「すみません。手を貸して貰えませんか?」
目の前の車椅子の少女が言う。両の瞳を閉ざし足が不自由で、誰かの助けがないと生活することすら困難な彼女はそれでもなお、身に纏う雰囲気と柔らかい表情から、回りからとても愛されている事が伺える。
場所はアッシュフォード学園クラブハウス。
最初にここへ来たのは偶然だったが、それがこうして何度も訪れているのは運命の悪戯か。
あの後、話し合いを切りの良い所で一旦止め、まずは目先にある重要度の高い議題を展開する。
そう、私の生活面の処遇だ。
今の私は特定の場所に住居を持っていない。さらに連絡手段さえない状況だ。
住居などは生前に世界を旅していた経験もあり、どうとでもなっているが連絡はそうもいかない。
連絡手段になる携帯電話を買うには、契約者の個人情報が必要となる。無線機は互換性の無いものを持っていても意味が無い。
当然私には個人情報が無い為に携帯電話を購入する事は不可能だ。
そう話すと彼は、連絡手段と住居をこちらで手配すると言う。
連絡手段は他人に頼るしか無いので仕方ないが、住居まで面倒になるつもりは無い。
それでも彼は『騎士団の給料から引いておく』と決定事項のように進めてゆく。
まあそこまで言うなら、その厚意を素直に受け取るべきか。
気付かぬ内に随分と長い間話をしていた様で、ここへ来た時はまだ天高く昇っていた太陽も、既に一面へとオレンジ色の光を放ち、徐々に地平へ吸い込まれていた。
急に用意出来る訳ではない住居は後日に、今日は携帯電話を購入し、通信を傍受されないよう細工する必要がある為、今夜は彼らの住むクラブハウスに泊まる事となった。
泊まることに関してはc.c.が既に住み着いているから今さらだとの事。
買い物をすまし、今夜の寝床へ到着する。
それは、彼の妹と仕えているメイドへと軽く自己紹介を終えた後の事だった。
「すまないアーチャー。ナナリーの癖なんだ」
こちらに謝罪を入れたルルーシュの表情は、妹同様に柔らかいものだ。
妹の為に世界を変えると言うだけの事はある、その仕草1つで彼の溺愛振りは伺える。
「構わんさ。」
そう言い、彼女の前に手を差し出す。
同様に彼女の手も伸び、こちらから手に少し触れる。
彼女は少し微笑み、そっと私の手の甲を包む。
その直後、彼女の微笑が消え、表情が固まってしまう。
・・・どうしたのだろう。ただ手の甲を触られただけだが、何か気に障ることをしてしまっただろうか?
ただ表情の変化は一瞬で彼女はすぐにいつもの表情を取り戻したように思える。
だが彼女を愛いする兄は違ったようで、一瞬こちらに鋭い視線を向け、
「どうしたナナリー?おいアーチャー。何をした。」
表情を180度回転させて彼女の身を案じ、すぐさまもう一度180度回転させ鋭い眼つきで外的を見やる。
・・・少し待って欲しい。私は本当に何もしていないぞ。
さながら王妃を守る騎士の様なルルーシュに、さしもの英霊である私も一瞬気おされそうになるがすぐに持ち直し、抗議を乗せた視線を送る。
「違うんですお兄様!アーチャーさんは何もしていません!ただ私が・・・。アーチャーさん。少しお話しませんか?出来れば2人で」
騎士が驚きのあまり目を見開きにし、口も半開きになる。かく言う私も驚いている。
先ほどの反応からして余り良くは思われていないかとも思ったが、そんな相手と2人で話し?一体どういう。
「”私の方”は構わないが・・・」
依然として突然停止してしまった彼を見やる。
すると視線と声を掛けられた事に気付き、漸く再稼動する。
「あ、ああ。」
・・・まだ本稼動とはいかない様子だが許可は下りたようだ。
「ではすみませんが、咲世子さん」
「かしこまりました。ルルーシュ様、こちらへ」
先程からずっとナナリーの傍に控えていた黒髪ショートカットのメイド、篠崎咲世子がルルーシュをつれて部屋を後にする。
因みにc.cは既に自室へ戻っている。
扉の閉まる音を最後に部屋は静寂に支配される。
「・・・」
彼女は真剣な表情で何か考えるように下を向き、依然口は閉じたまま。
ただ、話があるとの事ならば、下手にこちらから話しかけるというのは少々無粋というものだろう。
果たして、そう長い間をおかず彼女は恐る恐ると言葉を選ぶように口を開く。
「アーチャーさんには親しい人が居ますか?」
・・・ん?
一体どういった意味だろう。
「それは、私が1人の友人も居ない寂しい人間だと?私と君は初対面のはずだが」
「あ、すみません。そうじゃ無いんです。ご気分を害されまたよね」
「いや、それは構わないが」
話が見えてこないな。
彼女は一体何を聞いているのだ?
「・・・あの、最初に部屋に入られたときから不思議な感じがしていました。とても鋭いのですが、どこか暖かい。何だか他の人がずっと握っていたスプーンみたいな、そんな、何と言いましょうか、無骨な温かみが。それがとても気になって。だから手を触れて。・・・そして、少し悲しくなりました」
明確に彼女の表情が沈む。
膝の上に綺麗に置かれた手はスカートを掴み、彼女の心を表したかの様にしわ寄る。
「・・・悲しく?」
「はい。あなたはずっと一人で立っている。何か、とても悲しくなる場所で。そんな気がしたのです」
・・・言葉を失う。
『気がした』ではない。
彼女は当てずっぽうなどでなく、さも見て来たかの様に、限りなく確信を抱いて言い放った。
それは見覚えに過ぎる光景で、その光景は他の誰でもない"オレのモノ”だった。
「ですから、知りたくなってしまって。貴方の事、私に少しでも教えていただけませんか?」
思考は全く纏まらないが、こちらに伸ばしている手をオレには振り解けそうには無かった。
「・・・そう、だな。これからも私は君に会いに来よう。だが、私はあまり器用では無くてね。恐らく、それはゆっくりとした物になるだろう。それでも構わないか?」
「はい!ありがとうございます!後、私の事はナナリーと呼んで下さい。」
「それではナナリーと。ああ、この響きは君にとてもよく似合っている。」
とても懐かしくて、大切なやり取り。
一言一句、その全てに想いが篭る。
あぁそうか。きっとオレは”今ここから”始まったのだ。
記憶の中の彼女とは見た目も仕草も性格も、その境遇さえ違っている。
だが、根っこの部分が同じなのだ。
非情に成りきれない彼女と、会ったばかりの他人すら放って置けない彼女。
ふっ、案外目の前の彼女も普段のお淑やかな姿より、意外と積極的に来る彼女が素なのかもしれないな。
「ふふ、ありがとうございます。そうだ、今夜は泊まっていかれるんでしたよね?」
「ああ、迷惑を掛ける」
「そんな事はありません。それよりも夕飯は期待して下さい!咲世子さんは勿論、お兄様の料理もとても美味しいですから」
「ほぅ?彼も料理をするのかね。それは良い事を聞いた。同じく料理を作る者として興味があるな。」
「アーチャーさんも料理するんですか?」
「ああ。・・・そうだな、ただ泊めてもらうのも申し訳ない。今夜は私も作る手伝いをさせて貰って良いかな?」
「はい!今から夕食がとても楽しみです!」
その後、『お客様のお手を煩わせる訳には』と渋る篠崎さんをナナリーの一言がねじ伏せ、私も数品作る事になった。
その日の夕食は何処か、磨耗して思い出す事さえ出来なくなったあの日常に、根拠も何も無いが似通ったものを感じてた。
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「アーチャーさんは学生ですか?」
取り留めの無い話が行きかう、食後のひと時。
ルルーシュは作業の為に部屋に戻り、篠崎さんは食後の方付けをしている。
当然、私も手伝うと言ったのだが『これ以上お客様に何かしてもらう訳にはいきまん』と只ならぬ気迫を纏う彼女に対し、首を縦に振る以外の選択肢は残されていなかった。
部屋には水音と時折食器の重なる音。それからテーブルを片けた後、すぐに用意された焼き菓子と紅茶の香りがこの和やかな雰囲気を醸し出すのに一役買っていた。
「いや、今までは少し旅をしていてね。だがそれも一区切りがついた所さ」
「そうなんですか?凄いですね。まだ私とそんなに年も変わらないのに」
「そんな立派な事でもないさ。ただそうしたかったから、しただけだしな」
彼女との会話は今までの様に気を張る必要も無い。この何でも無い会話が、私に長年降り積もっていた何かを優しく溶かしていく様な気がした。
無論、今はまだそれを無くすつもりはない。
けれど、彼女の前でだけはそれでも良いのかもしれないと思った。
「ふーん。”そうしたかった”からそうしたねぇ」
「何か疑問があるかね?c.c.」
さっきから一言も発さず1人、ひたすら食べて飲んでを繰り返し、聞きに徹していたc.c.が挑発的な笑みでこちらを見る。
「いや、特には。ただ正義の味方様が”そうしたかったと”というのは”どういう”事なのか、少し気になっただけだ」
指で丁度『C』の文字を作り、愉快気な声で話すその表情はもう見なくても想像出来てしまうだろう。
本当に何と厄介な。
「正義の・・・味方ですか?」
「そうだ。ナナリー、こいつはな「まてc.c.」・・・」
「すまない、ナナリー。”今は”あまり気にしないでくれ」
「・・・今は、ですね。」
「ああ、いずれ・・・な。c.c.」
「わかったよ、わかった。悪かったよ」
「まあ程々にして貰えると助かる」
発される声音からすぐに真面目な話だと理解し、それ以上は言わないでくれる。
彼女の性格を少しは理解している私にとって、別段不快な気持ちは無い。
ただ、これだけは自ら言わないといけない事だ。そこは曲げられない。
・・・少し空気が重くなってしまったな。些細な侘びだが、ここは私から話題を提供しようか。
「話は変わるがナナリー。家でのルルーシュはどんな感じなんだ?私は出会ったのも最近だし、この機会に是非とも教えて貰いたい」
「お兄様の話ですか?嬉しいです。お兄様は・・・」
心底嬉しそうに語る彼女の話は止まらない。
昔あった出来事や、言ってくれた事。彼の周りの人の事。
最近は一緒に居る時間が少し減って寂しい事。
そして。
「私は、お兄様さえ居ればそれだけで幸せなんです」
そういって微笑む顔をオレはこれから先、忘れる事はないだろう。
きっと脳に焼きついてしまっている。ただ1人を想うという、ごく一般的で単純な想いはこんなにも美しかったのだ。
それを知らなかったのか、それとも忘れてしまっていたのか。
今となってはどちらでも良い。私は既に知ったのだから。
本当に、彼女と共に居ると若返っている気分になるな。
ふむ、年寄りが若者からエネルギーを貰うという表現は、かなり的確なものだったのだな。
・・・要らぬ発見をしてしまったが、相変わらず気分は悪くない。
「君達はとても仲の良い兄弟だな。羨ましいよ」
「兄のシスコン振りはよく知っていたが、成る程。確かにお前たちは兄弟だ」
「いえ。そんな」
照れて居るようだが、それでいいのか?
・・・まあ、本人が気にしないならそれでいいが。
「c.c.様、アーチャー様。お風呂の準備が出来ておりますが如何なさいますか?」
案外話に熱中していた様で既に片づけを終え、湯の準備を終えた篠崎さんが問いかける。
話の区切りもついたし、一旦お開きにするには丁度良いタイミングだろう。
軽くシャワーも浴びたいしな。
「ありがとうございます。c.c.は先と後、どちらが良い?」
「私はどちらでも構わないぞ?」
・・・。
「そうか、では私は後に入ろう。先に入ってきたまえ。」
「こんな美少女の後に入って、一体なにをするつもりだ?」
・・・・・・。
「では私が先に入ろう。安心していい、私は軽くシャワーを浴びるだけの予定だ」
「折角湯が張ってあるんだ。湯船にはじっくりと浸かった方が良いんじゃないか?」
・・・・・・・・・いいだろう。そちらがその気なら。
「ふむ。中々に噛み付くな、c.c.。何だ、私と一緒に入りたかったのか?」
「馬鹿も休み休み言え。一緒に入りたいのはお前の方だろう?」
「そうだな。君の様に綺麗な女性となら一緒に入りたいと誰だって思うだろう?」
「そ、それは当然だ。私はc.c.だからな」
「お前ら何やってるんだ?ここにはナナリーも居るんだぞ?」
そこには紛うことなき”魔王”がいた。
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見ると吸い込まれそうな、深い深い星の海を見上げる。
実物はその輝く点の中でも1番小さいのだろうが、それでも確かに1番大きい円がこちらを優しく照らしている。
こんな夜に思い出す事はただの1つだけだった。
それはオレに掛かった呪いであり、同時にそれがオレの全てだった。
だが、今夜はそれだけではなかった。
私は今日、新たなスタートを切ったのだ。
『自らより他人の方が大切というのは偽善だ』『偽善で他人は救えない』
嘗ての自分の言葉だ。
そして、最後に彼女が涙しながら零した言葉。
『それじゃあ貴方が救われない。』
この2つに対する今の私の回答は。
この月夜の晩にもう一度、誓いを立てよう。
”全て”を救う正義の味方となる為に。
ありがとうございました!
今回書くに当り、エミヤさんが咲世子さんの名前をどう呼ぶか結構悩みました。
エミヤさんは基本的にフルネーム呼び捨てのイメージがあるのですが、(見た目)年上の女性を呼ぶ時まで流石にそれは無いかなと。
取りあえず苗字にさん付けで通してますが、違和感がある場合言って貰えると幸いです。