オスカーのぶらり刀集めの旅   作:蛇遣い座

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第四章 海門要塞

多数の兵士に守られていたはずの、海門要塞ボーディガン。王都への航路を司る要衝であり、聖寮による絶対支配が敷かれている。大小さまざまな海賊が跋扈するこの海域において、いまだに破られたことのない鉄壁の要塞なのだ。巨大な建造物内部の廊下、長い直線を走るふたつの人影。

 

「これは一体……何が起きているのでしょうか?」

 

震える声で、エレノアが問い掛ける。辺りに転がる、いくつもの対魔師の亡骸。純白の制服と対照的に、床を濡らす赤黒い液体。通路の先へ駆けながら、彼女は辛そうに視線を逸らす。

 

「見たところ、殺されてからそう時間は経っていない。海門は閉じたままだし、この建物内に賊がいる可能性は高い」

 

冷静に状況を分析。オスカーは敵の行方を探る。突き当りを右に曲がり、階段を駆け上がる。戦闘の痕跡から進行方向を推定。それを追いながら、同時に建物の構造や敵の目的を読み取る。

 

「やはり海門が開かれている。つい先ほどのようだ。しかし、なぜか行き先は、上?」

 

「航路が開かれ、船が通れるようになった訳ですね。普通なら入江で停泊した船に乗って、門を突破するはずですが」

 

「とりあえず向かってみよう。屋上だ」

 

 

 

 

 

 

 

海門の最上階、巨大な建築物の最上部に、長く伸びた通路。陽の光が降り注ぐ、屋上の灰色の石畳。そこには複数の人影と、一体の異形が戦闘を行っていた。人型の集団が攻撃を仕掛けるのは、壁の形をした業魔。四方から猛攻を浴びせ、そのたびに重厚な長方形の身体が弾き飛ばされる。オスカーは集団に見覚えがあった。監獄島で反乱を起こし、脱走した者たちである。屋上の扉を薄く開け、外の様子を観察する。

 

連続で繰り出される蹴りや右腕の仕込み刃で敵を切り裂く黒髪の女性。業魔ベルベット。

 

手にした二刀小太刀。同じく黒髪で長身の青年剣士。『あの刀』は使っていないらしい。監獄島から脱走した二人目の業魔ロクロウ。

 

硬度や防御性能に特化した壁型の業魔に対して、確実に傷を入れていく。暴風のごとき無数の斬撃。そして、さらに驚くべきは――

 

「あり得るのですか……?まさか、業魔と聖隷のチームだなんて……」

 

共に戦う二体の聖隷。白色の衣服を纏った少年と黒衣のレザーを着込んだ男性。水の聖隷術を操る少年が、何もない空間から瀑布を生み出した。濁流に呑まれ、斜めに傾く壁型業魔。そこに黒衣の男が素手で強かに殴りつける。壁を凹ませる鈍い岩砕音。もはや敵は虫の息となりつつある。

 

「マズイ……エレノア、加勢しよう」

 

「加勢……?どちらにですか?」

 

「決まっている。あの、壁型の業魔にだよ」

 

驚きに目を見開くエレノア。だが、彼女の逡巡に配慮する余裕はない。外で暴れる業魔と聖隷。本来絶無のパーティであるが、その強さは本物。前回、戦ったベルベットに加え、奪われた『あの刀』を所有する剣士の存在を考えると、数的不利での打倒は困難。

 

「業魔の味方をするなんて……いえ、両方とも業魔ですか」

 

「僕が不意打ちを仕掛けるから、適当な状況で乱入してきて。でも、壁型の業魔ももちろん敵だから、下手に近づかないようにね」

 

オスカーは標的を絞る。戦力補充の意味でも『あの刀』を男から奪還したいところだが、位置取りが悪い。距離が遠い上に、正面から相手の視界に入ってしまう。奇襲は難しい。自分の隠れる扉から、背を向けている黒衣の女性ベルベットに狙いを定めた。

 

静かに扉を開き、即座に駆け出した。背後から無言で飛び掛かり、黒衣の女性を唐竹割にせんと上段から刀を振り下ろす。死角からの暗殺に彼女は気づかない。

 

「【拍子(ダンディスト)】」

 

横合いから叩きつける衝撃波に、オスカーの身体が吹き飛ばされる。不意打ちは失敗。寸前に察知した彼は、流れに身を任せ、空中で姿勢を制御してクルリと着地した。黒衣の女性は驚いた様子で振り返る。その場の全員から視線が集まった。

 

「これで決まると思ったんだけどね」

 

「アンタは……!?」

 

鋭い眼光で睨みつける黒衣の女性。しかし、オスカーの意識は、奇襲を防いだひとりの男に向かっていた。黒のレザーを纏った屈強な若い男。まっすぐに拳を伸ばした態勢で残心。視線が交錯する。

 

「俺がコイツの相手をする。お前らは業魔の方をやれ」

 

「……気を付けなさい、アイゼン。コイツは一等対魔師、しかも凄腕の剣士よ」

 

「剣士か、なるほど。願ってもない」

 

アイゼンと呼ばれた男は、低い声で応えた。ただし、会話に意識を向けた隙を狙って、敵はすでに抜刀の構えで距離を縮めている。アイゼンの戦闘スタイルは徒手空拳。間合いの有利を活かし、遠間から白刃を煌めかせる。

 

 

――左から首元を切り裂く奇襲気味の一閃。

 

 

とっさに上体を反らすことで男は剣を避ける。流れるように追撃の一閃。鋭角に軌道を変更。急激な切り返しで、前方に残った左腿を断たんとする。しかし、寸前にバックステップ。斬り下ろしは、相手の黒く艶の光るズボンを裂くだけに終わった。

 

「残念」

 

「凄まじい剣技もそうだが。聖寮の対魔師とは思えない男だな」

 

「話の途中に斬りかかったことを言っているのかい?君こそ、聖隷とは思えないよ。ずいぶんと、この手の対人戦に慣れているじゃないか」

 

刀を正眼に構えつつ、オスカーは珍しいものを見るような眼で観察する。聖隷とは、人間とは別の種族であり、聖隷術と呼ばれる特殊な能力を使用できる。遠距離から術による攻撃がメインとなる者が多く、ここまで高い近接戦闘の技量を持つものは稀有。

 

戦闘力は救世主アルトリウスの聖隷、シアリーズにも引けを取らない。

 

「次は俺から行くぞ」

 

低い声で告げ、アイゼンが殴り掛かった。瞬時に距離を縮め、格闘の間合いへと踏み込む。しかし、腹を撫で切るオスカーの剣閃。それを寸前で足を止め、やり過ごすと弾かれるような爆発的加速で接近戦へ。顔面を打ち抜かんとする豪快な拳。振りかぶるような大威力の一撃は、オスカーが首を右にズラすことで空振りに終わる。

 

――左脇腹へのフックが繋がる。

 

同時に限りなく近い、上下のコンビネーション。間合いが狭いゆえに、小回りが利く。連携の隙の小ささ、回転力は剣術を超える。いかに達人のオスカーといえど、このタイミングで刀の対処は間に合わない。右腕を下げ、肝臓を狙う一撃を肘で受けた。

 

「ぐうっ……これは……!」

 

コンパクトに振り抜いたにもかかわらず、その拳は重く、硬い。右腕の骨が軋む感触に、オスカーの顔が歪む。2、3歩分ほど、衝撃で横に身体が弾かれた。追撃として放たれる顔面への右ストレート。まっすぐに打ち込まれようとするそれが、寸前で止まる。

 

「チッ……危険な男だ」

 

カウンターとして、するりと滑り込む変体刀の切っ先。自身が伸ばした腕の陰に隠れて、忍び寄る致死の刃。その殺意を、アイゼンは左腕の手甲で受け止めていた。肘から手首までを覆う金属製のアームレット。オスカーの剣とぶつかり、甲高い音が響き渡る。

 

「お見事ですね」

 

お互いの間合いから飛び退き、二人は小さく息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

オスカーから攻めかかる。涼風のごとく自然に、軽やかに一歩を踏み出すと、意を悟らせることなく無拍子で刃を横に滑らせる。目を見開き、とっさに右の手甲で防ぐアイゼン。剣先を止められ、弾かれると、すぐさま斬り返しの一閃が迫る。息つく間もない連続攻撃。そよ風が肌を撫でるように、とめどなく死の吐息が押し寄せる感覚を彼は味わっていた。

 

「ぐっ……コイツは…」

 

上下左右に刀が振るわれるたびに、武具が金属音を奏で、響かせる。涼しげな表情のオスカーとは対照的に、アイゼンの顔は苦渋に満ちていた。ギリギリの綱渡り。一手間違えれば首を落とされる緊張感。防戦一方の状態を続けるのは厳しいと経験的に判断した。亀になり、タイミングを計る。

 

「うおおおおおっ!」

 

手甲に力を籠め、アイゼンは受け止めた剣を全力で弾く。リスクを負って、強引に相手の連撃を崩しにかかった。結果は上々。刀を強く叩かれ、わずかに次撃まで隙が生じる。

 

千載一遇の好機。アイゼンは短く息を吐き、己の最も信頼する秘奥義を繰り出した。

 

 

【ウェイストレス・メイヘム】

 

 

左右から高速で打ち込まれる連打。遠心力を十二分に乗せて、振るわれる剛腕。一撃一撃が、尖った鉄塊が打ち付けられるかのような大威力。かつ、回転速度も十全。まさに荒れ狂う暴風そのもの。あらゆるものを飲み込む竜巻。数多の敵を屠ってきた、アイゼンの徒手空拳における最上位の技である。

 

「チッ……化け物か、コイツは」

 

しかし暴風は、オスカーに紙一重で届かない。風に舞う木の葉のように。卓越した見切りが、それを可能とした。

 

アイゼンの背に汗が滲む。とにかく一手、初手の一撃さえ当てればこの暴風の渦に引きずり込める。クリーンヒットでなくとも、防御させるだけでも良い。動きを一瞬でも止めることができたなら、高速連打で捉えられる。だが、その一手が遠い。彼の顔に焦りの色が浮かぶ。

 

 

――連打の合間に差し込まれる白刃

 

 

「これにカウンターを合わせてくるか!?」

 

するりと心臓に向けて滑り込む切っ先。だが、幸いにも左腕の防御が間に合うと判断。アイゼンは右拳を構わず振りかぶる。相手が一刀なのに比べ、自身は両の拳がある。攻撃の瞬間こそが、最も隙が生じやすい。左腕をわずかに動かし、手甲で受けつつ、剛腕を叩き込む。予測通りに金属製のアームレットに刃が触れる寸前、彼の脳裏にある疑問が浮かんだ。

 

 

なぜこの男は、そんな受け易いところに剣を置いた?

 

 

全身が総毛立つほどの悪寒を覚え、アイゼンは無理矢理に後退。振りかぶった右腕も空中で止め、倒れこむように敵の剣士と距離を取る。さらに数度の、なりふり構わぬバックステップ。十メートル近く離れた先には、剣を突き出した態勢のオスカーの姿。左腕を目の前に挙げ、アームレットに視線を下す。アイゼンが目を見開いた。

 

堅固な防護を誇る金属製の手甲が、斬り裂かれていた。刃が肌まで届いたようで、たらりと赤い血が銀色を伝って垂れ落ちる。

 

「惜しい、あと少しでその腕、両断できたというのに」

 

涼しげな表情で肩をすくめて見せるオスカー。先ほどまでの剣戟は罠であり、囮。剣を手甲に何度も打ち込み、傷を入れると同時に、防御力を印象付けた。その上で、アイゼンの必殺の連打の合間に致死の一閃を差し込む。拳を打ち込むことに集中する彼ならば、容易く両断できると狙ったのだ。攻撃の瞬間こそが、最も隙ができやすい。実践したのはオスカーの方であった。

 

「その刀……四季崎紀記の『変体刀』だな」

 

「へえ、お目が高いね」

 

「埒外の剣才、卓越した斬鉄の技量。それに加えて、異形の性能を誇る変体刀。なるほど、使う気はなかったが……」

 

切断された防具にちらりと目線をやり、彼は覚悟を込めて深く息を吐き出した。敵の刀の正体に気付いたのだ。宝物の鑑定眼を有するために、そしてもうひとつの理由から、アイゼンは変体刀の脅威を十分に認識している。

 

対するオスカーも、相手がもう出し惜しみはしないのだと察した。その上で、勝利を収めることができると自信は崩れない。次の交錯で命を落とすだろう強敵に対して、最後の餞別を送る。

 

「名乗りなよ。中々の拳士だった。君の死後も、名を覚えておこう」

 

余裕によって掛けられた問いに、アイゼンは誇りを以って答えた。

 

 

「アイフリード海賊団副船長――アイゼン」

 

 

予想外の言葉に、オスカーの顔色が変わる。脳内に生じた危険な予測に声音がわずかに震える。

 

「アイフリード海賊団……?しかも、副船長……まさか!?」

 

慌てて剣を構え、足を踏み出すオスカー。顔に浮かぶのは焦燥。とある不安を彼は直感していた。これ以上、何もさせてはならない。だが、アイゼンは不敵な笑みを浮かべ、小さくつぶやいた。

 

「来い、俺の刀――」

 

アイゼンの周囲に光が満ちる。神々しい純白。思わず足を止める。その光が収まった後、新たに出現したのは煌びやかな銀色だった。人型であり、金属であった。無数の金属板で隙間なく造形された人型の鉄塊。一言で表せば、それは全身を覆う金属甲冑だった。この世界においても、戦場で用いられることも多い防具。アイゼンが身に纏ったソレは、しかしただの甲冑ではない。

 

オスカーは無意識のうちに動きを停止して、その甲冑に魅入っていた。彼の審美眼が、甲冑の正体を雄弁に語る。そう、これは間違いなく――

 

 

――『完成系変体刀』十二本が一振り

 

 

「賊刀『鎧(よろい)』――。これが、四季崎紀記の製作した……」

 

 

熱病に侵された様子で、釘付けになった視線のまま、ポツリと言葉を漏らす。美しい。彼の頭の中は、その一語に占められた。陽の光を照り返し、ギラリと銀色が輝く。芸術品のごとき、傷ひとつない滑らかな曲面。だが、何よりもその機能性において、ソレは他の追随を許さない。

 

「『守りに重きを置いた、巨大な防御力を有する、甲冑を模した刀』。文献で読んだ通り、これは防御力に主眼を置いた刀のようだね」

 

「そちらこそ、詳しいな。」

 

「実際に見たのは初めてさ。それに真打と比べて、機能面で改良されてるようだ」

 

オスカーは溜息を吐いた。召喚術の応用だろうか。裏打の方は、着脱も自由自在であるらしい。重厚な鎧を着込みつつ、アイゼンは一直線に駆け出した。標的は当然ながらオスカー。もはや逃亡の機会は逸している。正面から迎え撃つことを決めた。

 

急速に互いの距離が消失する。彼は左足を下げ、剣を左後方に構えた。銀色の鉄塊はさらに速度を上げて迫る。鎧の内側から、強烈な戦意が溢れ出した。アイゼンは天才剣士を葬るために、その特性を最大限に活かした奥義の使用を決断。

 

 

賊刀『鎧』限定奥義――

 

 

「――『刀賊鴎』」

 

 

「くっ……【タイガーファング】!」

 

両者が交錯し、ただの一合で勝敗が刻み付けられる。決着はオスカーの敗北。全身の骨を折られ、肉体のあらゆる箇所から血を噴き出し、意識を失う。彼は完膚なきまでに敗北した。

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