オスカーのぶらり刀集めの旅   作:蛇遣い座

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第二章 再会

 

 

 

監獄島からの脱獄という、歴史上に残る大事件。それを未然に防げなかったとして、オスカーは王都ローグレスへと召喚された。彼の所属する組織【聖寮】の本拠地であり、世界で最も繁栄している王都である。

 

陰鬱な空気漂う監獄島とはまるで異なる、色鮮やかな街並み。綺麗に舗装された石畳。噴水を中心とした円形の広場。立ち並ぶ活気に満ちた店の数々。安全が確保され、笑顔が溢れる住人達。どれもこれもが、あの『開門の日』からは考えられない復興だった。

 

「ひさしぶりに訪れたけど、また新しい店が増えているね」

 

王城へ向けて歩を進める彼だったが、しかし頭の中を占めているのは別の事である。

 

業魔を解き放ってしまったことへの後悔であろうか。いや、違う。

 

失態に対する叱責からの保身だろうか。これも違う。

 

奪われた至高の十二本の刀――『完成形変体刀』の奪還のみに、考えを巡らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

北に位置する監獄島から移動するには、当然ながら海を渡る航海が必須。脱獄犯は船を奪って逃げたと、報告された。彼女達の中に、海を渡るための航海士がいたかは不明だが、いると考えた方が良いだろう。

 

あの刀が海に沈んだなど、人類に対する悪逆にもほどがある。そんな悪夢など考えたくもない。切実にオスカーは願っていた。

 

「彼女達の目的が分からない以上は、航路は確定できないか……」

 

かぶりを振って溜息を吐いた。自身の所属する対魔師組織、聖寮の情報網を頼るしかない。直属の上司にして、『開門の日』からの地獄を共に生き抜いた英雄アルトリウスの元へ向かう。

 

重厚な扉を開け、オスカーは執務室の中へと歩を進めた。ひざまずき、視線を下げて口を開く。

 

「失礼致します、アルトリウス様。一等対魔師オスカー・ドラゴニア、参上致しました」

 

室内では、壮年の男が執務机の椅子に腰掛けて待っていた。丁寧に束ねられた白髪を揺らし、彼は薄く笑う。

 

「かしこまらなくていい。この部屋には私しかいない」

 

その言葉を聞くや否や、すぐに立ち上がり、彼は肩を竦めて見せた。

 

「アルトリウスさんも偉い人になっちゃいましたからね。他の人に見られたら怒られてしまいますので」

 

「ほう、偉くなりたいか。なら、特等対魔師にでも昇格させようか?」

 

「いえ、勘弁してください。器じゃありませんよ」

 

アルトリウスの言葉に、彼は両手を軽く振って苦笑した。

 

聖寮の最高戦力である特等対魔師は、現在2名。剣士シグレ・ランゲツと術師メルキオル。世界屈指の戦闘者と聖隷術師である。特にシグレが所有する刀は、かの伝説の刀鍛冶、四季崎紀記の創り出した『完成形変体刀』の一振り。素の実力でも世界最強クラスであるため、まさに鬼に金棒。戦闘力は別次元と言える。

 

「それで、要件は何でしょう?監獄島を守り切れなかったので降格ですか?」

 

「君が無理ならば、他の者でも結果は同じだろう。私が自ら看守を務めることなどできないのだから」

 

アルトリウスは首を左右に振る。

 

「むしろ、嬉々として辞めるだろう?君ほどの実力者を遊ばせる余裕はない。新たな任務を与える」

 

「残念です。世界が平和になったらやりたいことがあったのに……」

 

「安心したまえ。次の任務は、君の目的にも適うはずだよ」

 

机の影に隠れて見えなかったが、アルトリウスは帯剣している。鞘ごと机の上に置き、ゆっくりと長剣を抜く。極限まで研ぎ澄まされた刃。すらりとした優美な刀身。そして何よりも、特徴的な刃紋。オスカーは息をするのも忘れ、その魔性に魅入らされる。瞳は銀色の刃に釘付け。全ての思考が止まり、恍惚とした表情で吐息を漏らした。

 

アルトリウス・コールブランドが所有する、『完成形変体刀』が一振り――

 

 

――「斬刀『鈍』」

 

 

あらゆるものを切断する、と謳われる変体刀である。その特性は『切断力』。業魔討伐において、彼の剣が止められたことは、ただの一度も存在しない。

 

「……ひ、久々に見ましたが、やはり素晴らしいですね」

 

やっとの思いで口を開き、感想を伝える。視線は芸術品のごとき刀から一瞬たりとも離さずに。

 

「心配性の部下に持たされているが。別に必要ではないのだがね」

 

「そんなことを言えるのは、世界広しといえどアナタだけでしょうね」

 

所有すると人が斬りたくなると噂される『変体刀』の毒。オスカーのように、刀に魅了されてはいないらしい。

 

「君の任務はコレだ。世界を統べると謳われる、『完成形変体刀』十二本の蒐集を頼みたい」

 

願ってもない任務に、オスカーの顔色が変わる。真剣な表情で続きを促す。

 

「普段の任務もこれくらい真剣にやってもらいたいものだが。まあ、良い。目的は聖寮以外の勢力下にある刀の蒐集、もしくは所有者の聖寮への恭順だ」

 

「味方以外に持たせるな、ということですね。具体的に、蒐集対象と所在地は?」

 

「現状、半数以上が散逸してしまっている。把握しているのは4か所――」

 

 

千刀『鎩』――アメノチ信仰の僧兵集団【ハリア村】

 

賊刀『鎧』――最悪の武装海賊【アイフリード海賊団】

 

悪刀『鐚』――王国全土に網を張る忍者集団【血翅蝶】

 

王刀『鋸』――地獄に最も近い暗黒大陸【第四管理区】

 

 

「そして、監獄島に封印されていた『完成形変体刀』。他の情報については、聖寮で確認次第伝えよう」

 

「助かります。さすがに全てを探し出すのは困難ですから」

 

変体刀を所有した数が、そのまま国家間の戦争の趨勢に比例した。そんな伝説すら残っていた。所有しただけで、一兵士が一騎当千の英雄に変貌する。

 

「釈迦に説法だと思うが、四季崎の遺した文献と、現存する『完成形変体刀』では形状が異なるモノも多い。捜索の際は気を付けるように」

 

「ええ、承知しています。文献に遺されていたのは、彼が故国で造った『変体刀真打』。それをベースに改良を加えたのが、現在の『変体刀裏打』ですから。その際に、この国に合わせた形状にしたそうですね」

 

「例外なく埒外の特性を有している。難しい任務になるが、君にしか任せられない」

 

正面から視線を合わせて命じるアルトリウス。対するオスカーに気負った様子はない。ただ、楽しげな微笑だけが浮かぶ。まだ見ぬ刀を夢想して、悦に入っていた。

 

「それと、頼まれていた刀の修理はまだ掛かるそうだ。物がモノなのでな」

 

「仕方ないですね」

 

【開門の日】からの地獄を、数多の死線を潜り抜けてきた『あの刀』はいまだ修理中らしい。残念そうに眼を閉じ、嘆息した。とはいえ、元より望んでいた任務である。気を取り直してオスカーは、意気揚々と執務室から退出するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

聖寮本部から街へ出たところで、女性の声が耳に届いた。振り向くと、純白のドレスに青の上着を羽織った、同僚の姿があった。

 

「久しぶりですね。オスカー」

 

「やあ、エレノア。巡察官のキミと再会できるとは思わなかったよ。元気だったかい?」

 

「はい。ですが、アナタこそ、あの監獄島を管理していると聞きましたよ。聖寮の重要施設を任されるなんて、素晴らしいことです」

 

訓練生時代の同級生であり、互いに一等対魔師でもある。花の髪飾りで両側に髪を分け、純真な瞳でオスカーを見つめる。その真っすぐさに懐かしさを感じた。

 

「せっかくの再会だし、一緒に食事でもどうかな?」

 

 

 

 

 

 

 

王都ローグレスのレストラン。個室のテーブルを用意してもらい、二人は早めのランチを楽しむ。フォークで厚切りの肉を口に運びながら、オスカーは雪に覆われた監獄島の食事との違いに感動を覚えていた。お互いの近況を報告する。

 

「えええええっ!監獄島の囚人が、脱走したなんて!?」

 

テーブルを叩いて叫ぶ同僚に、耳を塞いで見せることで抗議する。

 

「まあ、そのおかげで何もない職場から解放された訳だから、悪いことばかりじゃないさ」

 

「いやいや、何を言っているのですか!とてつもない大事件じゃないですか!」

 

あわあわした様子で視線をあちこちに動かすエレノア。

 

「ご、業魔が脱走だなんて……。ああ、どうすれば…」

 

「まあまあ。落ち着きなよ。ちゃんと僕は任務から外されたからさ」

 

「ならば……って、全然解決してないじゃないですか!?」

 

聖寮の原則は「個より全」。世界を守るという高潔な理念を元に結成された組織である。規則もガチガチに決められており、真面目な人間が大半。そんな中で、オスカーのような刀にしか興味のない、不真面目な対魔師は極めて少数派である。1か月程度の短い訓練生時代でも、特に彼女とは意見がぶつかったものである。ことあるごとに小言を頂く関係だった。

 

「おかげで以前から望んでいた任務に就けたのだから、幸運だったよ」

 

「アナタという人は……」

 

諦めた風に首を左右に振るエレノア。懐かしいやり取りに、両者が一瞬止まり、吹き出すように笑った。

 

「少し身体を動かしましょうか。お時間よろしいですか?」

 

「構わないよ。この流れも何度目だろうね」

 

彼女の誘いに、オスカーは苦笑と共に応じる。

 

 

 

 

 

 

 

聖寮本部に併設された一室。本格的な訓練施設は郊外のロウライネだが、自主練習を行う対魔師のために部屋を開放しているのだ。板張りの床に、鉄棒やダンベルなどのトレーニング器具や、刃引きされた剣や槍など模擬戦用の武具、試し斬りのための案山子などが設置される。

 

「ハァ…ハァ……見事な、腕前ですね…」

 

彼らの他に人影はない。それぞれ簡易な防具を纏い、得物を手にしている。オスカーは西洋剣、エレノアは槍。違いは二人の状態。息一つ乱さず、剣を構える青年と、息を荒げて膝をつく少女。見上げるような態勢で、彼女は感服の言葉を口にした。

 

「君もだいぶ腕を上げたね。さすが単独行動を許された巡察官。経験を積んだのが分かるよ」

 

「褒めてくれるのは嬉しいですが。私は訓練生時代から、まだ一本もアナタから奪ったことがありません。実力不足です」

 

「訓練生って言っても、その頃は普通に業魔狩りしていたし。それに、剣については、幼少期から鍛えられているからね。そう負けられないさ」

 

言葉を交わすうちに、彼女も体力を回復させた。再び立ち上がり、槍を構える。西洋剣を正眼の状態に置き、オスカーは観察する。

 

実際に業魔を討滅しているだけあり、動きやすく隙も少ない良い構え。訓練生で次席だった実力は、さらに伸びている。しかし、と彼は思う。

 

「セイッ!」

 

「まだ固い」

 

胸元を貫かんとするエレノアの突き。リーチを活かして、遠距離から最速で放つ閃光。その寸前、彼は右肩を引き、身体を横に傾けながら前方へ踏み出した。初動を読み取ることで、彼は槍の穂先から身をかわす。

 

回避と同時に距離を詰めるも、それでも遠間。あと一歩を踏み込むよりも、エレノアの次撃の方が早い。冷静に彼女の右腕が槍を引き戻そうとして――

 

 

――オスカーの剣により強く弾かれる。

 

 

「くっ……マズイ…!?」

 

握る手の力が弱まり、槍の保持力が最低となる瞬間を、狙い澄ました横一閃。得物を取り落としかけ、彼女の顔が焦りに染まる。その隙をオスカーは逃さない。相手の首元へと、正確に刃を滑らせる。ぴたりと剣先が停止した。エレノアが大きく息を吐く。

 

「参りました。敗因は何でしょう」

 

「対人戦闘の経験不足。だけど、僕らの本分は対業魔なんだ。そんなに気に病む必要はないさ」

 

「アナタは業魔相手でも強いじゃないですか……」

 

口をとがらせるエレノア。聖隷術ならともかく、こと剣技において、オスカーは自信を持っていた。聖寮でも上位3名にランクインできる自負はある。だが、今回の任務は剣技だけでは困難、と彼は認めていた。

 

「ところでエレノア。次の巡察先は決まっているのかい?」

 

「……ええ。ノースガンド領、ヘラヴィーサです」

 

「ヘラヴィーサか……。これも何かの縁かな」

 

オスカーは目的地を決めた。

 

先ほど聖寮本部でアルトリウスから伝えられた情報を思い返す。直通通信による最新情報である。ノースガンド領に続く海の要衝。絶対防御を誇る強固な施設。海門要塞ガーティルーによる海上閉鎖。周辺で聖寮の武装船がいくつも撃沈されているらしい。下手人は――

 

 

――最悪の武装海賊「アイフリード海賊団」

 

 

ヘラヴィーサはノースガンドでも有数の港町。彼らが寄港した可能性は低くない。「賊刀『鎧』」の所有者が――。

 

「エレノア、僕も一緒についていってもいいかな?」

 

オスカーは問い掛け、彼女は了承した。敵の狙いは要塞の陥落かもしれない。これから船で向かうため、到着時に海賊団が周辺に残っているかは分からない。だが、次の行先を調べることはできるはず。他の街ならばともかく、あのヘラヴィーサならば。

 

「アナタと一緒に任務に当たるというのは、考えてみればこれが初めてですね」

 

「よろしく頼むよ」

 

差し出した手を、彼女が握る。オスカー・ドラゴニアの刀集めの旅が始まった。

 

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