浮雲は漂う   作:蛇飼いたい

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プロローグ

「はあ…………!はあ…………!」

 

鬱蒼とした森の中で、隻眼の少女の周りを囲む、狼に似た姿のモンスターの群れ。

大きさは普通の狼の2倍ほどだろうか。

獲物を見つけた狼達は、少女の間合いに入って既に切り捨てられたかつての仲間達を見て学習し、遠巻きに囲んでいる。

 

(こんな所で立ち止まっている暇は無いのに!)

 

浮遊する剣に守られているとはいえ、少しでも意識を逸らせば、この群れが一斉に飛び掛かってくるのが明白なため、動けない。

互いに膠着していた。

 

 

 

やがて焦れて飛び掛かってきた何匹かの狼によって、その均衡も破られる。

少女は奮戦し群れの数を減らすものの、長時間の疲労により、背後への警戒を疎かにしてしまう。

致命的なその隙を、狩人は逃さない。

2匹の狼が少女に躍りかかる。

対処しようにも手遅れであった。

 

(ショウ、シモン、ミリアーナ、ウォーリー、ロブお爺ちゃん…………)

 

(…………ジェラール)

 

(皆、すまない)

 

少女は諦め、目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鋼糸壁」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

樹海の中という、人がいるはずのない場所で声が聞こえた。

その事実に驚き目を開けた少女の前に、突然巨大な壁が現れた。

狼は壁に弾き返される。

突然の出来事に、少女も狼達も、何が起こったのか理解できていない。

 

 

 

 

 

「怪我はないか?」

 

 

 

 

私の顔を覗き込んでいたのは、長く黒い髪、ゆったりとした袖の長い黒い着物を着た、少女というには大人びた容姿の美女であった。

 

「無事で何よりだ。少し待っていてくれ」

 

そう彼女が言うと、大きな壁が繊維状に解け、彼女の着物の袖に吸い込まれる。

そして彼女は、目の前の群れに告げる。

 

 

 

「私が餌に見えるなら、その認識を正すことだ。私はお前達を殺すつもりは無い。だが」

 

 

 

「存分に躾けてやるぞ、(ペット)ども」

 

 

 

彼女がとびきりの笑顔でそう言うとほぼ同時に、狼が飛び掛かってくる。

 

 

「鋼糸鞭」

 

 

袖から四方八方に伸びる鞭状のもので、狼たちは次々と叩き伏せられていく。

あっという間に制圧された狼達は、怯えた様子でキャウンと鳴き、退いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むぅ…………一匹くらいは懐いてくれないものか…………」

 

残念そうな顔で呟いた後、少女の方を振り返り

 

「もう安心だ。…………ええと」

「エルザ…………エルザ・スカーレットだ。礼を言う」

「緋色、か。いい名だな」

「ッ!…………」

 

エルザの表情に悲痛の色が浮かぶ。

それを察した彼女は、沈んだ顔をする。

 

「…………すまない。辛いことを思い出させたようだな」

「いや、こちらの事情だ。貴方の名前は?」

 

一瞬で悲しみを抑え込んだエルザは、すぐさま話を変えた。

それに気づいた彼女は、気づかないフリをして答える。

 

「東雲と呼んでくれ。呼び捨てでいい」

「東雲さん、先程貴方に助けられなかったら私は死んでいた。ありがとう。この恩は一生忘れない」

「そう畏まらないでくれ。礼を言われる為に助けた訳ではないさ」

「それでも、命を助けて貰った恩人には幾ら礼を言っても言い足りない。本当に感謝している」

「もういいと言っても譲らないのだろうな…………礼は素直に受け取るから止めてくれ。むず痒い」

「分かった。私に出来ることがあったら何でも言ってくれ」

 

先程の呼び捨てでいいという言葉が、既に無かったことにされていることといい、思った以上にエルザが強情なことが分かった東雲は、このままだと埒があかないと悟り、尋ねる。

 

「…………エルザはどこに向かっているんだ?この先は確かマグノリアの方角だったが」

 

 

そう訊くとエルザは決意の籠った瞳で東雲を見つめ、答える。

 

 

 

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)というギルドに入りに行く。行かなければいけないんだ」

 

その言葉は、どこまでも真っ直ぐであった。

幼い少女がするには、あまりに重い覚悟が伝わってくる。そのまま放って置けないと東雲が思う程に。

 

「深くは聞かないが、それだけの決意なら止めはしない。乗りかかった船だ。途中まで付き合おう」

「そこまでして貰うのは…………」

「幼いうちは甘えられるうちに甘えるべきだ。先程も反応が遅れていた。ロクに寝ていないな?恐らく極限状態で今までの疲労が溜まっている。暫く休むべきだ」

「しかし…………」

「迷惑をかけるなどと思わなくていい。お前を守りながら闘うなど造作もない。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に着くまでは死ねないだろう?」

 

その言葉でエルザは折れた。

そのまま頭を下げる。

 

「頼む。私と共に来て欲しい」

「任せろ」

 

そう言った東雲の笑顔は、同じ女であるエルザから見ても、美しいものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人は友誼を結んだ後、エルザの目指す妖精の尻尾(フェアリーテイル)へ向かった。

道中では様々な獣が襲いかかってくるが、全て東雲が返り討ちにする。

返り討ちにした獣が怯えた様子で逃げる度に、東雲は落ち込む。

 

「はあ…………どうして皆逃げてしまうんだ…………」

「東雲さんが怖いからじゃないか?」

 

幼いエルザのまっすぐな言葉が、東雲の心に突き刺さる。

 

「私はそんなに怖いのか…………」

「笑顔で獲物を嬲っているようにしか見えない」

「怖がらせないように笑っているのに…………躾けて上下関係を示しているだけなのに…………」

「満面の笑みで鞭を振るう人が怖くないわけがないだろう」

「…………」

 

私も見ていて怖かったと、エルザが続ける。

その言葉を聞いた東雲は、先程よりも増して沈んでいた。

あれ程頼もしかった彼女の姿が、幻であったのかと思う程に。

見ていられなくなったエルザは新たな話題を振る。

 

「東雲さんは動物が好きなんだな」

「ああ。虫も動物も魚も、生き物は全て好きだ。見ていて飽きないし、癒される。かっこいい。可愛い」

 

先程の落ち込んでいる様子が嘘のように、活き活きと答えている東雲にエルザは少し苦笑する。

自分が笑うのはいつ振りだろうかと思いながら。

 

 

 

「そう言えば、東雲さんのあの鞭はどんな魔法なんだ?」

「鋼糸魔法という、ワイヤーのような硬く細い糸を作る魔法だ。先の壁や鞭のように束ねて、別の形にすることもできる」

 

 

 

「東雲さんはどこのギルドに入っているんだ?」

「ギルドには入っていない。用心棒のような事をしながら、色々な街を転々としているよ」

 

 

 

毎日、取り留めのない話を続けている内に、エルザの悲しみも少しずつではあるが、和らいでいった。

あの悲劇を夢に見て目が覚めたこともあった。

ふと思い出し辛くなることもあった。

それでも東雲は決してそこに踏み込むことはなく、エルザとの会話を楽しんでくれた。

その気遣いが、エルザには有難かった。

 

 

 

そうして2人はマグノリアに辿り着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここでお別れだな」

 

エルザは溢れそうになった涙を堪えた。

ここで泣いてはいけない。

付き合いは数日の間だったが、一生の恩人で、友であった。

だからこそ、笑顔で別れなければならない。

 

「エルザ」

 

我慢していると、頬を軽く抓られた。

 

「全く、少しは甘えろと言っただろう」

 

見上げると、呆れた顔で此方を見下ろす、東雲の顔があった。

 

「年をとれば、泣きたくても泣けなくなるんだ。子どものうちに泣いておけ」

 

まあ偉そうに言う私も、まだ子どもだがなと、東雲は笑う。

それは思わず見惚れそうなほど、綺麗な笑顔だった。

 

堪えていた涙が、溢れ、零れ落ちる。

 

「ふふ…………それでいい」

「東雲、さん、いつか、」

 

嗚咽で途切れ途切れ、エルザは言う。

 

 

 

 

 

 

 

「いつか…………また、会える、か?」

 

 

 

 

 

 

 

「ああ。会えるさ」

「じゃあ、約束、してくれ」

「いいぞ。いつかまた会おう。約束だ」

 

その言葉を聞いたエルザは、涙を流しながら笑う。

 

「じゃあ、またな。東雲さん。また、会おう」

「今までで1番いい顔だ。エルザ。また会おう」

 

 

 

エルザは涙を流したまま、東雲に背を向け、歩き出した。

もう振り返りはしない。いつかまた会える、その日まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東雲はエルザの背中が小さくなるまで、ずっと手を振り続けた。

そして見えなくなった後、元の道へ振り返る。

 

「東雲さん」

 

いつの間にかそこには、白い着物を着た女が立っていた。

 

「態々気配を消して覗き見とは、いい趣味をしているな」

「サボっているあなたを探すハメになる、こっちの身にもなってほしいですえ。いくら仕事が終わったからと言って、ここまで長い寄り道はあきまへん。うちらの仕事に影響が出てしまいます」

「普段の依頼なら三羽鴉が揃う必要すらないだろう。私までいたら過剰戦力さ。少しは感傷に浸らせろ。斑鳩」

「もっともそうなことを言ってサボろうとしても無駄ですえ。それにしてもえらい熱の入れよう。あの子に情が湧いたんです?」

 

相変わらずこっち側の人間にしては、感性がズレてはるねえと斑鳩は溢す。

 

「それは正義正義と煩い、あの鳥頭にでも言ってやれ。とはいえ、エルザを気に入ってないと言えば嘘になるさ」

「そんなお人好しのくせに殺すと決めたら、善人だろうが悪人だろうが一切躊躇ないとこ、うちは大好きですえ。特別部隊の『鬼蜘蛛』さん」

「怒るなよ。頼むからそう呼ぶのは止めてくれ。仕事をサボった私が悪かったから」 

 

彼女は自らの仕事名があまり好きではなかった。

そんな東雲の困った顔を見て溜飲が下がったのか、斑鳩は満足そうな顔をした。

 

「じゃあこのくらいにしときましょうか。帰って久し振りにうちと殺り合ってくれれば、全部チャラにしますえ」

「それ自体は此方も願ったり叶ったりだ。最近は張り合いのない仕事ばかりでな」

「やった!約束ですえ?」

「急に態度が変わってないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

髑髏会 特別部隊統括 鬼蜘蛛

この肩書を名乗る東雲が、殺し合いを好む狂人であることを、エルザはまだ知らない。

 

 

 

 

 




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