ストライク・ザ・ブラッド~幻の第五真祖~   作:緋月霊斗

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今回で愚者と暴君編完結です。
ではどうぞ。


愚者と暴君編ⅩⅨ

霊斗はゆっくりと息を吐き、視線を下に向ける。

そこでは、息を荒げた凪沙が目を閉じていた。

「……大丈夫か?」

霊斗が聞くと凪沙は目を開き、拗ねたように言う。

「霊斗君の馬鹿、エッチ」

「どこがだよ!?」

思わず叫んでしまう霊斗。

しかし、すぐに取り繕うように咳払いをし、古城の部屋の方に向かって言う。

「……で、いつまでそこから覗いてるつもりだ?」

すると、顔を真っ赤にした古城とアヴローラが気まずそうな表情を浮かべて部屋から出てくる。

「はは……お、終わったか」

「今更ごまかしても無駄だ。どこから見てた?」

霊斗がそう言って古城を睨むと、古城は目をそらす。

「えーと……『頼む、お前の血をくれ』の辺りから……」

「全部じゃねぇか!」

そう言って頭を抱える霊斗。

その隣では派手に衣服をはだけさせた凪沙が俯いている。

「凪沙……?」

古城が凪沙の顔を覗き込む。

その顔は羞恥で真っ赤になっていた。

「あー……なんか悪い」

古城がそう言って一歩離れると同時に、凪沙がゆらりと立ち上がる。

「こ……」

「え?凪沙?」

「古城君の馬鹿ーーーーっ!!」

叫びと共に放たれた回し蹴りは、古城の頭を捉えた。

脳を揺らされた古城が意識を失う前に見たのは、修羅のような表情で立つ妹の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分後、古城たちは再び旧南東地区を訪れていた。

「こりゃすげえな……」

そう言って霊斗がクォーツゲートの方を見る。

その塔の頂点では”原初”が静かに佇んでいた。

塔の周囲では魔力が渦を巻き、感染者たちが寄り付けないようになっている。

「古城、アヴローラ、準備はいいか」

「うむ」

「ああ、いつでも行けるぜ」

「オーケー……凪沙、お前はここで待ってるんだぞ」

「うん、わかってる……みんな、頑張ってね」

凪沙の言葉に頷くと、三人は霊斗の開いたゲートに飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”原初”は空間の揺らぎを感じて目を開けた。

クォーツゲートの下、地上部分に現れた「餌」を見ると、彼女はニヤリと笑う。

そのまま塔から飛び降りると、”原初”は口を開いた。

「『わざわざ喰われに来たか十二番目よ。逃げ回っていれば良かったものを……』」

そう言って翼を広げる”原初”。

しかし、それに怯むことなくアヴローラが”原初”を睨む。

そんなアヴローラの行動に満足したように笑うと、”原初”は翼を振るった。

だが、その表情が凍りつく。

「『なにっ!?』」

二人の間に割り込んだ霊斗が薄い水色に透き通った槍で翼を打ち返す。

「悪いな……俺の眷獣は返してもらうぜ」

そう言って不適に笑った霊斗の隣では、古城がアヴローラを守るように立っている。

眼中になかった二人が自分に楯突いたのがよほど気に入らなかったのか、”原初”が怒りに表情を歪めて魔力を撒き散らす。

「『よかろう……まずは貴様らから始末してくれる!』」

その直後、”原初”の翼が姿を変える。

それは青白い水の肉体をもつ精霊。

全てを無に返す眷獣を前にして古城の表情が凍る。

だが、二人は違った。

「―――氷牙狼!」

霊斗が眩く輝く結界を張る。

同時にアヴローラが動く―――。

「こじょう!」

「ああ!―――疾く在れ(きやがれ)、”妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)!」

二人が手を重ね、眷獣を喚び出す。

その姿は神話に出てくる人魚に似ていた。

周囲に霧を発生させるほどの膨大な凍気が水精霊を凍らせる。

「『仮初めの人形とその従者が我が眷獣を従えるか……!』」

そう言った”原初”の翼が次々に変化していく。

金剛石の神羊、灼熱の牛頭神、双頭の水銀竜、濃霧に包まれた甲殻獣、雷光の獅子、巨大な三鈷剣、紫炎の蠍、緋色の双角獣―――。

「くそっ―――降臨せよ!”伊邪那岐(イザナギ)”!」

霊斗が”原初”に対抗するように眷獣を喚び出す。

神の名を宿した眷獣が重力に引かれて堕ちてくる三鈷剣を受け止める。

しかし、一体では支えきれずじわじわと押され始める。

その時だった。

「『むっ!』」

「なんだ!?」

”原初”と霊斗が同時に声をあげる。

その視線の先では三鈷剣が電磁波に包まれて遥か彼方へと消えていく。

「『五番目(ペンプトス)!?』」

獅子の黄金(レグルス・アウルム)!」

”原初”が怒りに声を震わせ、アヴローラが歓喜の声を上げる。

古城がふと周りを見ると、およそ半分の眷獣が”原初”に攻撃的な視線を向けている。

「『なぜ我に逆らう!?』」

”原初”がそう叫ぶ。

その時、霊斗の表情が変わる。

「まさか、天音が!?」

霊斗がそう言うと、”原初”――否、天音が頷く。

「早く、霊君……今のうちに……!」

天音が言うと、その身体が動かなくなる。

「アヴローラ!」

霊斗が叫ぶと、アヴローラが吸血鬼の筋力を全開にして跳んだ。

そのまま華麗に天音の背後に着地すると、牙をその首筋に突き立てる。

「『これが貴様らの狙いか……!』」

”原初”は少し寂しげに目を伏せると、古城たちに向けて呟く。

「『お前たちの……勝ちだ……』」

直後、眷獣たちが消滅し、”原初”の気配が消失する。

辺りには静寂が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくの沈黙の後、アヴローラが目を開く。

「”原初”か?」

古城が聞くと、アヴローラは首を横に振る。

それを見た霊斗がぐったりと座り込む。

「終わった……か」

しかし、霊斗の言葉にアヴローラが答える。

「れいと、こじょう……例のものを」

古城と霊斗は

首を傾げながらもそれをだす。

霊斗が奇妙な杭。

古城がカートリッジとクロスボウ。

どちらも牙城が自宅に届けていた荷物に中身だ。

「これをどうするんだ?」

古城が聞くと、アヴローラは儚く微笑んだ。

その瞬間、彼女の周囲を凍気が包む。

「アヴローラ!?」

霊斗が叫ぶが、その声は荒れる風に掻き消されて聞こえない。

すると、古城の手が杭を掴み、クロスボウに装填する。

主人であるアヴローラが古城を操っているのだ。

その時、二人はアヴローラのやろうとしていることに気付いた。

「やめろ!アヴローラ!」

古城が必死に抵抗するが、その体は主人には逆らえない。

「我は汝らの望みを叶えた……次は……汝らの番……」

そう言ってアヴローラは古城を抱き寄せる。

「第四真祖の力は汝に託す……」

アヴローラが古城の首筋に牙を突き立て、第四真祖の力を流し込む。

そして、力だけを分離したアヴローラは古城から離れる。

「やめろ……アヴローラ……やめてくれ!」

古城が叫ぶが、その意思とは無関係に手が上がっていく。

クロスボウの射出部がピタリとアヴローラの心臓に向く。

「こじょう……さよなら―――」

アヴローラがそう言うと共に 、軽い音を立てて杭が彼女の胸に刺さった。

「あ……ああ……」

放心したように膝をつく古城。

その瞳は真紅に染まっていた。

「―――――――――っ!」

第四真祖の慟哭が、消えゆく島に響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アヴローラは、自分が消滅していくのを感じていた。

不老不死の自分が本来体験するはずのなかった感覚。

それを感じながら思い出すのは彼と過ごした日々。

もう少し、もう少しだけでもあの時間を過ごせたら。

そんな彼女の耳に聞こえてきたのは少女の声だった。

「あなたはそれでいいの?」

アヴローラは首を横に振る。

「じゃあ、いればいいじゃない」

アヴローラは少女に聞き返す。

そんな方法があるのかと。

「あるよ―――私なら、その願いを叶えられる」

そう言う少女の手がアヴローラの手を掴む。

「行こう、みんながいるから」

その声と共にアヴローラの視界が白く染まる。

眩い夏空の元へと、儚い吸血鬼の魂が帰ってゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろお目覚めの時間か?」

霊斗がそう言って伸びをする。

「そうだな、この本ももう使えんしな」

那月がそう言うと、手の中の魔導書が燃え尽きる。

那月に背を向けて、霊斗が立ち上がる。

「行くのか?」

「ああ、こいつらが起きたとき、向こうにいないといけないだろ?」

そう言って霊斗は居眠りをしているアスタルテを揺り起こす。

「アスタルテ、起きろ。戻るぞ」

「んぅ……」

霊斗の呼び掛けも虚しく、アスタルテは熟睡を続ける。

アスタルテを起こす労力と、このあと浅葱や古城への説明の手間を考えて、霊斗はためいきをつく。

「勘弁してくれ……」

その呟きは石造りの聖堂の中で響いて消えていった。




次回辺りはまたオリジナルの話になるかと思います。
では、また次回!

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