コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~   作:チェリオ

33 / 150
第33話 「たとえ妹相手でも引けぬときがある!」

 トウキョウ租界外縁部シンジュクゲットー

 

 神聖ブリタニア帝国が占領して七年が経っても復興さえさせてもらえないゲットーのひとつ。最近ではブリタニア帝国第三皇子であるクロヴィス・ラ・ブリタニアの命令の下で大虐殺の場として。そして命じたクロヴィスが暗殺されかけた場所として知られた地である。

 

 そのシンジュクゲットーに二機のナイトメアが付近を用心深く探索しながら進んでいた。一機は通常よりも黒めの塗装を施され、背にはマントをつけていないグロースターで、もう一機は肩やファクトスフィアの装甲などをオレンジ色で塗装した純血派専用にカスタムされたサザーランドであった。

 

 サザーランドに騎乗しているクロヴィスの専属騎士であるキューエル・ソレイシィは額の汗を拭いながら、視線をあちらこちらへと走らせる。付近には人っ子ひとり居ない廃墟が立ち並ぶばかりで目標とされるものは見当たらない。

 

 「本当に居るのでしょうか?」

 『気を抜くなよ』

 

 呟いた一言にすぐさま返事が返ってきた。返事を返したのはグロースターに騎乗しているアンドレアス・ダールトン将軍だ。堂々たる声の中に焦りのような感情が見えた気がするが気のせいではない。相手は武勇で知れるコーネリア殿下よりも格上とされる御方。少しでも気を抜けば一瞬でやられるだろう。

 

 「ダールトン将軍はどう考えられますか?この戦いを…」

 『下らない事を気にする奴だな。私も卿も仕える御方が違うといえど主君を持つ身。その主君が戦えと言うのであれば戦うのみ。そうだろう?』

 「はい。私も同じ考えではあります。ありますが…」

 『あるが…なんだ?』

 「皇族に刃を向けるなど…正気の沙汰では―ッ!?」

 

 言葉が一発の銃声で掻き消えた。しかも銃声よりも早くグロースターの右足が撃ち抜かれた。頭が狙撃と判断する前に倒れたグロースターに駆け寄って助けようとしたが、グロースターによって突き飛ばされてしまう。

 

 『馬鹿者!狙撃手がナイトメアの弱点で一番大きな的になるコクピットを狙わなかったのは囮として引き付ける為だろうが!』

 「しかしダールトン将軍!」

 『行け!ここで二人も脱落しては姫様に申し訳が立たん。早く行って姫様と合流するのだ!』

 「くっ…では」

 

 急ぎその場を離れようとグロースターに背を向ける。ダールトン将軍のグロースターが自分を逃がそうと発砲地点へ持っていたバズーカを乱射するが、またも一発の銃声が響いてグロースターの反応が消えた。歯を食い縛って自分を逃がそうと奮闘してくださったダールトン将軍に報いる為に速度を上げる。が、無慈悲にもその進みは止まってしまう。最高速度で移動するサザーランドの足に銃弾が直撃したのだ。片足を失ったサザーランドは地面に激突し、機体は地面を削りながら転がっていく。止まったサザーランドのモニターには探していた目標が映し出されていた。

 

 1.5キロ先の高層ビルの一室より狙撃用のライフルを構えた灰色のグロースターを…。

 

 

 

 

 

 

 「目標への着弾を観測。足の損傷を確認。続いてコクピットへの狙撃を行う」

 

 狙撃用のスコープを覗くオデュッセウスは何の躊躇もする事無くトリガーを引いた。すでに足は破壊し、移動手段として用いられるスラッシュハーケンは機体が倒れて地面に向いている為に無意味。弾丸は動かぬ標的のコクピットを貫いた。

 

 汗一つ掻く事無く狙撃を成功させたが、その表情には喜びや達成感はなく、ただただ真剣な面構えのままだった。ライフルを担ぐと大穴が開いている壁より跳び出し、スラッシュハーケンを飛ばす。刺さった場所を軸に機体を動かし地面まで急いで移動する。先の銃声でおおよその位置は把握されているだろう。この場所を放棄して次の狙撃地点に移動しなければ包囲され、いずれはやられてしまう。

 

 「…やはり来たか」

 

 レーダーに高速で接近する機影を見つめながら足を止めて振り返る。背後より純白のナイトメア…ランスロットが向かってきていた。ライフルを投げ付けてコクピットに取り付けた廻転刃刀を抜く。投げ付けたライフルはMVS(メーザー・バイブレーション・ソード)により真っ二つにされたが、ほんの一瞬の目暗ましになった。その隙に斬りかかったが素早く対応されてMVSで受け止められてしまった。

 

 「さすがはスザク君だ。倒せるとは思わなかったが一太刀は浴びせられると期待はしてたんだが…」

 『オデュッセウス殿下。どうか降伏を!自分は殿下と戦いたくありません』

 「私も戦いたくないよ。縁側でお茶とお茶菓子を持ってのんびり過ごしたい」

 『では…』

 「しかし出来ない。止める事は出来ないんだ。人として!男として!兄として引けぬ時がある!」

 『今がその時と…そういう事ですか!』

 「そうだ。ここで引く訳にはいかない。意地でも押し通る!!」

 

 上段から振り下ろしていた廻転刃刀の向きをずらして横へと切り払う。動きに合わせてランスロットはMVSで受けながら距離をとった。機動性に反応性、パワーでも負けているグロースターでランスロットの相手をするのは難しい。ならばと狙撃用ライフルとは別に腰に装備していたアサルトライフルを手にとって、後退しながら撃ちまくる。勿論、ランスロットを狙って撃ったところで回避されるかブレイズルミナスで受け流されるかだ。

 

 道幅の狭いビル群の間に伸びる道路よりビル上層を撃ち続け、砕けた残骸がランスロットを押し潰そうと上から雪崩のように降り注ぐ。が、通れるか通れないかの微妙な隙間をスラッシュハーケンを用いて通過してくる。アニメ第一期の二話目からこの行為は然程意味が無い事は重々承知している。元より潰れるとは思っていない。アレだけの残骸を回避するのだから嫌でも意識のほとんどは残骸へ向けられる。左腰に取り付けた新装備を左手で掴む。

 

 握った円柱状の上部には蓋があり、親指で弾いて蓋の下にあったボタンを強く押す。すると下部の穴より20センチほどの鋭利な円錐形の針が姿を現す。意識がこちらに向かないようにアサルトライフルで残骸を降らせ続けながら、通り様にビルの壁に突き刺す。

 

 「やはりこれぐらいでは足止めにもならないか。ラウンズ並みじゃないかな?」

 『…まだ続けますか?』

 「もう少しは―――ね!」

 

 撃ち続けたアサルトライフルはあっさりと弾切れを起こした。急ぎマガジンを交換しようと予備のマガジンに手を伸ばす振りをすると、障害物であった瓦礫も降ってこなくなった道路を一直線に駆けて来る。先ほど壁に刺した所にランスロットが差し掛かった辺りでほくそ笑んだ。

 

 壁に突き刺した円柱型の装置は感知式の設置型のトラップである。中には20メートル先まで伸びる特殊素材で出来たワイヤーが五本仕込まれており、先には壁などに刺さるように針のようなアンカーがついている。五本のワイヤーが向かいの壁まで飛び出し道を軽くだが封鎖した。このワイヤーには90秒ほど超高圧電流が流される仕組みになって、引っ掛かったナイトメアを行動不能にする。まだ実験段階のプロトタイプで量産の目処どころか名前さえない。

 

 勘ではあるだろうが危険性を感じて手前で止まった。そこに腰につけていた予備のマガジンではなく、同じく実験段階である次なる新兵器を手にとって投げ付ける。投げた武器は『誘導型ケイオス爆雷』と名付けられたケイオス爆雷の亜種になる。通常のケイオス爆雷と同じで相手をロックオンする所までは一緒だが、手から離れて3秒後には下部のスラスターと方向調整用のスラスターにより相手に向かって飛んで行く。

 

 ワイヤーの前で立ち止まったランスロットを射程に収めると先端部分の装甲が弾け飛び、光ニードルを前方に撒き散らす。スラスターや誘導装置などを積んだ為に光ニードルの装弾数は減って掃射時間は半分以下になったが、それでもナイトメアには脅威の武器である。さすがに回避は無理だったが両腕のブレイズルミナスで防がれた。ここまでは予想通り…あとは自分の運と彼女を信じるのみ。

 

 『ここまでです殿下。すでに武器は廻転刃刀のみ。それでもまだ―』

 「相手が格下ならまだしも君が騎乗したランスロット相手に近接戦闘は難しいか」

 『でしたらここは私にお任せを!』

 「間に合ってくれたか。良かった」

 『まさか先ほどの射撃は目立つ為に!?』

 

 MVSを両手に一本ずつ構えたランスロットとオデュッセウスのグロースターの間に一機のナイトメアが割り込んできた。ランスロットタイプの二号機で、帝国最強の十二騎士『ナイト・オブ・ラウンズ』でナインの数字を皇帝より授かりしノネット・エニアグラム卿の機体――『ランスロット・クラブ』。

 

 『オデュッセウス殿下は先へ行ってください。ここは私が』

 「うん。任せたよ」

 『行かせません!』

 

 この場を離脱しようとしたオデュッセウスを追おうとしたが、クラブが持っていた大型ランスの一振りによって止められる。距離を取るとランスを地面に突き刺し、コクピットの左右に取り付けられた二本のMVSを抜き、柄と柄を合わせて両刃の武器へと姿を変えた。

 

 『まさか私を無視していこうなんて冷たいじゃないか』

 『何故エニアグラム卿まで!?』

 『簡単な話さ。私はオデュッセウス殿下の騎士でもあったんだ。なら情や忠誠心があってもおかしくないだろ?』

 

 スザクはモニターからグロースターが離れていくのが見えていたが、もはや追う事は諦めていた。今は目の前の相手に本気で挑まなければならないのだから。

 

 クラブは両刃のMVSを左手で持ち、大型ランスを右手で掴むと先を向けてきた。

 

 『それが理由ですか?』

 『まぁ、ランスロットに乗った君と戦ってみたいというのが正直な本音かな』

 『……分かりました。では本気で行きます!』

 『じゃあ、始めようか!』

 

 オデュッセウスはオープンチャンネルで聞こえてきた声で、少しだけ振り向いた。

 

 初手はクラブの大型ランスの投擲で二人の戦闘は始まった。対してランスロットはMVSで横一文字に切り裂き、もう一撃で縦に斬って叩き落した。そこを加速してきたクラブが両刃のMVSで襲い掛かる。赤く輝く刃は確実に胴体を捉えたと思った矢先、上体を後ろに反らして避け、そのまま地面に手をついて蹴りを喰らわそうとする。蹴りに気付いて柄の部分で防いだが、ランスロットはカポエラのように手を軸にして身体を回しつつ再び蹴ろうとする。

 

 焦る事なくギリギリで屈んでMVSで今度こそ胴体を斬らんと振るう。

 

 両手のスラッシュハーケンを地面に打ち込み、その反動で自身は空中に逃げて真っ二つにはならなかったが、両手のスラッシュハーケンは切断されてしまった。

 

 空中のランスロットは身体を捻りつつ、真下のクラブへと蹴りをお見舞いする。衝撃で後ろへと下がったクラブに追撃しようと二本のMVSで迫る。

 

 「もはや人間技じゃないよね…」

 

 二十秒にも満たない戦闘に唾を飲み込みながら見入ってしまった。今も二人はお互いのMVSで斬り付け、防ぎの攻防を繰り返している。よく戦闘シーンで舞うようにと表現する事がある。が、あの二人の戦闘は別物だ。まるでチャンピオン級のボクサーが至近距離で殴り合いをしているかのように荒々しいものだった。斬るだけではなく、蹴りや殴り、頭突きなどナイトメアが出来る攻撃手段をすべて使って相手を倒そうとしている。

 

 敵大将を狙う意味で離れたが今は別の意味で離れている。あの二人の近くに居たら確実に巻き込まれてやられてしまう。

 

 『申し訳ありません。合流に手間取りました』

 「いや、ちょうど良いタイミングだよ」

 

 ビルの間より姿を現したのはロロ――白騎士が騎乗する白いグロースターだ。白騎士には今まで捜索の命令を出し、狙撃だから早々に見付からないだろうと甘い考えで単独行動をしていたのだが、敵であるスザク君がいつ現れるか分からない戦場では二度と単独行動はしたくない。

 これはオデュッセウスの考えだがノネットではスザクを止める事は出来ても倒す事は不可能だ。ノネットも帝国最強の十二騎士に選ばれる猛者ではあるが、絶対的な強者と聞かれれば『No』と答えよう。上には上が居るもので分かりきっているだけでもビスマルクが居る。それにノネットは『双貌のオズO2』で負けている。その相手はオルドリン・ジヴォン。マリーの騎士候補(まだ正式に部隊を持っていない為に候補で止まっている)で大の仲良し(マリーはほとんど依存している)。彼女の実力もかなりのものだがスザクやカレンほどではない。

 

 ただ今のスザク君はまだまだ未熟。ならば現状では勝てるかもしれないが絶対ではないだろう。

 

 ちなみにこの事を思い出せたのはナリタで倒れた時に見た夢のおかげだ。夢の中でオズの話もあって忘れかけていた記憶を取り戻せた。母と妹を失ったマリーの悲しみを記憶改竄で解決しようとした父上様を止めたのは大正解だった。もし止めなかったらマリーとオルドリンが殺しあうきっかけのひとつを残すところだった…。

 

 『殿下。皇女殿下はこの先で待っています』

 「らしいね。正面から正々堂々」

 『本来なら殿下にはお待ち頂き、僕が戦って勝利するのが良いのでしょうが…』

 「難しいね。あの二人相手に単機で勝つのは。だから白騎士は――」

 

 『私とお相手願えますか。白騎士殿』

 

 ビル群を抜けた先はもとは広場だったのかナイトメアが決闘するには十分なスペースあり、オデュッセウスの視線の先には白と黒のマントをそれぞれつけたグロースターが待ち構えていた。

 

 「待ったかい?これでも急いで来たんだけれど」

 『いえ…今しがた来たところです。兄上』

 

 オデュッセウスは廻転刃刀を両手で構え、コーネリアのグロースターを見つめる。コーネリアは持っている大型ランスを構えて戦闘態勢を整える。

 

 「白騎士。ギルフォード卿は任せるよ」

 『畏まりました』

 『白騎士殿。ここではお互いに邪魔になってしまう。場所を変えようと思うのだが』

 『ええ、構いません。行きましょうか』

 

 白騎士もギルフォードも自身の主に会釈をして離れていく。ロロも強いがギルフォード卿には勝てないだろう。ギアスを使えば勝てるが今は使えない。使うわけにはいかない。ゆえに短時間でオデュッセウスが決着をつけなければならない。

 

 「準備は出来ているかい?」

 『こちらは万全です』

 「こうして二人で構えていると昔を思い出すね。マリアンヌ様とビスマルクと行なっていた模擬戦を」

 『そうですね。思い返せば兄上にも一勝も出来なかった。ですがあの時から私は武術を磨いてまいりました』

 「ああ、コーネリアの武功は皇族だからではなく己が鍛えた実力からだという事は私が一番理解しているよ」

 『今日こそ勝って見せます!!』

 

 真正面より突っ込んでくるが避けることはせずに待ち構える。大型ランスを構えて突っ込んでくるだけなら対処は楽だったが重量のある大型ランスで乱れ突きを繰り出すもんだから対処が難しい。何とか直撃コースの一撃のみを受け流すが少しでもしくじれば一撃で大破、良くても腕の一本は奪われる。

 

 接近戦では大型ランスは槍としての貫通力よりも重量による打撃として用いられる。だからと言って突きが弱いわけじゃない。その重量をかけた突き――突進は一撃でナイトメアを行動不能にするだけの威力をもつ。それをコーネリアは一撃、二撃の突きではなく連続で行なう。中にはフェイントも交じっているからどれだけの技量を持っているかは見て知れる。例え戦いを知らない者でも格の違いを知るほどに。

 

 『オデュッセウスお兄様!』

 「ユフィ?どうしたんだい?」

 『勝って!勝って下さい!!』

 「可愛い妹の頼みだ。断るわけにはいかないんだが…」

 『戦闘中に話とは随分余裕なのですね!』

 

 ユフィからの通信に律儀に応えようとしていたオデュッセウスは一瞬の隙を突かれて、廻転刃刀を弾かれてしまった。丸腰のオデュッセウスに対してコーネリアは一撃で片をつけようと操縦桿に力を込める。知らなければ気付かない程度に右肩が上がったのを見て、渾身の一撃を身体の向きをずらすだけで避けて近距離でタックルを喰らわせる。対処出来ずに地面に倒れたグロースターのモニターにはオデュッセウスのグロースターが映し出される。

 

 コーネリアも知っている優しく、慈しみを持ち、貴族も平民も平等に接する愛しい兄上が、コーネリアの手放してしまった大型ランスを手に取り、グロースターのコクピットへと振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 ライラ・ラ・ブリタニアはいつものようにアッシュフォード学園の向かいにある大学へと足を踏み入れた。最初のころは通っている大学生や教授達に注目されていたが今では慣れた光景なので誰も気にしない。

 

 向かう先は特派が入っている大学の一室。機密保持の為に警備の人間が入り口を守っているが、警備のレベルはかなり低い。その代わり電子ロックなど厳重なシステムが組み込まれており、中に入る事も出ることも許可を得ている人間でないとかなり難しいようになっている。

 

 慣れた手付きでカードを入り口の挿入口に入れてパスワードを打ち込む。中から鍵の外れる音が聞こえて扉が開く。この一室にはナイトメアを十機以上収めて整備するだけの高さと広さを備えており、現に今もランスロットとランスロット・クラブが壁際でロックされている。

 

 「おんやぁ?これはライラ皇女殿下。もうお帰りですか?」

 「はい、今日は放課後の集まりもなかったので」

 

 白衣を着た特派の主任研究員であるロイドがにへらと笑いながら声をかけてきた。ライラは書類上の父親であるロイドに挨拶を返しながら視線を並べられたナイトメアのコクピットに移す。

 

 アッシュフォード学園に通うライラは『ライラ・ラ・ブリタニア』ではなく『ライラ・アスプルンド』の偽名で通っている。ブリタニアの名を名乗ると面倒なので、いろいろと融通を利かせられる貴族の名を借りようと悩んでいるクロヴィスにオデュッセウスが『私の友達に聞いてみようか?』と言ったことで伯爵の地位を持つアスプルンドの養子という設定になったのだ。本人は二つ返事で許可をだしたし。

 

 「ライラ。待ちかねたよ」

 「クロヴィス兄様。今戻りました」

 「そういう時はね。ただいまって言うのよ」

 「はい。ただいまです。クロヴィス兄様。ユフィ姉様」

 

 ライラは言われた通りにただいまと言いながらクロヴィスとユーフェミアに微笑を向けた。二人も同じく微笑を返したが後ろの大型モニターより流れた音で再び視線を戻してしまった。モニターは四分割に分けられており、ひとつはランスロット同士、二つ目と三つ目はグロースター同士の戦闘。四つ目は全体図となっていた。モニター付近ではタオルで汗を拭きながらダールトンとキューエルが真剣な眼差しで見つめていた。

 

 「兄様。これはいったい何をなさっているのですか?」

 「ああ…どういったものか…」

 「データ収集を兼ねた試合といったところでしょうか」

 「データ収集?」

 「何でもあの方がオデュッセウス兄様のデータを収集したいのと、ロイド伯爵が新兵装のシミュレーションをしたいそうで」

 

 ユフィ姉様が向いた先にはロイドとセシルなど見慣れた特派のメンバーが、観覧用の大型モニターではなく小型端末を見つめながら、忙しそうに動いていた。その中に見覚えのない少女が混ざっていた。

 

 彼女の名はマリエル・ラビエ。オデュッセウス専属の試作強化歩兵スーツ班副主任を務めている少女で、年齢はスザクよりひとつ年上で博士号を取得するほどの逸材である。今回彼女がエリア11に来たのはオデュッセウスが新たに製作しようとしている新型ナイトメア製作の為にオデュッセウスの戦闘データを取りに来たのだ。他にも新たにオデュッセウスの部隊に入る五名のデータ取りもあるが。

 

 「ああ!また負けた」

 「ははは、まだまだ勝ちはあげないよ。それにまだ癖も直ってないしね」

 「毎回言われてますが私の癖とは…」

 「それは自分で気付かないと」

 

 シミュレーション用のナイトメアのコクピットより、悔しそうにするコーネリアと満面の笑みのオデュッセウスが出てきた。マリエルがタオルと飲み物を持って行くとユーフェミアも嬉しそうに近付く。

 

 「やりましたね兄様!」

 「やったよユフィ!」

 「…その…ユフィ。それに兄上」

 「はい、なんでしょう♪」

 「なんだい?コーネリア」

 「あの約束は…」

 「まさか無効なんていうつもりじゃないよね」

 「い、いえ…ただちょっと…」

 「その言葉の続きをユフィの目を見て言えるかい?」

 「駄目なのですか?」

 「うっ……」

 

 瞳を潤ませて上目遣いで見上げるユーフェミアに、コーネリアは青い顔をしながら小さく呻き声を漏らして肩を落とした。どうやら諦めたようなのだがなんだろう?

 

 「約束とはなんでしょうか?」

 「…姉上の衣装の事だよ」

 「コーネリア姉様の衣装ですか?」

 「ああ、ユフィが選んでくれた事は嬉しかったらしいが、その衣装は恥ずかしくて着られないと姉上が仰られてね」

 「もしかして…兄様は」

 「そうだよ。話を聞いた兄上がユフィに加担して、チーム分けをして勝った方のいう事を聞くという事になって」

 「では、クロヴィス兄様はコーネリア姉様のほうにつかれたのですね」

 「ついたというかソレイシィ卿に兄上の実力を見せたくて参加させた」

 「兄様はしなかったんですか?」

 「私はいいよ。………トラウマが蘇りそうで…」

 

 暗い顔をするクロヴィス兄様を心配そうに眺めていたら大きな笑い声が聞こえて振り返る。振り返ると白騎士やギルフォード卿もシミュレーターより出て残り二機のシミュレータに駆け寄っていた。どうやらノネットとスザクの反応に一般のシミュレーターがついていけずにオーバーヒートを起こしていた。慌てて消火する人も居たがロイドはデータが飛ばないように急いで回収していたが。

 

 「……木馬』と『イカロスの……準備を………」

 「はい。将軍にはそう伝えておきます」

 

 ライラは騒ぎから離れたオデュッセウスがマリエルに呟いた言葉を僅かに聞き取りながら小首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 特殊名誉外人部隊『イレギュラーズ』に所属しているアリスは緊張した表情で背筋を伸ばして一室で待機していた。

 

 左隣にはいつも優しげな笑みを浮かべているルクレティアとさらにその奥には涼しい表情のサンチア、右隣にはチーム内で唯一のショートカットで褐色のダルクが満面の笑みで立っていた。

 

 元々特殊名誉外人部隊はギアス饗団により人工的にギアスユーザーを作り出すと言う所から始まった部隊だ。表向きではクロヴィス・ラ・ブリタニアの将軍であるバトレーが創設した部隊という事になっているが、そう思っているのは本人だけである。部隊の人員も機材も徐々にギアス饗団関係と入れ替わり、現在では隊員である四名を除いてギアス饗団直轄の構成員で固められていた。

 

 ……そう。いたのだ。

 

 突然本国より特殊名誉外人部隊は本日を持って解散せよと命令が下ったのだ。直属の上司であるマッド大佐などはギアス饗団に戻ったから良いのだが、自分達四人はこれからどうなるか不安で仕方なかった。というのもここにいる四人共戦争で親・兄弟・姉妹を失って帰るべき場所もない。ただブリタニアの占領地よりC.C.細胞の適正があるというだけで集められた。自分たちが普通の部隊でお役御免という事なら四人で普通に暮らす事も考えられたが、望まずともギアス饗団に関わってしまったが為に帝国で最も触れてはいけない部分に関わってしまっている。良くて監禁か実験体、悪くて口封じが妥当なところだろう。

 

 「ふふふ♪」

 「なに笑っているのよ。ダルク」

 「だって笑わずには居られないでしょ!また一緒に居られるだけでも嬉しいのに第一皇子様直轄の特殊部隊に抜擢されるなんて」

 

 特殊名誉外人部隊解散後に指揮所にて待機命令が下された私達に第一皇子直属部隊へのお誘いが来たのだ。私達四人まとめてで皇族の特殊部隊なんて栄誉な事で、忠誠心の高いブリタニア兵だったら喜びで大騒ぎをしていただろう。

 

 「これって栄転だよね。あの胡散臭い大佐じゃなくて第一皇子殿下の部隊なんだから」

 「その皇子殿下の執務室で待機させられているのに……少しは緊張感を持ちなさいよ。ルクレティアやサンチアを見習いなさい」

 

 確かに栄転ではある。忠誠心は兎も角、生活環境は劇的に変わるだろう。別に皇族の事を調べたことはないが一部の皇族の名は噂で耳にする。知略で優れたシュナイゼル殿下や武功を挙げ続けるコーネリア皇女殿下。そしてオデュッセウス殿下も有名な方だ。ナンバーズとブリタニア人を区別しない人物で各エリアからも支持を受けている良識のある人格者。しかし精鋭の騎士団を三つも保有して皇族内で一番の力を持っている。勿論皇帝陛下は除いてだ。

 

 「ルクレティアは嬉しくないの?」

 「う、嬉しいわよ。四人一緒に居られるし、裏方ではなく正式な部隊として扱ってくれるらしいし…けれど……」

 「けど…なにさ?」

 「あのタイミングで私達を勧誘したって事は少なくともギアス饗団と関わっていると言う事でしょう?話で聞いたオデュッセウス殿下のイメージが」

 「あー…そう言われてみればそっか。確かにイメージ壊れちゃったなぁ」

 「そろそろ会話を止めたほうがいい。お越しだ」

 

 今まで口を閉じていたサンチアが『ジ・オド』で何者かが接近するのを感じて注意する。

 

 四人とも人工的にギアスユーザーを作り出す特殊名誉外人部隊の実験体兼実働部隊として所属していた。ゆえに四人とも人工的なギアスユーザーなのである。サンチアの『ジ・オド』は気配と動向を察知出来る為に索敵に適しており、ルクレティアの『ザ・ランド』は地形把握に特化している。ダルクのギアスは常人を軽く超える怪力を発揮する『ザ・パワー』。そして私、アリスのギアスは過重力で超高速を得る『ザ・スピード』という能力を持っている。

 

 部屋にはオデュッセウスの騎士である白騎士を先頭にオデュッセウス・ウ・ブリタニア第一皇子殿下が入室なされた。直に顔を出された事態で驚いていたのに、私達の驚きはそこで終わらなかった。

 

 なんとオデュッセウス殿下の後から元特殊名誉外人部隊所属だったマオが何食わぬ顔で続いて入ってきたのだ。慌てて腰に差してあるホルスターより銃を抜こうとするが喉元にナイフが突きつけられていた。

 

 瞬間移動したとしか思えない白騎士に驚きの対象を移す。ただでさえ急に目の前に現れただけでも驚愕の事実だが、『ザ・スピード』のギアスを持つアリスが反応し切れなかった事で驚愕の度合いは増した。これが何の能力かは分かり得なかったが、白騎士がギアス能力者であることは紛れもない事実であろう。ルクレティアの言う通りオデュッセウス殿下は特殊名誉外人部隊以上にギアス饗団に繋がりを持っているらしい…。

 

 「こらこら。いきなり揉め事を起こしちゃあ…」

 「お言葉ですが…いきなり銃に手を伸ばす者を治めるにはこの程度は軽いものかと」

 「う~む……兎も角ナイフを収めようか?」

 「了解いたしました」

 

 ナイフを仕舞いつつ殺気は隠さない白騎士に警戒しつつ、ただ見つめる事しか出来なかった。対する殿下は困ったように微笑みながらほっとしていた。ただひとり、マオだけ楽しそうに笑っていたが…。

 

 「さて、始めまして…いや、アリスちゃんは久しぶりだね。これから君たちを預かるオデュッセウス・ウ・ブリタニアです。宜しくお願いします」

 「え、あ、こ、こちらこそ?」

 

 反応に困る発言に焦りながら頭を下げる。下げている為に顔は見えないが白騎士より呆れの篭ったため息と、余計に笑いあげているマオの声が耳に入ってくる。呆れたため息には納得するがマオの笑い声には怒りを覚える。

 

 「いきなりだが私もギアスユーザーなんだ」

 「……はい?」

 

 突然の言葉に疑問符を浮かべながら顔を上げると両目を赤く輝かせてギアスを発動する殿下が。慌てて目を隠してギアスを防ごうと動くが、別段なにかが起こっている様子も体感もない。ひとつ言うなれば身体が少し軽くなったぐらいか?

 

 「いやぁ、驚かせてすまない。私のギアスは『癒しのギアス』と言って、半径50メートル以内の者に疲労回復や精神的安らぎを与えるんだ。さらに接触すれば効果が上がる」

 「で、殿下…ひとつ宜しいですか?」

 「うん、どうぞ」

 「何故我々に殿下のギアスの能力をお教えになられたのですか?」

 「ん?私だけ君たちのギアスを知っていて君達が私のギアスを知らないのは不公平だろう」

 

 さも当然のように答えた一言に私を含めた四名が絶句し、白騎士は項垂れていた。マオは、どうしたのかと首を傾げていたオデュッセウスに視線を送った。目が合ったことで言いそびれた事に気付いて手を叩いた。

 

 「後はC.C.細胞の侵食を後退させることが出来る」

 「「「「――ッ!!」」」」

 「…筈なんだよね?」

 「ええ、それは実証済みですよ」

 

 ほれと呟きながら袖を捲くるマオの腕は、C.C.細胞に侵され、見るに耐えなかった肌がほとんど元に戻っていた。目を見開いて殿下とマオの腕を交互に見つめる。

 

 「殿下…そろそろ」

 「うん?もう時間か…。本来ならこの後すぐ君たちの歓迎パーティーを行うところだがこれから予定があってね。夜には行う予定だから楽しみにしていてくれ。では、後は頼むよマオちゃん」

 「イエス・ユア・ハイネス」

 

 白騎士に促されるまま退出するオデュッセウス殿下に敬礼して見送り、室内にはマオと私達だけが残った。何故マオがここに居るのか、オデュッセウス殿下のギアス能力の事を詳しく聞きたかったりとか、聞きたい事はいろいろあったが誰も口を開かなかった。

 

 「さぁて、皆は僕に聞きたい事があるとは思うけども先に殿下からの指示を済ませるとしようか」

 

 そう言ってマオはソファに置いてあったガーメントバッグ四つを目の前に置いて行く。ただ見つめていた私達に笑みを浮かべていたが置いた途端に真剣な眼差しになった事で気を引き締める。

 

 「先任として初任務の説明をする。来週殿下は非公式にある場所に向かわれます。私達の任務は白騎士を含む六名で殿下の護衛を務めるだけです。以上!」

 「ひとつ良いか?」

 

 サンチアが一歩前に出て質問しようとする。マオはどうぞと質問の続きを促す。

 

 「場所や装備は?」

 「うーん…場所はボクも聞いてないんだよね。装備は拳銃、もしくはナイフのみ」

 「ナイトメアの使用制限は?」

 「全面禁止」

 「予想される敵性勢力は?」

 「不明かな」

 「つまりは最低限の装備で何の情報も無い場所で敵の数も分からずに、神聖ブリタニア帝国の第一皇子様をたった六人で護衛するという事か…」

 「うん。ボクもそう聞いているからね」

 

 ただの兵士なら絶望的な任務だが自分達のギアスなら何とか出来る…と思いたいが守る対象が大物過ぎて何が起こるか分からない。そもそもギアス能力者だからと言ってたった六人で行うような任務ではない。

 

 「護衛時の衣装はこの中に入っているから好きなのを選んでね」

 

 にっこりと笑みを浮かべた事に何か引っ掛かるが気にしないようにして、足元に置かれたガーメントバッグを開いて絶句した。それは四人共同じで四人共がマオの笑みの意味を知った…。




●オデュッセウスのギアス 『癒しのギアス』
 効果は疲労回復に精神的安らぎを与える。
 使用条件は範囲型で効果範囲は半径50メートルなのと、接触する事で効果倍増。
 
 C.C.細胞の侵食を効果時間や範囲か接触によって異なるが後退させる事が出来る。

 強靭な精神力(妹・弟に対する想い)で暴走したギアスを制御する術を手に入れて『達成人』になっているが本人はその事に気付いていない。
 ただサングラスなどで隠さず、弟・妹と顔を合わせられると喜んだだけである。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。