あの日冒険を夢見た俺は、昨日汚泥を歩き、今日青春を謳歌し、明日また冒険を始めるだろう
こんなろくでもない世界で、それでも人として





2016年の所属ゼミのゼミ雑誌に掲載する作品です
前編と後編に別れていたものを合わせた完全版となっています
完全なるなろう小説のパロディ作品です
前編は細かすぎて伝わらないなろう小説パロディ、後編はいつもどおりの僕の作風です


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『人間性とは一体何なのか。』から後編です


人と人外とを分けるものは何処に有りしや

 俺がそのクエストに出会ったのは偶然だったのか必然だったのか。

 

 

 

 

 

 2025年。

 世界に先駆けて公開されたVRMMORPG、「マジックワールドオンライン」通称MWOは多数のゲーマー達の垂涎の的だった。

 そのゲーム名にあやかってとある古いアニメ曲がまた人気を博していたりもしたが、なにはともあれゲーマーだけではなく一般人まで巻き込んでリリースまでのお祭り騒ぎが始まったと言ってもいい。

 今までも一人用のコンシューマVRゲームは存在したが、それらはあくまで一人用でしかなく諸々の技術適要因からマルチプレイは困難とされていた。

 それを解決したのが日本の「メイガス」という会社だ。さすが技術変態国日本。世界の最先端をいっている。

 元々は医療用機械を製造する会社だったらしく、仮想世界に感覚を没入させるダイブインの技術開発もここ主導で行われていたともっぱらの噂だ。

 VRヘッドセット自体は10年前には発表されていたが、本当の意味で仮想世界に入ることができるようになったのはここ2~3年の話。

 一般向けに小型化することを考えなければ5年前には技術としての完成自体はしていたらしいがな。メイガスの社長が雑誌のインタビューで答えているのを立ち読みした。

 

 まぁそんな世間の事情やらはどうでもいい。

 今重要なことはそのゲームのプレイ権を得るための抽選に俺は見事当選し、世界でも選ばれた5万人のプレイヤーのうちの一人となったということだ。

 これがどれだけ素晴らしいことか。なぜなら俺の知る限りの人間にほかに当選者はいないのだ。いつもはゲームをしないようなクラスのDQN達まで応募していたというのに!

 俺は当選してから毎日ニヤケ面を隠すので必死だった。なにせこの当選者だけが持つログインパスコードはそれだけの価値を秘めているのだ。

 転売しただけでいくらの値がつくかなんてオークションサイトを見てみれば一目瞭然。大の大人が1年は遊んで暮らせる。

 そんな莫大な価値を秘めたお宝を持っていると知れたら……まぁ、不良どもに目をつけられるのは至極当然の流れだ。正直内心有頂天ながらもかなりびくついていた。

 

 だが、そんなものもMWO稼働日になればなんのその。

 その日は待ちに待って膨らみすぎた期待をいかに消化してくれるかだけを朝から考えていた。

 なんともご丁寧なことに稼働は日本時間で金曜18時から。定時で帰れば会社員だって時間ぴったりに始められる親切設計だ。

 もちろん俺は学校からすぐさま帰路に着いたあとは早めの晩飯をかっ喰らい、親の呆れたものを見る視線をスルーして18時までパソコンの前で目を血走らせながら待機。

 パソコンに繋いだゲームハード、「Diver’s」を頭にかぶってパソコンにかじりつくその様はなんとも不格好だったろう。

 それでも、俺はそれだけ期待していたのだ。

 今までの仮想世界だって従来のゲームとは格が違う。素晴らしいグラフィックにまるで体感するような視点移動に音響。それらの要素だけでも十二分にゲームの中に入ったと称せるレベルだった。

 ならば、本当にゲームの中に入ってしまうとはどういうことなのだろうか。

 今日、俺は歴史の立会人になるのだとひどく興奮していた。

 

 

 

 そんな夢が見れていたのもたった数時間のことだったが。

 

 

 

 18時からぶっ続けでログインし続けて深夜24時になったときのことだ。

 あの宣告を忘れることができるものがこの世界にいるだろうか。いやいない。あれは実際神からの言葉であり、抗えないこの世界の摂理そのものだったのだから。

 それでも、対抗すること自体は出来た。

 ある者は剣と魔法を手にこの世界を平らげんと歩みだした。ある者はハンマー片手に鉄を打ち始めた。またある者は工房に篭り薬品の研究に勤しんだ。

 

 あの日、稼働2日目を迎えたMWOはグランドクエスト達成まで脱出不能のデスゲームと化した。

 

 

 

「君達は今からこの新世界の住人となるのだ。世界中でたった5万人の選ばれたプレイヤー達。君達の新天地ライフに幸あらんことを」

 

 ……ふざけやがって。

 そのときはそう思ったものである。

 

 

 幸い俺は世間から見てもなかなかにゲーム中毒というか廃ゲーマーと呼ばれる存在だった。

 体を動かすのだって苦手じゃないし、ゲーム勘は比較的優れている方だと自負している。

 だから、まずは今すぐ攻略に乗り出せそうなやる気に満ちた、そして強いリーダー性を持ってそうなやつを探した。

 パーティを作り、ゆくゆくは大ギルドまで育てられそうな集団を作るのだ。自分自身がリーダーになることはしない。それは責任が割に合わないからだ。特にこの命のかかった新世界においてギルドリーダーとして責任を持つなんて冗談じゃない。そんなのは責任感の強い本物の英雄様にやってもらうことだ。

 俺は精々その下でサブマスか幹部くらいの位置でぬくぬくと攻略ライフを送っていこうかと思っていた。相応の責任はあるが、俺でもなんとかできる程度の役職だ。前やっていたMMORPGでもこのあたりの役職は歴任している。

 だから、そのとき傍に立っていた青年が声を張り上げてこの世界を攻略するための同士を募り始めたのはちょうど良かった。日が変わるからと、何らかのイベントを期待して街に帰ってきていたのが功を奏したかたちだ。

 幸先よくパーティに潜り込んだ俺は、細かいところでポイントを稼いでいきそのパーティのまとめ役のような立場に落ち着くことに成功した。リーダーの青年が引っ張り、俺が支えて、みんなで頑張る。そういう形をうまく作り出せたのだ。

 男4人女2人のパーティだったが、なかなかに仲良くやれていたと思う。確かに俺が間に入って摩擦を調整しなければいけないときはいくらかあったが、そんなものはどこのコミュニティだって同じだ。特段困ることもなく俺たちは順調に攻略を進め始めた。

 

 俺たちの名が売れだしたのは2つ目のダンジョンボス戦からだ。1つ目のボス戦にも参加はしていたのだが、あまり目立つ活躍をすることができなかった。というよりも、そのボス戦はチュートリアルのようなもので大して苦労することなく討伐できてしまったのだ。参加した全員が狐につままれたような顔をして街に帰る羽目になったのは記憶に新しい。

 1つ目のダンジョンを突破した俺たちは次のボスからは正規のシビアな戦いが始まると予想した。流石にあれほどぬるいボスばかりの世界であるとは誰も考えなかった。一つ目のボス戦では誰もが必死ではあったが、その先を考えて挑んだわけではなかった。このボスすら倒せなければ自分たちは前に進めないんだ、とばかりに追い詰められた精神状態の者が多かったように思う。

 それはうちのパーティにもいくらかあった傾向だ。俺はその先の先を考えて動いていたが、リーダーですら目の前にがむしゃらにぶつかっていくので精一杯だったことを覚えている。

 まぁ、そんなわけで俺たちは努力した。ボスの情報を集め、レベリングに励み、レアドロップや宝箱を求めてダンジョンを探索し続けた。ボス部屋を俺たちが最初に見つけたとわかったときはそれはもうみんなで喜び合ったものだ。普段は堅物の女子の1人が俺に抱きついてくるくらいだったのだから、みんなよっぽどだったのだろう。

 その次の日には有力なプレイヤーたちが集められ、攻略会議が始まった。もちろんボス部屋を見つけた俺たちが主導だ。他にも利を取ろうと会議の主導権を取ろうとしてきたやつはいたが、俺との舌戦の果てに結局俺たちのパーティメインで攻略することを認めさせた。

 もちろん俺たちはメインになれるだけの実力を備えていた。リーダーの職業はナイトというタンクだったが、その身を鎧うのはレアドロップの豪華な鎧だった。その威圧感とカリスマ性はなかなかのもので、苦労して手に入れた甲斐のあるだけの効果を持っていた。性能ももちろん優秀だったが、ボス戦が終わったあとに解放されたギルド結成機能にそれは如実に反映された。

 豪奢な鎧を纏って最前線で戦い続ける勇敢な青年(イケメン)の率いる一騎当千のパーティが、一緒に戦う仲間を探している。街ではそんな噂が流れ始めたのだ。もちろん俺が流した噂である。俺はこれを機にギルドを結成し、もっと大規模な攻略を行うことを提案した。女子2人は新しい人間がこの集まりに入ってくるのに難色を示したが、最後には認めてくれた。リーダーが6人でできることの限界を提示したからだ。リーダーにホの字であるところの2人にはそれが一番効いたらしい。結局顔がよくて強くて優しくてみんなを引っ張れて、そんなリーダーを求めていた俺であるが、実際にそういうやつとつるんでいると嫉妬を抑えるのは難しいということにも気づかされた。

 だが、おかげで男3人で酒場で愚痴り合うのも楽しいということに気づけたのでそれもよしあしだ。

 

 それからも俺たちの大躍進は続いた。

 ギルドを結成したことで集まってきたプレイヤーたちはピンからキリまでいたが、人数が増えたことでやれることは増えたし、優秀なやつらを連れて攻略に乗り出せば前よりも効率よく進むことができた。

 3つ目のダンジョンボスも俺たち主導で倒すことに成功した。まだ始まって2ヶ月ばかりの異世界生活だが、そこでのトップギルドとしての名声を得始めていた。

 俺たち6人はそれぞれギルドの幹部として毎日忙しくしていた。もう6人でパーティを組んでわいわいと冒険することはほとんどできない。週に1~2度、部下を連れながら攻略に出かけるときに全員揃うかどうかといったところだ。人数もあっという間に膨れ上がり100人をゆうに超えてしまったうちのギルドは、大ギルドというにふさわしい格を持っていた。

 他にも有力なギルドやパーティ、プレイヤーたちはいたが、一番力を持っているのは俺たちだった。だからだろうか、俺が調子に乗ったのは。

 

 それはほんの少しの出来心だった。

 幹部6人はそれぞれギルドマスター、サブマスター2人、金庫番、情報収集、メンバー管理の6つの仕事を受け持っていた。俺の受け持ちは金庫番である。もとはサブマスターになるつもりでいたのだが、6人の中で一番事務仕事ができるのは俺だったのだ。ならば、一番仕事が多い金庫番をやる羽目になるのは自明だった。他のやつらは仕事の合間にダンジョンに出かけたり、ダンジョンに行くのが仕事だったりする。だが、金庫番はその性質上街から出ることは前から比べるとぐっと少なくなった。

 別に不満はなかった。確かにレベリングなんかをできる時間は減ったが、その程度でトッププレイヤーから落ちるほど俺の腕は低くなかったし、金庫番の特権でいい装備を優先的に身につけることを許されていたからだ。MMORPGのプレイヤーというのはレアドロップを身に纏い、高レベルでいることを好む。なぜなら、この世界で評価されるのは強さであり、それを支えるのが装備とレベルであるからだ。確かに技量も重要であるが、レベル制のゲームにおいて技量で覆せない絶対的な差というものは存在する。現実で剣道の師範代だったとしても、レベルが20も離れた相手には手も足もでないものだ。

 不満はなかった。俺は強者だと自覚していた。レベルはトップの範囲内ギリギリの水準ではあるが維持できていたし、装備はこの世界でもそれこそトップクラス、技量だって並以上はあった。だからなのだろう。俺はこの世界の弱者たちを相手に商売を始めた。俺が強者なのだから、弱いものたちに上からの態度で接するのは当然だと思っていた。

 驕っていたのだろう。

 なまじっかトップギルドの金庫番だったのも悪かった。そこで毎日見る金額は現実で言うならば、世界的企業の金の動きと相違なかったからだ。俺の気が大きくなっていたのだろう。

 まず俺は信頼できる人間を集めた。信頼できる、自分の利に目がない人種だ。彼らに話を通した。これから、少々現実では違法な稼ぎをしようじゃないか、と。彼らは大喜びだった。彼らも自分たちが搾取する側であると思い込んでいたのだ。みんなやる気になってシステムの構築に入った。

 ようはよくあるシンジゲートのようなことを始めた。闇金、風俗、用心棒、闇市。

 5万人もいたプレイヤーの中には、当然この世界に馴染めない人間たちが数多くいる。そんな人間たちを相手に商売を始めた。闇金とは言うが、ダンジョンに潜る勇気さえあれば無理なく返済できる程度の金貸し。それこそ絶対に返せない借金を背負わなければ落とされない、希望者しか働かない娼館。確かに割高ではあるが、自身も戦って稼ぐことが出来るのであれば十分に雇える用心棒。自由開放という建前で、普通の市場では売れないものだってどんなものだって置いてある闇市。そんな、この世界を基準にした商売だ。

 この世界に馴染めず、モンスターを倒して稼ぐ事も、何らかの職人になることもできなかった弱者たちの集うスラムを乗っ取った。彼らのいくらかを人足として雇い、もうあんな貧民プレイヤーに落ちたくないだろう? と耳元で囁いた。

 

 商売は順調だった。

 人足たちはよく働いたし、俺が集めたやつらも幹部としてうまく闇街を回していた。それぞれの事業がこの世界でもやはり求められていた。現実ですら綺麗事だけでは回らなかったのだ。うちのリーダーは清廉潔白だが、魚は清流だけでは生きられないのだ。

 商売を起こそうにも金の足りなかったプレイヤーはこぞって金を借りていった。そこから成り上がったものは表の顔でいい関係を結んだりもした。失敗したものたちはあるものは娼館に送られ、あるものはタダ同然でこき使った。

 驚いたのは娼館だ。もともと借金を背負った女性を働かせるつもりでいたが、その前から体を売って稼いでいる女性たちは結構な数いたようだ。確かに、戦うことができない女性が一番高く売れるのは自身そのものであるのだから納得は出来た。おかげで、今までフリーで客を取っていた女性たちのほとんどがうちの娼館預りとなった。そのままフリーでやっていく女性たちもいたが、無理に襲われたり、金を払ってもらえなかったりして結局うちに来ることも少なくなかった。うち預かりになった女性に手を出す馬鹿は俺や幹部の手によって粛清したり、奴隷のように酷使したりしていたら、減っていった。ついでに闇街でのごたごたも減っていったのは、目をつけられるとどうなるかを彼らが学んだからだろう。おかげで手を煩わせなくてよくて助かっている。

 用心棒は普段は闇街の治安を守っている。闇街でのある程度の支払いをこちらで持つ代わりに、こちらからの依頼と街の巡回を請け負ってもらっているのだ。そのために一定以上の武力を持ってもらうことが条件だが、この用心棒という職はこの世界でもなかなかに人気なようだ。希望者が後を絶たない。あるときから、職人たちの用心棒だけではなく、一般の攻略パーティ達にも斡旋するようにしてみたらその人気に火がついてしまった。依頼は後から後からやってくるし、待遇から希望者も多い。誤算だったが、一番稼がせてもらっている事業の一つだ。なんか気づいたらトッププレイヤーもかくやみたいな用心棒がちらほらと現れてきていて、一線級のパーティからすらも用心棒への依頼がきたりするようになっていたが、俺は見て見ぬふりだ。

 闇市も毎日繁盛している。そこに売っているのは、表の市場では売りに出せないような怪しげな実験途中の薬だったり、使い手のことを全く考えていないアホみたいな武器だったり、超ゲテモノフードたちだったりなんとも混沌の坩堝と化している。

 一応自由開放であるので、場所代と売上の一部を収めてくれれば何を売っても咎めない旨を通達している。表よりも物価が高いし、意味のわからないものも大量にあるが、代わりにレアなものや掘り出し物もたくさんあるのが闇市だ。ここは一応管轄ではあるが半ば放置なので内情をすべて把握しているわけではない。だが、ところによっては怪しげな実験の被検体になる権利や、うちとは違う金貸しに借金してしまった人間が売られていることもあるらしい。ぶっちゃけ責任を負わないために自由開放にした自分の英断を褒めたい。

 人間の欲望とはまことに怖いものだ。

 

 そんな風にして闇街は発展していった。

 俺のいるギルド、「ブレイブリー」や、それに次ぐ大ギルド、「シュバルツシルト」、「にゃんにゃん倶楽部」あたりは最初はその存在を危険視していたが、首謀者にたどり着くこともできず、確かに犯罪まがいのあくどい商売ではあるがレートはそこまで極悪非道という訳でもなく、そんな感じだからなぁなぁにしているうちに、この世界に俺たちが訪れてから1年が経とうとしていた。

 さすがにそれだけの期間が経ってしまうと闇街はこの世界になくてはならない存在となっていた。

 用心棒たちはその圧倒的な武力から、攻略からギルド間抗争からなんでも引っ張りだこだった。一応ブレイブリーに有利になるように依頼の斡旋は弄っていたが、それにどれだけの効果があったのかは今でもわからずじまいだ。

 娼館なんかは特にそうだ。恋人を作れないかわいそうな男どもが毎晩やってくる。しかもこの世界では戦闘を行うのだ。そりゃあ本能が刺激されてみんな娼館にくるってものである。女性たちも自分から希望してきた人たちが多いから互いにwinwinの関係である。当初の仕方なく体で稼いでいた人たちは今では闇街のクラブやスナックなんかで働いていたりする。体を売らないでよくなったというだけでも彼女たちにとっては随分な救いだったらしい。非常に感謝されたことを覚えている。

 闇金もそうだ。そのレートはきちんとダンジョンに出かけて稼げる人間にとっては普通の借金と何ら変わらないものなのだ。必要悪という言葉を使うのすらおかしいくらい健全だ。商会や職人集団たちも借金していくが、彼らだって返済が滞ることはない。身の丈を理解していれば闇金などとは呼ばれないはずなのこう呼ばれるのは、この世界に順応できなかった人間のやっかみがほとんどであることはご理解いただけるだろう。

 闇市なんかはわかりやすい。表の市場が正規の店のようなものだとすればこちらはフリーマーケットだ。そりゃ人気が出ないわけがない。

 結果的にこれらの事業を犯罪まがいではあるものの、この世界にとって必要悪であると認めさせることに成功したのだ。

 もちろん俺がブレイブリーの代表として話をそちらの方向に向かうように調整したのは当然である。確かに悪ではあるが、取り締まるほどでもなく、取り締まったほうが下級プレイヤーたちからの人気を落とすと言ってやれば大ギルドだけでなく、中堅ギルドたちもすべて身を引いた。

 にゃんにゃん倶楽部の代表なんかは最後まで娼館の存在を敵視していたが、実際に自分たちで交渉して女性たちを引き取ればいいのでは? と入れ知恵すればそれで納得したようだ。さすがに女性だけで組まれた女性のための団体は娼館を許容できなかったらしい。だが、娼館にいるのは自らその仕事をしたがる女性ばかり。そうでない人たちは最近はクラブやスナック、普通の飲食店なんかに回しているからほとんど引き抜けないだろうけど。

 

 まぁそんな感じだ。気づけば俺はこの世界の裏側の支配者となっていた。表側でも俺はトップギルドの4番手、しかも金庫番なのだ。この世界で一番権力を握っているプレイヤーだと言って過言ではない。

 そんなときにふと思ってしまったのだ。俺は一体この世界で何がしたかったのだろうか、と。

 闇街を作り始めた俺は、金庫番としての仕事も相まってなかなか攻略に出かけることができなくなっていった。それをギルドが大規模になるにつれ忙しくなっていっているのだ、とギルドの面々は納得していたが、だからといって理解を得ても俺のレベルは上がらない。レベルが上がらなければ、せっかく優先的に渡されるレア装備だってレベルやステータスの制限に引っかかってトップクラスのものは身につけられない。どんどんレベル的にもAI的にも強くなっていく敵にも技量が追いつかなくなってくる。

 いつしか、俺は街の外に出かけることが少なくなっていた。他の街に商談で出かけることはあるし、ギルドをあげてのイベントなんかでは幹部としての責務も果たした。だが、俺はいつからかこの世界でのうのうと生きていくことに疑問を募らせていた。

 唐突に思ったわけではないのだ。漠然とは前から思っていたことだった。こうやって大事業である闇街の作成に成功した。リーダーや他の4人も一線級のプレイヤーとして攻略を目指すプレイヤーたちの羨望の的だ。所属ギルドは他と大きな差をつけてトップギルドだ。

 何が不満なのだろう。すべてが満たされているはずだ。責任を負わないところでこの世界を満喫する。俺が最初に想定していた通りの素晴らしい結果を俺は導き出した。誰だって事実を知れば驚愕して手放しで俺のことを誉めそやすだろう。

 金だろうが女だろうが酒だろうがどんなものだってなんだって好きに手に入る。完璧なはずだった。

 でも、俺は思ってしまったのだ。おれがしたかったのはこんなことだったのだろうか、と。俺が目指したこの世界での目的は、こうやって誰も手に入れることのできない権力を手に入れることだったのだろうか、と。

 俺はただ、この異世界で、最初の頃のように、仲間たちと、笑いながら冒険したかっただけじゃなかったっけ、と。

 

 それを自覚してしまった俺は煩悶した。俺が求めていたものはこんなものではなかったのだ。そう、確かに大ギルドを作りたかった。そこでも上役になりたかった。だが、それを求めていたのは権力欲からじゃない。

 大ギルドのナンバーツーということはつまり、いつまでも最前線に立ち続けるということだ。俺は、いつまでも冒険していたかった。そして、冒険するならば、いつだって強者でありたかった。いつも一番にいて耐えられる人間でないのは知っていた。だから、一番でなくてもいい。でも天辺にはいたかった。俺は、生粋のゲーマーだったのだ。

 それからの俺の行動は側近たちから見ても不可解だったらしい。

 今まで闇街の成功で満足していたはずの俺が、突然仕事を引き継ぎ始めたかと思ったら、最近は装備することすら稀だった防具と武器を持ってダンジョンへと出かけ始めたからだ。

 金庫番の仕事も、闇街の仕事も一番重要な決断や押印以外は部下に引き継いだ。彼らは俺の傍にずっといた優秀な面々だ。きっと過不足なく仕事を回してくれるだろう。俺が両方を管理していたからこそ起きなかった表と裏の摩擦だって彼らなら何とかしてくれると俺は信じていた。

 そう、俺は、街で行う仕事から解放されて、冒険へと出かけ始めたのだ。

 他の5人からはとても驚かれた。

 お前がもう一度剣を執ることはもうないと思っていた、と。それから彼らは笑って言ってくれた。待っているぞ、もう一度一緒に冒険しよう、と。

 その言葉を聞いたとき、俺は涙を流してしまった。5人からはさんざん茶化されたが、彼らも俺のことを待っていてくれるというのがどうにも嬉しくてたまらなかったのだ。闇街を作り出して悪の支配者を気取っていた俺は、その言葉で今一度戦士の精神を宿すことができたのだ。

 俺は、一度自分を精神ごと鍛え直すために一人で旅に出た。金庫番の仕事は一番優秀だった古参の部下に預けた。ギルド結成当時から俺の右腕として働いてくれていた彼ならば、託すことができた。

 彼は俺が旅に出ると言うと慌てふためき心配してくれたが、最後にはわかってくれた。これは餞別です、ともらったアイテムは目玉が飛び出るほどのレアアイテム……おそらくはユニークアイテムだったが、彼は、自分は街を出ないから使うことはない、と気軽にそれを渡してきた。

 その心遣いに感謝をし、そんなものをもらっておきながら図々しいのだが、と闇街のことを切り出した。本当は話すつもりはなかったのだが、彼にならこちらも教えればきっといい未来がやってきてくれるという確信があった。旅に出ると言ったとき以上に動揺して顔を青ざめさせ、気を失いそうになりながらも俺の話を聞いた彼は、その話は自分の心の内にしまっておきます……、と呟いたっきり動きを止めてしまった。どうやら少々刺激の強すぎる話だったらしい。

 そんな彼の姿を背中に俺は笑いながら部屋を出た。

 1年近くこもりっぱなしだった、本来の俺の望みを閉じ込め続けたその檻から俺は飛び出したのだ。

 

 そうやって俺は旅に出た。

 この世界は広かった。話にだけは聞いていたが、攻略され続けたこの世界でプレイヤーが訪れることのできる土地はそれこそ現実世界に匹敵するのではというくらいに広かった。

 俺は風を感じながら歩き出した。またみんなと冒険をするために。この魔法の世界を、本来の意味で楽しみ尽くすために。

 

 そうやって、俺は冒険者へと立ち返ったのだ。

 そして、俺は今とある村にいる。

 

 

 

 

 

 人間性とは一体何なのか。そも何を持って『人間』を定義するのか。俺は今でもわかっていない。

 

 

 

 

 

 俺がこの村に滞在するようになったのは一週間ほど前からだ。

 あの日、今一度原点へと立ち返るために旅に出た俺は攻略済みのエリアを回って未発見のクエストを見つけてみたり、いまだ未調査のダンジョンなんかを巡っていたりした。

 これでも腐っても元最上位プレイヤーである。確かに最終的にはレベルと装備だけの上位プレイヤーで中身が伴わなくなっていたとはいえ、それでもソロだってそうそう遅れを取ることはない。

 最前線のモンスター達の戦闘AIに追いつけないだけであって、攻略済みのエリアくらいならば何の問題もないのだ。結局自分を見つめ直すための旅なのだから、相手が弱すぎても強すぎてもその目的は達成できない。加減が大事だ。

 

 そうやっていくつかのエリアを回って、時には中位プレイヤー達を指導したり共闘したりもしたが今は一人であるクエストを攻略しているところだ。

 このクエスト、とある森林エリアの端の端に存在する村で受けることが出来るのだが、この村の場所がこれまたわかりづらくその上この村の場所の情報を得るためにこなさなければならないクエストの量も膨大であった。そんなわけで、いまだに発見者は俺だけで他のプレイヤーは誰もこの村に到達できていないらしい。村長さんが、旅人が来るなんて初めてのことだ! 今日は宴だ! と叫んでいたからそうなのだろう。

 ちなみに宴というのは村への初到達ボーナスのようなものだ。大抵どこの村も街も最初に訪れたプレイヤーに対して何らかのボーナスが設定されている。だから、ダンジョンをクリアした先に新たな街なんかを発見した場合はその初到達の権利を巡って熾烈な争いが繰り広げられる。まぁ大体はボス戦の貢献度で一番だったプレイヤーが初到達ボーナスを受け取るのだが。

 ちなみにこの村の初到達ボーナスはかなり希少な植物の苗だった。攻略が進んだ今でも大ギルドでもなければ自家栽培はできないという強力な回復POTの原料だ。さすがにたどり着くために要求してくる課題が多いだけあって見返りもそれなりだ。俺の記憶が正しければこの村のあるエリアが最前線だったときはこの植物は発見されてもいなかったはずだ。これを手に入れられれば一気に攻略が容易になっていたことだろう。今更手に入れたところでただのレアアイテム扱いでしかないけど。

 それはさておき、こんな辺鄙な村だが、初到達ボーナスが希少な薬草であることからもわかるとおり薬師のレベルの高い村だった。周りの森、特に森の奥にあるという洞窟付近で多種多様な薬草が豊富に取れるらしい。確かに村に用意されていたクエストも薬草集めが多く、珍しいものではとある薬の共同研究なんてものもあった。この感じだともっと本業の薬師か錬金術師を連れてこないと発見できないクエストも結構な数ありそうだった。

 さて、俺はもちろん初到達プレイヤーとして受けられるだけのクエストを誰にはばかることなく思う存分受けていた。その中で一つのクエストに出会った。このクエストは触りだけならばありふれたもの。希少な薬草を取るために洞窟の奥まで護衛してくれないか、というものだ。そしてこのクエストのおかしいところは薬草集め系統のクエストなのに、報酬がこれまた採掘地の限られた希少な鉱石の原石なのだ。普通薬草を集めるクエストならば、報酬も薬草かそこから煎じた薬になるのがセオリーだ。だから、俺はこのクエストに違和感を感じ取って最大の警戒を持って挑むことにした。ただの薬草集めに鉱石が報酬なのはまだいいとしてその質が良すぎるのは明確におかしいからだ。きっとひと波乱あるに違いない。

 

 依頼者は村一の薬師の娘の少女だった。申し訳なさそうにしながら、あの薬草があれば父ならばきっともっといい薬が作れるはずだと熱心に語ってくる様はまさしく人のそれだ。

 俺はこの世界に来てから人とNPCの境界について度々頭を悩ませる。人間として現実世界で生きてきたはずの俺たちは気づいたらこの世界に適応し、冒険するプレイヤーキャラと化していた。そして、その人間たちに生み出されたはずのNPCたちは実際にこの世界で暮らしているかのようにリアルに俺たちに接してくる。そのAIは人間の思考と何ら遜色なく、その表情も行動も下手な人間よりもよっぽど人間らしい。闇街を作り上げた、人をなんだと思っているのかわからない人間もいれば、家族が大好きで父の稼業を応援するために奮起するNPCもいる。人間より人らしい人造物。それはもうただの作り物とは言えないナニカなんじゃないかと思うわけだ。思考、魂、感情、人間性。人間とAIの間には確かに明確な違いは存在するが、人として扱うのならばどちらにも大した差異は存在しないのではないか。

 こんなことを考えてしまうのは俺が比較的平静を取り戻してきた証拠だろうか。実際、闇街を作り始めた頃からこの思想はなりを潜めていた。これが本来の俺の当然の思考と言うならば、そろそろ旅を終わりにしてもいいのかもしれない。十分に自分は見つめ直せただろうし、手土産もいくらかは確保している。これなら大幹部はきついにしても幹部くらいの地位ならば問題なく戻ることができるだろう。そう俺は楽観視していた。

 

 さて、なぜ今俺がこんな風にこの村のこのクエストに至るまでのことを回想しているかと言われれば、それはもう現実逃避……仮想世界で現実もくそもないがしているところだからだ。

 目の前には俺とは別の檻に囚われた少女……ベルナがいる。彼女と俺は捕まってしまったのだ。洞窟の奥で俺達を待ち構えていた牛の怪物に。

 

「さて、不用意にこの我の住処に訪れた愚かな人間たちよ。貴様らは我への贄となるのだ。光栄に思うことだ。貴様らのような矮小な生命が我のためになるのだからな」

 

 そういってやつは俺とベルナをそれぞれ別の檻へと閉じ込めた。別に抵抗しなかったわけじゃない。ただ、なんの冗談だよってくらいこの怪物が強かったのだ。俺にとってここはすでに攻略済みのエリアという認識だったのだが、こんな強いモンスターが存在しているなんて欠片も考えていなかった。実際、今の俺ですら太刀打ちできないで一方的に倒されたことから考えても、負け確定のイベント戦闘だったのだろうが納得がいくはずもない。これが順当なルートだとするなら捕まるのが正解……つまり、ここから脱出してこの牛の怪物をなんとかできる方策が存在しているということだ。俺はその策を得るために檻に捕らえられながらも辺りの観察を怠らなかった。

 

「だが、我は寛容だ」

 

 そして、やつからの提案に俺は困惑と葛藤を抱くことになる。

 

「今贄にするのはどちらか一方だけにしてやろう。残った方は、貴様らの住む村まで戻り、我の存在を伝えるのだ。そして、毎月我へ捧げものをすることを義務付ける。まったく、この洞窟へとやってきてすぐに貴様らがやってきたのは僥倖というやつだ」

 

 聞くに耐えない声で笑いながらやつはそう俺たちに告げた。つまり、俺かベルナどちらかを犠牲にすればこの檻から脱出することはできるというわけだ。

 俺はこの辺でもう薄々察し始めてはいた。このクエストは、NPCを犠牲にする代わりにクリアすることのできるなんとも後味悪い類の性悪クエストだと。たまに存在するのだこの類のクエストは。有名なところではある部族同士の戦いに関するものなどがある。あのクエストはどちらかの部族につくことを選べるのだが、クエストクリアのためには最低でもどちらかの部族の長と決闘し殺さなければならない。しかも、長を殺された側の部族は屈服はするもののクリアしたプレイヤーに親の敵を見るがごとき目をする。インスタントクエストだから、プレイヤーならば誰もが受けることはできるが決して人気のあるクエストではなかった。まぁ勝った側の部族から得られる友好度と報酬が難易度に比して高めに設定されていたので、うちのギルメンにはほぼ義務のように受けさせてはいたが。

 つまるところ、報酬がクエスト内容に見合わず良い時は何かしらを警戒しろといういい教訓クエストだったわけだ。胸糞悪い終わりなだけまだ有情だとも言える。中には最初の説明からは全く想像できない超展開が起こる難関クエストなんかも紛れているからな。実際、俺は今回はそちらの方を警戒していた。

 

「さぁ、貴様らのどちらが贄となり、どちらが先触れとなるか、貴様らが決めていいぞ。それくらいの慈悲の心は我にもある。悔いのないように選ぶがいい。ちなみに我は今若い女の肉が食べたい気分だ」

 

 だから、そう言われた時も大して思うところはなかった。後味は悪いし、こんな趣味の悪いクエストを作った製作者の頭の中を疑ったのは確かだが、思ったよりも単純にクリアできそうな雰囲気だったからである。俺の予想が正しければ、このあと牛の怪物は食後の午睡とでも洒落込むのだろう。そこを攻撃すれば無条件に勝利できるくらいのイベントが用意されているに違いない。この手のクエストは趣味が悪いからこそ基本に忠実だ。このまま村に帰ってはいクリア、とはさすがにさせないだろう。こいつを倒して、惜しくも娘さんは……と父親に告げて、これは渡してやるからもう二度と顔を見せないでくれと渋い顔で言われるまでが一セットのはずだ。

 

 実際何も間違ってはいなかった。どちらが贄となるか話し合おうとした時に、ベルナの方から自分が贄になるからあなたは逃げて欲しいと言われたのは驚いたが、その目に宿る後悔と申し訳なさと決意を正確に読み取ってしまった俺が余計な心労を負う羽目になったくらいだ。そこから先はトントン拍子にクリアしてやった。

 問題はクリアしたあとのことである。

 俺は昨日はひどい目にあったと思いながら村を散策していた。まだ村の中にクエストはいくらか残っているのである。条件を満たしていないクエストはもっとあるだろうから、また今度ブレイブリーの面々を集めて攻略に来る羽目にはなるだろうが、それまでは独り占めさせてもらうつもりだ。クリア済みステージとはいえ村一つ分のクエストを独占すればさすがにそこそこの利益は出る。各種クエストにも初クリアボーナスは存在するものなのだから。情報屋という職業がこの世界でやっていけているのはこのクエストの初クリアボーナスに寄るところが大きいと俺は思っている。確かに各種プレイヤー情報やクエスト情報、アイテム情報を売り買いするのが彼らの仕事ではあるが、自分自身で仕入れたほうがボーナスがついてくるからこそ情報屋を営んでいるのではないだろうか。なにせそうでなければ情報屋なんて職業は薄利多売をしなきゃ稼げないとてもではないがやってられない職になってしまうからだ。一流ならまだしも二流以下の情報屋でもやっていけているのはつまりそういうことだ。

 

 それはさておき、ここを初めて攻略しているのが俺ということはつまりなんの情報もなく調査を進めていることになる。だから、予想外の事が起きることもある。誰かから聞いたのならば珍しい話だ、と済ましたかもしれないが自分が遭遇するとそう呑気にもやってられない。

 ベルナがいた。

 彼女は、なぜかそこで、普段通りに、生活をしていた。

 最初はついにこの世界にいすぎて頭が狂ったのかと思った。この世界では一度クリアしたクエストの結果、書き換えられた情報はプレイヤーごとに管理されている。つまり、インスタントクエストといえど、一度そのプレイヤーの受けたクエストで死んだNPCはそのプレイヤーの目の前には現れないはずなのだ。これはこの世界が仮想世界でありながらリアルを意識していることを如実に表している。これはかなり重要なルールで、先に挙げた部族のクエストでも、違う部族を屈服させたプレイヤー同士で彼らのもとを訪れるとどちらの長にも会うことができないという現象が起きる。その際、村人たちは長はいない以外の情報をこちらに渡そうとせず、生死すらこちらに判別させようとしない。ついでに言えば一人で行けば憎々しい物を見る目で見られるのに、先の状況ならば、完全な無表彰で対応される。彼らが作られたものであるとこちらに認識させるに足る嫌な仕様である。つまり、ゲームとしてではなくリアルとしてこの世界を生きろと遠回しに提示されるわけだ。他のNPCの生死が関わったり、村の存続などが関わるクエストでも同様の事が起きる。

 何が言いたいかというと、だ。彼女が今目の前でこちらに笑顔を浮かべている状況というのはそれだけ異様な状況ということだ。バグか、仕様か、それはわからないが、彼女が昨日贄としてあの牛に食われたところはきちんと確認している。丸呑みにされたからもしやと思ってそのあと牛を殺したあとに腹をかっ捌いてはみたが、そこには既に窒息死したベルナの死体があるっきりだった。赤ずきんのように上手くはいかないものである。彼女の死は昨日の時点で確定していた。

 あれだろうか。死体は持ち帰って父親に手渡したから、もしかして手に入れた薬草で人をゾンビにして蘇らせる薬を作り出したとか……いや、流石にそれはないと思いたいんだが。

 

「あ、旅人さん昨日はありがとうございました! おかげさまでいい薬が作れそうだと父も喜んでいましたよ」

 

 しかも、あまつさえ俺を見つけたベルナは俺に笑顔を向けてくる。気が狂いそうだった。昨日確かに死なせてクエストをクリアしたはずなのに、その人物から昨日はありがとうと言われたら誰だって頭がおかしくなるはずである。彼女の目の前から走って逃げ出した俺を責めることができるやつはいないだろう。同じ状況に遭遇しても取り乱さずに冷静に対処できるものだけが俺に石を投げるといい。

 

「あ、旅人さん待ってくださいよ! またあの薬草を取りに行きたいんですがご一緒お願いできませんか!?」

 

 ああ、やめてくれ。あのクエストをもう一度受けろと言うのか? 確かに報酬は難易度に見合わず上質なものだ。しかも、本来ならば一回しか受けられないはずのものが何回も受けられるのであれば、それは莫大なアドバンテージになる。これがバグならば、もしかしたら初クリアボーナスすら何度も受け取れるかもしれない。ゲーマーとしての俺が叫ぶ。受けるべきだ。得しか存在しない、と。人間としての俺が叫ぶ。そういうのをやめるために旅に出たのではなかったのか、と。

 なにはともあれ話を聞かないことには始まらないだろう。だが、それはもう少し後回しにしても許されるのではないだろうか。この世界はなんとも緻密なことにNPCごとに友好度が設定されていたりもする。多少その値が変化はするだろうが、その程度のことで冷静になるための時間が得られるというのならば願ったり叶ったりだ。というわけで後ろから残念そうに呼びかけるベルナの声を無視して俺は戦略的撤退をするのであった。

 

 

 

 

「ああ、よかった。旅人さん今日も来てくれたんですね。さ、行きましょうか。今日はいいピクニック日和ですよ」

 

 彼女はにこやかに笑う。毎日あれだけ悲惨な目にあって、あれだけ悲痛な声を上げて、それでも次の日には笑って俺に声をかける。俺は狂ってしまったのかもしれない。毎日彼女をあんな目にあわせているのは俺だ。なのに彼女との友好度は毎日上がっていくばかりだ。あれだけの目にあわせているというのに、彼女はそんなこと知らないとばかりに、俺との毎日の採集目的の散歩を楽しんでいる。なぜだろうか。

 あれから、俺はベルナの頼みを毎日聞いている。幸い……なのかどうか、初クリアボーナスは二度目からは存在していなかった。つまり、これは仕様通りということだ。不思議なこともあるものだ。一度死んだNPCが翌日に復活しているだなんて、まるで一昔前のお粗末なゲームのようではないか。なにかしらの違和感と意図を感じざるを得ない。だから、俺はその違和感の調査のためにもベルナのクエストを受け続けているのだ。純粋に報酬がうまいというのもあるし、あれだけの目にあいながら俺に笑顔を向けてくれるベルナに好印象を持ったというのも理由の一つではあるが。

 

「あ、べギアードさん待ってましたよ! 今日のお弁当にはいつもより工夫を凝らしてみたんです! 期待しててくださいね!」

 

 俺はいつからかベルナに会うためだけに生きてきたのではないだろうかと思い始めていた。俺の冷静な部分は、毎日目の前で親しい人物を見殺しにしていることに対するストレスからの錯覚だと叫んでいるし、実際俺もそれを否定することはできない。何が問題かと言われれば、その冷静な部分ですらベルナのことを親しい人物だと認めてしまっていることだ。

 俺はすっかりベルナに骨抜きにされてしまった。時にはクエストを受けることなく一日二人で遊んでいることもある。この世界の友好度とは、上げてしまえば、まぁ、なかなかないことではあるが、男女の仲になることもできる。つまり、その、そういうことだった。

 今でも俺はベルナを頻繁に殺している。ああ、そうだ。俺が殺しているのだ。俺がクエストを受けなければ、俺はベルナと幸せに生きていける。それでも、あのクエストを受け続けることはゲーマーとしての俺が自分に課した義務なのだ。かの有名小説タイムマシンに倣ったわけではないが、不抜けてばかりではいられない。

 たとえ、ベルナと暮らす日常がいかに穏やかで俺を癒してくれるとはいえ、俺はいずれブレイブリーへと帰還しなければならないのだ。最近はそんな気も失せてきてしまっているが、親愛なる仲間達の期待を裏切るわけにも行くまい。そろそろ俺が戻るべき時期は近づいてきていた。

 

 

 

 だからだろうか、あの日魔が差したのは。

 

 俺達はいつものように例のクエストを受けていた。言うまでもないことだから言っていなかったが、ベルナだけではない。牛の怪物も何度殺しても蘇る。おかげさまで経験値は溜まる一方だ。あれだけ強いモンスター相手に特訓できるのだから、いやでも技量が上がるというものだ。受け流しとガード、相手の隙を突く技術だけならば全盛期のそれを越える仕上がりになっている。最近は負けイベントだと思っていた対決でも勝機が見えるくらいのところまではきていた。

 これに勝つことができたら、俺は真にベルナを救うことが出来るのだろうか。まやかしの日常ではなく、真の平穏を手にすることが。そう出来たのならば、俺はその時こそベルナに言おう。俺のものになってはくれないか、と。

 ベルナの中では、俺はこのクエストではただ一緒に採集していちゃついて帰っているだけのようだというのは、今までの経験から分かっている。だから、この牛の怪物を倒したときどんな展開が待っているのか俺は知らない。俺はその先を知りたかったのだ。

 そう思って挑んだ牛の怪物は強かった。そりゃそうだ。これまで一度も勝てていない相手である。でも、その日の俺はいつもとは違った。今日こそは勝つという気概で挑んだのである。おかげか、やつをあと少しで倒せるというところまでやってきた。ここまで来たのすら初めてのことだ。

 だが、やつはそこまで追い詰められると、今まで俺の後ろの方で戦いを見守っていたベルナに目をつけると、今までの動きはなんだったのかという速さで動いて彼女を人質にとった。

 これも規定されたルートの一つなのだろう。ほぼ負け確定のイベント戦闘とはいえ勝てるプレイヤーは存在するに決まっている。俺はこのクエストはソロ専用クエストだとほぼ断定しているが、だからといって最前線のトッププレイヤー達ならば鼻歌交じりでこの牛を討伐してのけるだろうし。

 

「ふぅ、我がここまで追い詰められるとはな。貴様なかなかやるじゃないか。だが、この娘の命が惜しければその剣を捨てることだ。お前がその剣を捨て我の贄となるというならばこの娘は無事に村に返してやろう。だが、それでも歯向かうと言うならば我にも考えがあるぞ」

 

 そう言って牙を剥く牛の怪物の腕の中で、ベルナはナニカ決意を固めた目でこちらを見ている。決意と後悔と……自分があしでまといになったことに対する申し訳なさ。やめてくれ。その目で俺を見ないでくれ。毎回その目で俺を見られるたびに俺は葛藤する。ここで彼女を見殺しにしていいのか、俺が死ぬべきではないのか。明日こそベルナは復活しないのではないか。彼女を殺した夜は毎日宿屋で震えて眠る。明日の朝、またあの笑顔が見れますようにと神に祈りながら。

 だからだろうか、いつもと違う展開で惑っていたのもあっただろう。さっきの超速移動を見て警戒していたのもある。ここで彼女を見殺しにしてもあの機動力で俺まで殺されてしまうのではないか、と。いつもと違ってやつは俺に脅威を感じている。今日も見逃してもらえるとは思えない。

 それは勘違いだったかもしれないが、俺は安堵を覚えていたのかもしれない。ベルナを合理的に殺さなくていい理由を思いついてしまったからだ。ただしそれは俺の命を捧げる絶望的な選択肢だ。それでもいいと、ベルナが死ななければ安いと、もう彼女がひどい目にあわなければいいと考えた俺は愚かだったのだろうか。

 いや、愚かだったのだろう。自分の生を投げ捨てることは例え借金にすべてを奪われた者でもしなかったことだ。この世界では生きている限りチャンスが与えられる。それを信じて旅に出たはずなのに、俺はこの村に来てから変わってしまった。

 今目の前に存在する新たなる選択肢に俺は怯えている。ここでベルナが死んでしまったまま牛の怪物を倒してこのクエストをクリアしたらどうなるのか。その時も、ベルナはまた俺に微笑みかけてくれるのだろうか。

 これだけ特殊な条件のクエストなのだ。ほかのルートでクリアした際にどうなるかなどクリアしてみるまで誰もわからない。俺はここで最善を尽くすべきだ。この牛を真正面から殺した上でベルナが蘇るならそれが一番だ。次こそはベルナを人質にさせずにこの牛を殺しきってみせよう。でも、これが最後だとしたら。ここで殺してしまえばすべてが自然に流れていくとしたら。

 そう考えるだけで俺は狂いそうになる。俺はいつからか罪悪感と依存心からすっかり平常心を失っていたが、今ここに至ってもそれは取り戻せるものではなかった。段々と指から力が抜けていく。ベルナが俺のそのかすかな挙動を見咎めて何かを叫んでいる。

 ああ、だめだ。俺は、自分の心の弱さには、結局最後まで勝てなかったようだ。俺は、ベルナの声を聞きながら、目の前に迫る俺の体を真っ二つにしてお釣りのくるハルバードの一撃を受け入れた。

 

 

 

 あの時俺はどうすればよかったのだろうか。ベルナを見捨てて立ち向かう? いや、それは実際正解だったのかもしれない。結局あそこで一度敗北してから俺の心は折れてしまった。もうあの村に近づくことはないし、誰にもその情報を伝えもしなかった。

 それでも、俺が持ち帰った数々のレアアイテムの山を不審がった情報部隊はあの村を見つけ出したようだったが。後から聞いた話によると、カルマ値がかなりのマイナス値をたたき出さねばあのクエストを受けることすらできなかったらしい。さらに補足するならば、あのクエストは受ける事にカルマ値が回復し、一定ラインを超えると二度と受けられなくなる仕組みになっていたらしい。自分のステータスを見やれば、丁度そのボーダーライン上に俺のカルマ値は存在していた。結局、あそこで何を選ぼうが二度と彼女と出会うことはできなかった、ということだ。

 

 ……? なんで俺が生きているかだって? そりゃもちろん俺に迫るハルバードをなんとか回避して華麗に牛の怪物を殺したから……ではない。

 俺はあそこで一度死んだ。

 俺が旅に出かける前に部下の渡してくれた超のつくレアアイテム。いや、おそらくはユニーククラスの回復アイテム。その名も不屈の心。効果は単純。所持者が死亡したとき、そこから一番近い村か街で復活できるというもの。

 ぶっちゃけこんなぶっ壊れアイテムが存在しているとは渡されるまで思ってもみなかったし、発動するまで存在を忘れていたくらいだ。だってデスゲームでその死を無効化するアイテムなんて、どう考えたって眉唾物だろう? まったく信用に足るものではなかった。

 

 だから、俺は本当にあの時死ぬつもりであの一撃を受けたのだ。彼女の声を最後の教訓としながら。

 

「あなたみたいな極悪人にはお誂え向けの最後ね!」

 

 ……ああ、まったくその通りだよくそったれが。

 ベルナを愛していたはずの俺は死んだ。今ここにいるのは、最後の最後にただ前を向いて歩くことを思い出せた一人のプレイヤーだけだ。もう、女は、懲り懲りだ。

 あのクエストを作った製作者の頭の中を覗いてみたいな。多分少しは残っているはずの俺と違って人間性がかけらも存在していないんだろう。

 

 

 

 きっとあの作り物の少女のように!




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