牙狼バニ〈GAROBANI〉外伝   作:亜希羅

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 pixivの方ではバレンタイン小説の方が先でしたが、こちらでは“生前の正宗さんのお話”を先に投下します。
 オリキャラの正宗さんに加えて、安寿さんも村正君も虎徹君も若くて幼いので、作者が人物像を勝手に捏造させてもらいました。
 ヒーローズはひとりも出てこないので、こんなのT&Bじゃないと憤慨なさる方も多いと思います。
 牙狼テイストを重視した話ですので、苦手な方はご注意を。
【お詫び】私生児に対して批判的なことを言っているシーンがありますが、作者はそんな偏見は持ち合わせておりません。あくまで演出の一環です。ご不快になってしまった方、大変申し訳ありません。


零回 正宗

 冴島正宗?

 ああ、当代“牙狼”の。

 言っちゃあ悪いが何を考えてるんだか。

 結婚もせずにフラフラしているばかり。

 系譜の継承も魔戒騎士の義務だというのに。

 まったく秘密主義が行き過ぎて薄気味悪い男だよ。

 

 

 

 ――魔戒法師 ハロルド=クルシェフスキーの言葉

 

 

 

  零回. 正宗~虎の始まりと、その父の終わり~

 

 

 

 鏑木虎徹にとって、父、正宗は得体のしれない人物だった。

 父親であるにもかかわらず、同じ家には住んでなく、彼は遠く離れたシュテルンビルトに住んでいる。おまけに時折家に来ても(ずいぶんな言い草だが、虎徹は一緒に住んでない以上、戻ってきてというのもおかしいだろうと思ったのだ。)すぐにふらりといなくなってしまう。

 無口で無愛想。家での会話は必要最低限で、主導権は母にある。

 なんで父親なのか、ひどく不思議だった。苗字も違うから、ことさらそう思った。

 父のことで印象に残っていることなど、冷たい琥珀の瞳と、季節問わずに白いコートを着ていることくらいだった。

 そんな父の印象が一変したのは、虎徹が七歳になった後――NEXT能力を発露させてしまった頃だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 「イッテェ・・・。」

 鏑木虎徹はランドセルを背負ったまま、座り込んでいた。

 街外れの神社に続く石段に一人でいた。

 元来活発で友達づきあいが得意な虎徹がここにいるのも、自分の能力のせいと言い換えてよかった。

 発露したばかりの能力を、虎徹はうまくコントロールすることができなかった。

 あらゆる身体能力を百倍にしてしまうというその能力は、ほんの少し触るつもりで触れた机や椅子を原型が残らない勢いで吹き飛ばすのを容易に可能にした。

 『化け物!』

 『こっち来んな!』

 『またあの子・・・。』

 『鏑木酒店の下の子か・・・。』

 『まったく、とんだ子供だな。

  父親の顔を見てみたいよ。』

 『私生児だそうですよ。不肖の出生なら、ああなっても仕方ないんじゃないですか?』

 恐怖と嫌悪、侮蔑にまみれた視線と言葉が、どうしても脳裏に残って離れない。

 石段に座り込んだ虎徹は、青痣になった膝を撫でていた。

 鉛筆を落としたクラスメートに、落としたと教えて拾ってあげただけなのに、悲鳴を上げられ突き飛ばされたのだ。

 膝はその時、机の角で打ったものだ。

 「好きでこんな能力持ってるんじゃねえよ・・・。」

 力なく虎徹はつぶやいた。

 こんな能力、欲しくなかった。

 どうしてこんな力を持ってしまったんだろう?

 ぼんやりと虎徹は両手を見つめた。

 座り込む虎徹をよそに、ゆっくりと日は傾き、山のはざまに徐々にその姿を消していく。

 

 

 

 鏑木家には、日暮れまでには必ず帰宅するという門限が、家訓で定められていた。

 普段の虎徹なら、さっさと帰宅していたが、今日はそんな気に慣れず、一人に慣れる場所を求めて、神社の石段に行ってしまったのだ。

 唯一その例外になるのは、父、正宗のみ。

 その理由を、虎徹はもうすぐ知ることとなる。

 

 

 

 日が完全に姿を消した時だった。

 「君。」

 ビクッと虎徹は肩を揺らして顔をあげた。

 見ると、自転車を押した警官――オリエンタルタウンの交番にいる、気のいいおじさんが、穏やかに笑いかけてきている。

 「こんなところで何をしてるんだい?」

 「あ・・・う・・・。」

 虎徹は答えられない。

 NEXT能力のことがわかったら、このおじさんでもどんな顔をするかわかったものじゃないからだ。

 「?

  おや?

  君は・・・鏑木さんのところの?」

 「・・・。」

 虎徹はあきらめたようにうなずいた。

 NEXTはオリエンタルタウンでは数が少ない。誰かが能力を発露させてしまったら、閉鎖的なオリエンタルタウンでは、あっという間にその噂は広まる。

 きっとこの人も同じだ。自分のことを怖がって、嫌悪する。

 虎徹は息をのんで警官を見上げた。

 しかし、警官は優しげな眼をしたまま、変わらず虎徹を見下ろしている。

 「もう遅い。早く帰らないと、安寿さんと村正君が心配するんじゃないか?」

 「なんで」

 「うん?」

 「オレ、NEXTなんだよ?!

  怖くないの?!」

 虎徹は内心の不安をぶつけるように叫んでいた。

 「ははは!

  おじさんからしてみれば、坊主はただの子供にしか見えないぞ!」

 からりと笑うと、警官は自転車を切り返し、再度虎徹に促した。

 「さあ。おじさんが送ってやるから、家に帰るんだ。」

 「う・・・うん。」

 その言葉に少し元気の出た虎徹は、素直に男について行こうと立ち上がった時だった。

 ザリッ。

 重い足音が、空気を引き裂いた。

 闇夜に浮かぶ、白いコート。褐色の肌に、濡れ羽色の髪は短く切られ、左斜めに流した前髪の隙間から冷たい琥珀の双眸がじっとこちらを見ていた。

 コートの下には、黒いレザーのような服に、ショートブーツを履いた、背の高い男。

 ――お父さん?

 それは、虎徹の実父、冴島正宗だった。

 「虎徹か。」

 正宗が口を開いた。

 ひどく低い、刃物を連想させるような声と口調だった。

 琥珀の双眸で息子を見た後、彼は警官に視線を映した。

 「それで勝ったつもりか。」

 「?」

 父が何を言ってるのかわからず、虎徹が首を傾げた。

 「何をおっしゃっているんですか?

  噂で変わり者とは伺ってましたが、安寿さんも」

 怪訝そうな警官がどう言葉を続けようとしたか、虎徹にはわからなかった。

 確かなのは、父が目にもとまらぬ速度で踏み込み、虎徹を突き飛ばすと、警官の目の前にてらてらした金緑色の火を灯すライターを翳したことだった。

 ガシャンッ!

 「うわあっ!」

 突き飛ばされた虎徹が、警官が手放した自転車に体を打ち付ける音が夜道にこだまする。

 火を目にするや否や、警官は一瞬呆然とした後、日系らしいその黒い目がグルンッと白目をむくと、悪鬼のような形相となった。薄い唇からこぼれる白い歯もまた、ギザギザの牙となる。

 白目に浮かびあがったのは、ルーン文字のような記号の羅列だ。

 「やはりか。」

 カチンとライターのふたを閉じ、正宗がつぶやく。

 「っ!!」

 顔を押さえて、警官は後ずさった。

 「いてて・・・何するんだよ!」

 何とか立ち上がって虎徹が父に向かって怒鳴った時だった。

 ジャガギンッ!

 「うわあっ!」

 「動くな、魔戒騎士!貴様の息子だぞ?

  命が惜しいと思わんのか?!」

 突如虎徹の下敷きになっていた自転車が変形し、針金状の小さな檻になり、あっという間に虎徹を拘束したのだ。

 警官は先ほどまで虎徹に見せていた優しげな態度をかなぐり捨て、悪鬼もかくやという顔つきで正宗に向かって勝ち誇ったように怒鳴った。

 対する正宗は泰然と警官を見ている。

 『なんでこんなところにいるんだよ、虎徹坊や。』

 「余計な口を叩くな。ザルバ。」

 どこからともなく聞こえたしわがれた声――不気味なことに、その声は正宗自身から聞こえたように思われた――につっけんどんに言い放ち、正宗は警官を見据える。

 いつの間にか、その手には丹塗りの長い棒が握られていた。

 ズダンッ!キュパッ!

 踏み込みと同時に、銀色の光が走った。

 警官はのけぞるようにその一撃をよける。

 虎徹が棒だと思ったのは、丹塗りの鞘とそこに納まった直刃の長剣だった。瞬時に抜刀された刃で見事な抜き打ちを仕掛けたのだ。

 警官が針金の檻から離れたのを見逃さず、正宗は振り向きもせずに剣を振った。

 刹那。

 スパンッ!

 軽い音を立てて、虎徹を閉じ込めていた針金の檻が断ち割られた。否。正宗が切り倒したのだ。

 「さがっていろ。」

 相変わらず淡々とした物言いのまま、正宗は虎徹をその背にかばうように警官を見据えた。

 いつの間にか天を彩る三日月のほのかな光に、直刃の刀身がきらめいた。

 「坊主!おじさんが何をやったというんだい!

  お父さんに言ってくれ!」

 警官は虎徹を見ながら、憐れみを誘うような表情でそう言った。

 虎徹はおろおろと父の背と警官を見比べた。

 「信じてくれ!坊主!」

 『もう大丈夫だよ!信じてくれよ!』

 警官の声と、能力の発動が終了した自分がクラスメートに対して発した声が、脳内で重なった。

 そのあとは、虎徹は考える間もなく駆けだした。

 父の背から飛び出し、警官を背後にかばい、正宗をにらみつけた。

 「やめろよ!このおじさんは悪い人じゃない!」

 正宗は答えなかった。

 すっと目を細め、視線を虎徹から警官に移しただけだ。

 「・・・小賢しい真似を。」

 『おいおい虎徹坊や!

  さっき、そいつに何されたか、もう忘れちまったのか?!』

 しわがれた声が喚くが、正宗に「黙れ。」と一括され、やむなく口を閉ざした。

 ガバッ!

 「あぐっ!」

 「っ!」

 「はははは!バカな小僧だ!」

 羽交い絞めにされて無理やり体を引き上げられた虎徹は宙づりにされ、息を詰まらせかけた。

 少年の背後で警官が耳障りな高笑いを上げる。

 「死ねッ!」

 警官の姿をしたそれが腕を振りかぶった。

 正宗とはかなり距離があるというのに、どうしようというのか。

 ビャッ!

 その手から、何かねばねばした白い糸のようなものが発射され、正宗に絡みついた。

 「くっ!」

 『おい!正宗ぇ!』

 獲物をとらえる蜘蛛の糸のようなそれにつかまった正宗は、思うように動けなくなったらしい。小さくうめく正宗に、しわがれた声が悲鳴を上げた。

 バリバリバリバリッ!

 「ぐぅぅぅぅっ!」

 「お父さん!」

 次の瞬間糸から発せられた青白い電撃に、正宗はたまらず苦悶の叫びとともに地面にうずくまった。

 「ハハハハハ!この程度か!魔戒騎士!」

 警官の姿をしたものが笑う中、虎徹はようやく事態を把握した。

 このままじゃあ、お父さんが。

 その時だった。

 キィン。

 虎徹の瞳がシアンに染まり、全身を青白い光が包み込む。

 NEXT能力、ハンドレッドパワーが発動したのだ。

 「やめろぉぉぉぉ!」

 無我夢中だった。

 バキィィッ!

 「ぐおああ?!」

 虎徹は己を羽交い絞めにする男を突き飛ばしたのだ。

 子どもの力だけならばともかく、ハンドレッドパワーが発動している現在、その威力は絶大だった。

 男は小枝のように吹き飛ばされ、無様に地面に叩きつけられた。

 地面に降り立った虎徹は、急ぎ、父のもとに駆けつけ、粘つく糸を引きちぎる。

 「お父さん!」

 「・・・これでわかったか。」

 弱った様子を微塵も見せることなく無愛想な声で言うと、父はしっかりした足取りで立ち上がった。

 『さすが正宗だな。

 電撃を発せられる前に、退魔の剣を地面に突き立てて地絡〈アース〉代わりにしちまうとは。』

 しわがれた声が、種明かしをした。

 つまり、最初から正宗はダメージを受けてなかったのだ。

 「もう一度言う。下がっていろ。」

 虎徹を顧みることなく言った正宗に、虎徹は何だろうと視線を正宗が見ている方に向け。

 大きく目を見開き絶句した。

 ゴフゥゥゥ・・・。

 警官に成りすましていたそれは、生暖かな息を吐いた。

 青い制服の背を引きちぎって、黄色と黒の縞模様をした蜘蛛のような脚が四本、そこから飛び出している。

 ガチャンッ!

 蜘蛛のような脚が地面に突き立つと、警官の脚は脚としての機能を果たさなくなり、浮き上がった。

 穏やかな笑みを浮かべていたおじさん然とした顔は、悪鬼のような形相に加え、蜘蛛のような牙を突き出している。

 「な、何あれ・・・?!」

 「さがれと言っている!」

 ここで正宗が声を張り上げた。

 虎徹は飛び上がるように身を震わせ、あわてて離れたところにある電柱の陰に隠れた。

 『ガアアアアアッ!』

 警官だったモノが一度吠えた。

 めきめきとその体は制服を侵食するように黄色と黒の縞模様をした殻に覆われ、ぼこぼこと顔に赤い目玉がさらに二つ増える。

 警官の特徴である帽子は跳ね飛ばされ、日系特有の黒髪は真っ白な蓬髪に替わっていた。

 その姿は、毒々しい肉食性の蜘蛛を連想させる、異形――“蜘蛛もどき”と成り果てた。

 「貴様の陰我、絶たせてもらおう。」

 低く宣言して、正宗は中指にはめた指輪を剣の刃に滑らせる。

 そうして今度はその剣の切っ先を頭上に向けるとヒョウッと円を描いた。

 すると、その軌跡が金色に輝き、正宗の姿を包みこむ。

 あまりのまぶしさに思わず虎徹は目を細めた。

 次の瞬間光の中から現れた正宗の姿に、虎徹は大きく息をのんだ。

 金色の、虎。

 とっさにそう思った。

 虎を模した金色の鎧を纏っている。

 兜の目の部分は紅玉をはめ込んだような紅色で、正宗が持っていた長剣も気のせいか、刃が一回り大きくなり、鍔飾りがついたような気がする。

 騎士が踏み込んだ。

 ビャッ!

 “蜘蛛もどき”が口から白い粘液のような糸を騎士めがけて吐きつけるが、騎士はそれをすっと一歩体をずらすことでよけて、“蜘蛛もどき”に肉薄する。

 ギャン!ギャギャギャンッ!

 騎士は剣で“蜘蛛もどき”を何度も切りつけようとするが、異形は4本の脚を動かして素早く後退する。

 負けじと騎士は地を踏み込み、“蜘蛛もどき”めがけてさらに切りかかる。

 “蜘蛛もどき”が上を向くと、大きく口を開けた。

 ビャビャビャビャッ!ヴヴワァッ!

 そこから白い糸が幾筋も放たれ、あっという間に頭上に複雑な蜘蛛の糸の天井が張られる。さながら蜘蛛の巣のごとく。

 「う・・・わ・・・!」

 電柱の陰にいた虎徹が人知を超えた戦闘ぶりに声を上げてしまう中、騎士と“蜘蛛もどき”はさらに動く。

 “蜘蛛もどきは”大きく飛びあがると、蜘蛛の巣に4本の脚にぶら下がる。さながら本物の蜘蛛のように。

 『ガアアアアッ!』

 バリバリバリッ!

 “蜘蛛もどき”が吠えると同時に、蜘蛛の巣の一部から垂れ下がっている糸から青白い電撃がほとばしり、雨のように降り注ぐ。

 ギョパッ・・・!

 騎士が剣を投槍のように頭上に投げた。

 バヂバヂバヂッ!

 高々と打ち上がった長剣は雨のような雷撃をことごとく受け止めた。

 パシッ。

 その直後、剣の後を追うように跳び上がった騎士の手の中に、長剣の柄が引き込まれる。

 「ザルバ!」

 『あいよ!ガァァァァァ!』

 正宗の声に応えて、しわがれた声が答えた。

 ゴウゥゥゥゥ・・・。

 すると、騎士の左手から吹き出された金緑色の炎が、金色の鎧に装飾のようにまとわりつく。

 虎徹は知らない。それが魔戒騎士の奥義、烈火炎装であるということを。

 ビャバッ!

 “蜘蛛もどき”が再び騎士めがけて糸を吐きつけた。

 空中の騎士はよけられない。否。よける必要すらなくなったのだ。

 ジュワッ!

 糸は鎧に当たると同時に、アツアツの鉄板に水滴が当たった時のような音を立てて、煙のように掻き消えてしまう。

 炎を纏った騎士が剣を振りかぶった。

 斬ッ!

 一閃。騎士の一撃は“蜘蛛もどき”を袈裟懸けに分断していた。

 ゴウッ。

 同時に斬られたその断面に魔導火が燃え移った。

 断末魔すら上げず、“蜘蛛もどき”はその巣のような糸の集合と共に金緑色の炎に包みこまれ、燃やされていく。

 ストッ。ガシャンッ。

 騎士が着地した直後だった。ガラスの割れるような音を立てて、正宗の体から金色の鎧が光の粒子となって消える。

 正宗は糸の集合の下を潜り抜け、虎徹の前に立つと、低い感情を感じさせぬ声で言った。

 「帰るぞ。」

 グシャッ。

 とうとう炎の中身が音を立てて崩れ、ただの燃えカス――灰となった。しかし、正宗は振り返ろうともせずに、呆けたままの息子の手を強引に引いて歩きだした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 「日が沈むまでに家に戻れ。

  母さんにそう言われなかったのか?」

 歩きながら、正宗が口を開いた。

 淡々とした、感情を感じさせぬ口調だ。視線を向けてくることなく、まっすぐ前だけ見据えていた。

 虎徹は父のこういうところが苦手だった。何を考えてるかわからないから、普通に話しているだけなのに、不安になる。

 「・・・うん。」

 それでも、虎徹は答えた。

 「なぜだ。」

 間髪入れずに父が問いただしてきた。

 ちらりと視線をこちらに向けてきたが、やはり顔は前に向けたままだった。

 「・・・。」

 虎徹は答えなかった。

 「“あれ”に襲われる可能性があったから、夜中は家から出ないように言っておいた。

  お前は聞き分けのいい方だと思っていた。」

 『まあそう言うなよ、正宗。』

 淡々となじるでもなく、怒るでもなく、それでも虎徹にとっては耳が痛い文句を言った父に、しわがれた声が口をはさんだ。

 『村正坊やにも虎徹坊やにもホラーのことを内緒にしてたんだから、しょうがないだろ?』

 「黙れ。」

 正宗は左手の中指にはめている指輪を持ち上げ、そこに向かって吐き捨てた。

 「ホラー?」

 虎徹は訊き返した。

 “ホラー”とは何だろう?

 「・・・さっきの“あれ”のことだ。」

 しばし正宗は黙したのち、答えた。

 「お前には関係のない、遠い世界のことだ。

  忘れろ。」

 「何だよ・・・それ・・・!」

 虎徹は足を止めた。つられるように正宗も足を止め、虎徹を見下ろした。

 理解できないことだらけだ。

 どうして、あの親切な警官がああなってしまったのか。なぜ自分が巻き込まれたのか。父はどうしてあの警官を元に戻すことなく、剣で斬り捨ててしまったのか。

 虎徹は煮えきらなくてやるせない思いと、あまりに傍若無人な父の物言いに腹を立てた。

 「わけわかんねえよ!いっつもいっつも何にも言わないで、黙ったままで!

  あんなことあったのに、今度は忘れろっていうのかよ?!」

 『ははは!

  おじさんからしてみれば、坊主はただの子供にしか見えないぞ!』

 警官の朗らかな笑いが耳から離れない。落ち込んでいた自分を少し元気づけた、あの優しい人を、この男は斬り捨てた。

 キィン。

 虎徹の両目がシアンの燐光を宿し、その小さな体から青白い光が放たれる。

 どうやら一時間経ったらしく、虎徹の激情に応えるかのように能力が再発動したのだ。

 「・・・。」

 正宗は少し目を細めただけだ。

 「何とかいえよ!」

 やけっぱちに叫んで、虎徹は父に殴り掛かった。

 パシンッヒュバッ!ベシャンッ!

 「ぶっ!」

 しかし、百倍の力を発揮しているはずの虎徹は、正宗にあっさりとその手をつかみ取られ、軽々と投げ飛ばされた。正宗は合気道の投げを使ったのだ。これなら、百倍の力を、そのまま虎徹に還元して、正宗が痛めつけられることは一切なくなる。

 地面に叩きつけられた虎徹に、正宗は冷淡に言い放った。

 「・・・言いたいことはそれだけか。」

 「まだだ!」

 立ち上がり、虎徹は吠えた。

 「母さんだって!

  あんたがいないとき、すごくさみしそうにしてることがあるんだぞ!

  泣いてることだってあるんだ!」

 思いつく限りの不満を口にしながら、虎徹は何度も正宗に向かった。

 何度も投げられた。やがて虎徹が口にする不満は、正宗に対するものから、自分のことに向かった。

 こんな力ほしくなかった、どうして自分なんだ。泣き喚きながら、虎徹は正宗に投げられ、地面に叩きつけられ。

 虎徹がおぼえているのはそこまでだった。

 

 

 

 『正宗よぅ、やりすぎだぜ、明らかに。』

 ぼろぼろで気を失ったままの虎徹を背負ったまま夜道を歩く正宗に、しわがれた声が呆れた調子で言った。虎徹の腿に回した左手――その中指にはめられた髑髏の指輪、魔導輪ザルバからである。

 『なんで何か言ってやらねえんだよ?

  ホラーを元の人間に戻す方法なんて存在しないって。

 安寿のことだってそうだ。そばに置いといたら、ホラーに狙われるかもしれないから、ホラーの出現数自体少ない田舎に置いてるって。』

 今回みたいなことにならないように。

 「・・・。」

 ひとしきりしゃべる魔導輪に正宗は沈黙したままだ。

 『しかし、虎徹坊やがNEXTに目覚めるとはね。

  相当堪えてるようだったぜ。』

 「・・・そうだな。」

 ここで正宗はようやく口を開いた。

 刃物のような琥珀の眼差しはかげり、どうしたらいいのかわからないと言いたげな、惑いを宿していた。

 「・・・せめて、“力”のコントロールができるようになれば、違うのかもしれんな。」

 ぽつりとつぶやき、正宗は虎徹を担ぎ直した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 安寿はそわそわと家の玄関前に立っていた。

 まだ家に戻らない虎徹を心配して、探しに行こうとする村正――十歳になったばかりだ――を、帰ってきた正宗が探しに言ったから大丈夫だと言い聞かせ、引き留めるのも忘れない。

 正宗が張ってくれた結界の効いているこの家から、迂闊に外に出れば、正宗の宿敵としている異形たちに襲われるかもしれない。

 『子供たちには内緒にしてくれ。』

 正宗の途方に暮れたような声を思い出す。

 『どうしてだい?

  ちゃんと言った方が、あの子たちだって・・・。』

 『魔戒騎士の業に巻き込むことになる。

  あの子たちには、そんなこと関係なしに、自由に生きてほしいんだ。』

 子どもたちが寝静まった後、尋ねた安寿に、正宗は切なそうに笑いながら(相変わらず無表情だったが、安寿にはそう見えた)言ったのだ。

 ――正宗・・・。

 安寿は夫の名を心のうちでつぶやいた。

 

 

 

 正宗は安寿と結婚しなかった。二人の想いは確かに重なった。

 結婚しようと安寿も言ったのだ。

 しかし、正宗は頑として首を縦に振らなかった。結婚すれば、安寿をホラーたちとの闘争に本格的に巻き込むことになる。それはできない、と。

 それだけじゃない。子供ができれば――そしてそれが男児なら、魔戒騎士としての教育を受けさせ、系譜を継がせなければならない。

 それが義務と言えば聞こえはいいが、正宗は古い風習の押し付けと言ってはばからず、嫌っているようだった。

 自身は魔戒騎士をすることを厭うてはいなかったが、それを他者に――愛する者に押し付けるのを、ことさら忌み嫌っているようだった。

 

 

 

 ――本当に不器用な人なんだから。

 せめて言葉に出して言えばいいのに、と安寿は思った。

 言葉数が少ないから、余計、周囲が不安になることを、正宗はわかっていない。

 それでも、正宗は、確かに安寿も、村正も虎徹も愛してくれている。

 安寿の切り盛りする鏑木酒店の稼ぎだけでは足らない養育費を出しているのは、正宗だ。夜遅く、遠いシュテルンビルトから電話をしてくることもあるし、この家にいるときは夜寝ている子供たちの寝顔を見て、安心したように微笑んでいるのを、安寿だけが知っていた。

 

 

 

 ガラララッ。

 「今戻った。」

 「虎徹!」

 引き戸を開いて、虎徹を背負った正宗が入ってきた。

 村正はボロボロになって気を失っている虎徹を見て仰天した。

 「あんた、虎徹に何したんだ?!」

 「村正!」

 食って掛かった村正を、安寿は咎めた。

 「・・・殴り掛かってきたから、投げただけだ。」

 「あんたは!!」

 「村正!」

 掴みかかりそうになる村正を必死に引き止め、安寿はどういうことなのか、正宗に視線で尋ねた。彼の言葉が少なすぎることはわかっていたが、いくらなんでもあんまりだ。

 「・・・かすり傷だ。泣き疲れて、寝ているだけだ。」

 正宗は虎徹を下しながら言った。

 質問の答えになってない。

 「・・・ずいぶん悩んでいるようだった。

  こんな力欲しくなかった、どうして自分なんだ、とな。」

 正宗の言葉に、ハッと息をのんだ安寿と村正。

 どんなに家に苦情が来ても、虎徹は表面上、へらへらしているようだった。父に八つ当たりするくらい悩んでいるとは思わなかったのだ。

 「体を拭いて、布団に連れて行ってやれ。」

 「言われなくてもそうする!」

 正宗に怒鳴ると、村正は虎徹を抱き上げ、奥へ連れて行った。

 ブーツを脱いで、居間に向かった正宗に、安寿も続く。

 「・・・何があったんだい?」

 「・・・ホラーを斬るのを見られた。」

 「!」

 顔を強張らせる安寿に、正宗は淡々と続けた。

 「あのホラーに、懐いていたようだった。

  ・・・悪いことをした。」

 「でも・・・。」

 仕方ないことだったのでしょう?

 視線で問いかけた安寿に、正宗はうなずいた。

 そのままにしておけば、虎徹の命はなかった。

 「お前にさみしい思いをさせているとも。

  ・・・すまない。」

 「・・・いいんだよ、そんなこと。」

 生きて、無事でいてくれたら、それで。

 苦笑するように言う安寿に、正宗は申し訳なさそうに視線を下げた。

 正宗は、自分が安心してホラーと闘うことができるのは、子供たちを安寿が女手一つで守っているからだとわかっていた。

 「・・・虎徹のことだが。」

 正宗は口を開いた。

 これから自分が言うことは、安寿に言ったことと矛盾するかもしれない。

 それでも、正宗は言うことにした。安寿が賛成して、虎徹も了承してくれれば、だが。

 正宗の提案に、安寿は驚いたように琥珀の瞳を瞬かせた。

 

 

 

 「そんなの反対だ!」

 虎徹が目を覚ましたのは、村正の怒鳴り声によってだった。

 家に帰ってきたらしい。絆創膏があちこちに張られ、パジャマで布団の上に寝ている。

 どうしたんだろう?

 虎徹は起き上がり、ドアを開けて声の聞こえるリビングの方へ向かった。

 「お前の意見は関係ない。

  決めるのは虎徹だ。」

 「関係ある!オレは虎徹の兄貴だ!」

 冷たい父の声に、再度村正が怒鳴った。

 どうやら話題は自分のことらしい。

 そっと障子を開けると、ちゃぶ台に他の家族3人が陣取っているのが見えた。

 「・・・起きたか。」

 正宗が虎徹を見た。

 相変わらず、冷たい目だ。

 「・・・先ほどは、悪かったな。」

 「別に、気にしてない。」

 少し目元を緩めて言った正宗に、虎徹は気まずげに視線を逸らした。

 百倍の能力をもってしても、かなわなかった。言うつもりがなかったことまで言ってしまった。

 「・・・虎徹。」

 正宗が口を開いた。

 「能力の制御ができるまで、私のところに来い。」

 「え?」

 「反対だと言っている!

  虎徹をあんな目に合わせておいて、何様のつもりなんだ!」

 村正が怒鳴ったが、正宗は無視した。

 「能力を制御できるようになる訓練を、してやる。」

 「行く必要なんかない!虎徹!」

 おろおろと虎徹は正宗と村正と見比べた。

 ぐるぐると頭の中で、能力に目覚めてからのことが次々よぎっていく。

 玄関の引き戸を壊してしまったこと。そんなつもりなかったのに、友達に怪我させて、謝ったけど、化け物呼ばわりされて無視されたこと。関係ない、大丈夫と力強く笑う村正、近所の人たちに懸命に頭を下げる安寿。

 虎徹は助けを求めるように、安寿を見た。

 「虎徹、これだけは言っておくよ。」

 安寿は穏やかに言った。

 「正宗は・・・お父さんは、お前の味方だよ。」

 「俺・・・。」

 虎徹は、重い口を開いた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 数日後。

 虎徹は生まれて初めて、シュテルンビルトの地を踏んでいた。

 虎徹は結局、正宗との提案を飲むことにしたのだ。

 頑固に反対する村正を、一日一本の電話を義務として課すことで納得させ、虎徹は荷物をまとめ、父とともに列車に乗って旅立った。

 正宗が何か隠していることを、勘とでもいうのだろうか、とにかく虎徹は感づいていた。反発は消えないが、父は自分がNEXTだと知っても、何も言わなかった。能力の制御訓練をしてくれることといい、ひょっとしたら、単純に不器用なだけかもしれない。虎徹はうっすらとそう思い始めていた。

 

 

 

 父に連れられて、シュテルンビルトの雑踏を歩く。話には聞いていたけれど、こんなに大きくて広い街に、こんなにたくさんの人々が住んでいたのだ。

 正宗に手を引かれてなければ、好奇心の赴くまま歩いて、虎徹は迷子になっていたに違いない。

 やがて、つれてこられたのは、一件の大きな屋敷だった。

 「ふわあ・・・。」

 テレビの中でしか見たことのない古めかしさを感じる屋敷に、虎徹が口を開けて固まっていると、父は「行くぞ。」と一声かけて、門を押し開けた。

 

 

 

 エントランスに通され、執事だという男に荷物を預け、虎徹は正宗に連れられ、リビングに通された。

 「紅茶はお飲みになれますか、虎徹坊ちゃま。」

 「うえあ?!」

 荷物を置いてきたらしい執事に尋ねられ、虎徹は何と答えていいかわからずうろたえてしまう。

 鏑木家では紅茶など口にせず、もっぱら飲み物と言えば日本茶が主流だった。

 「・・・それより、ジュースを入れてやれ。」

 「かしこまりました。」

 正宗の言葉に頭を下げ、執事は引っ込む。

 「・・・倉橋右衛門だ。

  この家で何か困ったら、あいつを頼るといい。」

 「う、うん。」

 ソファの背もたれ越しに燕尾服姿の執事の黒い背を見送る虎徹に、正宗は淡々と言った。

 ガチャリ。

 そうして正宗は、コートのどこに隠し持っていたのか、丹塗りの長い棒――鞘に収まった長剣を取り出した。

 それは、あの夜、怪物となった警官を斬り捨てた、あの剣だった。

 ハッと息をのむ虎徹に、正宗は長剣をわきに立てかけ、口を開いた。

 「これから話すことは、訓練には関係ないかもしれない。

  だが、訓練の下地になることだ。よく聞いておけ。

  ・・・大きくなったら、忘れて構わない。」

 

 

 

 正宗が話すことは、幼い虎徹にとっては衝撃だった。

 夜闇をうごめく怪物、ホラーのこと。それを討伐する魔戒騎士のこと。

 後に――虎徹が魔戒騎士になった後に思い返せば、この時の正宗は虎徹にもわかりやすいよう、かなり言葉をかみ砕いて説明したいた。虎徹が質問をはさめば、虎徹にも理解できるよう、そして話してはいけないことを話さずに済むよう、かなり配慮して答えてくれた。

 しかし、当時の虎徹はそんなことには気が付かず、いつも必要最低限のことしか言わない父が(はたから見れば)饒舌に質問に答える様子は、かなり珍しい程度に思っていた。

 

 

 

 「これからお前に受けてもらうのは、魔戒騎士の訓練だ。」

 「え・・・?」

 虎徹は思わず身を震わせた。

 「勘違いする前に言っておくが、これはあくまでお前の能力制御の訓練のためだ。」

 ここで正宗は言葉を切ると、執事が入れてくれた紅茶で口を潤して続けた。

「知り合いのNEXT能力者から聞いたことだが、NEXT能力はイマジネーション――頭の中で想像する力、意思の力が制御に必要らしい。

 それなら、魔戒騎士の訓練にも通じるところがある。」

 ここで正宗は言葉を切ると、わきに立てかけておいた丹塗りの鞘を取り上げ、白いテーブルクロスが掛けられたテーブルの上に無造作に置いた。

 「この剣を持ち上げてみろ。」

 「え?

  う、うん。」

 促され、虎徹は立ち上がると、両の手かけて剣を持ち上げようとした。だが。

 「う・・・うりゃああああああっ!」

 剣はまるでテーブルに縫いつけられたかのようにびくともしない。

 キィン。

 虎徹の両目が輝いた。NEXT能力、ハンドレッドパワーが発動したのだ。

 「うおおおおおおおっ!」

 それでも、剣はピクリともしなかった。

 「ハァッハァッハァッ。

  どうして・・・?」

 肩で息を切らして、床に座り込んだ虎徹(能力発動中の彼は、他の物を壊さないか不安でできるだけ他のものを触ろうとしなかった)に、正宗は答えた。

 「魔戒騎士の武器、退魔の剣はソウルメタルという特殊な金属からできている。

  ソウルメタルは心のありようによって、その重量を自在に変化させる。」

 正宗は懐から鞘に収まった銀色の短剣を一本取りだした。

 「この短剣〈ダガー〉も、ソウルメタル製だ。よく見ていろ。」

 と、正宗は手のひらの上の短剣〈ダガー〉に目を落とした。

 フワリ。

 音もなく、短剣が正宗の手の中から浮かび上がったのだ。

 それを見た虎徹は口を開いたまま固まってしまった。ややあって。

 「す」

 「?」

 「すっげー!!!」

 虎徹は目をキラキラさせながら叫んだ。

 「父さんって実はすっげー奴だったんだな!」

 スゲースゲーと連呼する虎徹に、正宗は一瞬あっけにとられたような顔をした。

 『けけっ。まさか正宗の間抜け面が拝める時がこようとはな。』

 「っ。」

 しわがれた声が聞こえた途端に、正宗は舌打ちして、左中指の指輪をにらんだ。

 「え?!」

 びっくりしてキョロキョロする虎徹に、しわがれた声が笑う。

 『どっち見てんだよ、虎徹坊や。ここだここ。』

 「ザルバ。」

 『いいじゃねえか。俺のことも紹介しろよ、正宗。』

 咎めるような声を出す正宗に、しわがれた声が言った。

 正宗はあきらめたように息をつくと、左手を持ち上げた。その中指にはまる、指輪の、髑髏を模した飾りが笑った。

 『よう、虎徹坊や。

  正宗のパートナーである方、ザルバだ。魔導輪さ。』

 「?!

  指輪がしゃべった?!」

 騒ぎ立てる虎徹に、からかいの声を入れるザルバと、ため息交じりに、それでもまんざらではなさそうに見やる正宗。

 新しい屋敷の光景が始まった瞬間だと、のちに倉橋右衛門は述懐する。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 正宗は剣術の形や、ホラーとの戦いなどのイメージトレーニングを通じて、虎徹に精神統一法を教え始めた。

 もともと虎徹は体を動かすのが好きらしく、正宗の実践を伴った訓練は着々と成果を上げ、徐々に自分で能力を抑えたり、好きな時に発動したり、発動中の力加減などもこなせるようになっていった。

 そのころには、虎徹は正宗に抱いていた反発をある程度はなくし、彼を理解して懐き始めていた。成人したのちに開花させる、人タラシぶりをほうふつとさせるエピソードである。

 ともあれ、そうして虎徹は完全に能力制御できるようになったころ、正宗は約束通り、虎徹をオリエンタルタウンに戻した。

 魔戒騎士のことは他の人には内緒だと付け加えたうえで。

 二人っきりの秘密だね!と虎徹が無邪気に笑ったのは、言うまでもない。

 

 

 

 変化が訪れたのは、それから五年後だった。

 虎徹は、命の恩人であるMr.レジェンドにあこがれ、ヒーローになりたいと願い始めていた。能力が制御できるようになっても、誰かを傷つける可能性のあるそれを虎徹は好いてなかった。

 しかし、レジェンドは言ってくれたのだ。『その力は、人を助けるためにある』と。

 目の覚めるような思いだった。自分もいつか、彼のように誰かを救えるヒーローになれるだろうか。いや、なって見せる。

 虎徹はテレビでレジェンドの活躍を見るのが好きだったし、父にも電話越しに話した。いつものように「そうか」と流しただけだったが、声音が柔らかいのを、虎徹にはきちんとわかった。

 

 

 

 その日は、ひどく生暖かい風の吹く夜だった。

 窓越しに、虎徹は月を見上げた。血のように赤い、満月の夜だった。

 今日も父は、あの月の下で独り、あの不気味な化物と戦っているのだろうか?

 「正宗?!どうしたの?!正宗!!」

 空気を切り裂くように、母の金切声が聞こえてきた。

 虎徹は自室を飛び出し、黒電話の前で受話器に真っ青な顔で怒鳴っている母の前に駆けつけた。既に兄も怪訝そうな顔でいる。

 「お母さん?!お父さんがどうしたの?!」

 「急に電話がかかってきて・・・でも・・・。」

 切れてしまったの。

 尋ねた虎徹に、力なく母が呻いた。

 「今日の夜、帰ってくるって言ってたのに・・・。」

 「!!!

  オレ、探しに行く!」

 「ダメだよ!

  外に出るなんて、絶対にダメだよ!!」

 玄関に向かおうとした虎徹に、安寿はすぐさま首を振って立ちはだかる。

 結界で守られているこの家から出るなんて、危険すぎる。

 「っ!

  ・・・ごめんなさい!母さん!」

 キィン。

 ドッバダァァァァンッ!ガシャシャァァァンッ!

 虎徹は能力を発動すると、目にもとまらぬスピードで安寿を潜り抜け、玄関から飛び出した。玄関の扉を勢いのまま吹き飛ばしてしまったが、虎徹に気にしている余裕はなかった。

 妙な胸騒ぎがしていた。

 「虎徹!」

 「待て!虎徹!」

 母と兄が呼び止める声を振り切り、虎徹は裸足でパジャマのまま、夜道を駆け抜けた。

 

 

 

 虎徹がたどりついたのは、何時かの神社の石段の前だった。

 能力はとっくの昔に時間切れを起こし、どこかで切ったのか、右足が痛かったが、虎徹はそんなこと気にならないくらいの勢いで、そこに駆けつけた。

 街灯の下、一人の男がうずくまっている。

 白いコートを血に染め上げて。

 「・・・っ・・・。」

 苦痛に呻く、その手から零れ落ちたらしい黒いケータイが、少し離れたところに転がっていた。石段の中央には、金と銀のコントラストを持つ、長剣――牙狼剣が突き立ち、先ほどまで戦いがあり、父がその敗者だということを知らしめていた。

 「お父さん!」

 虎徹は絶叫して父に駆け寄った。

 「お父さん!お父さん!」

 「虎徹・・・。」

 血を吐きながら、正宗は幼い虎徹の手を、真っ赤になった手で優しく握った。

 「“守りし者”となれ・・・強くなれ・・・。」

 「お父さん!」

 虎徹の叫びに、正宗は答えず、大きく息を吐いた。

 コフリ。

 その拍子に、血にむせた。

 

 

 

 息子の叫びと、脳裏をよぎる走馬灯の中、正宗は思った。

 きっと自分はひとりで死ぬのだろうと思っていた。しかし、息子に看取られるなんて、思いもしなかった。

 あの偉大な“牙狼”の称号を持つ男の一人、冴島大河のように。

 伴侶を持てた、息子を持てた。それも一人じゃなくて二人も。なんて贅沢な人生だったんだ。

 

 

 

 微笑みながら、冴島正宗は、その生涯を閉じた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 オリエンタルタウンのはずれにある神社、その石段の一番下には、奇妙な剣が突き立っている。

 その剣は、金と銀のコントラストで装飾された、美しく、しかし華美な嫌味はない物で、不思議な覇気を纏っていた。

 最初、神社の神主や、街の人々はこの剣を抜こうとした。神社の石段には不似合いなもので、誰のいたずらかと憤慨して。しかし、その剣は梃子でも抜けず、石段に刺さったままだった。誰にも抜くことがかなわず、結局石段に放置され、そのうちだれにも気に留められなくなった。

 それは、まるで正宗の墓標であるかのように。あるいは使い手を待つ、選定の剣〈カルブリヌス〉のように。

 

 

 

 時は、流れ。

 さらに、五年経った。

 天上を美しい金色の満月が彩った真夜中、彼はその剣の前に立った。

 褐色の肌に、輝く琥珀の瞳の、ようやく17歳を過ぎた若者だった。細身の体躯を、黒のレザー服に包んでいるが、コートは羽織っていなかった。

 肩で切りそろえた黒髪を夜風になぶらせる。

 青年は思いふけるように、そっとその細く、しかし剣胼胝でごつごつした指先を牙狼剣の柄に沿わせた。

 「親父。俺、魔戒騎士になるよ。」

 ぽつりとつぶやいて、青年――虎徹はその柄に両手をかけた。

 ガギッ。

 硬い、それでも軽い音を立てて、剣は引き抜かれる。

 『そうか。』

 そのとき虎徹は確かに聞いたような気がした。

 苦笑するような、それでもどこか誇らしげな、父の声を。

 

 “牙狼”がその剣と血とともに、新しい世代へ引き継がれた、瞬間だった。

 

 

 

 

 零回、了

 

 

 

 ※選定の剣〈カルブリヌス〉・・・アーサー王が引き抜いた剣のこと。エクスカリバーは、折れたカルブリヌスを湖に入れたら、代わりにもらった剣。

 

 




 というわけで、外伝“正宗”をお送りしました。
 個人的に、もう少し愛想のいい人物を想像していたのですが、ああなりました。おかしいな?
 ぼんやりとこんな感じかなと考えていたら、予想以上に冷たげな人物に仕上がり、虎徹君が怒って殴りかかりました。あっさり返り討ちにあったけど。
 ちなみに、虎徹のおしゃべりは、無口な親父に反発して、というところもあります。秘密主義は多分父親似ですよ、認めないでしょうけど。
 他にも、虎徹が楓に対してゲロ甘な態度をとるのも、正宗がはたで見るとすごい冷たい態度だったから、その反動で、というのもあります。
 正宗は、ああいう人物ですけど、虎徹のように大事なことはわかっています。でなければ魔戒騎士のことには子供たちは係わらせないという自分の心情を捻じ曲げてまで、虎徹を訓練しようとはしませんし、最期にああいうことも言いません。
 コミュ能力が底辺気味の、虎徹というイメージでした。(それはもう虎徹じゃありませんが。)
 後、村正ですが、この話では話のテンポを崩してはいけないと思い、父親との関係を省きましたが、彼は大人びている分、虎徹以上に正宗に反発を抱いていたと思います。
 あの後、虎徹が父親のケータイを使って家に連絡を入れて、いろいろやって(葬式とか墓所の手配とか)、そのあとようやく安寿と虎徹の口から正宗の仕事を聞かされて、戸惑いながら受け入れて、月日をかけて消化していった・・・何となく、そんなイメージがあります。
 友恵さんやほかヒーローズとの出会いやかかわりについても、ぼんやりと考えてはいますが、語るかどうかはわかりません。
 肉付したら正宗のように、全然違うふうになってしまうこともありますし。
 それでは、このあたりで!
 


 この話の謎:正宗は誰に殺されたのか?
 
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