コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~   作:チェリオ

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第60話 「役者を降ろし、入れ替わり、舞台の準備整う」

 ユーロ・ブリタニア領 サンクトペテンブルグ カエサル大宮殿

 大勢の通信兵がこれより行なわれる作戦の為の準備に大忙しな状況で、二階に設けられた劇場などで目にする貴族の客席を思わせる座席に多くのユーロ・ブリタニア上層部が腰掛けていた。

 

 青い長髪をポニーテールで纏め上げ、涼しげな笑みを浮かべている日本人で貴族シャイング家の養子、聖ミカエル騎士団総帥シン・ヒュウガ・シャイング卿。

 癖のある髪を肩ほどまで伸ばした険しい表情を浮かべているマンフレディ卿の親友、聖ラファエル騎士団総帥アンドレア・ファルネーゼ卿。

 もみ上げや眉毛などが毛深く、中でもガタイがよい強面で獣染みた印象のある、聖ガブリエル騎士団総帥ゴドフロア・ド・ヴィヨン卿。

 四大騎士団総帥の中で最も高齢で未だに現役である、聖ウリエル騎士団総帥レーモンド・ド・サン・ジル卿。

 ユーロ・ブリタニアの四大騎士団総帥を筆頭に軍に関係している大貴族が集められていた。

 最前線の席には今回の作戦の総指揮を執っている神聖ブリタニア帝国皇帝直属の軍師ジュリアス・キングスレイ卿が腰掛、護衛のナイト・オブ・セブン、枢木スザク卿が控えていた。

 

 「ヴェランス大公閣下!御着座!!」

 

 入り口より注目を集め、静粛にと促す為の木を打ちつけるような音が二度鳴らされ、警備していた兵士が声を張り上げてヴェランスが入室する事を伝える。

 キングスレイ卿を除くすべての者が立ち上がって敬礼を向ける中、側近のミヒャエル・アウグストゥスを連れたユーロ・ブリタニア宗主でヴェランス大公と呼ばれるオーガスタ・ヘンリ・ハイランドが堂々とした姿で入室、服装が乱れ一つないように上座に腰掛ける。

 

 「キングスレイ卿。始めてもらおうか」

 

 何を画策しているか知らず、キングスレイ卿の他人を見下したような態度を快く思っていないヴェランスは険しい表情で睨みながら言い放つが、キングスレイは悠々といつものように他人を見下した視線を向けた。まるで嘲笑うかのように…。

 

 「そう焦らずとも結果はすぐに出ます。貴方方とは違いますから」

 

 人を馬鹿にした発言に貴族も含めたその場の全員が表情を険しくする。

 シンだけは心の奥でほくそ笑みながら楽しんでいた。

 

 ――なにせこれから起きる作戦を含めたすべては自分の計画に使えるのだから…。

 

 「これから惰弱ゆえに引き篭もっていたユーロピア共和国連合を戦場という名の処刑台へと引き摺り出してご覧に入れましょう」

 

 協力者であるシンの考えを知らずにキングスレイは失敗など最初からないような自信を振り撒きながら高らかに宣言する。座りなおした貴族達の睨みを一身に受けながら。

 

 「さぁ、舞台の開演だ!諸君、楽しんで頂こう!!」

 

 作戦開始の言葉を受け、大型のメインモニターには吹雪き吹き荒れる場所が映し出された。場所はユーロ・ブリタニア領グリーンランドにある、今は使われていないサクラダイト採掘基地跡。

 誰も使っていない基地をキングスレイは使用し、神聖ブリタニア帝国の最新技術であるフロートシステムを使用した超大型飛行船【ガリア・グランデ】を建造・発進させたのだ。ログレス級浮遊航空艦を上回るガリア・グランデを建造するのに吹雪が吹き荒れ地上からも上空からも発見されにくく、秘密裏に建造しなければならない性質上、グリーンランドは最適な場所であった。

 内部は必要最低限のパーツで組み立てており、まさにハリボテといった感じで防衛戦力などサザーランドを改造した無人機が大半を占めている。戦力としても少ないがガリア・グランデが空を飛ぶので飛行能力を持ったナイトメアを持たないユーロピアを考えれば皆無でも事足りる。

 

 「ガリア・グランデの浮上を確認」

 「手順に問題ないか?」

 「予定通り航行中。システム面に異常無し。吹雪の影響もありません」

 「内部の無人ナイトメアの起動を確認。無人機は予定通り内部防衛プログラム通りに行動を開始」

 「ガリア・グランデの浮上に伴い第一作戦を開始します」

 「キングスレイ卿。説明を」

 

 下で作業を行なっている通信兵の言葉を耳にしてふふんと鼻で笑っているキングスレイにヴェランスは問いかける。この作戦はキングスレイ主導の下で行なわれている秘密裏の作戦。通常なら知らせるべきヴェランスにも情報を開示していない為にこの場のほとんどの者は何が起きているのか理解できない状況にあった。

 

 「画面に映りし巨大浮遊船ガリア・グランデは今回の作戦の要であり象徴。舞台の主役でしょうか」

 「まさかアレでユーロピアの都市を爆撃するつもりではあるまいな!」

 「はははは、それも面白い」

 「キングスレイ卿!」

 「貴方が何を危惧しているのか知りませんが、私の作戦はそんな単純なものではありません。まず第一作戦でユーロピアに忍び込ませた特殊部隊が送電施設への破壊工作を行い都市中が停電していることでしょう」

 「停電だと?しかし軍の発電施設まで手が回るのかね」

 「街を停電にするだけで問題ありませんよ。さて、第二作戦に取り掛かってもらおうか?」

 

 飛行するガリア・グランデが映し出されていた画面が切り替わり、椅子に座った人物が映し出された。逆光ではっきりと見ることは出来ないが、その姿や声はまさに最前席で腰掛けているキングスレイその者だった。

 

 『ユーロピア市民に告げる。我らは世界解放戦線―――箱舟の船団だ』

 

 映像のキングスレイが告げた言葉はまさにテロリストの犯行声明そのものであった。自分たちがどのような組織でどのような目的で動いているかを語り、北海の洋上発電所を爆破した事を宣言した。

 それが真実と裏付けるようにガリア・グランデより落とされた爆弾が海上のど真ん中に建てられた洋上発電所上空で爆発し、大規模な閃光と火炎に飲み込まれていった。映像とは言えその光景に皆が絶句する。

 不安を掻き立てる言葉を並べ、大仰な振る舞いを行ない続けた映像は終了し、自信満々の笑みを浮かべたキングスレイは立ち上がった。

 

 「今頃ユーロピアは混乱の真っ只中。ジュネーブやベルリン、ロンドンなど主要な大都市を含んだ各地でテロが起こり、権力者や有力者は市民を見捨てて国外への脱出。それを知った市民は不安と怒りに支配されユーロピアは暴動の波が各地を飲み込むでしょう」

 「そう上手く事が運ぶものか…」

 「それはどうかな」

 

 フンと鼻を鳴らし、忌々しげに睨み付けるゴドフロアの言葉に楽しげに笑いながら答えた。

 指をパチンと鳴らすとメインモニターの映像がネット上の複数のSNSが映し出される。映し出されたSNSに投稿され続ける文章にはキングスレイが言った通りの言葉が並べられ続けている。

 

 「人を支配する最善の方法は――恐怖だ。それも正体の見えない恐怖ほど人を圧するものはない」

 

 すべてはブラフ。 

 洋上発電所爆破の映像はCG合成で爆撃などしていないし、【有力者・権力者が逃げ出した】や【各地でテロが起こっている】などSNSの情報はこちらが流したデマだ。やった事と言えばガリア・グランデを飛行させ、送電施設を爆破したぐらいで、後は勝手に騒ぎ、暴動まで発展している。

 予想通りの反応にニタリと嗤いながら振り返る。

 

 「ヴェランス大公閣下。全軍に進撃命令を」

 「今ユーロピアに攻め込めば大勢の無辜の民を戦いに巻き込んでしまうではないか!!」

 「無辜の民?市民の犠牲など気にしていては勝利など出来ますまい。それにお忘れか?私は皇帝陛下より全権を委任されている。命令をヴェランス大公」

 「くぅうう…その命令は聞けない!」

 「何と仰られましたか?」

 「出来る筈がないであろう!このような非道な事…断じて――」

 「そうですか…全権を委任された以上、私の言葉は皇帝陛下のお言葉。それを聞かないと言うのであればやむなし。では、ヴェランス大公。貴方を皇帝陛下に対する反逆罪で幽閉する」

 

 宗主たる人物にしては甘すぎる。無辜の民だと?そんな些細な事を気にしているとは。まぁ、おかげで私がユーロ・ブリタニアを手中に収めることが出来るのだがな。

 

 「貴様ぁあああ!我が大公閣下に向かってぇええ――ぐあっ!?」

 

 先の発言で怒り心頭になったゴドフロア・ド・ヴィヨンが鬼のような形相でキングスレイに掴みかかり、今にも殴りかからんと拳を振り上げる。しかし拳が振りぬかれる前に背後より跳んだスザクの蹴りを顔面に食らい、顔を押さえながら床に転がる。

 

 「キングスレイ卿に刃向かうは皇帝陛下への逆臣の罪をまぬがれないと知れ!」

 

 スザクの人間離れした回転蹴りと冷ややかな声色にざわめいた周囲は静まり返った。そろそろ頃合かと涼しげな笑みを浮かべて観戦していたシンは真面目な表情を浮かべて立ち上がる。

 

 「この場はキングスレイ卿の命令に従うが大公閣下の為と思われます」

 

 四大騎士団の聖ミカエル騎士団総帥の進言にヴェランスも渋々頷き、従った。

 嫌っている人物の言葉より自身に仕える若き騎士団総帥の言葉の方が聞き易い。

 キングスレイとシンが繋がっているとは露とも知らず、ヴェランス大公は退出していった…。

 

 

 

 

 

 若者と大人の境界線は何処にあると思う?

 

 ―各国に定められた年齢?

 ―飲酒やタバコが楽しめる感性?

 ―社会に貢献しているかどうか?

 

 違う。

 この問いにジィーン・スマイラスは意識・認識と答える。

 若者とは夢見る存在。

 強く純粋な正義感に燃えたり、自身を理解せずに文武不相応な未来を描いたり、何の論理も理屈も無く矛盾塗れの理想を抱いた者達。

 大人とは社会や情勢、環境に流され、受け入れ、対応する存在。自身の限界と現実を受け入れ、それを元に生きる者達。

 

 自分は大人だ。それも狡賢い大人だと理解している。自身の為には他人を落としいれ、利用し、斬り捨てる。

 例えそれが親友と呼んだ男であっても、信頼を寄せてくれている親友の忘れ形見であっても、幼く強く純粋な理想に燃える若者であってもだ。

 

 ユーロピア共和国連合軍総司令部の執務室で椅子に腰掛けているジィーン・スマイラス将軍は真面目な面持ちでデスクに表示された映像と情報に目を通して、何かに憂いた表情を演じた(・・・)

 デスクを挟んで三名の若き士官がその表情を見て大きく頷いて熱い視線をスマイラスに向ける。

 

 この三名はスマイラス子飼いの士官である。

 純粋に正義感が強く、堕落した共和国連合の内情に嫌悪し、頑なまでに理想を抱いている。

  

 「ユーロ・ブリタニアと対峙している東部方面軍の前線部隊が撤退しているとの報告が挙がっております」

 「テロルを言い訳に戦線を離脱するとは…やはり彼らは烏合の衆!」

 「四十人委員会には臨時の閣議が挙がっておりますが議員はパリから逃げ出しているという情報が。唾棄すべき奴らです!」

 「この騒乱は我らにとって好機ではありませんか将軍。民衆は政府の惰弱さをはっきり認識しました」

 

 現状に想い憂いた表情をしたまま、心の中でほくそ笑む。

 今まで何度も想い描いた状況に愉悦すら感じる。ユーロピア共和国連合軍上層部は無能を晒し、議員や有力者は保身の為に逃げ出して市民からの信頼を地の底まで落とした。

 市民は脅え、恐怖し、混乱し、怒り、暴走している。

 混乱の止まない現状をユーロ・ブリタニアという巨大な敵が攻め込んでくるだろう。

 

 信用を失った他の者を押しのけ、不安に煽られる市民を強い確固たる理念の下で一致団結させ、強大な敵に一致団結して果敢に挑む。

 ―――まるで御伽噺に出てくる英雄譚ではないか。

 

 「今こそ将軍の理想を現実とするときです!」

 「強欲な資本家が新たな貴族となって!」

 「民衆を搾取するこのユーロピアの矛盾を改める為に!」

 「我らが立つときが来たのです!」

 「「「ご決断をスマイラス将軍!!」」」

 

 姿勢を正し、熱き理念で燃え盛る瞳でスマイラスの決断を待つ。

 笑みを浮かべるのをぐっと我慢して、深く頷いて覚悟を決めたように真剣な眼差しで答える。

 

 「諸君ら未来を担う君達若者が祖国を憂い想う気持ち―――確かに受け取った!

  然らば君達を導く大人として立たねばなるまい。市民を纏め、堕落しきった者を排除し、清く清廉なる祖国を取り戻すべく!」

 

 スマイラスは立ち上がる。全てを手に入れる為に用意したカードを切って。

 …やっとレイラ・フォン・ブラウスガウと言う取って置きのカードを使い斬り捨てて、かのナポレオンのように自身が国を率いて行くと笑みを浮かべて。

 

 

 

 

 

 

 ヴェランス大公が幽閉され、議会ではユーロ・ブリタニアの総指揮権が本国である神聖ブリタニア帝国より皇帝から全権を委任されたジュリアス・キングスレイに移り変わろうとしていた時、当の本人は協力者で聖ミカエル騎士団総帥のシンとチェスを興じていた。

 打ちながらシンの人となりを覗き込む。かなり強い部類の人物であるが甘さが見受けられる。ある一手で勝っていたかにも関わらず、自身のクイーンを守る為に勝機を逃した。これだけでも読み取るものは大きかった。

 

 「それでヴェランス大公はどうなされるのですか?」

 「今は幽閉しているがいずれ皇帝陛下の御前で首を刎ねてやるよ」

 

 当然のように問いに答える。

 あのように無辜の民などと些細な問題に囚われ、勝機を逸するなど愚の骨頂。神聖ブリタニア帝国やユーロ・ブリタニアの無能な将校達には良い見せしめとなるだろう。

 

 「まだ大貴族たちや私を除く四大騎士団が居ますが…」

 「あいつらにブリタニア本国と戦う気概がある筈はない――ユーロ・ブリタニアは私が導いて行く。卿には手伝ってもらうぞ。これまでのようにこれからも。さて、チェック・メイトだ」

 「……お見事です」

 

 笑みを浮かべながら駒を進める。シンのキングは退路を断たれ、キングスレイの一手で喉元に刃を突きつられている。少し悩んだ仕草をしながら思考したが完全な負けであることを理解して潔く認めた。

 

 「君はこのゲームで現実の世界を重ね合わせたのではないかね?あの時、君がクイーンを見捨てていれば私は負けていた。君には見捨てられない者が居る。違うかね?」

 

 表情が僅かだが歪んだ事から当たりだろう。

 歪んだ笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

 「人には誰しもそのような弱みがある。親、兄弟、友人…それとも恋人?しかし私は違う。私が守るべきは―――我が命を賭けて守るべきは皇帝陛下ただ一人―――――ッ!?」

 

 ――『皇帝陛下だと!?命を賭けるだと!?あんな奴に忠誠など向けてなるものか!!』

 

 突如脳内に響き渡った声と頭を叩き割るような頭痛に堪えきれずによろめく。治まれと願いながら頭を両手で押さえるが痛みは増すばかり。立ち上がり暴れるうちにチェスの台を床にぶちまける。

 すぐ横ではシンが拳銃を向けるスザクに何かを語りかけていたが何を言っているのかは分からない。

 

 「ぐぅうううう…貴様は誰だ!?」

 ―『貴様こそ誰だ!』

 

 頭が割れるような痛みにのた打ち回っているキングスレイの傍でスザクはシンを睨みつける。

 シンは気付いていた。この作戦はとあるテロリストが行なっていた作戦に似たものがあることを。

 

 テロリストの名はゼロ…エリア11で名を挙げた黒の騎士団総帥。

 

 そのことを口にするとスザクが必死になって否定するが確信へと変わっていた。

 スザクが肩を狙いトリガーを引くが部屋の前に待機していた聖ミカエル騎士団所属のサザーランドを中心とした五機ものナイトメアが突入する。先頭にはサザーランドに酷似したジャン・ロウ専用機であるグラックスの姿もあった。放たれた銃弾はシンを守ろうとグラックスが伸ばした手により防がれる。

 四機のサザーランドがスザクを殺そうと殴りかかるが、人間離れした身体能力を生かしてナイトメアよりも高く跳ぶ。ランスロットの起動キーのスイッチを入れると、自動操縦で待機させていたランスロットが室内へと滑り込んできた。周囲が驚いて動きを止めた隙に乗り込み、ランスロットを起動させた。

 

 キングスレイはのた打ち回りながら近くの柱の影におり、何となしに状況は理解できていたが、動きは取れない。頭の中で声がする。自分の知らない記憶が流れ込んでくる。

 

 ―熱い日中を幼い自分と幼いスザクが向日葵畑の近くを駆けている…。

 

 抗議するスザクの言葉にジャンは「討ち取って家名を上げろ!」とランスロットを見て萎縮しかける部下達に発破をかける。

 舌打ちしながら斧を振り上げて迫ってくるサザーランドの攻撃を捌いて行く。

 

 ―広い寝所で自分とスザク、女子が二人。そして髭を生やした優しげな笑みを浮かべる男性と枕を投げてはしゃいでいる。

 

 素早く移動しつつ反撃して相手と距離を取る。歩兵部隊が侵入して携行しているアサルトライフルを撃って、キングスレイに危険が及ぶ。慌ててブレイズルミナスを展開して防ぐ。 

 

 ―森が焼け、街が崩れ、人が焼けている。…母が殺され捨てられた自分達が掴んだ楽しく温かい日々をあの男に奪われた。―――自分たち? 

 

 防いでいるだけではいけないと前に出る。斧を振る前に腕ごと切り落とし頭部を潰す。バランスを崩したサザーランドは歩兵の上に倒れ込み、辺りに歩兵の血を撒き散らした。

 

 ―拳銃を構えた自分がクロヴィス・ラ・ブリタニアに発砲している…皇族に銃を向けた?

 

 襲い掛かってきた次のサザーランドを弾くとバランスを保とうと足を動かす。足元に居た歩兵は避けきれず踏み潰される。近くの機体を肩から切り落として蹴り飛ばす。誰も居ない方向へ倒したのだが残っているサザーランドが包囲しようと動けばまた歩兵が踏み潰され辺りに血が飛び散る。

 

 ―目の前で自分が命じたままに死んでいく軍人たち。そして倉庫の足場を埋めるかのように横たわるイレブンの死体。俺は拘束服を着ている緑の長髪の死体をジッと見つめた。

 

 このままここで暴れればもっと人が死ぬ。キングスレイにも危ないと判断してスラッシュハーケンを用いてグラックスの頭上を飛び越えて通路に飛び出る。通路はナイトメアが通れるどころが戦えるだけの大きな空間となっている。追ってきた三機も部屋とは違って同時に襲ってくるようだ。

 

 ―学園生活をこなしながら、仮面を被って組織を従えブリタニアと戦う。

 

 「俺がブリタニアと?なんだこの記憶!?………ここは何処だ?俺は誰だ…」

 

 座り込み叫びながら苦しむキングスレイをシンは見下ろす。

 廊下ではアサルトライフルを使用してきたがランスロットは止まらない。物理法則を無視して廊下の壁から天井ヘと駆ける。

 

 ―山奥でコーネリア軍と戦った記憶…倉庫街で日本解放戦線を囮とした奇襲作戦…キュウシュウでの黒の騎士団とブリタニア軍での共闘作戦…

 

 頭の中に次々と覚えのない光景が広がり、徐々に痛みは増してくる。

 自分が忠誠を誓うべき皇帝の姿が映る…。

 

 『貴様に新たな記憶を授けよう。これから貴様は――』

 

 痛みでもはやのた打ち回る事すら出来なくなったキングスレイは蹲るしかなかった。

 一機を壁に蹴り込み、もう一機を真っ二つに斬った。

 残ったグラックスはサザーランドに酷似しているが性能はまるで別である。近接戦特化に作られた機体でその性能は第七世代のランスロットと渡り合えるほどだ。しかもグラックスには他のナイトメアに存在しない機能を持つ。

 腕が倍以上に伸ばせるのだ。これはゴムのようにとかではなく、通常時は肘の後ろに関節を曲げて平均の腕の長さに合わせているだけで元の長さに戻したというのが正しいか。

 さすがのスザクも腕が伸び縮みするグラックスの戦法に苦戦を強いられる。なにせ関節部分を複数つなげている為、伸び縮みして距離感が掴めないだけでなく、しなやかな鞭のような動きもして軌道が読み辛い。……しかしただ読み辛いと言うだけで数回目にしただけで対処は可能となり、伸びきった瞬間を狙って潜り込み関節部分を斬り飛ばす。最大の攻撃手段を奪われても何とか戦おうとするがランスロットの前にはもはや無意味であった。

 

 ギアスで改竄された筈の記憶が戻り、ジュリアス・キングスレイという人物はこの瞬間に死んだ。そしてここに居るのはランペルージの姓を名乗り、ゼロとして黒の騎士団を組織した青年。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであった。

 酷い頭痛から解放されたルルーシュは薄れ行く意識の中、シャルルのギアスを破らせるほど想っている人物の名を呟く。

 

 「何処だ……何処に居るんだ………ナナリー…」

 

 こうしてキングスレイ卿は消え去り、ルルーシュは自身の記憶を取り戻した。

 だが、目の前のキングスレイがゼロであり、日本で行方不明となった皇子と分かったシンは大いに喜ぶ。ジャンを無力化したスザクであったがルルーシュを人質にとられては手出しできず、二人揃ってシンに囚われる事となってしまった…。

 

 

 

 

 

 

 役者は出揃いつつあるこの状況で出番待ちの役者の一団がヴァイスボルフ城を囲んでいる深い森の外で潜んでいた。ナイトメアを積んだトレーラーに迷彩模様が施された布をかけて、付近の木々と一体化させてある。

 静けさと夜空広がる時刻に防寒コートを羽織ったオデュッセウス・ウ・ブリタニアが一人、外に出て空を眺めていた。似たようなトレーラーがゆっくりと近付いてくる。

 音を立てないように停止し、眩しそうにするオデュッセウスに当てていたライトを切る。近付いたトレーラーより二人のパイロットスーツを着た人物が駆け寄ってくる。パイロットスーツはブリタニア軍で正式採用されている物で主立ちもブリタニア系であることから正真正銘のブリタニアの兵士と分かる。

 

 「これは殿下!お待たせしてしまい申し訳ありません」

 「いや、待っている時間は夜空を眺めていたからそれほど苦でもなかったよ」

 「貴方様はブリタニア皇族。万が一お身体を冷やされてもしもの事があっては一大事。御身を大事に…」

 「ははは、心配をかけてしまった様だね。それで君達がV.V.より遣わされたプルートーンだね?」

 

 騎士二人は片膝を付きながら短く答えながら頭を下げた。

 プルートーンは皇族と関係を持つ特殊部隊と以前にも書いたと思うが、ここで少し補足しておこう。関わりを持ち汚れ役を主体に行なっているという事は一人一人が国家機密並みの情報を握っている。下手をして他国にでも漏らされたら大事である。ゆえにプルートーンは精査に精査を重ねた実力や性格・思想で合格を出された者が集められている。特に重視するのが皇族に対しての忠誠心。隊員のほとんどの者にとっては皇族こそが総てなのである。

 その忠誠心を向ける相手を待たせたことに強く自身を責めていた。

 

 オデュッセウスと二人のやり取りを見ていたトレーラーの助手席に座っていた人物はピクリと反応して出て行こうとはしなかった。

 

 「戦力はどれぐらいだい?」

 「ハッ、プルートーン仕様のサザーランドが二機であります」

 「歩兵戦力は?」

 「ご期待に添えなかったようで申し訳ないのですがナイトメア二機のみでございます」

 「気にしなくて良いんだよ。どの道今回の作戦では使えなかったし、私としてはその方がありがたい」

 

 微笑を浮かべたオデュッセウスはポケットに手を入れて、ふぅと短く白んだ息を吐き出した。

 ポケットの中で何かがカチャリと音を立てたことに二人はふと首を傾げる。

 

 「そういえば君たちは―――ハンガリーの小さな村(・・・・・・・・・・)に行った事はあるかい?」

 「………申し訳ありません。極秘任務に付きお答えできません」

 「ありがとう。もうそれが答えになっている!」

 「どういっ…ッ!?」

 

 言われた言葉に以前V.V.により命令を与えられた事を思い出した二人は頭を下げたまま答えられないと答えた。

 それこそが答えと怒鳴られ、顔を上げると眼前には銃口が向けられていた。意識が途絶える前に兵士は先ほどのカチャリと言う音が拳銃を握った音だったかと理解した。

 オデュッセウスは苛立ちを隠さずにトリガーを引いて眉間を撃ち抜いた。もう一人は驚きつつ抵抗しようとしたが相手が皇族であることから動けずに同じく眉間を撃ち抜かれてその場に倒れた。すでに死んだ筈の相手に確認の為にもう一発ずつ撃ち込んだ。

 忌々しげに睨んだオデュッセウスはトレーラーの助手席へと視線を向けるとすでに開いていた。何処に行ったかと視線を動かすと首元に冷たい感触が伝わり、ナイフが突き付けられている事と相手が誰なのかを知った。

 

 「オデュッセウス殿下のお姿を騙るとは良い度胸ですね」

 「…何を言っているのかな?君こそ私を誰だと思っているのかね?」

 

 首にナイフを突きつけた幼さを残す中性的な少年――ロロに引き攣った笑みを向けながら問いかけるが返って来たのは冷たい視線のみだった。

 

 「オデュッセウス殿下はV.V.とは呼ばないんですよ。それと僕とオデュッセウス殿下は面識がありまして君なんて呼び方はしないんですよ」

 「・・・それは失態だった」

 「見分けが付かないですねオルフェウス(・・・・・・)

 

 素性がばれていてはギアスを使って視界を誤魔化してもしょうがないと諦めてギアスを解除する。するとオデュッセウスの姿が掻き消えて、中からオルフェウスが姿を現した。

 互いにギアスを知っている間柄で、騙す事ができなかったオルフェウスはロロに勝つことは出来ない。無抵抗の印として両手を挙げるだけだ。

 

 「貴方は饗団より殺害命令が出されているのを知っていて饗団と関わりのあるプルートーンに近付いたのですか?」

 「饗団が俺の命を狙っているのは知っている。だが、こちらもプルートーン……特にあの村を襲った連中は絶対に許さない」

 「当時の僕は貴方の気持ちを理解出来なかった。でも、今なら多少ですが理解出来ます」

 「…そうか。お前にも多少なりとも親しくなった者が出来たのか」

 「ええ、では――」

 「ちょっと待った…」

 

 ナイフを首に突き立てようとしたロロを制したのは本物のオデュッセウスだった。顔は青ざめてフラフラと足をよろめかせて体調が悪いようだった。

 オデュッセウスが現れた事でロロは止まり、オルフェウスは手を下げて振り返った。

 

 「オルフェウス君は酷いなぁ。私の姿で人殺しするんだから」

 「此間の戦闘でコクピットを狙わなかったから人の死を嫌っていると思っていたが、別に死体を見てもなんとも無いんだな」

 「無い事はないんだけどね。兎も角ロロはナイフを下ろしてあげてくれないか?」

 「了解しましたが殿下は彼と手を組んでいたんですか?」

 「うん。彼とは協力関係…いや、依頼した者と依頼された者の関係が正しいか」

 

 立っているのもやっとなのかトレーラーに背を預け、ズリズリと滑らして地面に腰をついた。慌ててロロが駆け寄って顔色を窺う。遠目で見たとおりかなり悪い。

 

 「殿下に何をなさったのですか!?」

 「した訳ではない。手は貸したが…」

 「いったい何を?」

 「何でも実験をしたいから腐っている食べ物を持って来てくれって」

 「腐っている?」

 「だからちょうど腐っていた豆があったから渡したんだ。そうしたら10分ほど握ったまま見つめて食べたんだ」

 「はい?腐った豆を食べたんですか!?」

 「…うん……いけるかなと思ったけど駄目でした…」

 「何をしてるんですか本当に。病院は行ける筈は無いですね。薬は?」

 「自前(・・)ので何とかしてる」

 

 久々に会ったかと思えば呆れてため息が漏れる。

 眼前で苦笑するオデュッセウスを見てロロも笑うしかなかった。

 対して頭を軽く押さえているオルフェウスはプルートーンが乗って来たトレーラーに目をやる。

 

 「何にしてもナイトメア二機を手に入れたことは大きいな。ただ依頼者が腹痛を起こして作戦日までに治るかは別だがな」

 「間に合わせるよ。ロロは手伝ってくれるかい?」

 「V.V.からそのように命令を受けてますし、ジェレミア卿より話を聞いてここにいるんですから。オルフェウスのことは聞いてませんでしたが」

 「内緒で頼める?」

 「プルートーンの騎士二名は作戦中に敵の攻撃を受けて戦死。僕はオデュッセウス殿下と共に作戦を行なっただけでオルフェウスには出会ってません。これで良いですか?」

 「助かるよ」

 「そういえばジェレミア卿は?」

 「別の仕事を頼んでいるからここには居ないよ…痛たたた…すまないが支えてくれるかい?」

 

 支えられてトレーラー内部に戻るオデュッセウスにロロ。死体を片付けるオルフェウス。

 準備は整い、後は開演のベルが鳴り響くのを待つのみとなった…。

 

 かなり不安は残るが…。


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