「それで、依頼主の八雲紫ってのはどんな奴なんだ?」
朱里がそうめんをすすりながら龍真に訊ねる。
俺達は今、本来は客の応接に使うソファーとテーブルを囲み話し合っていた。大分使われていなかった為、もう三人のダイニングとなってしまっている。
「そうだな・・・・・・。第一印象としては・・・・・・胡散臭い奴・・・・・・かな。」
「おい、大丈夫かよそれ。」
「まあ、初対面だし仕事の依頼をしたら少し話した後、すぐどっか行っちまったからな。」
「話し?一体何を?」
「えーっと、『あなた達、まるで現代の陰陽師ですわね。そうそう、陰陽師といえば安部晴明ですが、彼の母親って狐だったそうですよ。きっと鼻の高い男性だったのでしょうね。』って、こんなところかな。」
第一印象が胡散臭いというのも頷けるような話しだった。
仕事の依頼に来て、いきなり話題が平安時代までぶっとんでいる。
俺達のやっている仕事を聞いて頼んで来る奴はほとんどといってもいいくらい疑って来る。疑わない人も何人か居るが、それらの人は何度かここに依頼をしたことがある人達だ。
確かにこういう仕事を請け負う会社が全国ここだけと言い切れはしない。だが、少なくともこの街には俺達の会社以外には存在してないはずだ。
それに俺の記憶の中に八雲紫なんて人物が仕事の依頼に来た覚えはない。
「まあ、とりあえずその紫って人物が何者かは置いとこう。龍真、仕事の依頼ってんなら報酬はどうなってる。すぐに居なくなったんだろ?」
考えても解らない事を考え続けても仕方ない。この仕事ではそんな事は日常茶飯事だ。
それよりも、明確にしておかなければならない事がある。
「ああ・・・・・・実はそこ何だが・・・・・・」
龍真が渋い顔をした。聞かれるのは分かっていたがどう答えるかを迷っていると言った感じだ。
しばらくの間、静寂が続く。朱里も、俺も、そうめんを食べる手を止め、龍真の答えを待った。
やがて龍真が取った答えは沈黙だった。その代わりに、ポケットから紙を2枚取り出す。
綺麗に2つ折りにされている紙の内、一枚を朱里が、もう一枚を俺が開いた。
そして、俺は愕然とした。
それは一枚の小切手だった。サインと印鑑は既に押されており、後は空欄となっている金額欄に数字を書き込むだけとなっている。
つまり、報酬は好きなだけ取っていい、ということか!?
・・・・・・有り得ない。これは何かの罠か?
最初から信用してなどなく、使えない小切手で釣ろうとでもしているのか?
「龍真、この住所が今回の仕事場所か?」
「そうだ。【博麗神社】、それが今回の仕事場所だ。場所としては、県を越えて更に山奥に入った所にある神社らしい。だけど問題はそっちじゃなくてトラの持ってる方だ。」
「何?トラ、そっちは何が書いてあるんだ?」
「・・・・・・なあ龍真、これは一体?使えるのか?これ。」
朱里の問いかけには答えず、また、正常な思考が上手く回らない俺は、龍真に思った事をそのまま言った。
すると帰ってきたのは思いもよらない言葉だった。
「使えるよ。帰りに銀行で聞いてきたら、ちゃんと引き落とせるそうだ。」
その答えに、動きが悪かった思考が今度こそ停止する。
「銀行?一体その紙には何が・・・・・・は?」
朱里が紙を肩の上からのぞきこむ。そして絶句した。
「朱里、トラ、まあそういうわけだ。」
龍真が訳が解らないと頭を振る。
初対面、そして端から見れば何をやっているのかも分からない俺達に、行き先と小切手だけを渡して、掴み所の無い会話をして去って行った八雲紫という人物。
せっかく仕事が来たというのに、悩みの種は増える一方だ。
「これは・・・・・・気合い入れた方がいいかもな。」
朱里が、残っていたそうめんをすすり込み、立ち上がった。
「おい、朱里。お前受けようってのか?怪しさMAXのこの仕事。」
朱里は受ける気満々だ。龍真も、迷っている素振りはない。
「やるしかないだろ。得体が知れないのはどうしようもないが、報酬は保証されてる。受けちまったのなら、あえて突っ込んでみるしかないだろ。」
「罠だったらどうするんだよ。お手々つないであの世行っちまった後じゃ遅いんだぜ?なあ、龍真。」
俺と朱里が龍真を同時に見つめた。年は龍真が一番高く(といっても一つだけだが)、また、この事務所の代表ということで、最終的な判断を下すのはいつも龍真だ。
「確かに怪しいが・・・・・・今この仕事を逃したら次はいつ来るか分からん。それに、これがもし罠だったとしても、俺達を消す事が彼女にとって何の得になる。」
これだ。全く、この二人は相変わらず人の注意を聞きやしない。
朱里はもう仕方ない。ブレーキの代わりにアクセルが付いてるスポーツカーみたいなものだ。
では龍真はというと、こっちは良くも悪くも動じるという事がない。そのせいでよっぽどの事態にならない限り、俺の言葉より朱里の方を取る。
「さっすが龍真。じゃ、早いとこその仕事終わらせて、さっさとこのそうめん地獄から抜け出そうぜ。」
「おい、朱里。張り切るのは良いが、まずは出来た花火持っていってこいよ。」
「あ、そうだな。」
朱里が再び屋上に戻って行くと、
「すまんな。」
と、龍真が俺と二人だけになった部屋の中で謝ってきた。
「いや、もう慣れてるよ。・・・・・・仮に罠だったとしても、金だけもらって逃げればいいしな」
無茶苦茶を言い出す朱里。ブレーキ役の俺。
昔から変わらない、いつもの役回り。聞きやしないが、形だけでも止めなければ何処まで突っ走るか分からない。
本当にヤバイときは龍真も止めに入るだろうが・・・・・・。
ヤバイのラインがどこかおかしいこの二人とこれからもやっていくことを考えると、思わず溜め息が出そうになった。
次の日、俺達三人は依頼された場所に行くため、屋上に集まった。
現在の時刻は2時。夏とはいえまだ真っ暗、大多数の人が寝ているであろうこの時間に集まったのは訳がある。
「なあ、普通に電車とかバスとか使って行けばいいじゃん。何でこんな面倒くさいことしないといけないんだよ。」
あくびを噛み殺しながら、俺は龍真に抗議した。
これから依頼された場所まで、アメコミヒーローよろしく、建物を伝って行くらしい。
アホか。
「俺らにいまそんな余裕ねーだろ。それに久々の仕事だから鈍ってねーか心配なんだよ。」
答えたのは朱里だ。こいつなりに事務所の懐具合を心配しての提案だそうだが、とっさに仕事が入ったときの三人の足代ぐらいちゃんと確保している。
朱里は細かい金勘定は嫌いだといって帳簿の管理はしないが、龍真はたまに俺の代わりに帳簿を付けたりするのでその事は知っているはずだ。
つまりこれは、発案者こそ朱里だが、完全に龍真がやりたいと思ったから賛成したということになる。
龍真を睨むと、ばつが悪そうに目線を反らされた。
「まあいいよ。確かに、いい準備運動にはなるだろうし。」
俺の返事を聞いて、龍真が小さく安堵の表情を浮かべた。
「だろ、じゃあ早速行こうか。」
そう言うと、朱里はバスケットコートの中で助走をつけ、フェンスを飛び越えて隣のビルへと飛び移った。
このままでは朱里が闇に紛れたままどこかに行ってしまいそうだ。
俺と龍真はまとめた簡単な荷物を背負い直し、朱里を追いかけて真夜中の摩天楼へと繰り出した。
彼等三人には、ちゃんと能力を考えています。
ただし、あまりチートにはしないようにするつもりです。