コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~   作:チェリオ

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オデュ、ユーロピアへ
第53話 「ユーロ入りした殿下は忙しい」


 ユーロ・ブリタニア。

 市民革命によってブリタニアに亡命した貴族の末裔で、宗主であるオーガスタ・ヘンリ・ハイランド【ヴェランス大公】をトップとして先祖の地奪還の為にユーロピア共和国連合と敵対している。

 名にブリタニアの名が付いている事からも分かるようにブリタニアから大きな支援を受けており、サザーランドやグロースターを所持している。戦力も整っている上で元ナイト・オブ・ツーのミケーレ・マンフレディ卿がユーロ・ブリタニアに合流した事でブリタニア本国はユーロピアへの壁として使いながらも危険視し警戒していた。

 しかしそれも過去。件のマンフレディ卿が自殺した為に多少は警戒が弛んでしまっている。

 

 そんなユーロ・ブリタニアに一人の人物が降り立った。

 胸元まで伸ばした真っ白な髭を撫でながら笑みを浮かべたお腹のふくよかなおじさんは微笑みながら辺りを見渡す。

 ベルトコンベアで運ばれてくる荷物を受け取り、空港内の飲食店に入るとコーヒーのLLサイズとハンバーガー二つほどをお持ち帰りで紙袋に入れて出てきたかと思えば、ロビーの椅子に腰掛けてバーガーをひとつもしゃもしゃと食べ始めた。

 

 「うん?…さすがに髭につくか」

 

 食べていたハンバーガーから零れたケチャップが髭を赤色に染めてしまった為にチェック柄の薄い生地の上着よりハンカチを取り出し拭う。そのタイミングで隣に黒縁の眼鏡をかけた東洋人らしき青年が腰掛けた。

 ちらりと表情を窺うとこちらを意識せずに鞄に収めていた小説を片手で開き、口元を手で覆いながら読み始めた。再びハンバーガーを食べ始めたのを確認した青年はチラッと視線を動かしてだらんと垂れ下げられ、椅子に付いた左手首に巻かれた灰色のミサンガを確認する。

 

 「これじゃなかったな…」

 

 そう短く呟くと自身の右側に本を置くと同時にミサンガを袖で隠してあったナイフで素早く斬り、袖に戻すと下に置いてあった鞄より別の本を取り出して同じ格好で読み始めた。

 【ミサンガを切る】合図を受けたおじさんは口元を弛ませて、口内に残るバーガーを飲み込んだ。息を吐きながらコーヒーの入ったカップを口元に寄せる。

 

 「君がOZかい?」

 

 監視カメラにも辺りの人にも口元を見えぬようにして小声で呟く。青年は咳き込みながら頭を縦に振るう。カップを左手に持ち替え、右手で次のバーガーにかぶりつく。

 

 「あんたがアラン・スペーサーか…聞いていたより年上なんだな」

 「君と同じで厄介者なんでね。私はここではだけど」

 「そうか…顔から判別は出来そうにないな」

 「勿論名前からもね。指紋を取って身元確認したいだろうけど対策はしてあるから無駄骨に終わると思うよ」

 「だろうな。思った以上に抜け目無いな」

 「命が懸かっているんでね」

 「それはこっちもだ」

 

 周りからは分からぬほど自然に振舞っている二人は視線を合わす事無く、会話を続ける。言葉の一つ一つを投げかけながら周囲に最大限の警戒を払いながら。

 

 「前置きは置いておいて何用だ。どこから聞きつけたか知らないがガナバティを通じての依頼…一緒にお茶をしようという訳ではないだろう?」

 「ふむ…君とお茶をしたい気持ちもあるが紅茶を取り扱っている店を捜すわけにもいくまい。それにお互いに時間が無い。単刀直入に言おう。プルートーンがユーロ入りした」

 「――ッ!!」

 

 プルートーンの単語に今までポーカーフェイスを決めていた表情が一瞬だけ歪み、手にしていた小説が小刻みに揺れた。聞かなくても雰囲気で分かる。彼は恐れではなく強い怒りで震えていた。

 ハンバーガーを食べ終わると紙袋の中から手を拭くための紙を取り出して汚れていない手を軽く拭う。手を拭いた紙を紙袋に戻す際にハンカチを持った時に一緒に取り出した一枚のメモを手の平で隠しており、紙を戻すと同時に紙袋の中に入れた。短く息を吐きながらカップで口元を隠す。

 

 「君の事だから言わずとも捜すだろう。私からの依頼は彼らを見つけた際に連絡を入れて欲しい。連絡先と前金を振り込んだ口座、それと現れるだろう予想先を紙袋の中に入れてある。移動する際に一緒に持って行ってくれ」

 「………分かった。以上か?」

 「もしかすると【騎馬】の手入れを頼むかもしれない。【カレー屋】は出張できるだろうか?」

 「俺のほうから伝えておく。後は金次第だ」

 「了解した」

 

 コーヒーを飲み干してカップを紙袋に仕舞うと自分の左側にすとんと置き、下敷きになった本を手にとって読み始める。

 退席しようと立ち上がりながら紙袋を持った青年は鞄を取る為にしゃがみ、睨みながら口を開いた。

 

 「よく俺が紅茶を好きなのを知っていたな」

 「………」

 「プルートーンで動く事を理解しているという事は俺の過去を知るギアス饗団の者か?」

 「いいや、敵対――まではしていないが動きを良しとしない者だよ」

 「俺はあんたを信用できない」

 「こればかりは私の失態だ。信用や信頼は無くて良い。依頼を出した者と受けた者の関係だ。お互いに利用し合えれば良しかな」

 「――本のしおりにこちらの連絡先を入れてある」

 

 ゆっくりと立ち去っていく青年を目で追う。人ごみで紛れる中で姿が金髪の少年へと変わり、視界から消えていった。姿が見えなくなったのを確認すると大きなため息を吐きながら肩を落とす。本をトランクケースに仕舞いただただ上を眺める。

 

 「ダリオさーん。ダリオ・トーレスさんはいらっしゃいますか?」

 「ああ、私だ。私がダリオ・トーレスです」

 

 自分の偽名を呼ぶ女性の声に手を挙げて立ち上がる。赤いショートヘアのブリタニア系の女性も気付いてこちらに駆け寄ってくる。前と同じ灰色のレディースーツに鞄をてにした彼女――メルディ・ル・フェイだ。

 フリーの記者として活躍していた彼女はユーロ・ブリタニアとユーロピア共和国との戦争状況や一ヶ月前に亡くなった元ナイト・オブ・ツーの追悼記事の為に本国で取材許可を求めていた。それが先日になって急に許可が出たのだ。

 ――ただ条件で護衛兼アシスタントとして【ダリオ・トーレス】なる人物と一緒に動く事が条件になったが些細な問題と思っていた。

 

 「お待たせしてしまいましたか?」

 「いえいえ、時間通りでしたよ。さすがは有名な記者さんだ」

 「あはは…本当はもう少し早く来ようとしたのですけど車の調子が悪くて…」

 「車で…大事な荷物は車に?」

 「いいえ、大事なものは肌身離さず持つようにしているので」

 「そうですか…すこし散歩しませんか?」

 

 そう言うと返事を待つ事なく歩き出す。戸惑いながらも後を付いてゆく。空港の入り口から出て沿道に出ると一台の車が停められてあった。メルディがアレが私の車ですよと告げてくると、不審に思われないように視線を動かし、建物の陰などからこちらを窺う連中を見つけた。時折耳に指を当てている所から小型のインカムをつけている様だ。

 車を通り過ぎ、他にも停まっている車に視線を向ける。するとちょうど型の古い軽トラックを停めている老人が居た。

 

 「もし、そこのご老人」

 「ん?なんじゃおんし?」

 「突然で申し訳ないのですがその車をお譲り頂けないでしょうか?」

 「なにを言っとr――」

 「急ぎなのです。これでどうでしょう?」

 

 トランクケースより取り出した厚みのある封筒を渡すと顔を顰めながら中を見た老人の表情が豹変した。大慌てで中より荷物を取ってキーを渡す。

 

 「本当にええんじゃな?」

 「走れるなら構いませんよ。メルディさん助手席へ!」

 「え!?ダリオさん――」

 「早く!」

 

 運転席に乗り込んだダリオはキーを回してエンジンをかける。只ならぬ雰囲気を察したメルディは急いで助手席へと乗り込んだ。

 

 「移動中にでも説明してもらいますよ」

 「了解したよ。行くよ!」

 

 勢い良く発進した車は土煙を立てながら猛スピードで駆けて行く。

 

 「どういう事なんですか?」

 「すまない。事情が事情でね。にしても尾行者にはさすがに気付けないか」

 「尾行!?」

 「見てご覧」

 

 バックミラーを動かして背後の道路を移すと大慌てでなにやら指示を出している連中が居る。しかも、同じように急発進した車が数台姿を現した。

 

 「何で私を?恨みを買う事なんて――記者だからいっぱいあった」

 「君を狙ってじゃなくて私が途中で撒いたから君を尾行したんだよ」

 「貴方はいったい?それに私は貴方を知っている?」

 「とりあえずこれの中身を撒いてもらえる。遠慮は要らないから」

 

 トランクケースより先ほどの老人に渡したのと同じ封筒を受け取り、中身を窓から外へと撒き散らした。封筒から何枚もの紙が撒き散らされ、道に落ちて行く。通行人たちがなんだろうと見つめ、落ちた紙がユーロ圏のお金と分かった途端、砂糖に群がる蟻の様に飛びついた。

 「これは私のよ!」や「金だ!金だ!!」と騒ぎながら必死に拾おうと飛び出した民衆で道路が塞がり、追いかけようとしていた車はクラクションを鳴らしながら止まるしかなかった。

 幾つもの角を曲がり尾行車を撒いた事を確認してホッと安堵の息を漏らすメルディはダリオに視線を戻す。片手で運転しながら取り出したボールペンを思いっきり振り被って自らの腹に突き刺していた。

 

 「なにを!―――え?」

 

 ダリオが突き刺したお腹からブヒューと空気が漏れ、脹れていたお腹がへこんでいった。驚いて口をパクパクと開いたり閉じたりを繰り返していると、白髪を引っ張ってカツラと垂れ下がった白い付け髭を外し、顎下より顔に貼り付けていた特殊なマスクを脱ぎ去る。

 

 「あ!え!ええええええええええ!?」

 

 メルディは驚きのあまり後ろに下がり後頭部を強打する。

 護衛兼アシスタントが付けられた事や尾行された時点でダリオには何かあるとは踏んでいたが、まさかオデュッセウス・ウ・ブリタニアが変装して居るとは思いもしなかった…。

 

 

 

 

 

 

 幾つもの飛行機を乗り換え、尾行を撒き、ユーロ入りしたオデュッセウスは大きく肩を落としてため息を吐いていた。

 変装用のマスクを外して変装を解いているが街行く人は一向に気付かないのは幸いだ。オデュッセウスはチェック柄のカッターシャツにジーンズ、つば付きの帽子を被った程度の格好なので知っている者が見れば分かりそうなものなのだがあまりに堂々としすぎて誰も気付かないのだ。

 尾行者が何者か分からない事に不安感はあるものの、今はそれ以上にこれからの事を不安に思っていた。

 プルートーンの動きを知る為に何とか名前を思い出した商人を伝ってOZ――オルフェウス・ジヴォンに連絡できたのは良かった。元ギアス饗団のギアスユーザーだった彼は同じ饗団員のエウリアという少女と恋人となり、饗団を脱走したのだ。二人はハンガリーの小さな村で静かに暮していた。それをギアス饗団は――V.V.は許さなかった。プルートーンを送って村人ごと虐殺。一人生き残ったオルフェウスはプルートーンに強い憎しみを抱いている。

 彼に話せば動いてくれる。その予想は大当たりだったがやはりボロが出てしまったのは痛い…。

 一番痛いのはお爺さんに渡したのと尾行を撒く為に撒き散らした活動資金の半分だ。

 これから入用だって言うのに何やっているんだか…。まぁ、必要経費と思って諦めるしかないが手痛すぎる。

 送られているだろうグラスゴーのある倉庫の確認にもしもの時の逃走経路の確認、活動拠点放棄時の二次拠点の確保。必要な武器や整備道具に食料調達…資金が幾らあっても足りない気がする。

 

 「はぁ~…」

 「元気出してください殿k――キンメルさん」

 「はは…本当にすまないね」

 

 メルディのユーロ行きの申請を許可したのは私だ。記者として有名なメルディと一緒なら比較的簡単にいろんな所に入れると判断したのだ。判断は正しくメルディはマンフレディの追悼記事を書きたいとマンフレディの親友であった聖ラファエル騎士団団長のアンドレア・ファルネーゼに真摯に頼み込み、ユーロ・ブリタニアの宮殿で取材できるという。

 

 …あ!キンメルさん。ロロだけでなく私も貴方の存在をお借りします。

 

 トランクケースからナップサックに換えて宮殿へと歩んで行く。

 警備は厳しく辺りに兵士が配置されていた。荷物検査も入念にされた時は武器を隠し持ってなくて本当によかったと安堵した。装飾が所々に施された通路を移動し、待合室に通されたのだがなんか落ち着かない。

 身元バレの可能性や尾行者の仲間がここに居ないか、これからの不安を抱きながら落ち着こうと必死に装う。慣れているのか落ち着いているメルディが本当に羨ましい。

 

 二十分ほど経った頃に聖ラファエル騎士団の騎士らしき人物が待合室に準備が出来たと呼びに来た。

 深呼吸をしてゆっくりと立ち上がり、騎士に付いてメルディと共に進んで行く。

 通路を進むと目的の部屋前に一人の女性が立っていた。

 白い手袋とブーツを付け、紫色のスーツの上に裾が長く袖の無い上着を着ており、描かれた紋章から聖騎士団の一人だと分かる。赤色に近い紫色という事は聖ミカエル騎士団員と推測できる。

 振り向いた右半分だけ髪を垂らした眼つきの鋭い女性は一瞥するだけでこちらを気にも留めなかったが、こちらはそれどころではない。

 顔を見て思いだした。彼女はジャン・ロウ。聖ミカエル騎士団参謀でシンの右腕……という事は!

 

 予想通り純白の騎士装束に身を包み、涼しげな笑みを浮かべている聖ミカエル騎士団団長シン・ヒュウガ・シャイングが扉を開けて出てきた。相手を認識した先導していた騎士に習って通路の端によって道を空ける。

 青い長髪をまとめたポニーテールを揺らしながらジャンを連れ、悠々と歩いて目の前を通り過ぎようとした所で足を止めた。

 

 「おい、そこのお前…」

 「はい…なんでしょうか?」

 「何処かで会った事はないか?」

 「いえ、お初にお目に掛かります。キンメルと申す記者であります」

 

 深々と頭を下げて通過するのを待つが、少し気になるのか微動だにしない。頭を上げて目を合わせる。彼はギアスユーザーであるが正直彼のギアスは怖くない。彼のギアスの有効条件は特殊だから…。

 手を顎に当てて「ふむ…」と呟きながら思い出しているようだった。

 

 「ヒュウガ様。そろそろ…」

 「ん…分かった。行くぞ」

 

 去ってゆく二人を見送りながら「後でメルディにはアキトとシンの家である【ヒュウガ家】を調べてもらおうかな」なんて思いながら先に進む。

 収穫らしい収穫は無く、時期的にユーロピアが動きそうなのでメルディを連れて隠れ家へ戻る事に。

 これからが大変だと肩を落としながら痛む胃をギアスで治すのであった。


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