オスカーのぶらり刀集めの旅   作:蛇遣い座

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第一章 監獄島

目の前には一振りの日本刀。口元に愉悦を浮かべ、ひとりの青年が銀色の鋼鉄を眺めていた。興奮に瞳を潤ませ、恋人でも抱くように丁寧に持ち上げ、凝視する。磨き抜かれた刀身。室内の灯りを反射してキラリと光る。鏡面に映るのは金髪碧眼の端正な顔立ち。

 

「美しい……」

 

自身のことではない。その刀の持つ優美なフォルム。研ぎ澄まされた刃の滑らかさ。内包する徹底した殺人機能。実用性を追求した愛刀に、彼は魅せられていた。悩ましげな溜息をひとつ漏らす。執務室の椅子に体重を全て預け、その銀色に魅入る。彼は至福のひと時を過ごしていた。それを阻む硬質なノックの音。

 

「どうぞ、入ってください」

 

表情を切り替え、許可を出す。規律正しく返事をしたのち、金属製の扉を開けて部下が入室する。頭まで覆う純白の制服は二等退魔師の証。

 

「オスカー様、定時連絡で参りました。……また、剣をご覧になっていたのですか?」

 

敬礼の態勢で、部下が呆れた風に小さく笑う。オスカーと呼ばれた金髪の青年は、苦笑しつつ肩を竦めて見せた。

 

「いいじゃないか。こんな狭い島なんだ。休憩時間くらい趣味に没頭したいさ」

 

「休憩時間ではなく、今は勤務時間のはずですが……」

 

それにしても、と部下の男は言葉を続ける。

 

「新しい剣ですね。それもまた、例の変体刀ですか?」

 

「そうだよ。伝説の刀鍛冶、四季崎記紀の創り出した刀。その一振りさ」

 

 

百年ほど昔、歴史の表舞台に突如姿を現し、そして消えた伝説の刀鍛冶――四季崎記紀。

 

現代においても解析不能な、未知の技術で製作された剣――『変体刀』。異大陸からの漂流者とも噂されるが、真相は不明。彼は数々の革新的な刀を作り出す。その数、千本。

 

その一振り一振りが既存の剣とはまったくの別物。常軌を逸した異質な性能を有した。ゆえに彼の作成した刀は他とは一線を画し、『変体刀』と呼ばれている。人智を超えた性能から、四季崎の刀の所持数が、そのまま戦の勝敗を左右するとまで語られるほど。【開門の日】に至るまで続いた、戦国時代のはじまり――

 

「しかもこれは後期の作品だからね。聖隷術や業魔由来の技術が多く使われているタイプ。業魔に対する効果も高いし、普段使いには持ってこいさ。そもそも、彼の作品は時代を追うにつれて……」

 

熱を入れて話し始めるオスカーに、しかし部下は興味の無い様子で頷くのみ。歴史の講釈を長々とされては敵わないと、定例の報告をすることで話を遮った。この狭い無人島であり職場において、年若い上司の趣味はすでに周知である。

 

「……以上が報告になります」

 

「問題なし、ですね。戻って結構ですよ」

 

コレクターの自慢話など退屈なだけ。部下は報告を済ませると。一礼をして退出していった。オスカーは残念そうに溜息を吐くと、再び椅子に腰かけたまま、観賞に戻る。

 

「何でこの素晴らしさが分からないのかなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

人類の生存を脅かす奇病――業魔病。

 

生命を【業魔】と呼ばれる怪物に変貌させる、最悪の病。精神も肉体も、異形の化物と成り果てる。戦闘力、凶暴性共に人外の領域。通常の兵装では傷一つ付けられず、対抗できるのは【聖隷術】を用いる退魔師、もしくは『変体刀』所有者だけと言われている。

 

オスカーの勤務する職場は牢獄。それも島一つを丸々使った、世界最大にして最悪の閉鎖空間。

 

――通称『監獄島』

 

業魔のみを収容した、異常極まる職場である。いかに退魔師が理想に殉じる覚悟を持つ清廉な集団であろうと、わざわざ好んで勤務したい場所ではない。ただひとり、オスカー・ドラゴニアを除いては――

 

「さて、あの刀を見に行こうかな」

 

ひとしきり愛刀の手入れを行うと、彼は立ち上がった。向かう先は宝物庫。犯罪者から押収した貴重品の保管場所である。その一角に一振りの刀が、『変体刀』が厳重に封印されている。間違えて人間が触れてしまわないように。

 

彼がこの危険地帯への赴任を希望した理由が、ソレである。

 

日課となった宝物庫巡りを行おうと、自室を出ようとした瞬間。勢いよく扉がノックされる。明らかに慌てた様子に、オスカーの表情が引き締まった。開いた扉の外で、白装束の部下が報告する。監獄島で有り得てはならない緊急事態を――

 

「だ、脱獄です。警備の者からの報告ですが、二人の女が脱獄し、外へ向かっているとのことです。警備の二等退魔師を打ち破ったことから、その女達は強力な業魔であると思われます」

 

脱獄という最悪の単語。ここはただの牢獄ではない。業魔などの異形の怪物をも収監している。危険度は他の牢獄とは桁が違う。

 

「すぐに出入口を固めさせるんだ。特に裏口と城壁を周辺を優先。正門には僕が向かう。そして、城内を巡回中の者以外は正門に集めてくれ」

 

「はっ!了解しました!」

 

広大な敷地内に建設された巨大な監獄。石造りの通路を駆けるオスカーと数名の部下達。普段は冷たい静寂に包まれた空間だが、遠くから空気を震わす怒号や戦場のごとき緊迫感が充満している。隣を走る白装束の部下から、怯えと恐怖が伝わってくる。この監獄島は、いまや業魔の巣窟。人外の怪物の跋扈する戦場である。脱獄を企てた連中は最悪なことをやらかした。牢屋の鍵を片っ端から破壊したのだ。投獄された化物共による反乱。

 

「それにしても、何者なんだ……」

 

この手際の良さ。やはり理性を失った業魔の仕業ではない。そして、この監獄島に囚われた業魔は理性の残っている者が大半。これは厳しい戦いになる、と彼は舌打ちする。正面から数体の業魔が現れる。

 

「そこをどけええええ!」

 

「セイッ!」

 

突破を試みた怪物たちを、瞬時に三閃。首を両断して殺害。緑色に変色したモノ、皮膚が硬質化したモノ、大柄で獣のような牙を持ったモノ。一切の情け容赦なく斬り裂いた。飛び散る様々な色彩の血飛沫。それらを一顧だにせず、彼は駆け抜ける。

 

「すごい……さすがオスカー様」

 

「速すぎて、全然見えなかった……」

 

同じく退魔師である部下達でさえ、息を呑む高い技量。

 

「急ごう。この反乱が囮なら、本命の脱獄者のルートは予想できる。時間との勝負だ」

 

通路上で遭遇した収容者のみを斬り、一目散にオスカーは疾走する。目的地は正門前の大広間。到着した彼は間に合った安堵で溜息を吐き、直後に警戒を最大限に引き上げた。

 

 

――黒と白の、二人の女性の姿

 

 

「君達が噂の脱獄犯かな?」

 

軽い口調で、しかし油断なくオスカーは問い掛ける。かすかな驚きを隠しながら。なぜなら――

 

「ひさしぶりだね、シアリーズ。まさか君が首謀者だったとは。アルトリウス様の指示かい?」

 

見覚えのある純白の装束、朱色の髪に黒の眼帯。聖隷と呼ばれる種族の女性である。かつて、アルトリウスと共に同じ戦場を駆け抜けた盟友。彼女は静かに首を横に振る。本来、味方であるはずの女性だった。

 

「いいえ、これは私の意志です」

 

「そう。でも、また同じ戦場で遭えるとは嬉しいね。敵味方なのは残念だけど」

 

軽く肩を竦めて見せるオスカー。流れるように淀みなく、正眼に刀を構える。眼帯で表情は完全には窺えないが、彼女の表情は固い。そして、隣の黒衣の女性。漆黒の長髪に鋭い眼光、包帯で覆われた左腕。聖隷ではない。人間に見えるが、感覚的におそらく業魔。身に纏う雰囲気は、負の執念が暗く燃え滾っているかのよう。

 

「知り合い?」

 

「彼の名は、オスカー・ドラゴニア。一等対魔師であり、この監獄島の統括官です」

 

「……親玉って訳ね。コイツを倒せば、突破できるか」

 

黒の女性が殺意を込めて睨み付ける。野生の猛獣を彷彿とさせる、獰猛な戦意。堂に入った戦闘態勢。その様子を観察しながら、彼は手で部下に合図を出す。内容は、下がって防御に専念すること。

 

「そんな……オスカー様!?」

 

彼らの声を無視して、オスカーは敵の2人組の戦力を測り取る。まぎれもなく強敵。部下では鎧袖一触で殺されるだけと判断した。特に警戒すべきはシアリーズ。世界を救った英雄の使役した、歴戦の聖隷である。その性能、経験値、ともに超一級。炎を操る聖隷術の技量は他の追随を許さない。

 

「せっかくの機会だ。僕の愛刀の試し斬りにはちょうど良いか」

 

「まったく……アナタも相変わらずですね」

 

呆れた風に溜息を吐くシアリーズ。しかし、その間に彼女は精神集中を終えていた。

 

 

――〈フォトンブレイズ〉

 

 

彼女の掌から燃え盛る轟炎が放たれる。真っ赤に光る、全てを焼き尽くす火球。迫る炎を右に避けるオスカー。しかし、そこを狙って黒衣の女性が跳び込んでいた。徒手空拳で襲い掛かる。しなやかな動きで右腕を振りかぶり、顔面に向けて叩きつけた。

 

「おっと、危ない」

 

見事な速度と精密さで打ち込まれた拳を回避。続いて横から斬り裂くような回し蹴りが放たれる。刀の間合いには少し近い。オスカーは後方に跳ぶことで、黒衣の女性の足刀をやり過ごす。風を切る乾いた音が耳に響く。徒手空拳の彼女の間合いから逃れた、と普通なら油断するところだが――

 

「それ、仕込み刀だよね?」

 

瞬時に腕から伸びる刃。横薙ぎに振るわれるそれを、オスカーは余裕をもって回避する。上体を反らし、眼前に迫る剣閃を精確に見切った。カウンターとして彼が狙った首元への斬撃。

 

「これをかわすか……!?」

 

オスカーの声音が変わる。超人的な反射神経と身のこなし。空中で回転するように斬撃軌道から逃れ、敵の接敵圏内から退避。。まるで野生の山猫を相手にしたかのよう。だが、その牙は獅子のもの。強烈な敵意を込めて、黒衣の女性は再び連続で攻めかかる。

 

「はああああっ!」

 

低い態勢から、爪先で顎をかち上げる蹴り。続けて跳び上がり、上段から仕込み刀で斬り下ろす。さらに最高速を維持したまま、左右から胴を薙ぐ回し蹴り。暴風のごとき荒々しさで、刃と打撃の雨を降らせる。一撃一撃が、常人ならば、いや対魔師であろうと致死の威力とキレ。まさしく業魔に相応しい凶暴性。

 

「くっ……どうなってる」

 

彼女の顔が苦渋に歪む。荒れ狂う暴虐の渦を、オスカーは風に舞う柳のように受け流していた。猛攻の合間を縫うように、丁寧に挟み込まれる交差法気味の一閃。信じがたい反応速度で致命傷こそ避けるものの、少しずつ、だが確実に彼女の身体に傷が刻まれる。黒の女性が焦りの表情を見せ始めた。

 

その隙を彼は見逃さない。喉元へするりと剣を刺し入れる。

 

「下がりなさい!ベルベット!」

 

女性の声が耳に届くと同時に、オスカーの視界を埋める爆炎。シアリーズの援護である。両者共に、寸前でバックステップ。接近戦の間合いから離れ、彼は感嘆の一息を吐いた。さすがに巧い。あの高速戦闘の合間を縫って、これ以上ないタイミングでの援護。かつての戦友だけあって、こちらの動きも予測されている。

 

「相手はアルトリウス様と同様、【開門の日】以来の戦場を生き抜いた対魔師です」

 

「出し惜しみするんじゃなかったわね」

 

シアリーズの忠告に、黒衣の女性は頷いた。ベルベットと呼ばれた彼女の顔には、隠しきれない苦渋が浮かんでいる。オスカーの剣から、間近の死を直感させられたのだ。包帯に覆われた左腕を、自身の顔の前に掲げる。全戦力の解放を決断した。その左腕が――

 

 

――異形のモノへと変貌する。

 

 

禍々しく邪悪な暗黒。巨大であり硬質な、化物の手。五指は刃のごとく鋭利に尖り、黒鉄を思わせつつも生物的な漆黒の掌。纏う空気は凶兆そのもの。生物の根源的恐怖を想起させる。これが彼女の、業魔としての形態。人外の様相を以って、再びこちらへ突撃する。

 

「……これほどのプレッシャー。久々に感じるよ」

 

眼前に迫る巨大な掌が、オスカーの視界を埋め尽くす。鋭利な五指で引き裂く、凶悪な、純然たる破壊の一撃。それに対して彼は、全霊によって応える。居合の構えから、横一文字に一閃。互いの最強が激突する。

 

強烈な衝撃で、双方の身体が後方に弾かれる。わずかに遅れて響く、甲高い金属音。両者共に驚愕に顔を歪める。

 

 

――『変体刀』で斬り裂けない!?

 

――ただの刀を砕けない!?

 

 

オスカーは『変体刀』に対する絶対の信頼によって、黒衣の女性は【業魔】としての性能の自負によって。それぞれに決死の覚悟を持って臨むべきと、肉体が判断する。全戦力で相対しなければならない相手であると。

 

「あの刀を取り寄せておくべきだったな……」

 

頭の片隅に浮かんだ後悔を、オスカーは苦笑によって振り払う。意味のない妄想だ。宝物庫に封印したアレは、とても人間が扱うようなものではない。リスクが高すぎる。

 

伝説の刀鍛冶、四季崎紀記の創り出した集大成である最高傑作。最晩年に製作された埒外の性能を誇る、十二本の刀――

 

 

――『完成形変体刀』

 

 

そのとき、彼の視界にひとりの男が映った。脱獄犯達と同じく、奥の扉から現れた大柄の二十台ほどの男。部下の対魔師ではない。業魔と思しき禍々しい気配。

 

「おおい。手伝おうか?」

 

黒衣の女性に向けて、声を掛ける。敵の増援。だが、そんなことは全く意識には昇らず、ただオスカーの眼が吸い寄せられたのは、男が背中に差している『刀』。封印したはずの、あの刀だった。圧倒的な存在感に魅入りかけ、直後にそれが奪い返されたものだと悟る。

 

「ちょっと待て!その刀は……!」

 

「ん?ああ、俺の愛刀のことか。没収されていたが、返してもらったぞ」

 

「何だと。そんなことを許すと……ぐっ!?」

 

オスカーの視界が暗転する。背後には異形の左腕を振り下ろした女性の、呆れた顔。歴戦の勇士とは思えない無防備に、黒衣の女性が困惑げに眉根を寄せる。殴られて昏倒する青年を見下ろし、懐かしげな微笑を浮かべるシアリーズ。

 

「相変わらず、『変体刀』のことになると周りが見えなくなりますね」

 

罪人を閉じ込める絶対の牢獄が崩壊し、世界に激震が走る。

 

 

 

――監獄島が陥落した。

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