーシュとナナリーが日本へ向かった後に取り寄せた饅頭を持って行ったときには別に嫌われている感じはなかったのですが。それにしてもギアス饗団の子供達がお土産に大喜びしてくれたのは嬉しかったな。
「私が狙われているという事ですか?しかし私にそのような危険性があるようには思えませんが…」
オデュッセウスは『癒しのギアス』という殺傷能力・洗脳能力皆無の力と、性格的に合いそうな者を集めた親衛隊ぐらいを思いつつ発言したがマリアンヌ様のため息が否定を表した。
「誰かしらね。少し脅してきますと言っておいて、本国の艦艇とエリアに派遣している予備戦力の艦艇まで掻き集めて出陣したのは?」
「うッ…いえ、それは―」
「しかも中華連邦とEUに対して牽制も行なう手際のよさは私どころかシャルルも驚いていたわよ」
「あれは何と言いますか…」
「いつの間にか日本にもパイプを持ったそうじゃない。ギアス饗団からの監視も手懐けたようだし」
「何故それを!?」
アーニャの顔でケタケタ笑うマリアンヌ様とは違って父上様は至って真面目な表情のまま見つめてくる。それだけヤバイという事なのだろう。口を閉じてこちらも真剣な表情で見つめ返すと口を開いた。
「マリアンヌが殺される前に貴様に日本行きの話が出たのは兄さんの進言なのだ」
「貴方がどこかに行きたがっているかを聞いた上でね」
「タイミング的にここから離れさせねばならぬほど警戒はされている」
「そこまでですか…」
このままではのんびりライフを叶える前に暗殺もありえるのではと嫌な考えが頭を過ぎる。ロロや最近会ってないクララちゃんは何の根拠も無いが心配いらないとは思う。二人が大丈夫だとしてもギアス教団には暗殺に向いたギアスユーザーなんて余るほど存在するはずだから警戒なんて無意味なような気もするが。
「ゆえにオデュッセウスよ。貴様に二ヶ月間日本に関わる事を禁ずる」
「はい……………はい?」
「当面の間はナイトメアフレーム関連の開発局創設から運用を任せる」
「少しお待ちください。何ゆえ日本に関わるなと?」
「シャルルはね。V.V.からルルーシュとナナリーを守る事も視野に入れて日本に対して宣戦布告をするのよ」
戦争のどさくさで死亡したことにすればV.V.に狙われる危険性もなくなるという考えには納得する。が、守る事『も』と言った事から父上様達にとっては神根島の方が大事ということか…。悲しく思うがそれを表情に見せずに話を聞き続ける。
「兄さんにこれ以上貴様を危険視させないためには大きな力を増やさない事が望ましいだろう」
「貴方が外交をしてくれたら戦争もしなくて良かったんだけどね。でもそのままだと皇家に枢木家などと良い関係を築いちゃうでしょ?だから関わらないでほしいの」
「これは神聖ブリタニア皇帝の命である」
「――――了解いたしました皇帝陛下」
自分の心を押し殺して返事をする。ルルーシュにナナリーは勿論、スザクくんや神楽耶さんの無事を祈るばかりだ。と言ってもいろいろと動くのではあるがそれは内緒という事で。