コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~ 作:チェリオ
セントラル・ハレースタジアムは超が付くほどの高層ビルの屋上に設けられた競技会場で、天蓋が開け閉め可能となっている。雨天には閉めて使用されるが、今日の天気は晴れ。天蓋は解放されスタジアム上空は青空が広がっていた。
マリーベル・メル・ブリタニアと護衛で付いているオルドリン・ジヴォンと別行動を取っていたソキア・シェルバとマリーカ・ソレイシィは選手控室の辺りをきょろきょろと見渡しながら彷徨っていた。
「シェルバ卿…先ほどから同じところをぐるぐる回っているように思えるのですが」
「そ、そうかにゃ~…」
「ええ、トンプソンさんともはぐれてしまいましたし、いったんモールに戻りませんか?」
「ソレイシィ卿。私たちは第一皇子殿下より勅命を受けて動いている。勅命を果たせず撤退するわけにはいかないよ」
「…いえ、確かに勅命と言えば勅命なのでしょうが…」
朗らかに笑うソキアに対してマリーカは困ったような呆れたような表情を浮かべる。
やる気は認めるところだが対象を見つけるどころか迷ってしまっている現状は打開したい。施設関係者を見つけるか、案内板が置かれてあるホールにまで戻るのが一番の解決法なのだろうけれども、興奮気味に行動していることからこのまま探し続けることになるのだと推測される。
「やっと見つけましたソキアさん」
「んにゃ?」
「まったく何やってんだソキア」
「サンドラ!みんな!!」
オルドリン専属メイドで今回の競技ナイトメアリーグでグリンダ騎士団のメンバーとして参加するトト・トンプソンが手を振りながら声をかける。その隣には対戦相手であり、元チームメンバーのファイヤーボールズの面々が並んでいた。
先頭に立ってニカっと笑みを浮かべるファイヤーボールズのエースであるアレッサンドラ・ドロスに、ソキアは駆け出して抱き着いた。
ファイヤーボールズは今期も競技ナイトメアリーグのトップを独走している実力のあるチーム。
祖父に悪名高き大ギャングを持ち、【チャンピオン】と【ブレードギャング】の二つの異名を持つ、癖のあるロングヘアに勝気そうな表情が特徴的なアレッサンドラ・ドロス。
どこかぼーと呆けているような表情を浮かべているが、試合が始まると一変して荒々しいプレイを行う【ハンター】の異名を持つ褐色高身長のマトアカ・グレインジャー。
落ち着いた雰囲気をまとっているファイヤーボールズの司令塔【無傷のクイーン】リリー・エルトマン。
最年長でナイトメアフレームレスリングでは右に出る者がいないほどの実力者【プレデター】ジェイミー・ホーガン。
逆にチームの中で一番年下の【子猫】ステファニー・アイバーソン。明るい表情を振舞っている少女であるが天才ルーキーと称されるだけの実力を持ち、ファイヤーボールズから抜けたクラッシャーの穴を埋めている。
それぞれが思い思いにサンドラに抱き着いたソキアに声を掛ける。
仲間と言うよりは家族のように見えてソキアは兄を、トトはギアス響団で育った仲間たちを思い出した。
「本当に久しぶりだなソキア」
「サンドラもみんなも元気そうで良かった良かった」
「あ!そういえばステフから聞いたぜ。ステフを引き抜こうとしやがったそうだな」
「ちょっとした手違いで…それよりも今期リーグ優勝おめでとう」
「ったりまえだぜベイベ」
「だぜベイベ!」
「真似すんなステフ。それとあからさまに話し逸らしやがったなソキア」
「にゃははは…ばれたか」
にこやかに話すソキア達の輪を乱すようで申し訳ないがこちらも選手の準備に殿下から頼まれた事もある。分かっていながらも間に入るしかない。
「シェルバ卿。そろそろ…」
「あー…そっか」
「そう寂しそうな顔すんなよ。数分後にはフィールドだ」
「うん。ってそうじゃなくて第一皇子殿下より勅命を受けているんだよね」
「第一皇子って言ったらオデュッセウス殿下か」
「これ宜しく」
そう言ってソキアがサンドラ達に渡したのは人数分の色紙であった。
一瞬、首を傾げそうになり、疑問を含んだ視線で見つめ返す。
「なにこれ?」
「なにって色紙」
「んなことは見たら分かる。」
「殿下からサインを貰ってきてくれと頼まれたんだ。それと祝勝会に誘うようにも」
「サインは分かった。けど、お前らもう勝った気かよ!?」
「いや違うよ。
「どっちもっておいおい…」
「両方応援してるって言ってたよ」
普段ならオデュッセウスは妹であるマリーベルを全力で応援するところだが、今回ばかりはそうはいかなかった。
なにせファイヤーボールズの子らは皆、少なからず縁があるのだ。
アレッサンドラ・ドロスの祖父が仕切っていた大ギャング、ドロスファミリーは裏表両方の世界で大きな力を誇っていた。
中には商品として、そして敵対勢力を徹底的に潰すだけの銃器も当然扱っていた。警官隊が無計画に挑めば返り討ち。計画を組んだところで内通者がいたる所に居るので駄々洩れ。
大きな力を振るっていたドロスファミリーであったが終わりはあっけないものだった。
神聖ブリタニア帝国がナイトメアフレームを実戦投入したあの日より崩壊は決定していたのだろう。
圧倒的な力を発揮したナイトメアフレームは如何なる戦場でもその猛威を振るった。そしてその力は戦場だけでなく治安維持の名目で街中にも適応され始めた。
グラスゴーを警官専用に改造したナイトポリスの登場である。
それまで自分たちの身を守り、相手を蹴散らしていた自慢の銃器は豆鉄砲レベルまでに落ちた。
これでは今まで通りに事を行えないと判断したドロスファミリーは裏家業から手を引くことを決定。しかし、犯罪者だった彼らがまともな職を得るのは難しく、アレッサンドラの祖父は自分の血が流れている孫がまっとうに暮らせれるように思案を巡らす。
まさにそんなときに出合ったのがオデュッセウスが作った臣民更生プログラム。
裏稼業の人間をただ処罰するのではなく、ボランティアや社会復帰のための労働などを条件に恩赦を与える更生プログラムで、ドロスファミリーはそれを利用して孤児院などを経営し、社会復帰を果たしたのだ。
その孤児院で経営側だったアレッサンドラとジェイミーを除く、ファイヤーボールズのメンバーは育ったのだ。勿論、元ファイヤーボールズで現グリンダ騎士団の騎士であるソキアもである。
自分が頑張って制作した臣民更生プログラムを使用して育った子らが、活躍するのを誇らしく思う。
「っとそろそろ行かないと。じゃあ、またあとで」
「お、おぅ」
時間も迫って慌てて離れて行くソキアとマリーカ、トトを見送ったサンドラ達の表情は大変微妙そうでもあり、困惑しているようだった…。
競技ナイトメアリーグ【ジョスト&フォーメーション】
5機で編成された互いのチームが相対してコースを周回して先に八周した方が勝利を収める。これだけだとただのレースだが相対してコースを回るという事は互いのチームが絶対ぶつかり合う。その時にクイーンと決められたリーダー機を倒すことが出来、そこで倒せれれば8周関係なく勝利が決まる花形競技。
殴って良し。
接近戦武器でぶっ飛ばして良し。
投げ飛ばして良し。
銃器や刃物はなしの何でもありの格闘戦が勃発するのだ。
攻めに重きを置き過ぎれば逆にクイーンが相手にやられるなんてこともあるので守りつつも相手を如何に攻めるか。
操縦技術に戦術・戦略が物を言う競技。
スタート地点にてプライウェンに騎乗し、待機しているオルドリン・ジヴォンは大きなため息をついていた。
カリーヌと共に席のほうに移動したオデュッセウスだったが後からソキアにファイヤーボールズのサインを頼みに来た。昔の仲間と言う事で話に花を咲かせそうだったのでストッパーとしてマリーカとトトに付いて行ってもらったというのに戻ってきたのは開始時間ギリギリ。
遅刻しなかったから良かったものの、もう少しで試合時間を延ばす交渉をするところだった。
先ほど名前が挙がったプライウェンとは競技用ナイトメアとして改造されたグラスゴーである。といっても軍用でなく民間ナイトメアフレームの規定で出力を40%もデチューンされ、装甲もかなり薄い。武装は非殺傷武器である電磁ブレードにマグネットハーケンを装備。これらの決まりがあるが逆に言えばそれ以外ならどれだけカスタマイズしても良い。
グリンダ騎士団はノーマルのプライウェンを使用するがファイヤーボールズのプライウェンは炎のマークを描かれていたり、肩や頭部に追加装甲を施されている。ほかのチームでは角を生やしていたりするものもいたりする。ちなみにジノのトリスタンの角はこの話をレオンハートより耳にして取り付けられたのだ。
気分を入れ替えて周りを見渡し、対戦相手を見つめる。
自分の周囲にはトト、ソキア、マリーカ、そしてマリーベルがプライウェンに搭乗していた。
マリーベルは皇位継承権を剥奪された後、ジヴォン家が庇護する中で士官学校に一緒に通い(マリーベルがオルドリンと離れたくないのが一番の理由)、ナイトメア操縦経験・操縦技術は皇族内でトップに位置する。皇族は馬術を嗜むようにナイトメアを嗜む。嗜む程度なので軍仕込みのマリーベルが上なのは理解できると思う。が、中にはオデュッセウスやコーネリア、ルルーシュのようにマリアンヌの暇つぶし―――コホン…鍛錬を受けた皇族もいるがこればかりはマリーベルの生まれながらの才能としか言いようがない。
『ON Your mark!』
会場内に響いた声に反応し、スタートをいつでも切れるように準備する。
モニター越し…違うな、機体越しにでもトトとマリーカの緊張を感じる。機体の装甲が薄いと言っても拳銃で穴が開く程度ではない。感じる筈がないのだが軍用ナイトメアを手足のように使っていた人間なら感じるのだ。装甲が薄い分、より明確にだ。
『READY!!』
ごくりと喉を唾が通る音がコクピット内に響く。
緊張――とまではいかなくともフィールドの雰囲気に呑まれかけている。今まで戦ってきた戦場とは明らかに違う熱気…。
大きく呼吸を繰り返し、体内の空気と気持ちを入れ替える。
『GO!!』
試合開始の合図が発せられると同時に速度を出してフィールドを駆けだす。
『全機、アローフォーメーションで展開!斬撃包囲シージュスラッシングで対応して』
『イエス!フィールドジェネラル!!』
『まずは様子を見ます。ヒットアンドゴー!』
『イエス!ユアハイネス!!』
マリーベルの指示通りに動く。
矢先の位置にオルドリン、弓の端々とその中間にソキア、トト、マリーカが、矢尻にマリーベルが配置に付いた。矢先であるオルドリンが相手の攻撃を突破し、中間の三人はクイーンのマリーベルを護る役割を担当する。
向かいから迫って来るファイヤーボールズの先頭を進んでくるのは【ブレードギャング】、【チャンピオン】のアレッサンドラ・ドロス。
勢いを付けて電磁ブレードを振るう。ぶつかり合った剣より相手の実力を読み取った。
確かに強い。だが自分よりとは思えない。
数度剣を交えて相手の剣を腕ごと勝ち上げる。無防備になった機体――は駄目だから腕を叩き折る。
―――勝った。
――――競技ナイトメアリーグのチャンピオンに初戦でオルドリンは勝った。
―――――
腕を叩き折られたサンドラ機は修理エリアに向かう前にソキア機に接近する。ソキアにはステファニーが向かっていた為に腕をやられているとはいえ二対一の状況になったことでソキアの反応が一瞬遅れた。その隙にステファニーがソキアを突破。サンドラはぶつかり合うことなく修理エリアへと移動した。ソキアが抜かれたことにほぼ全員が驚く。すると今度はマトアカとジェイミーにマリーカとトトは突破され、ファイヤーボールズのクイーンを務めるリリーは攻撃を受けることなくすり抜けていく。
―――負けた…。
このままマリーベルがやられて勝敗が決したと言う意味ではない。
自分はサンドラに勝った。しかし、出し抜かれたのだ。
まんまと罠に掛かり、自身を叱咤したい気持ちを抑えてマリーベルの援護に戻る。
突破した三機の猛攻をマリーベルは何とか凌いで突破した。機体はかなりボロボロになってしまったが…。
行き過ぎて離れていくファイヤーボールズにホッとしながら、申し訳なさそうにマリーベル機に近づく。
「ごめんなさいマリー。私…」
『大丈夫よオズ。中々やってくれたけど…大丈夫だから』
「今度は絶対マリーを護るよ」
『お願いするわ。私のナイト・オブ・ナイツ』
一周目では出し抜かれたが二週目からがらりと流れが変わった。
大体理解出来たマリーベルの指揮により二週目で押されたのだ。そして三週目ではファイヤーボールズはソキアに相性の良いステファニーを当てていたのだが、すんなりとフォーメーションを崩して、ソキアはジェイミーに突っ込み―――
投げられて頭部から落とされた。落とさせたが正解か。
競技中の修理もコース復帰も自由。だが、ジェイミーは投げる為に時間を割いたのでただの周回遅れ。追いつくには一周二周で出来るかどうか。マリーベルの策でファイヤーボールズの戦力は四機に減らされたのだ。グリンダ騎士団は一旦ソキアが修理に赴くが二周後には合流出来るだろう。
ファイヤーボールズにとってはかなりきつい状況となった…。
試合運びはグリンダ騎士団に有利となったがこのまま押し切れるかどうかはわからない。
最後まで気を抜かない。
それは試合に関わらず抜けない状況に追い込まれたのだが…。
試合会場にナイトポリス数十機が突入してきた。
何かがあったというよりは何かを起こしに来たのだろう。
『――諸君、私はアーザル・アルハヌス。
誠にすまないが当スタジアムは我々が占拠した。
我々はタレイランの翼。反シャルル主義者組織―――』
つまりはテロリストか。
犯行声明と演説をすらすらと綴るモニターの男から視線を外し、眼前の敵に注意を向ける。
最悪だ。
向こうはグラスゴーを警官使用に改造されたナイトメアで、いつもの愛機なら瞬殺できるレベルだが、今乗っているのは相手より劣っている上に武装的に打撃力は低い。
現にファイヤーボールズは機体性能で押されて取り押さえられていた。
ナイトポリス標準装備の拳銃が向けられ発砲される。
下手に当たれば一撃でやられてしまう。
―――なのに全然恐怖が湧いてこない。
不思議に思いながら銃弾を回避し、懐へと突き進む。
銃口を睨んで弾丸の軌道をおおよそながら読み取り、回避しつつ相手の弱い部分を探す。通りざまに関節部分に電磁ブレードの一撃を与える。さすがに関節部は弱く、膝を曲げてその場に転げ倒れる。
そのまま指を砕くように手に一撃を当てて、手放された拳銃を奪い去って行く。
「トト、これ使って!」
『―っはい』
拳銃を投げ渡し、代わりにトトの電磁ブレードを受け取って二刀流で構える。
『私とマリーカが前に出ます。オズには切込みをお願いするわ。トトは援護を』
「「「イエス!ユアハイネス!!」」」
指示通りに行動に移る。絶対的不利な状況であるが心のどこかでこんなものかと安堵している感が――――あ!
思い当たる節を思い出して納得する。
あれだ。
オデュッセウス殿下が組まれたラウンズとの一週間の訓練。
照準は甘く、剣筋は読み易く、動きは遅く単調。
鍛錬の効果がすぐに出るとは思わなかった。無意識の間に勝つために思考を働かし、実力は今まで以上に仕上がっている。
とはいえ不利なのは変わらない。
それはマリーベルも分かっているようだ。
「マリー。不味いわね」
『えぇ…せめて軍用機が一機でもあれば…』
無い物強請りであることは理解している。
でも、思わずにいられない。
……あるにはあるのだが、置いてある場所はここのホール。整備状態的には動かせる筈だろうけど現在鑑賞用として置かれているので、機動キーが何処にあるのか皆目見当が付かない。
数を減らされ警戒したテロリスト達は勢い任せの攻勢を止めて慎重に動き出した。
モニターに映し出されていたアルハヌスは苦々しく見つめていた。見つめているだけで敗北するという気持ちはない。
その自信たる存在が新たに会場に雪崩れ込んできた。
軍用機であるサザーランド隊の投入。
味方――であったのなら心強かったがナイトポリスと連携するように動いたことからあれらもテロリストと言う事。
さらに絶望が深まった。
自分がどうなろうとも構わないが、マリーだけは護らないと…。
そんな時、何かが頭上を通り過ぎた。
同時に正面に並んでいたサザーランドとナイトポリス一機ずつの頭部にスラッシュハーケンが突き刺さり、そのまま地面に倒れ伏した。そこに一騎のナイトメアがその場に降り立った。
ハレースタジアムのホールに飾ってあった真紅のナイトメアフレーム―――ランスロット・トライアルが降り立ったのだ。