コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~   作:チェリオ

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第61話 「空で待ち構える者、大地を駆ける者」

 ユーロピア共和国連合全体が箱舟の船団を名乗ったキングスレイの策略に嵌り、軍部・議会の上層部は逃げ出し混乱と暴動の波が広がっていた。上層部が逃げ出した為に命令系統にまで異常がきたされ、暴徒鎮圧すら儘ならない状態である。

 ただその中で特務部隊のwZERO部隊だけは違った。すでに洋上発電所の爆破やSNSの書き込みのほとんどがブラフであると知っており、騒ぎその物がユーロ・ブリタニアの策略と看破していた。一刻も早く状況を打破するべく、ブラフではなく実際に存在している飛行船の排除を決定した。これを上層部に伝えようにも指揮系統は混乱したまま。ゆえにこの作戦はレイラの独断で決行された。元々空軍以外であの飛行船に対処しきれるのはwZERO部隊のアポロンの馬車のみである。

 

 ワイバーン隊がアポロンの馬車にて超大型飛行船【ガリア・グランデ】への超上空よりの降下作戦を開始しようとしていた頃、内部では異様なナイトメアが奥深くで待ち構えていた。

 

 …アフラマズダ。

 ユーロ・ブリタニアが独自に開発したナイトメアフレーム。両肩と連結している三連装大型ガトリング砲にサザーランドやグロースターと比べても厚い装甲、長時間の射撃を可能とする背中に取り付けられた大型の予備マガジンなど特徴的な機体である。色は真紅に染められており、それだけで聖ミカエル騎士団所属の機体であると解る。

 コクピットには目つきが鋭い青年がパネルに足をかけてラフな体勢でオレンジ色の髪を弄っていた。

 

 青年の名はアシュレイ・アシュラと言い、聖ミカエル騎士団所属のアシュラ隊を率いている人物だ。戦闘を好む性格で戦場で最も大事なのは運だと笑っていた彼の表情は笑ってはいたものの酷く暗かった。

 

 ガリア・グランデに取り付けられた外部カメラの映像が上空より接近する機影を捉え、アフラマズダのモニターに送信する。スロニムで見たユーロピアの新型ナイトメア…。滑空用の薄い翼のようなユニットで取り付こうとする様子にニタリを頬を歪めた。

 

 「待ってたぜ…死神野郎」

 

 ぼそりと呟かれた一言には怒りや恨みなどの感情が含まれていた。

 スロニムの戦闘で自分はあの新型と一対一で戦った。自身の腕に自信もあり、機体の整備状況に不備は無かった。なのに負けた。操縦技術では打ちのめされ機体は五体満足であったのに打撃などの攻撃で満足に戦闘できる状態ではなくなった。倒れ込んだ自分に止めを刺そうとした瞬間を今でも夢見る。別に恐怖でトラウマになったとかではない。むしろあの時は自身に運が無かったんだな程度にしか考えてなかった。

 

 アシュレイを慕う部下の一人であるヨハネ・ファビウスが己の命を賭してまで守ろうとした事以外は。

 

 奴が俺を殺そうと突き出された刃はヨハネのグロースター・ソードマンのコクピットを貫いた。その後、現れたシャイング卿に後を任せてヨハネの機体を背負って撤退。戦場から離れてコクピットを確認すると奇跡的にヨハネは生きていた。

 

 刺される直前に姿を現したグラスゴーが放った弾丸で刃の軌道が多少逸れたのだ。おかげでヨハネの胴体を貫く筈だった刃は左へと逸れ、操縦桿ごと腕を持って行きやがった…。

 

 生きてはいたが隻腕では騎士としては死んだも同然…。

 大変だったよ。戦闘は大好きだが書類仕事なんて柄でもない事やらされた。退役するならそれも良し。軍に残るんなら隻腕のヨハネでも出来る部署を見つけて話を通し、自分の名前で書類申請を先に用意した。

 思い返すたびに苛立ちが押し寄せてくる。いらん事をしたあいつに…何も出来なかった自分に…何よりヨハネをあんな目に合わせた奴に。腹が立って腹が立って煮えくり返っている。

 

 モニターに映っていた滑降中のナイトメア隊はガリア・グランデ内部へと侵入し、配置された無人機のサザーランド隊と戦闘を行い始めた。単純動作しか出来ない無人機と言っても銃撃は有人とさして変わらず、パイロットによっては無人機の方が被弾率の高い事もあるが、無人機が撃ち続ける銃弾の中を曲芸士みたく飛び跳ね、上へ下へと移動を繰り返し、確実に無人機を潰していっている。

 

 「そうだよなぁ…そうこなくっちゃ潰し甲斐がねぇ!!」

 

 観戦に徹しようかと思っていた時もあったが我慢の限界だ。

 奥より姿を現し飛び回っているナイトメアに狙いを定めてガトリングの砲身を回転させ始める。砲が温まり凄まじい連射で弾丸が撃ち出され、最初に狙ったアキトのアレクサンダへと向かって行く。ガトリングの銃声に気付いて振り向くと同時に回避したが、応戦していた無人サザーランドは装甲を削り取られる―――否、パーツごとに弾け飛ばされ後には残骸しか残らなかった。

 

 「はははははは!!吹き飛んじまえ!!」

 

 アフラマズダのガトリング砲の威力に笑みを浮かべ、三連装大型ガトリング砲の弾丸をばら撒く。両方で二点しか狙えない事が気に入らず、各大型ガトリングの角度を変更して同時に六方向へと銃撃を開始する。

 流れ弾一つで致命傷になりかねない銃撃をアキトは飛び跳ねながら回避する。モニターには避ける事無く弾け跳ぶ無人機が映るが気にならない。むしろ数が減ってくれて助かる…と、言いたい所なのだがアフラマズダの攻撃力のほうが無人機よりも脅威。無人機を相手にしていた方が幾分も楽だった。

 ぴょんぴょんと跳ねて避けてくれたおかげで遮蔽物の多い飛行船内で標的を見つけるとガトリングを集中させる。当たりはしないが飛行船の装甲板を貫き、足場にしていた通路は簡単に崩落させて行動範囲を狭める。この高さから落ちればひとたまりも無い事は明らか。

 

 「死ねえええええぇ!!」

 

 狂ったように笑い続けるアシュレイにはモニター中央に映るアキト機しか見えていない。ヨハネを隻腕にしやがった対象であるがゆえに徹底的に狙う。

 アキトに攻撃が集中している現状を見てリョウ機やアヤノ機が援護しようとライフルで攻撃を仕掛けるが、如何せん距離があって威力も命中率も上がらない。逆にアフラマズダは集弾性は乏しいが威力が高い為に流れ弾が二人の周囲に着弾する。

 攻めあぐねている様子に一方的に攻撃している現状にアシュレイは獰猛な笑みで「死ね!」と何度も連呼しながら自分が優位である事とヨハネの仇をとれると喜んでいた。

 

 衝撃で頭部が揺れた。

 完全な直撃を受けたのだ。それも射程外よりのライフル射撃ではなく、射程圏内の威力を保った弾丸。有効射程内に踏み込んでいる機体が居ない以上狙撃であることは明白。通常の機体なら今ので勝敗が決していたところだが、ブレイズルミナスを停滞させるシュロッター鋼を使っているアフラマズダには傷一つ付きはしない。

 

 「四機目発見!」

 

 狙撃の方向から索敵をかけて目星をつけた地点にも銃撃を加える。崩れ行く足場を捨てて飛び出したナイトメアにロックをかけて四機のナイトメアすべてに自動追尾でロックオン表示をモニターに映し出す。その中でヨハネの左腕をやった純白のナイトメアに標準を絞る。銃弾より逃れようとするがそうはさせない。逃れないように周囲ごと破壊しつくす。

 再びアキトに集中した事にアヤノ機が射撃をしながら突撃を敢行。ライフルに弾丸が着弾して爆散したがそれでも回避運動を行ないつつ前進を続ける。そのアヤノ機を追い越してリョウ機が突っ込み、ユキヤ機が長距離より狙撃して援護を行なう。喰らっても問題ないが横からちまちまと茶々を入れられるのは鬱陶しい。

 

 「邪魔なんだよ!テメェらも死ねや!!」

 

 苛立ったアシュレイはアキト機からリョウ機へと狙いを変更し、銃撃を浴びせる。必死に回避しながら注意を引くように攻撃し続けるリョウ機を眼で追うばかりに、アシュレイは完全にアキト機を見失っていた。

 後部の空になったマガジンを自動で廃棄したことにも気付かずに撃ち続け、回避し続けるのに限界がきたリョウ機が被弾して肩や足の装甲が弾け跳ぶ。これで止めだと言わんばかりに動きを止めたリョウ機に銃口を向けた。

 

 ものの見事に弾け飛んだ…。

 

 一瞬思考が働かなかった。

 何故アフラマズダの右側に取り付けられた三連装大型ガトリング砲が弾け飛んでいるのか理解出来なかった。

 スローモーションのように流れる時の中でモニターの隅に映る一機のナイトメアに視線が動いた。そこにはライフルを構えたアキト機が立っていた。

 

 「ふざけんじゃねぇよ……うぜえってんだよ!」

 

 残っている左側の三連装大型ガトリング砲をアキト機に向けて撃つが、警報がコクピット内に鳴り響きパネルを睨みつける。ガトリングを長時間使用できるようにマガジンを増設してはいるが無限に撃てるわけは無い。撃っていればいずれは銃弾は尽きる。特に秒間何百、何千発と撃ちだすガトリングなら尚更だ。

 装填されていたマガジンの弾薬がすべて尽きて、高速回転を続けていた銃身がゆっくりと速度を落として止まる。舌打ちを打つ暇も無く、接近したアキト機より放たれた銃撃がコクピットを大きく揺らす。

 

 腰のハンドガンで接近するアキト機を撃つ。撃つ。撃つ!

 一撃で撃破するような威力は無いがそれでも一撃が直撃するたびにダメージと大きな衝撃を与えている。なのに転がった次の瞬間には立ち上がって突っ込んでくる。その様子に恐怖を感じながらもう一丁のハンドガンも手に取り、二丁撃ちで迎撃するが止まらずにひたすらに突き進んできた。もはや手が届く距離まで接近され、トンファーの一撃が加えられる。

 

 「なんなんだよテメェはよ!?」

 

 全身を使った一撃はアフラマズダを大きく揺らし、装甲に傷をつける。何とか反撃に出ようとするが装甲が重く、パワー重視で設計されたアフラマズダでは機動性の高いアレクサンダとの接近戦は分が悪すぎた。先の銃撃戦で仕留め切れず、接近戦を許した時点で機体の相性の優位性はアレクサンダに決した。

 だからと言って諦めがつくような思想はアシュレイは持ち合わせていない。

 

 「地獄に堕ちろおおおお!!」

 

 大きな身体を生かした突進を食らわしてアキト機と共に下の階層へと飛び降りる。くっ付いたまま激突すれば防御力で勝り、重量で軽量ナイトメアのアレクサンダを下敷きにすれば勝つ事が出来る。しかし、アキトも黙ってやられはしない。落ちる最中に拘束を解いて離れて落ちる。アフラマズダは自前の防御力で、アレクサンダは軽量の為に大破する事は無かった。

 剣を抜いて応戦しようとするが眼で追うのがやっとなほどの身軽な動きで押され続ける。

 

 頭部を蹴り飛ばされ、トンファーで胴体を殴られ、勝っていると思っていたパワー勝負の鍔迫り合いで押し負け、アフラマズダは―――アシュレイは思うような戦いをさせてもらえずに何度も吹き飛ばされて場所を変えさせられて、足場のしっかりしたブロックまで追い込まれた。もう後ろは無くまさに背水の陣である。

 

 腕で負け、機体で負け、各部に異常が発生してろくに動けない。

 

 「死神野郎があああ!!」

 

 無慈悲に甚振るように弄られても抗う。が、もはや抵抗するだけの力も失いつつあった。

 素早い動きで背後に回り、接近したアレクサンダの刃が自身に向かって来るのを見つめる。

 

 俺はヨハネの仇も討てずに終わるのか。ヨハネの片腕を奪った奴が目の前に居ると言うのに…。

 

 アシュレイの命を絶つはずであった刃は急に軌道を変えた。

 この動きにはアヤノを始めとするワイバーン隊の意思によるものであった。ブレインレイドが発動し、アキトと繋がった三人がこれ以上アキトに殺させない為に願ったのだ。完全には止められなかったものの逸らす事には成功したのだ。

 おかげでアシュレイは死なず、コクピット上部を切られた衝撃でコクピットより投げ出され、立ち上がっている。

 

 「…よくも……よくもヨハネの腕を…」

 

 転がった衝撃で体中が痛みを発していたが、四肢を憎しみで支えて立ち上がり拳銃を構える。

 ナイトメアに歩兵が有効打を与えるには爆破物か軽機関銃以上の銃器を用意しなければならない。この時のアシュレイはそこまで考えていない。憎しみのまま相手を撃っているだけである。

 

 アレキサンダに何発も感情に任せて銃弾を撃ち込む。鋭い眼つきで睨みつける中、コクピットよりアキトは姿を現す。肩に立って銃口を構えるアシュレイから隠れようともせず、悲しみを纏った表情でしっかりとアシュレイを見つめる。

 

 「撃てば良い。お前の仲間をやったのは俺だ」

 

 その一言で出て来た事に呆気に取られていたアシュレイはトリガーに掛かる指に力を込める。

 ぐぐぐっと引かれるトリガーを見ても動く気配のしない相手に迷いながらもトリガーを引いた…。

 

 発砲音は鳴り響かず、カチリと撃鉄が動いた微かな音だけだった。

 

 『戦場で一番大事なのは運だ』

 

 以前ヨハネを含んだアシュラ隊の面々の前で自身が言った一言だ。

 弾切れを起こした拳銃を放り捨ててその場にどかりと腰を降ろす。

 

 「ったく、ついてねぇ…ついてねぇよ」

 

 殺す手段を失い、運のなかったアシュレイは運があったアキトを見上げ、微笑んだ。

 先ほどの怒りや恨みが嘘はまだ残っているがこうまでやられるとむしろ清々しい…。そんな趣きになれたのだ。

 

 ヨハネにはあとで討てなかったと謝らなければならないなぁ…などと思っていたアシュレイと見詰め合うアキト、そしてワイバーン隊の合計五名を乗せた超大型飛行船ガリア・グランデは仕掛けられた爆弾が起動して各部で爆発した…。

 

 

 

 

 

 

 同時刻 ユーロ・ブリタニア シャイング家屋敷

 眩い日差しが差し込むガラス張りのバルコニーでひとりの少女が椅子に腰掛けていた。

 ピンク色のドレスを身に纏い、可愛らしい笑みを浮かべている少女の名はアリス・シャイング。貴族シャイング家のご息女で養子であるシンの義妹であり許嫁だ。

 アリスが微笑みを浮かべて眺めているのは外の景色ではなかった。

 

 荒れ一つ無い綺麗な手に握られた短刀…。

 

 人を殺す凶器を無垢な少女が笑みを浮かべている光景を使用人が見れば違和感を禁じ得ないだろう。

 カツン、カツンとアリスの背後で靴音を立てて今度は一人の女性が現れた。

 現在シャイング家の屋敷には使用人の姿が一人も見えない。通常貴族の屋敷で警備を含め人が居ないというのはおかしな事である。しかし彼女たちがこれから行なおうとしている事を考えれば居ない方が良い。ゆえに昨日付けで暇を出した。

 

 「さぁ…一緒に参りましょう…アリス」

 

 アリスの背後より現れた女性は胸元の開けた赤系で整えられたドレスを着ているアリスの母親のマリア・シャイングだった。眼がパッチリしたアリスと対照的にマリアはたれ目でとても穏かで落ち着いた印象を得る。

 

 「…はい……お母様」

 

 返事をしつつ手にした短刀を掲げたアリスは立ち上がり、ゆっくりと振り返る。振り返ると視界に入るのはアリスと同じで笑みを浮かべ短刀を手にしているマリアだった。

 どうも様子がおかしい…。

 声はどこか力が無く、ぼんやりとした印象があり、瞳が赤く輝いている。

 彼女達はシンのギアスの影響下にある。愛すべき者を死によって救済するという目的のギアスに…。 

 

 二人は向かい合い、マリアは短剣を大きく振り上げ、アリスは下から突き上げようと構える。

 構えられた短剣はお互いの心臓目掛け深く…深く突き刺さり、二人は死を迎える…。

 

 

 

 ―――筈だった。

 

 

 

 構えた瞬間、ガラスを破って何かが飛び込んで来た。

 左目を眼帯で隠し、漆黒のコートを羽織った男性は両手で突き破ったガラスの破片から顔を守りながら入って来たのだ。突然の来訪者に二人は手を止めて不思議そうな表情で見つめた。

 

 男性―――ジェレミア・ゴットバルトは片目で状況を理解すると一気に駆け出す。一度は向けていた視線は再びお互いの心臓へと向かっており、一刻の猶予も無い状況であった。

 右腕のコートの袖より刃を覗かせ、両者の短剣を弾き飛ばす。

 

 「さすが殿下。仰られたようにギアスに掛かっている様子…シンはV.V.が思っていたコード所持者ではなく殿下の予想通りギアスユーザーであったか。――むぅ!?」

 

 短刀を弾かれてたマリアはジェレミアの袖より覗く刃を見つめ、自ら刺さろうと駆け出してきた。素早く刃を袖の内に戻し、鳩尾に一撃を加える。呻き声を漏らしながら衝撃で意識を失ったマリアがジェレミアにもたれながら地面へと倒れる。

 安心したかのようにひと息つくと、もう一人の少女に慌てて視線を向ける。

 

 眼で追った先のアリスは飛ばされた短剣を拾い、自身の喉元を貫こうとしていた。

 今から走っても間に合わない。

 

 「まだ完全ではないが!」

 

 右手で左目を覆っていた眼帯を外し、瞳に映る上下が反転したギアスの紋章を輝かせる。

 ギアスキャンセラーという一定範囲内の自身を含む対象者にギアスによる影響を解除するギアス。

 シンのギアスの影響から解放されたアリスはきょとんとした表情で自身の状況について思考している。何故自分は短刀を振り被って自身の喉元に突き刺そうとしているのだろうか?

 

 理解できずに呆けているアリスにジェレミアは音を立てないように近付き、懐に入れていた催眠スプレーを吹かしてアリスを眠らす。

 ようやく一段落ついたジェレミアは今度こそひと息ついた。 

 

 「任務達成。これより撤退する」

 

 そう呟きマリアを背負い、アリスを脇に抱えて破ったところより飛び降りる。

 

 

 

 

 

 

 ユーロピア共和国連合特殊部隊wZERO部隊の本拠地であるヴァイスボルフ城作戦司令部ではけたたましく警報のアラームが鳴り響いていた。

 

 「ワイバーン隊全機のビーコン消失!」

 「いったい何が起こったと言うの?」

 「箱舟は…箱舟はどうなりましたか?」

 「アレクサンダのビーコン消失と同時に消滅を確認。今スキャンをし直します」

 「まさか自爆したというの?」

 「……アキト…」

 

 wZERO部隊副司令官のクラリス・ウォリックは苦々しく歯を食い縛る。

 いっつもポーカーフェイスで人を寄せ付けようとしなかったアキトやユーロピアのアンダーグラウンドで生きてきたリョウ達とも任務や過ごした時間を通じてようやく仲間らしくなったと言うのに、ここで居なくなるとかありえないだろう。

 悲しみや苛立ち、そして何よりも認めたくない、諦めたくないという感情がごちゃ混ぜに混ざり思考を鈍らせる。

 

 「どうしてバイタルが消えてるの?」 

 「皆の生体反応が…」

 「アレク達のシグナル戻んない」

 「バグよ…きっとそうよ」

 「オリヴィアそっちは!?」

 「駄目。ガイドも拾えない」

 

 ある者は必死にキーボードを打ち続け何度も生存の確認を行い、ある者は死んだと思い悲しみ涙し、ある者は手を止めて現状を見つめる。

 入り口で様子を見つめている生真面目そうな青年の警備部隊隊長オスカー・ハメル少佐も信じられないと言った感情を表情に出している。リョウ達がレイラ・マルカルによって編入された時は彼らを最も警戒していた人物がそこまでの感情を見せるほど仲間意識が芽生えていた事がよく分かる。

 諦めムードが漂いつつある雰囲気を打破しようと喧しい警報を解除して声を張り上げる。

 

 「まだ諦めるのは早いだろう、wZERO部隊よ!」

 

 皆の視線が一斉に集まる。

 それは声を張り上げたウォリックにではなく、ぺたりと座り込んだレイラに向かっていた。

 司令であるレイラが呆然とした表情を浮かべている事に腹が立ってくる。あんたが一番あいつらを信じなくてどうすると。

 何か言おうとした瞬間、消した筈の警報が鳴り響く。大型モニターに本拠地周辺のデータが映し出された事からこの警報はワイバーン隊ではなく、こちら側の異常だと察する。

 

 「どうした!」

 「警戒ラインを突破した識別不明機が居ます!」

 「こっちに向かってくるのか?」

 「はい。恐らくブリタニアの…」

 

 最悪の状況でこうも重なるとは…。

 続きは言わなくとも分かっている。表示されている識別不明機は二機。少数で偵察、もしくは高い攻撃能力を持った地上兵器と言えばナイトメアフレームしかない。

 もしもここに敵性ナイトメアが到達すれば一機でもここは陥落させられるだろう。ワイバーン隊を除けば正規のパイロットは存在せず、少数で突っ込んでくるという事はそれなりの精鋭。数機の無人機で対応できるか怪しすぎる。

 呆けているレイラを立たせようと無理やり腕を引っ張る。腕を引っ張られた事で虚ろな視線がウォリックに向かう。

 

 「立て。立つんだ!敵が来た。指示を出せ!」

 「…私は……私には出来ません…」

 「このっ――甘ったれるな!!」

 

 見上げてくるレイラの瞳を何時になく真剣な眼差しで見つめ返す。

 

 「あんたにはここにいる連中の命を守る責任が―――あんたにはある。司令官としての責任がな」

 

 自分が有能な指揮官であれば呆けた司令の変わりに指示を出せば良いのだろう。しかし、自身が有能で無い事は自身が一番分かっている。レイラのような知略や信念はない不良軍人の自分がこの状況を打破できる筈も無い。なによりもここでほかの者が指揮を執る執らない以前にレイラを沈ませたままで進行してしまったら色々と後に残りかねない。

 皆を守る責任を認識し、虚ろな瞳に光が戻る。

 

 「敵の位置を報告!」

 

 立ち上がり指示を飛ばしたレイラに皆は一瞬安堵し、そして仕事に取り掛かる。世話しなくキーボードを叩いている様子は変わらないが先ほどと違って強い意思を瞳に感じる。

 

 「はい!敵の位置は北東…25」

 「時速140キロで接近中」

 「140キロ!?森の中を?」

 「クレマン大尉の考察は?」

 「動物のような四脚疾走できるナイトメアなら悪路でもスピードを出せるわ」

 「四脚のナイトメア…――ッ!?スロニムの!」

 

 何か思い当たるナイトメアがあったのかふらっとよろめく。

 そういえばスロニムでの戦闘記録に四脚に変形するナイトメアが記載されていたような…。

 

 「地雷原…南東の地雷原――いえ!全防御システム起動!敵の侵入を全力で死守する!」

 

 ヴァイスボルフ城は他の基地に比べてナイトメアの戦力は少ないが、基地の防衛能力は群を抜いている。

 周りを囲むように広がる広大な森林地帯はあらゆる地上兵器の行動を鈍らせ、木々で覆われた高所にはユーロピア共和国連合主力ナイトメアのパンツァーフンメルの上半身を利用した自動砲台が幾つも設置されている。木々に囲まれ速度が出ず、隠れる地点の少ない状況下で長距離射撃は相手にとっては最悪だ。さらにそこを突破出来ても対ナイトメア用の地雷原が広がっている。大戦力を連れて来た所で突破するのにかなりの日数を用する事になる。

 モニターに矢印で現された識別不明機が森の中を疾走し、狙えるパンツァーフンメルが射撃を開始した。攻撃している映像は流れないが攻撃している事は簡易的に表示される。

 

 「自動砲の起動。射撃を確認しましたが直撃なし!」

 「そんな馬鹿な!?」

 「システムの不備ですか?」

 「いえ、敵の速度が速すぎて自動照準が追いついていません!」

 「自動砲台一機の消失を――え?これは…」

 「どうしました?状況報告を」

 「それが…敵に射撃を加えていた自動砲台が次々に撃破されています!」

 「おいおい…嘘だろぉ」

 

 現状を理解して笑みが零れる。

 ランダムにそびえ立っている木々の合間をすり抜けながら、長距離射撃をものともせずに駆け、さらには反撃して砲台を潰すなんてもはや人間技じゃない。驚きを通り越して笑うしかなかった。

 

 「敵、速度落ちません!」

 「地雷原に接近!」

 「地雷原の反応を確認…しかし敵機移動速度落ちません」

 「地雷が爆発するより早く走っているのかよ…」

 

 本格的に打つ手がなくなりつつある。

 残る手段は最後の綱である隔壁のみ…。

 

 「敵機コース変更。12度東にずれてきています」

 

 モニターの地形を睨みつけて相手の位置を確認すると広大な森林地帯で唯一の高所の岩山が聳えている地点だ。

 こちらに向かってくるなら遠回りだ。わざわざ無規則な段差を駆け上がった真意を探る前に答えが正面へと迫っていた。

 

 「正門周辺に着弾!システムシグマスリーダウン!」

 「砲撃?いや、威力が低いから長距離射撃?」

 「防御壁起動まで90!」

 

 どんどん近付いてくる敵の反応に冷や汗が流れる。心の中で早く早くと急いてしまっている。これこそが最後の綱なのだ。間に合ってくれと…。

 全員が見守る中で城を囲む形で50メートル以上の壁が地面より出現する。跳び越えようとしたナイトメアを弾き、壁同士の間を接続する事で補って防御壁は完成した。あの壁はナイトメアフレームが装備できる武装で何とか出来るほど柔な装甲ではない。

 

 「防御壁展開完了を確認」

 「敵ナイトメアの映像出ます」

 

 壁の付近を駆ける四脚のナイトメアを見つめながら一同安堵した。

 

 「このまま最上級警戒。24時間待機。あとワイバーン隊へのコールは続行」

 

 真面目な表情でそう告げたレイラに対して驚きの声が素で漏れてしまった。

 少し頭を捻って言葉を口に出す。

 

 「司令。少し休まれたほうが良かぁないですか?」

 「私はまだ――」

 

 自分は大丈夫だと言おうとしたレイラに内心呆れた。いや、生真面目で優等生の正しい回答だとは思いますよ。ただそれが正しい解答であって経験や状況を考えた回答でないというだけで。

 現状あのナイトメアがこの壁を突破する事は不可能。事を起こすにしても友軍の到着や手段を考えるのに時間がかかるだろう。どれだけ時間がかかるか知らないが長い時間緊張状態を維持すると言う事は非常に疲れるのだ。肉体的にも精神的にも。休めるときに休む。上官がヤル気満々なのに部下はし辛い…そんな事情諸々を理解していないのだろう。

 真剣だった表情を弛ませ、いつものにやけた笑みを浮かべる。

 

 「ここは俺がやっときます。今から休めるときはないですよ」

 「ウォリック中佐…」

 「サラちゃ~ん。おじさんと居残りよろしく~」

 「はい」

 「あとは皆も一時休息」 

 

 この司令部のメンバーで戦闘の出来る軍属と言ったら少数だ。半分はソフィ・ランドル博士達の民間医療系にアンナ・クレマン大尉のような技術部。警備部を除けば銃を携帯できる人間は司令と自分を含めて四人しか居ない。

 オペレーターのサラ・デインズの了承を聞いてレイラに向き直る。

 

 「さぁ、司令」

 「よろしくお願いします。ウォリック中佐」

 

 真意を理解して心の底から礼を述べるレイラにウォリックは強い罪悪感を感じながら笑顔で答え、退出するまで見送った。

 自分こそがジィーン・スマイラスと繋がりブリタニアに情報を流していたスパイだというのに…。

 

 

 

 

 

 

 防御壁を展開したヴァイスボルフ城を警戒区域を越えた地点より監視する者達が居た。

 上空に望遠機能を取り付けたラジコン程度の小型偵察機から流される情報に眼を見開いていた。

 

 「さすがですね。アレだけの防御網を突破してあそこまで迫るなんて…。聖ミカエル騎士への取材も考えておくべきでした」

 「はっはっはっ、さすがブリタニアの腕利き記者さんだ。あいつらと違って前向きだ」

 

 メルディはトレーラーに詰れた画面に映った映像を見た感想を率直に述べると、工具箱を抱えたガバナディに本気で笑われた。笑いながらガナバティは黒いサザーランドへと向かって行った。すぐではないが機体のメンテナンスを怠らないようにしているのだ。

 隣では画面の映像を何度も戻して射撃地点や爆発した地雷原のルートを確認し、地図に書き示しているオルフェウスとロロが話し合っていた。ロロという少年はブリタニアより機体を持ってきてくれた運び屋と説明を受けた。あの若さから嘘だと分かったが殿下が内密にという事もあってそう思っていたほうが良いのだろう。

 あの時の表情はばれる事を恐れたものとは違い、こちらを危惧してのものと読み取った。殿下が危惧すると言う事は―――止めよう。深入りは危険だ。そう判断して逆隣のオデュッセウス殿下を見つめる。

 突入時のルートと防御網を確認している二人と違って落ち着いてコーヒーを啜っている様子。

 

 「殿下はどう思いましたか?」

 「――ん?あぁ、そうだね…胃が痛い…かな…」

 「大丈夫ですか?まだ痛いのなら胃薬を取って来ますけど」

 「腹痛は大丈夫。今度は精神的なものでね…あそこに突っ込むと思うと…ね」

 

 どこか遠い目をする殿下に作戦を聞いたときより再三言った言葉を言おうかと思ったが喉から出す事はしなかった。

 作戦とは四脚のナイトメアパイロットの聖ミカエル騎士団総帥の捕縛。

 三機では到底不可能としか言えない作戦を行なおうとしている。内容は聖ミカエル騎士団がヴァイスボルフ城を攻める際に地雷原を突破するからそのルートを辿り、本隊を呼んだ聖ミカエル騎士団とユーロピア軍が衝突しているどさくさに攫うらしい。

 出撃メンバーに殿下も入っていたことから何度も危険だから止める様に説得しようとしたが決意は堅く、聞いてはくれなかった。

 さらにこの作戦では退路を確保する必要があってここの戦力ではそこまで行えない。ゆえに何かしらの策を講じなければならないのだが…。

 

 「そういえば先ほどの電話はなんだったんです?」

 「うん?あぁ、有能な弟にちょっとお願いをしてきたんだ」

 「もしかして宰相のシュナイゼル殿下ですか?」

 「……どうしてシュナイゼルって思ったのかな?私には弟は五人居るんだけど」 

 「うぇ!?いえ、その…なんとなく、です」

 「そうかい。なら良いよ」

 

 言えない。

 優秀と聞いて一番に思い浮かべた人物がシュナイゼル殿下だったなんて、下手したら他の皇子の方々に対する不敬罪に問われる。

 それよりも何か機嫌が悪いように感じるのは気のせいだろうか?

 

 「シュナイゼルなら知恵を使って介入する口実を見つけられるだろうしね」

 「あの~殿下。もしかしてですけど機嫌悪くないですか?」

 「ん~?そう見えるかい?」

 

 確かにいつものように笑顔なのだが額に青筋が見える。これが怒っているようではなくてなんだと言うのか。

 それに気付いたオルフェウスは驚き、ロロは「あー…」と唸りながら目線を逸らした。何か心当たりがあるか以前にも同じような状況にあったかのような反応だった。

 

 「き、気のせいですね。私の気のせいです」

 「いやいや、確かに機嫌は悪いかな。シュナイゼルと短い時間喋れたのは嬉しかったんだけどね…ちょっと別件をある奴に頼んでさ…」

 

 奴と呟いた瞬間、怒気に似たような雰囲気を放ったという事は何かしらの頼み事をお優しい殿下が毛嫌いするほどの人物に頼まれたという事。

 一瞬想像がつかなかった。ユーロピア圏内に居るオデュッセウス殿下がブリタニアを超えてこちらの案件で頼み事をすると言う事はかなりの力を持った人物。しかし兄妹・兄弟も皇帝陛下との仲も良好と聞いているメルディは考える。

 他国を超えて力を振るえるほどの大きな力を持ち、お優しいオデュッセウス殿下が毛嫌いしそうな人物…。

 

 「あ!あー…殿下はここで殺戮でもする気なのですか?」

 「さすがメルディ。分かったんだね。でも、ここではないよ…顔すら見たくないからね…あの殺人鬼だけは」

 

 条件に合う人物を察して心の底から納得した。

 確かにあの方と殿下は相性最悪だろう。命の価値観からして真逆なのだから嫌悪もしよう。

 

 「ブリタニアの吸血鬼…ルキアーノ・ブラッドリー卿」

 

 大きなため息をつきながら件の人物の名を呟いたメルディはこれから起こる事を予想して頭を抱え始めた。


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