コードギアス~私が目指すのんびりライフの為に~ 作:チェリオ
もうすぐ私――天子は結婚する。
好いた殿方とではなく国と国で取り決めた政略結婚。
中華連邦と神聖ブリタニア帝国の大国同士が手を取り合えば民は救われる……そう、大宦官達は言っていた。
民の為と言われても嫌なものは嫌なのだ。
隣に座る新郎のオデュッセウス・ウ・ブリタニア殿下を横目で見ると、困ったような笑みを返される。
『大丈夫だよ。君が嫌な事は君が一番信頼している人が何とかしてくれるから』
披露宴前にぼそっと耳打ちされた言葉…。
それがどういう意味なのか分からない。
言葉のままに受け取るのであれば黎 星刻がこの婚姻を止めてくれるという事。
でもそんな事をしてしまったら星刻がどうなるか。
不安が胸中で大きくなる。
膨れ上がった不安を追い払うように頭を左右に振って会場を見つめる。
会場には招待されたブリタニアの貴族に中華連邦の特級階級の人間が占めていた。中には武官なども混ざっているがその中に星刻の姿が無い事にがっくりと肩を落とす。
「大丈夫かい?」
「―――ッ!?」
「休んでいても良いんだよ。ここは私がいるから」
「い、いえ、大丈夫…です」
心配して下さる殿下に無理にでも笑顔を見せて答える。
別に殿下を嫌っている訳ではない。
初めてのお友達で昔から色々外のお話をしてくださったり、お茶を共にしてくれたこともある。
好きな部類の人なのだけれどもそれは友人としてであり、結婚相手として見た事は一度もない。
本当に私はこの方と結婚しなければならないのか…。
自分ではどうにもできない考えがぐるぐると脳内で渦巻く。
ふと、会場を見渡していたら一人の女性が目に留まった。
ドレスを着たブリタニアの女性なのだが、料理の飾りである人参で出来た鳳凰の前でどうしようか悩んでいるようだった。
何をしているのだろうと疑問を抱いていると、女性は大きく頷いて持っていた皿へと鳳凰を置いたのだ。
これにはびっくりして目を見開いてしまった。勿論近くにいる招待客もぎょっとした表情を浮かべ、次には見て見ぬ振りをして過ぎ去っていく。
どうするのかと凝視していると今度は机の角に皿を置いてナイフとフォークで切り分ける。見事に彫られた鳳凰がばらばらに切り刻まれ、一口サイズになった部分を口の中に含んだ。が、食べるように調理したものではないので人参本来の味しかしない鳳凰に眉間にしわを寄せる。
人参オンリーでは食べきれないと判断したのか、肉類が並ぶコーナーにて何種類かを皿に取り、それと一緒に食べるようだ。
見ていて可笑しくて頬を緩めてしまった。
「何かあったのかい?」
「はい、あの方が―――」
私は目にした光景をそのまま伝えた。
すると頭が痛いのか軽く押さえて苦笑いを浮かべた。
「ホ、ホホホ……あれらも料理ですから…」
「……うん」
どこか焦ったような言葉が大宦官からオデュッセウスに投げかけられるが余計に頭を抱えていた。
調子が悪いのだろうか?
殿下の後ろに立って居る親衛隊隊長のレイラさんもどこか困った顔をしているし、無理をしているのかな?
そう思いつつまた会場を見渡せば他にも変わった人が何人か見えた。
先ほどの鳳凰を食べた女性に近付いた男性――服装を見て帝国最強の騎士達として紹介されたラウンズの方だと思うのだけど、なにやら楽し気に会話して同じく飾りを皿に取っていた。
次に殿下の親衛隊隊長さんと同じ制服を着た男性が皿に料理を山のように積んで、かき込むように食べている。今まで見た事のない食べ方に興味を示したら、殿下は…いや、今度は親衛隊長さんが頭を抱えていた。
「神聖ブリタニア帝国宰相、シュナイゼル第二皇子様ご到着!」
会場の入り口を警備している兵士が来客が訪れた事を高らかに伝える。
頭を抱えていた殿下が顔を上げて入口へと視線を向ける。
レッドカーペットを歩く男性には見覚えがあった。何度か中華連邦に来られた方で殿下の弟君だ。直接話したことは無いが殿下からお話は聞いた事がある。自慢の弟って言っていたけれど何かしら妹さんや弟さんの話をする時は絶対といって『自慢の~』って言うのだ。本当に仲が良いのだろう。
来客はまず会場の奥に設けられたテーブル席。
つまり私と殿下が座っている所まで来て挨拶をなさるのだけれども、ラウンズの方々が途中で膝を付いて頭を下げた状態で何やら話して足を止めている。
「皇コンツェルン代表、皇 神楽耶様ご到着!」
その言葉に思わず立ち上がって喜んでしまった。
慌てて振り向くと大宦官が怪訝な顔をし、殿下は嬉しそうに微笑んでいた。
行儀が悪かったと恥ずかしくなり、顔を赤くして少し頭を下げた。
「す、すみません」
「いや、良いよ。気の許せる友人が来て嬉しかったのだろう」
「はい!」
「………私は少し不安だけれども(ボソボソ)」
「え?なにか仰られました?」
「何でもないよ」
「く、黒の騎士団総帥、ゼロ様ご到着!」
来客が続いて入って来たことで会場が騒がしくなる。
神楽耶と付き添いの男性の後ろを歩く仮面をつけた方…。
兵士達が慌てて囲んで矛先を向ける。
囲んだ輪の中には神楽耶も含まれていた。
慌ててやめさせようと身を乗り出すと、大宦官に肩を掴まれ止められる。
「どうして神楽耶に!?」
「もう忘れなさい。死罪になるべき女子です」
「神楽耶もブリタニアへ!?」
「いやいや、勝手に殺さないでくれるかい。ゼロと神楽耶…否、黒の騎士団の処遇はこちらで判断する事です。それとゼロは勝手ながら私が呼んだんだ。なので矛先を下ろして貰えると嬉しいのだが」
「そうでしたか…先に話して貰いたかったですが…」
「言っても許可しなかっただろう?」
――肩が震えた。
言葉はいつものように優しさを含んだ物言いであっても、その眼光はいつもの殿下では無かった。
確かに顔は笑っている。
いつものように笑っている。
しかし、その瞳には怒りのようなものがあからさまに映し出されていた。
一目で恐怖を感じた瞳に大宦官は怯え、口を閉ざして大きく頷くことしか出来なかった。
矛先が外されたゼロと神楽耶は途中で止まっていたシュナイゼルとラウンズの方々と話している模様。
そのままレッドカーペットより離れて別室へと移動するようだ。
ただ神楽耶と神楽耶の付き添いの男性はこちらに来るようで安心した。
「神楽耶…その大丈夫?」
「はい。私にはとっても頼りになる殿方が居りますので」
「ライ君も神楽耶さんも久しぶりだね」
近づいてきた神楽耶がお祝いの言葉を述べる前に心配で口を開いてしまった。
対して神楽耶は嬉しそうに答えつつ、隣の男性の腕に手を絡める。
黒いバイザーを付けていて遠目では分からなかったけれど、神楽耶が朱禁城に居た頃に護衛をしていたライさんだ。
二人はそういう関係だったのかと思うと羨ましく思う。
殿下が微笑みながら声を掛けると神楽耶は笑った。
こちらも笑っているが笑っていない。
笑っている顔でも怖いと感じる事があるんだと今日はつくづく思う。
「えぇ、お久しぶりです
「ウグッ…いや、これはね…」
「それに妹君が政略結婚の対象にされそうになった時はかなりお怒りになられたのに、ご自分となると良いのですね?」
「あ、そ、えーと…」
「どうか致しましたか
棘のある言葉に殿下はテーブルに突っ伏した。
顔は見えないがしくしくと泣いている様子にどうしたら良いか分からずおろおろと慌てていると、ほっといて大丈夫ですわと神楽耶に言われた。
「ところであの方たちは…」
「別室にてチェスを打ちに」
「別室?ここでは駄目なのですか?」
「天子様。相手はテロリスト。何があるか分かりません。警備の事も考えて別室で行うのが無難かと」
「杞憂ですわ」
大宦官の言葉に神楽耶が答える。
会場の中央に大型のモニターが準備され、シュナイゼルとゼロのチェスの様子が映し出される。
別室でもこちらでも一手打つごとに歓声が上がるか、何がどうなっているか分からない私はただただ眺めるだけ。
「ふむ…私も行くか」
「殿下、大人しくしていてください」
「少々飽きが過ぎるよ。ノネットの護衛があれば問題ないだろ?」
殿下が示す先にはラウンズの制服を着た女性が居た。
あの方は他のラウンズ方々がシュナイゼル殿下の護衛に向かったのに良いのだろうかと疑問が浮かぶ。
渋々了解した親衛隊長さんは少し離れた位置で警戒していた親衛隊の方に声を掛けて準備を始める。
「暫くの間、席を外す無礼を許してくれるかい?」
「えと、はい…」
「今は私と居るより神楽耶さんと居た方が気が楽だろう?」
耳打ちされた言葉に頷いてしまった。
ふふっっと微笑んだ殿下は護衛を連れて別室へと向かっていく。
ぺこりと頭を下げて気を使ってくれたことに感謝する。
この披露宴の中で神楽耶との会話は短くとも一番心落ち着く時間だった。
喧嘩したい訳じゃなかった。
久しぶりに会ったミレイちゃん…。
普通に話をしていただけなのに、カチンと来て今までにないような大声を出して怒鳴ってしまった。
大きなため息をついてニーナ・アインシュタインはどうしようかと悩む。
ここ数日どうもおかしいのだ。
仕事中些細なプログラムミスを連発するし、気が付くとボーと呆けていたり。そして今日は柄にもなく怒鳴ったり…。
シュナイゼル殿下に披露宴へ一緒に出席しないかと誘われて緊張していたからかな。
いや、確かに緊張はしているが、それが理由じゃない気がする。
仕事に合わせてこういう場での作法を学んだりと忙しくて疲れが出た?…ううん、おかしかったのはそれよりも前だ。
その前といったらオデュッセウス殿下が結婚されると聞いた時ぐらいだ。
殿下は皇族で皇位継承権第一位。
国の事を考えれば政略結婚は当たり前で私も納得した筈だ……?
納得?…平民の私が何かを納得する?殿下の結婚に思うところがあったという事?
自分の心にあった矛盾点に気付いて考えをまとめようとした時、たまたま通りかかった一室より歓声が上がる。
中を望むと多くの貴族たちが一つのテーブルを囲んで何かを眺めていた。
そこにはシュナイゼル殿下の姿があり、ちょうど駒を動かしている所だった。
ちらっと見えた駒からチェスを打たれていると分かり、余興も兼ねて誰かと打っているのだと対戦相手を見る。
―――ゼロ!?
視界に入った相手に殺意が湧く。
あいつさえ……ゼロさえいなければエリア11で多くの人が亡くなる事はなかった。いいや、ユーフェミア様が亡くなる事は無かったんだ!!
ゼロに対する殺意で心が憎しみに染まり、近場に止めてあったカートに目が良き、咄嗟に積まれていたナイフに手が伸びた。
『もう良いんだよ』
ナイフに触れるか触れないかの直前で手が止まる。
ブラックリベリオンの――アッシュフォード学園の――あの時のオデュッセウス殿下との光景が脳裏に過る。
葛藤が起きる。
ユーフェミア様の仇を討つべきか、それとも………。
悩んだ結果、ニーナは手をだらりと下げた。
「そうだ…それで良いんだよ」
声が聞こえた。
脳内に過った声。
聞き間違える筈もないオデュッセウス殿下のお声に慌てて顔を向ける。
そこには親衛隊長のレイラ・マルカルに親衛隊ナイトメア隊の隊長の日向 アキト、ラウンズのノネット・エニアグラムに護衛されているオデュッセウス殿下が立って居た。
慌てて姿勢を正そうとするがその前に殿下が両手で私がナイフを握ろうとした右手を包んだ。
「君の手が血で汚れる事を私もユフィも願っていない」
「…で、殿下…」
「それにしてもそのドレス。ユフィのに似ているね」
指摘されて恥ずかしくなって俯く。
この披露宴に出席するにあたり、ドレスを用意しなければならなくなったのだが、それはシュナイゼル殿下が出してくれるとの事で、デザインや色の事を聞かれたのだ。分不相応だとは思いつつ配色に胸元の形など、ユーフェミア様が着ていらしたドレスのデザインを使わせてもらった。
改めて言われるとは思わず、恥ずかしく顔がほてる。
「あ、あの!これは―――」
「とてもよく似合っているよ」
「殿下。通路の真ん中で女性を口説くんですか?天子様との披露宴の途中に」
「待って!ただでさえロリコンと言われて傷ついているのに浮気者の名まで付ける気?」
「冗談ですよ殿下」
「勘弁しておくれよ。では、また後程」
「―――ッ!?でででで、殿下!?」
そう告げられると包んでいた右手を持ち上げ、手の甲に軽くキスをされた。
突然の事に顔が真っ赤に染まり、高鳴る鼓動の音が鼓膜まで届く。
何事も無かったように部屋の中に入って行く殿下を見つめながら今起きた光景を思い出す。
先ほどの何もかもが吹き飛び脳内でパニックが起こる。
熱で火照った頭を冷やそうと先ほどミレイと喧嘩したベランダに出て、怒鳴られた直後だというのにミレイに心配されたのは言うまでもないだろう。
ゆっくりと冷めていく熱を感じながら、先ほどの矛盾を生んだ理由に気付いたニーナは再び湯気を出しそうなほど赤面するのであった…。
オデュッセウス・ウ・ブリタニアは怒っている。
セシルさんが飾りである鳳凰を周りの目を気にせず食べたり、ジノがセシルさんを見習って飾りを取りに行ったり、リョウがこういう会場では絶対見ない食い方をして恥ずかしかったことが原因ではない。
勿論、招待客として招いていないノネットが居た事も違う。
というか面白そうだったからという理由で来るのはどうなんだろう?ラウンズの仕事もあるんじゃないの?あと大宦官も「皇帝陛下よりオデュッセウス殿下の護衛をするように命じられた」というノネットの発言に裏も取らず入室を許可するのもどうなのよ。
コホン。
それは後で注意するとして私が何に怒っているかというとシュナイゼルとゼロに対してだ。
明日の式で御破算になる結婚式であるけども私、主役の一人だよ!
挨拶も無しに別室で二人チェスを打つなんてずるいじゃないか!
ただでさえレイラ監視の元、自由に動けないというのに。
それに何より可愛い弟二人が私を放置するとか悲しいじゃないか…。
泣いちゃうぞ…ただでさえ頭や胃が痛くて泣きそうなのに。
天子ちゃんに悪い事をしたなと罪悪感に苛まれ、神楽耶さんのブレイズルミナスも貫通しそうな言葉の棘に串刺しにされ、さらには―――…
【コーネリアが落ち込んで手が付けられない。なにか言葉をかけてやってくれ】
【姫様が殿下の式の事で不安がっております。一言かけてあげて下さいませんか?】
【返信まだか?】
【出来るだけ早くお願いいたします】
【早急に頼む。雰囲気が暗くて重くて息苦しいんだこっちは】
と、コーネリアの状態に対してオルフェウス君とギルのメールが交互に送られてくるの。
返信しようと打って居たら被って来て打つに打てなくて溜まったメール総数が100件を超しました。
お前らわざと交互に打ってない?
さらに極めつけは【現状のお姉さま】とタイトルでカリーヌより送られてきた動画付きファイル。
動画は皇帝代理として重要な書類に判を押しているギネヴィアなのだが、目は虚ろで書類を確認している様子がない。
二人の様子が心配で心配で胃がキリキリする。
胃の痛みに耐えながら二人がチェスを打っている別室に入ると皆の視線はシュナイゼルとゼロの大戦に釘付けでこちらに気付いていない。こっそりと覗いてみるとちょうどキングとキングが隣接し、「取っても良いよ」「勝ちを譲ってあげるよ」と言わんばかりのシュナイゼルの手に対してゼロが「勝ちを譲られてたまるか」と取らずにキングを離す。
この一手でシュナイゼルはゼロの性格を理解しただろう。
もうここまでだ。
私はニッコニコ笑みを浮かべて二人の元へと近づくと気づいた周りが騒めき、次にシュナイゼルとゼロが顔を上げる。
ん?どうして二人とも青ざめているんだい?
「…あ、兄上。どうしてこちらに」
「酷いじゃないか挨拶も無しに二人で楽しそうに」
「一応、私はブリタニアに矛先を向けている敵の筈ですが」
「知っているよ。でも今日ぐらいは命のかかった争いでなくても良いだろう?」
シュナイゼルの隣に立つと、逆にシュナイゼルが席を立つ。
そこに腰かけてゼロと対面して座る。
レイラとアキト、ノネットが警戒の色を濃くする。
「余興に私も参加させてもらうよ」
「しかし兄上…」
「さぁ、どちらが相手をしてくれるんだい?」
「どうされますシュナイゼル殿下」
「ふむ…」
ちょっと打つだけなのにどちらも困った様子。
もう少し楽にしてくれればいいのに―――ハッ!?もしかして私とは打ちたくないとか?
そうだとしたら精神的ダメージから血反吐吐きそう。
不安げな気持ちを隠して考え込む二人に対して、とうとうしびれを切らしたオデュッセウスはいらん一言を言ってしまった。
「何なら二人同時でも良いよ」………と。
何かが切れた音が聞こえた。
勿論そんな音は鳴っていないし、オデュッセウスの幻聴である。
「兄上がそう仰るならそうしましょうか?良いですねゼロ」
「………あれ?」
「こちらは構いませんよ。戦場では見られないブリタニア宰相との共同戦線。面白いじゃないですか」
「もしかして二人共…怒ってる?」
不敵な笑みを浮かべる(※ゼロは雰囲気的に)二人に後悔をし始めたオデュッセウスだが待った無しに用意は進められ、二対一という非常に困難な戦いが切って落とされた。
シュナイゼルとゼロは打ち合わせも無しにオデュッセウスに考える暇を与えまいとタイミングを計り、交互に打ち続ける。兄の意地にかけて負けるものかと必死に脳を働かせ、何時になく真剣な趣で打ち続ける。
最終的に引き分けに持って行き、敗北だけは阻止したオデュッセウスだったが、その後はフルで頭を使った反動で頭痛が起こり、部屋でもがくことに…。
殿下が頭痛で動けない事で親衛隊の隊員全員は殿下を心配するよりも勝手に抜け出す心配がなくなったと安堵した。