コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~   作:チェリオ

80 / 150
第79話 「荒れる中華連邦」

 中華連邦の政治関係者や富豪などほんの極一部の富裕層。

 神聖ブリタニア帝国の皇族三名にその専属部隊。

 貧しい思いをする民から搾りに搾り取った税をふんだんに使った晩餐会にオルフェウス・ジヴォンは潜り込んでいる。

 勿論の事ながら招待状の類は持ち合わせていないのでギアスを用いての侵入である。

 オルフェウスのギアスは視覚的に自身の姿を他者へと変える事。視覚的なのでカメラなどを通せば姿がばれるので、戦闘時に着用している服装ではなく、純白のオーダーメイドのスーツを着用している。これならばカメラを通して会場の警備している人間も誤魔化せるだろう。

 

 『オズ、侵入成功したか?』

 「今のところは問題ない。ターゲットも確認した」

 

 耳にはめ込んでいるインカムよりズィーの声を聞き、口元を隠す形で袖によりつけたマイクを通して返事を返す。

 人が多いが目標の人物を見失うことは無かった。

 なにせこの場で一際目立つ人物なのだから…。

 

 『ちょ…ちょっと待てって!?』

 「どうした?」

 『ネリスがっと――』

 『オズ。分かっていると思うが傷一つ負わせてみろ。命は無いものと思え』

 「………さらに難度を挙げるような脅迫は止めてくれ。なるべく丁重にお迎えするさ」

 

 どうやらズィーからコーネリアがマイクを取り上げたようだ。

 今回ピースマークが請け負った依頼は中華連邦朱禁城に集まる神聖ブリタニア帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニアの暗殺。

 無論本気で行う気はないし、コーネリアに殺されたくないのでやらないが。

 ただミッションは最低限達成させなければならないので、手は打たせてもらう。

 正確なミッション内容はブリタニア皇族を襲って混乱を招けというもの。朱禁城で騒ぎが起こればそれに乗じて反中華連邦組織紅巾党が大宦官を討つべしと進軍するとか。要するに今回はピースマーク本来の作戦というよりブリタニア打倒のために紅巾党に恩を売っておこうという物で宰相を討てというのは次いでなのだ。

 

 だから騒ぎを起こせという紅巾党の思惑と自分達の目的を達成する為にも神聖ブリタニア帝国第一皇子のオデュッセウス・ウ・ブリタニアを攫う事にしたのだ。

 彼を攫うのは中華連邦に入ったはいいが饗団の足取りを掴めなくなったことが大きな要因だ。電話で聞こうにもはぐらかされるか切られる。ならば攫って答えるしか無くせばいい。

 脅迫ではない。コーネリア直々のお願いで簡単に落ちるだろうからな。

 

 と、いうかシュナイゼルの暗殺とか不可能だ。

 なにせシュナイゼルの周りには第二王子親衛隊のカノン・マルディーニにナイト・オブ・ラウンズのオリヴィア・ジヴォンが付いて回っている。カノンの戦闘能力は未知数だがオリヴィア――母に勝てる想像が全くできない。なにせナイトメア戦もそうだが白兵戦でも恐ろしいほどの剣術を持っている。

 下手に相手をすれば火傷では済まない。時間が掛かれば警備が集まり取り押さえられる可能性が高い。

 

 次にマリーベルだが自身の親衛隊と共にシュナイゼルと共にいる。

 

 消去法というかなんというかオデュッセウスしか無防備そうなのが居ない。

 おかげで連れ去り易そうで良いのだが…ブリタニア皇族的にはどうなんだろう。

 

 「で、そこんところはどうなんだ」

 『不味いに決まっている。その身を狙う不埒者が紛れ込んでいたらどうするつもりなのだ兄上は…』

 「俺たちがその不埒者なんだが?」

 

 小さく笑みを零し、すぐに気持ちを引き締める。

 ここは敵地で味方は自分一人しかいないのだから…。

 

 

 

 

 

 

 華やかな晩餐会の会場でオデュッセウスは微笑んでいるものの、顔を引きつらせていた。

 自分の身に危険が迫っているとかそういう訳ではなく、周りの行動の結果で居心地が悪くなっているのだ…。

 

 「なぁ、おっさん。これ全部食っていいんだよな?」

 「あー、ウン。食ベレルナラ好キナダケ食ベルト良イ」

 「良いな晩餐会ってのは」

 「少しは行儀良くしなよリョウ」

 「おう。分かってるって」

 「何処がよ。オデュ……違った。オデュッセウス殿下を見てご覧よ。頬が引きつって片言で喋っているじゃない」

 

 リョウ君とか楽しそうで何よりだよ。うん。

 大皿に並々に乗った料理の山にがっつく姿勢はまさに豪快で食べっぷりは良い。

 良いんだけど周りからの目が痛い。上流階級が集まる晩餐会ではまず見る事のない光景だよね。

 アヤノとユキヤもリョウみたいな事はしていないが浮いているのは確か。私の親衛隊で落ち着きを見せているのはアキトとレイラ、ハメルぐらいか。

 

 「第一皇子の親衛隊の方々は個性的でいらっしゃられますな」

 「ん?……おや、オイアグロ卿ではないですか?」

 「お久しぶりですオデュッセウス殿下」

 

 声を掛けられ振り向くとそこにはオイアグロ・ジヴォン卿が優雅にワイングラスを傾けながら立って居た。

 オイアグロは原作と違ってラウンズ入りした一人で今はナイトメア開発の方に手を出している。

 

 「本当に久しぶりだね。まさか君もオルドリンに会いに来たのかい?」

 「いえ、あっちには姉上が付いてますので。本日はオデュッセウス殿下とシュナイゼル殿下に私が出資するナイトメアの売り込みに馳せ参じました」

 「わざわざ中華連邦にまで足を運んだのかい?それはすまなかったね」

 「お二人とも中々お会いする機会がありませんので」

 「あー…私もシュナイゼルも各地を飛び回っているからね。パーティーでも開けば…クロヴィスには会ったのかい」

 「はい。クロヴィス殿下はガレスのほうに興味を持たれ護衛部隊二個小隊ほど」

 「もう実戦投入できるレベルなのか」

 「先行量産型はすべての工程を終えましたのであとは正式生産機の完成を待つのみです」

 「私にもガレスを売り込むのかい?けれど――」

 「えぇ、殿下は量産機には事欠いておられないことは存じております。なので今回は違うナイトメア――ギャラハットの売り込みに」

 

 ギャラハット。

 第七世代ナイトメアフレームをベースに開発されたナイト・オブ・ラウンズ専用の第八世代相当ナイトメアフレームの一騎。

 いや、現在は採用される前らしいから正式には違うのか。

 漫画【双貌のオズ】でのオイアグロ・ジヴォンはかなり裏で動いていた筈だ。

 オルドリンには母であるオリヴィアを殺してジヴォン家の当主の座を奪った人物で、オルフェウスからはエウリアを殺した人間として両者から恨まれていたっけ。でも実際はマリーベルの妹と母親が亡くなったテロの秘められた真相を知るオルドリンの殺害を命じられたオリヴィアから守るために殺し、エウリアの殺害も意図したものではなかった筈だ。その後はギアス饗団と関わりつつも二人を護ろうと暗躍し続けた。

 私が介入したことで秘められる筈だった真相は秘められることは無く、オリヴィアにオルドリンの殺害命令が下されることは無かったけどね。

 それ以外ではナイトメア開発に資金を回してガレスやギャラハットの開発に投資して力添えをしていた。

 

 ――に、してもギャラハットかぁ…。

 欲しくないと言えば嘘になるけど、持っていても仕方がないというのが私の現状なのだが。

 考えている最中にも説明をしてくれているオイアグロの言葉が耳に入って来る。

 所有している大容量エナジーは砲撃戦でも活かせるが、それ以上に白兵戦用の武装を用いた近接戦闘能力は現行のランスロットタイプを上回る………公算が高まったとか。

 

 親衛隊にはアレクサンダ以外考えれないし、私のナイトメアは今や旧型となりつつあるアレクサンダ・ブケファラスだが、専用のランスロットを改修中。それに月下のカスタム機もあるから機体には事欠いていない。改修が間に合っていないというのはあるがね。

 親衛隊以外に三つの騎士団を所有しているが汎用型ならいざ知らず、近接戦闘に秀で過ぎた機体を騎士団用に配備するのは難しいだろう。代用パーツが利く量産機とは違ってパーツは専用で、整備方法も手順も異なる。さらに操作性によっては扱えるのはある一定の技量が無いと不可能なんて事があり得る。

 ランスロットなんてラウンズでも扱える人と扱えない人が居るのに。さらに高性能となったら一般で扱える人居るのかな?

 

 なんて批判的な事を考えても欲しい。

 ………別に私が扱わなくても良いのではないか?

 あぁ、扱えそうな人物にプレゼントするとか。と、なるとクロヴィスやキャスタールの騎士はキューエルにヴィレッタか。扱うのは難しいか。ならナナリーの騎士のアリス達はどうだろう?アリスならギアスを用いれば問題なく扱える。

 あと手元にも欲しいしもう一機。そういえばマオちゃんに機体をあげる話をしてたっけ。なら三機程お買い上げの方針で行くか。

 

 「なら三機ほど頼めるかい?」

 「畏まりました。伝えておきます」

 

 微笑みを浮かべながら去って行くオイアグロを見送るオデュッセウスは給仕の者よりワイングラスを受け取り、壁際に移動しようとしたところ、アキトが横を遮るように立ち構える。

 表情はいつもの無表情ではなく険しく、警戒態勢を取って辺りを警戒していた。

 

 「アキト君。何かあったのかい?」

 「会場内に不審な人物を確認しました」

 「不審?」

 「はい。緩やかにですが殿下との距離を詰めております」

 

 アキトが横目で見つめる方向には確かに誰かと談笑も、料理を楽しんでいる訳でもなく、気付かれないようにゆっくりと近づいて来る男性がいた

 中華連邦の衣装に身を包んだ初老の男性…。

 

 一見、中華連邦の上流階級の客にしか見えないが時折鋭い眼光を向けてくる。

 ほんの僅かなものだが見逃さなかったのはアキトが教えてくれたからだろう。

 まさかと思いながら携帯を取り出してカメラを起動させる。おもむろに初老の男性に向けて画面を見ると、肉眼で捉えている男性とは似ても似つかない青年が…ってオルフェウス君じゃないか。

 

 「オルフェウス君」

 

 見知っていた相手と言うのもあって警戒心が薄れていた。

 相手が自身を攫おうと考えているとは微塵も考えもせずに。

 軽く手を振って名前を呼ぶ。

 

 

 三名がその行動に反応を見せた。

 ひとりは潜入してオデュッセウスの隙を伺っていたオルフェウス・ジヴォン。

 二人目はオデュッセウスから然程離れていなかったオイアグロ・ジヴォン。そして母親でオイアグロと違ってオルフェウスの足取りも今何をしているかも知らないオリヴィア・ジヴォンの三人。

 

 ジヴォン家は一子相伝の女性貴族で、双子で男子であったオルフェウスは産まれてすぐに平民の家へと送られ、その後ギアス饗団にて引き取られた。ゆえにオルフェウスはオリヴィアを母として認識していない。オルドリンを妹と認識していない。オイアグロを叔父ではなく復讐対象としか捉えていない。

 だからオイアグロの動きに警戒だけを向けながらオデュッセウスの警護をしていたアキトに狙いを定める。

 

 人影に隠れた瞬間にギアスを解除したことでアキトの視線は自ずと警戒対象であった人物を探そうとする。例え懐より凶器を取り出そうとしている青年が居たとしてもだ。

 懐から取り出したのは晩餐会で使われている銀のナイフが三本。

 

 「不味い。皆、離れよ!」

 

 そこでようやく理由は分かっていないが狙われている事に気付いたオデュッセウスは周囲の人物を押しのけながら声を挙げる。

 投擲しようとしているオルフェウスのナイフが視界に入ったことで初老の男性を探すのを中断し、アキトは拳銃を懐から取り出して構えるが周囲に人が居て撃とうものなら確実に周囲に被害が出る。

 アキトを直線状に捉えたオルフェウスはナイフを放つ。狙うは足と肩。無力化すればオデュッセウスまで距離を詰めて、脅してでも連れて行く。もし抵抗するものなら小声でコーネリアが待っているとでも言えば嫌々ながらも付いて来てはくれるだろう。

 

 銃口がオルフェウスを捕え、アキトとの間に障害物となっていた客が消えても背後には人がいる。トリガーを引けない相手に対して投げられたナイフが目標に向かって飛んでいく…。

 

 

 一撃だ。

 何とか間に割り込んだオイアグロは腰に提げていた剣を抜いてナイフを斬り落とした。

 否、斬り落としたどころではない。ナイフの先から持ち手まで真っ二つにすべて斬ったのだ。

 憎しみの対象に殺気と凄まじい剣捌きに驚いた一瞬、オルフェウスの肩に一本のナイフが突き刺さった。

 

 投げたのはシュナイゼルの側に居るオリヴィア。

 二人の視線が一瞬交わると事態の不利を認識してオルフェウスは逃走を開始した。

 

 慌ててレイラを含める親衛隊がオデュッセウスを囲む形で集まる。

 

 「ご無事ですか殿下!?」

 「私は大丈夫だよ。アキト君は?」

 「問題ありません」

 「オイアグロ卿。助かりました」

 「いえ、殿下の身に何もなくて何よりです」

 「兄上!」

 

 シュナイゼルとマリーベルもオデュッセウスを心配して慌てて集まる。

 皇族三人を中心にオデュッセウスの親衛隊、グリンダ騎士団が周りを固めて警戒するが、会場内にまで響いてきた地響きと外から鳴り響く爆発音により事態は深刻さを増した。

 

 会場の窓より外では戦闘が起こっているらしき光が起こり、少し離れた地点でアンナバでグリンダ騎士団と戦った白炎が警備部隊と交戦していた。

 白炎を目撃したオルドリンは怒りで殺気立つが、すぐにそれを抑えてマリーベルの周辺に気を配り警戒する。

 

 「オズ。私はシュナイゼルお兄様の護衛でここに居ます。離れるわけにはいきません……ですからオズ。貴方にはあの機体を追ってください。アレは危険です。アンナバで剣を交えた貴方なら分かるはずです」

 「マリー…イエス・ユア・ハイネス」

 「ブリタニアの方々はお早く避難を…」

 「これはちょうどよいところに。現状の説明を願いますかな?」

 

 昼間に皇族を狙った紅巾党のテロがあってこの始末。

 急ぎブリタニアの皇族には安全な場所に移って貰おうと駆け寄って来た大宦官が、顔色を蒼白させて非常に焦っている事を表情で雄弁に語っていた。

 対してシュナイゼルは焦りなど微塵も感じさせない態度で状況の把握に努める。

 正直情報が殺到して正確な情報ではないのだが、朱禁城周辺の警備部隊が白いナイトメアに倒されて防衛能力が低下。さらに城外では昼間の紅巾党が攻撃に出ているという。

 

 「ですので一刻も早くブリタニアの方々には――」

 「ならばこそ我々はここに居ましょう」

 「……はぁ!?」

 「テロリストの攻撃に恐れをなしてブリタニアの皇族、そして大宦官は逃げ出した。それともテロリストの必死な攻撃に対して物怖じせず対峙した。どちらが宜しいかな?」

 「しかし、宰相閣下は勿論、オデュッセウス殿下やマリーベル皇女殿下の身にもしもの事があれば」

 「問題ありません。私のグリンダ騎士団がそこらのテロリストに後れを取ることはありませんので」

 

 涼し気な笑みを浮かべるシュナイゼルと堂々と満面の笑顔で言い放ったマリーベルに対して大宦官は口を閉じるしかなかった。

 だがその二人からして…否!三人…それも違うか。この場に居るブリタニア皇族に仕える者全員に気がかりがあった。

 

 「オデュッセウス殿下。分かっておられると思いますがくれぐれも勝手に動かないで下さいね」

 

 皆の想いを一番に口にしたのはレイラであった。

 これまでの行動からこういう場合は必ずと言っていいほど動いてしまう。ゆえに先手を打って釘を刺そうとしたのだ。

 勿論、素直に聞いてくれるとは微塵にも思ってはいなかったが…。

 

 「あぁ、分かったよ」

 「――え?分かっているんですか?」

 「分かっているとも」

 「本当に本当ですね?勝手にナイトメアに乗って敵陣に突入したり、大将首を獲りに行ったりしませんよね?」

 「勿論だとも。私はペーネロペーで待機しているよ。せめて上空からの情報提供ぐらいはさせてくれるのだろう」

 「え、あ、はい。えーと、護衛には――」

 「護衛にはオイアグロ卿に付いて貰おうか。構わないね?」

 「殿下のご指名ならば…」

 「あと、オリヴィア卿もお願いできるかな。他国での戦闘にナイト・オブ・ラウンズが介入したというのはあまり宜しくないしレイラ達はマリーベルの手伝いを頼むよ」

 「イエス・ユア・ハイネス……本当に大人しくしているんですよね?」 

 「君も疑い深いね。敵に突っ込んだりしないから安心しなよ。シュナイゼルやマリーベルが敵中に突っ込むんならまだ分からないがね」

 

 そう言ってオデュッセウスはオイアグロとオリヴィアを連れて会場を後にする。

 オルフェウスとオルドリンの事を不安がっていても顔に出さない二人だったが、本来なら今すぐ駆け付けたいぐらいなのだ。

 

 だからこそオデュッセウスの提案には飛びつくのだが…。

 

 「さてと、あの兄妹を止めに行きますか」

 「殿下、ご存じだったのですか?」

 「知っていたよ。それで二人も行くだろう」

 「勿論止めに行くのなら。しかし宜しいのですか?勝手な行動はしないといったばかりなのに」

 「何の事かな?釘を刺されたのは敵への突撃であって、兄妹の仲裁は言われてないからね」

 

 ペーネロペーより情報を受けていたレイラ達がオデュッセウスが抜け出したことを知るのは、戦闘終了後となるのであった。

 

 

 

 

 

 戦闘による明かりでぼんやりと照らされる街の上空をオルドリンのランスロット・グレイルは駆け抜ける。

 騎士としては街の民衆を助ける事も行いたいが、今はあの白いナイトメアを追う事が先決だ。アンナバで見せたあれだけの腕があれば確実にブリタニアの脅威となる。ここで押さえておかないとどれだけの被害がもたらされるか。

 

 本人には苦渋の決断であるが、歯を食いしばって、街へと展開されたアレクサンダ部隊の活躍を信じてただ進む。

 

 白いナイトメアは街を越えて荒野を駆け抜けていた。

 逃げているのか誘っているのかは分からないがどちらにしても追わない訳にはいかない。

 

 速度を上げて高高度より急降下する。徐々に迫るグレイルに気付いた白炎は振り返り様に砲撃を開始して迎撃するが、一発とて当たることは無かった。

 これはオルフェウスの射撃が下手な訳ではなくて、ラウンズやオデュッセウスとのシミュレーターを用いた訓練で鍛えられた結果、全弾を回避しきったのだ。アンナバと戦った時に比べて格段に上がった腕前にオルフェウスは驚いたが、すぐに思考を切り替えて接近戦に構える。

 

 「アンナバでの借りを返させてもらう!!」

 

 メーザーバイブレーションソードによる上空からの加速をつけた斬り込み。

 さすがに受け止めるも受け流すも危険と判断して大きく身を逸らして回避したが、それが仇となった。

 斬りかかる直前に左腕のスラッシュハーケンを自らの後方の地面に撃ち込み、避けられた直後からスラスターでの反転と刺さったスラッシュハーケンを巻き取るのではなく引っ張って、急旋回を実現させたのだ。

 機体に負荷が掛かるが以前に比べて改修を加えられたグレイルには微々たるものだったが、その急旋回で発生したGにオルドリンは苦しめられる。されど飛びかける意識を無理やり保って白炎を眼前に捉える。スラッシュハーケンを巻いた勢いで迫り、膝蹴りをお見舞いする。常識外れの行動と体勢を崩している現状ではさすがにオルフェウスも対応しきれずまともに受けてしまった。

 

 衝撃がもろに伝わり、白炎はごろごろと地面を跳ね転がり、手を付いて立ち上がる。

 

 『腕をあげたな。アンナバの時とは見違えたようだ』

 「テロリストの貴方に褒められても嬉しくないわ」

 『だが、たった一機で来たのは失敗だったな!』

 

 レーダーに三機のナイトメアが映し出された事に気付いたオルドリンは反撃を恐れ距離を取り、新たな機影に気を配った。

 現れたのはアサルトライフルに軽量ランスを装備したサザーランドが二機に、狙撃戦仕様のグラスゴー。

 

 ネリスとギルの援護射撃とズィーの狙撃により釘付けにされたランスロット・グレイルにどう斬り込もうかと思考していたオルフェウスは距離を詰めて来たグレイルに慌てふためく事になる。

 

 『なに!?』

 「狙撃・砲撃戦の相手が居るなら好都合!貴方の懐なら安全でしょうね!!」

 

 今度こそ剣を交えた白炎とグレイルは火花を散らす。

 オルドリンの脳裏にはあの特訓の日々が思い返される。短い期間であったが普通の兵士なら体験することのないほど濃密過ぎる体験。日によっては対戦相手を入れ替えて対策を取れなくする。シミュレーションではあったが間違いなく自身の血肉となり、糧となって技量に現れている。

 

 「狙撃戦なら殿下からどれだけやられた事か!接近戦はエニアグラム卿にどれほどこっ酷くやられたか!それに比べればこんな状況まだましよ!!」

 『まったく厄介だな。だが、俺は負ける訳にはいかないんだ!!』

 「私も負けてはいられないのよ!!」

 

 鞘から抜かれた二本のメーザーバイブレーションソードと展開された弐式特斬刀と短剣が斬り結ばれる。

 ぶつかり合うたびに火花を散らす二機の間には帝国の先槍と謳われたギルフォードでさえ手を出すことが出来なかった。位置を変えて援護射撃でもしようと動くのだが、それを素早く察知してグレイルは白炎を盾にするように立ち回り、決して動きを止めることは無かった。

 

 ナイトメアは機動兵器。足を止めてはただの自走砲と変わりはしない。

 訓練で叩き込まれた一つだ。

 言うのは簡単だがやるのでは難しかった。

 状況確認や状況によって戸惑った時、斬り合いをしている最中などは足を止めたり、踏ん張りを利かしたりしてしまった。そういう時に狙ったかのようにオデュッセウス殿下の狙撃やアールストレイム卿の砲撃が飛んできたものだ。

 

 動きを止めず、周囲に気を配り、眼前の相手の動きを考えながら対応する。

 昔の自分だったら不可能だなと心の中でほくそ笑む。

 工廠外延部を何度も何度も走らされた事で得た持久力に何度も戦う事で鍛え上げられた思考能力。

 余裕を持って行う事は出来ないが、出来ないことは無い。

 

 だが、オルドリンは押し勝てなかった。

 周囲に気が向いていたこともあるが、相手の実力はラウンズ級。

 急ごしらえで合した技量だけではどうしようもない。確かに渡り合えるだろう。しかし、圧勝することはまずない。

 

 「こんのぉおおお、テロリストが!!」

 『世界を乱すブリタニアの走狗が!!』

 

 二人の剣先がお互いのコクピットに向かい突き出される。

 両者とも決して避ける素振りを見せることなく、躊躇いもなく相手だけを睨みつけて殺そうと操縦桿に力を籠める…。

 

 『そこまで!!』

 

 上空から降って来た一機のナイトメアが割り込んで突きを繰り出していた腕を掴み止めた。

 間に入ったのはアレクサンダ・ブケファラス。

 搭乗者はオデュッセウス・ウ・ブリタニア…。

 

 「で、殿下!?何故ここに!!」

 『退いてくれ!アンタと言えども…』

 『これ以上兄妹で争うな!オルドリン・ジヴォン!オルフェウス・ジヴォン!!』

 「――オルフェウス・ジヴォン」

 『兄妹だと…』

 

 オデュッセウスが叫んだ相手の名前に動揺した。

 なにせ自分は死んだと教えられていた兄が生きていて敵となっていると聞いて平常ではいられなかった。それが嘘か真かなど分からずとも…。

 

 『鞘を納めるんだオルフェウス!これ以上お前たちが争うな』

 『ウィザード!?何故中華連邦に。それにどういう事だ』

 『オルドリンも納めなさい』

 

 さすがに二機を片手だけで受け止めるのは無理があったアレクサンダ・ブケファラスは関節部から火花を出し始めた。すでに動きを止めていた二機に白炎にはウィザードのアグラヴェインが、グレイルにはオリヴィアのヴィンセントが背後に降り立って軽く掴んで動きを制する。

 

 「母様!?これは一体どういう…」

 『話さなければならない時が来たのね』

 

 コクピットから姿を現したオリヴィアに続いてオルドリン、ウィザードが姿を現す。最後にオルフェウスが出て来たことで視線は自ずとオルフェウスに向かった。

 オルフェウスは無線でズィー達に攻撃を待つように指示してから、この中で唯一信頼の置けるウィザードを見つめる。

 

 「ウィザード!ここに居る事もそうだがどうしてブリタニアのラウンズと一緒に…」

 

 ジヴォン家が見つめ合う中でオデュッセウスはコクピット内で様子を窺う事にした。

 これは家族間の問題だ。争いごとになれば勿論仲裁に入るがそれまでは彼らで話し合った方が良い。

 そう判断して見守ろうとしていたのだが、自分たちが立って居る地面にギアスの紋章が浮かび上がったことで、それどころではなくなった。

 

 「全員この場より離れろ!」と叫ぶより早く地面が崩れ、ナイトメアを含んで全員が崩落に飲み込まれた。

 衝撃でコクピットシートに押し戻される形となったオルドリンは状況を確認しようと自身の身体と付近に視線を素早く動かした。

 

 打ち身はあれど骨折など操縦に問題がありそうなケガはない。

 周囲を見渡して分かったのはここが地下に作られた遺跡と言う事。

 四方を囲むように巨大な岩を彫って作られた大仏に、神殿らしき建造物に続く階段。

 自分たちは地下遺跡の上に居て、機体の重さに耐えきれずに地面、つまり遺跡の天井が崩れたのだと理解した。

 

 次に機体のコクピットに居る人物の確認を行う。

 オルドリンと同じく衝撃でコクピットへと戻らされたオリヴィア。

 アレクサンダ・ブケファラスのコクピットより姿を現したオデュッセウス。

 崩れた衝撃で投げ出されて階段の踊り場で倒れ込んでいるウィザードと呼ばれた人物。

 そしてその人物に掴みかかったオルフェウスの姿…。

 

 落ちた衝撃か仮面が外れたウィザードからは素顔が晒されており、そこにはオルドリンの叔父であるオイアグロの姿があった。

 

 「何故お前が!エウリアを殺したお前が何故なんだ!!今まで俺の窮地を救ってくれた事だって…いや、それ以上にお前は間接的にも直接的にもプルートーンを。お前の仲間を手に掛けていたのか!!」

 

 襟元を掴まれ怒鳴られるオイアグロは苦々しい表情を浮かべて、上半身を起こした。

 オルフェウスとウィザード ― オイアグロの話が何のことか。何を意味しているのかはっきりと理解出来ないオリヴィアとオルドリンはコクピットより降りて近付きはするが、声を掛けることは無く見つめていた。

 

 

 

 「母親に捨てられ最愛のエウリアを叔父に殺された兄と、家も人も家族の絆すら奪われた兄がいる事も知らずに生きて来た妹。その兄妹が殺し合うなんてなんて悲劇なんだろうね」

 

 

 

 嘲笑ったの様な少年の声が遺跡の中に響き渡った。

 全員が視線を向けた階段の上には一人の少年が立って居た。

 

 「V.V.!!」

 

 オルフェウスが叫び銃口を向ける。

 この中でV.V.を知っているのは饗団に居たオルフェウスと関係を持っているオデュッセウス、そしてオイアグロぐらいである。

 

 「まったく君達兄妹―――いや、君達ジヴォン家はなんて濃い血で繋がっているんだ。

  甥っ子の最愛なる人物を殺しといてその甥っ子を護ろうと動く叔父に息子を捨てた母親。

  マリーベルの騎士にナイト・オブ・ラウンズ、反ブリタニア組織の一人にその組織を支援する男。

  家族でこうも殺し合わなければならない一族なんてそうはないよ。

  さぁ、ボクに続きを見せておくれよ!」

 

 背筋が凍り付くような邪悪な笑みを浮かべる少年に気圧されて一歩、二歩と下がってしまう。

 得体の知れぬ恐怖に呑まれる。

 相手はまだ幼い子供。なのにこれほどの邪気を放つとなると異常過ぎる。

 ラウンズのオリヴィアでさえ警戒の色を濃くして懐の拳銃に手を伸ばすほどだ。

 

 『駄目です!!』

 「―――ッ!?トト!!」

 

 張り詰めていた空気を物理的にも打ち破ったのは、壁を壊してでも突っ込んできたグリンダ騎士団所属の赤いグロースター。外部スピーカーより発せられた声より搭乗者はトトだと分かった。

 機体を近くで着地させたトトはコクピットから飛び降りて、大慌てでオルドリンの側による。

 この場に居た全員の視線がトトに集まり、何かを決意したトトは真剣な眼差しをV.V.に向けた。

 

 「トト。君は無粋だね」

 

 冷たく言い放ったV.V.が銃口を向けている事に気付くまでは…。

 

 「危ない!!」

 

 一発の銃声と共に発せられた大声が大きく響き、トトは地面に倒れ込んだ。

 しかし、それはV.V.が撃った銃弾を受けての事ではない。

 突き飛ばされたのだ。

 撃たれる事から彼女を護るために動いたオデュッセウスの手によって。

 

 「――――あ?」

 

 突き飛ばしたオデュッセウスの口から疑問符が混じった声が漏れた。

 オルドリンは見た。

 

 トトを突き飛ばして前に出てしまったオデュッセウスの左胸に穴が空いている事を…。

 

 「殿下!!」

 

 後ろへと倒れるオデュッセウスをオルドリンとオイアグロが咄嗟に支える。

 崩落した穴を降りようとしていたコーネリア達も目撃し、目の前で起こっている事に対して思考が拒否して呆然としていた。

 

 「あー…さすがに不味いかな。ボクは彼を撃つつもりはなかったんだけどねぇ」

 「―――ッ!V.V.!!」

 

 V.V.の一言に反応してオルフェウスとオリヴィアが拳銃を向けてトリガーを引いた。

 何発も何発も放って弾切れを起こすまで引き続けた。

 十以上の風穴を開けられたV.V.は地面に倒れ、オリヴィアとオルフェウスはオデュッセウスに意識を向けた。

 

 「殿下!目を開けてください!!お願いですから殿下、悪い冗談だと言ってくださいよ……殿下…」

 

 瞼を閉じ、ぐったりと横たわるオデュッセウスを涙を流しながら支えるオルドリンは願い続ける…。

 悪い夢であってくれと…。

 今すぐ目を開けていつもの微笑みを浮かべてくれと…。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。