アクセル・ワールド ~黄色い殺意~   作:uosa123

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 スポンジ・ボブ
 アメリカでは1999年5月から、日本では2000年1月から放送が開始されたスポンジ・ボブと仲間達が巻き起こす様々な出来事を描くギャグアニメ。日本ではキャラクターグッズ先行で人気が出始めたが、アメリカでは子供だけでなく大人までも虜にし、子供向けアニメの第一線を走っている。(ウィ◯ペディア参照)

※今作は『スポンジ・ボブ』とのクロスオーバー作品ではありません。予めご了承ください。


#01-β Diversion;転換 ①

 息を吸うのがつらかった。ゲームのアバターに呼吸の必要はないが、それを差し置いても高温に熱せられた空気が目にも鼻にも入ってくる不快感は耐え難い。黒々とした景色さえゆがめる熱波は、単なるデジタルデータとは思えぬほどじっとしりとした苦痛を与えてくる。

 足音は――きゅむきゅむ、とでも言うべきか。

 あんまりと言えばあんまりに間抜けなサウンドエフェクトを立てながら、俺は冗談みたいな短足でもって硬い火山岩(かざんがん)の上を走っていた。小学生並みの背丈のせいもあるが、スポンジボディ自体が床を蹴る衝撃を吸収してしまっているので、思うように前へ進まない。

 視界上部の数字――最初は【1800】あった制限時間も今や【1432】となっており、横に伸びた緑色のバー……すなわち体力ゲージは両方最大値のまま残されている。しかし右側、《オペラモーヴ・スネークヘッド》と英字表記された方の青いバーだけが、全体の二割近くを点灯させていた。

 池澤曰く《必殺技ゲージ》。

 強力な必殺技や一部アビリティを使用する際に使用するその青いバーは、ダメージを受けたり与えたりする度に蓄積される。そしてそれは、フィールドオブジェクトなどを破壊しても溜まるらしい。この、破壊力皆無のスポンジボディにはまったく関係なさそうな話ではあるが。

 《エッグ(egg)スパンジ(sponge)》。

 それが、俺のアバターネームである。

 外見はぶっちゃけス○ンジ・ボ――ではなく。ところどころ穴ボコの空いた黄色い四角形(見方によると、ネズミにかじられた後のチーズみたいにも見える形状)に、四本の丸っこい手足が生えている感じだ。しかも一メートル前後のその直方体は、目鼻口揃った「顔」の機能も兼ねている。現実には存在するはずのない、いわゆる「一頭身キャラ」というヤツらしい。

 冷静に考えてみれば半魚人やら鳥人間などよりよっぽど人体とかけ離れているはずなのに、VRとなれば違和感さえあれど普通に操作できるのは一体どういう原理なのだろう。一応、ニューロリンカー以前のVR機器では人間型以外のダイブは禁止されていたらしいが……

 

「――あーっ! やっと見つかったー!」

 

 思考を、甲高い声が遮った。内に閉じていた意識を外界へ向けると、眼下の水色のカーソルが前方を差しており、その十メートル先あたりに藤色の人影が映る。

 

「学校ってなんでこんなに高低差多いんですかねぇー! ガイドカーソルが役に立たないじゃないですかホントもー!」

 

 場所は、本館と体育館等を結ぶ渡り廊下だった。黒い火山岩の上で、地団太を踏むように一メートル以上あるマイクスタンドを振り回す。その紫がかったピンク色のF型アバターは、当然のように六頭身くらいはあった。

 胸、肩、腰のあたりの装甲デザインが特徴的で、それらは大内のモモンガアバターとは別種の、計算された可愛らしさに彩られている。肘とくるぶし辺りに着いた魚のヒレのような装飾と、所々に入れ込まれているカミナリの意匠がやや謎めいてはいるが、全体的な印象はなんだかアイドルっぽい。――聞いていた通り(・・・・・・・)だ。

 

「ていうか、エッグ……ってことは、たまご色の、スポンジさん……ですかね。いっくら敵だからって、返事くらいしてくれてもいいんじゃないですか?」

「…………え? ……俺?」

 

 独り言じゃなかったのかアレ、と俺が「ふわふわまるまる」な指で己を差すと、彼女は首肯と共に大仰なため息を吐いた。実際のところ気付いていたとしてまともに返答できていたかは怪しいものだが、幾分失敬だったのも事実だろう。

 F型アバターはマイクスタンドを床に立て、

 

「ていうか、他に誰に話す相手が居るんですか? まさか、あたしがずーっとひとりごと言ってるとでも思ってたんですか?」

「…………………………」

「えっ! ちょっと! ホントにそう思ってたんですかぁ!?」

 

 うつむき加減に右30度。この辺りが視線逸らしの最適解であった。

 しかし一頭身ゆえ顔のパーツが全体的に大きすぎるのが災いしたか、相手は俺の眼の動きを「露骨」と取ったようだ。大声でこちらに詰問してくる。苦し紛れに今度は目を左に動かすが、それが余計に気に障ったらしい。可愛らしくとも流石に戦闘用アバターらしく無機質な彼女のこめかみに、十字の皺が滲んだ様を幻視した。

 

「し、しっかたないですねぇ……! あたしはこれ以上ナッツん先輩みたいなの増やされても困るので見に来ただけなんですが……こうなったら実際闘って試してみなきゃいけませんよねぇ……っ!」

 

 一見台詞だけは和やかだが、態度が何一つ自重していないので意味がない。あからさまな怒気を孕んだ声音で以って、マイクスタンドを握る両手に力を籠めている。

 スタンドの()を己の手に叩きつける規則的な音に、ホラー映画のサウンドエフェクトじみたものを感じた俺は、背筋に出るはずもない汗を垂らしながら恐々と語りかける。

 

「あ、あの……俺、その、このゲーム始めたばっかで……ルールもまだよく分かってないというか…………」

「ゲームやる時にルールブックじっくり読んでから始める方が珍しいと思うんですよー。あたし、初心者でも手は抜かない主義なんで、安っ心して闘ってくださいねっ!!」

「……は、話せばわかる……?」

「問答無用、ですっ! ――《ボルテージ・シャウト》ッ!」

 

 近代民主主義国家の大原則が否定され、六道階位は修羅道にまで墜ちこんだ。どうやら和平交渉は失敗らしい。

 開戦が避けられないのならせめて和やかに行きたい所だが、俺の反応など待たず彼女は技名らしきものを叫ぶと、すぅ、と大きく息を吸い込む。構えたマイクに一気に肺胞の空気を注ぎ込むと、強烈な火花がマイクスタンド全体に散り……

 

「――――ぇ、あ」

 

 稲妻が、放擲(ほうてき)された。

 エネルギーが打ち放たれるよりも、正体を把握しようと脳が動くよりも先に、本能が俺を左に大きく跳ばした。でなければ、その半分も避けることはできなかっただろう。

 ひりつくような痛感が右足を通り抜ける。ソレは稲妻と言っても電気エネルギーのみならず実態然とした衝撃を伴っており、右半身が強い力学的エネルギーを受けておかしな方向にすっころぶ。証拠に、稲光が通り過ぎた火山岩の表面は、嵐でもやって来たかように削れていた。

 ……いや、問題はそんなことよりも。

 

「えっ……? うそ、そんな……一発で足がもげるだなんて(・・・・・・・・・)……!?」

 

 膝から先が(・・・・・)ない(・・)

 いや正確にはこのアバターに(すね)(もも)(こし)もないのだが、感覚的には膝小僧辺りから、ごっそり持っていかれている。ただ、これには寧ろあちらの方が驚いているようで、イエローのアイレンズをちかちかさせていた。

 しかし実際に俺が動転していたのは、もっと前の段階だ。(えぐ)られた右足から立ち昇る、強烈な疼き。と、いうよりこれは……

 

「…………い、たい……?」

 

《痛覚》。

 基本的に、一般に流通するあまねく仮想システムはすべて痛覚を発生させないように出来ている。その理由は言うまでもなく明瞭なもので、法的に規制されているのも勿論だが、それ以前に《仮想世界》という一つの《理想郷》をわざわざ血で穢すようなことを考える者など本来いないはずだからだ。

 ましてや、これはゲームだ。検証実験や犯罪行為に対する制裁ならまだしも、プレイヤーを楽しませることを生業とするゲームに、《痛み》という人間の最も忌避する感覚を生じさせるのは本末転倒と言う他ない。

 ……が、現実に。このゲーム世界が、俺の足元に痛みを再現したのは確かだった。

 

「あー、ホントに初めてなんですね。《ブレイン・バースト》では、基本的に痛覚は遮断されません。アバターが受けたダメージは直接プレイヤーに伝わっちゃいますけど、まぁ、割とすぐ慣れます。……ていうか、すっごい簡単に足取れちゃってますけど、そっちの方が大丈夫なんですか?」

 

 眩暈がするほど強い痛感につつかれながら、まったく信じられないような気分で彼女の言葉を聞く。現実に足がもげた経験などないが、神経系に走る激痛は仮想のものとは思えぬほど猛烈に燃え上がっていた。

 片足では流石に立ち上がれず、両手をついて上方(じょうほう)を見上げると、【1314】というタイムの左右にゲージが見える。《エッグ・スパンジ》と記載された方のゲージは、緑色の体力ゲージが二割近く削れ、下の青ゲージこと《必殺技ゲージ》は逆に二割ほど点灯している。

 俺は、大内や池澤と事前に確かめた『あるコマンド』を思い出し、強張った口で発声する。

 

「……《通常増殖(ニュートラル・ブリード)》」

 

 その瞬間、《エッグ・スパンジ》の全身が淡い光に包まれる。その光は全身から右足の方に収斂(しゅうれん)し――ぐぐっ、と。失ったはずの足が生えてきた。

 痛みは忽ち消え去り、俺は直った足で床をつつくと、確かに硬い感触が反ってくる。恐る恐る立ち上がり、未だヒカリゴケのようにほのかな光を灯すスポンジボディを軽く動かして感覚を確認。

 確かに、治っている。

 

「ありゃ……? 再生系ですか、初めて見ます」

「…………よく分からないけど、多分」

 

 こちらが痛みに戸惑っている間なんの攻撃もしてこなかったということは、実は結構有情(うじょう)なのか。

 小首を傾げる紫めいた桃色アバターの質問に答えつつ、自らの腕部の一部をつまんで引き千切る。肌をつねるのに倍する痛みが腕を暴れ回るが、千切った部位は一秒と経たずに再生した。視界上部を確認しても、体力ゲージには変化が見受けられない。

 ……なるほど。

 さきほど見た技の一覧はアニメーション形式だったのでよく分からなかったのだが、試してみてようやく理解できてきた。

 ――《ニュートラル・ブリード》。

 持続型の必殺技。必殺技ゲージが一定以上ないと使用できず、徐々に減少するゲージが0になると効果が切れる。それまでは如何なる攻撃を受けても体力ゲージが減ることはなく、どれだけ体が削れようとも即座に修復されるようだ。

 この体を覆いつくす淡い光は、効果が継続していることを判りやすく示すためのものだろうか。今は既に青の必殺技ゲージがほとんどなくなりかけており、全身の光も段々と耀きを失い始めていた。

 

          ※※※※

 

「ブレイン……バースト…………?」

「そう、それがこの訳の分からねえゲームの名称だ」

 

 呼び出されて赴いた生徒会室で待っていた池澤(メガネ)先輩と大内(ハゲ)に教えられたコマンドを唱え、誘われてしまった謎のVR空間。そこ於いてスポンジ型アバターと化してしまった混乱がようやく収まってきた俺に、一番初めに教えられたのが《その名》だった。

 池澤――銅の盾持ちアバターが、やや遠い場所で深く頷く。頭上には黒々とした火山岩の天井があり、その下で【1748】という数字が刻一刻と減っていた。

 

「……ゲーム……っていうか、ここまだ生徒会室ですよね……? ……見た目は凄く変わってますけど」

 

 俺がそう思ったのも、それほど突飛な発想ではなかったと思う。さきほどまで座っていた椅子や机などはなくなっていて、壁、床、天井に至ってはゴツゴツとした岩に変わってしまっている。けれどそれは、逆説的に言えば空間そのものの広狭(こうきょう)は元の部屋と数センチたりとも変わっていないということでもある。

 実際、現実の視覚情報を加工してファンタジーチックな装飾を施すタイプのAR技術は結構ポピュラーで、多くの遊園地やレジャー施設などで使用される。けれどその理屈では俺の足の遅さや視点の低さに説明がつかない為、これがその機能を模したVRであることに間違いはない。

 しかしだとすれば、この精密な地形データは一体どうやって採ったものなのだろうか……

 

「よく見てるな。このゲーム……《ブレイン・バースト》ってのは、言っちまえば現実世界を舞台にした対戦格闘ゲームなんだよ。いわゆる《格ゲー》ってやつだ」

「……かっく、げー?」

「ほらアレだ、タカ! 平面な画面でぽこぽこ殴り合う、あのレトロな感じのゲーム」

「あ、あー……あれ、か……?」

 

 いわゆるも何も全く聞き覚えのない名前を繰り返していると、横から口を挟んで来た翡翠色のモモンガアバター――つまり大内の助言により、ぼやーっとしたイメージが浮かぶ。テレビかどこかで見たことくらいはあったらしい。

 それでも鮮明には思い出せないので、柔らかスポンジアームを組んでウンウン唸っていると、池澤は見かねて咳ばらいをする。

 

「まぁ、別にそこは重要なとこじゃないからな。とりあえず視界内のゲージがどういうもんか分かってりゃいい。緑色のが《体力ゲージ》で、青のが《必殺技ゲージだ》」

「必殺技、ゲージ…………?」

「技とかアビリティ使うのに必要なゲージ……というか、ちょっと特殊なMPって考えた方が分かり易いかもな。相手にダメージを与えたり、与えられたりしたら溜まる。あとは《対戦ステージ》のオブジェクトを壊しても多少溜まる」

「なる、ほど……じゃあ、ゲージの下のこれは……」

「アバターネーム、だな。《オペラモーヴ・スネークヘッド》はうちのレギメンだから、お前はこっちの《エッグ・スパンジ》か。……まんまだな」

 

 こちらを一瞥した後の僅かな沈黙で全てを察しつつ、俺は内心自らのアバターネームを反芻する。

 《エッグ・スパンジ》。

 《対戦格闘》というからには殴り合い、ぶつかり合いが重要であろうゲームにも関わらず、強さや凶悪さをまるで感じない。そもそもスポンジで相手を殴ってもまともにダメージが入るのかも微妙で、なんだか奇妙なアバターだった。これをデザインした人間は、一体何を考えて作成したのだろうと思わずにはいられない。

 ……いやパクリ云々のことではなく。

 

「おい、鈴木」

「ハイッ? ……ナンデショウカ」

「なんで硬くなってんだ? じゃあ、その名前んとこちょっと押してみてくれ。《インスト》が開く」

 

 頷き、急かされてもいないのに急いでタップすると、長方形のホロウインドウが視界正面に出現した。そこには棒人間に肉襦袢を着せたような――しかし今のこのアバターよりはるかにスマートだ――シルエットが、三つほど浮かび上がった。

 この時代の人間は、映像データらしきものを見るととりあえず再生するというほとんど習性じみたヘキがある。ご多分に漏れず俺もそれらに一通り触ると、人型シルエットは次のように動いた。

 

 正拳突き、した腕がちょっと伸びる――《ズームパンチ》。

 キック、した足がちょっと伸びる――《ズームキック》。

 上にゲージが現れ、その横に《LOCKED》と表示される。かと思うとシルエットの腕が切り離され、再生。足を切り取られても、また再生する――これだけは字の色が変わり、《ニュートラル・ブリード》。

 

「ほーほー、なるへそなるへそ」

「……っ?」

 

 いつの間にか、それを後ろから大内が覗き込んでいた。本来こういう画面って他人から見れるものだったけか、と焦りつつも、無意味に近すぎるモモンガフェイスを横から引っぺがす。

 

「ぶふぉっ。いきなり何すんのさタカ!」

「……顔が近い」

「そうすると使用可能な技が見れるんだが……って、もう見てるみたいだな」

 

 俺たちのやり取りに呆れたように池澤は肩をすくめて、ついでに銅の大盾をそこらの壁面に立てかける。そしてガチャガチャと金属質な音を鳴らしながらこちらのウインドウ側に寄ってきたので、ウインドウを銅のヒト型アバターの方に向けようとすると、手で制された。

 

「おっと、まずは可視モードにしてくれ。オレは《親》じゃないから、デフォルトの設定じゃ画面が見られない」

「え、あ、そうなんですか……? ていうか、《親》って……?」

「それは……っていうか、ナッツ。暇してんだったら鈴木の操作手伝ってやれ。ついでに観戦設定もイジってくれると助かる」

「あいあいさー」

 

 隣の大内に指示を仰ぎ、右手で設定を変更しながらの会話だった。可視モードとやらになったホロウインドウを池澤に向けると、池澤はアニメーション形式の技一覧を見るついでで答える。

 

「《親》ってのは、コピーインストール元のバーストリンカー……つまりアプリ提供元の(ブレイン)(バースト)プレイヤーのことだ。受け取った側はそのまま《子》って言う」

「コピーって……大、丈夫なんですか、それ……? ――あれ? でも、コピーが検知できるなら、そもそもコピー自体防げます……よね……?」

「そうじゃない。そもそもこのゲーム、市販されてないんだ。有線直結通信でのコピーインストールでしかアプリを入手できない上に、プレイヤー一人が可能な譲渡の回数さえもたった一度だけ……うん? また変な技だな」

 

 話を聞いて、実はヤバいことに巻き込まれたのではないかと戦々恐々となるが、だからといって今更「ハイやーめた」とはいかないだろう。いや、本当は度胸の問題なのかもしれないが、口下手の俺にとってはそちらの方が覆し難い。

 

「《ニュートラル》は、中立、中間……《ブリード》は繁殖……いや、違うな。《通常増殖》って言った方がいいか。どうも、これがお前の必殺技みたいだな」

「必殺技って、あの……?」

「そそ。あっこの青いゲージ使って出すヤツ。逆に言えば今すぐ試し打ちしたりはできないんだよねー」

「……まぁそんな所だ。他の技は通常技だから、ゲージを気にせず使用できる。とりあえず、その二つだけでも試してみたらどうだ?」

 

 でも大して強そうじゃないけど……と思いつつ、虚空に向かってストレートを繰り出す。しかし、伸びると言っていた割に全然そんな感じがしない。しかも元が短足短腕なので、多分俺のリアルの方がよっぽどリーチが長い。一応蹴りも試してみて、手足の大まかな伸縮幅が1.3倍くらいだと分かった時点で俺は二人の方へ向き直る。

 

「………………えと?」

「……思ったより伸びねえな」

「い、いやー? ほ、ほら近接戦では間合いの管理が重要なのは衆知の事実だしぃ、それを一方的に引っかき回せるのは絶大な利点と言えるのでは……っ?」

「つっても、《色》見る限りガチガチの間接型だぞ。それに近接戦に向いた体型(ボディスタイル)でもない」

「ちょっと先輩どっちの味方!?」

 

 大内は必死にフォローしてくれているようだが、池澤は額に手をやって、ため息混じりの声を吐き出していた。やはりと言うべきか、このアバターはかなり弱いようだ。とはいえ、逆に、この見た目で強かったらちょっとした詐欺のような気もする。

 銅のヒト型アバターである池澤は、どことなく歯切れが悪そうに切り出した。

 

「まぁ、なんだ。一応これで一通りの説明は終わりだ。まだ話したいことは腐るほどあるが、時間もないし、とりあえず一戦やるくらいなら問題ないだろ」

「そーっすね! 何はともあれ、《対戦》して見なきゃ分かんないし! よし行くぞタカ! あの生意気な後輩に目にもの見せてやれ!」

「え、あ、ちょっ、おい……」

 

 大内にせっつかれ、出入り口の方まで背中を押される。別段何が分からないという訳ではなく、急な話の転換についていけていないと言った方が正しい。踏ん張りの利かないスポンジの足がずんずん前に進むより先に、ぱこんと小気味のいい音が大内の頭を叩いた。

 

「あいてぇ! 何すんすかー!」

「お前が焦ってどうすんだバカ。つーか、鈴木も鈴木で他になんか他に聞きたいこととかないのか?」

 

 正直、疑問は山ほどある。ある、のだが……それら全てを列挙していては日が暮れてしまう。かと言って、山積する疑問のうち直近の《対戦》とやらに関わり、かつ一言二言で済むものを選ぶとなると中々厳しい。というより、取捨選択の基準すら分からない、と言った方が正しい気もする。

 色々思案しながらも、結局何も思い浮かばず目を回す。不満げに跳びはねる大内の頭部を押さえ付けていた池澤は、そんな様子に気が付いて、いま思いついたかのようにこう口にした。

 

「そうだな。一応言っとくと、真ん中の数字は制限時間な。今はそこそこ減ってるが、本当は【1800】……三十分ある。重要なのは下のガイドカーソルで、この矢印は対戦相手の大まかな位置を教えてくれる」

「はぁ、カーソル…………ていうか、そもそも今の相手って、どんなアバターなん、ですか……?」

 

 そういえば。

 ゲームについての説明はある程度聞いたが、さっきから上がっている《オペラモーヴ・スネークヘッド》なる人物(?)のことについては、何ら語られていない。外見すら定かでない相手に、いきなり殴ったり殴りかかられたりするのはなんかアレだ。それに一言二言で済む質問としても悪くない。

 しかして俺が問うた途端、つるりと周囲の景色を反射する銅の人型アバターは、無機質な見た目に反して人間味いっぱいに「ビミョー」な表情を作り出した。なにか不味いことを訊いたのか、と隣の大内を見るが、ヤツもヤツで縦に伸びた耳を手動でぴこぴこ開閉させながら複雑そうに首を傾げている。

 異口同音。

 数秒後、二人は完璧に同期したようにこう言った。

 

「「アイドル、かなぁ……」」

 

          ※※※※

 

「いきなり足がもげたのには驚きましたけど、これなら心置きなく闘えますね」

 

 なるほど情報通りにアイドルっぽい紫混じりのピンク色F型アバター――《オペラモーヴ・スネークヘッド》は、現実なら唇の辺りに手を当て、好戦的な音声(おんじょう)を発する。とぐろを巻くようにくねらせた(おの)()をカミナリ印のマイクスタンドで支える姿は、どこか艶めかしくも感じる。

 チクタクチクタク。チクタクチクタク。

 お爺さんの時計みたいに明滅する光を纏いながら、俺――鈴木鷹/エッグ・スパンジは考えていた。

 俺が数秒前に使った必殺技《ニュートラル・ブリード》は、一定時間あらゆる傷が治り、ダメージを受けない(なお痛覚はそのまま)というものだ。持続時間はそう長くはないようだが、その間の俺はある意味『無敵状態』と言える。

 つまり俺の「考え」とは、今すぐ打って出れば持続時間分は優位を獲得できるかもしれない、というもの。逆に言ってしまうと、この機を逃せば、再生力以外まるで強みのないこのアバターはこの先一方的に嬲られるだけだ。たとえこの必殺技を何度も使用して時間を稼いでも、そこに勝利の二文字はない。

 だから、俺は。

 目を見開き、息を吸い込み、スポンジの足を伸ばす。バネのようにしなる足は、硬い床面から爆発的なエネルギーを発し――力強く疾駆した。

 

 相手とは、まったく逆の方向へ。

 

「――――えぇっっっ!? 逃げたぁっ!?」

 

 そりゃそうである。

 三十六計逃げるに如かず。いくら理屈の上ではここで攻めるのが正解だろうが、実際やるのは難しいったらない。そもそも痛覚まで再現するような法定基準スレスレ(あるいは既にアウト)のゲームで馬鹿正直に正面衝突できるヤツがどこに居るだろう。

 良しんぼ痛覚云々をさっぴいて突撃したとしても、なんだかんだ言ってここは相手の土俵。結局決め手に欠けるこのアバターでは、僅かな必殺技ゲージを使い果たしたのち玉砕するだろう。百年前の日本軍がやっていたという古き良き(悪しき)カミカゼである。

 

「ちょっ、あんたそれでも男ですか! いくら初陣とはいえもっと根性見せんかぁーっ!」

 

 とはいえそう直截(ちょくせつ)に言われると心が痛い。

 気のせいか全身までもがぴりぴりと痺れるような痛みに襲われてきたのでふと視線を逸らせば、緑色の体力ゲージがミリ単位でじわじわ削れていた。足を止めないまま背後を窺うと、スネークヘッドもマイクスタンドに叫びながら追いかけて来る。問題はそのマイクであり、先程から仄暗い桃色の火花を半径五メートルほどの距離まで放出しているのだ。今受けている継続的なダメージは、このマイクのせいらしい。

 いつの間にか必殺技効果時間が終わり、身を包む淡い光の保護がなくなっていた俺としてはフコウヘイだと叫びたい気分だったが、いつのまにやら校舎の端まで到着していた。すぐそこの角を曲がれば外階段があり、そこから階下へ降りれば逃げの選択肢も増える……――

 そんな、甘い考えは実らなかった。

 

「……は、っ……!?」

 

 (かど)の先にあったのは、非常用の外階段などではない。沸々と凶悪に泡立つ溶岩流が、ヒトの歩く場所などない程に螺旋状の階段を埋め尽くしている。上から下へと渓流のように落ちるマグマの勢いや強く、オレンジ色の河川というより灼熱の滝とでも呼ぶべきものであった。

 

「オウジョウせいやーっ!」

 

 そして問題は、今の状況にある。

 背後から紫ピンクのアイドルアバターに鬼の形相で追っかけられ、俺はわき目もふらずに遁走していた。そんな状況で、突如眼前に現れた溶岩の滝。そこまでの距離はもう一メートルもない。

 Q.俺はいま急に止まることができるでしょうか? ――A.ムリです。

 

「あ、づッ…………!」

 

 死ぬほど熱かった。足の爪先辺りが入った時点で、既にちょっと溶けてるのが分かった。

 視界左上の体力ゲージがガリガリと目に見えて減り、また溶岩の奔流が下半身から寸断しかねないほど強く俺を絡めとって来る。

 すぐさまここから跳び退きたい。しかし溶岩流が前門に立ちふさがる虎だとするなら、後門の狼よろしく追いかけて来るスネークヘッドも無視できない。あちらは一方的にこちらをつつける長物(マイクスタンド)もあれば、必殺技という飛び道具もあるのだ。下手をすれば溶岩流から逃れる行動すべてを封殺される危険性まである。

 後退は艱難(かんなん)、現状維持は死――ならば、もはや虎の口に飛び込む他はない。

 

「……あ、ァぁぁ……っ!!」

 

 走りの勢いが死ぬ前に、螺旋状になった階段の壁面に向かって跳躍した。正確には、そこにぽっかり空いた窓の部分に、だ。

 流石に戦闘用のアバターだけあって、現実のそれとは比べ物にならない速度でスポンジボディがすっ飛んでいく。外階段の窓は、本来なら安全対策のガラスで仕切られているのだが、どうしたことかこのゲームフィールド――池澤は《対戦ステージ》と言っていた――では窓ガラスが外され、窓枠だけが空いた吹きっ晒し状態になっている。

 ので、そこを潜り抜けた俺は、およそ四階半の高さから一気に自由落下(フリーフォール)した。

 

「落ちた――――っ! そんなにあたしと闘うのが嫌かぁ――っ!!」

 

 すみませんすいませんマジすんませーん――と、もはや謝っているのかもよく分からないまま、二秒とかからず地表に激突した。

 状況が状況だったので頭からイってしまったが、そこは流石の全身スポンジ製。トランポリンみたいにぼよんぼよん丸っこい肢体が跳ね、最終的に敷地を囲む外柵にぶつかって止まる。ギャグじみているようだがこれで結構痛い。

 さきほどから地味に削られつつあった体力ゲージは、現在は七割を少し切ったところで止まっていた。

 不思議なことに、この手のゲームにはお決まりの《高所落下ダメージ》的なものが計上されていないようだ。ゲームの仕様なのか、俺のアバターがスポンジだからかは知らないが、敵アバター《オペラモーヴ・スネークヘッド》が後追いで飛び降りてこないのを見る限り恐らく後者が正解だろう。

 だとすれば、あの『惨劇の外階段』が使えない今、彼女が降りてくるまでそこそこの猶予があるハズだ。

 

「…………よし。隠れよう」

 

 情けなさ過ぎる宣言と共に立ち上がる。とりあえず、障害物の多い校舎裏の方まで行ってみることにした。安直な発想だが、だだっ広い校庭や中央広場などよりは遙かに目立たなかろう。どうにもおぼつかないスポンジの足で硬い火山岩の地面を蹴り、走り出す。

 こうして校舎の外に出てみると、つくづく不思議な光景だと思う。

 空は黒ずんだ分厚い雲に包まれ、太陽の位置さえ認識できない。学校の校舎だったものは、フィクションの魔王城もかくやという禍々(まがまが)しい奇岩城へ変貌を遂げており、学校法人としての敷地全てを覆う外柵は、岩石巨人(ゴーレム)の指先のように不揃いで物々しい城柵と化していた。それらを流れるオレンジ色の溶岩を含めた総印象は、やはり炎熱地獄か大魔界と言ったところだ。

 けれど、やや雰囲気ぶち壊しなことに。

 通りかかった体育倉庫らしき岩窟(がんくつ)の中を覗けば、平面的なグレーテクスチャが部屋の内部を覆っていた。不可侵の壁のように存在していた灰色の『膜』に触れると、なにかのバグのようにちりちりと俺の指を弾きかえそうとしてくる。これだけなら『侵入不可領域』として納得がいくのだが、問題は学校の内外を隔てる外柵にあった。

 前述した通り武骨な岩の外柵なのだが、そこから先を、デジタルでクリアな障壁があからさまに遮っていた。外柵の隙間に手を突っ込もうとしても先ほどのグレーテクスチャ同様に(しりぞ)けられる辺り、大方《対戦ステージ》とやらの限界圏なのだろうと察しはつく。けれども、こちら場合は半透明の壁の先の景色までかなりのディティールで作り込まれており、妙に手間のかかったゲームだという感嘆以上に、フィールドシステムのアンバランスさが喉の奥に引っかかった。

 

「……うーん」

 

 荒れ果てた校舎裏をそぞろ歩く俺は、うめきにも似たため息を漏らす。

 フィールドシステムについては後で池澤らに訊けばいい話なので、問題はそこじゃない。ただ真面目にこの《対戦》の趨勢(すうせい)について考えると、どうしてもため息混じりの結論に落ち着いてしまうというだけで。

 まずこのゲーム、制限時間がある。そうとくれば勝敗は単純な「倒した倒された」だけでなく、視界の上で輝く緑色の体力ゲージの大小にも依拠するのだろう。

 よって。隠れると言ったはいいが、このままではたとえ逃げ切っても時間切れからの判定負けで終わる。――いや勝ち負け自体はどうでもいいのだ。池澤と大内が急な戦闘に俺を送り出したのは、あくまでこのゲームに慣れるための『お試し戦』をさせようとしただけであって、勝敗如何(いかん)はハナから彼らの期待の埒外だろうから。

 何にせよ、逃げ回っているだけでは慣れるもクソもない。だいたい俺が隠遁でもしようものなら、あのピンク色のアイドル(っぽい)アバターの少女は延々学校中を探し回ることになるのだ。あと【1255】秒――実に二十分以上もの時間、徒労を食らわせるのは流石に気が引けた。

 

「…………かといって」

 

 勝てる見込みもないよなぁ、とやや冷ややかな視点で自らの体を直接見やる。

 目に映る黄色いスポンジ製の手足や腹部はやはりどうにも間抜けていて、力強さの欠片も読み取れない。さきの華奢なアイドルアバターの方が余程立派なくらいだ。

 こう、もう少しなかったのだろうか。飴のように脆い代わりに風よりも速いとか、低い攻撃力の代わりに必殺技は超強力とか、色々。落下ダメージ耐性があったり、多少の利点は在っても戦闘に活用し辛い微妙な感じだ。こんなアバターでは、勝つ算段一つ組み立てられない。もし他のアバターを選択できる仕様なら、次の機会は是非ともコレ以外を選ぼう――そうとさえ思う。

 

「ん……?」

 

 そんなことを考えて、俯いていたからかも知れない。

 自らの足元、黒々とした火山岩の地面に、僅かな亀裂が入っていることに気付いた。元々かなり稜々(りょうりょう)としたフィールドなので、それだけならただの背景演出だと見逃しただろう。

 しかし、そこから「こぽこぽ」と聞き覚えのある音がすれば別だ。

 

「だ、……っ!!」

 

 全力でその場から飛び退いた。着地も何も考えていなかったから姿勢は滅茶苦茶だが、この場合、どれだけ身構えていようが結果は同じだっただろう。

 ――次の瞬間、地底から立ち昇った火柱が全てを呑んだ。

 

「う――バ、あっ……!」

 

 ズボォォッ!! と。

 もはや聞き取ることに難のあるボリュームだった。分厚い岩盤や地表の黒い火山岩をもろともぶち抜いて、直系二メートルを超える火炎の柱が瞬時に屹立したのだ。

 当然その余波も並ではなく、軽い軽いスポンジボディは体育倉庫の壁面に叩きつけられる。空を翔け往く龍は実に十秒以上もかけて雲のたもとにまで手をかけたが……太陽を目指すイカロスは落ちる定めなのか。次第に火柱の勢いは弱まり、やがて莫大な熱エネルギーの全てが自らあけた(あな)の中へと帰って行く。

 数秒後、眼前の大災害に吸い寄せられていた意識が戻り、小さく漏らす。

 

「…………そういや。最初に見たな、これ」

 

 思い返してみれば、このゲーム世界に来て初めて俺が目にしたのはこの火柱だった気がする。あの時は室内から見ていただけだったからまさしく対岸の『火事』だった訳だが、今のは至近も甚だしい距離で、心底胆が冷えた。恐らく戦闘を盛り上げる為のフィールドトラップなのだろうが、それにしてもちょっと凝りすぎ&やりすぎではなかろうか。

 とはいえ、あくまで対戦ゲームの一要素であることに変わりはないらしい。のろのろと噴出口に近づくと、思ったよりも小さなその『孔』は、今この瞬間にも少しずつ縮小つつあり、完全に塞がるのも時間の問題に見えた。

 そんな折である。

 

『――ぎ、にゃぁぁぁあああっ!!』

 

 絹を裂くような大音声(だいおんじょう)が学校中に響き渡った。明らかにマイクで拡声されたスネークヘッドの絶叫たるや凄まじく、両手で耳を塞いでも頭蓋を揺すぶる音量に大した変化はな――くもない。この防音性能、スポンジ(sponge)の名は伊達ではないようだ。

 声は校舎の中から聞こえていた。スポンジアームを側頭部に押し付けたまま視界上部を一瞥すると、スネークヘッドの体力ゲージが目に見えて削れている。緑色のそれは八割を切った所で止まり、ついでにその下にある青色の必殺技ゲージが増えた所から、たぶんあっち()もろに喰らったのだろう。ご愁傷さまである。

 さて。

 相手も似たようなトラップに引っかかったとなると、このトラップは一つ二つどころの話ではなく、それなりの数存在していると推測される。これほど如何にもな罠ではないとはいえ、さっきの外階段も大概ひどかった。どうにもやたらとプレイヤーに攻撃的なステージだと率直に思う。

 しかしそれは、言い換えればこのステージでは直接戦闘以外でのダメージアタック手段に事欠かないということになる。

 では。ならば。

 俺は思考を巡らせ、勝利へと続く細い細い糸を探り、掴み、思う。

 

 ――――――――――これうまく逃げてりゃ勝てるんじゃ……?

 

 と。

 俄かに持ち上がった妙案を、首(と(おぼ)しき胴体の一部)をブンブン振って頭の中から追い出す。

 我が髄脳ながらろくなことを考えない。そんなんだからお前は――と自罰的な思考を繰り広げつつ、もうちょっとまともな方の案(・・・・・・・)に必要なものがあるかどうか見に行くことに決めた。

 水色のガイドカーソルが、視界下部でメトロノームみたいに小刻みに震えている。とりあえず目的の方角とは重ならないのを確認すると、元はガラス張りだった廊下から校舎に侵入、横断した。

 そうして、俺はある場所(・・・・)へ辿り着く。

 

「…………あった」

 

          ※※※※

 

『あなたに逃げ場はなーい! だからちゃっちゃと観念して出てきて下さいよ、おかげでトラップくらっちゃったりで散々なんですからホントもー!』

 

 さっきからやかましいなアイツ、と寄るはずもない眉間が少し力んだ池澤/カッパー・スケアクロウだった。

 分厚い雲に塞がれた天より降るのは(あけぼの)色の光で、アカガネの全身はそれらを()()えと照り返す。二千年前の埴輪を思わせる簡朴なデザインは、ともすればレベル1の初心者(ニュービー)にも舐められかねないコミカルさがある。しかし見る者が見れば、特に分析系(アナライズ)のアビリティを持つアバターが見れば、パッと見からはまるで想像できない凄愴さが顔を出すことだろう。

 重厚な大盾と、数々の敵を切り裂いてきた両刃の剣。更には夥しく積み上げられた莫大な情報圧を帯び、強者の風格と威厳をこれ以上なく(たた)えている。

 剣と盾を好み、仲間を庇いながらも強敵を討つ――その廉潔(れんけつ)な戦闘スタイルから《青銅の騎士(ブロンズ・ナイト)》の異名を取るレベル6の古豪。それが《カッパー・スケアクロウ》というバーストリンカーなのである。

 

「ありゃ? まだ()りあってないん?」

 

 その彼が、つい二週間前に《子》としたムササビ型アバター(なお多くのバーストリンカーにはモモンガと思われている)《ターコイズ・ナッツ》が間の抜けた声を漏らす。

 またの名を大内耕太郎という坊主頭の少年は、ブレイン・バーストを始めてまだ二週間と少しという、頭と同じくピカピカの新人。しかしその勝率は六割以上を誇り、しかもそのたった二週間でレベル2に昇格したかなりの注目株なのである。

 大内/ナッツの戦闘スタイルは基本的に機動力を生かした近接戦に寄っているが、特に注目を集めたのは、所有するアビリティが一千人近くが参画するこのブレイン・バースト上でも極めて珍しいものだったことだ。

 《擬似飛行アビリティ》――完全飛行型アバターが確認されないままサービス開始から六年の月日が流れ、ときに《擬似》という冠をとられて語られることもある特異な能力。それがナッツを短期間でレベルアップせしめた最大の要因だ………………などと思われがちだが。

 実際には、《乱入》する相手の厳選を重ね、死ぬほど扱い辛い《滑空》アビリティをスパルタで鍛えまくったスケアクロウの粉骨が大きな割合を占めていることを、ここに明記しておく。

 

「みたいだな。まぁ鈴木は初心者だから、最初のうちは逃げ回ってるだけでもいい練習になるだろ。特に、鈴木(あいつ)のアバターは慣れるだけでも大分時間がかかるはずだ」

 

 そんな世話の焼ける《子》を引き連れたスケアクロウが立っていたのは、彼らの通う明神中学の屋上であった。

 彼らはこの《対戦》の当事者ではないが、ブレイン・バーストに用意されている《自動観戦機能》によって《対戦》を見学することを許されている。ただし、一部の例外を除き戦闘中は対戦者たちの十メートル以内には近づけない。

 よって、屋上のような高い所から《観戦》するのが一般的だ。俯瞰視点は見やすいし、何より《対戦》の邪魔にならない。

 

「……おかしい。オレん時はビーストモードに慣れるまで怒涛の三十連戦を繰り広げたハズなんですが」

「ポイントは全部オレが奢ったんだから良いだろ別に」

「そういう問題ではなくっ! いや感謝はしてますけど、待遇というかタカに向ける優しさを少しくらいこっちにくれてもよかったんじゃないかと!」

 

 そらこっちから引き込んだヤツと自分から首突っ込んで来たヤツとじゃ待遇も違うわ、とは口にせずとも《親子》の絆の前にはなんの誤りもなく伝わってしまうもの。よって翡翠色のムササビが地面に手をついて「ぎゃふん」と呻くのも必然と言えばその通りであった。

 

「あん……?」

 

 しかし、いままで《子》がどれだけの醜態を晒そうと平静を貫いていたスケアクロウが怪訝な声を発する。

 五年前に改築された明神中学の校舎は、上から見るとコの字を描くようにできている。コの内側には中央広場、外側には校庭があるので、外で戦闘が行われるならそちらだろうと大内/ナッツは外側を見ていた。一方の池澤は、素直にガイドカーソルの導くコの字の内側、すなわち中央広場を見ており、彼はそこに《エッグ・スパンジ》の特徴的な黄色いボディを認めたのである。

 しかし。

 やはり池澤/スケアクロウは訝るような、それでいて呆れるような口ぶりで呟いた。

 

「……何やってんだ? あいつ」

 

          ※※※※

 

 我ながら何やってるんだろ……と思わないでもないが、俺=鈴木鷹=エッグ・スパンジはぬらぬらと橙色( だいだい )に輝く溶岩流の背後(・・・・・・)で息を潜めていた。

 元は、校舎の内側にある中央広場だった場所だ。この中央広場は生徒達にとってほとんど唯一と言っていい憩いの場であり、色とりどりの花々だけでなく、いくつかのベンチや3D映像式の擬似噴水まで設置された華やかな空間だった。

 ただし、今この仮想世界は全てが溶岩と火山岩で覆われた魔境と化している。色鮮やかな草花は跡形も残さず消え去って、ベンチなどは火山岩が固まったただの障害物に成り下がった。そして、眼前にあるこの噴水(・・)も、それらに準じたものへ変貌している。

 要するに、溶岩流の永々たる噴出孔。また恒常のマグマ溜まり。

 そんな校内一のダメージスポットに俺が最接近し、同時に身を隠している理由は、たった一つの勝機をこの場所へ見出したからに他ならない。

 作戦はこうだ。

 まず、俺がこの溶岩流の噴水に近づき、隠れる。噴水の高さは二メートル半あり、横幅も申し分ないので、この小柄なアバターなら完璧に覆い隠せるはずだ。欠点は、背後から近づかれると何もかも台無しになってしまうところだが、これは《ガイドカーソル》をうまく使えばどうにかなる。

 次の工程では、このガイドカーソルが重要な役割を持つ。

 これは敵のいる方向を簡明に示してくれるので、噴水の周りをくるくる回って相手の正面に噴水を置く位置取りをキープできる。そうすればまず見つかることはない。しかも、だ。水色の矢印で表示されるガイドカーソルは、互いの距離までは教えてくれない。

 よって、ガイドカーソルを追い、俺が付近に潜んでいるとも気付かず噴水周辺に近づいてきたところを不意打ち、マグマ溜まりと化した噴水へ相手をぶち込む――こういう段取りである。

 正直、コスい。泣きたくなるくらいコスい。

 しかも何が酷いって、コスい手口の割に倒し方がえげつないのだ。なんだ、マグマのプールにぶち込むって。片足突っ込んだけで死ぬほど痛かったの忘れたのか俺は。

 とはいえ、コレ以外にまるで勝ち筋が思い当たらないのもまた事実で。諦観いっぱいにガイドカーソルを見つめながら、俺はこの最低極まりない方策に手を染めることを決めた。

 ……………………とりあえず、コレが失敗したら大人しく負けようと思う。

 

『「こらー! いい加減出てこないと自動的にソッチが負けなんですってばーっ! 隠れて立ってムダなんですからぁーっ!!」』

 

 マイクの音声とダブって、スネークヘッドの肉声(?)まで聞こえた。もう大分近い。カーソルの振れ幅から言っても、既に中央広場に踏み込んでいるのだろう。

 こぽこぽと湧き立つ噴流のおかげで生態音にまで気をつける必要はあまりないのだが、どうしても息を殺そうという情動までは抑え切れない。熱気をおびた酸素を吸って吐く動作を、こまめに、慎重に繰り返す。

 カシャ、ガチャ、ガシャ。

 《エッグ・スパンジ》の情けない移動音とは対照的な、硬質に鳴らされる足音までもが聞こえてきた。もう十五メートル範囲くらいには来ているのだろう。眼下のガイドカーソルにほとんど変化がないことを見るに、中央広場の更に中央の道をまっすぐ来ているらしい。いくら位置を調整しようとこれだけ近くで動き回られれば、カーソルの動きが不自然になってしまう。相手が見た目通りの白昼堂々っぷりで助かった。

 かといって、もういつ勘付かれてもおかしくない距離なのに変わりはない。歩行速度から逆算して、あと五秒ほどでちょうど噴水を挟んだ対面に辿り着くはずだ。俺は自らのガイドカーソルを睨みつけながら、その時を待つ。

 ()(よん)、さ――

 

 ――忽然、であった。

 

「へ?」

 

 ぽろっと声が出た。確実にバレるだろうという距離にも関わらず、しかし如何なる鉄の意思をもってしても素っ頓狂な己のそれを漏らさず封殺するのは不可能だっただろう。

 ガイドカーソルが消えた。

 綺麗サッパリ完全無欠に消滅していた。一瞬前まで確かにこの目に映っていた水色の矢印はどこともしれず姿を失わせてしまい、俺は比喩抜きで思考がぷつんと止まってしまう。

 

『「え、声? でも、あれ? カーソルが……消えて、る…………?」』

 

 その間、もちろん敵は俺の存在に気付く。が、こちらの精確な位置を計り、本当の狙いに気付くまでには、勝手知ったるあちらとて少々の思索と、驚悸(きょうき)を落ち着ける寸暇が必要だ。

 

「………………………………………………………………………………………………………」

『「…………………………………………………………………………………………………」』

 

 よって、こんな感じに。

 互いの姿は見えないまま、噴水を挟んで硬直し合うような絵面が完成してしまう。両者に違いがあるとすれば、俺は「どうしようどうしよう」的思考のループにハマっているのに対し、相手は「アレ? ほんとに?」というただの当惑から固まっているに過ぎなかったことだろうか。

 ――先に動いたのは、《オペラモーヴ・スネークヘッド》の必殺技ゲージだった。

 

『「《ボルテージ・シャウト》――ッ!」』

 

 バリバリバリィッ、という空間を引き裂くような怒号が、マグマの噴流をぶち抜いて到来した。

 俺がまともな意識を取り戻したのは、スネークヘッドの絶叫を聴いてからなので、気付いた時にはもうまつ毛に触れそうな位置に紫電があった。けれど流石に障害物ごしでは照準も甘くなるのか、反射的に横へ転がった俺に大したダメージはない。

 

「う、ぐ……っ」

 

 頭部を掠めて行った稲妻のビリビリ感に呻きつつ、噴水の陰からまろび出る。錐揉みのような横回転は自分では少々止め難かったが、『親切な誰か』はそのか細い足で俺の回転を押さえてくれた。流れるはずもない冷や汗の感覚を自動回想させながら、俺のボディを押さえてくれた藤色のアイドルアバターを、仰臥したまま見上げる。

 

「…………え、と……?」

「ふっ……ふふふ、フフフフフ! まーた小癪な手をお使いなされたようですねーえーっ! 言い残すことがあったら今のうちに仰られた方がいいと思いますよ、あたし今ちょっと容赦とかできなさそうなんでーっ!」

 

 怒髪天を衝き、怒り心頭烈火の如し。

 本来かなり可愛らしく造形されているはずのフェイスパーツが凶暴と残虐の気配をとり、真っ赤に色づくその様まさしく茹で上がったタコ……ならぬ、明王の憤怒相を思わせる。

 お空も暗けりゃお先も真っ暗だなぁ、と逃避感の極まった想いを虚空にぶつけながら、ひとまず尋ねてみる。

 

「……あの、ガイドカーソルが、その……消えたのなんでだ、ったり…………?」

「んっ……? そりゃ一定以上近づいたら視界から消えますよ。ほぼ意味ないですし戦闘の邪魔ですもん……っていうか、さっき一回会敵し(あっ)た時も消えてましたよね。気付かなかったんですか?」

 

 確かに言われてみれば消えていたような気もする。とはいえあの時は色々と一杯一杯だったので(今もそうだが)、カーソルの様子など一々覚えていやしない。いや。そもそもこんな情けない注意力では、失敗するのも当たり前の帰結だった。

 反省すべき点はいくつもある一戦であったが、とにかく作戦は失敗した。

 なら俺には、最初に決めた果たすべき責務があるはずだ。

 

「あの……もう一つだけ、その……?」

「はぁ、何ですか。別にそのくらいイイですよ。何せあたしは懐のふかーい淑女(レディ)なので、いかに散々な目にあわされようとも親切と慈悲の心を忘れな――」

「……このゲームって、降参ボタンとかあ」

「――どらぁぁあぁぁぁっ!!」

 

 にべもなく、地面にマイクスタンドが突き刺さった。刺さっている対象が俺でないのは、単に俺が横方向に転がったからに過ぎない。眼前に突き立つマイクの先端は、刀刃めいて剣呑な反射光を輝かせている。

 そして、怒声をあげて攻撃してきた藤色のアイドルアバターは、わななきつつ上体とマイクスタンドを持ち上げて言う。

 

「ほんっといい加減ブッ飛ばしますよ!! ブレイン・バーストにそんなシステムはありませんし、散々逃げ回って捕まったら即サレンダーとか冗談じゃありませんよっ! ていうか、やっぱり『あの先輩』の連れて来る人なんてロクな人じゃなかったぁーっ!」

「どッ、あっ……ぇ……っ!」

 

 大声で喚き散らしつつ、子どもの癇癪みたいにマイクスタンドを振り回してくるスネークヘッド。マイク部分に纏わりついた紫電がしっちゃかめっちゃかな軌跡を描く中、跳んだりしゃがんだり()()ったりひっくり返ったり、とにかくありとあらゆる避け方でもって俺は暴力の嵐を掻い潜る。時折掠める(いなづま)に体をビリビリさせつつも、直撃だけはどうにか避け切った。

 そんな中、大振りばかり繰り返していたスネークヘッドの姿勢が大きくブレ(・・)る。

 一瞬できたその隙に、今なら逃げ出せるのではと発想してしまう自分がいるが……いい加減その手の逃げ腰にはこっちもあっちも飽き飽きだろう。仕方ないので俺はろくな助走もつけず、半ばやけっぱちに跳び蹴りを放った。

 

「あいたっ……!」

「当た、った……?」

 

 想像していたより軽やかな踏み込みは、確かにスネークヘッドの上半身を捉えていた。いくら軽量のアバターであっても、全体重を乗せれば衝撃はそれなりのものがあるらしい。視界上の体力ゲージの僅かな減少と共に、スネークヘッドの肢体が倒れる。ついでに着地をまるで考えていなかった俺もすっ転ぶが、翻ってこちらにダメージはない。

 倒れたスネークヘッドは暫時(ざんじ)動きを止めていたものの、立ち上がるのは俺よりも早かった。マイクスタンドを支えにして、自分の腰あたりを押さえている。

 

「あたたっ……でも、やる気にはなったみたいですね」

「…………まぁ、流石に」

 

 そこに映る獰猛な笑みに、どうも腹を括るしかないようだ。

 俺もまた立ち上がり、ボクシングの構えっぽい何かをしながら彼女と向かい合う。けれどこの闘いのゴングは本来とうに鳴った後であり、何の前触れもなくスネークヘッドの長物(マイクスタンド)が唸った。

 足を薙ぐような軌道は避けるに容易かったが、問題はジャンプした次の攻防。着地の瞬間、身動きの取れなくなった俺に、振り下ろすような一撃が振ってくる。明らか二段構えになった攻撃は、恐らくコチラが本命だ。それを理解するような時間なんてなかったけれど、もはや本能レベルで把握した危機に咄嗟に足が反応した。

 着地のタイ(・・・・・)ミングを(・・・・)そのまま跳(・・・・・)躍に使った(・・・・・)

 やったのはそれだけ。相手の振り下ろしはそのまま降ってくるが、前進する軌道を少し横に逸らしたおかげで直撃はない。

 

「く……っ!」

 

 そして精一杯拳を振り抜く。足の辺りで何かぴりりとうごめく感覚は無視して、もう一発。

 確かな手ごたえにわずかな充足を覚え、相手の体力ゲージがぴりりと減じる様を見ていたのが不味かった。おかげで視界の下から飛んで来る膝蹴りを完全に見逃す。

 顔面に当たった。

 

「、が……?」

 

 このボディは本当に軽い。か細いF型アバターの苦し紛れの膝蹴りですら、一メートルくらい浮き上がってしまう。余りにも顔が大きすぎるのはやはり考えもので、途轍もなく鼻が痛い。が、すぐにも地面に叩きつけられ、衝撃に(あえ)いでいると痛みさえもどこかに霧散してしまう。

 

「なんだ、逃げてた割にはいい動きですね。センパイ」

 

 皮肉げな台詞だったが、そこに嫌味はなかった。純粋に感心している風に、スネークヘッドはマイクスタンドを片手でぽくぽく叩いている。

 とはいえ個人的には、あまり肯定的には捉えたくない。リアルでもバーチャルでも、人を傷つける技巧などろくなものではないし、それが痛覚のあるゲームならなおさらだ。いっそ殴られ続けてるくらいの方が俺には相応しいような気もする。

 けれど、あちらの楽しみに水をさしたくもなかった。すぐさま立ち上がって、相手に向き直る。右腕と左足に少し違和感があるが、とにもかくにも、限界まで彼女に付き合おう――

 

 そう考えた、矢先の出来事だった。

 

「え…………っ?」

 

 俺は、驚いて声も出せなかった。

 だから声の主はスネークヘッドに他ならず、またその数秒あとでさえも、悶絶して動けなくなる俺にまともな言葉など発せようはずもなかった。

 もげていたのだ。

 右腕と、左足。不和を感じた部分がそのままぽっくり折れていた。おかげで立ち上がることもできず、倒れ伏す状態でさえバランスの取れないカラダは左寄りに(かし)いでいる。

 動けない――動けない動けない。

 片足片腕が削がれたからというより、もっと根本的な何かが揺らいでいる気がした。今までは紛いなりにも存在した中核が、(うろ)のようにすっぽ抜けた感覚。元々好戦的とは程遠い自分の性格を鑑みても、『それ』は意思の根本であれど『それ』そのものは恣意の対象ではない。

 きっと『本能』だった。まさに先程の戦闘中まで存在していた、闘争本能という根源的なエネルギーの欠如が、この停滞の原因だった。

 

 ――もしもこの時。この場に老練のバーストリンカーがいたならば、その現象をこのように言い当てただろう。人の闘志や心の熱を原動力とするデュエルアバターの、半無意識的な機能停止、および減衰現象。

 ――すなわち零化現象(ゼロフィル)、と。

 

「いや……居るものなんですねぇ、本人とアバターが全然釣り合ってない人って」

 

 ぽつり、とそんな声が確実に聞こえた。傍目と違って、俺の意識はむしろはっきりしている。ただその体、つまり今のアバターが何一ついうことを聞いてくれず、ぴくりとも動かないだけ。強力な金縛りを受けているような感覚と言った方が分かり易いかも知れない。

 

「ちょっと同情しちゃいますよ。先輩(センパイ)、動きとかはワリといいのに、肝心のデュエルアバターが自分の攻撃にすら耐えられないとか……そりゃ、多少は自己責任のとこもありますけど」

「……自己、責任……?」

 

 唇や舌だって動かないはずだが、そこは流石にゲームなのか声だけは出る。(くだん)の《思考発声》とはどこか違った歪な発声で、俺はどうにか己の疑念だけは伝える。

 

「つまり、ですね。あたしたちのデュエルアバターは、すべて本人の精神を元に自動作成されてるんですよ。それも心の傷やトラウマといったネガティブなものばかりを抽出して、ね」

「……え」

「そんな馬鹿な、って思ってます? ご(もっと)もではありますけど、正直常識外れならいまさらですもんこのゲーム。――先日、悪夢を見たでしょう? あれはあたしたちの深層意識にブレイン・バースト・プログラムがアクセスした証拠なんですよ。そうして読み取ったもろもろの悪感情を,デュエルアバターとして再現している……という具合です。だからこのアバターは、ある意味あたしたち自身が作っているとも言えるんですよ」

 

 そう、言われて。俺は正真正銘息が詰まった。

 厳密には、彼女の言葉を俺は呑み込み切れていない。既存のヴァーチャルシステムや《思考発声》のように上辺の思考だけでなく、人の精神を直接読み取ることのできるプログラム。更にそれを元にアバターを作ることができるという超脱(ちょうだつ)の技術も。

 けれどそういった『上辺の思考』はともかく、心の部分では既に己のアバターを振り返っていた。

 全体的に丸まった、戦闘には似合わない雰囲気の一頭身。手足が軽く伸びるが、攻撃力はほとんどない。しかもスポンジで構成されているボディは極めて脆弱で、自らの攻撃の負荷にも耐えられないほどだ。唯一の必殺技はその脆弱性をカバーするための再生能力だが、時間稼ぎにはなれども相手を倒す力には成り得ない。

 強いて評すなら、サンドバッグみたいなアバターだった。

 こちらから殴ることはできず、ただ一方的に殴られ、壊れても何度だって修復される。痛覚が顕在するこのゲームでは、一種拷問じみた特性だ。

 

「……これを、俺が……?」

 

 自問を繰り返す。

 傷つくだけで、誰も傷つけることのできないアバター。再生しては体を削られ続け、痛みだけを永久に味わい続けるアバター。等活地獄のような苦しみを堪えながら、ひたすら無為に、勝利という美酒を手にする資格すら持たない弱きアバター。

 もしも、俺が。俺の精神こそがこのようなアバターを生み出したというのなら。

 本当に、そうだというのなら。

 それはきっと――――

 




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