コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~ 作:チェリオ
負けた……。
神聖ブリタニア帝国第二皇子で宰相の役職を持つ、シュナイゼル・エル・ブリタニア肝入り部隊『特別派遣嚮導技術部』に所属する枢木 スザクは晴れやかな気持ちで現実を受け入れていた。
ナリタ連山での作戦で大きな損害を受けたブリタニア軍は、主力部隊の再編と突然起こった土砂崩れで埋もれた敵味方の救出作戦で手一杯で、逃亡した日本解放戦線を満足に追う事も出来なかった。幸いにもブリタニア軍の誘導が功を奏して、麓まで達した土砂崩れで一般人に被害が出なかったのは僥倖だろう。
いつもなら相手にもされないが、人手不足でナンバーズの手でも借りたかったブリタニア軍より救助活動へ参加するよう要請があり、救助活動時のデータ収集を兼ねて特派はナリタでの要請を受諾した。ランスロットの搭乗者であるスザクは少しでも人を助ける事が出来ればと強い意志で望んでいたが、結果は悲惨なものばかりだった。
救助作業を終えた特派のメンバーはコーネリア総督からの勅命で、トウキョウ租界に近いブリタニア軍演習場に来るように指示された。内容は模擬戦をせよというものだった。情報のほとんどが伏せられ、対戦相手がグロースターを用いる事以外は相手の所属さえ分からない。そんな相手にスザクはサザーランドで挑むようにロイドに頼まれた。今回はランスロットのデータ収集よりもスザクの技能のデータ収集を優先するとの事だった。
ちなみに特派にはサザーランドは支給されてないし、配備された記録はブリタニア軍のデータベースにも存在しない。なら今回模擬戦に使用されたナイトメアは何処から出てきたかという疑問が発生する。端的に言うと無期限の修理機とでも言えば良いのか…。以前に何度も打診した模擬戦が一度だけ受領された事があり、その際に相手側がサザーランドを準備してくれたのだ。結果はスザクの圧勝という結果に終わり、特派は大学へと撤収する流れだったのだが、ロイドが相手側にサザーランドの修理を申し出たのだ。修理してくれるのならとあっさりサザーランドを一機任されたが、期限を言われなかったというとこをいいことに特派の私物と化してしまったという事である。
そんな経緯のあったサザーランドでグロースターと全力で戦い、負けた。機体性能に押し切られたなんて言い訳は通用しないほど相手の技量に押された。磨きぬかれた技術と鍛え抜かれた技の数々で圧倒され、言い訳のしようがないほどの敗北を受けた。自身は持てる力の全てを出し切ったし後悔はない。
大きく息を吐き出しながら時計を確認する。彼は今、演習場ではなく特派が間借りしている大学内の研究室で待機していた。演習場では相手が誰だったのかとかいろいろ知りたかったのだが、現れたコーネリア総督が「ご苦労」と形だけの労いの言葉をかけ、もう用はないと言わんばかりに帰らせたのだ。対戦相手を知らせたくないような思惑もあったのだろうと推測するが、それ以上にロイドさんの事を好いていないらしい。対してロイドさんは総督が現れた時からあまり関わりたくないらしく、終始セシルさんの背後に隠れてさっさと撤収したのだ。
帰ってきたのは午後の授業が始まった頃で、やるべき仕事がなければアッシュフォード学園で友達と顔を合わせるだけでも行った方がいいと言われるのだが、今日はロイドさんから待機命令が出て待機しているのだけれどいつまで待てば良いのかまったく教えられてない。待つしかないが待つという事はアレが出来上がる時間にぶつかる事に…。
何でも新しいレシピを覚えたらしいので皆に振舞いたいとの事で大学の調理室を借りている。待機命令の原因であるお客の出迎えにロイドは行き、待機命令を受けている自分以外の特派のメンバーはロイドさんに許可を取って出払っている。皆それぞれ理由は違うが本当の理由は同じはずだ。セシルさんの作った料理から逃げる為だ。
おにぎりの中身がブルーベリージャム……。
これを聞いただけで大抵理由を理解できるだろう。レシピを調べるのだが作る段階で大き過ぎるアレンジを加えてしまうのだ。確実に悪い方向に…。
「ここが特派か。意外と綺麗にしているな」
「まぁ、セシル君に言われているからねぇ」
「なら納得だ」
声が聞こえたので入り口の方へ視線を向けるとそこには白衣姿のロイドさんと、紋章の描かれた黒のインナーを胸元から覗かせ純白の制服を着た騎士が微笑みながら歩いてきた所だった。髪は深緑色の女性騎士には見覚えがあり、視線が合った瞬間向こうも気付いたようだ。
「ノネットさん!?いえ、ノネット・エニアグラム卿」
「ははは。久しぶりだなスザク君」
陽気に笑いながら手を振るうエニアグラム卿に対して姿勢を正して心臓の辺りに右手を置いて敬意を表す。が、その対応に困ったような笑みを浮かべさせてしまった。
「硬い。硬いな。もっと気楽に接してくれていい。ノネットさんと呼んでくれ」
「い、いえ…」
「本人は良くても真面目なスザク君には難しいだろう」
「それもそうですね殿下」
ロイドさんとエニアグラム卿の後ろから現れた人物にさらに姿勢を正す。そこに居るのは全身黒一色の服装を着たオデュッセウス・ウ・ブリタニア第一皇子が立っていた。
オデュッセウスはノネットと共に特別派遣嚮導技術部が間借りしている大学へと赴いていた。今回はロロに無理を言って護衛は無しにして貰った。本当はいけない事なのだが特派の後に向かう先に問題があって連れて行けない。いつになく真剣な感じで言ったら納得はしてくれなかったが了解はしてくれた。変装して危ない箇所は避けて通っていく中、途中で合流したノネットには尾行している者が居ないかを一応確認してもらったが居なかったそうだ。
このエリア11にノネット・エニアグラム卿が居るのは私がとある事をお願いをしたからだ。内容はクロヴィス・ラ・ブリタニアの護衛。そう、元エリア11の総督であるクロヴィスはここ、エリア11に副総督補佐官として来ている。命は取られなかったがテロリストに敗北した結果から皇位継承権を奪われ、自身の将軍であるバトレーは本国へ強制送還され罪に問われ、信頼していた純血派はキューエル卿が代表になったがほとんど機能できていない。しかも親衛隊はシンジュクゲットーで全滅とくれば自由に動かせる部隊なんて皆無となっていた。なのでノネットに頼んで護衛についてもらったのだ。ちょうど担当していた戦線も片付いた事と友人で後輩のコーネリアが居るエリア11が気になった事もあって来たがっていたらしい。
「本当に久しぶりだね。スザク君」
「お久しぶりですオデュッセウス殿下」
「あれ?スザク君もオデュッセウス殿下と知り合いだったんだね」
「はい。以前に」
「ああ、ロイドは知らなかったんだね。七年以上前に訪れた事があって、そのときにスザク君とも知り合ったんだ」
納得するロイドを見てここの面子がすごい事になっている事に今更気がついた。ブリタニアの第一皇子に現役&未来のナイト・オブ・ラウンズ。そしてナイトメア開発の第一人者。
「え!?お。オデュッセウス第一皇子様!?」
凄い面子だなと感心していると驚いた声が聞こえ、振り返るとおぼんを持ったセシル・クルーミーが慌てながら立っていた。急いでおぼんを近くのデスクに置いて頭を下げられる。
「始めましてセシルさん。オデュッセウス・ウ・ブリタニアです。どうぞ宜しく」
「こ、こちらこそ宜しくお願いします。殿下に名を覚えられているなんて光栄です」
「え?…あ!ああ、ロ…ロイドからいろいろ聞いていてね」
原作で知っていた為に名前を呼んでしまったが気をつけなきゃ。本人はそうですかと納得しているし、話した事になっているロイドは話したかなぁ?と呟いたものの別段気にしてないようだった。
「そ、そういえばノネットはスザク君と模擬戦をしたんだろう?どうだったんだい彼は」
焦りながらノネットに話題を振るとスザク君が驚いた表情をしていた。
「あのグロースターはエニアグラム卿だったのですか」
「コーネリア殿下は仰られなかったのかい?ああ、そういう事か…」
「えっと…どういう事でしょうか?」
「いや、殿下はどうも大切な兄上様のお友達になっているロイドが気に入らないようだって話さ」
「僕としてはどうして嫌われたのか…」
「ロイドらしい所を嫌っていると思うよ。貴族の権威的な」
言われて納得する。原作でもそうだったけど関わって余計に感じるようになった。ロイドって一応伯爵なんだよね。まったく貴族らしさがないというか…。そういう所をきっちりしているコーネリアは気に入らないだろうね。
「とりあえずロイドの話は置いておいて、かなりできる感じでしたよ。今日は機体との相性がイマイチなようでしたが」
「あは♪それは今日の機体とかではなくランスロット以外の機体ではスザク君の操縦に追いつけないんですよ」
「ほお!ならばそのランスロットに騎乗している時に手合わせしたいものだな」
「こちらとしては良いデータを取れる話ですけど現行のナイトメアでは性能が違いすぎて相手になりませんよ」
「しまったなぁ……私も自分のナイトメアを持って来られれば良かったのだが……」
騎士として戦いたがっているが高性能なナイトメアを持ってきていなかった為に口惜しそうな表情を表すノネットに、ニンマリと笑みを浮かべる。
「それで頼んでおいた物なんだけど…」
「はいは~い。セシル君。アレを」
「は、はい。アレ…ですね」
ロイドに言われてセシルはコンソールを操作してランスロットの隣に設置されていた物を隠していた布を外す。中から現れたのはランスロットと瓜二つのナイトメアフレーム。違いと言えばランスロットの金色の部分が青色に変更され、頭部から一本の角のようなものが伸びている事ぐらいだ。
新しいナイトメアに目を引かれるスザクとノネットと違い、オデュッセウスは見覚えのあるナイトメアに感動していた。コードギアスのゲーム『ロストカラーズ』で出てきた主人公にロイドが用意したオリジナルナイトメア。
「世界で二つ目となる第七世代KMF Z-01bランスロット・クラブ」
「性能はランスロットと同じですが接近戦特化の調整を施してあります。武装は接合型のメーザーバイブレーションソードを二本にスラッシュハーケン四つ、通常ライフルから狙撃ライフルにまで使える可変式アサルトライフルを装備しています」
「狙撃時にはファクトスフィアを開きっぱなしだからエナジー消費が通常の15倍とかなり高いけどね」
「良いね。実に良いよ」
特別派遣嚮導技術部はシュナイゼル所属の部隊だがランスロットはシュナイゼルだけの物ではない。友人であるロイドと接点を持っていたことからランスロットの構想を聞いて、シュナイゼルに頼み込んで共同出資の形を取らせてもらったのだ。おかげでこうしてランスロットクラブを手に入れることが出来たわけである。
「どうだいノネット?」
「ええ、話を聞いただけで喉から手が出てしまいそうですね。さすがはロイド伯爵」
「いや~、システム面や調整には手間取ったけど作るのは簡単だったよ~。ランスロットの予備パーツで組み立てただけだし」
「それは後で予備パーツの請求書に目を通しておこうかな。で、乗ってみるかい?」
「宜しいんですか!?」
「勿論だよ。その為にロイドに頼んだんだから」
「光栄です殿下」
皇帝十二騎士であるナイト・オブ・ラウンズは専属の技術部隊を持っている。ビスマルクなどは独自の専用ナイトメアを持っているがすべてが持っている訳ではない。ほとんどがグロースターのカスタム機であり、独自のナイトメアを作れるほどの技術者など限られている。そこで希少な技術者を持つところと契約を持つラウンズが居るわけだ。うちの技術部門とはナイト・オブ・スリーのジノ・ヴァインベルグがまさにそうである。KMF技術主任のウィルバー・ミルビルは元々シュタイナー・コンツェルンのKMF技術主任で、その時にジノからシュタイナー・コンツェルンにナイトメアの注文を受けており、うちに来ても継続して作業を行なっている。もう一機シュタイナー・コンツェルンにデータを送る約束で引き抜いたので仕方がない。
ノネットもうちの技術部に願い出ていたのだが現状は前の仕事で手一杯なウィルバーに余力はない。なのでロイドにランスロットタイプを頼んだ。ランスロットの性能なら他を凌駕するだけの性能を持っているから満足すると思って。確か漫画か何かではラウンズでもランスロットを使いこなす者は少ないって書いてあったような気はするが、そのときはそのときで再調整してもらおう。
「これでランスロットと戦えるね」
「良し!では今から―」
「いえ、まず演習所に使用する申請書を―」
水を得た魚のように生き生きしているロイドとノネットからそっと離れて先ほどセシルさんが置いたおぼんへと視線を移す。遠目でも分かったのだがやはり素麺だった。ざるの上に盛り付けられた素麺は珍しく綺麗な緑色一色だった。前世の記憶なのだが素麺が食事で出てきたときには一本だけ混ざったピンク色や緑色の素麺を奪い合ったっけ。
妙に懐かしい気持ちになっていると見ていることに気付いたセシルさんが近づいてきた。自分が作ったものをずっと眺められていたら気にもなるだろう。
「これはセシルさんが?」
「ええ、特派の皆に振舞おうと思ったんですけど皆用事で出て行っちゃって」
「でしたら一皿貰っても?」
「え?ええ、勿論です」
「良かった。恥ずかしながらここまでランニングを兼ねて来たものでお腹が空いていましてね」
「政庁からここまで走ってこられたのですか…」
誰の席か知らないがデスクに腰掛けて箸を手に取る。つゆの入った入れ物を左手で掴んで、素麺を箸で摘んで少しだけ浸ける。本来なら音を立てて啜るところだけれども人前ということで音を立てずに口に含む。
時が経つのは残酷なもので、昔の記憶が薄れていく。過去の私が見たら何をしているんだと言うだろう。今の私はどうして口に含んでしまったのだろうと後悔している。
「あ!殿下!?まさか食べちゃったんですか…」
「あー…セシル君。お茶はあるかな?」
「そういえば。すぐに淹れてきますね」
お茶を淹れに離れた事を確認してロイドとスザク君は心配そうに駆けてくる。ひとりだけ理解してないノネットは疑問符を浮かべたままだが…。
「大丈夫ですか殿下?」
「うん。大丈夫ではないね」
「お~め~で~と~う。新たな犠牲者になっちゃいましたね」
「こんな素麺は初めて食べたよ」
つゆにわさびが無いなと思ったら麺のほうにわさびが入ってました。というかこの緑はわさびの色だった。一口で涙が溢れてきているんだがこれは拷問かなにかか?しかも隠し味なのか抹茶の味が後から広がってくるんだ。つゆもつゆでめんつゆでなくて濃い口醤油。日本系でそろえているがアレンジの加え方を間違えている。
セシルがお茶を淹れて戻ってくる前に『もったいない』精神で完食したオデュッセウスは量のアドバイスを書いた紙を残してその場を後にした。メモには不味いなどの相手を不快にさせる言葉は使っておらず、さらに詳しい感想を欲したセシルにロイドとスザクも食べさせられ、涙を流したという…。
大学を出て向かいにあるアッシュフォード学園を眺めるオデュッセウスは口元を押さえて考えていた。
ここには素性を隠しているルルーシュとナナリーが通っている。その事を父上様を始めとした皇族に知られてはとても困る。困るのだが会いたい…。同じ日本の地にいるのだから会いたい。理由はなんとでもなる。友人のミレイ・アッシュフォードに会いに来たとか………無理があるな。
ちなみにクロヴィスがエリア11入りしたので妹のライラも来ている。来週からアッシュフォードの中等部に通うらしいのだがナナリーは大丈夫だろうか。クロヴィスは私が関わっていた人物が運営している点で決定したらしいが勘弁して欲しい。どうにかしてルルーシュに話を通しておきたい。
難しい顔して悩んでいるのだが、口を押さえているのは先ほどのダークマター……セシルさんの素麺の後味が凄く残っているせいなんだけど。何か口直しになるものないかな?
二つのことをずっとここで悩んでいてもどうにもならないどころか不審者認定される前に動こう。そうと決まれば懐から携帯電話を取り出してアッシュフォード学園長へと連絡をつけようとする。
「今だ!!」
急に上げられた声とこちらに向かって来る気配にとっさに振り向き、接近戦で対応しようと構えたのだが動けなかった。一歩どころか指さえも動かせなかった。
何故君達がここに居るんだ?
疑問を浮かべたままのオデュッセウスは、桃色の中等部の制服を着たツインテールの学生と高等部の制服を着た白銀の髪の美少年に取り押さえられた…。