彼女に出会ったのは、死体の山と血溜まりの中だった。
血の河の上で物憂げに佇んでいた彼女が、私という獲物を見つけた途端に凄絶な笑みを浮かべた時、歓喜に震え、理解した。
間違いなくアレは捕食者の笑みだと。
そしてアレは私と同類なのだと。
闘いの中でしか生きていけない修羅なのだと。
どうしようもないほど、私と鏡写しのその化生と私は殺し合い続けた。
互いに美しく、無惨な笑みで顔を歪ませながら。
その後、何の因果か彼女と私は、同じギルドにいる。
外で彼女は『鬼蜘蛛』と呼ばれる様になった。
そんな彼女は、口では自分はあくまで食客に過ぎないと言いながら、どこか居心地が良さそうにしている。このギルドに愛着があるように見えるというのは、決して私の自意識過剰というわけではないだろう。
私と彼女は、互いに殺し合った仲で、未だに互いを殺そうとしているのにも関わらずだ。
彼女曰く、
『お前は私が認めた数少ない「人間」だ。だからこそ私の手で殺す、それだけだよ。不思議なことでは無いだろう?』
随分と可笑しい理屈だと、笑ってしまったことを今でも覚えている。
それでもこの関係を続けている私は、随分と彼女に毒されてしまったようだ。
しかし、それも、悪くない。
「さあどうする…………時間が無いぞ?光がもうすぐ、落ちてくる」
「えらく余裕だな。自殺志願者と聞いた覚えは無いが」
青髪の男の呟きに、返ってきた言葉があった。
「蜘蛛を呼んだ覚えこそこちらには無いがな。何の用だ『鬼蜘蛛』」
その声に応えるかのように足音と共に暗がりから現れたのは、般若の面を被る、黒く袖の長い着物を纏った女だった。
「どうにも臭うと思い調べてみたら大当たりだったよ。ジェラール。何を隠している?」
「何をとは?」
「…………まあいい。髑髏会は仕事を降りる。ウチの馬鹿共も連れて帰らせて貰う」
「随分な言い草だな。少なくない金を貰っておいて、それは無いだろう?」
「依頼内容の半分も言わずによくぞ言ったものだ。とはいえ、中身を碌に調べもしないウチの連中も大概だが」
「受けたのはお前達だ。勝手に降りると言われて、はいそうですかと許す訳にはいかないな」
「ならば実力行使でもするか?その身体で」
「…………キサマ、どこまで知っている」
「さあな。で、許さないとして、どうする?その気になればこの塔を根元から圧し折ることも出来るが」
「…………チッ、好きにしろ」
「ウチの馬鹿共と違って頭が回るようだ。物分かりが良くて助かるよ。そう不機嫌そうなツラをするな。これでもお前には感謝している」
「…………何故だ?」
訝しげなジェラールに尋ねられた鬼蜘蛛は、全身から怒気を放ちながら楽しそうに答える。
「情報の裏取りもろくに出来ない、ウチの依頼担当のボンクラどもを〆る大義名分が手に入ったことだ。今度こそ仕事のやり方を、心と体に嫌というほど覚えさせてやろう」
怒りのオーラを放つ鬼蜘蛛の頭の中には、恐らく後に被害者になる者たちが思い浮かべられているのだろう。しかも過去にも何かトラブルがあったと思われる物言いだ。
その者が彼女がギルドに帰ったあとにどういう仕打ちを受けるのか、ジェラールが想像するのは容易であった。
「あとは…………そうだな…………」
粗方怒気を放出した彼女は、それを完全に霧散させたあと、昔を振り返る様に
「…………懐かしい顔を見られそうだからな。その機会をくれたことにだよ」
そう答えた。
「もう迷いは無い!私の全てを強さに変えて、討つ!」
吼える彼女の名は、エルザ・スカーレット。
彼女のその眼は、どこまでも真っ直ぐであった。
「見事な覚悟どすなあ」
思わず向かい合うもう1人の剣士、斑鳩がそう言ってしまう程に。
「少し昔のエルザはんとはえらい違いや」
「貴様、私を知っているのか?」
「…………つい口が滑ってしまいましたなあ。直接会うたことはありませんが、一度お見掛けしたことがありまして。まあその話はこのへんにして」
斑鳩はそう話を切り、刀を構える。
「続き、やりましょか」
その言葉と共に得物を手に、2人の剣士は駆け出す。
眼前の敵を打ち倒す為に。
「鋼糸壁」
その声とほぼ同時に、突如眼前の光景が灰色の壁に覆われ、得物が弾かれた。
斑鳩はこれまでに何度も見た光景であった為、特に驚きはしなかった。
対照的にひどく驚いているのはエルザである。
彼女はこの光景を過去に一度だけ、見たことがあった。
直後に聞こえた声も、遠い昔に聞いた彼女が長い間、一度も忘れたことの無い声であった。
分断された橋の片側、斑鳩の側に上から跳んで来たのは、般若の面を被る女性だった。
「そこまでだ。斑鳩」
「横槍を入れることほど無粋なことはありまへんで。『鬼蜘蛛』さん」
「怒らないでくれ。気持ちは痛いほどわかる。話を聞いてくれ」
「そこまで言うのならその話とやら、是非聞きたいものですなあ」
2人の会話が聞こえたショウが、目を剥き叫ぶ。
「鬼蜘蛛ってあの『鬼蜘蛛』か!?ここには三羽鴉しか居ないんじゃなかったのかよ!」
「いやあ有名どすなあ。『お・に・ぐ・も』さん。敵いしません」
「露骨に強調しないでくれ…………」
「あら、そんなつもりはあらしませんが。で、何故鬼蜘蛛さんがここに?」
「撤収命令だ。残りの馬鹿2人は伸びていた所を拾っている。後はお前だけだ」
「ギルドの命令ですか?わざわざ鬼蜘蛛さんを言伝にしはるなんてよほどのことなんやろうけど。不完全燃焼でいけんわあ」
「堪えてくれ。お前達三人を失うリスクがあるのは、髑髏会も望む所では無いということだ」
「あら。上の連中は私も負けると?」
「そもそも依頼内容に不備があった。今の戦いもあのままいけば最悪相討ちまであった。遊び過ぎだ」
そう鬼蜘蛛に言われた斑鳩は、思い当たることがあるのか殺気を収めた。
「仕方ありませんなあ。帰りましょか」
「ジェラールの方がよほど聞き分けが良かったぞ…………」
鬼蜘蛛が疲れた声を出したその時、展開されていた壁が十字に切り裂かれ、エルザが飛び出してくる。
般若の面を被る鬼蜘蛛を見た彼女は驚愕していた。
「先程の声、その姿」
エルザは動揺を隠せていない様子で続ける。
「貴女は、東雲さんなのか…………?」
そう問われた女は、面に手をかけ、そのまま外すことで答えた。
「ああ、久し振りだな。エルザ。とても強く、綺麗になった」
そう言った彼女は、あの日と同じ笑みを浮かべていた。
とても美しい、笑みを。
「姉さんは鬼蜘蛛と知り合いなのか…………?」
そうショウは呟く。
鬼蜘蛛という名前はその般若の面と共に、魔法界の暗部に触れた人間には知らない者が居ないと言っても過言ではないものだ。
髑髏会に入る前から、殺し屋として名を馳せていた彼女は、数多くの暗殺を手がけていた。
その凶手は評議会すら例外ではなく、彼女の犯罪に豪を煮やした評議会がある日、追撃部隊の大軍を彼女1人に差し向け強襲をかけたが、一人残らず殺された。
鬼蜘蛛には評議会すら手が出せないと、その名が轟くきっかけとなった事件である。
そんな大罪人の、恐らく本名である名前をエルザは呼んでいる。
浅からぬ関係であることは明白だった。
「何故貴女がここにいる…………?」
エルザはそう尋ねた後、一拍置き、
「貴女が、『鬼蜘蛛』というのは本当なのか?」
「仮にそうだとしたら?」
「答えろ!」
「怒るな。折角の美人が台無しだぞ。それに…………」
そう言いながら東雲は上を指す。
「今は他に、やることがあるんじゃないか?」
「…………!」
その言葉を聞いたエルザは目を見開いた後、東雲に背を向ける。
「私の仲間に手を出す気は無いんだな?」
「ああ」
「ショウ、皆を頼んだ」
「え?でも姉さん!」
「頼んだぞ」
「…………分かったよ」
ショウは外へと駆け出す。
その背中を見送ったエルザは上を目指し、2人に背を向ける。
「東雲さん」
エルザは背を向けたまま、東雲に声をかける。
「貴女は私の恩人だ。貴女が居なければ私は今、ここにはいない」
「堅苦しいのは相変わらずだな。呼び捨てでいいと言っただろう」
「だから」
エルザは東雲の軽口を遮り、振り返り、続ける。
「貴女が罪を犯すなら、私が貴女を止めよう。それが私が出来る唯一のことだ」
そう言った彼女は、張り詰めたものが今にも切れてしまいそうだった。
「お前が前に進み続けるなら、いずれその機会が来るさ」
その言葉を聞いたエルザは、今度こそ背を向けて走り出す。
「望んでいたのは、こんな再会ではなかった…………」
そう言い残して。
東雲はエルザの背中が小さくなるのを見送った後、それに背を向け歩き出した。
「思うたより、堪えているんどすなあ」
「ああ。私も弱くなったみたいだ。歳かな」
「また御冗談を。随分とあの子に入れ込んでいるみたいで」
「進んで人の命を救ったのは、後にも先にもあれきりだったよ…………あの子が正規ギルドに入る時点で、こうなるのは分かりきっていたというのにな」
私を愚かだと思うか?と東雲は苦笑しながら尋ねる。
その間に気を失ったタカと梟の2人が、何処からか何かに引っ張られたかのように足元に落ちてきた。
「さて、もうここに用は無い。起きろ梟」
「ホー!後頭部に思い切り蹴られたような激痛が痛い!って鬼蜘蛛の姐御!いつ来たのかホウー!」
「五月蝿いから少し黙れ。帰るぞ。斑鳩とタカは兎も角、お前まで抱えて運ぶのは骨だ。タカを運んでもらうぞ」
「了解しましたホーホホウー!」
梟はタカを抱えて空に飛びたつ。東雲は斑鳩を抱えて梟に手を翳す。
梟が進むにつれ東雲はそれに吊られるように宙に浮いていた。
東雲と梟が少し離れた辺りで塔に光が落ちる。瞬く間に結晶が塔を覆った。
それを冷たく一瞥し、東雲は呟く。
「ありもしないゼレフの亡霊に取り憑かれた男か。愚かだな。」
ーーー 数時間後
バスタブに浸かっている妙齢の美女が、思念伝達魔法で通信をしていた。
彼女のマスターからの通信が終わった後、彼女は別の人間へ思念を飛ばす。
「ウルティアか」
「東雲。一つ貸しよ」
「その為にわざわざ連絡か。お前に貸しを作ると、ろくな事にはならなそうだな」
「相変わらず失礼な物言いね。心配しなくても貴女には悪くない話よ」
「どうだか」
「貴女にはこちらの戦力の1人になって貰うわ」
「悪魔の心臓は世界を滅ぼそうとでもしているのか?今の時点で兵隊は腐る程いるだろうに」
「相手はそれだけ油断のできない敵だと、マスターは考えているのよ。貴女にも関わりのあるギルドよ」
「予想はつくとはいえ聞いてみようか。どこだ?」
その言葉にウルティアは微笑む。
「
「そんなところだ」
「気にかけてる子がいるんでしょう?あなた、覚悟は出来ているの?」
「ふふ。笑わせるなよウルティア」
思念越しに殺気が伝わる。
「あの子に覚悟があるのに、私にないなどあり得ない。丁度機会も出来た。それだけだよ」
「そう。詳細はまた連絡するわ」
通信が終わると共に冷や汗が流れる。
彼女の逆鱗に触れてしまったことは理解できた。
「あそこまで怒るとは思わなかったわ…………全く、相変わらず扱い辛い子」
しかしと、彼女は続ける。
「これで私達の勝利はより確実になった。待ってなさい。グレイ・フルバスター」
彼女の顔は歪んでいた。
「仲間と一緒に無惨に殺してあげる」
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