それは自分が書く物語の主人公を男爵にしたい、とおじいさんに言いに行ったときのシーンで、出来上がったら見せてほしいというおじいさんに対して、ちゃんと書けるかどうか自信が無いという雫に送った言葉です。
『それは私達職人も同じです。初めから完璧なんて期待してはいけない』
昔見た時には何も感じなかった言葉でした。でも、今は至言です。
自分も雫みたいに、荒々しく真っ直ぐに書いていきたいな……。
「これはこれは……困りましたねぇ」
そう呟く男は一人、迷っていた。これはどうするべきなんだろうか、と。
グランヴァディールと呼ばれるこの世界を、男の主人が待ち合わせ場所として指定していた筈なのだが、約束の日から既に三日が経っている。詰まる所、男は一人待ちぼうけを食らわされていた。
当然、連絡はない。
「何か厄介な事になった、と考えるのが定石ですね。とはいえ……」
男は主人がどこにいて何をしているのか、という事を聞かされていない。つまり、何か起こっていたとしても男には主人の下へ向かう術がない。
動きようがない今の状態に困惑と微量の喜びが生じる。
そう、こんな事は早々無い。ましてや、自由に動ける時間など男には殆ど存在しなかった。動くのは、総じて『神剣の意志のままに』。そして、その為に動く自らの主人の為に彼は動き、敵を斬る。
しかし今、そのしがらみはこの時この瞬間とはいえ、無い。
故に、気付けば彼は森の中を走り抜けていた。
「『待っていろ』とは言われましたが、『動くな』とは言われてませんからね」
男の動きは人間の範疇に収まらない。足に力を入れ、地面を蹴るというただそれだけの行為だが、速度が人外の域に達している。しかし、彼の表情は平時の時と一切変わっていない。
『待っていろ』とは即ち、このグランヴァディールで、という事だ。ならば、この世界でどう動こうと問題はないという事である。
「自分の意思で走り抜く、この感覚をずいぶんと忘れていました」
口角を吊り上げ、微かに笑む。これは貴重な時間だ。止まって考える時間すら惜しんでしまう。
なら、動こう。未知の世界には、必ず何かが在る。それが自然であれ、生命であれ、厄介事であろうが何だろうが、どれでも良い。それが何であれ自分に意志で関わるからにはきっと、面白くなるに違いない、と。
「さぁ、行きましょう『――』。ちょっとした冒険の始まりですよ!」
心を、玩具を買って貰った子供の様に奮い立たせて、彼は無二の友に話しかけるような親しみが籠った声を出す。
だが彼以外に人影は見えず、また彼もそれから口を開く事はなかった。
「(うむ……困った、実に困った)」
時同じくして、ここにも困惑している奴がいた。尊である。
彼は今鋭い眼差しを向けながら、しかし確かに困惑していた。
重要な時……たとえば死地において、己が納得できない事を選ぶのは命を捨てるのと同じだ。万事信頼できるものを除き、何を頼れというのだろう。
「(クソ……やはり、俺の頭では無理なのか!?)」
ゴクリ、と生唾を飲み込む。額から汗が垂れる。握った拳が汗を握る。そう、これは戦いだ。一瞬でも気を抜いた奴が負けるのは世の常、必定である。
故に、彼は。
「……分かり、ま…せん……ッッ!」
「……いや、何で質問に答えれなかっただけでそんなに力んでいるのかしら?」
英語で質問された事に対して訳が分からず降参するのだった。
教室に集まっている皆は、それを見てクスリと笑う。中には声を上げて笑うのもいるが、それらは決して不快なものでは無い、ある種の親しみが込められていた。
そう、今は授業中なのである。科目は英語。尊が苦手とする教科の一つ。とはいえ、何故尊が英語を苦手としているかは全く持って関係が無いので割愛する。
重要なのは、何故授業をしているのか、ということ。
この切欠を作ったのは、驚いた事に尊である。
当初、異世界に飛ばされる非常事態という事と、教師が早苗女史しか居なかったというのもあって授業は中断されていたのだが、
『え、マジで! 授業無いの? ――――ㇶヒィィィイヤッッホォォウ!! こ の 世 の 春 が来たァーーーッ!!』
という尊の叫び声と、その声を聴いた早苗女史が尊のテストの平均点を思い出し授業が再開された、という次第である。
極論すると、尊の自業自得だった。
そのお蔭か、早苗女史も『私にもまだやれる事があった』と生き生きしているので悪い事ばかりではなかった。
もう少し彼が慎みという物を持っていれば未来は違ったのかもしれないが、なってしまった物はしょうがない。
ともかく、この場で言えるのは一つだけ。
「補習はカンベンして下さい」
「ダメ」
最強と言われた永遠神剣第一位契約者はこの時、たった一人の教師と五教科の前に敗れ去った。
「早苗先生マジ鬼畜。俺の頭が破裂しそうだ……」
「アハハ、尊は勉強苦手そうだもんな」
「おいコラ望ぅ、それは俺に対しての宣戦布告と取っていいんですかねぇ?」
「え? ……あ! ゴ、ゴメン、悪気は無いんだ!」
「ハハ、そォかそォか……それで済んだら喧嘩は無くなるんだよぉぉ!」
「ちょ、ま、アーーッ!」
拳骨で出た音とは思えない程低い音が廊下に響く。
一見すると不良が気の弱そうな男子を恫喝している様な光景だが、別にいじめっ子といじめられっ子という関係では無い。
彼らはお互いの背中を守る存在――云わば『戦友』というのが正しいだろう。二人のみで共闘した事は未だ無いが、だからとはいえ彼らが守っているものは同じものであり、つまり戦うべき相手も同じである。
先ほどの拳骨も音からして痛そうだが殴られた望がブツブツと悪態を吐ける程度であり――殴るという事自体褒められたものでは無いのだが――逆に言うと、それだけのことが出来る気安い仲でもあるという事。
事実、望は頭を擦りながら悪態を吐くも、その顔に怒りはない。
「ひどいなぁ……そんなに力を入れなくても」
「阿保、他人をナチュラルに馬鹿にした罰だよ。寧ろ安い方だぜ」
向けられる恨みの目線をさらりと躱して尊は廊下を歩いて行く。
望は急いで尊の横にまで来ると、その瞬間いきなり顔を青ざめさせた。その顔を見て尊はまたか、と呆れを含んだ溜息を吐く。理由も知っているし、別に尊自身に害が及ぶ訳でもないが、それでもそろそろ慣れた方がいいんじゃないか? と思ったりもする。
その原因が、今二人の前に現れた強面君である。
「兄貴、お勤めご苦労様ですッッ!」
「おう」
何故、望は彼を苦手としているのか?
その原因は別に何てことはない。ただ、先日あれやこれやと色々あって晴れて尊の弟子(?)になった強面君……
確かに顔は怖いし、人間からすれば鬼のように喧嘩は強いが、色々話すにつれガーデニングが好きだという事を尊は話してもらっている。ちなみに、緑化委員に入っているという。
そんな彼に対して何故望が苦手意識を持っているのかというと、端的に言えば“倒された”からに他ならない。
『てめーーッ、誰の許可ぁ貰って尊さんの隣歩いとるんじゃぁぁあぁああッッッ!!』
望を連れて歩いていたら開口一番、謙三が放った正拳突きが見事望の顔面に食い込ませ、そのまま気絶させてしまうという、ある意味凄い体験を彼は望に経験させてあげていた。
誰だっていきなり殴られれば怖くもなるというもの。
そうした経緯があって先にも言った通り望は謙三を苦手としていた。
「や、やぁ……」
「――ハッ」
「は、鼻で笑われた……。これは俺も怒っていいよね? いいよねぇ?」
「はいはい、とっとと行くぞ」
剣呑とした雰囲気の二人を放って尊は歩を進める。こういったのに関わると色々面倒だという事を彼は経験から、それはもう耳からタコが出てくるほど、目から魚が出て来るほど知っている。
彼はそういった手合を相手にしない。故に、彼の平穏は保たれる。
「兄貴はどちらに向かわれるので?」
「な、オイ! 尊、待ってよ」
「テメー、ついてくんじゃねえ!」
「君こそついてこなくていいじゃないか!」
――聞こえない聞こえない。ああ、俺の平穏は今日も絶好調である。
三人の心の中はどうであれ、目的地へはたどり着く。
「失礼します、先輩」
一声かけてから生徒会室の扉を開くと、そこには沙月と希美がいた。等身大の鏡を食い入るように見つめては満足げに頷いている。一体何をしているのかと聞きかけて、ああなるほど、と思い至る。女子が鏡を見るとなればそれはもう、アレしかないだろう。
「大丈夫っす沙月さん。今日も変わらず美しいっスよ!」
どうやら謙三もそこに思い至ったようで、沙月を褒めていた。大概の女子は誰からだろうと容姿を褒められれば受け流しても程度の差は有れ感情として残るだろう。
しかし、ソレは悪手だと言わざるを得ない。特に沙月に関しては。
「あら、そう? ありがとう謙三君」
にっこりと笑うその姿は慈悲深き聖母を思い浮かべるが、心の中では果たしてあっさりと流されて感情の彼方へと押し流されている事だろう。
望の言葉以外は、だが。
尊はかつての経験から、『その手の女性に関しては』そういった事に敏感になっている。ハッキリ言うと、トラウマだった。
「それで、何してるんです先輩。まさか……ものべーの目を使って遠くを見れるようにしたとか?」
「はは、それはないだろ」
電気・ガス・水道etcetc……、とハッキリ言って万能チートとしか言いようがないものべーではあるが流石にそれは無理だろう。我ながら何てつまらないジョークだ、と望と二人で笑い飛ばす。
「あら、よく解ったわね。その通りよ」
『ええっ!?』
だが、親愛なる
もしかして、と先ほどまで二人が覗き込んでいた鏡を覗き込む。そこに写ったのは金髪の尊の顔ではなく、木々草花が生えた森の中だった。
「マジかよ……」
絶句。まさにそう呼ぶしかないだろうものべーの万能さに改めて気付かされる。望も隣で阿保みたいに口を開いたまま固まっている。
「ほぉ、これは便利だな」
しかし望の神獣であるレーメはどうやら違うようで、ものべーと同じ神獣だからか『この程度は出来て当然』という口調であった。
『ま、まさかヘレンも……』
『ちょ、そんな訳無いでしょう! この神獣がおかし過ぎるんですよ!!』
尊もヘレンも望も、皆一言も発することなく一種の共通体験を味わっていた。――初めから万能チートっていうのはこういうのを言うんだろう。
「と、とりあえず便利にはなった……かな?」
「ふっふーん、凄いでしょ望君。ア タ シ が、提案して実現したのよ」
「あー、何で先輩が偉そうにしてるんですか。 これをやったのは私とものべーなのにー」
世の男性が見れば、今すぐ空母艦隊が十三隻ぐらいの戦力で抹殺しに襲い掛かって来るだろう。更に完全武装で固めた空挺師団のビックなオマケ付きでだ。そのぐらいの甘い空間が何故か、現実で異世界に飛ばされて困惑してる筈の校舎で起きているとは誰も思うまい。
「な、なんて奴だ……、アイツが硬派の欠片もねぇ……貧弱なナンパ野郎だったとは!」
「いや、アイツ自身はそうじゃないんだが――って、聞いてないか」
謙三も望の今の姿に怒りを露にして髪の毛を逆立たせていて、周囲の言葉は耳に入っていない様子だった。
先の廊下での事でも分かる様に、尊は厄介事には首を突っ込まない質である。故に、彼は今回もその例に漏れず、それ以上は一切関わろうとはせずに鏡を見つめる。
「(た、尊。たすけ、助けてくれ!)」
……筈なのだが、これも先にあった通り望は『戦友』である。尊にとって厄介事とはこの世の神羅万象何よりも忌諱する代物であるが、逆に『戦友』とは得難い友である。特に自分絶対主義が殆どのエターナルや、平和ボケした世界では中々得る事は出来ない貴重な存在である。
しかし、だがしかし。厄介事、しかも色恋に関する厄介事に首を突っ込んで良かった試しが尊の記憶には存在しない。口を出して馬に蹴られるならまだ良いが、新幹線に撥ねられた上に象に踏み潰されるのだ。そんな思いをして、得られるのは俺何やってんだという虚しさと痛みだけ。これでは割に合わない。
「――先輩、望よりも今は
「ああ、そうだったわね。ごめんなさい、やっと望君に私の素晴らしさを理解してもらって気分が良いのよ♪」
「むー、私だって褒められたんですからね!」
とはいえ、やはり後々の事を考えると得難い友の方が良いと判断して、尊はさり気なく救いの手を伸ばす。それが功を奏して沙月と希美が得意げに説明し始める。
「(悪い、助けてもらって)」
「(いや、良いって。その代り、今日の夕飯のおかずを少しだけくれよ?)」
この後でどんなしっぺ返しが来るか分からないが、せめて更なる厄介事で送り返されない事を祈ろうと、取り敢えず適当に心の中で読経する。もし聞こえて、尚且つお経が読めるなら『色んな宗教のが混じり過ぎだろっ!』という突っ込みが来るだろうテキトーな読経だが、要は色んな宗教の色んな良い所を繋げて取り敢えず色んな風に読めば、それは読経になる訳で。その日の気分次第では釈迦と法然とアッラーとキリストを同じ宗教にブチ込んだ素晴らしい読経が聴こえるだろう。無論、心の声が聞こえるならだが。
だが、正体が真性のサドであらせられる
「んん?」
「どうかしましたか?」
沙月の困惑した声に顔を鏡へと向ける。そこに写っていたのはこの部屋の窓から見える空と全く同じ。
違うのは、その空に高く立ち上る黒煙。
炊煙では無い――その黒い煙の正体を一瞬で見抜いた尊は溜息を吐き、呟く。そう、これから先いくつもの
「また、厄介事かよ……」
隣にいる望にも聞こえない位の小さな声で、忌々しく呟いた。
「も、申し上げます!!」
グランヴァディールの森の奥、そこにひっそりと隠れ住むようにある村の中で一番大きい規模を誇る小屋の中で、一人の男性が血相を変えて膝を折っていた。
服装こそ農民のソレだが、至る所が赤で染まっており、未だ染まってない場所も男が身体中から流し出す地が浸食せんと、じわじわと染め上がっていく。医学に精通していなくても一目で分かる悲惨さ。既に手遅れなのはこの場にいる誰もが解っていた。
しかし、その場の誰もが男に手を貸そうとはしない。それは非情ではなく、その男性への敬意の為。それほどの深手を負うとも、自分の責務を全うしようとする“戦士”へ送る無言の讃美歌。
故に、彼らは手出しをしない。出来ない。
勇敢なる戦士が未だ果敢に戦っているのに、誰がそれを邪魔出来よう。
少なくとも、彼らの中に存在しない。
「私が居た村が、グラン・ドラス軍に強襲されました! 数は約五十、その中にダラバ・ウーザの姿を確認! 現在村の戦士達が交戦中ですが、全滅するのは、時間の問題で、す……っ」
男性はそれだけ言い切ると、前のめりに倒れていく。
身体中から力が抜けていき、このまま床にぶつかるだろうと思っていた彼に素早く、黒い影が彼を優しく抱き止める。
「報告、ご苦労様でした。本当に、ありがとう……」
その影が声を発する。凛とした、それでいて鈴の様に震えるその声を出す存在に、男性は万感を込めて返す。
「ありがとうございます」
その一言の後、男性は事切れる。しかし、その顔に先ほどまでの必死さや悲壮感はない。驚くほど穏やかな顔をして男性は逝ったのだ。
それを周囲で見ていた者達も敬意を表す最敬礼で男性を送り出す。怒りも、笑顔も、涙もない。だが、何かを秘めた決意のみが、彼らの顔に現れる。
「――運びましょう。彼を、安らかに眠れる場所へ」
そしてそれは、男性を抱き止め、自らの手で運ぼうと抱き上げる
金色の髪は染髪剤で塗り上げられた偽物では出せない光沢を放ち、顔から覗く白い肌は陶磁器や絹という安直な言葉、文章で表すことは不可能だろう。明らかに、コレは一般人とは違う、特別な存在なのだと気付かされる。それらをほぼ全て覆い隠してしまっているのが彼女が身に着けている黒い鎧だが、凛とした姿勢、表情も相まって美しさは驚くほど損なわれていなかった。寧ろ、高貴な仕種や立ち振る舞いに更に磨きがかかっていると言っても過言ではない。
その凛とした姿勢、表情はどんな時だろうと崩れる事は無い。例え、仲間の死であろうと。彼女が涙を流すことはない。
少なくとも、今のこの時勢の中流してしまっていい涙では、絶対にない。
それは余りにも勿体無さすぎる。
男性の遺体を安置すると、彼女は皆がいる方へ振り返る。やはりその顔に、涙は一切見られない。
「皆さん、私が先行して鉾達を倒した後に続いて下さい」
だから彼女達は剣を取る。一分一秒でも早く、死んでいった彼らの為に涙を流したい――ただ、その為に。
「――行きますっ」
かくして彼女、アイギアス王国の象徴たる最後の末裔“カティマ・アイギアス”は剣を掲げる。
『イモータルマインウィル』
Xuse「全て無くなっても、俺達は諦めない! だからっ!!」
Xuse&企画屋「不滅の意思よ! 地雷となれ―――っっ!!!」
地雷ゲーを出す度にこけた原因をろくに考えもせず今までザウスに貢献してきたスタッフの首を切り捨てて、ついに社内ライターを全滅させたザウスの人事と今後を揶揄するスキル。
ネタとしては秀逸だが深刻すぎて笑えない。
それでも固定ファンがついているのは流石と言うべきなのかもしれない。