至らぬ点もあると思いますが、暖かい目で最後まで見守ってください。
また、面白ければ感想やお気に入りをつけてください。何卒お願いします。
「ほら結希、この前の魔力量のデータよ」
「ありがとう、後で読むわ」
夏の午後、さんさん照らす太陽が猛威を奮うなか、私は宍戸結希の根城とも呼べる研究所で、その主と二人で黙々と研究を重ねていた。
データのまとめた書類の束を机の上に置くと、パソコンとにらめっこしている結希の顔がチラと見えた。画面をじっと真剣に見据える結希に、私はふと頭に疑問がよぎった。
「結希、あんたどうしたの? 普段これしきの作業じゃあ疲れの片鱗も見せないあんたが、そんなしんどそうな顔してさ」
珍しい事もあるものね、と何の気なしに話しかけた私に、肩をビクリといからせた結希は、死んだ魚の目をぶらさげて、画面に注意を向けたまま、
「別に作業に支障をきたす程の疲れじゃないわ。気にしないで」
と、そっけなく答えた。
「あ、そう。まぁ、しんどくなったらいつでも言いなさいよ。無理してスケジュール切り詰める程の物でもないし、はりきりすぎた結果、ぶっ倒れちゃって作業が止まっちゃ元と子もないからね」
まぁ、流石にそこまではしないでしょうけど、と一人心の中で付け加えると、私は踵を返して自分の机へと戻った。まぁ、実験も研究も大した面白味もなくただ数字を整理するだけの単調作業、気が滅入るのは当然よね、と一人合点、気を取り直して椅子に腰かけたその時、
「あっ……」
という声と共に、いくつもの紙が一編に落ちる音がした。振り返ると、そこには盛大に舞いながらあちこちに散らばる何百もの書類と、それを茫然自失で眺める結希がいた。結希はため息を一つ吐くと、億劫そうに地に落ちた書類を拾い始めた。
流石にその量を一人で片付けさせるのはしんどそうだと思い、何の気なしに私は結希へと近づいた。元来困り事を無視できない性分というのは、どうして結果損することが多いのだろう。この時もまた、私はそんな憂き目にあった。
「来ないで!」
足音で私に気づいたのか、結希は私の方を向いた。すると否や、普段のダウナーな雰囲気からは想像出来ない程の大声で私を拒絶したのだった。ポカンと口を開けて驚きに目を剥く私に、結希は慌てて、
「これくらいの量なら一人で出来るから、天は早く作業を再開してちょうだい」
言葉の端に後悔を滲ませながら、結希はやぶれかぶれに言った。
「ゆ、結希……」
弁明の言葉の一つでもかけてあげようとしたが、これ以上言い寄ると結希の機嫌を損ねるだろうというのは、妙に勘の鈍い私にも察することが出来た。
「……分かった、気を付けなさいよ」
結局、私はぼかした返事を返すだけに終わった。
でも大丈夫、結希はなんだかんだで要領がいい。自分の限界が近づいたら何食わぬ顔して休みをとるに違いない。宍戸結希とは、そういう人物だ。
「まったく、心配ばっかりかけさせてね……」
そんな風に思い込むと少しだけ気が楽になる。私はふと笑いながらわざと呆れた口調で呟き、足を進めた。すると、足元で何かが擦れるクシャ、という音がした。目線を下にやると、私の足がさっき落ちたと思わしき書類を踏みつけていた。さっと拾い上げてみる。妙に小綺麗なその封筒にはただ一言、「宍戸結希様へ」とだけ書かれていた。
この研究所では、何百もの手紙が毎日毎日届く。大抵の手紙には結希のたぐいまれな頭脳を求めての勧誘や依頼ばかりなのだが、たまに結希の、その容姿や、人とある程度距離を置き、クールに生きるその凛とした態度に惹かれた少年少女がファンレターを出すこともある。
よせばいいのに結希はその毎日届く手紙に目を通し、ある程度かしこまった返信するものだから、どんどん手紙は増える一方。今じゃ結希の一種の習慣とまでなっているのだ。
なるほどね、と私は一人ニヤリと笑う。宛先や個人名が書かれてない辺り、まさかこの手紙は依頼や勧誘だなんて事はあるまい。じゃあ結論は一つ。結希は照れているのだ。
最初の辺りは手紙の事をどうでもいい、一種の悩みのタネみたいに扱っていたが、ここ最近の様々な行事を通して人との交流を深めた結希は、その心にほんの少しだが、人らしい感情が芽生えたのに違いない。
だから、以前までなんとも思わなかったそのファンレターにまごつき、内心嬉しいけど人に見られるのが無性に恥ずかしくなって、それらの手紙を結希以外手を触れない書類の山に突っ込んだのだ。さっき結希が私の協力を拒否したのも、きっとその辺の心情があるに違いない。
意外と可愛らしい面もあるのね、と思い、結希に手紙を返そうとしたその時、ふと心にサディスティックな感情が芽生えた。私は結希がせせこましく書類を片付けるのを尻目に、白衣の内ポケットに、手紙をそっと滑り込ませた。
「くっくっくっ……」
一通り行動を済ませると同時に、私は無性におかしくなって笑い声をあげた。大慌てで何か別の事を考えようと試みるも、手紙がない、手紙がない、とあたふたする結希の姿が自然と目に浮かび、一層笑いに拍車がかかるのだった。
そして数分後、
「天、私の手紙を知らないかしら? 妙に小綺麗な封筒に入った」
折角笑いが収まったのに、また腹を抱えながらひいひいと大爆笑する所だった。一見冷静沈着に尋ねる響きを保ちながらも、内心死ぬほど不安なのだろう、いつもに比べて声が震えて、それどころか少し声色も高くなっていて、まるでロボットが切羽詰まった声を出そうと四苦八苦してる形相、それがもうツボにはまってしょうが無かった。
「し、知らないわよ。知らない間に捨てたんじゃない?」
なんとか笑いを噛み殺し、震える唇を懸命に押さえながら、極めて平常心で、何事でも無いような態度で答えようとしたが、やはり正面からつく嘘なんてのは言いづらき事この上なし、結果さっきの結希の方が何倍も落ち着き払っているという、何とも体たらくな結果になってしまった。やはり私には、嘘はむかない。
「あらそう、ならいいのだけど……」
しかし結希の耳も案外安いものらしく、さっきよりも焦りをにじませた口調でそう言った。そしてしばらく言いにくそうに口をもごもごさせた後、
「あの、もし見つけたら、絶対に中身を見ずに、私に返してちょうだい。もし中身を見たら………………その、本気で怒るからね」
一語一語強調させた言葉を放った後、自分の机へと戻っていった。次々と本当に彼女が放った物かと疑いたくなるほどの言葉を吐く結希に若干戸惑いつつも、いよいよこれはファンレターの類いの物であるのは確信付けられ、そしてさっきまで一切関心を持たなかった中身が急に気になってきた。
あの結希をあそこまで狼狽させるなんて、一体どんな手紙なのかしら? よほどキザなセリフでも羅列してあるのか、呆れるほど純情な、見ている側が恥ずかしくなる手紙なのか、それとも背筋が凍る程ポエミーな痛々しい手紙なのか……
ポケットから盗み見ても、外見は中身について一切語ってはくれない。見れば見るほど深まっていく謎に、とうとう私は好奇心を抑えられなくなってしまった。
「まったく、私も酷い奴ね……」
心にも無い自嘲を呟き、そして封筒に張られているシールを剥がす。ペリペリと心地よい音と共にシールは剥がれ、中身は無防備な状態になってしまった。
さて、結希の動揺を生んだ手紙は一体どんななのだろう? ウキウキはやる心を抑えて、私は手紙を読み始める。そして……
「え……何よ、これ……?」
目の前に広がる単語の数々に、さっきまでの威勢をへし折られ、心は萎縮し、狼狽一色に染め上げられた。その手紙はファンレターでも、またその上のラブレターでも無かった。
目の前の手紙に書かれていた文字に込められた筆者の想い、それは誰が見ても身震いするほどの悪口雑音、明確な悪意だったのだ。